奇・・ドラゴンクエスト1の続き   作:ケット

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勇者ロトのように宴から去れ

 懐かしいラダトーム城。

 大きくは岩山と海峡に囲まれ、天然の良港であり地下水脈にも恵まれ、周囲には果樹園と畑が広がる。

 対岸に、かつてあった城はない。だが人々は、ゾーマが死んだ直後と同様、憎悪と恐怖をこめてそこを見ていた。

 ありったけの旗が掲げられ、酒樽と大鍋が広場に据えられ、祝宴は果てることなく続いている。

 疲れた難民たちも、それで食と仕事を得ることも多い。衣類を縫い、食事を作るその下働きは、どれほどいても足りない。

 ただ、もちろん、それもできない病み傷ついた人々が、多く死を待っている。

 瓜生と、勇者アロンドはその地獄に向かい、まずベホマズンが何千もの怪我人を瞬時に全快させる。

 その奇跡に、あらためて難民たちが勇者を見上げ、喜びと崇拝の絶叫を上げた。

「久々に見たが、つくづくものすごい呪文だな。神々のものだ」瓜生は微笑みながら、浴場を整備して清潔な衣類と寝具を用意する。

 リムルダールの奇跡は、ルーラを使える人々を通じて、ラダトームにも広まっていた。膨大な、皮膚病や感染症に苦しみ死んでいく人々が、ほんの十数日……輸血やビタミン剤、抗生物質、清潔それ自体の威力で、皮がむけるように健康体になっていった。それもすべて勇者の新たな力として伝えられる。

 主客の交換は、自然だった。特にラダトームに着いてからは、瓜生は意識的に心がけた。

 昔のことも思い出す。ネクロゴンドの王座を引き受けたミカエラに、それまでの気安い仲間と違う態度を、人前では取らねばならなかった。ガブリエラを真似ていればよかったし、会う暇もろくにないほど測量や病院作りに忙しかったが、寂しかった。

 瓜生は勇者アロンド以外とはあまり話さないように、ひたすら手を動かすようにした。

 アロンド自身は不思議なほど多くの人を引きつけ、また〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉を名乗る人が時々来る。

 有象無象と関わっていると、中にはアロンドを勇者ロトの子孫を騙る偽者呼ばわりする者もいる。だが何よりも、アロンドの頭を飾るこの世界では手に入らない金属の兜と、竜王を倒した証である巨大な牙が、ロト族長の証である。

 瓜生にとってその兜は、常に傍らにいた勇者ロトことミカエラの頭を常に守っており、また最後に嬰児もろともその母ミカエラから乳母の手に託されるのを見届けたゆりかごでもある。

 また、本物の〈ロトの子孫〉かどうかは簡単にわかる。本物ならAK-74の分解整備をこなせるし、日本語の読み書きができ、何より清潔だ。彼ら……時に女性もいるが、誰もが強力な魔力も持っていて、心強いスタッフとなる。実はアロンドが竜王を討伐する旅でも、〈ロトの子孫〉たちは協力していたのだ。彼を代表と認めて。

〈ロトの民〉もすぐれた武器職人や戦士が多くいる。

 アロンドは、瓜生にも徐々に〈ロトの子孫〉の強大で、アレフガルドの人々の間に混じりひそみ隠れていた組織を見せていった。その大半には瓜生の正体は隠したまま、慎重に。

 アロンドの周囲の〈ロトの子孫〉や〈ロトの民〉たちは、瓜生の忠告もあって、今は郊外に半ば隠れて暮らし、ひそかに瓜生から受けとった財物の力で難民を助ける活動を始めた。

 瓜生とアロンド、そしてローラ姫は、ラダトームの郊外に大きめのテントを張って暮らしはじめた。アロンドは時々、〈ロトの子孫〉の族長としての仕事もしているが、多くは部下にうまく任せている。

 ラダトームの城からは、主婦としての訓練を十分受けていないローラ姫を案じ、何人かの女官や料理人が送られている。今はその人たちも受け入れて、ちょっとした宮廷となっている。

「プレハブを建ててもいいのですが、建物を造ったらここに居座ると思われ、追討されかねません。こうしているだけでも反逆同然、早いとこ海外に逃げたいんですけどね」瓜生がアロンドに苦笑する。

