奇・・ドラゴンクエスト1の続き   作:ケット

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開拓民たち

 ここは、モデルとなる小さな村を見てみよう。

 ケエラの実家。そろそろ、サラカエル・ムツキ夫婦も開拓村から離れる準備を始めているので、ケエラも半ば実家に戻っている。

 ケエラの両親ナレルとタルエラ、ナレルの妹、タルエラの母親。夫婦の間には竜王との戦いで死んだ長男、兄のイスサ、ケエラ、弟のタルエル。他にもタルエラの父親や姉など、何人か戦死者がいる。

〈ロトの民〉のダンカも瓜生の計らいで、同じ場所に送られている。彼の家族の何人かは元鬼ヶ島に残り、兄二人と姉一人、父親の弟も共にやってきた。それに竜馬が一人二頭ずつ、それに数種類の家畜と、何体かの人を襲わない魔物。

 他にも〈ロトの民〉から、新婚夫婦と妻の兄の三人、教育が終わったばかりの若い独身女性が来た。

 また、ザハンから来て耕していた、夫が最近死んだ女性とその小さい娘、神殿の私生児である十歳ぐらいの男の子がいる。

 空から空撮しただけの谷間。水が豊富だということはわかるが、それ以外何もわからない。

 といっても、ケエラはサラカエル・ムツキ夫婦と共に廃村の開拓をしていたので、何をするかはわかっている。

 ナレルの妹とタルエラの母親も、別のところで開拓をしていた。

 そして〈ロトの民〉は遊牧民の血を誇り、気軽に新生活を始められる。

 ケエラの母親・祖母は鍛冶屋で風力ハンマーとフイゴ、鉄床なども持ってきている。

 他にも役畜・乳・肉と多目的な大型で一本角のセロ、毛も得られる熊犬ゼド、鼻が長く木の葉も好むベルベ、飛べない鳥キーモアも連れてきている。

 何より、〈ロトの民〉は一人二頭以上の竜馬を持っている。必ず雌馬もいて、瓜生の故郷の近代乳牛ぐらい乳も得られる。

 また、竜馬と同時に変種のゼドやセロ、ラツカという家畜も連れているし、大灯台の島に来てからはアカアリも飼う。

 遊牧種のゼドは足が速くスタミナがあり、知能が高い。セロはアレフガルドの品種より大型、こぶがなくヒツジを牛サイズにし、角をとんがり帽子にしたようだ。

 ラツカは柴犬ぐらいの、カンガルーのように二本足ではねる家畜。小さい分繁殖や成長がとても早く、多数で群れをなす。山岳地帯や葛だらけの裾野に適応し、草を反芻する。毛がとても長く良質、脂身の多い肉もうまい。

 

〈ロトの子孫〉は隠れ住むため、山間地に細かな棚田を築いて、そこで労働力を集約した稲作をすることが多い。

 それに対して、〈ロトの民〉は広い土地で大きな田畑を作り、馬に工夫された農機具をつけて、少人数で大規模な農耕をすることを好む。

 特に二十年ほど前に、馬を用いて田植えと除草を大規模にやる方法ができ、実は大灯台の島・鬼ヶ島の両方で、人口の三割もあれば十分に耕せる状態になっていた。余剰人員は医学と製鉄法などの研究・教育、治水土木に回していたが、それでさらに進歩が進んでおり、一つ間違えれば鎖国に限界が来て社会が爆発するところだった。

 指導層は、その危うさをよく理解していた。だからこそ、アロンドの到来は大いに喜ばれたのである。

 瓜生は、さまざまな資料をアロンドたちに与えた。

 地主制度の害。地主が力を持ってしまって中国で易姓革命が起き、また近代インドでは大量の餓死者が出たこと。フィリピンや中南米の農地改革の難しさ。

 小規模自作農ばかりになったときの非効率。農協の功罪、出稼ぎを必須とする経済構造のゆがみ。

 大規模すぎる農業による、きわめて大規模な表土喪失や化石地下水浪費、硝酸塩による水質汚染のリスク。

 新しい大陸では、いろいろと試すこと、ただし全体としては大面積の馬力機械化と環境保護の両立を図ることを基本方針とした。

 

