わたしは、メラニー・ジョーダン。45歳。生まれはカリフォルニア州サンタ・テレサ。
大学には行かず軍に入り早めに退役してから、ベガスでシャンペンを運んだり、オースティンの店で服をデザインしたり、名前を聞けば知ってると思う歌手のバックダンサーとしてMSGで踊ったり、ホームレス直前までいったり、レニエ山のガイドをしたり、いろいろやる人生。
二年近く落ち着いてしまったこのアパート……いえ、ワシントン州から、そろそろ出たい、って思ったある晩。
眠ったつもりはなかった。でも、なぜか、疲れで気を失いかけるようになって、気がついたらヘリポートにいた。
「ここは」
豪華客船のヘリポート。ハイスクールはサンディエゴだったからいろんな船を知ってるし、長くはないけど働いたこともある。
そこには、たくさんの、百年戦争や十字軍のドラマに出たときみたいな服の人がいた。ホームレスみたいな匂いがする人がやたら多い。
全員共通した服の、人々を船内に案内する人たちがいる。違う。悪臭がしない、歯もきれいで、動きも洗練され……兵士のように訓練されてる。服装も、男女とも同じ、ジュウドウの服?に乗馬ブーツ?絹の帽子がとてもカラフルで職掌がわかりやすい。カラシニコフをかついでる人も多いし、剣をさしてる人もいる。でもみんな、すごく決まってる。
すごい美形ぞろいじゃない!東洋との混血も多いけど。
その中から、一人の白衣を着た日本人の男が飛び出してきた。ちょっと発音が南アフリカ系で、久々に使ったような違和感のある英語で話しかけてきた。
「よう、こそ。ウリュウといいます、場違いなところに着てしまっておもいます、おどろかれたでしょうが安心しろ。あなたの安全と帰館はわたしが補償し……」軽く息をつき、「お名前はなんじゃい?」
「メラニー・ジョーダンよ。ここはどこ?」
「ミズ・ジョーダン」うわ、気持ち悪い。
「やめてよ、ミ・ス、じゃなくてメラニーでいい」
「メラニー、さんく。二十日どほこっちで楽しんでいただければ、出た時と場所に必ずお返ししてやんぜ。確認したいが、JFKが撃たれたのはどこだっけ?」
「ダラスよ」なに当たり前のことを?
「違いはないか、では」と、彼自ら客船に案内していく。エスコートはしっかりしていた。「部屋に案内させたてまつります」
と言って、何人かに指示を出しながら、部屋まで行った。部屋ごとに待っている、例の民族の人たち。
「ああ、この部屋に案内する人は、いろいろわかってるからつきっきりの世話は必要ない。え、リネンと急患?わかったすぐいく。どうぞおくつろぎください。電話は故障中ですので、ええと、軍経験ありますね?」
「あるわ」と、最終階級を告げる。
「では、こちらの通信機をご利用ください」と、ゆったりした、多分絹?やたらと上質な服の下から米軍で使ってた通信機を出し、渡してくれた。
それからウリュウは一瞬考え、また服の下に手を入れて、
「こちらもどうぞ。無論安全はスタッフが確保しておりますが、ご安心のために」と、ベレッタM9自動拳銃を支給用箱のまま、それに弾薬一箱、さらにレザーマンまでくれて、ドアを開けてキーをくれた。
「このバッジをつけているスタッフは、全員日本語を話します。英語を話せる人も何人かいます。ではごゆっくりお楽しみください」
と、そいつは去った。掃除する立場だったのが、泊まってみるなんてね、変なヤツだけどありがたいわ。
前に働いたことがあるのと、同様の部屋だった。でも、着替えようと思ったとき、びっくりした。
全部シルク。キモノも、ベッドカバーも。信じられない、なんて贅沢よ。
そして机の上には、カジノのトークン百万ドル分と、十枚のメイプルリーフ金貨。
大声で叫んだ。
もう、どこだろうがどうでもいい。ここは、天国よ!
そう思いながら、ちょっとした警戒心は残っていた。拳銃に油を引いてクリップに弾薬を詰め、昔の訓練どおり安全装置をかけた。レザーマンの、スパイダルコ同様のワンハンドオープンクローズを確認し、クリップで帯につける。
魔法瓶からコーヒーをカップに入れて飲み、大瓶で置いてあったブランデー、うそコニャック、それもマーテルの最高品じゃない!さっそく一口飲む。クッキーの缶があけっぱなしじゃない、だめねえ。
拳銃のホルスターをつけて、その上からシルクのキモノを着る。
船のパンフレットと地図を確認しながら一休みして、無線機をつけてみる。
「はいウリュウです」と、さっきの日本人。
「外出用の、服と化粧品を用意していただけないかしら?」
「はいただいま」
シャワーを浴び終えたところにチャイム。
開けると、そこには大きなワゴンに、たくさんの服と化粧品が並んでいた。
「お待たせしました。どうぞ」
そう笑って、すぐに小走りに飛び出した。さっきもだったけど、忙しそうな男ね。船医でもあるのかしら?
そのワゴンを見て、また呆然とした。サイズは、少し大きすぎるサイズから小さめと大きめ三種類、しかも二年前だけど、最高ブランドのドレスウェアが十着以上。
化粧品も、しっかりと最高のものがそろってる。
真珠とプラチナのネックレス・イヤリング・指輪も!
本当にこんな贅沢していいの、とうっとりしながら、バスルームに駆けこんで化粧を始めた。
少し廊下に出て、歩いてみた。
粗暴そうな、変な匂いのする男や、けばけばしく化粧している女が酒の匂いをさせて歩いている。
とっさに、拳銃を確認してしまう。
食事までまだ少しあるので、カジノをのぞいてみる。しっかり動いていた。
西部風にしつらえられ、煙草とは違うけど煙が舞っていて、独特の香りが漂いいい雰囲気が出ている。でも、全部新品。
何人かが、剣を抜きかけている。そこを、例のジュウドウ着姿の人々が止めて、別のところで飲むように言っている。
そこに来た小さい女の子が、「じゃ、せっかくですから舞台でどうぞ!」と叫んだのに、観衆がわっと湧いた。
なんだかんだで、女の子たちが踊っていた壇に二人が押し上げられ、剣を抜く。
「よおし、おれが誰だか、この腕で見せつけてやる!王の盾(キングズガード)ども、手を出すな、ウェスタロスの名誉がかかってるんだ!」
「女王擁護者(チャンピオン)として、わが主君にして妻の名誉を貶めさせるわけにはいかん!」
どっちも中年。
でっかくてむさい、ちょっと太り気味のほうは、力任せに長い剣を振り回している。
鼻が曲がっているほうは、フェンシングのように幅広の剣を構えている。
「まっててねー、これで賭けは締め切りよ!締め切り!ウェスタロス国王ロバート・バラシオン陛下と、エレニア女王婿にして聖騎士スパーホーク、今のオッズは4:1!」
日本のアニメから出てきた魔法使いのような女の子の、甲高い叫びが広がる。その手の籠に次々と赤と黒の花が投げ入れられる。でも、その女の子の声になんとなくぞっとした。プロのディーラーやマジシャンみたいに、明るいのに冷たい。
「はじめ!」
叫びと共に、激しく剣が切り結ばれる。
しゃんっ、っとメジャー入り直前の選手のスイングを至近距離で見てしまったときのような音。ひゃっ、と首をすくめたほど、ロバートの剣は早い。ふと、近くに置かれていた同じような剣に触ってみて、びっくりした。信じられない、ライフル並みに重いじゃない!あれをあのスピードで。メジャーリーガー並みの体だと思ったけど。腹も含めて。
スパーホークは、その凄まじい剣を正確にかわし、鋭い突きを繰り返しはなつ。こっちはこっちで、フェンシングでいいとこいけるんじゃない?
ロバートの側にいる金髪の美女をちらっと見て、ぞっとした。ロバートの妻なんでしょ、なのに誰よりもロバートに死んでほしがってる!一度、軍で見たことがあるような残酷な瞳。そういえばわたしが退役してから、拷問が例の部隊で問題になったけど、真犯人は例の中尉だってみんなわかってる。
対照的に、スパーホークの側にいる美女は青ざめながら、髪を振り乱して叫んでる。すごく情熱的な女性。心からスパーホークを愛してるんだな、ってすごくわかる。近くに、激しい声で応援している金髪の大男もいた。
鋭い剣の音が繰り返し響き、そして疲れかロバートの剣が鈍った瞬間、スパーホークが腕を鋭く切りつけてロバートの剣が吹っ飛んだ。
こっちに飛んでくる、と思ったら目の前に何かが突き出され、すごい音がする。見ると、ジュウドウ着の、黒髪ポニーテールの女性が、木のお盆で剣を受け止めていた。貫通した先端が、もうちょっとでわたしに刺さりそう。
この女性もすごい反射神経。みんなが喝采し、金貨やカジノトークンが飛んでいた。
そして、気がついたら重傷だったはずのロバートが、ぴんぴんして悔しがりながら、それでいて楽しげにスパーホークの肩を叩いていた。
スパーホークはぐっと握手して、こちらに来た。へえ、渋くていいな、それに雰囲気がある。軍の佐官みたい。
そして静かにひざまずき、深く非礼をわびてくれた。
「いえ、いいんです無事でしたし」
「こちらの方も見事な腕ですね」と、ポニーテールのウェイトレスに声をかける。彼女はにっこりと、剣をロバートに返して、軍経験あるな、と思わせるほどぴしっと一礼し、落ちたジョッキを片付けて去った。ものすごい美人で、かっこいい。すぐにモップを持ったウェイターがフォローした。この巨大客船にふさわしい。
男二人、肩を抱き合うようにして乾杯してた。これだから男ってのは!
いつのまにか、ロバートの妻はそっくりな兄弟のところに行っている。近衛騎士?