「ガブリエラより、何か起きてロトの子孫が勇者として立ち、魔を滅ぼしたらすぐアレフガルドを逃れるよう言い伝えられています。だから、国を私自身で探すと王に言ったのです。そういえば、あなたがたがゾーマを倒した時、難民を助けたりせずすぐ立ち去りましたね?」アロンドの表情には畏敬と誇りがあふれている。

「ゾーマは何十年という長期間、ある種の支配を続けていました。竜王が出現したのは?」瓜生はまだ、それほど詳しい話を聞いていない。その暇がないのだ。

「あ、ほんの数年の話です。だからこちらの町には故郷を追われた人が多くいて、ゾーマの時にはいなかった……」

 

 瓜生は病人たちにつききりだが、だからこそ色々と話が入る。祭りの中、ロトとアロンドの勲しを歌い上げる吟遊詩人たちの言葉も。

 危なかったのが、瓜生が海底トンネルが開通しているということで、驚いてしまったことだ。

 こちらの人々にとっては、何十年も前の常識でしかない話だ……青函トンネル開通の知らせに驚く、瓜生と同じ世代の人がいるだろうか。

 その夜、久々にテントで、アロンド夫妻とゆっくり話す機会があった。

 宮廷料理人の心尽くしが並ぶ。瓜生は、日の照るアレフガルドはさほど知らない。

 ラダトームでは、オートミールのような柔らかい粥が主に食べられている。

 大根に似るが苦みのある根菜とその葉、象を小さくしたような家畜の塩漬け肉や、煮固めた血と肝臓がよく食べられている。聞いてみると、と殺だけではなく定期的にラリホーで眠らせ血を抜き肝臓の半分を取っているらしい。一瞬残酷と思ったが、乳や卵、脂尾羊同様「殺さずに得られる」メリットは大きい。

 闇の時代にも食べた芋、豆のような葉、油の多い木の実、虫の幼虫も、つけあわせ程度には食べられている。闇の時代にも人を養い、光が戻ってもそれに適応させるルビスの妙力に、瓜生は眼を見張るほかなかった。

 漬物と豆腐があったのには少し驚いた。マイラから、ジパングの習俗が少し伝わっているらしい。

 海は近いが、魔の島の周辺は穢され船も出せなかったので、海産物はほとんど手に入らない。

 酒は蜂蜜酒と、日本酒に似た穀物醸造酒が主だ。蒸溜技術は失われ、輸入が絶えた今はもう蒸留酒はないという。

「あのトンネルが開通したのは」

「ゾーマを勇者ロトが倒した、それから二十年もかかりませんでした」アロンドが答え、瓜生の表情を見た。

「何か、お辛いことがあったようですね」ローラ姫が、瓜生を見つめ、夫に目を向ける。

「詳しくは知らないのです」アロンドが目を伏せた。

「ああ……そうですね。ゾーマを倒した後、ムーンブルクで頼まれ、風の塔の賊を捕まえたのは聞いていますか?」

 瓜生の、感情を殺した表情。手の施しようのない患者にモルヒネを投与する表情、アロンドはもう知っている。

 アロンドが首を横に振る。

「魔物だって言われましたが、幻術を使う人間の賊、それもデルコンダルの難民でした。それを捕まえて、そのトンネルの工事に年季つきで売り飛ばしました」

 瓜生の声も平板になる。

「なぜ?」ローラ姫が怖そうに、それでいて興味深そうに聞く。

「ムーンブルクに引き渡したら死刑。それもごう……残酷に。なら何年か働かせて、まともな奴は普通の暮らしができれば、ということです」

「でも、筋金入りの悪人は……」アロンドが拳を握り、カリフォルニアの極上白をなめる。

「ああ、何人かは地震をきっかけに暴れましたよ。おれが殺しました。そうなるのはわかってました」瓜生が、強く歯を食いしばり、手にジョニ黒を出してグラスに注ぐのももどかしく、震える手でもどかしげに栓を開け、ラッパ飲みに干す。