 まず、詳細な測量と、植生を確認して特に有用な果樹・堅果樹を見つけ、巨木も印をつける。それらは切らない。

 百年後も三百年級の巨木に不自由しないように、そこまで計画しておく。

 まず、川に荒らされている洪水地域で、焼畑で短期の収穫を得、同時に洪水地域に強い木を植えて治水。

 適当な斜面を利用して、棚田を作る。

 上流部の水力を利用して水車を作る。

 風車を建てる。

 やることはたくさんある。

 

 着いたのは、まずくねる流れの氾濫でできた広い河原、川の一方は急な斜面でもう一方はゆるやかな丘。

 丘の斜面は、最近ニセアカシアがまとめて倒れたのか地滑りの跡がある。やや上から、反対側の下りはずっと深い森だ。

 竹林も見える。

 そしていくつか、バオバブや楠、セコイアスギの巨木が見える。

「家畜が逃げないよう、その辺を囲ってくる」

 家畜を運んできたダンカの家族が、家畜たちをとりあえず囲えるように、野の一部を乗馬のまま回り、針金を木に張る。

「ああ、頼みます!」

「まずトイレ穴と、水。そして天幕」と、ケエラが荷物に飛びつき、彼女の親がにっこり笑った。

 ケエラの一家はまず、いくつも天幕を張り、トイレ用の穴を掘った。

 崩れた斜面が崖になっているところを見つけ、そこに横穴を掘って上から穴を開け、当座用の炉を作る。

 ダンカたち〈ロトの民〉は、遊牧民の大天幕、ゲルを持ってきたので二時間もあれば住み家はできた。

 多数の役畜に、さらに二人天秤棒+もっこで立っていられる限度の荷物を持ってのルーラ。膨大な量の資材を運び込んでいる。

 一人一人に、大灯台の島で作られた鋼の斧・長柄鉈・ノコギリ・シャベル・ツルハシ・バール・大金槌・クサビ・手回しドリル・大型の握りはさみ・大小の鎌・剃刀兼用の切り出し。ソロバン。大量の厚布、防水布バケツ。ロープ。裁縫針と糸。ハンモックと毛布。

〈ロトの民〉は投槍棒と投槍、山刀のようにも使える刃ブーメラン、馬具、テントなど、金属椀・箸・スプーン・ナイフ・ハサミのセットも全員が持っている。

 一家ごとに小型の二次燃焼があるストーブと、脚がついた鋳鉄鍋。二人で引く大型ノコギリ。手押し車。グループ全体にはフイゴと鉄床。

 三十キロ袋をいくつもという大豆や小麦粉、味噌や漁醤、塩。

 瓜生が出したものは、一人一人にノートとボールペン各一ダース、地図用紙、精密な六分儀、大型のペンチ、〈ロトの子孫〉が使い慣れているAK-74、操作が同じサイガ12ショットガンと弾薬。

 グループ全体に対して、レーザー測距儀など測量器具も三セット、RPG-7とバレットM107対物ライフルも三挺ずつ支給されている。またかなりの量の高性能爆薬。気圧計・温度計・湿度計・風向風速計など。井戸やボーリングに使うパイプ状の刃。

 大量のスパム缶と乾パン、マルチビタミンミネラル剤。抗生物質。

 本と種。

 瓜生の故郷での、昔の開拓とは違う。食い詰めた貧困層が乏しい装備で挑むのではなく、最初から豊かな状態で、しかも豊富な経験と支援がある状態で開拓を始める。

 さらに軌道に乗ればだが、ネジで油を絞る道具、石臼、繊維を紡いだり皮をなめしたりするための道具・薬品、馬に引かせる犂の刃も、予約されている。

 

 まず、家畜と人、資材が風雨をしのげる屋根を、と森のほうに向かったケエラの前に、竜が飛び出してきた。

 大きさは巨大な竜馬とさして変わらない。しかし、その牙と口から吐かれる熱気は、強力な肉食獣のものだった。

 ケエラはとっさに銃を手にするが、アロンドの叫びが耳によみがえる。

 竜を殺すな。この地の竜は人や家畜を襲わない。

「み、みんな」必死で、駆けつけようとするダンカに、「もし、わたしがやられたら、仇はとって」

 そう言って、銃から手を離し両手を挙げて、近づく。

 食いちぎられる、焼き尽くされる覚悟をしながら。

 口から奇妙な声が漏れていることも、知りながら。

 遠くから激しい叫びが聞こえる。

 至近距離で、竜と見つめあう。

 ほんの数秒、だが永遠。竜は静かに、長い舌を出してケエラの鼻をなめた。

『や…く、そ…く』どこから出しているのかわからない、明らかに人のものではない声。

「やくそく」ケエラもくり返す。

『なかば』

「半ば以上、耕さない。竜は殺さない。だから、竜も人とその家畜を殺さない」

『しょう、ち…きり、がでたらルーラでとおく、にげよ』

 その声と共に、恐ろしい敏捷さで竜は森に消えた。

「ケエラ!」ダンカが絶叫と共に竜馬を飛ばし、激しくケエラを抱きしめた。

「あ、ダ……ダンカぁ」と、ケエラは恐怖に泣きじゃくりながら抱きつき返していた。

 

