三々五々集まる実力者たち。次々と飛んでくる使者たち。
ガライ一族と〈ロトの民〉が各国に情報網を築いていたし、ジジも別に情報網は築いていた。情報量は多いが、内容は錯綜している。
まずアロンドが何人かに声をかけ、とりあえず霧に準じる非常事態は宣告。行動できるように武装し、家畜をまとめるよう全国民に伝えていく。
アロンドはガライの墓での、ヒトラーの経験から、諜報機関の報告だけでなく整理される前の生報告をランダムにのぞく。それで現場は緊張する。つかんだ情報を上層部が信じなければ、どんな諜報も意味がないことは、ノルマンディー上陸作戦の経験などから痛すぎるほどわかっている。
少なくともムーンブルクで政変、サマルトリアを季節外れの霧が襲っているらしい、あちこちで航海中の船が襲われている、デルコンダルからローレシア南東に通じる旅の扉に軍勢が終結している、それらの情報が集まる。
ムーンブルクの政変は、突然だった。だが、予兆はつかんでいた。しかし、予想されていたより、はるかに激しかった。
新聞でも、前兆はいくつも報道されていた。新聞は多数あり、中には扇情的なタブロイド紙もあるが、どれもジジの影響があり、世論を操作している。
「クロスボウが、通用しないのです。槍と盾を並べていても、おかまいなし。リカントマムル級の強さです、暴徒全員が」
ムーンブルクの難題に応じて、瓜生が陸上に客船を出し離宮とした。
それを維持し、王の兵力ともなるよう、アロンドたちはムーンブルクの都から人を集めた。盾を並べ槍を構えて密集し、クロスボウを用いる戦術と武器防具を与え訓練した。電源にはなるエンジンや配管、電気機器の扱いを教えた。
「離宮である船が炎上しています!暴徒と、魔物にも襲われているようです」
「離宮で指導に当たっていたコカピエラが戻りました。報告を」
「シェメは、カシュは」
サデルの声に、戻った女は首を振る。
「シェメは離宮にいた客の護衛、カシュは燃料や機械を利用した防衛線を作る、と。離宮に滞在していた、ローレシア貴族のラルセールさまとご息女、ムーンペタ貴族セレマさまをお助けしました」
三人の貴人を抱えていた女は、即座にまた呪文を唱えようとした。そこに一人が治癒呪文を唱え、一人が弾薬が大量に入ったリュックを負う。もう一人老人がアロンドにうなずきかけ、浅く敬礼し駆け寄った。
四人手を握り、飛ぶ。その目、死の覚悟は明らかだった。
「マリア王女を診ていたアルメルスです。王妃の軍勢が王宮を襲い、王女の引渡しを求めました。彼女をお助けし、連れてまいりました」
初老の女の、血に染まった腕には美女が抱えられている。一瞬ローラの眉が凍ったが、すぐにキャスレアにうなずきかけ、ソファをつないで寝かせ自分の上着をかけた。
キメラの翼でローラのところに飛びこんだリレム。かなりの手傷を負っていた。
「リレム!」
ローラが一瞬目を見開く。
「ローラさま。アロンド陛下、報告します。デルコンダルでローレシア攻撃が決定、わたしも切りつけられ、離脱しました」
「きえさりそうもあったろう?武器もあったはずだ」
と聞かれ、リレムは傷の痛みに耐えつつ、
「王の近くにはべっていました。突然王に切りつけられ、生きて離脱するのが精一杯でした」
そう言って、半ば力尽きるようになる。
アロンドがすばやくベホイミをかけ、ローラに委ねた。
学校の子供たちにとっても、戦争は無関係ではない。
突然の、非常ベルの音。
とっさに生徒たちは、訓練どおり身一つで校庭に飛び出し集合する。
「集まれのベルよね」
「てんでんこだったら大砲と太鼓だろ」
別の合図であれば、バラバラに逃げることもある。海に近く、沖遠くに海底火山があるローレシアは常に津波リスクがある。
「緊急事態だ、常在戦場!疑問を禁じる。集まった班から、食料と武器、布とノートを取ってこい」
教師の命令に、全員が次々に荷物室に戻る。誰も疑問を出さない、しゃべろうとする子も、特に〈ロトの子孫〉に止められる。
