霧が晴れれば、大陸は嘘のように豊穣を取り戻す。
動くもののほとんどが殺されても、巨大なナメクジとネズミ、スライムの類は変わらずに出る。竜たちも森に帰ってきた。
そして緑は濃くなり、果樹も花をつける。栗の蜂蜜は渋みはあるが栄養豊富だ。作物もぐんぐん伸びていく。
野には圧倒的な強さで葛がはびこり、伸びるそばから巨大なナメクジと取り合うように家畜たちが食べる。
そしてナメクジは斧で切り刻んでゼドにやると、喜んで食う。
葛からは繊維も得られ、つるのまま縄がわりにもなり、若い芽は野菜にもなり、太い根株からはデンプンも取れる。
ある夜、見回っていたケエラが絶叫し、ダンカが竜馬で駆けつけてきた。
牝馬にドラゴンがのしかかっている。
「援護して!」叫んで銃を構えるケエラ、その銃口の前にダンカがたちはだかった。
「何をするんだ、竜を」
「ば、ばかっ、だって、馬を、馬を」最近、やっと蹴られず馬の乳を搾れるようになり、そしてチーズ作りを習っているケエラは必死だった。
「あれは、子作りしてるだけだよ」というダンカは、なぜか真っ赤になって言葉もつっかえていた。
「え」ケエラが一瞬後に気づいて、思わずダンカをひっぱたいた。
ダンカはちょっと戸惑ったように痛む頬を押さえた。
そこにまた、ケエラとダンカの兄姉が飛んできて、またひと騒動あったのは言うまでもない。
毎日が暑い。塩と大量の湯冷ましが欠かせない。
塩は、ルプガナに良質の岩塩鉱がある。ペルポイ近くからロンダルキア山塊のかなり奥まで駆ける遊牧民も、いくつか秘密の岩塩鉱を知っている。
また、大灯台の島でもありあまる石炭資源で塩田から作られていた。
最近、測量のついでに大陸中央部の乾燥地帯に、素晴らしい岩塩の山が見つかった。
野菜が次々に収穫され、豆は乾燥されたり納豆にされたりする。
少しでも時間ができたら、測量し開墾するのも続いている。
農業にも忙しかったが、それでも中規模の水田の候補地は見出したし、春の倍近い土地がジャガイモ畑になっている。
セロや竜馬、ベルベ、新しく加わったバロが出す大量の乳は、二十人が生で飲みきれる量ではない。
かといってローレシアまで背負っていくのも無理な量だ。
たくさんの家畜の乳を毎日搾る作業ももちろん大変だ。
〈ロトの民〉は、発酵乳製品に熟達している。再開墾を経験した〈ロトの子孫〉もある程度できる。
馬乳の一部は馬乳酒として、季節にもよるが主食ですらある。ヨーグルトも野菜とともによく食べられる。
運んで売り物になるのはバターとチーズだ。
バターは乳から分離したクリームを攪拌すればいい。本来なら重労働だが、朝の乗馬のついでに揺らせばいい。羽根車を工夫してセロにちょっと一仕事させても楽だし、夏の終わりに立てた風車を使えばもっと楽だ。
そしてチーズ。本来は仔の第四胃の酵素を使うが、抗生物質を作るのも得意な〈ロトの民〉はカビレンネットをもう完成させていたし、温度計も使いこなしている。
すべての器材を煮沸消毒してから作業をはじめ、乳酸発酵させてから固めることで、より安全確実にできる。
その技術に、不潔で原始的なやり方しか知らなかったザハンの人は驚嘆していた。
だが、ザハンの人々がローレシアでセロを育て作っていた乳製品にも価値のある微生物は多くあり、それらは空母でしっかりと保存され、研究されている。
バターやチーズ、ヨーグルトを作るときには、かならず水気が余る。ヨーグルトなら乳清、バターならバターミルク、チーズならホエーと呼ばれる。どれも豊富で栄養価は高いので子供のドリンクがわりにもなる。家畜に与えてもいい。
長期保存のため、バターもチーズもかなり多めに塩を入れる。チーズが成功しているかどうかわかるのは、斜面に掘り下げた穴倉に入れて、二年ぐらいしてからだ。
〈ロトの子孫〉はヒャド系呪文が使える者も多くいるので、実は地下室を植物で断熱し氷で埋めれば、かなりの冷蔵冷凍は可能だ。
だから腐敗の早い内臓肉・青魚・カニやイカなども冷凍保存し無駄なく活用できる。
そして、ついに稲やトウモロコシ、ジャガイモやサツマイモなどの収穫。
馬につける機械を使えず手でやる重労働に、〈ロトの民〉は悲鳴を上げた。
特に面倒なのは、ある程度分けてはいるが、水田の四分の一ほどは田ヒエや田芋を植えていることだ。
最悪の場合でも全滅しないように、常に多様な雑穀を田畑に育てておく。だからこそ、ロト一族は飢えを知らない。だが、収穫となるととてつもなく面倒くさい。
収穫が終わっても、それで仕事が終わるわけではない。狭い水田だが、半ば練習として、即座にレンゲ草・ライ麦・ソラマメを混ぜて撒く。
畑も収穫してすぐにライ麦を撒き、鳥が来たらAK-74やサイガ12、メラで撃ち落としおかずにする。まずいのはゼドのごちそうになり、うまいのは人が食べる。
そしてケール・ライ麦などの冬も家畜の飼料になる作物は作業が続く。
収穫残りの株や藁、つるなどを家畜はおいしそうに食べている。ただし稲藁は用途が広いし、サツマイモの茎や葉は野菜がわりにもする。
だが、それでも収穫の開放感と、自分達で作った新物を食べ、祝い、祈る小さな祭りは楽しかった。そこにはドラゴンも来て、家畜は約束だからと食わなかったが魚は喜んで食い、酒を飲んだ。