 そんなことがあり、仕事が山ほどあっても学校には行かなければならない。幸い、今はケエラがルーラを使える。

 ザハンから来ていた人にとっては、それはもう驚きを通り越していた。

「魔法まで使える、読み書きもできるって、貴族さま?神官さま?」

「ロト一族の半分は魔法ぐらい使えるし、どこか悪くなきゃみんな読み書きできるわ。さ、これからはあなたもロト一族。なら、ちゃんと子供は学校で学ばせなきゃいけないの」

 と言って、まだ体をきれいにすることすらおぼつかない子の手を強引に取り、もう一方の手でダンカの手を数度ためらってから握って、そして呪文を唱える。

 出たのは王宮に近い、植林中の広場。また今までどおりの学校生活が始まる。クラスメートも多くは、新大陸で開拓を始めている。

 学校にも、測量のデータを持って行き、それで地図を作り始めるのがソロバンの課題になる。

 また、隣の子も同じように別のところを開拓し、測量しているので、データを交換して計算すれば検算にもなる。

 

 学校から帰ったらすぐ、仕事はある。ちゃんと宿題や遊び、睡眠時間は確保されてはいるが。

 ケエラがいた開拓村にあった、水車はまだできていない。測量してからだ。

 だから洗濯も洗濯板を使う重労働になる。それ以前に、川を汚さないためには排水を捨てる小さい池だけでも掘らねばならない。

 単にちょっと穴を掘るにも、二十頭まとめた竜馬の力はとてつもなく強力だ。

 

「あっちの斜面で、ニセアカシアが倒れてる。これなら木を切り倒さなくても材木をかなり得られるし、肥えて掘り返された地面もある」

「孟宗竹の竹林が広がってる。今ちょうどほとんど枯れているから、炭を焼けば来年一杯はもつし、少し交換もできるわね。それに当座の家なら、竹と土で壁を作ってもいいわ」

「この範囲の荒地を焼く。とりあえず春、ソバとモロコシ、サツマイモなら育つだろう」

「結構いい粘土があるよ」

 次々と、〈ロトの民〉の竜馬の機動力と〈ロトの子孫〉の開墾経験で、広い地域が調査されていく。

 粘土質の斜面を掘り、長い竹筒を挿して炭焼きを始める。

 木を切り倒さなくても開ける荒地などで、とりあえず食えるだけの焼畑と、家畜の放牧場を定める。

 家畜用に、広くちゃんとしきられた天幕を作る。

 倒木を竜馬の力で引きずって持ってきて、腐りかけた樹皮を斧でそぎ落とし、無事な部分をクサビで割って当座の杭と柱を立てる。

 

 二日。三日。毎日、次々にいろいろなことをする。

 まず家畜を死なさないために、屋根というかシェルターと暖房を整える。

 毎日のように、支援するダンカの実家、またローレシアのテント群までルーラで飛び、その都度いろいろと持ち帰ったりする。

 最初のうちは風呂に入るのも実家や、ローレシア仮都、各地の学校に仮設された公衆浴場を使っている。

 そしてテント内の、竹の底にたくさん穴を開けてゴム引き布袋につなげたシャワー。室内風呂ができるのはいつになるやら。

 まだ寒い。ちょうど冬至に即位式、だがそれから二月は事後処理や簡易測量と土地割り当て、物資の準備と配布に費やされている。

 どこを何に使うか、どこに住むか、という以前に、自分たちが与えられた土地がどんな形をしているかすらわからない。

 また、測量や気候観測……天気・気温・気圧・湿度・降水量・風向風速を記録するだけ……も、きわめて重要な仕事だった。

 広い大陸を理解し、将来の天気予報すら可能にするには、濃密な観測網が欠かせない。

 土地を任された開墾者は、単に開墾して耕すだけでなく、その観測や測量という公務もあるのだ。

 