そして、ロバートとスパーホーク、スパーホークの妻とわたしで、なんとなく飲み始めた。
「名前をきこうかい、嬢さんや」ロバートが火照った顔で聞く。
「メラニー・ジョーダンです」
「メラニー、か。妻は……ジェイミーのところか、まあいい。どっちに賭けたんだメラニー!」キスギリギリに口を寄せて、すごい大声、口が臭い。よくいるわよね、こういう酔っ払いのダメ親父。大好きだけど。大好物だけど。
「ロバート!失礼した。ロバートにも、あらためて紹介しよう。私はパンディオン騎士団、女王の擁護者、サー・スパーホーク。こちら、妻にしてエレニア女王、エラナ。そしてこちら、同じくパンディオン騎士団のカルテン」
スパーホークが、奥さんと激しく応援していた金髪の大男を紹介してくれた。
ウィスキーの大瓶を持ってやってきたサー・カルテンが、映画の騎士みたいな礼をしてくれた。信じられない、お姫さまにでもなったみたい。
「はじめまして、お目にかかれて光栄ですわ、ロバート・バラシオン陛下、メラニー」
エラナの声と礼に、頭がボーっとなる。さすがに国王とか女王とか、そんなのは経験なかったから……そう、エラナの美貌と気品は見たこともないほどすごい。うん、納得するわ。
「は、はじめまして」
「ま、ここじゃ国王なんて店のリンゴみたいなもんだ!何人いるかわからん。何よりいい友と、いい酒と、いい女と、素晴らしいケンカと、うまい酒だあああああああっ!」ロバートが叫んでスパーホークの腕を叩いた。
「賛成!おっさん話わかるぜ!」カルテンが叫んで、ロバートのジョッキにどぼどぼと、ウィスキーと赤ワインをダブルで流し込む。ロバートは一気に干し、自分も机から……ちょっと、それウォッカ!
干したカルテンが目を回しかけ、必死で踏みとどまり、拳を突き上げる。
「おあおおおお!」
「おおおおおおおおおおお!」
意味不明のオッサン二人の叫び声。固く抱き合い、なぜかわたしも二人に強く抱きしめられる。ちょ、なんて力よ、骨が折れちゃう!
ええいこうなったら、とことん飲むわ!わたしも近くのテーブルからワイン瓶を取って。……まって、まってよ、ロマネコンティ!目玉が飛び出し背筋が寒くなったわ。でもいまさら引っ込みがつかず、おそるおそるみんなにも注いで、わたしも飲む。
すごい……そう、若い頃にちょっとセレブ生活のぞいた時に、飲んじゃったのよ。飲んじゃった。そう、まさにこれ。
信じられない、は始まったばかりだった。
「お、わしにも飲ませてくれ」と、ロバートが一気に干し、テーブルからハムをつまむ。
「これはすごいな、なんというワインだ。……見たことのない字だな」スパーホークがため息をつく。
「うまいワイン、でいいじゃないか」とカルテンがラッパ飲みし、ロバートに回す。そんなことしていいワインじゃないわよ!
「素晴らしいわね。こちらに突然来て、不安でしたがスパーホークも守ってくれるし、それに楽しんでいただく、とこちらの皆さんがいってましたが、本当に素敵」と、エラナがわたしに微笑みかけて夫の腕に手を置き、もう一口ワインを飲む。
その動きも優雅で、本当に美しい。それに、……あら?今気がついたけど、こちらのシャネルの服よね……後ろ前?でも、それに合わせたエルメスのスカーフと、エメラルド、すごく面白い組み合わせ方。何も知らないからこそできる美しさ、ね。そして元がいいから。元がとことん美しいから何をやっても合うの。
はあ、とため息が出る。高貴な美女、いい男、いい酒。これこそ人生よね!
それが、天国のような二十日間の、始まりだった。
なんとなく、人々がカジノから、船の中央に向かっていくのがわかる。次々と新しい人たちも入る。
子供が何人かいる夫婦が、ロバートに気がついてロバートが激しく夫に抱きついた。
「ネッド!来てたのか」
「陛下。ご無沙汰しております」
かなり渋い、厳しそうだけど暖かそうな男が、ロバートに向かってひざまずいた。
家族も同時にひざまずく。年長の長男、すごく美人の女の子と、妹は昔のわたしみたい、それに奥さんが抱いている小さい子、元気そうな男の子。それに、かなり離れて、夫のほうにそっくりな……腹違いかしら。
「変なところに来ちまったなあ、でも楽しいぞ。うまい酒もあるし、きみがいてくれたらこんなうれしいことはない!そうそう、紹介しよう。こちら、エレニア王国のエラナ女王とその夫スパーホーク。同じ騎士団のカルテン。そしてメラニー。エラナ、わが臣下にして北部総督のエダード・スタークとその妻キャトリン。子供たちは……」
「お目にかかれて光栄です。紹介させていただきます、ロブ、ブラン、リコン、そしてサンサ、アリア」
一人ずつ、順に礼をする。まだ赤ん坊のリコンは、キャトリンが抱いたまま礼をした。
子供たちは、目を輝かせてエラナやスパーホークを見つめていた。いい子たちね。
「それよりメシはまだなのか!」
ロバートは真っ赤に酔っ払ったまま叫んでいる。
「そっちの男の子は?」
カルテンの言葉に、キャトリンの表情が凍った。エダードも酔いが冷めたようだ。
「ジョン・スノウ」
目配せを受けた、ロブが言った。それ以上の説明はない。
「お食事はこちらで用意させていただいております」
と、例のジュウドウ着姿の男女が静かに言って、ゆっくりとわたしたちを案内する。
結構多い。一人につき一人、従ってる。
「おおそうだな。腹が減った。たくさん食うぞ!」と、ロバートが叫び、カルテンが同調する。
「他にご一緒の方は?」
とエダードが聞いた。
「サーセイとジェイミー、バリスタンもいたが、あいつらは……まあ、きみがいて肉と酒があれば、どうでもいいさ」と、ロバートはエダードの肩を叩く。
案内されたのはヘリポート。風が冷たいわね。広いところにたくさんの人がいる。
そして、鉄板の前に案内された。会議用テーブルぐらいの高さと幅、それがかなり暖かい。
ちらっと見ると、下にガスボンベとガスコンロ。なるほど。
近くに控えているジュウドウ着の人たちが、机の下から箱を引き出す。
同時に、激しいドラムの音がスピーカーから流れる。
『さあ、存分にお召し上がりください!』
やさしい女性の声と同時に、ビニール手袋をはめたジュウドウ着たちが熱い鉄板に挽肉をばらまき、ワイルドターキーをまいて炎が燃え上がる。
強烈な香り。
すぐさま、次々と肉が鉄板に載せられ、じゅわああああああっとこの世で一番おいしそうな音と香りが広がる。
もう、人数を数えられないほどたくさんの人たちが、歓声を上げる。
「手づかみでは火傷しますよ、これでどうぞ」と、一人一人に付き添うジュウドウ着たちが、なんと小さなトングを手渡した。
それで食べるのは簡単、それこそロバートやスパーホークたちよりもっと野蛮そうな人たちも、簡単につかんで食べられる。マナーとしてはあれだけど。
しっかり塩コショウしてあるし、最初は薄い肉を短時間で焼いて、それから次には厚いステーキ、と次々に肉が追加される。
みんな、すごい笑顔でがつがつと食べまくってる。
ステーキだけじゃなく、ラムや豚肉も焼かれる。豪快に鉄板に挽肉を広げて、焼けたところをジュウドウ着が紙の深い皿にすくって、大き目のスプーンをつけてくれた。
どれだけ食べたかわからないほど食べて、それから今度はジュウドウ着が次々にボウルを出して、中の、レーズン入りホットケーキミックスをどっと鉄板に広げた。
また、すごくいい香りが広がる。ケーキドウと砂糖が、脂と焦げる匂い。
焼けるのを待って食べたけど、ものすごい砂糖入れすぎ。でもみんなそれに大喜びしているみたい。
その時に、音楽に気がついた。かなり激しいロックのインスト、それがかなりの大音量になってきてる。
それで雰囲気が盛り上がったところに、ジュウドウ着が次々と酒をくれる。お、ジャパニーズ・ライス・リキュール。久しぶりに飲むけど、これも好き。
みんなもすごく喜んでる。
いつの間にか、ロバートのそばに別の、かなりの老人がやってきてた。とっさに敬礼しちゃった、一度だけ会ったことがある、議会名誉勲章受賞者みたいな風格。
「陛下、ご無事で何より」
「ああバリスタン、楽しんでいるか。こちら、王の盾総帥のバリスタン・セルミー」と、また紹介が始まる。
食事が一段落してきたところで、突然騒ぎが起きる。
百人ぐらい、いろいろな服装をして飲み食いしていた人々が、左舷に集まれあれを見ろ、と呼び交わしている。
ロバートたちもなんとなく集まる。
見えにくいけど、そう……小さいヨットが高速で、この客船を囲んでたくさん係留されている船を縫うように岸に向かっている。
それが岸に乗り上げた瞬間、どよめきが上がる。
そして、スピーカーからすごくいい声が響き、一人の青年がよくわからないことを言っている。
「大陸を、解放?」
「この大きな大陸に、これまで人が住めなかったのか?」
みんながわいわい言っているけど、どういうことなのかあまりよくわからない。
「ま、それより肉と酒がうまい!」と、カルテンとロバートが飲み食いを始めているのに、みんなつられてしまう。
「陛下、エダード公」落ち着くのを待って、バリスタンがロバートたちに話しかける。「ここで案内をしてくれる同じ服装をした使用人たち、誰もが優れた使い手です。ご油断なさいますな」
「それはもうわかっておる。決闘で弾かれた剣を、鮮やかに盆で止めた女。いい女だったな」とロバート。
そのことを思い出して、改めて背筋が寒くなった。足ががくがくしそうになるのを、酒で止めた。
「大半は、ドスラク人のように地を踏むより馬に乗っているほうが長い人々のようですな」と、バリスタン。
