その、難民の一人が後に語った物語を添えよう。
あちこち焼けた山道を数頭の大きい家畜……セロ、十頭前後のやや小型で鼻が長い家畜……ベルベ、四匹の毛が長い熊犬……ゼドを連れ、飛べない中型犬程度の鳥……キーモアを数羽首紐で引いて、四十人あまりの一行が歩いていた。
老若男女、出自も違う。髪の色も違う。服装もかなり違う……ぼろは共通だ。重い荷を長い袋に入れ、分けて袈裟に背負っていることも共通だ。
勇者アロンドが竜王を倒すまでの知り合いは、いない。工事の時の顔見知りはいる。中級貴族であるフェロ家が適当に、ラダトームに集まった難民たちから集め、領土の一部を任せると言っただけだ。
家畜と、その家畜と人が担ぐ、食料や毛布、テント布をはじめたくさんの荷物は領主様がくれたものというが、多くは勇者さまが下さったと言われている。
その一人の記憶はもう漠然としているが……ラダトームにたどり着くが城門に入れてもらえず、魔物に追い回された。勇者アロンドが竜王を倒した祭り鍋で数年ぶりに満腹して酔っぱらった。何日かして、無理に湯で身体中洗われ新しい服と寝具を与えられ、勇者アロンドが呪文を唱えたら息子の死を待つばかりだった傷が瞬時に全快し、共にいた変な僧侶がひどい病気で死にかけていた妻と娘を切り刻み、変な袋につながった針を刺したり甘い油を飲ませたりしてたら嘘のように治った。それから一家で水路の工事に駆り出された。……気がついたら、なんだか派手な服を着た人の前で這いつくばり、熊犬を追うように追われた。
そして気がついたら、家畜を追って山道を歩いている。
子供は上は十すぎから下は四まで、五人のうち三人が生きている。一行の中では十三人が子供だ。
一組の夫婦が、一行をある意味率いている。
奇妙な記号で描かれた地図を見、星や太陽と照らし合わせてどちらに向かうか言う。
「こちらは険しくなる。少し遠回りだが、西側から行けば安全だ」
それだけでも、ほとんどの人には驚きだ。竜王率いる魔物たちに襲われ、故郷を追われるまでは、地図を見るなど考えたこともなかった。ただ日が昇ったら働き、沈めば眠るだけだった。
遠い道を歩いたりするのは、貴族や商人など特別な人びとだけだ。
貴族か、と思うが、明らかに違う。日が傾くと、彼らは率先して布で天幕を張り、水場をみつけて家畜にも飲ませ、柄が長い幅広の山刀で穴を掘りトイレにするように言う。貴族がトイレに行くはずはないし、手を汚すはずもない。
ついでにトイレの後は木の葉で尻を拭き、別の匂う草の葉を潰してぬぐうようにも言われる。
飲む水は、必ず奇妙なほど薄く軽い鍋で沸かし、そこらの葉を入れて飲む。焚き火も岩肌などが近い場を選び、少し穴を掘ってやる。
怪我人が出たら、薬草や毒消草ですぐ治してくれる。普通は怪我なんてしたら、ほとんど腐って死ぬもんだが。
その夫婦のどちらかがいきなり一行からはぐれ、合流した時は野の鳥や、食べられる木の実や草の根を持って帰って、皆と分け合って食べることがよくある。
そして時折、食べられる実をつけるような草を見れば株を堀り、木を見れば枝を切り実を拾って、焼け荒れた山肌に埋めている。
「なんでそんなことをするんだね」
「誰かの役に立つかもしれないし、少しでも木が多ければ水も豊かになる。さ、今夜はあちらの尾根までいこう」
と、そんな調子だ。
急な山道にさしかかるとき、その夫婦は皆を少し待たせて早めに食事させ、自分たちだけで少し先行した。