 春。

 野には花が咲き乱れ、竜馬やセロ、ラツカは嬉しそうに食っている。

 かなりの範囲が掘り返され、ジャガイモ・サツマイモ・ソバなど主食になる作物、キャベツ・スウェーデンカブ・ビーツ・ニンジンなど人間も食べるし飼料にもなる野菜、そして針金に沿わせてニガウリ・カボチャ・トウガラシ・インゲンマメなどの野菜が次々と植えられている。

 拓いた地はアレフガルドの再開拓とは違い、岩石や根株もそのままだ。それを除去し、排水するのも大仕事。一部は人手で耕し作物を育てながら、岩を砕き溝を掘る作業も進めている。ケエラが自慢げにイオを集中させ、岩を砕いていた。

 まだテントで一つだけ、川から苦労して水を汲んでこなければならないが、大きい樽を作って焼け石を放り込む風呂はできた。

 大灯台の島では、陶器製の五右衛門風呂もできているそうだが春の収穫全部と引き換えになるので、十分収穫が得られるようになってからとした。ケエラの親は文句を言っているが、ケエラは学校で風呂に入れるのでどうでもよかった。

 また粘土質の斜面を掘ってサウナもできた。

 将来の水田作りに向けて、測量した候補の土質を確かめたり大人も忙しく働いている。ザハンから通っていた夫婦は単純な農法しか知らなかったので、さまざまな先進農業技術を教えるのがまた大変だ。

 瓜生由来の先進巣箱からミツバチが飛び立つ。多数の外せる巣枠があり、女王蜂を隔てる巣箱は、従来の蜂を事実上全滅させて蜜を取る養蜂とは収量が桁外れだ。

 巣穴を作り草木の葉を引きこんでキノコを育てるアカアリも、ミツバチの巣箱と同じ発想で穴を掘り竹筒を多数束ねて埋めておけば、先進巣箱同様に女王蟻や働き手を殺さずに卵や幼虫を得ることができる。

 子供たちも学校で学び、また耕したり家事を手伝ったりと忙しい。

 時々出てきては苗を食べようとする大ネズミを、遠くからケエラがAK-74で仕留め、ダンカに自慢する。銃の扱いは、幼い頃から訓練されてきた〈ロトの子孫〉に一日の長がある。

 その肉は食べて安全かどうか、今空母にある研究所では何人も研究に取り組んでいる。

 

 時には大人も学校に行き、百年前に瓜生が〈上の世界〉から持ってきて、鉄化して氷漬けにしていた家畜の育て方を学んでいる。開墾に余裕ができたら、連れて行ってもっと増やすようにと指示されている。

 ヒポタム。小型のカバに似た、騎乗もできる役畜。海・淡水の両方で生活でき、海藻や水草を好んで食べる。きわめて力が強く、厚く硬い皮と頑丈な頭蓋骨の突進は槍衾でも止められないし、牙も強力。水田で犂を引かせることもできる。

 バロ。頑丈な役畜。悪路にも強く、木の皮や質の悪い草も食べられ頑健。たっぷり得られる乳はいいチーズになる。

 ペッカー。オオクチバシの家畜種。キーモアより大きな飛べない鳥で、良質の卵を産み、知能が高く雑草と害虫だけを食べろ作物は食うな、としつけることができる。残飯や野菜クズも喜んで食うし、草だけでも育つ。

 ギヘヤエフ。砂漠に適応した鼻の長い役畜。塩生植物も食べ、海水を飲むこともできる。トゲの多いアカシアのような厄介な植物も食べる。長い毛はとても質がいいし、乳もうまい。

 ブホ。鼻のかわりに角が頭の前に突き出し、それで地面を掘り返す小さめの豚。人糞から草の根までなんでも食べる。肉もうまいし皮も良質だ。

 ガベーメ。甲羅の柔らかい羊サイズのリクガメで、広葉樹針葉樹問わず木の葉を好んで食べる。卵も肉もうまい。変温動物なので、少ない飼料から多くの肉や卵を得ることができる。ロト一族は竜を殺すなといわれているが、トカゲはダメだがカメやヘビはいい、ということになっている。

 ミラジ。羊同様に草を食べて最高品質の毛と肉を得られる角のあるウサギ。

 どれも有用な家畜だ。

 まだ開墾は始まったばかりなので、比較的扱いやすく、繁殖が早いので個体数も多いミラジやブホから飼育を始めている。

 説明書のコピーはあってもなかなか難しいものがある。

 