「三人に一人は魔法使いだ」と、スパーホーク。それに、カルテン以外がびっくりする。
「そうか、負ったはずの傷があっという間に治ったが、それも魔法か」とロバート。
「それだけじゃないわよ。四人に一人ぐらいカラシニコフ担いでる」そうか、剣と魔法世界の人は、見てもわからないんだ。「あの、先に鉄棒がついた木のあれ」
ちらっと、ジュウドウ着の一人が持つカラシニコフに目をやる。
「何かと思っていました」と、バリスタン。
「妙な棍棒だな、あれで人を殴れるのか?」と、ロバート。
「あれ、三十人をあっという間に殺せるのよ。鎧を着てても。そうね、とても強い弓兵が十人いるのと同じ」わたしの言葉に、皆が凍りついた。
「では、もはやわれらは」
「抵抗は無意味、ってところね」
「なら、楽しむだけ楽しみ、敵とわかれば全力で戦おう!」とロバートがジャパニーズ・ライス・リキュールの入ったコップを差し上げ、スパーホークが唱和する。
目の隅で、バリスタンとエダードが軽く剣の柄に触れたのが見える。
こうなるとやはり、騎士たちね。ものすごく決まってる。なんて素敵な世界に入っちゃったんだろう。
そのまま、舷側に張りついて大陸を眺めている人たちもいる。
わたしたちもつられて少し見たけど、すごくきれいな青年が木を伐っていた。
すぐに、みんなあちこちふらふらしたり、誰か知り合いがいないか見回している。
ふと、スパーホークが目を見開き、「こんなところにいたか」と小さく叫んだ。
視線の先には、さっき決闘を賭博にするのを仕切っていた女ディーラーと一人の若い男に、一人の少年がにらみ据えられていた。
若い男の周囲では、数人の男女が心配そうに見ている。
「タレン、……すまない、身内だ」とスパーホークが少年に、それから周囲の人に呼びかける。
「スパーホーク。これほどの凄腕、見たことないよ」と、タレンは若い男と女ディーラーをじっとにらみかえしている。
「それはこっちの台詞だよ」と、若い男。
「うん、大したもんだよ」と女ディーラー。
「あなたがたも、盗賊なのか」というスパーホークに、にらみ合っていた三人がふっと雰囲気を変える。
「お目にかかれてとても光栄ですわ」と、エラナが前に出て、スパーホークが少年の両肩をしっかりつかむ。
「お目にかかれて光栄です。こちら、エレニア王国女王エレナ陛下。わたしはその夫にしてパンディオン騎士団のスパーホーク。こちら、ウェスタロス国王ロバート・バラシオン陛下、その北部総督エダード・スターク閣下とそのご一家。〈王の盾(キングズガード)〉サー・バリスタン・セルミー。こちら、メラニー・ジョーダン。同僚のサー・カルテン。それにタレンは、ご存知のようですね」とスパーホークは一気に紹介し、軽く少年の肩をつかむ手に力を入れる。
エラナは優雅に会釈し、ロバートとカルテンは豪放に笑い、エダードは謹厳に礼をした。
わたしもエラナの真似をしようとして、軍隊式の敬礼に切り替えた。こっちのほうがまだましよ。
「ご丁寧なご紹介、ありがとうございます」と、男たちの一人が出てきた。
「私は諸島王国国王リアム。まあ、ここにはあちこちから王侯が来ているという話ですのでお気になさらず。こちらは庶兄のマーティン、クロンドル公アルサ、その妻アニタ。妹のカーラインとその夫ローリ公。そして」と、タレンという少年をにらんでいる、十代後半ぐらいの男を手で指し、「スクワイア長のジェイムズ。盗賊出身ですが素晴らしく優秀な男です」
その紹介に、ジェイムズの表情が輝いた。
「こちらのタレンも、盗賊出身です。騎士団に内定していて、今は内のことをさせていますが」スパーホークが、少し恥ずかしげに言う。
「まあとにかく、ここでお盗(つと)めをしようったってムダだよ」女ディーラーがにっと笑う。
「持ち主に返すんだな。そちらの肉箱と、酒瓶に隠して甲板の穴に入れたろう?」ジェイムズの言葉に、タレンが降参、とばかりに両手を挙げる。「誰にも気づかれずに、全部返す。それぐらいできるだろう?」
タレンが目を輝かせてうなずく。
「それに、盗賊としての技なら、あっちに面白いところがあるよ。岩壁を登るのを楽しめる」女ディーラーの言葉に、ブランの目が思いっきり輝いて、エダードに裾をつかまれた。
「安全ですよ」わたしの言葉に、キャトリンが殺気を叩きつける。ちょっとびっくりした、結構怖いところあるのね。
「よおし、返してから三人で、誰が一番早く登れるか勝負しよう!」タレンの言葉に、ブランが夢中でエダードの手を握っている。小さい子ね。
ジェイムズとアルサが、楽しそうに苦笑している。キャトリンはもう泣きそうというか人殺しをしそうだ。
ふと思いついて、ジュウドウ着に聞いてみた。
「そうそう、チップは」日本ではチップの習慣がない、とかヨコスカ帰りに聞いたことがある。
「おそれいります、こちらではその習慣がございません。まことにありがとうございます。あ、こちらのあらゆる店でそのカジノトークンが通貨として通用します」
でもまあ、メイプルリーフ金貨は十枚しかないし、カジノトークンを包むのもね。
ウェルカムパーティーが一段落して少し疲れが出たころ、タイミングよく多くの人には、プロムナードデッキに来るよう案内が始まった。
軽く緊張しながら、ぞろぞろと歩く。スタッフたちに、明らかにディズニーの着ぐるみが混じる、でも別会社の着ぐるみも。なんでもあり?
それに、ブランなど小さい子は夢中になって、ますますキャトリンが目を三角にしてる。
何階分もぶち抜きの、小さなショッピングモールぐらいある多数の店。そのすべてに、無数の風船といろいろな色の飾りが結ばれ、華やかにライトアップされている。
音楽がディズニーの大ボリューム、そしてローラースケートの、小さい子?ディズニー着ぐるみでローラーブレードで滑っている。アリアがやりたいと叫んで飛び出し、ジュウドウ着につかまってキャトリンの腕の中に戻された。
もう、千人を超える騎士や貴族たちが、呆然と大口を開けている。
ばたばた走ろうとする人がジュウドウ着がうまく止めて、カラフルな菓子店に案内してるのがちらっと見えた。
一人一人に、ぴったりジュウドウ着がくっついている。
「キングズ・ランディングってこれぐらい大きいの?」と、アリアが聞く。
「広さは広いが、こんなたくさんの店はないな」とロバートが笑い、エダードが恐縮したようにアリアを引き下がらせた。
服、宝石、おもちゃ、絵本などいくつも店が並ぶ。あちこちに、屋台のホットドッグやポップコーン屋があり、ほしがる人にタダで食べ物をくれる。
トイレに行きたがったリコン、それも素早く案内されている。キャトリンが心配してついて行き、他の子はエダードが必死でまとめていた。
ブランは見ていればわかる、このプロムナードデッキの断崖をどうやって登るか計算してる。
「登りたければ、いくらでも登れるところはあるわよ」というと、エダードが優しそうに苦笑した。
「さて、娼婦がどこにいるやら」と、カルテンにささやきかけたロバート。
それを耳ざとく聞いたジュウドウ着が、
「ここのスタッフは金で買うことはできません。ただ、お力づくではなく魅力と口説きで、自由恋愛なら」
とささやいた。
しばらく、ロバートもカルテンもその意味がまるでわからないようだった。だが、それを悟ったのか、目を見合わせて絶叫した。
「これだから……」と、エラナがカーラインとうなずき合って目を回し、スパーホークの腕をぎゅっと抱いた。
「もちろん、今こうして素晴らしい、激しい恋を満喫してますよ」というスパーホークの台詞に、エラナはご満悦だった。
「また、一度説明申し上げましたが、商店やサービスの多くは差し上げたこのトークンで購入できます。なくても普段のお食事や、衣装の支給はございますが。またこのトークンはギャンブルその他で、増やすこともできます」
その言葉に、ますますロバートは嬉しそうだ。それを見てバリスタンとエダードはため息をついている。
「これを見回すのも楽しいが、もっと楽しいことはないのか?」と、ロバートが聞いてきたので、一番の笑顔で答えた。
「二十日、とか言ってましたよね。この船を楽しみつくすには、二十日では全然足りないわよ」
そう、ここが……あのクラスの客船ならね。
「それは!ではまずどこから楽しめばいいのだ!」とずいっと出てくるロバート。
「この船を知っているの?」とエラナが聞いてくる。
「え、ええと、似たようなもっと小さい船で働いたことがあるとか、このクラスの話も聞いたことはあるとか」
「では、ご案内いただけるわね」と、カーラインがわたしの腕を取る。
まず、プロムナードのエルメス・グッチ・シャネルその他並びを案内し、女性陣はそちらでたっぷりと素晴らしい物を見せる。
ただし、キャトリンだけはエダードの、子供たちのそばを離れなかった。何度も謝ってた。
当然暇になる殿方はどうしようか……楽しませろ楽しませろ、と全身で言ってくるロバートたち。
エダード一家が厄介よね。キャトリンがすごく怯えているし、アリアとブランは首輪をつけてても気がついたら煙突に飛びこむかスクリューでミンチになってるかしかねない。
さて、じゃあ……お、あった。
「ではこちらがいいと思います。一家集まっていられます」と、回転木馬のある遊園地デッキを見せた。
キャトリンは回転木馬すら怯えてたけど、最後にはエダードが「ブランたちは、実際の馬に乗る身分なのだぞ」と言って納得させた。考えてみると、乗馬なんてものすごく危険なご身分じゃない?