 アロンドは、長い間沈思していた。

「何人かはどうしようもない、殺すしかないとわかっていて、でも何人か救える人は救おうと……現実を見ながら最善を探す、と」

「ま、その人たちも少しは、誰かの役に立てた、ってことでしょう」

 

 ラダトームのためには、別に道路の再建のためと多額の金塊を、勇者アロンドと王の連名で出すようにした。人手不足の状態にしなければ、難民は社会不安のもととなる。

 王たちは、竜王の死を祝い、そして旅立つ勇者を送り出して、あとは今まで通りの暮らしに戻ることしか考えないものだ。

 ラダトームの貴族たちの気質は、変わっていない。以前、ゾーマを倒した後に、予言もあったが去ることを選んだのは正しかったと、あらためて思う。

 復興のために、港や道路、上下水、城壁を修理することは……考える王もいるし、考えない王もいる。考える王が勝つとは限らない。

 瓜生は正体は隠したまま、アロンドに「難民たちは、非常に危険な存在です。一つ間違えれば国がひっくり返ります。竜王という共通の脅威を失った今、より危険と思うべきです。海外にそのはけ口を作ることができれば、重畳ですよ」と言わせた。

 その反応を見て理解しようとしないのを見てとると、(カテリナみたいな王族は……百に一人なんだな)王を買収することを選んだ。

 ローラ姫から王の好物である酒の味を聞き出し、それに近かったポートワインで。失われた蒸留酒で。

 周辺の人や宮廷医師の目をごまかして、王に全身麻酔をかけて虫歯を処置して義歯を作り、激痛があった尿管結石や半月板損傷を摘出し、ビタミン剤で脚気と壊血病を治したことで。

 大貴族の子たちの、瓜生の故郷では抗生物質とビタミン剤だけで完治するがこちらではほぼ確実に死ぬ病を癒すことで。

 そして老いた貴顕に、何人かは濫用して死ぬのも承知で、バイアグラを与えることで。

(無関心がありがたいよ、本来なら、大切な民、貴重な労働力を何千人も根こそぎ盗もうとしてるんだ。侵略よりたちが悪い、絶対殺さなきゃいけない存在なのに。人は、食糧供給者に従属する。さらにアロンドは、この若さで本物の王だ。ミカエラのカリスマをそのまま継いでるよ、叫び声ひとつで神もひるませ、万の群衆が死兵となる)

 傷病癒えた難民たちは、次々と生じる仕事に駆り出され、荒れたラダトーム周辺の整備を嬉しげに続けている。その仕事を指揮しているのも、優れた土木技術を持つ〈ロトの子孫〉たちだ。もちろん身分を隠して。

 王よりも、共に前線に立ち働くロトの子孫、勇者アロンドの名を称えつつ。

 瓜生にとって心配なのが、ラダトーム宮廷がアロンドと自分を暗殺することだ。

(できるだけ早く、海外に逃げなければ……ミカエラたち、おれも、ああして宴の席から消えたように)

 食糧の供給も調べているが、飢えた難民たちとはいえ簡単に食糧を配るのは害がある……食糧を普通に作り運ぶ人たちから仕事を奪い、援助に依存する人々を生む。瓜生の故郷……こちらに来る前夜までの仕事場でも、援助の害は常に大きい。

 金塊で買って配るのも、限度を超えると金の相対価値が下がり、経済を混乱させる。

 さらに国の、剣の力による備蓄。大貴族たちの備蓄。商人の買い占め。豪農の備蓄。

 祭りのために宮廷が備蓄を放出し、また食糧を買い上げることで食糧価値が凄まじい勢いで乱高下する。それが買い占めになれば飢餓、暴動のリスクすらある。

 為政者の立場に立てば、それは実に難しい。誰でも無料で好きなだけ食える祭り鍋も、いつまで続けられるか。

 瓜生は監視カメラ入りの無人機の威力で、あちこちの倉庫を調べてアロンドに報告し、食料価格の動きを慎重に見ている。

 そして、混乱が出るほど下がらない、それでいて買い占めをやらない程度に上がらないよう、食料価格を調整するよう、難民に王とアロンドの連名で分け与える。

 配る食糧も選ばなければ……缶詰や瓶詰、レトルトやプラスチック瓶、ビニール袋さえオーバーテクノロジーであり、空き缶空き瓶も金属やガラスが貴重な前近代社会で大量に出れば、産業構造が混乱しかねない。贅沢すぎない、そして生命維持はできるよう、紙袋に入れたシリアルとチーズ、容器持参者にはサラダ油、そしてアレフガルドにも似たものがあるオレンジ、そして石鹸に限定している。