そんな日々の中も、〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉ともに、日々戦闘訓練も欠かさない。
子供たちは学校で剣術・徒手共通の基礎と激しい運動に加え、銃の訓練もやるようになった。
〈ロトの子孫〉は元々教わっているが、竜王が倒れて後は瓜生の存在もあり、〈ロトの民〉にも銃が支給され、扱いを学ぶようになった。大人も時々学校に通って銃の扱いを学ぶのだ。
小さな開拓村でも、わずかでも時間があれば全員で竜馬に乗り、銃を背に走り腐った木を皆で撃ち、銃の手入れをする。
呪文と銃、また騎馬の機動性と銃の威力を合わせることも練習する。馬が銃声に驚かないようにするにはかなり訓練が必要で、最初は〈ロトの民〉でも狂奔した馬に苦労していた。
逆に〈ロトの民〉は〈ロトの子孫〉に乗馬や家畜の扱いを教えていた。
さまざまな仮想敵を相手に村全員で訓練するほど、一体感を感じることもない。無論、ザハンの人たちは馬に乗ること自体が大変で、徐々に学んでいる。
訓練が終わった後、〈ロトの子孫〉が竜王軍の魔物たちとの戦いを語ることも多くあり、〈ロトの民〉もザハンの人たちも興味深そうに聞いている。
巨大客船や空母で、万単位の人間が避難することを訓練したこともいい経験となった。霧から素早く逃れられたのはそのためでもある。
収穫が一段落し、寒さが増す。そうなると酒がほしくなる。
酒もいろいろと挑戦している。大麦の麦芽で自家製ビールを作って飲む。それぞれの故郷から持ってきた麹で、米や麦、豆を味噌や酒にする。甘味の強い天然の果樹の実を潰し、蜂蜜を加えて発酵させる。
先を見越して、リンゴやブドウ、柿などの果樹もあちこち木を切った跡に植えている。
初期近代国家の多くは酒を専売にし、自家醸造を厳しく禁じるが、アロンドや瓜生たちは相談の末にそうしないことを選んだ。維新当時の明治政府ほど、貧しく弱い国ではない。
だが税金を取らないことはしない、税金を取らない産油国は国民に参政権がなく、腐敗と不自由がひどく発展の余地がない。
ものの売り買いそのものに、浅く広く消費税をかけて、それを税金としている。また、労働力や軍事力の提供も常に求めることにしている。
ただし、大灯台の島などでは蒸留酒が作られ、それを買うほうが満足できることもある。蒸留器は銅やガラスを使い高価なので、開拓民たちにはなかなか手が出ない。
子供たちにとって切実なのは、酒より甘味だ。
先進巣箱とニセアカシア林があるのでかなりの蜂蜜は得られるが、足りないし高く売れるので自分たちだけで消費するわけにもいかない。
〈ロトの子孫〉はアレフガルドではビーツ=サトウダイコンから砂糖を得ることができる。ただしそれは隠れ里で少量作るだけ、それでも少ししか得られない蜂蜜やメープルシロップしかないアレフガルドの富裕層には高く売れた。
他にも、この地独自の産物として甘味が強いミツキノコがあるが、瓜生たちが分析すると糖分は含まず味覚を騙して甘味と感じさせるキノコだった。
〈ロトの民〉は、大灯台の島でビーツやナツメヤシ、亜熱帯である元鬼ヶ島でサトウキビ、またテパに近い熱帯雨林でサトウヤシなどを栽培し、かなりの量の砂糖を得て換金していた。
麦芽にデンプンを混ぜた飴はより簡単だ。
だから、他の人々に比べ甘味にはより親しんでいた。
といっても、豪華客船での二十日……トン単位の砂糖・チョコレートの山を好き放題の生活に触れてしまい、より強く甘味を求めるようにもなった。
広いローレシア大陸で、サトウキビやビーツが広く栽培されるのは間違いないだろう。ただ、サトウキビは悲劇を背負った作物だ。アブラヤシやゴム、コーヒーもそうだが、〈ロトの民〉たちはそのあたりは注意している。特に最小限の食料だけは自給できるように、それだけは徹底している。
だが、酒は一時しのぎに過ぎない。寒さに耐えられる住居がほしい。
収穫から寒さまでのわずかな時間に、全員が過ごせる家を。
二十人が総力を挙げて、やや大きなロケットストーブを大灯台から買ってきた耐熱タイル・鉄板・断熱材で作った。
あとは、床下から暖められる床の周囲に竹を曲げて縛りつなげ編んで、藁を混ぜた泥で隙間を埋めて乾燥させ、その上に隙間を開けて木の柱を立てテントで覆った。
二重なので暖かく、テントが吹っ飛んでも竹が持ちこたえてくれる。ドームをぶち抜くいくつかの柱に三段ぐらいハンモックを吊れば、なんとか全員暖かく眠れる。
レンガにしても木造にしても、かなり時間はかかるのでじっくりやるしかない。
水力を利用し水を得るための魚道のあるダムと水車、貯水池、竜馬に引かせる大型の装置を使える規模の畑や水田……それ以前に測量すら、荒い精度でしかできていない。
ある程度は調べて、自分たちの土地の全体像はわかっている。合計で3平方キロメートル近くあるが、半分は森を残さねばならない。それでもものすごく広い。
荒れた二つの丘と急斜面、一方の境界が川と小川が三つ、池が大小四つ、深い森である谷、やや広い平地など、大まかな地形は地図にした。
土地所有そのものは、地主・農奴制度でも微小自作農でもコルホーズでも弊害がある。所有権をなくしても、所有権が強すぎても弊害がある。
広すぎるアメリカの農業も、機械化された効率第一主義で収穫後にランドカバーを育てないので表土を失う。中南米のように広大なプランテーションで奴隷同然の労働者を使い単一作物を育てるのも、奴隷も不在地主や大企業も土地に愛着がなく、広く多様な土壌に強引に単一作物を連作するので土は疲弊する。