「緊急事態よ」と、ケエラの目が恐ろしく厳しくなる。
そして、全員が持っているが授業中は荷物室においているAK-74と銃剣、弾薬、長柄剣鉈、厚いゴム引きポンチョなどを手にし、昼の弁当も身につける。
ディウバラが壊されたバイオリンを持ち出そうとするのを、ケエラが厳しく「あたしも本も漫画もおもちゃも、全部置いていくのよ」と斬り付けるように言う。
いやいやし、泣き出すディウバラの肩に、ダンカが手を置く。
その目に、ケエラもディウバラもぞっとした。大人の腕を溶かし、足を蹴り折った威力は目の前で見ている。
「ディウバラ、楽譜が読めるんだろう?」見ている教師が声をかける。
うなずくのを見て、
「なら鼓笛隊に行くことになるだろう」と、教師。「音楽は銃より強力な武器になる」
ディウバラが、バイオリン箱を見て、震えている。
大好きなバイオリンが、音楽が、初めて恐ろしいものに思えてきた。
戦争の準備は容赦なく進む。
校庭で、全員10kgほどもある荷物を受け取る。予備弾薬。大量の保存食……カロリーメイト・乾パン・MREレーション、炒った穀物と豆、黒砂糖、ビン入りの油。予備の服・下着・タオル。
「集合、整列!」ホイッスルと共にかかる声、重い荷物を担ぎ、子供たちが集合する。
「前にならえ」で隊列を整える。
「気をつけ、立て銃」声と共に、全員が直立不動、ライフルの銃床を地につけて教壇を見る。
老いた、〈ロトの子孫〉の長老でもある校長が教壇に上がり、普段の温厚さとはまったく違う大声で言う。
「戦争が始まった。敵についての情報も錯綜している。われらロト一族は常在戦場の戦う民、何が相手でもロトの掟を忘れず、正義のために戦い抜く!」
生徒全員が絶叫し銃を振り回す子もいるのを、
「しずまれっ!」と校長の、教師の声に皆がふたたび秩序を取り戻す。
「すぐに秩序を失うようで、戦えるか?戦えるわけがない!」そして校長はしばらく黙った。「従い、戦い抜こう。アロンド陛下が即位式でおっしゃった言葉を忘れるな、一人一人が勇者だ。全員深く息をして、いちにのさんで、一度だけ大声で『はい』だ。いち、にの、さん」
「はいっ!」絶叫がぴたりとそろう。
「総員控え銃。捧げ銃」校長の命令で、全員がAK-74を持ち上げ、抱える。それから体の前に立てる。
「おそい!休め。座れ」
全員が銃を抱え、重い荷を持ったまま一度座る。
「起立!立て銃!控え銃、捧げ銃!」今度は全員が何とかそろう。銃を使う訓練の前後、この訓練は必ずやる。
校長が全員を見回す。
「しばらく、帰宅はできない。学校で集団で過ごしつつ、できる限りの勉強をすることになる。場合によっては君たち、誰もが戦うことになる。全員、人を簡単に殺せる銃を持ち、刃物を持ち、呪文を使える者もいることは忘れるな。武装している限り、君たちは子供ではない。兵士だ」
そこまで校長が言ったところで、突然ルーラで着地した者がいた。
アロンド。
思わず動揺しようとするが、アロンドがぴしっと校長に敬礼し、校長も素早く受けたことで生徒たちも落ち着く。
壇上に登ったアロンドに、全員が敬礼する。
アロンドの声が響いた。
「ロト一族の若き戦士たちよ!今日から本格的に戦時教育になる。
戦時教育の目的は、勝つことだ。そのため国民全員が一つになり、思考を止め闘志に狂い、敵を殺し尽くすことだ。子供たち全員を、均質で心狂った殺人機械に作りかえることだ。
それは行わなければならない、だが弊害も大きい。過ちを正し、試行錯誤し、権力を分立するという、ロト一族の強みが損なわれてしまう。戦いつつ、考える一部を残し続けろ。皆で火の玉になる、安易な道より辛い道を選び、賢く戦ってくれ。
大人として、諸君に謝らなければならない。本当は戦争を避けるべきだったが、力が及ばなかった。どうしていれば戦争を避けられたかよく考え、君達が大人になったときには戦わずして勝ってくれ。
嵐の海では絶対服従、一心となれ。だがロトの掟が優先だ、時を間違えてはならない。ロト一族の誇りを!」