 住居作りは農作業に忙しくて後回しになっている。だが、冬の間にテントや炉をしっかりつくってあったし、〈ロトの子孫〉は開拓の経験があるのでそれほど難しくはない。二次燃焼で煙も焼くストーブは悪臭もなく、わずかな薪で十分暖房と調理が可能だ。

 冬の間毎日、穴を掘ってテントを張り全員で共用トイレとしては埋めていた地域には何本も果樹を植える。

 それ以降テント内で使い捨て容器を使い、風下の堆肥場に草とともに積む。

 竹が豊富なので、使い捨てトイレが実に簡単だ。二節分の、一方がふさがった太い竹筒に出して、泥を塗った広い木の葉で蓋をすればいい。

 アロンドが瓜生に頼らず銃と火薬を作ろうとしているので、石灰岩か貝が豊富に得られる地域では、尿は硝石を作るのに使うようにも言われている。

 尿は別に、というのはケエラたちには慣れない事だったが、ケエラがごく小さいころ暮らしていたリムルダールの町では大小別容器だった。尿を発酵して得られるアンモニアには、洗浄など多様な用途があったのだ。

 他の地域でもさまざまな工夫がある。

 特にアロンドをはじめ〈ロトの子孫〉はアレフガルドに隠れ住むため、当地の習俗に合わせた陶器の便器を洗う仕事をしており、常に苦しい思いをしている。だからトイレに関する物をできるだけ、そのまま堆肥化できる使い捨てにするのが、彼らにとっては最も重要なことだ。

 元々野山を走り回り、家では木の葉を刈り集めそのまま堆肥化して済ませる〈ロトの民〉も、巨大客船や空母が必要とする膨大な清掃作業に参っていた。

 プレスを応用して木の型に、内張りで耐水になる広めの木の葉・外側から全体を固定する長い草の葉や質の悪い蔓草などと泥を入れて型押しすることで、編むよりはるかに早くなった。

 木を薄く削ったり、粗悪な素材を用いて紙を作ったり、工夫する人たちがたくさんいる。

 

 

 それらを交換する貨幣も厄介な問題だった。

 貨幣というが、各国が発行しているゴールド貨は、経済の一部でしかない。貨幣経済以前である部分も多いのだ。ただし、そのような場では、勇者のような旅人は物を買ったり泊まったりすることが難しいので、そのような村には立ち寄らない。

 瓜生も、塩や布、蜂蜜、銅のインゴット、鉄など、金銀宝石以外の交換価値のあるものを使って旅をすることも多くある。

 

 アレフガルドもムーンブルクも一応ゴールド貨を発行しているが、その金貨としての品位は低い。金属精製技術も元々低い。

〈ロトの子孫〉の経済は、アレフガルドに依存している。彼らは徹底的に、アレフガルドに隠れ住みいろいろな部分で混じり、目立たないように暮らしているからだ。

 アレフガルドでゴールド貨を手に入れることも難しくない。

 確かにロト一族がよくやる上下水道・公衆便所関係の仕事は卑しい仕事とされるためまともな給料が与えられないが、肥料やアンモニア水は高く売れる。

 また、港湾や測量、〈ロトの民〉とほぼ独占的に交易される竹綿や工芸品も膨大な儲けになる。

 何より、世界樹。竜王戦役の初期に焼かれたリムルダール北の若木、そしてペルポイ半島沖の成木。どちらもロト一族以外には近づくこともできない。その産物はすべて何よりも貴重で高価な魔法薬となる。

 農業をしている人たちも、技術水準の高さから常に豊かな生産量を得ることができ、それも自分たちで食べるだけでなく多くの富ともなった。

 そして、必要さえあれば瓜生由来の、膨大なメイプルリーフ金貨と宝石がある。高品位のメイプルリーフ金貨は一枚で十ゴールド以上の価値がある。まして宝石の価値は桁外れだ。

 さらに、竜王戦役では膨大な、高額に売れる魔物の遺体から得られる品も手に入れていた。

 秘密で請け負う産婦人科医の仕事は、事実上無償でやるのを掟としていたが、それができるほど〈ロトの子孫〉は富んでいたのだ。

 そして、隠れ住み、日本語という言葉と家系図、子の訓練など常に必要となる緻密な連絡でつながる彼らの間には、相互の信頼という貨幣以上のものがあった。

 契約違反や犯罪行為をしたら、その事実は一族全員がすぐに知ることになり、誰も契約してくれない。それほどの恐怖はない。逆に、きちんと契約を守って試行錯誤すれば、失敗してもちゃんと助けが得られ、圧倒的に得になる。