狭すぎるアフリカの分割相続自営農も貧困で知識が失われ、森を保つ余裕がなく緑肥すら与えず、痩せ地でも育つ作物の連作になり、土には致命的だ。日本の機械化自作農も、狭い土地を丁寧に耕すのはいいが農業だけでは暮らせず、大量の農薬と化学肥料を使う。
要するに、広すぎても狭すぎても持続可能ではない。
個人の田畑もしっかり確保する。また各自は所有権の一部を株として持ちつつ分割して耕すこと自体は原則禁じる、同族会社に近い制度にしている。
さらにそれ以前に、この地域の気候そのものも一年しか経験していない。冬はあまり雪は降らないしひどい寒さではないが少し霜が降りる、春に強風が吹きたびたび雨が降る、夏前に長い大雨が降ってしばらく湿度が高い……一度、悪夢の霧。それぐらいしかわからない。
やることはまだまだたくさんあるが、全部一度にやろうとしても無理なので、毎日こつこつと無理せずやるだけだ。全部やろうと無理をするとぶっ倒れて何もできなくなることは、再開墾で〈ロトの子孫〉はたっぷり経験している。
川には多数の魚も来るが、産卵前の乱獲は厳禁されている。
「こんなにたくさんいるんだから」というザハンから来ている人々だが、
「じゃあ、あんたたちがいけた範囲にあった川は、なぜもうほとんど来ないんだ」の一言で解決されてしまう。
人間の手が触れれば乱獲になり、そうなればどんなにたくさんあるように見えてもすぐになくなる。
この大陸は魚介類の資源も、いうまでもなく豊富だ。
海辺に入植し、船で海に出て網を打っている人々もいて、子供たちが学校帰りに、ルーラで新鮮な魚を担いで帰ることもしばしばある。
もう沖合いでは貝と海藻の養殖を始めている。魚貝が産卵する干潟は保護しつつ、収穫は養殖網で得るのが将来の目標だ。
冬、まだ果樹も乏しい。かんきつ類も、まだ植え始めたばかりだ。
日増しに緑が減る。だが何もないわけではない。
ビタミンCだけなら、ジャガイモからもかなり得られる。無毒を確認してからだが、針葉樹の若葉を食べたり、葉を茶にして飲んだりもする。
芋はたっぷりと埋めて保存され、空腹になることはないが飽きる。
乳は減っているが、バターとチーズはたっぷりあるので、それで食べる。
芋の皮などを食べたキーモアの卵、芋、ひき割ったトウモロコシと豆の粥、野菜の漬物が主な食べ物だ。時々塩漬け肉もつく。
開拓地から、特に温暖な元鬼ヶ島やテパ近くのゴム園などに収穫を背負ってルーラで飛び、暖と食事を楽しむこともたまにある。
ただ、まだまだ収穫も少ないし交換価値があるものも乏しく、それほど贅沢はできない。来年からはさらに多くの資材、特に土木工事・住居・馬に引かせる農業機械という高価な品が必要になるのだ。
というわけで、大体は寒い中、測量したり木の枝の大半を切ったり、また別の土地を開拓して岩を砕いたり、藁を編んで縄を作ったりしながら、ひたすら芋や粥を煮て、ニンジン・ケール・ビーツ、チーズや納豆、干しキノコ、塩魚を加えて食べている。
特に呪われているのはスウェーデンカブ、別名ルタバガ。まずい。半ば罰としてしか人の口に入ることはないが、セロや竜馬は文句も言わず食べている。
そして冬至。建国より一年、幼児・要介護老人・身障者・家畜の面倒を見る最低限を除く、何万もの人々がルーラで王都近くの原野に集まった。
十分に整備された簡易トイレ、給水所、医師団。
そしてそれぞれが持ち寄った農産物・水産物・肉。
前日の昼から、集まりながら売買はされていた。その売買そのものから、少しずつ国は税を取っている。
いくつもの屋台で料理がうまそうなにおいを上げる。
真夜中が近づくにつれて、全員がきちんと整列した。
いつでも組織を作れる。自分が誰に従うかはわかっている。
そして、星空がその時を指したとき、たくさんの花火が打ち上げられた。
雷鳴と轟音を響かせ、閃光を演出にアロンド王が王妃ローラ、そして二人の息子と共に空を飛び、中心に降り立つ。
絶叫が上がり、全員が熱狂になる。
多くの婚約が結ばれる。
酒が配られ、肉が焼かれ、一体になって食い、飲み、歌い、踊る。
二日酔いが残る翌日は、集まった全員が武器を手に整列し、アロンドの指揮通りに素早く展開して陣を組み、水と保存食の配給を受け三十キロは歩き、また走った。
いくつも出現するゴーレムを、強力な呪文や銃撃で整然と破壊し、大声を上げた。
常在戦場、実戦能力を失わないために。
その午後は開拓が始まる前に親しかった者どうしが集まり、去年の反省をしたり、〈ロトの子孫〉が〈ロトの民〉に竜王戦役の話をしたりして、昼過ぎにまたたっぷりと酒と料理がふるまわれ、最後にアロンドが一言話して解散となった。
その一言が重大だった。
「来年から、この祭りのついでに、いくつかのことは直接投票にかける。何を投票したいか、よく考えてくれ」
……全員が目を見張った。
もちろん、留守番していた皆にもたっぷりとお土産を持って帰り、それから家庭での正月となる。
翌日は、留守番していた者はゆっくり休み、土産話を聞いた。
冬。普通の農家にとっては農閑期で、ゆっくりと寒さに耐え体を休め、藁を叩いてさまざまなものを作る時期だが、開拓者にとっては忙しい日々となる。
