その二十日間、もっとも大変だったのはアロンドだったかもしれない。
最低限、小型無線機で隠れて連絡は取っていたが、彼は決して一度任せた部下の仕事に干渉しない。
小さい頃から両親に、習字として「指導者は絶対に任せた部下の仕事を、どうやるか指図するな。たとえおまえ自身のほうがずっとうまくても、その部下がバカなことをしていてもっと合理的なやり方を思いついても」などと毎日のように書かされた。
二度目のガライの墓で、ヒトラーの生涯をつぶさに経験し、マイクロマネジメントの害はいやというほど見た。
だが、すべてを任せてひたすら、食って寝て木を切り植え、本を読むだけの暮らしは辛かった。
木を切るのも、全力ではできない。彼が全力で斧を振ったら、せっかくの大陸が吹っ飛ぶだろう。
すべてを見られているのも、恥ずかしかった。
ひたすら、飲み騒ぐ人々を逆に見ながら、草や虫を観察することに集中し、瞑想した。
召喚された中には、とても厄介な人もいた。
といっても、気難しくサディストな貴族の扱いはキャスレアが慣れていた。
まず彼女が対応し、その対応をリレムが学んで、何人かにこつを伝えて相手が望むものを与えるようにした。
「バラシオン一家からの苦情が多い」とゴッサが、珍しく怒った様子で言う。
「ロバート・バラシオンは、売春がないことに驚いていましたが、自由恋愛をすればいいといわれれば大喜びでした」とムツキ。何度も口説かれて、げんなりした態度だが満更でもないようだ。
「その人がほしいものは?」とハーゴン。
「戦争で走り回って、女と肉と酒があればそれで満足、ですね」とキャスレア。
「彼の生活には、おれの故郷のように運動のための運動、というものはないんだな」と瓜生。
「われわれのように剣や馬、徒手武術を稽古したり、肉体労働を割り当てられることもないのですね。アレフガルドの文貴族が、体を動かすことはすべて軽蔑するように」とサデル。
「なら運動が、稽古が楽しいってわからせればいいのよ」とリレム。
全員がうなずき合う。
「さて、次は妻のサーセイ」ハーゴンが楽しそうに言う。
「危険な女じゃ」とキャスレアが真剣に言う。
「あたしやジニもエサになれない?」とリレム。自分が〈ルビーの涙〉だと自覚しているからこそ。邪悪な人間が自分に向ける目を知り、それを利用する経験を積んでいるから。そしてサーセイに、邪悪な視線を向けられているから。
「ジニは原子炉の整備に必要なんだ」と瓜生。
「ケエラにモシャスさせたら?」とサデルがいうが、キャスレアが首を振る。
「あれは、変身では無理じゃ。本人でなければ……では、リレム。わしについて、学んでみてくださらんか」
リレムがうなずく。
「あの女性は、何を求めているのでしょう?」と、ハーゴン。答えは持っていますよ、という笑みをはりつけて。
「言え」というゴッサにうなずく。
「まず、実の兄弟にして近衛騎士のジェイミー・ラニスターとの逢引ですな。それに、ロバートを強く憎んでいますが、同時に誇りも強すぎるのでロバートの誇りが傷つくのが、嬉しいと同時に許せない」
「見事じゃな。わしもそう見た。その上に、とてつもなく強い恐怖を常に覚えており、やらなきゃやられる子を守らなければ、が強い。陰謀をめぐらして先手を取っていなければ安心できない」とキャスレア。
「オサミツが生きていたら、さっさと暗殺してますね」とサデル。
「なら、陰謀を与えてやればいい……そう、相手がほしがるエサを。わざと噂を立ち聞きさせて、有能な人が必要なんです助けてください、ってね」とリレムが、無邪気な顔でいながら目にぞっとする翳りを浮かべる。
全員、静かにため息をつく。
「子供たちのうち、妹と弟は問題ない。でも長男が厄介です。人を拷問し処刑するのが大好き、自分が誰より偉くなければ気がすまない」と、ハーゴン。
「剣の稽古をさせてやれば?」とサデル。
「さあどうかな。あいつの、父親やバリスタンが見ていないところでの態度を見たら……負けて自分の弱さを思い知り、そして真剣に稽古して昨日の自分に勝っていく…それができるとは思えないわ」とムツキ。
「なら、いっそおれの世界の、ファミコンを、それからより高度なゲームを与えてやるといい。あれは暴力衝動を満足させ、全能感を満たすには最適だ」と瓜生。
「あの母親に承知させるのが難しいですが」とサデル。
「逢引させている間に、時間を見はからうのは女官には基本技術じゃよ」とキャスレアが笑う。
「それと、拷問シーンてんこもりの話、子供たちが隠れて読んでいるのを見せて、その輪に入れて……ついでに麻薬も与えてもいいわ。食わせてやればいいのよ、太って破裂するぐらい」と、リレムが、恨みをこめた冷たい目で言う。いきなり目をつけられてかなりひどい目に遭わされているのだ。
ただ一人瓜生の故郷から召喚された、メラニー・ジョーダンという女性の扱いも面倒だった。
