アロンドたちのところに、知らせが届いた。
「ムーンペタのヤフマさまから。ムーンブルクから、テアハス女王の名でロト一族に協力し国を裏切った、とムーンペタを断罪し、血祭りにする、という通告があったと」
「内政不干渉原則は」とハーゴンが言うが、アロンドは軽く首を振った。
「それは近代国家間の話だ。それに、ムーンブルクにはもう宣戦を布告する。こちらから送っていた医師や使者も何人も襲われている」アロンドの、確固たる意思。
「ですが、ムーンブルク王の意思は?」アムラエルの問いに、
「殺された。崩御されたよ」とアロンドは静かに言った。
ざわめきが上がる。
「いくつかの報告を総合した。間違いなく死体が確認されている」
「なぜ、あれほど強力な武器と武力を与えたのに」と声が上がる。
水の紋章で、王の権力の弱さ、ムーンブルク宮廷の権力闘争に悩まされたアロンドは、王にアレフガルド貿易の利権と吹雪の剣を与えた。
それで多くの、離宮で働く者の給料も払うように言っておいた。
「吹雪の剣は……王弟の一人バレヌラが、その妻の実家が何でも望みの物を王に要求できる権利がある、それで渡したとか。しかし何でそんな馬鹿なことを」サデルが怒りをぶつける。
アムラエルが苦笑して発言許可を求めた。「あの宮廷では、何代も前の約束などを突きつけられたら、王でさえ拒めません。多くの大貴族の、約束と義理のバランスでできている宮廷ですから」
皆がため息をつく。
「現在、ムーンブルクを掌握しているのはテアハス王妃・バレヌラ王弟。すべてはわれわれロト一族の陰謀だとして、皆殺しにして大陸を奪えと叫んでいる」
と、アロンドがいくつかの報告を回覧するようにサデルに渡した。
「あと、そろそろかな」と、アロンドが言うと、突然ルーラで一人の〈ロトの子孫〉の女と、ガライ一族の女が、老人と子供を抱えて出現した。
「ラメエラ」とサデルが嬉しそうに呼びかける。
「レアヤどの、イリン王太子殿下。ご無事でなにより」とアロンドが腰を低く迎える。
老いた大貴族は小さい少年をアロンドに渡し、力尽きたように座りこむ。
恐怖に凍りついた少年が、アロンドの首にしがみつき、すすり泣き始めた。
「さあさあ、どうぞ。医師も」とアロンドが声をかけ、何人かが動く。
とりあえずさしつけられたブランデーに、レアヤがほっとする。
「話にも何にもならん。アロンド……陛下、いわれていたとおり。チェス盤をひっくり返し酒瓶で殴りつけるようなもんじゃ。ムーンブルクもすっかり野蛮国になってしもうた」
レアヤが自嘲気味に笑い、ブランデーを震える手で干す。
「王妃とバレヌラが、あれほど乱暴なことをするとは。それに、サマ」言おうとしたのを、一瞬アロンドの目を見て口をつぐみ、ため息をついて軽く気絶した演技をする。
しばらくしてから息を吹き返し、
「わしも老いた。……今は亡き先王、ムーンブルク王イリン三世陛下から、いざとなれば王太子をどこへなりとも逃がせ、と託されておった。今そなたに託す」
「必ず」アロンドがはっきりとうなずき、しがみついていたイリン少年が離れるのを支えた。
レアヤが深く息をつく。
「これで、もう何も思い残すことはない。どうかわしを、わが所領に送ってくれ。領民や忠臣たちとともに、死ぬならばそこでともに」
大領主らしい決意の目。アロンドは頷くと何人かを呼ぶ。
「アルメルス。急ぎ少人数の精鋭を編成せよ。重火器を扱える、判断力が高い者だ。キメラの翼も多数持て、いざとなったら、できるだけ多くの人をこちらに避難させろ。弾薬も無制限に持って行け。
ロクシャ、ルーラでは運べない戦車や船の輸送作戦を始めておけ」
そしてレアヤを振り返り、「今日だけはどうぞお休みください」と、その手を強く握る。
「どうやらムーンブルクとの全面戦争だ。まずあちこちの開拓村が攻撃されるだろう、家畜も含め全員、確実に退避できるように連絡と援軍、輸送システムを準備しておけ」