去年開拓した畑を詳しく測量しなおし、深い溝を掘ってパイプを埋め、暗渠とする。
新しい荒地に家畜を放す。木を切り、良質な材木は乾燥させて岩を砕き除き、耕す準備をする。
木を切ったら植えるのが掟なので、極力木が少ない荒れ地を選ぶ。切った分は河原に柳・ハンノキなどを植えたりする。
また、大陸のはるか奥、まだ開拓されるのはずっと先の荒れ地に、クリ・クルミ・ピスタチオ・アーモンド・ナラ・トチなど食べられる実をつける木、リンゴ・柿などの果樹も植えておく。ひどいやせ地には空中窒素固定植物を植える。乾燥地帯にはナツメヤシ、沿岸にはココヤシを植えておく。
何十年かして、そこも開拓されることになれば、その人々が利益を得られる。
竜王に荒らされたアレフガルドや、そのほか世界各地の荒れ地に出向いて木を植えることもある。
子供たちは学校に通い、学んでいるが、〈ロトの民〉の生徒の間では何か変な雰囲気がある。
「なにこっち見てニヤニヤしてるのよ」とケエラが言う。
「いーや」と言って、〈ロトの民〉たちは〈ロトの子孫〉たちの靴を見て、笑っている。
「何よ、おんなじような靴じゃない」とケエラが言うが、
「彼らの靴はとても頑丈で、質がいい皮を使っている」と、ジニがつぶやくように言った。「皮革も、動力伝達ベルトなど重要らしい。もっと学んでおかなくては」
「なら今度、うちの工場来いよ」と真っ赤になって言う男子を、女子が集団で潰す。
それを無視して、ジニは図書館に向かう。
そんなある日、学校から帰る前、少し大灯台の島の町にダンカが寄って、ちょっと大きい荷物を持って帰ってきた。
ケエラは気にしないふりをしていたが、気にしていた。
そして、わざわざゆっくりと家畜を見張っていたら、ダンカが竜馬に乗り枯葉と薄い雪を踏んで迎えにきた。
「ダンカ」ケエラが見上げる、巨大な馬から軽々と少年が滑り降りる。ちょっとした荷物を持って。
「やるよ」と、彼が差し出した紙包み。ケエラは嬉しさに呆然として、受け取り、重さにびくっとした。
「そろそろ、だからな。開けてみろよ」その言葉にケエラが震える手で包みを開けると、それは頑丈な革で作られ、膝まで厚い苧麻布で覆ってベルトで締め、膝も革のパッドが着いた、無骨で実用一本やりのブーツだった。
それも明らかに中古。
ケエラは呆然としていた。感情が凍って。
「今の靴じゃ、無理だから」
「ば……」ケエラはぶるぶる、と震えていた。
「服とか、舞台用とかじゃなくて、……」理不尽だ、と分かっていても怒りが抑えられない。「ばかあっ!」
大声に、両方の家族が飛び出してくるが、まあどちらもいつものことだ、という感じだ。
「教えちゃダメだろ」という、ダンカの元気なほうの兄がダンカを怒鳴る声が聞こえてきた。
それから数日、なんだかんだ言ってケエラはもらった靴を履いている。それまでの靴が、過酷な農作業で壊れかけ、足が冷たかったからだ。サイズは少し大きいぐらいだった。
そんなある日、明日は休日だと浮かれて学校にいつもどおり行くと、一時間目だけ普通に授業をして、突然「さて、今から行軍演習に入る。ご家族にも連絡は行っているな」ときた。
〈ロトの民〉の子供たちの悲鳴が上がる。〈ロトの子孫〉は、もちろんザハンからの人々にはまったくわけがわからない。
「さあ集合、行進隊形。物資を受け取りなさい」
と言われて気がついてみると、校庭に竜馬に車を引かせた大人たちがたくさんいて、ものすごい量の物資を積み上げていた。
それこそ、ムーンブルクでの穴掘りのときのように。
十人ずつ集まる。そして、一人一人分厚い毛糸のコートを着せられ、二十キロはあるリュックを背負わされる。
「湯冷ましを飲んでしまった者はここで補充!」
「塩をちゃんと受け取りなさい」と、両手いっぱいの塩を竹筒に詰めて渡される。
「さあ、みんなでルーラでついてきなさい」という号令にあわせてケエラは呪文を唱え……
着いたのは、一面の雪と急な岩山だった。子供たちの悲鳴が上がる。
はるか遠くまで登る、細い道が刻まれている。
「さあ、全員行軍開始!はぐれないように、十人の班で助け合いなさい」
号令とホイッスルの音にあわせて歩き出すが、荷物も重いし道も急、しかも風が信じられないほど冷たい。
「ねえ、どれだけ歩くの」と、ケエラがチームメイトになった子に聞くが、わかっていないようだ。
「終わりなんてねえよ。短くて丸一昼夜、一昨年は三日半歩かされたんだ」と、〈ロトの民〉の子が虚ろに笑っている。
言葉どおり、日が沈んでも歩きは止まらない。休憩は一切なく、背の荷物に詰められた乾パン・揚げ芋・塊になった黒砂糖・チーズ・脂身の塩漬け、そして塩と水を歩きながら口にするだけだ。
崩れ倒れる子がいれば、その場に荷物から布や柱を出してテントがわりにする。だが、息を吹き返す間もなく大人が竜馬で乗りつけ、怒鳴りつけて歩かせる。逆に、死ぬことだけはないようにしっかり見守っている。
月明かりに照らされた岩山、道はどんどん険しくなり、岩を鎖にすがってよじ登るようなところも多い。
トイレも道の下を選び、岩の間にテントを張ってやるだけだ。
「このために、靴を」ケエラがダンカに話しかける。
「しゃべる息も惜しいだろ」と、ダンカ。
「なんでこんなことが」泣いている〈ロトの子孫〉の子に、〈ロトの民〉の子が嘲笑混じりに、