ロブ・ジョン・アリアの三人は片端からいろいろな乗り物を試している。
さて、大きい男どもに……あったあった、バニーガールがたくさんいる、そういうお店。ロブも本当はこっちのほうがいいかもしれないけどね。
その姿に、男たちは半ば絶叫し、ふるいつこうとしてはさりげなくジュウドウ着に止められ、締め落とされている者も多かった。
しれっとそっちに加わろうとするタレンとジミーに、スパーホークとアルサが「エダード候たちのところに行け」と声をそろえた。
そして、しばらく経って気がついたら、盗賊コンビとジョンがプロムナードデッキをふらふら歩いてた。
わたしは、だいたいみんなが片付いたら、エラナたちに合流したけど、こういう店だと百万ドルでも全然足りない気がする。
「こちらでは、わたしたちが持ってるお金は通用しないのよね」とエラナ。
「はい、これのみがこの船での通貨です」とジュウドウ着。
ある意味平等、ってわけね。あ、でもさっき、賭けでトークンのやり取りはあったわ。
ま、次の店を見ましょう。
気がついたら朝、みんな疲れきって、そして興奮して、部屋に戻った。
デッキでは、陸地を眺めている人たちも何十人かいる。遠くで、豆粒のような人影が朝の支度をしているようで、それに見ている人たちが怯えたように騒いでいた。
眠って目が覚めて、朝食と案内されたビュッフェ。中華というけど日本風の、ラーメン・チャーハン・ギョーザを食べた。すごくおいしいし、サービスも確か。トングとスプーンで食べるのはちょっと不自然だったけど、楽ね。
チャプスイは好きだけど箸は下手だから、これでちょうどよかった。
他にもパスタ・ピザ・フライドチキンなどいろいろと食べ放題のものがある。
ケーキも結構おいしい。ドリンクバーでいろいろ頼めるのもいいし、特に新鮮なホットミルクが抜群においしかった。
食事の最中に、エラナに声をかけられてみんなのテーブルに行った。げ、サーセイ・ラニスターとその子。一見礼儀正しい美少年だけど、悪い意味で母親そっくり。
あーあ、サンサ・スタークはすっかりジョフリーに夢中になってる。見た目だけで、中身はわからないものよね。この目じゃ忠告しても無駄よ。
ミルクをひっくり返したリコンを見たとき……ジュウドウ着の対応は素早かった……その高さにいた人にはっと目がとまった。
わたしの驚きの目にも慣れているように、にっこりと笑って会釈する。
「お噂は聞いていますよ、メラニー・ジョーダン。ティリオン・ラニスターと申します。そう、このサーセイ王妃さま、〈王の盾〉ジェイミー・ラニスターの愚弟、西部総督タイウィン・ラニスターの息子、ですよね?親愛なる姉上」
にやり、とサーセイに、左右色違いの瞳がいたずらっぽく笑いかける。彼女の目が、いつもそうだけど嫌悪と殺意に燃えている。
人目を惹きつける醜さ、というのは知っている。異常に醜いけどすごく尊敬された上官がいた。そしてその瞳の中には、鋭く熱い頭脳があることもわかる。
「いや、ここは天国そのものですよ、ロバート陛下」と、興奮気味に話している。「『あなたのお体でも、ちゃんとできる楽しみはたくさんあります』と案内された、素晴らしい身障者用スポーツ設備。今日は、この船を運営している人たちが、どれほどハンディキャップを持つ人たちを使っているか、見せてくれるとか」
「まあ、楽しみはあればあるほどよい」とロバートは笑って、山のように盛ったハムやチーズを食らっている。
「それなら、これぐらいの船をわが国も作るわよ」とサーセイが言う。
軽くエラナとスパーホークが目を見合わせ、エラナが上を向いて目玉を回した。わたしもそうする。
アルサも苦笑した。この人たちは、ある程度は技術水準がどれだけ違うか、わかってるんだ。
それに、経済力も。そうよね。この船を作った今のアメリカは(訳注:船そのものの建造はフィンランド)、この人たちには想像もできない、とんでもない量の鉄やセメントを作ることができる。
みんな信じられないほど大量に食べて、それから甘いケーキやキャンデーをまた山盛りに食べている。
食べ終わるころ、わたしにだけ食後のコーヒーが運ばれてきた。一口飲んでびっくりした、飲んだこともないような高級品。
「それは?」とティリオンが聞いてきた。「それなに?」と、アリアが声を合わせる。
「コーヒー、よ」
「奇妙な匂いのする飲み物ですね。私にもいいですか?」とティリオン。
「あたしにも!」アリアが目を輝かせる。
「異国の飲み物なら、楽しんでみたいですね」と、ローリがうなずく。
「ええ。すみません」と言うまでもなく、素早くジュウドウ着が動き、間もなく湯気の立つコーヒーが届いた。
「香りと、苦味を楽しむものですよ。アリア、あなたは」砂糖とミルク、と言おうとしたけど、この子が小さい頃のわたしに似てるからやめた。
三人とも、おっかなびっくりで口にし、びっくりする。
苦笑するしかなかった。
「毒じゃないの、吐き出しなさい」とキャトリンが言う。
「おいしいよ!」と顔をしかめて言うアリアが、わたしににっと微笑みかけた。
「珍しいものですね」とティリオン。
「奴隷にされていた頃に食べた、焦げた草の根の茶に似た香りですね」とローリが言うのに、ティリオンとアリア、それにブランも声をそろえて飛びついた。
「奴隷に、って?」
「ああ、昔の話です。わたしが仕えている諸島王国に、あるとき別の世界の軍勢が攻め寄せてきました。こちらでも、ツラニ帝国の人は何人か見かけましたよ……わたしは捕虜になり、奴隷として売られてそちらで暮らし、たまたま秘密の使者として元の世界に帰ることを許されました」
「ツラニってどんな国?」とアリアが目を輝かせる。
「どっちが勝ったの?」ミアセラ・バラシオンも目を輝かせて聞こうとし、サーセイとジョフリーににらまれ強くにらみ返した。
「それは貴重な体験ですね。ゆっくり聞きましょう、ねえ、陛下」ティリオンがミアセラを励ますようにじっと見つめて、ロバートを味方につけた。
ローリの体験談で盛り上がり、そのまま食事を終えて、あらためて船をぶらつく。わたしが案内役のようになって。
デッキでは、たくさんの人が食い入るように陸地の、豆粒のようにしか見えない青年を見ていた。
広い、いろいろな植物が茂る庭園。プールを囲む円形劇場。映画館もいくつもある。
ちょっと運動不足で食べすぎが怖いので、ジムかプールを使わせてもらおうかと思って最上層に行く。結構寒い、昨日は人が多く熱気があったのでわからなかったけど。プールも水が抜いてあって、かわりにたくさんの発泡スチロールの粒が入っていて、子供の遊び場になっていた。ブランたちや、ミアセラも大喜びで飛びこむ、キャトリンは相変わらず死にそうな目をしていた。
ジョフリーはバカにしきった冷たい目で見ている。放っておいたら、リコンをこの高さから海に投げこみかねない、ここはわたしもキャトリンのそばにいて小さい子を守った。
ロバートも子供たちに混じって遊んでいる。
「温水プール、ないかしら」と言うと、
「はい、こちらになります」と笑顔で答えが返ってくる。すごく素敵な笑顔、よく見れば本当にこのジュウドウ着、長身で美形が多いわ。
「皆さんも、泳いでみます?」
誘うと、ロバートは嬉しそうに「行くぞ」と叫ぶ。エダードは謹厳に「お供いたします」。
リアムたちも苦笑気味にうなずいた。
男女別の更衣室の入り口、キャトリンが「あまり一家で離れたくない」と文句を言ったが、エダードが「心配ばかりしていてもどうしようもない。この人たちに悪意があれば、われわれには対抗できないのだ。信じたほうが楽だ」となぐさめていた。
広い温水プールと、スパが並ぶ。
わたしたちだけでなく、何人もの人が水着にビックリしながら水につかっていた。
「そうそう、こちらの方々は、うちの女官たちより全身をとことん丁寧に洗ってくださるんですよ。歯まで磨いてくれて」とカーラインが嬉しそうに笑う。
そういえば、最初は臭かった人たちも、朝からはすごく清潔な香りがする。
「ずっと音楽も鳴っていて、眠るのがもったいないほどでした」とエラナ。
「楽団が見当たりませんでしたね、素敵な曲でした。ちょっと下品でしたけど」とアニタが微笑む。
わたしは説明しようとして、苦笑するしかなかった。考えたこともなかった、スピーカーというのがどうなっているのか。わからないから説明もできない。
「こうしていると、ウィンターフェルの温泉にいるみたい。セプタ・モーディンやメイスター・ルーウィンがいないだけで、うちと変わらないようよ」とキャトリンが子供たちを集めて、エダードに微笑む。幸せそうな表情で。
カルテンとジェイミーが、いつの間にか激しい泳ぎ比べを始めていた。それにアルサも加わる。ロブとジョンが、目を見合わせて加わった。こんな大きなプールは初めてのようだけど、勇敢に泳ぎだしている。
ブランとアリアがプールに行きたがっているのを見て、目で誘ってジェットバスから出た。
キャトリンは文句を言おうとしたけど、エダードが止めてくれた。
ひと泳ぎして、浴槽で温まり、昼食は近くにあった中南米レストラン。うん、合格点。
「うわ辛い、うまい」とロバートが喜ぶ。
「ドーンの料理のようですな」とバリスタン。ブランがおっかなびっくり食べている。
それからちょっと買い物をした。王族のみんなにはオーダーメイド店のほうが向いてるかな、と思うけど、高いのよね。
トレーニングウェア、下着、それに……最初にいっぱい貰ってるけど、別のも欲しくなる。
わたしの故郷で売られている普通のブランド品もあるし、そうじゃない、手縫いと思える素朴な服もある。
キャトリンやエラナに、故郷の服を着るコツを教えてあげたら喜んでた。ジュウドウ着も、気を悪くさせずに教えるのが難しいのかな?