そして奇妙な音が何回か響き、あわてて駆けつけたら、武装した男三人の死体が転がっていた。一人は明らかに呪文で焼かれ、一人は首を刺され腹も血に染まり、もう一人は……腕と、頭の後ろ半分が、鳥が果物をついばんだように砕けていた。
「山賊になっていたようね」何か長いものをあわてて布でくるみながら、妻のほうが悲しげに言った。
「半ばは魔物ですらあった。殺すしかなかった。水を汚さないよう埋める、手伝ってくれ」夫も長いものを、布でくるんでいた。先から出ていた槍先は、血まみれだった。
数日後、サラカエルと名乗るその男が地図を見て、「ここだ」と言った。
山の斜面の、少し傾きが緩い一帯。西端がちろちろと流れに洗われ、少し深い谷になっている。背丈ほども高い草に、焼けた棒杭、崩れかけた石組みがいくらか見える。
人びとは呆然と見ていた。一人もいない。滅び。自分たちの故郷も、襲われてこうなったのか……泣きじゃくる、まだ若いのにもう疲れが老いになりかかる女がいる。
「いいところね」と、サラカエルの妻ムツキが言い、笑顔を見せた。黒い髪と瞳の美しい女だ。
「まず当座眠る場と水、トイレ、かまど、それから野を焼いて畑にする」サラカエルが言って、流れの横にある小高いところを選び、家畜を放しゼドと少女ふたりに見張らせた。
荷物からノコギリと大きな穴掘り刃を出し、近くの細い木をノコギリで切る。山刀で枝を落とし、一部だけ皮をはぎ、ノコギリで切れ目を入れてから穴掘り刃の穴に通し、鉄片を叩きこんで固定。他にも斧、鍬などいくつかに手早く柄をすげた。
その穴掘り刃を見て、鍛冶屋をしていたから、ぞっとした。おれには、おれが知る鍛冶屋には、こんな薄くてきれいな形は作れるはずがない。あらためてノコギリを見て、触ろうとしたがにらまれたのでやめた。
小高いところの、流れとは逆側の下に穴を掘り始め、ムツキもすぐに近くの木を利用し穴の上に天幕を張り、尻を拭く葉を集め、潰して手に塗る草を移植した。
旅の間も今も、まず水とトイレという姿勢は変わらないようだ。
何人かでまず穴を掘ると、その時にはムツキがいくつか石を集め、草の蔓を切りだしていた。
「手伝って。かまどを作らないと薪が無駄になるから。それに寒くなるからね。ここの土はいいわ、一抱えほど掘って、この布に包んで、この棒を使ってもっこにして、持ってきて」
と、荷物から広く厚い布を出し、別の切られた木を指差す。女子供だけでなく、男も彼女の指示に従うのが当然のようになっている。
その時にはサラカエルが何人かの男を連れて、小川で網を放り、上流に向けて少し歩いていた。
小高い丘の上で、さっとムツキが見回すと平たい場を、柄がすげてあった別の鍬で平らにならした。それに小さな石と、さっき夫が柄を作る時捨てた木の枝葉を、鍬で刻みながら粘土を混ぜるように敷く。
「これで水を」と、厚布ででき、取っ手のついた袋で水を汲んでこさせる。奇妙にもその布には、水が通らない。
それから、木や蔦を取ってきては骨組みにし、それに水と土を混ぜ、上が開いて、下と後ろにも大きな穴がある構造を作る。
外側と内側はきめ細かな粘土を塗ってある。
「これはしばらく乾燥させるわ」と彼女はいうと、粘土の崖に横穴を掘り、その少し上から木の棒を刺して太い棒で打ちこませ、それから抜いて穴を通した。「それまでここで火を使いましょう。当座の食べ物を集めましょうか」
と言って、彼女は数人の女の子を連れ、長く鋭い鉄かぎ爪がついた棒と布袋を担いで森に向かった。
その穴で火を炊くと、上に開けた穴から煙が出てよく燃える。旅のあいだも何度か同じようにした。