それだけ叫んで、すぐにルーラで消えたアロンド。
壇上の教師が入れ替わり、
「これから、時間割はかなり変更される。戦うため、銃後の助けをこなすために、学んでもらうことは多くある。また授業時間が終わってからも、色々な仕事を割り当てしてもらうことになる。
そのかわり、学校が諸君の衣食住を保障する。
そして、万一の時には君たち生徒全員、戦うことになる。大人たちはみな、君たち子供を一人でも生かすために死ぬ。竜王戦役のとき、多くの勇者が子を守って死んでいったように。
偉大なる先達の英霊に、敬礼!」
次の教師から新しい時間割の説明が始まる。
「あたしたちは物心ついたときから戦時だったもの、どうなるかはよく知ってるわよ」と、ケエラが自慢げに、恐ろしがらせるような表情で言った。
別の〈ロトの子孫〉の女の子もうなずく。
「勉強してから夜まで、できる仕事もさせられた。子守とか家畜の世話とか、草取りとか。
『孫子』って本を丸々暗記するまで書き写したり、子供たちが分かれて、いろんな場合に応じてどう戦うか考えたりした」
「あと、毎日誰かと競い合うことになるの。サイコロで7番は25番とかけっこで勝負しろ、とか、いろいろなことで。4対4で争うことも多いわ」
「それに、今の何倍も軍事訓練をすることになるわよ、きっと」
戦争のときの総動員体制は、前から何度も訓練し、決めてあった。
〈ロトの子孫〉が長い竜王戦役を戦い抜いたのは、つい数年前のこと。瓜生の無限の資材や貿易がない状態でだ。
前線に戦士を訓練して送り、疲れれば後送し休ませ、病や傷を癒した。
略奪をしないためにも、きちんと兵站を行った。食料・衣服・武器を富と備蓄から作り、瓜生が残した弾薬を送り届けた。
子の教育と、後方の人々、さらに難民たちも含め医療・清潔を維持した。
〈ロトの民〉も常在戦場、常に戦争を念頭において社会を構成し、全員を訓練している。
そしてムーンブルクでの穴掘り、ベラヌール戦役、巨大客船でのもてなし。そのまま戦時体制になる。
「まず〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉問わず、魔法を使える年配者から順に徴兵する。そして、ザハンから耕してきていた大人たちも、事実上全員」
アロンドの言葉に、皆が驚いた。
「反抗分子は強制収容所より、前線のほうがいい。これはスターリン閣下から学んだことさ」アロンドが、笑顔と怒りを混ぜた表情で言う。
「ですが彼らは日本語の読み書きができず、AKすら扱えません」反論するサデルに、
「みんな小島出身で船の扱いには長けている。そして前線でロト一族の力を見せつけ、戦法を学ばせ、戦友愛でロト一族との絆を強める。目の前に共通の敵がいたら、逆らう余裕はない。戦っていれば嫌でも絆ができる。
戦後も、軍事的功績により発言権も増すことができる。
何より、後方で変なことされたら面倒だからな。特に子供たちに」
そんなときのアロンドの目は冷徹そのものだ。
一日、また一日。かなりの人数が国の各地をパトロールし、人々に危機を伝え情報を集める。
素早い移動ができない幼児・子供・老人・病人・身障者らを都市に集め、緊急時避難する準備をする。
次々と情報はたまっていき、それを分析処理するのに苦労している。
ムーンブルクの情勢の展開は、急だ。何人も行かせているが、残念ながら内政不干渉のため、要人を守って離脱させるのが精一杯だ。情報収集すらほとんど進まない。
王の生死すら、わからないのだ。
「四日前の、ムーンブルク城下で医神廟の焼き討ちがあったことが、きっかけといえそうです」
元老院のアロンドを中心に、指導者たちが集まって使者の報告を聞いている。
「以前追い返した宮廷医師のジャエテカが、ロト一族を滅ぼせと叫び、何百人もの暴徒とロトを信奉する人々が衝突しました」
「彼らの演説を記録してきました。
『あの大陸はわれらのものだ!星の紋章もムーンブルクのものだ!泥棒ロト一族を許すな!