そうやっていると、女性どうしが話を広げて、他の名も知らない女性たちにも服のアドバイスを頼まれる。
そのお礼にと、店からいろいろ値引きで素敵な服を買ったし、美人たちをマネキンに楽しめたからいいわよね。
それから、ゆっくりと屋上の公園で草木を見て回る。
夕食はちゃんと、レストランで正式に。フレンチのフルコースに近い料理。
ただしカトラリーはスプーンとトングのみ。食べる都度ウェットティッシュでぬぐう。
やや量が多めで、ワインがとても贅沢だった。
マナーがまちまちなみんなだけど、さすがにそれぞれよく周囲を見て、丁寧に食べていた。
チーズとチリの極上白の組み合わせがまず素晴らしかった。
パンもすごくいい。
そして牛肉の赤ワイン煮、おいしかったこと!根菜の飾り包丁がすごく繊細だった。
さっと挨拶してくれたのが、中心人物と思える三人。
ローラという、エラナたちに似た王族らしい美女。小さい男の子と、赤ん坊を抱えている。船客も、『別世界から』じゃなく『この世界の国々の人』の人々はよく知っているみたい。
ゴッサと名乗っただけの、背は低いけどものすごい筋肉の男。
ジジという、あの女ディーラー。
ローラの女主人ぶりはとても立派で、エラナやキャトリンもほめていた。
合流したティリオンがすごく興奮していた。
「目が見えない人が手触りで削った木を検品したり薬の香りを確かめたりしていました。それに足が動かない人は石版を彫って本を刷り、手が少し動くだけの子さえ指先だけで計算をしているんです。誰もが仕事ができるように、みな助けを惜しまないんですよ」
と、熱っぽく語っていた。
「そんなクズども、まとめて切り刻んで豚のえさにしてしまうべきよ」サーセイが言う。その目は雄弁に、ティリオンとロバート、それにわたしやエダードたちもまとめてそうしたい、と言っていた。
「そうだ!五体満足でないものは、わが七王国では誰一人生かしておかんぞ!」とジョフリーも合わせ、陰険にティリオンをにらむ。サンサはその陰険な目も、うっとりと眺めていた。頭を抱えたくなる。
「犬や馬ならばな」とロバートが肉を食べながらニュージーランドの最高級赤をあおり、舌鼓を打つ。
「こちらの人々なら、それをもったいないというのですよ。足が悪くても頭がいいなら無駄にするのはもったいない、と。ここに生まれたかった」その漏れた言葉には、強烈な真情がにじんでいた。
みんなは食後のシャンパンとチョコレート菓子を堪能していた。
食後、シアターの一つに行った。
このあいだタレンを捕まえていた女ディーラーが手品をしたり、きれいなボーイソプラノの男の子が、日本で聞いたことのある歌を何曲か歌ったりした。
ローリが、自分はもっとうまいと言っていたのにちょっと苦笑した。もしカラオケがあれば、本当かどうか聞いてみたい。
そして、『シカゴ』を翻案したようなミュージカルをディズニーの着ぐるみでやっていた。
バラード調で、アロンドというあの若い男を歌う叙事詩の弾き語りもあったけど、途中で出て子供たちを休ませるというエダード一家を送って行った。
ずっとブランは、明日こそ岩登りをさせて欲しいと訴えてた。さてキャトリンも、いつ根負けするか……
もっと悪いのは、ふとアリアが上を見上げて、船内吹き抜けの上を縦に通る、ロープ遊びを見てしまったこと。
そうそう、サーセイ・バラシオンと子供たち、それにジェイミー・ラニスターは、また別行動をしてたわね。でもミアセラだけはタレン・ジミー・ジョン・アリアの四人になついたみたいで、ついて回っていた。
トメンは寂しそうにロブやサンサに頼っていたが、サンサはジョフリーに憧れてばかり……ロブももう少し、大人が行くところで悪さをすればいいんだけど、キャトリンに気兼ねしてタレンやジミーの仲間には入らない。
「ミアセラも獅子よ。それにジョン・スノウも狼じゃないわ、敵なのよ」とキャトリンがアリアに言ってたけど、全然彼女は聞こうとしてない。
三日目の朝食前、わたしたちのグループがジュウドウ着に、いつもとは違う道に案内された。
わたしだけ、別の小さい部屋に案内され、そこのジュウドウ着が言った。
「すみません、今日はこちらの皆さんの健康診断と治療を行います。あなたは、ウリエルさまの故郷からいらしているので説明するように、ということなのですが、診断に同意していただきますか?」
びっくりした。
しばらく呆然として、出されたミネラルウォーターを一口飲んで、ちょっと考えた。
まあ、別に損するわけじゃなし。
「じゃあ、お願い」と言うと、窓のない小船に移って、そして二十分ほど高速で航行して、どこかに着いた。海上に張られた、大きなテントの中。何に着いたのかわからない。タラップを上がるとゆっくりとした揺れがある、超大型船?
入って、花柄の壁紙に覆われた廊下を歩く。でもどこかで見たことがある気がする、わたしの足はこの廊下と、部屋を知っている。
健診は、驚いたことに血液・尿はもちろん、レントゲンや腸内内視鏡検査まで徹底的にやってくれた。
出くわしたエラナが、「すごく楽しいですね、このアトラクションは何ですか」というのには吹いたわね。
まさか、この千人以上全員?いくらこの客船には医療設備が充実しているとはいえ、無理でしょ。別の病院船を用意してまで?
みんなにまた合流したら、単純な服に着替えて、「台に乗ったら、針が動くのよ」とか、「腕をきゅっと締められたの」とか、まるで娯楽か何かのように楽しそうにしゃべっていた。
目の端で、ジョフリーが物陰でジュウドウ着の女の子を怒鳴りつけ、蹴りつけようとするのが見えた。
素早く大人のジュウドウ着がかばい、言葉では謝っているが暴力はできないように抑えている。暴力は受容しない、でも苦情には忠実に応える、難しいのよね。特に、サイコパスの客の扱いは。
小さい子もスタッフにいるのね、ここは。そう、よく見ると結構……児童労働がありなんだ。
やっと今日始めての食事。おなかがぺこぺこ、ボードウォークから、魚の大きな絵がロゴになったハンバーガーショップ。わたしが知ってるアメリカのどこでもない、すごく面白い絵がいっぱい。
そして新鮮な魚を、客席から見えるカウンターで日本風のテンプラに揚げて、それにたっぷりオニオンをそえて、和風のソースと焼きたてのパンではさんでくれたのが素晴らしくおいしかった。
フィッシュアンドチップスもあって、イギリス式にビールの味がしたわ。
スイートポテトのフライや、中東で食べたことのあるファラフェル、オイスターをフライにしたの、ニンニクやアスパラガスの丸揚げもたっぷりついていて、どれもすごくおいしい。
コーラがすごく合う。しゅわっとした炭酸にみんな驚いてたけど、すぐ夢中になってた。
それから、今日はアクアシアターへ。千人が座れる半円形劇場の真ん中に、飛びこみもできる深いプール、後ろの壁は大規模なロッククライミングウォール。
ブランはもうガマンできないように飛び出そうとしている。
「ほら、ちゃんと命綱があるではないか」と、エダードが必死でキャトリンを拝み倒していた。
「ジョフリー。命綱を切ったら面白いわね?」そっとささやいてやったら、図星だったらしくすごい殺意でにらみつけてきた。
それでサーセイが怒っていたが、わたしはロバートやスパーホークに挟まれていればいい。もうこの最悪母子の扱いは、かなり慣れてきた。夜寝るとき、枕元に拳銃を置かなきゃいけないわね。
やっとしぶしぶ許可が出て、もう何度も登っているタレン・ジミー・ジョンを追うように、ブランとアリアがプールなど目に入らないように壁に駆け出し、命綱をつけるのも嫌がっていたがそれはジュウドウ着が強引に止めて、しっかりとハーネスをつけた。
キャトリンやエダードは、まるでプールなど目に入らず、壁のブランやアリアのことばかり見ている。
サンサが少し淋しそうにしていたから、宝石やバッグのカタログを渡してあげた。
そしてロバートとカルテンのバカコンビが大声を上げている……水からきわどい水着で飛び上がり、どんな仕掛けか高く飛びあがり空中で踊る女の子たちに。
もう夕食の時間、今夜はトルコ風の料理だった。みんなもしっかり着飾ってきた。
ブドウの葉に米と肉を詰めたのや強烈なチーズの前菜、強い蒸留酒、ラク。
極上のヨーグルトを添えて、ニンニクをたっぷり効かせてたっぷりと焼かれた羊肉。ニンニクだけじゃない、もっと強烈な匂いもする。
それにすごくおいしいピラウ。ちょっと味が日本風に調いすぎてたかな?中東任務で食べたのはもっと、いろいろ壊れた味だったわね。
パンもすごく良かった。
極上のオリーブオイルとナスを使った、ピザに似た料理も素敵だった。
お待ちかねの、のびーるアイスクリームがやっぱりおいしいし、他にもたっぷりとナッツを使った厚いパイ、果物のコンポートなどいろいろな菓子に子供たち+ロバートは大喜びだった。
「明日は狩りに行きたいな」とロバートが言ってたけど、さすがにそれは無理ね。この船なら、寄港時にネイチャーツアーがあることも多いけど、どうやらこの沿岸から動かないらしいもの。
今日はかなり大音量でジャズが伴奏されてた。でも生バンドじゃなくてスピーカーだったわね、それがちょっと残念。
気がついてみると、クラシックにしてもロックにしても、わたしの故郷の楽器の生演奏はないわね。見たことのない楽器を使う生演奏はあるけど。
それから、映画館で『グラディエーター』を見た。みんな、映画を知らないらしく信じられない、と呆然として、すぐに夢中で楽しんでた。
ちょっと運動不足気味だから、明日はジムに行こうかしら。みんなもそうしたほうがいい、と思ってスパーホークやバリスタンに言った。
「確かに、馬に乗って走り剣の訓練をしないと」
「このように食べて寝ていては、騎士として使い物にならなくなります」と、バリスタン。
「狩りに行きたいなあ。そして乱戦の試合で、思う存分戦鎚を振り回したい」とロバートが情けなさそうに言う。
「身体を動かす楽しみも、この船には豊富にあります。よろしければメニューを」とジュウドウ着が言うが、なんだかロバートは気に入らないようにため息をついた。
今朝のビュッフェは、ハンバーガー・ポテトフライ・フライドチキン・ホットドッグ・ピザ……ファストフードみたいなメニュー。それにさまざまな肉や魚のフライとチーズ、ナッツやドライフルーツもたっぷりとあった。
ファストフードの設備があるようで、シェイク系や各種のドリンク、ソフトクリームも出してくれる。
標準的なメニューも提供してくれるけど、自分で選んで食べることもできる。いろいろなパンに、思い思いにサラダやチーズ、ビーフパティをはさんで、好きなように食べる。
ついているおもちゃの類に、子供たちだけでなくロバートやエラナも大喜びしている。
みんなをジムに連れて行って、バーベルを見るとみんな楽しそうに競い合い始めた。他の、特に騎士や武人たちは誰よりも強いところを見せようとしている。
ロバートはベンチプレスを見るなり、どんどんウェイトを増やさせて、いきなり五百ポンド上げた。三度目で動かず助けてもらっていた。サーセイの嬉しそうな顔ときたら。
そういうものじゃないんだけどね、これ。でもそれだけ持ち上げられるのってすごいけど。
女性陣も運動しようと誘ったけど、みんな全然やろうとしない。どうすればいいのかしら……なんで太らないんだろう。
エアロビクスとかをやるフロアで、刃を落とした剣でカルテンとスパーホークが練習を始め、それにジェイミーやアルサも加わる。
ジョフリーをジェイミーやバリスタンが教えようとしていたが、サーセイが止めた。
ロブとジョンが、隅でずっと激しく打ち合っている。ブランやアリアも入りたがってる。