もう、サラカエルはかなりの数の魚をとってきてから、奇妙な道具と紙を出して何かしている。あちこちで、まわりのあちこちを棒の上に立てた奇妙な道具を通して見て、何か紙に書いては別のところに歩く。
日が暮れる頃、サラカエルが帰ってきて、ムツキと女の子たちも袋いっぱいにアブラマツの実やミツキノコを入れて帰ってきた。
それから夫婦は川の近くに水を運び、冷たいのに身体を洗っていた。
熱い、大きな土の塊の穴から漏れる火で、串に刺した魚が焼かれる。近くに掘った穴に鍋がかけられ、皆が茶を飲む。
その熱さが伝わってくる周囲で、枯れ草の山で毛布にくるまり、多くは家族ごとに身を寄せ合い、家畜や焼いた石を抱きかかえ、ぬくもりを分け合って寝る。
翌日には家畜を別に作った囲いに避難させ、決められた範囲の周囲の草木を刈り集めてから、その帯の内側に火が放たれた。
枯れた野を火がなめていくのを見ながら、皆で石を掘りだしては、かまどと呼ばれる昨日作った大きな土で作ったものの後ろに並べる。
「特に平たい石を探して」といわれ、集まったのを、石を柱がわりに敷いていく。
男たちは流木や枯れ木を拾い、切ったり削ったり、斧で割れ目を入れ楔で割ったりしている。
中には大きめの石の上に、太い丸太を立てる人もいる。
「ちゃんとした家を一つ造り、当座は皆がそこで寝て調理しよう。他のことは当分天幕でやればいいし、余裕ができたらそれを真似て、いくつも作ればいい」サラカエルがいう。
廃屋をあさる人もいたが、白骨だけだ。家財はすべて焼かれ、壊せるものは全部壊れていた。
昨日トイレにした穴は埋められて若木が植えられ、別に穴を掘ってテントも移した。そうそう、川に小便しようとしたら殴り倒された。とんでもない威力で。
「この下流にも人がいるかもしれないんだ、大小便は伝染病であり、貴重な肥料なんだ」
あれほど怖いことはなかったね。故郷を追われた日の魔物だって、あれに比べりゃなんてことない。
次の日、まだくすぶっている焼け野に、荷物の中にあった種や種芋が植えられはじめる。どれも、ムツキの指導で棒で穴を開けてから種を落とす。
サラカエルは炭になった木や灰をいくらか集め、蓄えていた。
「これで、三カ月もすれば食べられるわ」という声に、皆が喜ぶ。
「でも、それまでは」小さい子供の言葉に、皆が目を見合わせた。
限られた家畜と荷物。与えられた乾燥穀物は、これまでの長い旅で食べ尽くされた。
「川魚と、それに周りの森の木の実、野原の草の根で少しは食べられても」
恐怖が満ちていく。
「心配しないで。どこの村も、必ず食糧をどこかに埋めているはずよ」ムツキが言って、サラカエルを見つめる。「それに、草がたくさんあるから雌セロが乳を出してくれるわ」
「探してくる」と、サラカエルが雄セロを引いて、道に出かけた。
「あんたがいなくなったら、おれたちこれから」ゾッとした声。
「おれたちも、いつ死ぬかわからない」と、足も止めずに出かける。
そしてついていった子供たち……多くは眠らされていたが、目を覚ました一人が、サラカエルと雄セロが呪文で消え失せたのを見たという。
「あっちに、昔だれかが植えた柿の木があったわ。渋をとるには間に合わないけど、干すには間に合う」とムツキが何人も連れて、棒と布を持っていき、赤い実をもっこに入れて山のように持って帰ってきた。
かじると渋くて食えたもんじゃなかったが、「当座たべるのは樽に酒と、あとは皮をむいて干しましょう」といって小さな樽を作り始め、数日後から甘い実をたっぷり食べられた。