「〈ロトの民〉の子は毎年やってるよ。去年はいろいろ忙しかったからやらなかったけどな」
「〈ロトの子孫〉も、竜王が出るまでは毎年やってたんだ。竜王が暴れている間は、行き来できなかったからな」ダンカの言葉に、ケエラは黙って血が出ている足を腹に巻いている布の一部を裂いて巻き直した。
「靴が大きめで助かったわ。こんなことなんでもない。わたしたち〈ロトの子孫〉は、竜王が暴れていた何年もの間、戦ってたのよ」
目を厳しく輝かせ、先頭に立って歩き始める。もう、痛みも疲労も寒さも、何もないかのように。
「戦いなら、〈ロトの民〉だってベラヌールで」ダンカが言うが、
「家族の死を知らされた人が、何人いる?三回家を追われ、焼け落ちるのを振り返りながら逃げた。こんなの、遊びよ。ジジ先生の特訓に比べても、なんでもないわよ」
ケエラはそういうと、高くそびえるような崖の割れ目を、歯を食いしばり手からも血を流しながら登り始める。
その言葉に、〈ロトの子孫〉たちは大声で「そうだ!」と絶叫し、疲れきった身体で起き上がり、荷物をまとめた。
「死にやしないんだ」
「なんでもねえよ、こんなの。母さんが死んだリムルダール北に比べたら」
「ドムドーラから南に逃げたときは……」
全く違う表情で岩を登り、道を見つけて前進する〈ロトの子孫〉。
ダンカも、他の〈ロトの民〉も一瞬圧倒され、「負けるか」と叫びながら追った。
準備していた〈ロトの民〉の子以外の靴はどんどん悪くなり、壊れたのを布を使って補修しながら歩いている。歩けない靴を履いてきたのは常在戦場を忘れたから、というわけだ。だが頑丈な靴でも、丸一日歩けば足は血を流し、凍りつく寒さに痛みすら感じない。
丸二日間、過酷なロンダルキアの山道を、火は一切禁止のハード・ルーティン。
なぜ歩いているかも忘れる。次の一歩、雪をラッセルし、崩れ落ちては支えあい次の一歩、それが世界の全て。心が壊れ、泣き叫び、錯乱する子もいる。自分の弱さと強さを直視させられる。
常在戦場を忘れぬため、平時のロト一族は厳しく子を、そして己も鍛える。
大人たちも時々、国民皆兵国の予備役訓練のように呼び出され、厳しい訓練を受けることがある。
全員、体力に優れている子も劣る子も、それぞれの限界を通り越すまで歩き続けた。そして全員男女に分けてゆっくり入浴し、手足の治療を受けて熟睡した。
雪が少ない地域で、毎日の行動は楽だし、枯れてはいるが草も結構ある。
雨も少ないので、測量や開拓が思ったよりはかどっている。
二日に一度ほど、家畜たちを入れているテントを移動させる。雪がひどい極寒地だったら、しっかりした建物ができるまでは、家畜は冬季は元鬼ヶ島に運ぶつもりでいた。
春が迫るにつれてケエラは、自分の牝馬の膨らむ腹、竜の子のほうが気になっていた。
口では「竜の子なんて」といっては差別を嫌う〈ロトの民〉に叱られているが、遠くから枯れ葛を刈って来ては牝馬に与えている。
テントを移すそばから家畜糞が発酵し、熱い湯気を上げている。それが冷めた頃に藁に包んで煮た大豆を入れれば納豆ができる。
春を前に、去年の収穫で新しく手に入れたのは馬二頭に引かせる犂。先端を交換すれば芋の収穫や除草もできる。
それに、馬も人も引くことができる、大きな木製の車。
毛糸を加工するための紡ぎ具や織機は、むしろ毛糸をそのまま大灯台の島にでも運んだほうがいい、と買わなかった。
春、まだ寒いうちから農作業は始まる。
去年はすべてが新開拓地だったので考える必要なかったが、今年からは輪作をしなければならない。
同じ作物を続けて植えると収穫が減り、土が死ぬ。
冬に新しく開墾した土地にはまずトウモロコシとアブラナ・カブ・キャベツを大量に植えた。
去年開墾していろいろ育ててしまった土地は、ヒマワリとアマランサス、タマネギ・ニンジンなどをまいた。
作物を科で分け、連作を避けることも優れた教育があるからこそだ。
イネ科。トウモロコシ・小麦・稲・大麦・ライ麦・コーリャン・アワ・ヒエなど大半の穀物を含む。サトウキビや多くの牧草も。比較的連作障害は少ない。
マメ科。大豆・小豆・インゲンマメ・ピーナッツ・ソラマメ・リョクトウ・ヒヨコマメ・レンズマメ、アルファルファ・レンゲ、またクズ・ニセアカシア・アカシア・イナゴマメなど、豆だけでなく緑肥・飼料・木やつるも含め実に多様だ。根粒菌との共生で高い空中窒素固定能力があり、窒素肥料を土に供給するが、連作障害もつきものだ。
ナス科。ナス・トマトなど重要な野菜もあるが、重要なのはジャガイモだ。桁外れの収量があるが、だからこそあっというまに土地がやせ、ひどい連作障害が起きる。
アブラナ科。キャベツ・カブ・ルタバガ・ケールなど飼料としても重要な野菜が多くある。セイヨウアブラナも重要だ。連作障害が激しい。
ウリ科もキュウリなど多様な野菜を含み、特にカボチャは主食にすらなる。
サツマイモはヒルガオ科。ソバはタデ科。サトイモはサトイモ科。アマランサスはヒユ科。キャッサバはトウダイグサ科。
ビーツ・ホウレンソウはアカザ科、ヒマワリはキク科。
ワタはアオイ科、アサはアサ科、亜麻はアマ科、苧麻はイラクサ科。
原則として、同じ科の作物は続けて栽培しない。特にマメ科とアブラナ科は三年ほどは間をおく。
ロト一族はランドカバーなしで土を放置することはないので、作物を収穫した後すぐに別の作物や牧草でもまきつける。