 ただし、瓜生がいくら調べて頭を絞っても、うまくいくわけではない。時に混乱もある。

「食料価格、というのはそれほど重要なのか」アロンドがため息をつく。

「このようなこと、考えたこともありませんでした」ローラ姫は疲れ果てたような表情だ。

 

 

 次に瓜生とアロンドが向かったのは、マイラだった。

 マイラは竜王軍からもなんとか生き延び、温泉も涸れていない。

 山に守られた、小さな村だが、周囲は広く水田が広がっていた。

 瓜生はその小さな花を見る。広いあぜに大豆が栽培され、いくつかの田では〈上の世界〉の水田雑穀、水田で育つ豆や浮き菜も栽培されている。田芋や休耕田のゲンゲは、明らかに瓜生がもたらしたものだ。

 瓜生が見回した、人々は普通の、アレフガルドの衣類だった。

(ジパングの習俗ではないな、同化したか)

 それから、考える暇はあまりなかった。瓜生は病人たちの診察と治療、アロンドとローラ姫は、奇妙な立場で村に滞在し、祝祭の主賓となっていた。瓜生の忠告で、ローラ姫の従兄弟に当たる貴族も共に呼び、アレフガルドではその人を立てるようにしている。

 その、あちこちの町を回って人々の前に姿を見せ、手を振り喝采に応える、瓜生にはそれが彼の故郷での、芸能人の全国ライブツアーに似ているな、と苦笑した。

 瓜生は多数の人を治療し続けながら、半ば世間話のように、百年前に出会った、〈上の世界〉から来たジパングの鍛冶屋や、ムーンブルクから助けて連れてきた女たちのことを聞いてみた。

「ええ、遠い先祖にそんな話が伝わってましたけどね」程度のことは聞こえる。実は勇者ロトゆかりの人々は、〈ロトの子孫〉に加わり隠れ暮らすようになり、表からは消えている。

 ガブリエラらが勇者ロトことミカエラの息子ミカエルを育てつつ隠れ住んでいた、かつてルビスの塔だったところに近いマイラには〈ロトの子孫〉が多くいる。遠い昔瓜生が教えた、近代水準に達した産婦人科医の知識の、断片が残るマイラの医療水準は周辺に比べて高い。

〈上の世界〉で瓜生たちが研究した、カビを利用した粗放な抗生物質も伝えられていたし、麻酔と消毒の呪文も残っていた。

 形骸化し習俗となっていたが手を洗う習慣、生水を忌み茶を飲むことも相当な人口増につながっている。

 また、食料も豊かになる。ジパング系が多い〈ロトの子孫〉が伝える味噌・納豆・甘酒だけでも、穀物や豆を飼料とし、肉・乳製品・卵に変えて食べるよりはるかに高い効率で、良質のタンパク質にできるのだ。

 その大人口があったからこそ、大地震からも竜王軍の襲撃からも生き残る者が多数いたのだ。

 

 夜、ゆっくり温泉で休んでから、郊外の廃屋を借り、中はプレハブのちゃんとした仮設住宅にして、瓜生とアロンド、ローラ姫と付き人たちだけでのんびりした。ロトの秘密にかかわることと女官も休ませ、魔法で音が聞こえないようにして、のんびりと話しはじめる。

「残念です。マサムネさんのような神鍛冶がいれば、色々助かったでしょうが……まあないものはない」と瓜生が肩をすくめる。

「マサムネさまは、あえてミカエルを育てる仲間には加わらず、後にラダトーム宮廷に仕えたとか。小さい頃、両親に聞きました」と、アロンド。

「〈ロトの子孫〉が伝えた技術も多かったでしょうが、外来種も伝染病も多かったのでしょうね」つぶやいた瓜生が、ふと心配になったのが、ドムドーラに落ち着いたアッサラームの踊り子。彼女がどのような性病や寄生虫を、また踊りや歌や縫い物の技術をアレフガルドへの土産にしたか、それはまあ肩をすくめる他はない。

