寒くなってきて森は紅葉し、イチョウなどは大量の落ち葉を落とす。
それは集めて堆肥にしたり、ベルベやガベーメに大量に食わせたりする。
銀杏の臭いに大騒ぎしては、埋めて種を得て食べるのも子供たちの常だ。
他にもさまざまな木々がたくさんの葉を落とし、冬を前にした畑は広くライ麦などがまかれている。
暖かい元鬼ヶ島で作られたケールなどの苗が大量に植えられている。
収穫などが一段落して、どこの開拓農村もたくさんの穀物や飼料を貯蔵している。
また、長期保存が難しい芋などは、できれば船で、なければ大きな箱に入れて担いでルーラで、ローレシアの工場に運んでデンプンにする。蒸留器を買ったところは発酵させて蒸留酒にしている。
二年で開拓した土地の収穫は、二十人から四十人の頭数と、それに家畜たちの一年分の食料の三倍から多いところでは十倍にはなる。
あちこちでその調子では、売るにも値下がりがひどくなる。
ロト一族は常に大量の食料を貯蔵するので、特に竜王戦役で備蓄を使い切った〈ロトの子孫〉には多少は売れる。
常に金になるのは、砂糖になるビーツやサトウキビ、苧麻・亜麻・麻薬成分のない大麻・ジュート・木綿・竹綿など繊維、アブラナ・ヒマワリ・エゴマ・アブラマツなど油、リンゴ・ブドウなど酒、アイ・ベニバナ・ウコンなど染料や薬になる作物。
ピーナッツは油としても、普通に食べ物としても、家畜飼料としても価値があり、かなり金になる。
家畜そのものも換金価値が高いし、毛・乳・卵も金になる。
桑からカイコを育て、絹を得るのは大変だが、その換金価値は圧倒的だ。蜂蜜や蜜蝋も金になる。
麻や木綿、竹綿、毛糸、皮革を服にまでするのは、昔の農村では多くの処理を自分たちでやるものだった。
実習としては子供たちもやり方を習う。
だが実際には、大半は大灯台の島などで、風車や水車、補助として馬を動力として機械を用いて加工している。もちろん、瓜生の与えた本から産業革命時代のジェニー・アークライト・ミュール紡績機・飛び杼力織機を何十年もかけて再現し、改良して。
これは〈ロトの民〉にとってかなり決定的なことだ。そうしているからこそ、子を教育できる。
農村で、繊維加工を自給自足でやれば膨大な時間をとられ、教育は不可能だ。宿題どころか、子供の労働力としての必要性が大きすぎて、学校に行かせることもできない。
アレフガルドの再開墾で、子供たちはそのことは思い知っている。宿題のほうがずっとましだ。
手の感覚がなくなる冷水に漬けた亜麻から、一本一本皮を剥いで、さらに裏の強靭な繊維だけをとっていく。それを糸にする……手先を非常に細かく使う、時々怪我をする作業を、何時間も集中し続ける。しかも強烈な悪臭もおまけだ。
織るのも、先進的な織り機があるとしても手間と時間がかかる、とんでもなく大変な作業だ。
工場で、動力でそれができてしまうことで、どれほど子供たちが遊び学ぶ時間を作れているか。
そのおかげで生じる余剰労働力も、アロンドたちは無駄にしない。測量や研究、工業基盤を築くのにも使うし、土木にも使う。
洪水防止・農業や工業や上水道の水を得るため・水力利用でダムはどうしても必要だ。鉱山の鉱毒貯めダムも必要だ。
だが、瓜生の故郷での弊害を知っている。
基本的には、流れをせき止める通常のダムではなく、主にトンネルを瓜生とジジの円筒距離制限メドローアで掘り、山を越えたところに分流してダムにしている。
川全体でもダムを作れる地勢は限られるが、山を越えて分流してそこをダムとすれば地形の制約がほとんどない。
そして本流は自然流なので、環境問題もおきにくい。
洪水防止のために本流をせき止める場合には、例外なく魚道と、土砂放流用のフラッシング……ダムの下側に水門を作るやり方をする。
ダムの必要性が薄い時期に水位を下げて下の水門を空け、土砂を自然な流れで流してしまうわけだ。