 貨幣は信頼であり、信頼がしっかりしていれば、それこそ紙に書かれたアラビア数字と指紋で十分取引はできていた。

 独自貨幣を作ることは、必要なかった。

 それだけでなく、ガライ一族の存在もある。瓜生が残した膨大なCDを聞いたガライ一族の吟遊詩人は、情報収集・操作と共に常に多額の収入を得ている。

 

 大灯台の島・元鬼ヶ島と散らばる〈ロトの民〉は鎖国を守っており、少人数から徐々に増えていったのだが、瓜生が残した多くの本と高い教育による高い技術水準は、膨大な富を生み出していた。

 馬や人を襲わない魔物を巧みに用い、瓜生から与えられた稲・アゾラ・大豆・キャッサバ・トウモロコシ・ピーナッツ・アルファルファ・ニセアカシアなど多くの作物を使って大量の食料と飼料を生み出していた。

 また、ガライ一族と協力し姿を隠し偽って、各国で情報を集めながら交易をする人もいた。

 陶磁器・武器や銅像など金属製品・蒸留酒・菓子・薬品など、高い価値のある品を作り外の世界で売り、ムーンブルクやペルポイ、ムーンペタなど多くの人々の鑑識眼で磨かれ、質を高めていった。

 そして竹綿という、大灯台の島で発見された繊維。モウソウチクに似ているが肉薄、その内部には繊維が綿状に詰まっている。木綿同様の柔らかさでありながら、その二倍近い強度がある、極上の繊維だったのだ。

 それは大灯台の島の特産品となり、世界のどこでも高価に売れる。

 だが、〈ロトの民〉の経済には、重大な問題があった。需要不足だ。

 購買力はある。彼らが本気で物を作り世界と交易すれば、それだけで世界中からゴールド貨を吸い込み、あらゆる宝物を買い占めることはできる。

 生産力も、農業生産・鉄鋼生産ともにきわめて高い。

 だが、全員に十分な鉄が行き渡り、三割もいれば馬に田植え機・稲刈り機を引かせて収穫できる彼らに、それ以上必要なものはなかった。

 浪費には適していなかった。邸宅を作ろうにも土地は耕すほうが儲かるし、侵略や飾りの多い武装示威行為は厳しく禁じられているのだ。

 貨幣も、外と中では価値が違いすぎた。

 江戸時代の日本のような細かい工芸や短歌・歌舞・絵画などの美と、科学技術実験で浪費しようとしていたが、経済的なエネルギーは冗談抜きに爆発寸前だった。

 そこに、アロンドがきた。膨大な力に、目的を与えた。

 ムーンブルクの『穴掘り』。ベラヌール戦役。

 どちらも、瓜生由来の膨大なメイプルリーフ金貨・日本語の書物・絹や合繊の美服・宝石などの報酬があった。

 だがそれは、一時は大きな喜びになるが、長い目で見ればそれほどの豊かさを実感させてはくれなかった。隣より豊かになることはない。買う土地もない。

 借金による奴隷化は防止されているし、邪悪な行為は禁じられているので、人を買って苦しめる楽しみもない。

 それが不満になる、ちょうどいいタイミングで禁断大陸が解放され、広い土地を多くの人が得た。誰もが喜んだ。

 

 だが、複雑な国の貨幣制度をどうするか、アロンドたちは苦慮していた。

 はっきり言って、瓜生の存在そのものが経済を根底から破壊する特異点だ。

 経済、特に貨幣は希少性を根本的な前提とする。だが、瓜生は無限に何でも出すことができる。

 金銀など、瓜生がいつでもいくらでも出せると多くの人が知っていれば、何の価値もない。

 特に大灯台の島で希少価値があったのは、竜馬。だが竜馬も、食糧生産が増せば簡単に増やせることは誰もがわかっている。

 ゴールド貨をそのまま使ったら、すぐに膨大な生産力から貨幣不足になることが明白だった。

 だが、紙幣は大胆すぎた。

 一時的に採用されたのが、豪華客船で通貨として使われた、瓜生の世界のプラスチック製トークンである。

 今は誰にも作れない。ただし、それも時間の問題だということはわかっている。

 将来的には、次には紙幣を使って、その交換そのものを税にしようかなどとみんなで相談している。

 