(人のことは言えないな、最悪の侵略性外来種を、いくつ、故意にばらまいたと思ってる)と、自分を苦笑する。

「ドムドーラは、滅びたそうですね」

「故郷でした」アロンドが悲しげに言う。「もともと私は、幼い頃に滅ぼされたドムドーラから逃げた、十歳前後の孤児でしかなかったんです。将来はロトの血と力を受け継げるよう、両親から訓練はされていたけれど、基本だけでした。〈ロトの子孫〉たちに見出されてからも、ちゃんと学ぶ暇もなく戦いが続きました」

「ラファエルがゾーマから継いだ拳法は?」

「一応はやったけれど、多分正確にはできないでしょう」

 と、軽く形をとってみる。

「いくつか見て盗みました」と、瓜生も、こちらはゴム製トレーニングナイフで今も毎日百ずつ稽古している、螺旋を描く突きと袈裟斬りの形を見せる。

「他の、ロトの子孫たちは……そして」

「ロトの子孫が隠れ住んだ村ですね? あれは大地震で地底に埋まり、一部が雨のほこらと呼ばれています。様々な宝は、散った〈ロトの子孫〉たちが分けて継いだとか。私の親からも、子守唄に隠して、弾薬の缶や金塊を埋めた場所をいくつか聞いていて、それで戦い抜けたのです。焼け落ちるドムドーラ、銃が形見でした」

 と、肌身離さぬAK-74を抱きしめる。

「ちょっと、悪いことをしたかな。もっと軽く、片手でも扱えるPDWかリボルバーにすべきだったか」

「竜王の前に立った時は、弾は切れていました。しかしその前に大魔道の頭を撃ち抜いたのはこれです……ストーンゴーレムには役立ちませんでしたが」アロンドが、いとおしげに銃をなでる。

「手榴弾も置いてけばよかったか」瓜生がため息をつく。

「そしてローラを守っていた竜の喉を潰し、炎を封じたのも」

 その言葉に、ローラが奇妙に震える。

「申しわけありません」と、瓜生が彼女にブランデーを注いで渡し、アロンドがその背をいとおしげに撫でた。

 気丈な微笑が返ってくる。

 瓜生は瞑目し、そして決意し、聞く。少し震える声で。

「ガブリエラは?」

 アロンドは、まるで遠い昔話を思い出すような口調で答えた。

「あの大地震を予言し、ロトの子孫を散らせて、あとは行方知れずとか。〈上の世界〉に戻ったとか、満月の塔に行ったとか、死んでガライの墓に葬られたとか、天界に行って神竜の妻となったとか……いろいろな伝説があります」

「賢者が長年修業すれば、不死を得る可能性もあります……人じゃなくなりますが。どっちを選んだ……選ばされたのか」と、瓜生はため息をついた。

 その選択……自分で選ぶのか、選ばされるのかもわからない……は、彼にとっても他人事ではない。外見は二十代後半だが、彼の魂が経た時はもう、五十歳を越えている。

「人であれる時間、それが寿命でいい……あとは、どちらにしても」そうとしか言いようがない。

 

 患者が、祭りに参加したいと言ったこともあり、瓜生は動ける者たちを村の中心に連れ出した。

 そこでは、ローラ姫とその親戚が正装し、アロンドが完全武装で立っていた。

 ロトの装備はラダトーム王家に返納しており、今身につけているのはオルテガの兜と、見覚えのある魔法の鎧に水鏡の楯。

 見覚えのない、剣のように背負われているが、刀身も柄も50cmほどの武器。AK-74は布で包み隠されている。

(あの柄は魔法がかかってるな)それだけはわかる。

「炎の剣です。メルキドで産される魔法剣」

 かたわらの〈ロトの子孫〉、サデルという女も、同様の剣を持っている。

 彼女から渡された剣を調べると、刀身はドラゴンキラー同様の、魔力で鍛えた炭素鋼より鋭い金属。だが瓜生の知る、かつてのアレフガルドの最高水準には及ばない。柄は魔導師の杖程度の魔法を無制限に使える。