わたしはそれを見ながら、ひたすらエアロバイクをこいでいた。
ロバートは、重い物を持ち上げるのに疲れたようで、エアロバイクやトレッドミルは、やりたいけど恥ずかしい、という感じで見ていた。
「思い切り身体を動かすと、すごく楽しいですよ」とロバートに言うと、サーセイに鉄板を貫きそうな殺意を向けられ、ロバートは肩をすくめた。
「狩りに行きたい。馬に乗って飛ばし、戦場で戦鎚を振り回したい」切なげにつぶやく。
昼、軽くニューヨークふうベーグルサンドを食べてから、セントラルパークをゆっくり散歩した。
ジュウドウ着の勧めで、ジョフリーがゲームコーナーに連れられていて、あれで少しは安心できるかもしれない。
みんな、いろいろと楽しみ疲れが出てるみたい。
浜辺を模したプールサイドとスパで夕食までゆっくりした。
今日の夕食はビュッフェ形式で、日本料理・中華料理・イタリアン・ファストフードメニューなどを自由な形でお召し上がりください、ときた。
そしてゴッサとジジがマイクに話し始めた。
二人とも、和風でぴしっと決めている。地味に見えるけど、すごい高級感がして迫力を増してる。
「みなさま、お楽しみいただいていますか」それだけ男が、すごく重い声で言う。
船客の歓声が上がった。
あとはジジが、
「さて、ただ見てるだけも楽しいですが、みんな自身で歌ったり踊ったりすれば、もっともっと楽しいですよ。もし歌や踊りなど、特技がある方はどうぞ飛び入りください。トークンを差し上げますし、高い評価を受けたらとってもたくさん差し上げますよ」と言った。
ローリが真っ先に出、歌い始める。
その素晴らしい声に、船客みんなが呆然と聞き入った。うん、自慢するだけのことはある。
でも、スパーホークやエダード、バリスタンらは、ゴッサという背が低く若い男の話をしている。
「恐ろしく力のある武人だな」
「はい。戦場で敵にしたくはありません」
ジェイミーが、いかにも勝負したい、という表情でゴッサを見ている。
今朝も、すっかりビュッフェ形式が定着した。少しずつ改良しながら、人気があるメニューを多くしているみたい。
パスタとピザ、フライドチキンや日本風の豚やエビの揚げ物、カレーライス、サラダがたっぷりあるのが嬉しい。ステーキやハンバーグもある。
お菓子も相変わらずおいしい。焼きたてのクッキーが何種類もあるし、他にもすごくたくさんのお菓子。キャンディーも豊富で取り放題。
めちゃくちゃ太りそう、またジム行かないと……
カラオケになっている部屋に案内されて、みんなアカペラで、好き勝手に自分たちの歌を歌っている。中にはとても上手な人もいる。
わたしの勧めで、わたしの故郷の曲をカラオケで演奏して歌うのもみんな覚えてきた。字が読めないので歌詞は適当に。
昼はイタリアンランチで、おいしいパスタとピザ、イタリアパン、イタリアワインを堪能した。
相変わらずサーセイ・バラシオンの姿はない。ジョフリーも見当たらなくなって、ほっとしている。ミアセラとトメンはジョンやタレンが面倒を見ているようだ。
子供たちにべったりのキャトリンと、どちらがいいのかしらね。
少しジムで汗を流して、他にも船内のあちこちを見て回った。
アメリカ軍の新式銃剣格闘訓練みたいに、柔らかい棒で打ち合うのに男性陣ははまっていた。特にロバートは誰彼なし。
ここに呼ばれている人には、ロバートやスパーホークなど、アメリカでもNHLでスターになれそうな化物じみた身体能力の持ち主がたくさんいる。バリスタンやアルサ、ジェイミーもフェンシングでオリンピック級だと思う。でも、客に混じったサクラの、顔立ちでジュウドウ着とわかる連中は、特に素手ではそれと同等かそれ以上。
女性陣は、ダンスの練習で少し身体を動かすことを覚え始めた。
夕食はソーセージ・ハム・ベーコン・チーズが何十種類も。それにドイツワインとビールの大品評会。もちろんジャガイモ料理もたくさんあったし、ドイツパンもいろいろおいしい。昔のルームメイトがドイツ系で、おいしいパンを焼いてくれたっけ。
朝食がオートミールや米粥など、粥中心だったことにみんな少し驚いた。でもごちそう責めに参った身体にはとても嬉しかった。本当はルームサービスでコンチネンタルにしようかと思ってたところ。
このクラスの客船は、いろいろな教室もやってるはず。それも見てみようかな、と回ってみた。
ロバートとかは逃げて、アクアシアターでもある深いプールへの飛び込みを、度胸比べとしてやってた。
女性のための教室もあるだろうし……
あちこちの部屋でいろいろなことをやっていて、客のほうが探り当てて口コミで行く、という形にしているらしい。コンピューター画面を見るのは無理だろうしね。
幾何学やダンス、ダイビングの教室とかが結構人気があるようだ。
カーラインが、小さい船で少し離れた岸に行って、釣りやスキューバダイビングを楽しんだ、と嬉しそうに言い、アリアも行きたがってキャトリンが止めた。
サンサとキャトリンは、刺繍の教室をのぞいてみたそうだ。
ランチはハンバーガーにした昼過ぎ、ムツキというジュウドウ着の美女に勧められた設備をのぞいてみた。一人一部屋案内され、入ったらベッドなどが取り除かれてがちがちに防音され、大きい高級そうなスピーカーと安楽椅子だけの部屋。
そして目の前は一面の海。
安楽椅子に座ってCDを選ぶと、ジュウドウ着がプレイヤーにセットしてくれて、すぐに素晴らしい音楽が流れてきた。見れば、プレイヤーとアンプもすごく立派で高価な代物だ。この音質も納得。
ジュウドウ着の一人がずっと控えていて、目線一つで菓子とジュース・紅茶・ホットココアなどを出してくれる。
話だと、別の部屋にはホームシアターもあるらしい、と聞いて近くの部屋に移って、大画面にサラウンドで大好きなアクションものを見た。
うーん、たまらないわね、こんな贅沢も。
そうそう、ずっとロバートはムツキを口説いてて、それでサーセイがムツキにすごい殺気を向けてる。彼女には夫がいて、船医の一人だって話も聞いたけどね、ロバートも厚かましい。他にも何人も口説きまくって、おだてられては激しい運動をしているのを見た。
サーセイがジェイミーを煽って、ジュウドウ着に挑戦させようとかしてたけど、バリスタンがうまく手綱を取ってた。格が違うのよ。
夜はイタリアン。種類豊富なパン・チーズ・ワインがすごく贅沢で、最高級のオリーブオイルとオレンジがよく活きていたし、シーフードも絶品だった。見た目がちょっと最高水準じゃないな、って気がしたけど、味は良かった。
ある日気がついたら、大型店の一つの中が、アメリカのスーパーの商品が生の食材以外そろってた。
その膨大な調味料や調理済み食品に、ロバートやリアムのような王さまも腰を抜かしてた。
「みなさま、王様でしょう?なぜ驚いてるんですか?」
「何十種ものスパイスなんて、夢みたこともございませんよ……ケッシュ帝国ならともかく、いやあちらでも絶対に考えることもできないでしょうよ」とアニタ。
へえ、王様でも、百種類のスパイスなんて持ってないのね。
それから、いろいろと王様たちの暮らしを聞いてみると、見方によってはアメリカの一般人のほうがよっぽど豊かな気がしてくる。第一テレビもゲームもないんだから。
最上階の展望台から、海と広い大陸を見ていた。そのとき、ちょっと大きい波に揺られて、その拍子に、見えてしまった。
岬の木々の隙間から。その向こうに、あれは……わたしが磨いていた、アメリカの原子力空母の、マスト。
「ウリュウ!」通信機に叫んだ。
「はい」
「ちょっと、こちらに来て。ここは、最上部展望台」
「あ……はい。少々お待ちください、五十、じゃなく、じゅうご分以内に」
通信から一瞬、しまったという雰囲気がした。
白衣の、過労気味の男が上がってきた。
わたしが、かすかに見えるマストを指差す。彼はため息をついた。
「はい、ニミッツ級原子力空母です」
「この前の健康診断で、なんだか覚えがある場所を歩いたと思ったら、その中だったわね」
「はい」
「どういうことなの?」
「……この客船の、母港として倉庫やスタッフの宿舎、病院の機能を果たすためです」
その言葉に、呆然とした。
「ジーザス!信じられない!」
ここが何なんだろう、と考えたことはほとんどなかった。
「すみません、急患があるので」と彼が飛び出す。
「今度、空母に連れていきなさいよ!」
後ろ姿に叫ぶと、それをタレンとアリアが聞いていたことに気がついた。
「くうぼ、って何?」アリアが聞いてくる。
しまった。どうしよう……サーセイよりキャトリンに殺されそうだけど、いいや。言っちゃえ。
「空を飛ぶ乗り物をたくさん乗せてる、これより大きな船よ」
子供たちの悲鳴が上がる。
今夜の料理は見た目がすごい。ヘリポートやセントラルガーデンなどの露天で、耐熱煉瓦でかまどを組んでコークスを積み、牛・豚・羊の半身枝肉の丸焼きがたくさん。みんな大喜びで群がっていた。
それから広いガーデンで、ロック音楽思い切り鳴らしてディスコ風にダンス大会。
おもいきり楽しんだ。
ジミーがわたしをダンスに誘い、踊りながら、「子供たちの間で、空を飛ぶ機械という噂が流れて、何人かが嘘つきと責められてるよ。まああいつはね」とささやいてきた。ジョフリーのことね。
子供たちの世話をすることが多いジミーやタレンも、ジョフリーには悩まされているらしい。
「ゲームとか、すごい残酷な本とかでやっと少し大人しくなったと思ったのに」
そういいながら、驚くほど優雅に踊ってくれる。こう見ると、ジミーやロブもまだ若いけど、十分いい男ね。
そんななか、突然アナウンス。
「明日、とんでもなく特別なアトラクションをかけて、いろいろなことをお客様で競い合いましょう。
温水競泳プールでの200mスイミング、バスケコートでのフリースロー、ロッククライミング、ランニングデッキでの1500走、そして観客投票での歌、大食い大会など、いろいろご参加ください!トークンも商品にします。そして各分野の優勝者のみなさん、とてつもない特別アトラクションをご用意しています。空を飛ぶ、という……本当か嘘か、それはやってみてのお楽しみ!」
みんなが夢中で叫び、激しくなった音楽にあわせて踊り狂う。
翌日、本当にあちこちでたくさんの人が泳いだり、いろいろやっていた。
わたしはフリースロー、みんな未経験者だから楽勝で優勝した。
そしてちょっと残念だったけど、チケットをアリアに譲った。
ただし、キャトリンとわたしが離陸までついていくことを条件にして、それにトークン五十万ドルの副賞はもらった。
ロッククライミングはブランもがんばってたけど、べつのところから来た山岳民・マーティン・ジミー・タレンの優勝争いにはついていけなかった。タレンがとんでもないオーバーハングを小指一本でぶらさがるパフォーマンスも決めて優勝。
ウェイトリフティングでロバートがなんとか優勝した。ウェア姿でカップを掲げる彼を改めて見ると、あの食べ過ぎにもかかわらず、この数日でかなり腹が凹み筋肉が盛り上がってる。
大会の表彰式ついでのランチを、セントラルパーク全体を食べ放題の屋台だらけにして船客ほぼ全員で祝う。
わたしとキャトリンが付き添い、アリアやタレン、ロバート、ローリを含む何人かが、健診のときと同じ窓をふさいだ船に乗せられた。
しばらく揺れに耐えると、そこは空母からテント様の布を大きく張り出し、外が見えないようにした舟艇発着場。
そう、二度目に乗ってみると、なぜ初回でわからなかったか、というぐらいわかる。
塗装などがろくにされていない廊下を、ジュウドウ着が案内して……そう、飛行甲板へ。
ただ、その乗員に、空母乗員なら誰でもわかる共通のサインを出しても、誰もわからないようだった。大丈夫かな?