確かに、彼女にはロト一族がつききりで蛇口をひねり体を洗ってやる必要はない。でも、ちょくちょく瓜生が呼び出され、空母の存在もばれてしまった。
だが、彼女が空母・客船の両方の経験があることを聞いてから、彼女に自分たちがやっていることが正しいか見てもらうことで、運営をよりよくすることはできた。
ジニは機関の扱いについて、またロムルは清掃や大型洗濯機の扱い、配管の扱いについても多くを学ぶことができた。
途中から、リレムがとんでもないことを思いついたことで、ロト一族の負担は一気に軽減された。
客を出演者にする。それだけ。
人の、舞台で注目を浴びたいという欲望は並大抵ではない。それを引き出し、一人一人に何かさせる……
それを録音し、後に楽譜に起こすことで、ガライ一族は膨大な音楽のレパートリーを後に増やした。
トークンを利用して競い合わせるのも、売春をしないかわり自由恋愛を認めるのも、凄まじい効果になった。
全員の健康診断も大変だった。娯楽だと思わせ、時には幻術で操って。
下手に幻術を使うと、魔法の素質がある者には気づかれる。ある程度以上の魔術師は召喚されていないということだが、念は入れた。
そして、想像以上に多いビタミン欠乏症・皮膚病と、体内のガンや悪質な寄生虫……
内視鏡手術が次々と行われ、最低限の入院でまた遊び場に送り出す。
……さまざまなファンタジー作品で、ガンで死ぬ人間が異常に少ないのはこのときの徹底健診のおかげもある。
召喚された本人たちは夢だと思っているが。
短いようで長い二十日間、ロト一族の多くが働きぬいた。
昼夜三交替、八時間二人で細かく交替しながら働く。待機する側も書物を読み、反省事項を書きとめ、仮眠を取る。
そして睡眠時間はしっかりとって、反省と座学、情報交換、そして自分たちの娯楽。
客にまぎれて楽しみつつ客の立場からチェックすることもあるし、ルーラで大灯台の島に戻って竜馬を走らせることもあるし、また空母でゆっくりと映画を観たりジムで運動したりすることもある。
空母の巨大厨房も、常に動き続けている。
瓜生は常に、想像以上に膨大な資材を出し続けている。何万という人に払う報酬も膨大だ。
それぞれの故郷で、家畜や農地、幼児や老人、身障者や妊婦を守っている人々にも、アロンドたちは同じように報いている。
一線で、顔だけジジやジニ、ラファエラなど美人にモシャスして踊っているケエラよりも、何百という家畜の手入れを続けたダンカのほうが高く褒章されたことに、終わってからケエラはかなり文句を言っていた。
即位式の直後、ザハンに向かう旅の扉を中心に、さっそく天幕をいくつも作って仮の宮殿とした。
それから、ローレシア大陸と呼ぶことになった大陸の測量と開墾が始まった。
巨大な客船と空母が少し回航され、旅の扉近くに係留される。巨大な学校と病院、図書館になるし、空母は飛行甲板は高すぎるもののボートの発着・荷役設備は充実しており、埠頭としてさえも使える。
レストランや劇場、カジノは技術を維持するために最低限動かしている。また、レストランの一つは病院・学校の食堂として、瓜生の資材に頼らずこの地の産物で営まれることになった。
瓜生が出しまくった、故郷の日本語の売られている本すべてとかなりの洋書が、空母の巨大倉庫に整然と詰められる。
測量は瓜生もいるし、元々〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉ともに大地を測り水路水田を掘ることには熟達している。
さらにムーンブルクの穴掘りの後に、先に予言でデータを得ていた測量を徹底的にやったことで、何十人もの優秀な若者が現代的な道具を用いた測量に慣れた。
ガライの墓の試練で飛行機操縦経験がある者が、次々と大型飛行艇や艦載機で旅立ち、まず大陸全体を空撮する。空母が本来の仕事、飛行機の発着にもやっと使われたわけだ。
その広さには圧倒された。総面積はアフリカ大陸全土を上回り、その大半が十分な降水量のある温帯で、肥沃な森林が広がっている。
航空写真の精度を上げ、重ね合わせて補正する。そしてあちこちの山頂にパラシュート降下して三角点を設定し、レーザーレンジファインダーやレーザーを用いる精密分度器で測量する。
測量ついでに、地下資源や地上資源も調べる。気候も調べる。
測量そのものに、常時千人以上の人数を貼りつけている。
ローレシア城から十キロ程度は開発済みだったので、そこでもロト一族の先進的な農耕技術を導入する。
開発済みの地域に、多数の木を植えるのも欠かさない。ニセアカシア・アカシア・ヤマモモ・ハンノキなど空中窒素固定種と、桐・柳・ポプラ・ユーカリなど生長の早い樹種、柿・栗・クルミ・トネリコ・ハゼ・漆・コウゾ・桑、アブラマツなど有用樹種を混ぜる。