特に冬小麦が絡むと、輪作はきわめて複雑になる。
また、連作障害が少ない水田も五年をめどに畑に転換し、肥えた土で作物を集中的に育てる。
気候に応じて稲や田イモの収穫後、麦やゲンゲの二毛作もするし、また水田に水を張った直後からアゾラで大気の窒素を固定し、飼料および緑肥にする。気候によっては二毛作ではなく、冬も水をためることで土の質をよくする。
地勢によっては、水田を深い畝の畑のように掘り、掘った土を畝の上に乗せて、畝の間に水を溜める。翌年は水と畑を入れ替える。木綿のように水も肥料も膨大に必要な作物と稲を、乏しい水でも同時に育てることができる。
救荒食物も常に、四分の一から三分の一の面積を費やし育てている。多少の金より飢える者を出さないことを優先する。
ナッツ・果樹・桑、田を囲むハンノキなども先を見越して植えられている。
これらは瓜生が出した故郷の作物だが、この〈下の世界〉の作物も分類されている。特に田で育つ豆や竹綿、変種の葛は瓜生の世界にない、きわめて重要な作物だ。
高い読み書きソロバンの能力がなければ、到底不可能なことだ。
だから、古代では少数の貴族が膨大な奴隷を使う形になるのだ……ほとんどの人が文字を読めない、だから文字を読めるほんの少数の人が、巨大な権力を得られる。
作物だけでなく、春は家畜の世話も忙しくなる。
二十頭の竜馬……一頭だけが種牡馬、六頭が去勢牡……から、十二頭の仔馬が無事に産まれた。そのうちの四頭は竜が父親で、一頭が産まれてすぐ死んだ。
ケエラが大切にしていた竜を父親に持つ仔馬も、気がついたら母親の乳を吸っていた。
他の家畜……セロ、ベルベ、ゼド、ラツカ、ミラジ、バロ、ブホ。次々と仔を産み、最低限必要な世話だけでもてんやわんや。無論、キーモア・ペッカー、ガベーメも放っておいていいわけではない。
そして仔を産むと、これまた大量にえさが必要になる。それぞれ違うえさを。
桜が咲き、草が生え始めているとはいえ、まだまだ乏しい。幸い広い荒野がそのまま干草で覆われているようなものだが。
セロと竜馬は図体がでかい分大食いで、食べてからじっくりと反芻している。それだけ糞も多い。干草が尽きてきて、車を馬にひかせて少し離れた荒れ地の枯れ草を取ってきた。そんな作業をさせるときには穀物や豆を与えなければならず、それもまた備蓄が乏しくなっていく。セロの背のこぶがやせ、乳が減っていくのは見るに忍びない。
ラツカは葛原や山岳を好み、つるの下を潜ったり、つるマットの上を身軽に飛び跳ねたりする。頑丈な平爪がある前脚でつるをつかむこともする。枯れたつるでも旺盛に食べる。
ミラジは成長が早く、人間の体重ぐらい重くなる。おとなしいが、長い角でいつも地面を掘り返して草の根も食う。ブホの鼻面を覆う角とともに、広い荒野をあっというまに掘り返す。
バロは頑固で人を乗せないが、信じられないほど重い荷を運んでくれるし、きつい山道でも平気だ。木の皮や笹を食べるので、大助かりだ。
バギで木の葉を叩き落し、ベルベやガベーメに与える。常緑樹もたくさん生えており、葉を得るのは簡単だが運ぶのが大変だ。ペッカーやバロも、木の葉でも樹皮でも草でも何でも食う。
バロやベルベの乳が、冬の後半から春には大いに役立った。
ラツカとゼド、今年から五頭与えられたミラジ、三頭与えられたバロも毛刈りが始まった。
それぞれ大きさが違う。毛の質も違う。柴犬サイズのラツカ、セントバーナード大のゼドやミラジ、小型馬の大きさがあるバロ。
ケエラは「傷つけるなよ」と何度も脅され、おっかなびっくりでハサミを使っている。だが彼女の不器用さでは、どうしても……だが、彼女はかなり魔法を使えるので、傷を癒したり扱いやすいよう眠らせたりと活躍もできる。
たっぷりと得られる毛は、自分たちで紡ぎ織るのは無理なので大灯台の島までルーラで運び、毛製品と交換する。
大灯台の島では、風車を用いて紡ぐ・織る・縫うをかなり機械化している。
乳が減ると、淡水魚が重要な蛋白源になる。
足のようになったヒレで地面を少し這ってまで草を食う、大きいカツオぐらいある魚がとてもうまい。草を放りこんでおけばどんどん増えて太るようなので、これからは時々沼地のアシなどを切ってやるか、と話し合っているし、新聞にも載る。
また、広い池があるあちこちの開拓地でヒポタムも飼われはじめた。
すぐ出てくるオオナメクジは、人が食うには毒があると判明したが、斧で切り刻んでゼドやブホ、キーモアにやればいいエサになるとわかった。また、ワラビ・スギナなど、家畜は絶対に食べないシダ植物やトリカブトなどの毒草を食べてくれるので、半ば家畜のように扱えるとも情報が伝わっていく。
冬小麦の穂が出て、刈り取りが近づく。
広い苗代で、丁寧に選別された稲が芽を吹き、育ちつつある。他にも大量の、多くの種類の野菜の苗が育っている。
咲き誇るレンゲと森の木々の葉が、馬に引かれる犂で泥に混ぜられ、田植えの準備が近づく。
山は新緑の淡い緑がまぶしいほどだ。
多人数の開拓民が働いている間、アロンドたちも多忙だった。
瓜生の世界の、またムーンブルクやアレフガルドの法学を参考にしつつ、あくまで〈ロトの掟〉を中心にした法制度を検討し制定する。
あちこちから持ちこまれる裁判。
多人数と膨大な近代器材を使う測量、天文・気象観測。そのデータを実際に使える地図やカレンダーにする膨大な計算。