うーん、この空気懐かしい!甲板に並ぶ、十機以上のA-6やF-18。わたしはF-14の最後のほう、といってもすごい後方勤務で、飛行甲板に上がったのなんて掃除や消火訓練、行事ぐらいだったけど。
みんな、呆然としてるなんてもんじゃなかった。地平線が見えるような、広大な甲板。そして近くで見ると巨大すぎる金属の巨鳥。
慣れない、身体を拘束する服を着るのを手伝ってあげる。ロバートは重量オーバーじゃないか、って気もするけど、ジョフリーに譲ってやればという言葉は断固拒否した。
そのジョフリーが、半ば腰を抜かし、自分に譲れ命令だとアリアに怒鳴りつけている。
「そのチケットはわたしがアリアに譲ったの。アリア以外が乗るなら、わたしが乗るわよ」というのに、キャトリンが「ジョフリーに譲ってください」と懇願するが無視する。
無論アリアは大喜びで、戦闘機に走ろうとするので襟髪をつかんだ。
「アリア。ここはとてつもなく危険な場よ。許可を得ない動きを、まばたき一つでもしたらチケットを破り捨て、この手であなたを海に放り込む。この高さからの落下だけで、海面でも死ねるわよ」
そういうと、アリアはものすごく真剣な目でうなずいた。
空母に乗った日に、軍曹に同じことを言われたものね……
キャトリンに殺されるかと思ったけど、正しいとはわかってくれたみたい。
パイロット全員に天候が説明され、乗客にも簡単な説明がある。最初に、アリアが後部座席に縛りつけられる。
巨大なカタパルトが一つずつ起動し、次々と艦載機が空に打ち出される!
ここで見るだけでも、すごく素敵な眺め。強烈なアフターバーナーの、燃料の匂い。カタパルトの蒸気。
圧倒的な熱気と、巨大な塊が高速で動く空気の感触。そして、最初の一機が宙に舞い上がり、高速で急上昇する。
甲板員も、少しわたしが知っているのとは違うけれど、安全のため必要なことはしっかりやっていた。ちゃんと、人はミスすることを前提にして、誰がミスしても誰かがフォローできるようにしている。
全機が離陸し、そしてあっという間に見えなくなる。
客船のすぐ上を低空で飛びすぎ、それから安全のために海沿いに三十分ほど飛んで、耐えられそうなら曲芸飛行もやって帰ってくるらしい。
女子トイレでキャトリンにつかまった。わたしは拳銃に手をかけた状態、ついているジュウドウ着がキャトリンを抑えている。
「あなたには、わからないんですか?家族全員が滅びるかどうかなんです、ジョフリーに恨まれたりしたら、彼は次代の国王なのですよ」
ジョフリーがいないことを確認して、銃を半ば抜いて、
「ムダよ。ジョフリーとサーセイはもう、スターク家全員を殺す気よ。理由なんてない、猫に近づいたネズミと同じ。あなたに愛国心があるなら、家族を守りたいなら、戻ったら一刻も早く、あの二人を暗殺することね。トメンやミアセラならまだましだから……あなたの国の人間じゃなくて、すごく幸運だと思ってる」
「それができたら苦労はしませんよ!エダードはロバートを、そして王室に仕えると誓っているんです。『家族、本分、名誉』……」
強烈な感情を、強烈な意思で抑えているのがわかる。わたしは思わず彼女を抱き寄せようとしたが、はねつけられた。
着艦も無事に済ませ、機体からパイロットが降り、乗客が助け降ろされる。そして機体は順番に場所を開け、巨大な飛行甲板に整列される。
乗せられた誰もが、夢でも見ているような表情でフラフラと歩いてきた。
これほどの幸せがこの世にあるなんて思えない、って顔にはっきり書いてある。
アリアの無事な顔を見たキャトリンが、泣きながら駆け寄り抱きしめた。
艦内に退避し、控え室でしばらく休んで帰って……そりゃもう船客みんな、体験談を聞きだそうと夢中だった。
それから、毎日のようにブラックジャックなども含めて、いろいろな競技会が開かれては皆が競い合うようになる。
わたしも時々、ウリュウらに呼ばれてこの客船や空母を案内され、間違っていることをしていないかチェックしてくれ、といわれた。最高ブランドの服や高額のトークンが報酬。
そっちのほうが楽しいし、それもやるようになる。
詳しく聞いて驚いた、経験がある人はいるけどほんの十数人で、あとは読み書きできるだけの素人がここまでやっているらしい。道理で、最初から違和感があったわけだ。
まだローティーンの天才美少女を中心とした技師団が、巨大で危険な原子炉と、客船の巨大ディーゼルエンジンを制御している。その子は英語もうまいし、あらゆる技術でもものすごい天才。
わたしは知っている。巨大豪華客船も、空母も、物だけでは一セントの価値もない。クルーという血が流れて、やっと動く。
とんでもない量の配管をチェックし、隅々まで清掃点検し、どちらも大きい町に匹敵する物流を通わせる。
高圧の空気や油圧、潤滑油、高温高熱の蒸気、高電圧の電気、汚水、清水、海水……数限りない、危険極まりない配管。
大きい町より多い人数を、統率する。働かせ、休ませ、楽しませ、けんかを仲裁し、罰し、賞する。
華やかな着ぐるみダンサーやブリッジクルー、また戦闘機のパイロット……その人たちを、どんなに多くの裏方が支え、指揮官が巨大組織を統制しているか、わたしは知っている。
それが、素人だとは思えないほどできている。清潔と安全に徹底的に配慮して、わたしが知る五倍の人数で、その人海戦術をきっちり統制して。
何人かの指揮官が、本当に有能。
最近、タレンやジミーが、彼らの部屋じゃないフロアから出くわして、一瞬後ろめたそうな表情をすることがある。
カルテンが、わたしのよく知っている顔で、舞踏室に戻ってきたのを見て、どういうことか直感した。
タレンをしめあげてやったら、あっさり吐いた。自分で探検して、噂を追っていくと、隠された部屋でポルノ上映室とかポルノ小説朗読会とかがある、って。
「ジョフリーは悪質に残酷なのにはまってる。それであいつ、最近おとなしいんだよ」
「それに、なんかすごく変な薬も使ってるらしい。正義の人が絶対許さないような」
そういわれてピンときて、ウリュウをしめあげた。
「ええ、薬物を需給してらっしゃいます。ただし、あなたがジュウドウ着と述べてる人たちとか、ノルムな客には出してません。邪悪な連中だけですよ。まあ、連中は帰ったら手に入れるられありません」
……まともな客船の基準じゃ、絶対許されないことだけど……
「アルトネーテブがあったら教えていらっしゃい」代案、ねえ。
「本当に、あーゆー連中だけ?」
「どんな形でもチャックください。麻薬検査キット、使う?」
さすがにそういわれると、どうしていいかわからなかった。とにかくジョフリーとサーセイが今おとなしいなら、あとはどうでもいいか……納得していいのかなあ。
「帰ったらFDAに報告しないといけないかな」と脅してみる。
「何度も言いました、戻ったらどうか当局に報告してください、誰も信じねーよ、と」
十日を過ぎると、すっかり生活のリズムができる。
朝起きて、目覚めのペリエを飲み、シャワーを浴びて軽く化粧をして、朝食。
疲れが残ってる朝はルームサービスでコンチネンタル、軽くシリアルで済ませて、ゆっくりストレッチする。
そうでなければビュッフェに向かい、多種多様な料理を楽しんで、午前はジムで運動したり温水プールで泳いだり、絵の教室に通ったりする。
または、ウリュウに頼まれて、この客船や空母の仕事をチェックすることもある。
空母の仕事、というのが勘でわかるのか、タレンとアリアが密航しようとする。誰かが見つけて、キッチンなど当たり障りのないところを見せてやることもある。
男たちはジムでウェイトを持ち上げて自慢しあったり、あちこちで開かれるいろいろな競技会に参加する。
時々、その優勝者が空の旅に招待される。
女性と女の子たちは料理や刺繍などの教室に通うか、音楽を聴いていることが多い。活動的な女の子にはエアロビクスや泳ぎ、幾何学を習う子もいる。
子供のためにもさまざまな教室がある。剣術が騎士の子供たちに、また絵も人気だ。
昼食を好きな店で済ませてから、エラナやカーラインを誘って、午後にどこに行くか選ぶ。
いろいろな店、映画、音楽……映画も、ホームシアターも昔を舞台にした作品しかないけど、それは仕方ないか。ここの人たちには、『風と共に去りぬ』だって十分SFだもの。
わたしが故郷で知っている作品を昔を舞台に翻案した劇、知っている曲を集めた短いミュージカルはたくさんある。
本当にこの船は、二十日では楽しみきれないぐらいいろいろなところがある。
夕食を巨大なレストランでゆっくり食べて、それから舞踏会になることもあるし、またはスパでゆっくりしたり、音楽を聴いたり、展望台から夜景を楽しんだりする。
バーで世界のあらゆる素晴らしい酒を楽しむこともある。ワインもすごいしブランデーやウィスキーも、そして日本のライスリキュールやスピリッツもたくさんある。
クラシックが流れている正統派のバーもあるし、生演奏はないけどジャズバーも、西部劇みたいでカジノを兼ねたバーボン専門バーもある。
カルテンやロバートは、すべての酒を二十日で試すという荒行に挑んでもいる。まあわたしも、せっかくただみたいな値段だし、片端から一口ずつ楽しんでいる。