「水鏡の楯は使われているな」瓜生が見てとる。

「ロトの楯は見つかりませんでしたから」

 サデルが残念そうに眼を伏せる。〈上の世界〉のイシス住民を思わせる、やや年増の美女で剣もある程度使うが、むしろ攻撃魔法に優れている。男女二人の子の手を握っている。

「鎧と剣はアロンドが見つけ出したんだっけ」瓜生に彼女がうなずいた。

「雨のほこらから、前線に立つ勇者はアロンドただ一人。私たちは、それぞれの町を守り、勇者の旅を支えることが役割でした」

「一人一人、よく動いてくれたんだな」瓜生のねぎらいに、サデルがぱっと表情を輝かせる。

「ウリエルさま、あなたがた四人が築かれた平和を守るため、そのためにロト族はあるのです」

「すまない。人を手段にすべきではないと思うが……重荷を負わせてしまったか」

 彼女は驚いてしばし考え、そして目を上げた。

「選べるとしたら、ロト族としての生を。目的がはっきりした生は、幸せでした。それに、ロト族が、勇者がなければ、魔王に怯え勇者に頼る暮らしです。私は行動したいのです」

「きみの子孫もそう胸を張って言えるよう、最善を尽くさないと」

 

 

 ガライの町に着いて活動を始めてすぐ、ほぼ同時に三人が、同じことを言いに来た。

「いつまでアレフガルドにとどまっておるのじゃ! 勇者ロトのように、早く宴から去れ。わが祖母ガブリエラが何度も言っておった、闇を砕いたら即去れ、それが勇者の宿命じゃ、と」アロンドを怒鳴りつけた、老商人ガブリエル。ガライの町でもかなりの顔役で、竜王討伐の旅をしていたアロンドとも旧知、〈ロトの子孫〉の長老の一人でもある。

「家の者が、アロンド様を暗殺すると!」と覚悟の眼でローラ姫に密告した、幼さを残すリレムという貴族の少女。

「なぜ、伝説の勇者ロトのようにしないのですか? ずっとアレフガルドに、ラダトームにとどまっていただけるのですか? 危険です」アロンドのベホマズンで回復し、すぐ輝く目で訊いた、アムラエルという歴史を教える女性。

「わかっている、早く海外に出たい。でも、あなたのように、おれや勇者様の手があれば助かるが、なければ死ぬ人が、アレフガルド中にたくさんいるんだ」

 アロンドが答える前に、思わず瓜生がアムラエルに答え、気がついて謝罪した。

「ですが、あなたの手があれば助かる人は、もしアレフガルドが閉じ込められている間に滅んでいないなら、外の世界にもたくさんいるはずです。それに、こうしてあなたがここにいては、下手をすると」それ以上、アムラエルは言えなかった。

 強引に入ってきたリレムが、泣きわめく寸前の眼で叫ぶ。

「このままでは血が流れる、とおじが言っていたんです! 昔のデルコンダルのように!」

 アムラエルが真っ青になってアロンドを見た。

 瓜生が目を見開き、歯を食いしばる。百年前のデルコンダルで、そしてこちらに来るまでの地球で、内戦の地獄はいやというほど見てきた。

「わたくしは父を、母を、兄を……一族を裏切ってここに来ました。ローラ様に、幼い頃によくしていただいたことがあるから」

 泣き崩れるリレムを、アムラエルが優しく抱き、涙をぬぐう。

「いつまでもこうして、難民を助けているわけにもいかない。アレフガルドはアレフガルドが助ければいい」

 アロンドが、苦渋の目で言う。

「それに、ウリエル……じゃな? 幼い頃、ばあさんが言っていたとおりの姿……なら、こちらに定期的に来て、物資を渡すことで多くの人を救い続けることは、できるはずじゃ」

 ガブリエルが瓜生を厳しく見る。瓜生も頷いた。

「それに、貿易を再開しましょう。食料や医薬品を輸入し、輸出できるものを用意して」アムラエルの言葉。

「最初の船、そしてガライ港の整備。それ以上は、こちらの職人の仕事を奪う」アロンドの言葉に、瓜生が直立不動で敬礼を示す。この短期間で、瓜生が気をつけていることを学んでいたのだ、言葉だけではなく実践で。

