さて、ここで少し時を戻そう。
巨大豪華客船で、異世界からの客も含め千人以上を長期間楽しませる。さらにアロンドの即位式も準備する。
それは、瓜生の無限の資材があるとはいえ、人材だけでも大変なことだった。
絶対的なカリスマを持つアロンドがいない状態で、〈ロトの子孫〉と〈ロトの民〉、ガライ一族、さらにアロンド個人の家来と言えるメンバーをまとめて大事業を行わなければならない。
〈ロトの子孫〉の多くは、アレフガルドのあらされた地の再開墾や、船での交易を助けるなど多くの仕事もある。
〈ロトの民〉も、領地も狭いし耕すのに竜馬や機械の力も使っているので本当は人口過剰気味なのだが、それぞれ仕事はある。
ガライ一族は、それこそ世界各地の街で宣伝する準備だけでもあっぷあっぷだ。
さらに、アロンドの個人的な家来。ローラ姫とキャスレアたちアレフガルド女官、リレムもそうだ。そして瓜生とジジ。元孤児仲間のレグラント、ロムル、そしてハーゴン。
その四者をまとめれば、確かにムーンブルクでの『穴掘り』やベラヌール戦役をはじめ、すさまじい力になる。だがどちらも短期決戦で、生業を損なうことはなかったし、軋轢が出る前に終わった。
危機感を持つ者も多かったが、アロンドは一ヶ月の準備期間で、徹底的に任せることを任せた。
元々竜王軍との戦闘でも、アロンドは人に仕事を任せることはうまかったし、ましてアドルフ・ヒトラーの記憶と経験すべてが頭の中にある。
一人一人、役割を明確にして、しかも知恵を出し合い、視野狭窄にならず休めるようにもしっかり配慮されていた。
何より目的を明確にした。「もてなせ、楽しませろ」を合言葉にした。
〈ロトの子孫〉は常勤できない者が多く、長老たちが集まりサデルが意見を代表した。だがやや、船頭多くしてのきらいがあった。
〈ロトの民〉はゴッサがしっかりとまとめていた。
そしてガライ一族の、行動面ではジジとガライがうまく組んでいた。
近代客船を一年以上使い続けた、アロンドの孤児仲間たちも有能だった。
娯楽面はリレムがジジとガライを引っ張りさえした。
清掃や接客の多くはロムルが、孤児たちをまとめてきた統制と口八丁で。調理はその妻レグラントが中心となって、ぴたりと息を合わせてにわかクルーを指揮した。キャスレアもアレフガルドの長い伝統を活かし協力する。
病院として、合計五千人以上の健康維持も、ベルケエラたち医師たちが、大型病院級の巨大原子力空母の船内軍病院でしっかりと資材をまとめている。
船としての機関部にも、高い数学力と日本語読み書きで、短期間で近代機械の扱いに慣れた人たちがいる。数学的原理から実際的な事故例までジニが教え、データを取る。
対外的な中心としては、諸国の王侯貴族に圧倒的な知名度があるローラも多忙だった。
ハーゴンが、異様に存在感を持っていた。調整役と、書類仕事。その両方で、ハーゴンはすさまじい力を発揮したのだ。これまでも各地の情報収集、さらに交易で力を発揮してきたハーゴンだが、調整役とその幻術の才能を用いた舞台でも、素晴らしい力を発揮し続けた。
上下水とゴミだけでも大変だった。
空母と豪華客船。客が二千、スタッフは一万を越える。
どちらも大規模な海水淡水化装置がある。ただし、淡水化した海水は、飲み水には適していない。ミネラルを追加するとかいろいろ必要だし、それでもまだいい水とはいえない。
瓜生がミネラルウォーターを出すこともできるが、ペットボトルを開けるだけでも無理な手間だ。百トン単位なのだ。
結局、解放された禁断大陸を空から少し調べて水質のいい川を見つけてポンプで取水し、軍用の大型浄水機材で浄化して、空母には巨大な塩化ビニールパイプで直接巨大貯水槽につなげ、客船には時々水運搬船を見えないところから往復させた。
水を使えば下水も出る。その下水も、ロトの掟がある以上海に垂れ流すなどできない。
かなり遠いところに浄化作用が高い干潟を見つけ、海水で薄めて流した。空母や客船から、匂いが漏れない運搬タンクを船に載せて下水を運ぶ、これまた大変な作業となった。
さらにゴミ。初日のステーキから、千人分の紙皿と肉の空袋、鉄板を洗うための洗剤の詰め替え袋だけでも百キロ単位だ。
空母で手間をかけて分別して、大灯台の島にある高温焼却炉に運び、再利用できるものは再利用に回した。
ガラスビンだけでも、たとえばムーンブルク王都にばらまいたら経済構造が崩壊しかねないほど価値があるので瓜生が消した。
電気や上下水道の設備。いくら日本語の読み書きができ、周囲に比べれば優れた生活水準で暮らしているロト一族とはいえ、せいぜい江戸時代後期の水準……その、膨大な人数が先進設備に一ヶ月で慣れるのも、大変な話だった。
ウィスキーのビンの、ネジになった蓋を開けるのも、コルク栓を抜くのも困難。電気をつけるのも、蛇口をひねるのも、結構訓練が必要なのだ。まして、ポテトチップスの袋を開けるコツなど体得しているはずがない。ドアノブをひねってドアを開けるのも、カードキーどころか普通のカギも、何十回も練習しないとわからない。
そのことは、瓜生はあちこちの旅で何度も経験していた。だから旅先で誰かに故郷の飲食物を渡すときには、必ず自分で開封して渡す。すべてのビンの栓を抜き、缶の蓋のテープをはがして空ける。