固い木の実も集めたが、それは渋くて食べられなかった。だがムツキが、灰を混ぜた水で煮ればいい、と教えてくれた。
二日後に帰ってきたサラカエルは、雄セロがつぶれかけるほどの干し芋、油壺、それに鉄床と手押しふいご、金槌とやっとこまで持ってきた。
「そんな近くにあったかい?」
「たっぷりとね。あんたは確か鍛冶屋だったろう?炭と灰もある」と微笑している。いろいろ変だと思ったが、訊く気力はなかった。これで仕事ができる……
何月か夢中で働くうち、寒くなる直前に焼畑の穀物と芋が収穫され、最初の家ができた。
その中心はかまどと呼ばれる土でできたものに、廃屋から見つかった壊れた鉄製品を鍛えてつくった大鍋が二つ据えられたものだ。久々の鍛冶仕事は大変だったがほっとした。息子も手伝い始めてくれる。
そのかまどの後ろから、薄く割った平石を敷いて、滑らかな石を焼いた漆喰と粘土で固めた床が少し広がる。煙はその床の、火と反対側から出る。
もう一つ、上に人が入れる大きさの樽があり、底が鉄で、樽に水を入れて温め人が入れるようにした低いかまども、小さな部屋になってしつらえられている。あの夫婦は毎日、全身に泥を塗って木ぎれでこすり落としては身体を湯に浸け、おれたちにもそうするように言うんだ。布を、苦い草の実や樹皮を入れて煮洗うのにも使う。
火につながった、小さいが頑丈な部屋をまず作り、それから木で大きな部屋を作っては屋根をそこらの草や樹皮で葺き、壁を細木を編み土を塗って作っていく。
洗って汚れた水はそのまま細い、曲がりくねる流れが掘られてそっちに流れる。ただ、そこに小便をするのも禁じられた。
木の皮で葺いた屋根は、一滴の雨水も無駄にせず水がめに集める。
ある程度できる人たちは難民たちにもいたが、例の夫婦は特によくわかっていた。
樽や桶も作れるし、その作り方をハエラに教えていた。
そのかまどにつながった床の室は暖かく、いきなり大吹雪が吹いた日もみんなぬくぬくと眠れた。
誰もが、このぬくい家を造りたいと叫ぶぐらいに思う。
「あっしの故郷じゃ、鍋粥よりパンを焼くほうが好きなんだよ」という声があったら、次を工夫して石焼き窯もできるようにしたり、ただ代々やってきた通りじゃない。少しの土で小さいのをたくさん作って試したりもするんだ。
ふいごも、水の流れに変な輪を漬けて、それで動くようにしている。屈強な男ふたりぐらい強力な風を、欲しい時に得られる。他にも脱穀とか洗濯とか、水の汲み揚げとか色々楽にできる。
その鍛冶仕事も、次々と思いつきで変なものを作らされるから大変だ。
深い井戸も、人が暮らすところのそばに新しく掘られている。近くに川が流れているのに。
トイレにも相変わらずこだわり、人が暮らすところから少し離れたところに穴を掘り樹皮と粘土で壁を塗って焼き固めた。
毎日、使い物にならない蔓草や葉の長い草、樹皮の外側をざっと編み広い葉を敷いて厚く土を塗ったのをいくつも作って、そのためのテントの中でその籠に出させる。近くから移植した草の変なにおいのする葉を揉んで汁を手に塗ってから水洗いさせられる。
で、日暮れ前に容器ごと運び、焼き固めた穴に捨てては土と枯れ草をかぶせて、板のふたをしている。
腐らせて、野菜や薬草の肥料にするそうだ。
ただし誰か下痢したら水場から離れた別のところに深い穴を掘ってそこにさせ、その穴は埋める。
やることは毎日、作物が育たない冬もたくさんある。
夫婦が地面を測ったとおりに、流れの上流から水路を掘って、水が溜まる水田を作ろうとか言っている。逃げる途中で少し見たことがあるが、そんなものを作れるのか?