病院、学校、農業・家畜・天文・測量・工業・魔法など他分野にわたる研究。
天才的な子を見出し、全寮制の衣食住から小遣いまで全額支給で教育する。
不公平にならぬよう人手を集め、十分支払って土木工事その他。
わずか一年でかなり大規模な、そして水車の動力で排煙を徹底的に脱硫し、水銀まで回収するコークス炉、かなり大型の高炉も整備され、膨大な鉄が産出され、次々に鋼の農具になっていく。
この禁断大陸はまさに地下資源の宝庫で、ローレシア王都の真北には超巨大鉱山がいくつもある。
瓜生は世界各地の王侯貴族の患者たちも治療し続け、助手に教えている。学校で授業をし、膨大な資材を出し続ける。そして、魔の島の地下で半ば眠る竜神王子を監視する。
ローラ王妃も貫禄が出てきて、客船から仮王宮としている大型テントで、遊牧民のような暮らしにもめげず二人の息子を育て、アロンドを支えている。
世界各地から訪れる商人や大使は、ローレシア近くの海に停泊している巨大豪華客船でゆっくりと饗応する。
最後の試練では巨大キッチンを一手に指揮し千人の王侯貴族の舌を満足させたレグラント、清掃や接客組織を見事まとめたロムルの元アロンドの孤児仲間夫婦は行政上の仕事が多く、客船の仕事は部下に受け継がせつつある。
瓜生の物資に頼らずこの世界の産物を用いて素晴らしい料理を作り、巨大すぎる客船を清掃している。今も、閉まっているか中身を替えている店は多く、質は微妙に変わっているがサービスの水準は高く、諸国の貴族や豪商も好んで新国に通う。
激しい労働と学校での運動があり、子供たちの食べる量は凄まじい。
10歳の子でも、米・麦・トウモロコシ・ヒエ・ソバなどを合計八合は軽く平らげる。
麦飯もよく食べ、アワやヒエを混ぜることも多い。ジャガイモやサツマイモ、田で育てたサトイモも季節によるが主食にする。
トウモロコシは秋のシーズン以外はトルティーヤにして食べるし、粉をパンに混ぜることもある。ヨーグルトを入れたパン、乳で練ったホットケーキなどもよく食べる。ライ麦パンもある。
副食で多いのは卵、納豆、油味噌、豆・魚・芋の煮物、季節にもよるが馬乳酒・ヨーグルト・チーズ、アカアリの幼虫や卵など。
卵はキーモア・ペッカー・ガベーメがたくさん産む。ペッカーやガベーメは針葉樹やヒイラギなどの葉も食べるので、冬でも卵を得られる。
アカアリの、ソーセージサイズの幼虫やウズラ卵大の卵は濃厚な甘味があり、タンパク質や脂肪も豊富だ。周囲に森でも草原でもあり、巣穴を埋めておけば葉を収穫してキノコを育て勝手に増える。佃煮にすればかなり保存できる。
肉は三日に一度ぐらいしか食べないが、毎朝レバーソーセージとビタミンCは欠かさない。
大きい缶に入ったコンビーフも時々食べるし、その材料の肉も出荷する。
もちろん、さまざまな乳を沸かして、水同様に飲んでいる。
春になれば野山は山菜野草にあふれ、食べられる草や木の芽がまた山のように食卓にのぼる。
特に、悲惨ともいえるのがタケノコ責めだ。どこの開拓地でも大量に得られるタケノコを皆が飽きるを通り越して食べる。
そして昼も、保存できるように焼いた芋や種無しパンなど、文明社会の大人なら三食満足できるほど持たせて、さらに給食まで食べる。
瓜生が一度検討したら、子供たちみんな一日4000カロリーは軽く摂っている。
「これがあたりまえになって、機械化で運動量が低下したら肥満地獄だ」と、瓜生は今から頭を抱えている。
少なくとも、ザハンから大陸に通って耕していた人たちは、毎日そうして腹いっぱい食えるというだけで王道楽土だと思っているようだ。
田植えが迫り、苗代で稲の苗が育っている。
冬小麦などの刈り入れももうすぐだ。
広い畑を、馬が犂を引いて耕し、その後から種がまかれ、苗が植えられる。
去年植えた柳などの生垣が急速に伸び、その枝を編み合わせるだけで家畜囲いになる。ペッカーが柳の若木をほぼ丸ごと食べてしまうのには閉口するが。
カエルの泣き声と、瓜生に貰ってから毎晩のようにディウバラが弾いているバイオリンの音が響き合って、耳障りではあるが日増しに上達しているのはわかる。
「うるさいのよ」
「音楽があるなんて贅沢だろ、おまえも弾きたいのか、ケエラ?」とまたケエラとダンカがケンカしている。
地図の精度も日増しに上がっていく。あちこちから持ち寄られるデータを、学生たちが実習がてら分析している。
あちこちでボーリングも行われ、その豊富な地下資源の一端が見えてくる。
地図ができてきて、ゴッサを中心とした数千人が、大陸の中央やや北方に別の拠点を作りはじめた。
山脈の外れで、広い平原と森の境界。二本の川と豊富な湧き水があり、近くには巨大な炭鉱がある。やや西には大規模な鉄鉱石も発見された。北方には大規模な岩塩と石膏の鉱脈。
景色もよく、交通の便もいい、とてもいい都になりうる。
その身長より高い、どこまでも続く草原は遊牧民にとって最高に魅力的だった。
遊牧民のライフスタイルは、家畜とゲルさえ空輸すればそのまま暮らし始めることができるので楽だ。
また、多数の技師が鉱山を調べ、将来の工場も考えている。
最近急速に普及しているのが、堆肥置き場にテントをかぶせ、その悪臭のする空気を温度差で集めて、火を絶やさない中型ストーブに吸わせて燃やす悪臭除去装置だ。