奴らは人を生きながら解剖して医学といい、邪神の力を借りて人を癒す!
そして奴隷や生贄を禁じろ、と馬鹿なことを言う!人は奴隷と貴族に生まれるのが神の秩序だ、奴隷がなければだれが仕事をする!
あのとてつもない富は邪神のものだ!彼らは邪神の徒だ!』
と、もう感情的で非論理的で」と笑っている報告者に、アロンドは静かに言った。
「非論理的で感情的、だからこそ有効だ。人間はそういう生き物だ、ということを忘れたら、ひどいことになるぞ」
その口調の変化に、全員がはっとなる。
「いや、ご苦労だった。ゆっくり休んで、次の任務を待ってくれ」
「はっ!」
アロンドのねぎらいに嬉しげに出て行く女、同時に何人も報告に来る。
情報収集、サマルトリアとの国境近くを攻撃して来た魔物を撃退、多くの人を集め武装させるなど、皆が忙しく働き始める。
サマルトリアとまったく連絡が取れないことは、特に幼いサムサエルをゴッサに預けているアロンド・ローラ夫妻にとっては気がかりを通りこしている。
まして、生まれたばかりの娘も行方不明なのだ。
もちろん、誰もがサマルトリアに、近い親戚や親しい友人がいる。
その激しい不安を戦時体制構築に向けるのは、それこそアロンドにとってはお得意のことだった。
サマルトリアとの境界近くに、本来なら霧の中に隠れるような怪物が、煙に包まれたような姿で出現した。
開拓村の者は命令どおり抵抗せず離脱し、報告した。
アロンドが、すぐに動ける少人数だけを連れて急行し、瓜生が残した器材を利用して撮影させつつ全滅させた。
それは強烈なプロパガンダ映像となった。
ラダトームの城より巨大な、サソリのような怪物が霧をまとって襲う。
勇者の盾を左腕に、アロンドが対峙する。傍らのアダンが奇妙な蛇と化し、アロンドの体に巻きつくようになると、ケンタウルスのような姿になる。
そしてアロンドの右手には、稲妻をまとう簡素な刃が握られている。
一瞬。高速で襲う巨大なハサミを断ち切り、正面から一閃、とてつもなく巨大な姿が崩れ、霧とともに風に散る。
その次の一瞬、別の遠くから撮影しているカメラが、いくつも同時に稲妻が落ちたような閃光をやっととらえ、多数の怪物が消し飛んでいた。
次いで、三本の長い触手を持ち、本体は煙のような霧に覆われた魔物。四人の〈ロトの子孫〉が進み出ると、前衛の二人の剣に稲妻が落ち、その剣が人を絡め潰そうと高速で襲う触手を両断する。
後ろの二人の呪文、爆発的な風が煙を吹き飛ばし白熱した火球が飛ぶ。上位呪文のバギクロスとメラゾーマだ。
巨大な奇岩のようなそれが恐ろしい速さで襲い、丸い口を開く、そこに後ろの一人が構えた筒から後ろに炎が吹き上がると、直後口の中で爆発が起きる。
それで一瞬固まった隙に、人間離れした速度で走る前の女が再び稲妻をまとう剣を怪物の頭に叩き込む。そして後ろの一人が呪文を唱え巨大な竜に変身し、強烈な炎を吹きかけ、牙と太い尾で怪物と格闘する。
隙を見て、竜から戻った魔法使いも含む四人が呪文を唱えると、巨大な稲妻が何十本も集中し、怪物も半ば崩壊している。
だがまだ動き、触手の一つが体から離れ巨大な毒蛇のように襲うのを後衛の魔法使いが放つマヒャドが動きを鈍らせ、即座に前衛の一人が炎をまとう剣で切り下げた。
同時にもう一人の前衛が本体に駆け寄り、背に負っていた荷物を放ってから少し後退し、後衛の一人が掘っていた穴に四人とも隠れる。
次の瞬間、爆発が本体を完全に破壊した。
別の怪物には、十人の〈ロトの民〉が馬で駆け回り距離を保ちつつ、強力な銃弾を次々と放つ。
高速の動きで茂みに誘導し、縦一列に固まり藪を飛び越える。追う巨大な怪物の足が何かに絡めとられる。
強靭なワイヤーにもがく巨体に突然大きな穴が開き、砕け散る。
その映像は世界各地の都市で、たくさんの人が見ている。