冬至が迫り、子供たちはいつ何日も不眠不休で歩かせられるか、と毎日靴を吟味しつつ、減った農作業の合間に集団で遊びまわっている。
時々、本番ほどではないが丸半日歩かせられることはあるので、歩ける靴をはいていて損はない。
冬至まであと十日ほどのある日。
妙に暖かい日で、そこらに見られる氷も解けかかっていた。
今日の学校はちょっと遠いが、大陸中央部にゴッサたちが作っている別の拠点に行き、朝は集団での乗馬、それから地図の計算や開墾の手伝いをして、そして放課後はそのまま夜中まで重い荷物を背負って歩くことになった。
その荷物も、炭鉱に必要な資材ばかりだったので、文句も言えない。
たまたま、グループとしてやや先輩のラファエラ・ヘエル・トシシュ・リレムが集まり、ジニ・ケエラ・ダンカ・ディウバラもそのグループに加わることになった。
開拓地の三人以外はかなり有名なエリートで、顔を合わせることも多い。ケエラとダンカも一応特待生ではある。
「みんなそろうのは久しぶりね」と、ラファエラ。
全員それぞれ重い荷物を背負い、息を切らせつつも、再会の喜びが大きい。
ラファエラは背も伸びスタイルもさらに美しくなり、勇者ロトことミカエラの写真に似てきている。
「ジニ、この子たちも紹介してくれます?」とリレムがケエラたちを見る。「ごめんなさいね、あちこち飛びまわっていて」
リレムは、年齢を推し量ることができない。美しくも思えるし平凡にも見える。今は素の、高一ぐらいの女の子に見えるが、彼女を知る仲間はそれすら演技と疑ってしまう。
「北緯42度12分、ザハン基準西経17……」ジニが言うのを、リレムが「人間にわかる言葉にして」とぴしゃり。
「ケエラはアレフガルドで一緒だったこともあるの」とラファエラが、重い太針金の輪に肩を通しているケエラに、姉のように抱きつく。
「やめてよっ」ケエラがもがく。
「ダンカは〈ロトの民〉。ローレシアの東北東の村で開拓をしているのよね。えと……」ラファエラが、面識のないディウバラに首をひねる。
ディウバラはラファエラの美しさに圧倒され、声も出ない。
「ディウバラです。ザハンからの」というダンカに、にこっとあでやかな笑みを向ける。
抱きつかれているケエラには見えないが、ダンカの表情で察して、ラファエラの足を踏んだ。
「あっれー?足が滑ったのかな?」と、ラファエラは抱きしめる手を強めながら、呪文を編み始めた。仲のいい姉妹ケンカにも見えるが、ラファエラは魔法使い系を極めたし、ケエラもベギラマに手が届く。
「あーれー、女の子がー」とトシシュが間延びした声で言う。
急に背が伸びていて、アダンに似てきている。一見するとでくの坊のバカにしか見えない。
それにケエラとラファエラも、なんとなく笑ってお互いを離してしまった。
「ガライせんせーの授業で、会ったーね。とーんでもない天才だって」トシシュが真顔でディウバラを見つめる。
「そ、んな、へたくそ、うーっ」ディウバラが舌をもつれさせ、重い荷物と急な坂道によろけるのを、最年長のヘエルが大笑いしながら手を貸した。
「こいつの言葉は全部嘘だから。おれはヘエル」と、あまり背が伸びていないヘエルが、トシシュを親指でさす。「こいつが製鉄所の治安や不正の大半はチェックしてる」
「うた、すごい」とディウバラがまだ覚えかけの日本語で言う。
「棒に、二本線」と、トシシュがダンカの、首に下げた棒を見る。
「ムツキ先生の教室か。この年で二段はすごいな」と、ヘエル。なんとなく、男子どうし強さを比べようとするが、二人共ばかでかい鉄の塊を背負っていて身構えようとしただけでよろめく。
「トシシュは今、ローレシアで工場の保安の手伝いと、ガライのところで歌の訓練をしているはずよ。ヘエルはサラカエル医長の下で、医師資格試験中ね」と、リレムがケエラに。
「医学のための技術開発もやっている。圧力鍋による滅菌は医学に必要」と、ジニ。