(鉄筋コンクリートは、こちらの技術では再現不能)一瞬考え、

「防水加工した木材と釘、アスファルト、ロープと滑車。それだけは緊急で必要でしょう。輸出できる、こちらの布など……の職人……最初の交易の資金を出します。他に必要で、おれに用意できる物資があったら」瓜生が頬の端をつり上げる。

「この街に、知り合いはたくさんいます。わたしにできることがあれば」リレムが涙をぬぐい、微笑んだ。

「わしも、あちこちに声をかけてみる。まずこのガライと、対岸のルプガナを」ガブリエルも力強く、老いた背を伸ばしてリレムの手を取る。

「ラダトームでも難民を利用した工事が始まっている。ラダトームも、今道路や城壁を工事している人たちに港も作らせれば、アレフガルド国内でも物が動く」アロンドがローラ姫に目くばせする。

 大重量の高速運搬で、船以上のものは瓜生の故郷にもない。

「貿易の許可証、隣国への手紙などもお願いします」瓜生がローラ姫に声をかけ、ガブリエルとリレムを連れて港に向かって飛びだす。

 

 その間に、公平を期すためと言われたアロンドとローラ姫はメルキドにも、顔だけ出した。リムルダールから、瓜生に訓練された助手も何人か送る。また使われていない倉庫を瓜生が医薬品や食糧でいっぱいにする。

 中心にいた古老が、「汝の王国を探すのであれば、まず北のお告げ所へいけ」と、軽く憑かれたように言い、正気に返って「「北のお告げ所」とやらがどこかは知らんがな」と笑う。

 城塞都市メルキドは昔から予言者が治める町であり、魔法の研究も盛んだ。

 門を守るが暴走して誰も入れなくしたゴーレムをアロンドが倒すまで、周囲に難民の町がある意味広がっていたらしい。瓜生は、はるか昔に、ゴーレムを研究する魔法使いに資料を渡したことを思い出した。

 そしてリムルダールでも、魔法の鍵の研究者に……その鍵が、アロンドを助けたことを聞いたのも思い出す。

 その古老がアロンドたちを食事に招いた。

 メルキドはずっと閉じ込められた状態だったが、広い城壁内の空地と恵まれた水利で、密度の高い水田を耕作していた。熱帯に近い気候で一年にムーンブルク田豆・ジパング稲・田芋と三度収穫され、またバナナも主食となっている。水田の、オタマジャクシのまま繁殖する動物も雑草や害虫を食い、いい食物になる。

 マイラから味噌や納豆も伝えられており、むしろマイラより料理は日本に近い。出入り自由なミツバチが集めた蜂蜜と米や豆の粉で美味しい菓子もふんだんにある。塩や塩漬け肉ぐらいならルーラや、城壁の所々にある抜け道から運べる。

 田芋の茎も味噌汁でさっと煮たり、白和えにしたりとうまい野菜だ。

 そのごちそうを共に食べながら、古老は「メルキドにもかなり、あちこちを追われた人がいた。だがもう竜王が斃されて三カ月にもなる。あと一月で春の種まきの頃じゃ」とささやくように笑いかけた。

 アムラエルが目を輝かせながら言う、「竜王に滅ぼされ、また多くの働き手を失った農村も多くあるはず。そこに難民を戻し、耕させれば」

(竜王の襲撃は、本質的には大規模な伝染病や騎馬民族による虐殺征服と同じだ。人口が急減し、多くの農村が放棄され……休耕と同じだ。焼畑だけで収穫できる、再開墾は大変になるが。また黒死病と同様、一人当たり農地面積・賃金水準が上昇する。難民たちはアロンドと共に海外に移民させるつもりでいたが、アレフガルドの再開墾にも使ってもいいな)

 瓜生も新しい見方に目を見張る。

 地球の難民地帯では、彼らに帰る希望はごく小さく、帰ってもそこは敵武装勢力が入植していて、どうしても難民キャンプが固定される。国家主権があるため、彼らは周囲の大地を耕すことができない。