ジジが手なずけた香具師が場を提供し、そこにロト一族が布幕とプロジェクター、スピーカーと発電機と燃料、コンピュータを持ち込んだのだ。
ロト一族も多くは見た。しかし、特に子供たちは見てから、別の講義も受けることになった。
どのようにプロパガンダを作り上げたかの種明かし、現実にはどうだったかの未編集素材、さらに自分がその戦士たちの立場ならどうしたかを考えるように、とまで言われ、その前提で訓練させられた。
教師たちやハーゴンはそれを教えるのには抵抗を示したが、アロンドが強硬に主張して押し切った。プロパガンダのことを誰より知っているからこそ。
『うわああああああっ!』絶叫、揺れる画面の中剣士が突進しようとする。
『だめだ離れろ、距離をとれ!特攻は楽だ、賢く戦う勇気を持て!』
そう、四人組の後衛は叫んでいた。
生の映像は揺れ動き、見ていると気持ち悪くなるほどだ。長い時をにらみ合いや、どこかに隠れた敵を探し回るのに使っている。
「撮影者も一人じゃないのね」
いくつもの、色々な角度からの映像。それを編集したのがプロパガンダ映像だ。
『勝てない敵なら敵を固定しろ!ボミオスだ』
「ミナデインに見える集団呪文は、集団で増幅されたボミオス。アロンド陛下やローレル殿下が運動するために使われている。稲妻は後から映像編集で追加したんだ」
と講師自身も呆れながら説明する。
「敵の動きを止めることが、この戦いの目的だ。動きさえ止めて、ルーラで退避すれば砲撃のえじきにできる」
『止めろ、なんとしても止めるんだ!』
『おれたちはずっと、敵を足止めしてきた!子供たちを逃がすために!』
『ばか、前に出るな!死んだら足止めはできないぞ!』
戦士たちの悲痛な叫び。泥を踏む音と敵が起こす不気味な音に混じり、半分しか聞き取れない。
テレビ画面を見ている子供たちも青ざめてくる。戦意高揚のためのプロパガンダではない、別の迫力がある。
〈ロトの子孫〉の四人チームが戦った敵を破壊したのは、F/A18ホーネットからの精密誘導爆弾。戦闘機からのカメラ映像もある。
〈ロトの民〉の騎馬が戦った怪物は、砲兵が大型榴弾砲で狙い撃ちした。
四人組や、騎馬隊のミスもそのまま撮られている。馬で、間違った方向に走ろうとしてしまい、馬の足を泥に取られる。実はそれをアロンドがフォローし、撮影を再開させている。
それをバカにする者もいるし、ミスを見てじっと考える者もいる。
「あたしなら呪文を間違えたりしないわ。ちゃんとピオリムからやってる」ケエラが傲然というが、
「他人のミスからよく学べよ。安全なところから戦場の人を批判するな」と講師に言われて憮然となる。
そして、こうして見ているとはっきりわかる。戦いの目的は徹底して足止め、あちこちに設けた落とし穴や、太い鋼ワイヤーで巨大に作ったスネア、特殊な鉄条網で敵の動きを止めることだ。
「止めて、その位置を砲兵に伝える。距離と方向を正確に伝え、砲兵が位置を特定できるようにする」
と講師が説明し、子供たちを見回す。
「じゃあ、やってみよう。どうやって山の向こうにいる敵の位置を砲兵に知らせるか。まず土と丸太で小山を作り、その向こうに、小さなクロスボウで石を放つ。
何を持っていくか、自分で考えろ。実戦なんだから何をしてもいいんだぞ」
まずみんな、許可を取った荒れ地で、汗を流し馬を使って、大人の背丈ほどの山を築く。
それ自体、数日かかりの大工事だった。
まず誰がリーダーになるか。毎日「今日のリーダー」をくじ引きしているが、だれがくじに当たるかで大変なことになる。
そして人数自体が不安定な班同士で競い合う。時には人数が少ない四人の班が、多い十人の班よりも仕事が早いことがあり、下級生が泣いたりわめいたり、反省の作文で内容が危険なほどの非難になったり、大騒ぎになる。