「リレムさまは、いま何をしているのですか?」とケエラがおそるおそる聞く。
「な・い・しょ」と、とても可愛らしい声でリレムが答える。
「もう、自分でもわからないんじゃない?ガライ一族と舞台演出してたり、ジジ先生と新聞作って、ハーゴンと何かやってたり、デルコンダルで女官やってたり、ローラ王妃さまの女官やってたり」
ラファエラが呆れたように言う。
リレムは妖艶な微笑みをダンカに向けた。
そうしている少年少女たちも、小さい子でも20kg、大きい子は50kg、怪力の子は150kgを越える大荷物を背負い、汗だくで山道を登っているのだ。顔だけ笑っているだけだ。
「水と塩の補給はちゃんとしなさい」ラファエラに言われ、小さい子たちも腹に何本も抱える竹筒から塩を入れた湯冷ましを飲む。
山道はどんどんきつくなる。
時々森が切れると、紅葉も散り針葉樹の緑しか残らない斜面に、白い筋のように滝が見える。
「あたしたちがこんな大変な思いするの、意味あるのかな」ケエラが息を切らせ、つぶやいた。
「おい」とダンカがとがめようとするが、
「よせ、思ったことはちゃんと言って、考えよう」とヘエル。
「だって、強さじゃアロンドさま一人のほうが、ロト一族全部よりずっと強い。ものだって、ウリエル先生がいくらでも出せる。なんであたしたちが剣を振り、耕したり工場作ったりしなきゃいけないの」
ケエラの言葉に、全員背負っている荷物が急に重くなる。その通りなのだ。
「アロンド陛下もウリエル先生も、ずっといるわけじゃない。それに税金もとられず兵隊も出さない、働かずに食えていると、すぐ人は腐る。
ウリエルさまがいないとき、その心を受け継いで、自分たちで工夫し戦力を高めてきたから、その中から出たアロンド陛下が竜王に勝てた」
ヘエルの言葉に、リレムがふとラファエラとジニにささやきかける。
「ジジ先生が、ヘエルに習ったとおりの言葉を言わせているわ」
「また?」
「……責めても無駄よ。ジジ先生の魔法を学んだほうが、得よ。ケエラも、どれほど高度な魔法か、見なさい」
リレムの言葉に、魔法使いたちがじっと魔力の目を凝らす。
「これからも一人一人が工夫し、瓜生が出すものに頼らず自分で生産できるようになり、強くなれるよう努力することは、無駄じゃない」
ヘエルの、操られているとは思えない普通の態度と言葉の裏、ごく微妙な心のひだに隠れた魔力の痕跡を、丁寧に探っている。
「さてと、三人とも……荷物、軽くなったろ?」
と突然、耳に幻の声が聞こえたのには、女子たちはびっくりした。
「人のやり口を盗むのに集中してたら、体が辛いなんてどっか行っちゃうもんな。ジニ、あんたもよくそうやって、辛い時間を紛らわしてたろ?」
ジジの言葉にラファエラとリレムは、してやられたと苦笑している。ケエラはただ呆然としていた。
「私は数学を考えるのに集中していましたが」ジニは、平然と返した。
だが、そうして思い出してみると重さと急な山道に、あらためて体が潰される思いになる。
水と塩は補給しているし普段から鍛えていても、きついものはきつい。
だが、小さい子の前で大きい子は弱音を吐けないし、逆もまたそうだ。
「で、ケエラ、ダンカ、ディウバラ。どっちにするんだ?」
というヘエルの言葉に、小さい子三人がびくっとなる。
「どっち、って?」
「今度の冬至に、噂があるんだよ。ローレル王子たちと、サムサエル王子をゴッサ」
「ヘエル」と、ラファエラが厳しく咎め、ヘエルは口をつぐんだ。
「ケエラ、あなたは魔法使いとしてラファエラ、ジニの魔法学校に参加している。芸能活動もしている。
ダンカ、あなたは獣医になれと誘われ、ゴッサさまにも注目されている。ゴッサさまの精鋭の一人、ムツキ先生の直弟子でもある。
ディウバラ、あなたは音楽をガライ一族に習っているわね」