そのやっかいさは、ロト一族は散々経験していた。だからこそ、多数の客全員に昼夜三交替二人ずつ常に張りつけ、幼児のように徹底的に世話をするという無茶をレグラントが主張し、ゴッサがそのための、農閑期とはいえ膨大な人数の動員に同意したのだ。
発電機、海水淡水化装置、浄水器、電気設備の保守、多数の動力つきボート……膨大な近代機械を動かし続けることも大変だった。
服装や食事のマナーもどうするか、かなり議論があった。
瓜生の故郷に、完全に合わせたがる人たちもいた。瓜生の故郷そのものをあがめている人も多い。また、マナーをDVDで学んだり、また映画などで見るマナーに憧れる人も多かった。
あの世界の水準を目指そう、という声も大きかった。
だが、レグラントはそれには反対だった。ムダだしそんながちがちにしてもおいしくない、と言った。
ジパングの血が濃い〈ロトの子孫〉も、ジパングの礼儀……箱膳と箸の生活が美しいと主張した。
〈ロトの民〉にも、特に遊牧民の血を誇る民は、小さな筒に箸とスプーンとナイフを入れ、懐に金属椀一つを持って竜馬に鍋一つくくって飛び出す暮らしを続けており、何本もナイフとフォークを並べるマナーはばかげている、と叫ぶ人は多かった。
「ナイフとフォークなんて、西洋文明がたまたま勝っちまっただけで、絶対正しいわけじゃないさ。箸のほうがいいかもしれない。合理的で、飯がうまくて清潔なやり方にすればいい」という瓜生。
「今回の饗応は、さまざまな世界から多くの、手づかみで食べるような人々を招くものです。全員にセイヨウテーブルマナーを強制したりしたら、楽しませるどころではないですよ」というハーゴンの言葉も、皆を納得させた。
「動きも美しく礼儀の心にかなうものを、だな」とアロンドが賛成し、それをきっかけに流れができた。
……もっとも簡単に扱える、トングとスプーンを中心にした。
メニューや食器の計画さえ、それに合わせて再編した。それは、瓜生の故郷のマナーで言えば、誰もが吹くものだろう。
だが、それはこの世界では、ここの人々にとっては正しいし、そして美しく美味で、食べることを楽しめる文化なのだ。
服装も、ジパングの影響がある〈ロトの子孫〉と乗馬を好む〈ロトの民〉を折衷させ、瓜生が出せるように工夫したのが、作務衣とロングブーツ、皮のウェストポーチの組み合わせだった。
繊維の生産力もロト一族は優れているが、それでもさすがに、一月で一万人全員分、予備を含め複数の、統一され丈夫で見栄えもいい衣類を作る、というのは無茶を通り越していたのだ。
客船内の、そこらのショッピングモールに匹敵する店舗数。空母にも、多様な設備がある。
商品は瓜生が出せるにしても、店員を作り出すのが大変だった。
さらに、多数あるファストフード店を機能させる……店の基準を満たす店員を育成する、という大変なことがある。マニュアルがあるとはいえ。
どれも、瓜生の故郷のチェーン店のオープニングスタッフのように、本店から熟練した教育係が来るわけではない。全くの新規店でも、経験者がいるものだがそれも一人もいない。
一つ一つ、自分で切り開かなければならないのだ。
ジニが、熟練工から習えないプレスのコツを、自分で何十回も指を失いベホマで癒されながら学び、若い技師たちとともに学んでいるように。
店の多様性もとんでもない。飲食店、衣服・雑貨・宝飾品……スポーツ設備、カジノ、ゲーム……
ガライが「もっと休み時間だけでも、音楽を聴きたいのです」と頼んだ……
瓜生が、スタッフ保養所である空母に、元々ある映画館を動かした……
リレムが、客船の空き室をいくつも使い、最高級オーディオそれだけを娯楽として提供することを思いついた。
また、実は瓜生の故郷の資料が、あまりあてにならないこともある。瓜生の故郷の資料は、あくまで近代教育を受けた人を想定顧客としている。あらゆる世界から来る、近代以前の王侯貴族をもてなすのには使えない。
近代人というのは、きわめて特殊な価値観を持つ、特殊な部族なのだ、そう思わなければならない。
「おれの故郷で、おれの国の先祖が最初、西洋に行った時に大恥かいたそうだ。でも、こっちにはこっちの礼儀作法がちゃんとあるんだ、違うってだけ。違うって理由でバカにしたら、それこそ楽しんではもらえないだろ」と、瓜生。
「共通点は、どれも人間だということです」ハーゴンが強く言う。
「人は誰でも首をはねれば死ぬ」アロンドの言葉に、ゴッサがうなずく。
「どこの貴族も、結局焼いた肉や甘いもの、強い酒や美女をとても喜びますね」とレグラントがこれまでの経験を思い出す。
「いや、人をもてなすというのは、もっと大変なさまざまな細かなことの組み合わせじゃ、と思っていたのじゃが……誰でも喜ぶこと、というものはあるな」とキャスレアが深く息をつく。
(油や砂糖を豊富に使える、それ自体ありえないしな)瓜生が内心思う。
「腹を減らせばなんでもうまい」というロムルの言葉に、ハーゴンとアロンドが深くうなずく。
「じゃあ、初日は少し食事を遅らせて、腹を減らしてから一気に肉を焼くか」アロンドの目にレグラントがにっこりとうなずく。
数日前から、リハーサルを兼ねてザハンの隣から旅の扉で禁断大陸に通っている人々を、客船に招いた。
それであぶりだし、ギリギリで修正できた間違いもかなり多かった。