そのくせ、見渡す範囲のところどころを囲って、決して草木を伐らせない。
あちこちにいろいろな木の苗を植えている。薪も近いところからじゃなく、わざわざ森の少し奥から切って、切ったら必ず何か若木や種芋を植え移す。また川べりの草木は切らせない。
川の下の、よさそうなところを耕そうとしたら、「そこは十年に一度の洪水で流されるだけだぞ」と止められて、そこには最初に食べた渋いが甘くなる果樹やアブラマツの若木を山から掘ってきて植えた。
その夫婦は何度目かに出かけたとき、「預けていた子供だ」と五人ほど子供たちを連れて、一緒に暮らしはじめた。
確かに面影はあるが、目や髪の色はまちまちだ。みんな働き者で、夕方に見るといつもどちらかの親と森の奥に出かけていく。それに、子供なのに読み書きができるし、喧嘩でもとてつもなく強い。
誰の仕事でも手伝う。おれたちの鍛冶仕事でさえも、息子と並んで熱心に手伝うことがある。
子供が、森で遊んでいて野獣に襲われたのをその子たちの一人が、呪文でやっつけたと話したこともあった。大人たちは本気にしなかったが、どこかであり得るなという気はしていた。
赤ん坊が生まれる時も、その夫婦がとりあげてくれる。絶対母子とも死ぬな、と思ったような難産の時も、夫婦と少し大きい子供の三人で何かやっていたら、驚いたことに母子ともに助かった。のぞいたら、呪文を唱え酒で手を洗いながら腹を切り裂き、子を取り出していた。
魔物か、と思ったが、あの夫婦がいなかったらおれたちみんな死んでるし、それに母子は元気なんだ……
おれがひどい腹痛で死にかけた時も、薬をくれてからいきなり呪文で眠らされ、気がついたら寝ていて、痛みが切られたようなのに変わって腹に縫った傷跡があって……最初は断食させられたが、数日して甘酒や重湯を飲ませてもらい、数日で粥になり、そのうち酒で洗いながら糸を抜かれて、治った。
竜王が出る前の故郷だったら、絶対に死んでいた……たしかおじが、同じような痛みからもだえ死んでいる。
夫婦とも、当たり前のようにホイミやキアリーを使いこなし、それで助かった人も多くいるし、普段から傷薬草や毒消し草もたくさん集め、植え育てている。
一度山賊が村を襲おうとしたことがあった。やって来て、今度来た時までに食糧と女を用意しなければ皆殺しだ、と……そのとき、前みたいにあの夫婦が片づけてくれるか、と思っていた。
「領主さまは、助けてくれないんですかい」
「隣村まで片道二日、大きい町に知らせるだけで四日かかる。とてもまにあわねえよ」
「サラカエル、あんたたちは助けてくれないのかい」
「自分の身は自分で守れ。村は村全体で守れ。やり方は教えるが、頼るな」
サラカエルが厳しく言うのに、みんな震えた。
「ちゃんとみんな、自分の身を守ったじゃないか。竜王からも無事に逃げ延び、生き延びたんだ。戦うのはそれよりちょっと大変なだけさ」
一変して柔らかく笑うサラカエルに、皆こわごわとうなずき合う。
「戦うって、どうやって……剣の持ち方もしらねえよ」
「いや、おれは前に、ちょっと衛兵で、槍担いでたこともある」
「ばあか、勇者様がいらっしゃるまでなすすべもなく逃げてただけだろ」
「でも何人も、守っていたんだよ」とサラカエル。
「狩りのため弓矢は練習してるわよね?それはそのまま戦いに使えるわ」ムツキがいう。
かなり前から、若い者は夫婦のどちらかと狩りに行き、それで弓矢の作り方と引き方を習っていた。また畑を荒らす鳥や獣を追うために、布片に二本紐をつけて、石を遠くに投げる紐の使い方もみんな教えられ、いつも暇な時に練習するのが習慣になっていた。
そして美しいムツキが彼女の年長の娘とおとりになって、森の端で逃げるふりをした。それを嬉しそうにわめく屈強の奴らが追いかけ、みんな震えていた。もう捕まる、と思ったところで、女たちは飛びこえた泥沼に山賊どもがはまり、サラカエルが叫び矢を放ったのにつられて、高い草に隠れていた道の両側から矢と石が……