リレムが冷徹な口調で並べる。
三人とも、呆然として一瞬荷の重さも忘れた。
「さ、行きましょう。日がくれたら動けなくなるわ」とラファエラが、リレムを止めて足を速める。
「貴重品の荷物を痛めてはならない」ジニがついていった。
激しい疲労と、一歩ごとに背に食いこむ重みと痛みに、今衝撃になったことを考える余裕はなかった。
暗くなる前に尾根を越えると、山間を切り裂く大きな川が木々のあいだに見える。
深い山の斜面に、かなりの規模の建物がいくつかある。
「ここからの山塊は、ウリエル先生の故郷のメサビ以上の超巨大鉄鉱山だ。水路でつながる近くに巨大炭田もある」とヘエル。
「何万人も、奴隷を連れてきて、死ぬまで働かせるんだよ」とトシシュが脅す。
「ロト一族以外ならそうするでしょうけど、わたしたちはそんなことしないわ」とラファエラがトシシュを軽く叩く。
「おーい、ここだここだ」と大人たちが呼び、明かりを振る。
それに導かれ、やっと荷物を下ろす。
「よくちゃんと仕事してくれたな」
「えらいぞ、まず飲みな」
ぬるい湯冷ましと塩、それから熱い甘酒をたっぷりとふるまわれ、つかれきった体を休める。
真正面から褒められ、ちやほやされて、照れくさいやら嬉しいやら。
「おう、機械が届いたか」
「従来より精度を上げた旋盤と、フイゴの部品。分光器とパッキン用ゴム」とジニが重い荷物を検品する。
「これがあれば、こちらの鍛冶がよりいい工具を作り、それでより深く掘り、楽に働ける工場が作れますよ」ヘエルがジニを助け、付け加える。
「私はしばらくこちらに留まる」とジニが言うのに、技師たちが歓声をあげる。
「いや嬉しいよ、美少女がいてくれるのは大歓迎だ」
「どんどん新しい機械を作ってくれ!」
「みんなで工夫しよう」
「ローレシア北方の鉄鉱山や、リムルダール南の銅鉱山、メルキド西の炭鉱の経験も、もっと教えてくれ。俺たちがここを調べ始めてから一年のあいだにも、すごい進歩はあるんだろ」
「少し資料も持ってきた。ローレシアにルーラで往復するといい」と、ジニは重い帳面も取り出し、鉱山の男女は争って回覧する。
「おう、重い物を持ってきてもらってご苦労さんだったな。ここからちょっと歩いたところにいい温泉もあるんだ、入るか?」
「バカヤロウ、ちょっとって丸半日だろうが。コークス乾留工場が風呂場を併設してるから、入っていきな」
「それからごちそう用意しとくよ」
そう聞いて、肉とケーキが焼けるにおいに気がつき、子供たちの顔が輝く。
「ダンカくん、ほらこっちこっち」とラファエラがダンカの手を引っ張る。
「わたしもいっしょ~」とリレムもからかうのに加わる。
ジニはまったくの無表情だが、ラファエラに促されると当然のように女湯に向かう。
「な、なにいってるのよ!」ケエラが怒ってダンカを蹴りつけた。
「うらやましくなるだろ、男同士こっちこいや」と、ヘエルがダンカとディウバラを誘って浴場に出かけた。
トシシュが平然と女湯に向かおうとし、ラファエラの収束したベギラマがその足元を正確に焼く。
「女の裸が見たけりゃ、絵なら……」と、ヘエルがダンカに男の子の秘密の店を教えている。絵や文章でのポルノは禁じられていない。
建国以来、三度目の冬至祭りがきた。
あちこちで大きな鍋や、即席に石と泥で作ったオーブンからうまそうな香りが漂う。
去年よりも活発な商談と、求婚。ダンカとケエラの村からも、二人が婚約を結んだ。
去年と同じ、音楽と花火。
アロンド王とまた妊娠中のローラ王妃、かなり大きくなったローレル王子と幼いサムサエル王子が、国民のあいだを回る。
「今年一年、みなよく働いてくれた!おかげで今年の総収穫は、去年の四倍以上だ!」
アロンドの声に、誰もが絶叫して喜んだ。
そして全員で歌い踊り、それからあらためてアロンドが拡声器で叫ぶ。
「さあ、去年の約束だ。全員で投票して色々決めよう!