 嵐のように忙しい春から初夏。

 あちこちにある竹林の膨大なタケノコ。食べ飽きているにもほどがあるが、毎日腹がはちきれるまで満腹できるのは幸せなのだろう。

 儀式的に作られた、標準教室程度の狭い水田の田植えが忙しさのクライマックスだった。

 木の葉を好む家畜は春の木の芽をおいしそうに食べていた。

 

 時々大雨が降る暑い夏、猛然と雑草が伸び始め、キーモアが根こそぎ食べている。

 ソバのように収穫の早い作物は収穫され、竹で間に合わせに作った千歯こきで脱穀される。竜馬やセロたちはご機嫌に牧草、脱穀後の藁、抜かれた雑草を食べている。

 間引き菜が食卓に並び、弁当に詰められて学校で自慢しあっている。

 食べられる野草もたくさんある。食卓に緑と香りを添え、干草として独特のにおいをあげている。

 夏は物が腐るのも早いし、家畜の世話も大変だ。

「おいケエラ!」ダンカの厳しい声に、ケエラは驚いている。

 普段穏やかで安定している、自分がどんなにからかったり刺激しても、こういう表情はしない彼だった。

「なによ」

「見ろ」と、ダンカはケエラが与えられている竜馬の尾を優しくなでてめくった。

 ケエラは嫌悪感に叫びそうになった。尻にびっしりと、親指の頭ぐらい膨らんだダニ。

「ちゃんと見ろ!こいつら全部、つけてやろうか!」そう叫び、息をつくと、ダンカはついてきたスライムベスを抱き上げ、馬の尻に吸いつかせた。

 あっというまにダニが溶け、血がスライムの透明な赤と明らかな違いをもって混じり、同じ色に吸収されていく。

「こっちもだ」と、たてがみの下も梳いてみせる。シラミがすきとられる。

「ろくに世話してないだろう、なんでそんなことができるんだよ!なんでそんなひどいことができるんだ!それに」

 と、そっと脇腹をなで、傷跡を指で探って叫ぶ、

「鞭なんていらないんだ!いいか、〈ロトの民〉はとっくに、無視で躾けてる、〈ロトの子孫〉は家畜の扱いを知らねーのかよ!」

「いえ、違います。〈ロトの子孫〉もそれはちゃんと教えていますよ」と、ケエラの母親が引き継いだ。「私が言っておくわ。ごめんねえ、ダンカちゃん」

「ごめん、ちゃんとみてやれば、ごめんな。治してやるからな」と、ダンカが優しく馬を抱きしめ、ゴムの木でできた櫛であちこち検査を続ける。

 母親に連れて行かれようとしたケエラが、爆発した。

「馬がそんなに好きなら、馬と結婚しなさいよ!」と蹴りつける。

「ケエラ!」

 母親の叫びをよそに、反撃しようとしたダンカの拳が寸止めになった。

「もう、人を殴れないんだ。させないで!」そう、悲痛に絶叫して、息を整え、手を優雅に鋭く舞わせつつ踏み出し斧刃脚。一抱えある大石が三つに割れていた。

 衝撃に顔を見合わせる母娘。よく知っている基本の一つだが、これほどの威力を出せる者は少ない。ダンカは肩を落とし、病みかけた竜馬にしがみつくように、細かく体中確認していた。

「当分、家畜さわるな」それだけ、馬に顔をうずめるように、ケエラを見ないでつぶやくように言った。

 