尻を拭くための葉が柔らかい常緑低木、手を消毒するための殺菌性の高い薬草も植える。
ロト一族の暮らしぶり……角のある巨大な竜馬と鉄の重機に、ザハンの人々は驚いた。
通行に便利な川沿いから一辺がキロメートル近い水田を、大型ショベルカーと測量技術を利用して一気に築く。万単位の人馬の食料を作り続ける、特に馬を爆発的に増やすためだ。
ザハンの人たちには、まず馬の力で大きな犂を引き、少人数で広い田畑を耕すことに慣れてもらう。
周辺で、植物や動物の分布も調べ始めた。
といっても、真新しいものはあまりない。ルビスが言ったように、数百年前に瓜生の故郷……地球全体から適当に取ってきて、適当にばらまいただけだったそうだ。
特にタフな、有害外来種に指定されるような植物ばかりが生き延び繁茂している。
その影では、奇妙なほど大型動物が少なく、大きなアリ・ナメクジ・ネズミが多少はびこり、竜がそれを食べているだけだ。恐竜だらけにも見える。
大灯台の島や、アレフガルドの北、雨のほこらに近い地域では、鉄鋼が大増産されている。
竜王が倒された直後からも、アレフガルドの再建のためにも鉄や木炭は増産されている。
木々を切り倒して木炭に焼き、鉄鉱石を掘って焼く。〈ロトの民〉からも余剰の人手、馬の力を出している。
これには、瓜生は余計な物資を出さない。彼が鋼を出すと、地場産業が衰えるからだ。
無論〈ロトの子孫〉のやること、環境保護は徹底している。
木の伐採も択伐、間引きや萌芽更新を活用している。その木材を、山奥に隠れたかまで炭に焼く。煙で大気を汚染しないよう、長い竹筒で煙を冷やす。
その木酢液も無駄にはしない、強力で用途の広い農薬だ。他にも農薬となる薬木はある。
また、ガスも分解して運んで簡単に組み立てられる炉で燃やし、石灰石を焼いて漆喰にするなど長時間熱を出し続ける必要がある作業に活用する。
同様に排煙の硫黄などをちゃんと回収するコークス炉も、大灯台の島やメルキド北方などに作られている。
規模の大きい乾留炉では大量のガスが出るので、それは風呂に使っている。ちなみに産業革命で、西洋の大都市を照らしたガス灯の燃料は石炭を焼いてコークスにする時に出たガスだ。
鉄鉱石も崖を崩したりはせず、露頭から深く縦坑を掘り下げ、確実に換気し、螺旋を描くアルキメデスポンプで水をかい出して掘り出している。
瓜生の故郷でもつい最近までは、鉱山労働は半年以内に死ぬような使い捨て重労働、家畜以下の奴隷が当然だが、ロト一族はそれも徹底的に安全と環境に配慮する。換気や睡眠、栄養はもちろんマスクすら義務づけているのだ。
いくらあっても足りない。ノコギリ、斧、クワ、シャベル、馬に引かせる重量犂……建築にも使う太い針金や釘。煙突。
アレフガルドの、特に地方では前から鉄の武器が普及し、特に南側のリムルダールやメルキドでは良質の鋼も作られていたが、それは木炭と鉄鉱石を混ぜフイゴで加熱するぐらいだった。
ペルポイでは豊富な石灰石が用いられ、ムーンペタでは石炭と黒鉛るつぼも使われている。
再建途上のベラヌールも、膨大な鉄やその他金属を必要としており、世界中どこも余力はあまりない。
大灯台の島ではコークスを高炉に積み、風力や水力を用いた強力なフイゴを使い、安定した温度管理がなされている。百年以上前、瓜生が大量の鋼を与えているが、それに頼ることなく自分たちでも技術を築き上げた。
腕のいい鍛冶も多く、何万もの人口全員に良質な鋼の武器や道具、農具を持たせることができている。
ジニが、その技術の一段上でどんなことができるか、瓜生の本も活かして研究を始めた。
いきなり転炉はできないが、今の技術が瓜生の世界の技術史のどの段にいるか、それもヨーロッパだけでなく中国やインドにも製鉄技術史があることも理解したうえで、もっとも合理的な次の段を模索する。
ある技術を実現するのに必要なのは何か、徹底的に調べる。その中で、瓜生の能力なしで実現できることは何か、模索する。
耐熱レンガの耐熱限界と、酸やアルカリ。現在使われる鉄鉱石や、木炭やコークスの化学的性質。それが、温度を上げるとどうなるか。
純酸素は、圧力でやるには鋼加工の精度が足りない。だがマヒャドをとことん強化すれば何とか大気を液化し、分留できる。
そんなことができるのは、アロンドとゾーマにモシャスした瓜生と、ジニが人間には不可能なほど細かく編んだ呪文をローレルが人間とは桁外れの魔力で発動させるのと、それぐらいだ。ちなみに瓜生/ゾーマは制御不能だ。そんなものに頼るわけにもいかない。
まず、そのために世界中から、土や鉱物のサンプルを集めて、耐熱レンガを研究し始める……
鉄以外の金属も増産されている。岩山の洞窟やガライの町は掘り尽くされているが、優れた技術を持つ〈ロトの子孫〉はアレフガルドだけでも多くの鉱山を見つけている。