まず最初に私から。ローレシア王国はどんな制度にするか、承認するかどうかみんなで投票してくれ。
ロトの掟により、〈ロトの子孫〉は平時は、終身の有力者である長老・選挙で選ばれる議員・くじで選ばれた者が合議し、しばしば全員で集まって決めた。
〈ロトの民〉は、最初は全員で集まっていた。だが集まることが難しい人数になってから、選挙で選ばれる議会と、学校で最高の成績を取った人々と、多くの富を出せる人々が、均衡するようになった」
少し間をおく。
「選挙七・くじ三の議会。成績優秀者・功労者・有力者・公共事業に高額を寄付した者による終身の元老院。全員での投票。この三者の均衡を基礎とし、そしてロトの掟を変えられぬ礎としよう。承認するか否か!」
わあっ、と、圧倒的な承認の声が上がる。
次いで何人かの、ザハンの神官層が立ち上がり、叫んだ。
「アロンド王を、神々の一柱としてたたえ祀ろう!」
賛成の声と反対の怒号が交差する。叫びで収拾が着かなくなりそうになったとき、アロンドの絶叫が群衆を静めた。
そしてアロンドはその中の何人か、ランダムに指し示して演壇に登らせ、拡声器で主張させた。
「人を神とするのはロトの掟に反する、一人を崇拝してはならない!」
「だが、アロンド陛下とローレル王子の力は間違いなく、人を絶している。現実として神にほかならない」
「いや、〈ロトの子孫〉は、人を神にしたために家族を生贄にされたジパングの人々の子孫だ」
「王制も誤りではないか」
「いや、立憲王制ならよいとされている」
「それを言うなら、勇者そのものが終身ではならない。確かにいまは霧の脅威があるが、早くそれを打破して、勇者を辞すべきだ!」
色々な叫びが上がる。
「よく考えて、あとで投票しよう」とアロンド。彼自身は、神格化など冗談じゃない、と思っている。
次は、ザハンから耕していた人の老いた有力者だった。
「農奴制を許可してください。そうすれば、収穫の半分は陛下にさしあげます」
強い拒否と罵声が上がる。身の危険すら感じる発言者を、アロンドがかばった。
「人を、言葉で裁いてはならない」
さらに、〈ロトの子孫〉の長老に準じる男が壇上に上がり、一瞬ためらってからアロンドをにらみ、叫んだ。
「われわれは、ローレル王子が受け継ぐ国に住みたくはない。ローレル王子は、われらの兄弟姉妹を、父母を、子を殺した竜王の子でもあるではないか」
「医師らから聞いた。ウリエルどのが双子を帝王切開し、一方は人の姿のローレル、だが半ば人であるトカゲも取り出されたというではないか!」
「事実だ。二人とも、私の子でもあり竜王の子でもある!」とアロンドが叫ぶ。倒れそうなローラを支えながら。
「アロンドに匹敵する勇者であり、指導者であるゴッサの手に、純粋なロトの血を引くサムサエル王子を!われらはその下で、独立して暮らす!」
その叫びにも、賛同と反対の絶叫が沸き立った。
「一つだけ言っておく。私にとって最優先なのは、愛する妻子を守ることだ。そのためなら、全人類を敵に回してもかまわない。国を分けるというなら、好きにするがいい。だが私の子孫を立憲王制でも王としなければ、この大陸では眠れなくなるぞ」
アロンドはそう言って、次の議題を求めた。
「子を学校に行かせる義務は、ひどすぎる」と、これまたザハンの有力な老人たち。
「学校で何を教えるか、誰がどう決めるのかはっきりしろ」などという声も上がる。
「最低限、ちゃんと行進整列戦闘ができ、共通語と日本語の読み書きソロバン」
「医療と清潔、十分な体力」
「馬に乗る、田畑を耕す、船を操る」
「などができれば、ほかは自分達で学校を作って教育していいよ」と説明する人もいる。
他にもいくつか、国民投票にかけたいことは増える。
一通り出揃うと、アロンドは「これでいいな。ではよく眠り、よく話し合うことだ。必ず明日の正午、全ての議題を投票にかける」と宣言した。
翌日、全員が行軍準備隊形に整列する。整然と。ザハンの大人はなれていないが、それは彼らを指導している古くからの〈ロトの民〉が導いていた。
そして全員に議題の数、七つずつ、瓜生が出したパチンコ玉を配った。