時々の楽しみは、あちこちに出没するいろいろな屋台。ホットドッグやポップコーン、タコスのようにアメリカで見るのもあるし、日本のおでん、東南アジアの豚皮揚げなどもある。
男たちの間では、ポルノコミックが流通しているようで妻たちは文句を言っているが、その妻たちもやばい内容の映画を見てるんだからお互い様よ。
眠るときにも好きな音楽をつける。ウリュウに言って、音楽システムを高級機にしてもらった。
男と寝ることも、まあ時々ある。
わたしを殺したがっている奴もいるので、拳銃はトイレや風呂でも手放さない。眠る前には点検清掃し、時々空母の射撃訓練場を借りて練習させてもらう。
そこではいつも何十人という男女、子供たちまで、厳しくAKの練習を積んでいる。
また、演技・歌・ダンス・マジックも、若い男女を中心にいつも練習している。
楽しすぎる日々はあっという間だった。そう、この巨大客船の全部を見るにも、二十日は短すぎる。
二回行われた避難訓練も楽しいアトラクションのようだった。
わたしが追加健診に呼ばれて、初期のガンの内視鏡手術をしたのは幸運だった。
話していて特に楽しいのがティリオン。熱心に、ジュウドウ着たちと心身の障害者を助けるボランティアをし、時には賭博を楽しむ彼の話は、いつも笑い転げる。故郷の家族の話は悲しくなるけれど、それを酒と笑いにするのもうまい。
遊んで楽しいのがロバート。周囲も楽しくさせてくれる。
スパーホークとエレナ夫婦、リアム・アルサ・マーティンの兄弟もすごく素敵な人で、話もうまい。
最終日に、全員が大陸を見るほうの船周ランニングコースに、サンドウィッチつきで集められた。
こちらの人たちから聞いた、禁断大陸を解放したという若者が何か儀式を始めた。手作りの小さな桟橋を仕上げ、丸一日瞑想していた。
双眼鏡で見ているけど、見れば見るほど恐ろしいぐらいの美形ね。
彼が、空から飛んできた鎧かぶとを身につけると、あちこちから高速で船が押し寄せ、また次々と人々が瞬間移動してくる。
双眼鏡で見ると、見知ったジュウドウ着も何人かいる。
それから、目の前に飛行船が降りて大型ディスプレイをつけ、そこにもその儀式が生中継される。
すごかった。大統領選挙より迫力があった。
あっという間に万単位の、ものすごい人数がぴしっと整列し、歌いだす。
中心にいるのは、こちらの船でも女主人として、主にこちらの人々をもてなしていたローラ。その子たち。
ウリュウとジジも、そのすぐそばにいた。ゴッサは何万という人を、軍の優秀な将官のように統率していた。
そして演説が終わり、全員の、とんでもない音量で歌詞のない歌と共に、凄まじい光が沸き立つ。
考えることができなかった。ものすごい力を直接感じた。……そう、湾岸で戦艦ミズーリの艦砲射撃を、かなり近くで感じたときとか、レニエやエルバートに登頂したときとか、それに似てるけどそれ以上の衝撃だった。
いろいろな、空や海を覆いつくすような幻も見た。鯨を至近距離で見たような、でももっともっととんでもない。
湾岸で、空が煙に覆い尽くされたのを見たこともある。でももっとすごい、とんでもない化物をいくつも見た。
意識を失いそうなほど美しい女とか、とんでもなくおぞましい悪魔とか、とてつもない木とか……。
気がついたら、すべては終わっていた。新しい王の演説を聞き、解散が告げられる。
そして、『この世界の国々の人』はボートや魔法で帰り、残った『ほかの世界から』の人たちは、最後のパーティを始めた。
ありったけの酒とステーキ、ケーキが振舞われる。
これでお別れなんだ、というのを、わかりたくない。みんなが、大事な家族のような気がする。
頭のどこかはわかってる、非日常の家族を作るのが、クルーズ客船のコンセプトなんだ、と。
アリアが泣くのをガマンして抱きついてきた。「負けるんじゃないわよ」それだけ、何度も言った。
サンサはあくまで小さいレディらしく、そしてロブはもういっぱしの騎士だった。
一歩引っ込んで、タレンと肩を組んだジョンがいたずらな笑顔を見せた。
エダードが「わが子たちに、多くの喜びをくれて心から感謝しております」と真情あふれる言葉。キャトリンも、貞淑にあわせてくれる。
何度も対立したけど、彼女が心から子供たちを心配していたことはわかってる。
ロバートが激しく抱きしめて、サーセイとジョフリーの丁寧な挨拶の一言一言が「殺す」に聞こえた。
ロバート、それにエダード。あなたたちのことを考えたら、今ベルトにある拳銃でサーセイとジョフリーを殺したほうがいいんでしょうね。
バリスタンが、しっかりと握手してくれた。こちらも心からの敬礼を返す。
エラナとスパーホーク、カルテンに、かわるがわる抱きしめられる。タレンにアリアが抱きしめられ、別れを惜しんでいた。
アリアにとって、わたしとタレンは生まれて初めて、ありのままのすべてを認めてくれる存在。
リアムたちも、暖かい挨拶をしてくれる。
「お礼をいうのはこちらよ。あなたたちのおかげで、どんなに素敵な日々を過ごせたか」
涙ながらに、そう返す。
一人、また一人と、ヘリポートの中心にいる何人かの魔法使いが、船客を元の世界に返していく。
わたしは、一番最後だった。
ウリュウがいつのまにか船に戻って、わたしに手をかざして呪文を唱え始める。そうなると、まるっきり魔法使いだった。
「ねえ、もしあっちで、また会ったら」
「探しても無意味だ。もしかしたら、おれいない平行時空かもしれない」
それだけ彼が言って、ジジとともに呪文を続けると、いつしか意識がふっと失せた。
そろそろ引っ越そうと思っていた部屋。
意識を失った、ちょうどその時だった。時計の時刻も変わらない。
テレビも、もうろくに覚えていない、NBAの試合のその続きだった。
「あ……」しばらく呆然とする。
メイプルリーフ金貨が床に、何百枚もまとめられていた。
他は何もない。銃も、服も、宝石も。
みんなも。
そして、激しい吐き気とともに記憶が混じり合う。
思い出してしまった。引っ越そうとして、最近読み返した本。『氷と炎の歌』『エレニア記』……ほかにも、若い頃に読んだ『リフトウォー・サーガ』を含む、何冊ものファンタジー小説。
その作品の中の人たちと、一緒に食事し、飲み、運動し、愛し合い、憎み合った。
枕を口に押し当て絶叫した。思い出してしまった。ロバートの、スターク家のその後を……アリア!ロブ!エダード!キャトリン……
もう、わたしには小説の登場人物ではなかった。声、体の熱さ、口臭、笑顔、全部覚えている。
箱をひっくり返し、分厚い本を取り出して、素早く見る。どこも、買って読んだときと変わっていない。キャトリンは、戻った時に全部忘れたか、忠告を聞かなかったか……いや、夢だと思った。なぜかそうわかる。
何もできない。あの人たちの運命を変えることは、できない。
なんという、なんという残酷なことを……激しくウリュウを恨んだ。
「こんなので、取り返せないわよ!」
叫んで金貨を蹴り飛ばそうとして、その下の書類に気がついた。
『医者にこれを読ませてください』と、下手な英語で書かれている。
手術の記録ね。そう、命の恩人、なんだろう。もしこの健診と治療がなかったら、わたしは死んでいたかもしれない。
あの人たちの多くも。
そう、クルーズ客船……出会いと別れ。ひとときの家族……でも、でも!
一日泣いて、それからしばらく暇なときは思い出して泣いた。
時間が経つと思い出した……わたしは、確かに小さい頃ファンタジー小説を読んで、この人たちと一緒に遊びたいと思っていた。本当にその願いが叶ってしまった。あまり仲よくはならなかったけど、確かに小さい頃読んでた作品のキャラもいたから。
その願いを思い出したら、泣き笑いが止まらなかった。
ウリュウを探そうとしたけど、ちょっと探したぐらいでは見つからなかった。
空母さえ別の世界に持って行けて、さまざまな魔法を使える……危険人物なんてもんじゃない。でも、だからこそ当局に通報しても信じてもらえないのはわかる。
むしろ、当局をもう買収してても驚かない。もしかしたら、マーベルコミックのS.H.I.E.L.D.みたいな機関があるのかもしれない。だとしたら、わたしに教えてくれるはずもない、むしろ消されるだけ。
でも、彼にまた会いたい。思い出を語るためだけでも。
わたしにできることは、小説として書くことだけ。
もし彼が、これを読んでくれるなら……もしかしたら、あの白衣で、疲れて慌てた表情でやってきて、南アフリカ訛りの英語が聞けるかもしれない。
みんな、みんなは。本を開けば会える、心の中で生きてる、なんておためごかしは言わない。クルーズ客船の相客、ひととき楽しみ別れた。クリスマスカードも届かないけど……それだけ。それだけ。
だからこのアパートを引き払って、また客船で働こう。
ひととき、だからこそ、今このときをめいっぱい楽しんでもらう。その奉仕がクルーに、この上ない楽しみをくれるって、よく知ってるから。
氷と炎の歌
リフトウォー・サーガ
エレニア記/タムール記
…ストーリーには何のかかわりもない豪華多重クロス。
使われている客船は、オアシス・オブ・ザ・シーズ級です。