「ねえ、あの後ろ側の魔法使い、ジジ先生よ」と、ケエラがダンカに話しかける。
「そういえば、あの歩き方」ダンカが土を運びながら頷く。
「男だったけど、歩き方とか仕草がジジ先生だった。でも」
「でも?」
「それぐらい気づけ、とわざとやってるのかも」
眉をひそめるケエラの美しさに、ダンカの胸が跳ね、疲労もあり息が速まる。ごまかすように、小山を築くのに働いた馬やセロを労わりに走った。
今日はダンカが、まるで家畜の群れを操るように集団に対し、断固とした命令と暖かな労わり、身を持っての率先で仕事を進めていた。
「頑張ってるな」ダンカの言葉に、ディウバラは表情を輝かせた。
「負けないわよ、ディウがこんな体でこんな丸太運んでるなら、あたしたちはこれぐらい」と、ケエラはもっこに土を大量に詰めて二人で担ぎ、ひっくり返った。
体力がなかったディウバラが、率先して一番重い丸太を運び、激しく息をついてへたり込むほど必死で土を掘っていた。無理をするなといわれるほど。
初めてバイオリンを弾きたいと彼が瓜生に訴えた時からだった。
瓜生は、ワーグナーのオペラのDVDをかけてバイオリンを渡し、「この第一バイオリンの真似をずっとして、適当に音出してろ」とだけ言った。
何時間も立ちつづける。トイレに行っていいのは休憩時間、しかもその間も画面内のバイオリニストの優雅な動きを真似続ける。適当なギーギー音に苦しみつつ、同時にDVDの華やかな音と映像に驚きながら。
失禁寸前の尿意。上げっぱなしの腕はしびれ、そして後半に入って疲労に失神した。たった八歳なのだ。
介抱した瓜生が「まず、体力をつけるんだ」と言う。
「どうしたら、いいんですか」
「毎日学校での運動。武術。踊り。銃の訓練。全力で走れ、一息一息全力で息をしろ。家での農作業も、全力で掘れ。体力は裏切らない。
二ヵ月後、体育の成績が期待通り上がっていたら、バイオリンを持たせてやるよ」
翌日は、そのディウバラが、それも43人もの多人数を率いることになってしまい、皆が驚き案じた。
彼は下級生であり、彼の年齢でも背が低い。ザハン出身で日本語もひらがながやっと、共通語すらどもりがちだ。
そんな彼に、ケエラは「あんなやつに指揮なんてできっこないわよ」と友だちと嘲笑していた。
ダンカが「誰が指揮官でも、権限がある指揮官には服従しろ、って習ったろ」ととがめる。
ディウバラは、くじを示され「指揮し、小山を築け」と言われ、意外なほど冷静に受けた。まず練習している鼓笛隊の、小太鼓と制服にきっちり身を固めた。
嘲笑半分のメンバーが集まっているところに行き、昨日作業した丸太で高くなっているところに上り、全員に背を向け深く一礼した。
「何やってるんだ?」
「おい」
「命令してみろよ、赤ちゃん」
とがやがやするのが、動かない背中を見て静まっていく。
「あっちにみんなで礼をしろ、ってことじゃないか?」
と、ダンカが言い出して礼をする。彼も、最近はムツキたちサマルトリア組が生死不明なので参加できていないが、武術の特訓で礼に始まり礼に終わる生活に慣れている。
昨日ダンカに引っ張られ労わられた小さい〈ロトの民〉の子供たちから、ダンカにあわせてディウバラが頭を下げる方向に礼を始める。
しばらくしてディウバラは身を起こし、振り返ると、右手の小太鼓のバチを高く振り上げた。
左手のバチで、小太鼓を細かく連打し始める。ダダダダダン、ダダダダダン、と決まったリズムで。
そして右手のバチをゆっくり揺らす。何人かが、それにあわせて体を揺らし、深い呼吸を始める。
あわせようとしていないケエラに、突然右手のバチが突きつけられ、同時に左手がダララララッ、と鋭く連打された。
「何よ」
怒鳴り返そうとした、その機先を制するようにバチをもう一度突きつけ、それから左手の小太鼓をゆっくりしたリズムにして、静かに歌い始めた。