「議題一つごとに全員に袋を回す。賛成なら袋に玉を入れてくれ。ちなみに、いま故郷で留守を守っている人々にも、議題は伝えられ投票できるようにルーラを使える魔法使いが飛びまわっている。
全員の人数は把握されている、だから重さを量れば、それで投票数は確定する。
投票箱は、手元を隠せるようになっている。完全秘密匿名投票だ。終わったら、処分用の箱を回すからあまりがあれば入れてくれ」
それ自体も、三時間ぐらいかかったがなんとか集計できた。
「来年はなんとか電気を使えるよう、みんな頑張って工夫しよう。疲れたな」とアロンドがいい、皆が大笑いした。
まず、制度そのものは八割ほどで承認された。
アロンドの神格化は大差で否定された。
農奴制の復活も、大差で否定された。
ザハンから耕していた領主は怒り狂い、泣き叫んでいた。「頭がおかしいのかみんな、欲望がないのか」
「欲望ならありますよ」と、サラカエルが言う。「人を搾取するなどという、愚かなことはしないだけです」
「工夫と試行錯誤こそ、本当に大もうけする道なのです」と、アロンドが威圧しつつ慰める。
「王室は大もうけしたくないのですか」と訴えるのを、
「大もうけしている」とアロンドが笑う。「ザハンの、元奴隷だったイェハルサ」
と、一人の、いい身なりをしているが明らかに貧しい生まれの女を壇上に招きライトを当てた。
「彼女が馬の足につけて農場を走るだけで雑草や害虫だけを殺せる、イオを変形した魔法がかかり、形も工夫された足輪の作り方を教えてくれた。私が資金を出して事業化させ、今年だけで二千三百売れた。ゴールドに換算して一本七百ゴールド、製造原価五百……四十六万の半分、二十三万ゴールド、私はもうかったんだ」アロンドが呵呵大笑する。
「だが、それを思いついたのは彼女の父親だった。そして、その発明ゆえに死刑にされたそうだな」と、厳しい表情で有力者をにらむ。発明者を処刑したのは、若い頃のその有力者だった、とアロンドが言うまでもなかった。
「奴隷制は、一時的に大もうけになる。だが長い目で見ると大損する。ロト一族は、長い目で大もうけしたがる大欲張りなんだ」
その言葉に、全員が怒号した。
だが、意外なことに、王国の分割が、六割ほどだったが可決されてしまった。アロンドがロト一族の存在を公開したこと自体、それに竜王の子でもある王子に将来支配されることに対する反発も、結構強かったらしい。
もちろん、教育義務の解除は否決された。単純に、ザハンから耕していた人々は、人数が少ないのだ。
終わってからアロンドは、あっさりと勇者としての、全権指導者の座を放棄した。
そのことでハーゴンはほくそえんでいた。
だが、アロンドも内心はほくそえんでいた。彼とジジ・リレムがいれば、国民投票を事前の新聞記事を利用して操るぐらい、難しいことではない。
ローレルの出生のことなども、ゴシップ誌や噂の形でさりげなく流してあった。出産に関わったスタッフを殺さなかった時点で、洩れるのは覚悟の上だった。
投票が終わってからあらためて飲み食いし、全員で行軍し、思いきり歌い踊った。
アロンドも、王ではあっても勇者ではない、という奇妙な立場で楽しんでいる。
瓜生が全員に高級肉・チョコレート・高級酒食べ放題飲み放題の大盤振る舞いをした。
高級和牛のステーキを熱した石で焼き、むさぼる。横穴で火を焚き、余熱で丸鶏や七面鳥を焼く。巨大な豚や牛の半身をまわしながらコークスで焼き、焼けたそばから切り落として口に運び、ふうふう言って食べる。
大きい鉄鍋に油が熱され、エビフライや高級豚のトンカツ、さまざまな天ぷらを次々に揚げて、塩や抹茶、マヨネーズなどをつけて食う。
チーズをかじりつつ酒をラッパ飲みする。ワイン。ブランデー。ウィスキー。日本酒。焼酎。空き瓶の山ができ、次々と酔いつぶれる。
さまざまなチョコレートを、紙をむくそばからほおばる。
大音量カラオケのセーラームーンミュージカル・アイドルマスター・ラブライブ・JamProjectの曲にあわせ、ガライ一族や歌舞の成績がいい生徒がかわるがわる歌とダンスを披露し、皆も絶叫するように歌い踊る。
かすかな不安と奇妙な高揚感が、激しい欲望となって肉・酒・菓子に手を伸ばさせる。