 絶望し、食糧と医療の援助だけが、天から降ってくるに等しい難民たちの生活……特に難民二世三世となると、無限の富を持つ瓜生ですらどうしようもない。へたをすると能力がばれ、国際政治の問題になる。

「わしは商人たちに、種籾や種芋をためこませておくよう言っておいたんじゃ」と老人がずるそうに笑う。

 瓜生がうなずく。

 斧・くさび・ノコギリ・大きく厚い鎌・鍬・シャベル・ツルハシ・バール。釘や太い針金。ハンモックや毛布、収穫までの油など高カロリー保存食……上総堀の技術と先端刃。種籾の資金。

 彼に用意できる。

 地場産業では用意しきれない分を、瓜生が投資の形で影から与え、収益を銀行のように商人や貴族の信用保証とし、投資意欲を増させれば地場産業も弱まるどころか強まる……かもしれない。

(グラミン銀行も応用できる。鍛冶や建築など技術を持つ難民に、少額を貸しつけ仕事を始めさせる。高利でなくても儲かることを示せば、模倣する人もいるだろう。多くの人が何か仕事をすれば、それでみんなが豊かになる。

 ラダトームの鍛冶屋が楽に増産できるよう、鉄床やふいご……木炭や鉄材を与えてもいいだろう。それらを作る業者が職を失わないように、こちらで作れるものは高く買い上げながら。

 悪くすればバブルやモラルハザード、でもまあ知ったことか、おれは神じゃないんだ)

 瓜生が経済学の講義を思い出しつつ、頭を回転させる。

「ラダトーム、ロトの子孫たちを通じて。ローラ、商人たちと話したい」アロンドもうなずきかける。

「資金は商人たちや貴族に、おれから貸した方がいい。もし損しても、保険があれば大胆な投資もしやすくなる。資金は出しますので、そのこともおねがいします」瓜生がローラ姫に告げた。

「保険?」

「10に1つの船は沈む、沈まなければ船と荷を合わせた金額の倍儲かる、とします。船一隻は10、10人集まり、送る船と荷の資金から、一人1ずつ出し合って事前に10貯めておき、沈んだ者にはそれを渡すわけです。合計は100の資金が、9隻の倍で180となり、10人の船主は18ずつ受けとる……まあ沈んだ者を少なくしてもいいですが」

「そのように、親戚や友人、ギルド仲間と助け合うことはよくあることです」ローラ姫づきの老女官がいい、アムラエルもうなずいた。

「ただしそれを、経験と信用のみでなく、記録と計算、そして契約によってより広く参加すれば、よりよく働きます」

 

 

 新品の斧と鍬を家畜に負わせて荒れ果てた故郷に、また廃墟となった農村に向かう難民たち。

 瓜生が出したものだけでなく、もはや無用な剣や鎧を打ちかえたものも多い。

 ローラ姫やその女官、さらにその親戚を通じ、半ば買収済みのラダトーム貴族たちを通じて、もう安全、都市周辺にとどまるより新しい鍬を担いで荒れた田畑を耕せ、と触れは回っている。勇者アロンドとローラ姫も、その名声とルーラの機動力で各地の大都市に飛び、王族と共にその触れを裏づける。

 夫婦の信用は高く、アロンドの声を耳にした鍛冶屋たちは剣を鍬に打ちかえ、木こりや炭焼き、石炭掘りは真っ黒に働いては豪遊して新しく人を雇い、備蓄は種籾として高く売られる。

 人々の中には、〈ロトの子孫〉や〈ロトの民〉が何人か、金や宝石、いくつもの作物の種籾や種麹、高水準の測量器具、売りものにはならないが財宝より貴重なペニシリンやDDTを懐に、手と頭には土・石・そこらの植物の繊維で作るかまどと煙を流す床暖房の技術、読み書きソロバンなど、有用な知識と技術を身につけて混じっている。

 港や道路の工事にも、剣技や魔法を隠して混じっている人々がいる。

 新しい土地を切り開き、自給自足する技術を身につけておけ、というわけだ。

 多くはルーラ程度の魔法は使えるので、たまに情報を交換し、物資を受けとるように言い含められている。

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