瓜生の故郷の、有名な愛国歌。
音楽と体育にだけは全力の十倍を出す彼のこと、歌もうまいし、歌ではまったくどもらない。
共通語でも全員何度も歌っている歌だ。最初、とてもゆっくりしたテンポで独唱する。そして右手のバチを指揮者のタクトのように使い、全員に歌うよう指示する。ゆっくりしたテンポで、大きくタクトを振って。皆もいつも合唱しているだけに、自然に歌いはじめる。
「歌の時間じゃないわよ」といおうとしたケエラを、近くの上級生とディウバラの左手のバチが黙らせ、歌わせた。
歌い終えてから、歌うではなく右手はゆっくりと四拍子を振り続け、同時に左手のバチで前から一人ずつ指しては、昨日の作業場……土を掘る、丸太を運ぶ、積むの三つに分けていった。
次いでディウバラは『鋼の救世主』の前奏を歌い、両手の小太鼓で激しいリズムを叩く。全員が激しく歌いながら、タクトが土の山を示すと自然に仕事を始めた。自発的に最上級生がリーダーシップを取って、作業そのものは昨日の続き。
歌が終わったら、あとは左手でリズムを刻み、右手でゆっくりと呼吸を指示し続け、時々知られた歌や、著名なバイオリン曲を「ラララ」で歌って、全員も歌に参加させた。彼はタクトを振り、小太鼓でリズムを刻んでいるだけだが、なんとなく集団で何をすべきかわかってしまう。急ぐ、スローダウン、深呼吸、サボるな……
班分けがうまくできており、まるでオーケストラの各楽器を操るように段取りよく指示が飛ぶ。一人一人が好きな歌を知っていて、自分から歌いだし、皆に歌わせて一人を励ます。
ケエラも、文句を叫びたくなった時に自分の芸能活動での持ち歌『GO MY WAY!!』で乗せられ仕事に集中する羽目になった。
全員、呼吸を一致させての仕事だけに、とても心地よく集団行動がはかどる。
結局、一言の言葉も口にせず、音楽と身振りだけで、指揮者としてオーケストラのように全員に仕事をさせてしまった。
作業は大きく進んだが、その夜に全員が書いた作文では「今日のリーダー、何考えてたの」「どうして仕事ができたんだろう」などと、誰もがわけがわからないとばかり書いていた。
「水・トイレ休憩」がうまく指示されていなかったことが欠点だった、と冷静な何人かは指摘しており、真似をする人はいなかった。
ロト一族に加わって、まず客船で音楽に夢中になった彼はDVDで指揮者の動きも見ており、それを真似てみただけだ。他に「指揮」など知らなかったから。
そうやってできた小山、その向こうの標的は当然見えない。そこに、小さいクロスボウで石を放っても、当たったかどうかもわからない。
運動方程式も習っていない状態の子供たちが、直感だけで見えない小山の向こうにある標的をどうやってしとめるか、子供たちだけで考えていた。
「たくさん放てばどれかは当たるよね」
「違うよ、はさめばいいって兄さんが言ってた」
「銃のタンジェントサイトを使えばいいよ」
「山の上に見張りを立てればいい」
と、みんなが色々話す。十五歳ぐらいから五歳ごろまで、さまざまな年齢が混じり、上級生が下級生を教えている。
見張りを山に登らせたら、ライフルで正確に狙ったサインになる、変形レミーラに照らされた。
「どうする?」
と相談しては、色々試している。
いくつかの班が、それぞれのやり方を見出した。
丸太を盾に伏せた見張りが着弾点を見て、手旗信号を利用して東西南北に調整する者。
何発も放って、経験を頼りにするもの。
数学の教科書を引っ張り出し、上級生に運動方程式を解いてもらう一団。
発射してから、山上の見張りが風の呪文で強引に着弾を調整するグループもいた。
山の上のほうに塹壕を掘ろうとして、塹壕戦になりそうになったこともある。
それから騎馬隊の動きを真似ることで乗馬もしっかり復習した。