毎日少しだけ薪を使うが、それで悪臭を燃やせば排煙は高温の二次燃焼できれいに浄化され、そしてある程度の量の湯を常に沸かし続けているので水仕事も楽だし、常に浄化された湯冷ましを飲むことができる。常にメタンガスなど可燃ガスが混じっているから少し燃料を節約できる。
風呂の保温もするし、冬季には煙突をオンドルに切り替えれば一部屋足元から暖めることができる。
特に皮革工場や発酵施設など、強烈な悪臭が出るところではその設備は必須だ。
そのような発明は、大抵は発明者に報いがないことを瓜生はよく知っていた。それどころか、発明そのものを罪とし処刑する地域のほうが多かったことも。
昔からロト一族の間であった制度を応用し、瓜生の無制限の資金を持つアロンドたち王室は、こうした。
発明は登録され、実用化しようとする者には王室が資金の二割を、有限責任の株として与える。
成功すれば一割が発明者、一割が王室。失敗すれば王室が二割丸損だけ。
それでも、今のところは王室は得をするほうが多い。
アロンドとローラの夫婦が久々にラダトームを訪れる。
もちろん、たくさん土産を持ち、キャスレアが貴族たちと旧交を温める。彼女の下でリレムとレグラントが、何人かの貴族に引き合わされた。
リレムは両親と数年ぶりに再会しそうになったが、両親のほうが避けた。家族を裏切り、そして新しい国で奇妙に重視されている彼女を、どう扱っていいかわからないらしい。
慰めようとするローラに、リレムはにっこりと微笑みかけた。
「あのときに、もう覚悟はしていました。いつか、わたしに利用価値ができたら、また話しかけてくるかもしれませんよ」
ローラは、ただ彼女を抱きしめるだけだった。
麦刈り、代掻きと田植え。去年は大変だったが、今年は馬に引かせる農具ができていたのでかなり楽だった。
設計は公開されているし、大工道具も手に入れたので木材から作れる。乾燥木材ではないので、一年か二年しか使えないが、そのために乾燥させている木材はある。
その作り方は学校でも必修で、子供たちも手伝った。ケエラは相変わらずの不器用さで失敗ばかり、結局魔法で貢献するだけだった。
生垣にしている柳なども急速に伸び、それにカボチャやニガウリが太いつるを巻きつけ、その葉の緑が日々濃くなる。
ラツカやキーモアは年中小さい子を連れているし、竜馬やセロ、ミラジやバロの仔も急速に大きくなっていく。
だが、明らかに竜の血を引く子馬は、大きくなり方が妙に遅い。
草が伸びると蚊も出てくる。ロト一族は伝染病との闘いに熱心なので、少しの蚊でも大騒ぎする。
水たまりを埋めたり、小さな池があれば川につなげて魚が出入りできるようにしたり、竹林ならクモやカマキリを放したり、リザードフライの巣箱を作ったりする。
いろいろな作物を、馬で走りながら広い畑にまく。
忙しい中麦を乾燥させ、パンを焼いてちょっとした祭りにしたりして食べることだけでも楽しむ。ビールを作る時間はとてもないが。
大陸だけでなく、アレフガルド大陸に隠れ住む〈ロトの子孫〉や、大灯台の島や元鬼ヶ島の〈ロトの民〉も多忙だった。
馬を使う機械化が進んでいたので、農業の働き手がかなり取られてもそれほど困らない。だが、最上流の鉄鉱石・石炭・木炭から、製鉄、その鉄で斧や犂を作る……と、あらゆる産業の需要が爆発的に増え、皆が忙しい。
瓜生がまた多くの機械や教科書を持ち込み、学習用に工場も建ててそれも使うことがあるので、工業技術自体も急速に進歩している。
特に増えている産業が、木や野菜の苗を育てること。大陸の開拓者たちはあちこちに木を植える。
アレフガルドでも製鉄のために木を切れば、十本植えるのがロトの掟、というわけで十本苗木が必要になる。そこらの木の枝や実でもいいが、果樹などのちゃんとした苗を植えるほうが、後々自分たちが得をする。
果樹と言えば、開拓地や客船のレストランなどでは、果物の需要も大きい。一年ではできないのだ。
真夏、雑草が生えだしてはペッカーがついばんでいく。
アゾラが浮き広がり、空中の窒素を固定していた水田に、急速に稲が伸びていく。
霧に備えての避難訓練がしょっちゅうある。
野菜がどんどん収穫され、客船にルーラで運べば買い取ってくれるし、自分たちでも食べる。
新鮮なトマトやキュウリを生でかじるにまさる美味はなく、親戚から送られる味噌をつければうまさは倍増しとなる。
酢も自分たちで醸造する。開拓民はまだできていないが、実家などから手に入れてドレッシングやマヨネーズを自作する。
野山の草もさかんに伸び、家畜たちは毎日満腹し、太っていく。だが湿度と暑さは不潔による皮膚病や寄生虫の原因でもあり、ダンカは遊び時間も削って家畜たちの身体を手入れし続けている。
暑いときには泳ぐこともあるし、ヒャド系呪文を使える魔法使いは子供でもちやほやされる。
測量の結果、ローレシアの真北の半島に洞窟が見つかった。そこに近い北のお告げ所から、そこは神聖な場だと告げられる。
その洞窟にある泉には、ラダトーム城にある聖なる石に似た場があり体力を回復できる。
だが、北のお告げ所からもそこは神聖なので開発するなと言われ、予言者たちの修道院のような場とした。
そこは勇者の洞窟と呼ばれるようになる。
地底湖を越えた奥には何かあるようだが、アロンドは入ることを禁じられた。
予言者たちは、「その時が来れば」と言うのみだった。