ひとつ、おれだけが見てぞっとしたことがある。山賊の一人が呪文を唱えようとした時、ムツキが呪文を唱えたらその盗賊は口がきけなくなって喉を押さえ、と思ったら頭が半分吹っ飛んで、死んだ。振り向いたらサラカエルが、物陰で奇妙な棒を変な形に構えていた。奇妙な薄い煙が舞っていた。
不思議なことに、あの一家は村の長みたいなもんなのに、死人を弔ったりするのにはあまり手を出さない。儀式には参加するし求められるだけの仕事はしてくれるが、勝手にしろって感じだ。だから一番年かさのヤエフォがやっている。
賊を全滅させてから、村人たちみんな集団で固まって動き、並べた盾の背後に隠れて矢や石を放つように練習させられた。
笛を作って警告し、すばやく頑丈な建物に逃げることも。あちこちに深い穴を掘って、食物などを隠すことも。
それから、獣を捕る罠、隠れたところから獲物を射る技を人に使う方法も。
子供たちの中には、魔法まで習うのもいる。
ただの農民が、そんなことまで覚えていいのか怖くなったが……まあ、矢尻やかぶとなど注文が多いのは嬉し忙しい。
子供の一言で、すべてが通った気がした。
「サラさんたち、勇者様にそっくりだね」
小さいころに神殿で見た、勇者ロト様の肖像。それにそっくりだった、遠くでローラ姫様と手を振り、呪文と輝きの直後たくさんの人が全快した……勇者アロンド様。
確かにあの一家は、特に二人目の女の子ラファエラが、ロト様にそっくりだ……
何年経ったか。水田から呆然とする量の米と豆、干し芋や魚がとれ、多くを塩で漬け、畑で育てる豆は煮て藁にくるんで腐らせて食べる。妙な臭いはしたが、慣れればうまいし、肉をほとんど食べてないのに子は病気もせずすくすく育つ。
人が住むところの周りには、様々な若木が育っている。山から掘って移した果樹は、豊かに実をつけている。
最初に近いところの木を切り残しているから、苦労して遠くまで薪を集めに行くこともない。
ひどい雨が降って川があふれた時、ちょうどいいところに植え移していた木と、苦労して動かしてあった岩が流れを弱めてくれたおかげでみんな助かった。川沿いの木は切るなと言われていたから、その強い根のおかげでもある。
前に言われたところが、本当に流されたことには驚いた。
家畜も増えた。
木に漆を塗った食器も、近くの山でとれる特別な石も行商人に高く売れた。
酸っぱい実を塩で漬けて日に干したのが、妙な味だがいろいろな薬になっているし、高く売れる。
いろいろな薬草も売れる。普通なら薬草を育てた土は数年は草一本生えなくなるもんだが、人の糞尿を穴で腐らせた肥料をやったら次の年も育つ。
行商人が「勇者アロンド様とローラ姫が、遠くに国を作った」と知らせてくれた。
領主のフェロ家から代官が巡回に来て、僧侶が来ることになった。
そんな頃に、サラカエル夫婦と子供たちが、突然出て行くと言った。
「色々と教えた、工夫してやっていくんだな……許されるかぎり」
「あんたたちがいなかったら、おれたちはどうすれば」
「いや、代官様や僧侶様に」
「あの僧侶は、ホイミも唱えられなかったじゃないか!」
「とにかくいなくなるものはいなくなる、事故で死んでも同じことだ。すまない」
「工夫は教えた。呪文を使える子もいる。わたしたちではなく、知識と、いろいろやってうまくいったことをやる、という考え方、手が覚えた技を頼りなさい」
それから、荷物をまとめているサラカエルを手伝って、ふたりきりになった時、ふと聞いてみた。
「勇者様と、ゆかりがあるのかい?」瞬間、凄まじい殺気にへたりこんだ。
「めったなことは言わない方がいい……すまない。それ以上は聞かないでくれ。ありがとう、わたしたちも学ばせてもらった……人に言えば禍を招くぞ。これからも、考えて工夫することを忘れるな」
それ以来、その一家を見ることはない。もしまた何か出たら、その子たちの一人が、いや他の村にもそんな人がいて、その子の一人が勇者として立つのか。それとも遠い遠い、ローラ姫の血を引く王子さまか。
アレフガルドは、守られていたんだ……勇者様だけでなく、たくさんの勇者、ロト一族に。