 しばらく怒られていたケエラが、ダンカに謝れといわれて近づいた。

「助かるよ。助けてみせる」

 ダンカはケエラを見もしないで言った。

 ケエラはしばらく黙っていた。

「ちゃんと尻を見て、体中見ろ。できないなら家畜さわるな」

「汚いのよ、それに蹴るし」

「〈ロトの民〉は、家畜の尻は汚くない」

 それに、ケンカする気で腕まくりしていたケエラの兄イスサがはっとなった。

「ケエラ。サラカエルさんの村では」

「セロはエヤエレエが見てて、家畜には触らせてもらえなかった」

「そうか、まだ学んでなかったんだな。慣れろ」そういって、「でも一発殴らせろ!大事な妹を泣かせたんだ」

 ケエラが止めようとしたが、ダンカは黙って手を後ろに組んだ。

「でも、あの石見てよ。ダンカ、蹴り一発で」怯えるケエラ。イスサも割れた大石を見て、びくっとなったが、あえて頬を笑いにゆがめ、

「けじめだ、勇気とは打算なきものぉ!それに銃と魔法が使えるオレのほうが強いんだよ」と、殴った。だが明らかに腰が入っていない。

「汚い、って教えられることなのね」と、ダンカに駆け寄った彼の姉が、イスサをにらんで言う。

「そうなんだな。あいつらなんて」……と、遠くで手鼻をかみ、それをなめている、ザハンから通って耕していた子を見る。

「学校じゃ、なめずに手を洗えばいい、伝染病を防ぐことが目的なんだ、差別をするな、って言ってた」と、ケエラ。

「差別をしちゃったら、私たち〈ロトの民〉は存在意義を失うわ。差別され虐殺されそうになったのを、勇者ロト様に救われた民なんですから」と、ダンカの姉。

「ごーはーん!」と、ケエラの小さい妹の大声が聞こえる。

 とろとろと家畜たちを見ていたダンカを、姉が急かす。

「ケエラちゃんのことも、馬みたいにやさしく扱ってやりなさいよこのおたんちん」と軽く小突く。

 そしてケエラを、「人の伝染病と同じで、一匹が冒されたら、全員が危なくなるの。差別はしない、正しく伝染病と戦うのが、〈ロトの民〉なのよ。それは〈ロトの子孫〉だって同じでしょう?」と優しく諭した。

 

 夏至の慰霊祭が過ぎ、刈り入れた土地は即座に豆をまいて覆う。余裕がなければアルファルファやクローバーでも。そこらの雑草の種でも。

 窒素を切らせるな、土地を露出させて表土を失うな、それは小さい頃から学校で学んでいることだ。

 だが、それがわからない人々も加わった。

 ザハンから通っていた人々は異質だった。小さい頃から栄養失調・ビタミンやタンパク質などの欠乏症、乳幼児・妊産婦の高い死亡率が当然、ロト一族とは身長も歯も何もかもが違う。

 だが、〈ロトの子孫〉はアレフガルドの難民に混じって開墾をしており、外の人との接触には慣れている。

 またザハンから通っていた人がいるからこそ、〈ロトの子孫〉と〈ロトの民〉が馴染みやすくなっていたのもある。

 その一人一人も血の通った人であり、新しい運命を受け入れて何とか生きようとしている。逆に、従順に従う態度が強すぎることが、ロトの民やロトの子孫には戸惑いになる。

 そして、いろいろな人がいる。

 ザハンから通っていた子の一人、ディウバラ。八歳の男子、共通語の読み書きもできず、うまく話せず泣き虫で、体力も乏しい子だが、いつも客船の暮らしで聞いたクラシック音楽ばかり歌詞のない歌で歌い、ガラスビンを吹いている。

 そして、暇さえあればバイオリンを弾く真似ばかりしている。

 学校でも、歌舞音曲の授業だけ凄まじい熱意を傾け、ガライ一族が使うしザハンの宗教儀式にも使うハープの一種だけは真剣に演奏している。

 だが、それを木とそこらの樹皮繊維で弓を作り、バイオリンのように弾こうとして怒られてばかりいる。

 ソロバンなどの授業をすっぽかして音楽の授業に混じろうとし、怒られることもある。

 そんな彼に、ケエラは奇妙な感じを抱いていた。

 共感すると同時に、なぜか腹が立つのだ。

 ダンカは、〈ロトの民〉は、とにかくどんな人でも何とか包摂したい、というだけだ。

 次々と野菜が実り、毎日飽きるほど食べて、漬物にもする。

 

 学校からルーラで帰ると、その手には新聞が握られていることも多くなった。

〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉ともに、製紙と印刷にはかなり力を入れている。コウゾ・ミツマタ・ケナフなども植えているし、他にも紙になるような繊維を取れる植物はある。鬼ヶ島で得られるサトウキビの絞りかすも、竹も紙になる。

 少なくとも江戸時代の日本程度の生産力と、主に石版や素焼き活字などが用いられていた。

 日本語の特性上活版印刷はやや遅れている。瓜生とジニは、むしろ活版印刷は〈下の世界〉〈上の世界〉の共通語に用い、日本語は活版印刷を蛙飛びしてDTPに行ったほうがいいとも考えている。

 王室の動静、結婚や死亡の記事、各地の天気、アロンド・ローラ・瓜生の談話……

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