アロンドの言葉に、ハーゴンが異議を唱えた。
「不可能です!多少の犠牲はやむを得ませんよ」
「いまはウリエルさまがおらず、近代兵器は使ったら終わりです」
「石油精製もこちらではできない」
賛成する者も多くいる。
アロンドは軽くため息をついた。
「一つの開拓村に、どれだけの食料がある?家畜と人がいる?」と、ハーゴンを静かに見る。
「はい、平均で百トンの穀物を埋めるよう指導しております。家畜は馬が五十頭、セロが十頭、その他。人間は四十人が平均、働ける年齢が半分です」
書類仕事で重要な立場にいるハーゴン、数字はすらすらと出る。
「それを敵に渡すのか?なら、こっちから兵站を送ってやったほうが、まだ非効率や運搬コストの分、敵にわたる量は少ない」
ハーゴンがぐっと詰まった。
「いいか、われらロト一族以外の軍は、兵站は略奪に依存している」
「なら、敵が利用できないよう」ハーゴンが言い募るのに、落ち着いているが激しさを秘めた口調で、アロンドが口をはさむ。
「スターリンはその手を使ったな。ナポレオンも私、いやヒトラーもそれでやられた。焦土作戦、物資をすべて焼き、人は皆殺しにするか、もっと悪い食料消費者……または弾薬の無駄遣いを敵にしてもらう」
いいかけたハーゴンがぐっとつまる。
「それに、その四十人のうち十人は魔法使いだ。それが敵に使われたらどうなる?」全員を鋭く見回した。「一人も渡すな。米一粒渡すな。そのためなら戦車何台使ってもいい。どうせ戦車の類は、あと三十年もすればゴムから朽ちる。それまでにリバースエンジニアリングできるようにするんだ、そのためには教育を受けた人、子にソロバンを教えられる親を、一人たりとも敵に渡すことはできない」
「しかし、卵を割らずにオムレツは」
アロンドの凄まじい殺気に、元老院の皆もびくっと硬直する。
「私以上にそれを知っている人間が、いると思うか?もう一つ、別の人生で学んだことがある。人は、卵を割ることそのものを目的にしてしまうんだ、オムレツを作ることも忘れて」
ふっと、雰囲気が和らぎ、皆が息をつく。
「まあ、こうして私が指揮官をやっているのも、なぜだ?私は一体なんだ、皆」
「王です」ハーゴンが即座に言う。
「勇者、は放棄しましたね」と、サデル。
「元老院議員」
「ゴーラのロンだ」とロムル。
「でも、あなたが最高の指揮官なのは間違いないです」
口々に出るへつらいと賞賛の声に、アロンドはぐっと眉を寄せた。
「立憲王制の王だ。私が最も優れた指揮官であっても、私が指揮を取るべきではない」
「それでは勝利できませんぞ」とハーゴンが言う。皆が口々に賛同するが、アロンドは首を振る。
「勝利は前提だ。だが勝利のために憲政を崩せば、敗北以上に取り返しがつかないのだ」
サデルを指揮官に、という声も多かったが、竜王戦争で中央司令部を壊滅させられ、総指揮官の首をとられたことが思い出される。
アルメラ船長を名目上総指揮官とし、実際の指揮はサデルにする。
アロンドは、サデルにさまざまな指示を与え、あとは全部任せてしまった。
念願の勇者に近い、実際の総指揮官になったサデルは、まず精鋭を率いて敵を迎撃し、同時にロト一族全体を総力戦体制にする仕事に着手した。
必要な物資は、瓜生が消えるずっと前に出し、備蓄している。サデルはその全貌を初めて知り、声を失った。湾岸戦争を十年間戦えるだけの、銃弾・砲弾・爆弾・燃料・食料・衣類などが備蓄されている。
AK-74が五十万、弾薬も五十億。RPG-7も十万、弾頭も合計五千万。手榴弾や地雷も何百万とある。
サイガ12ショットガン、RPK-74、FN-MAG、Lightweight Medium Machine Gun (LWMMG)、M2重機関銃、Kord重機関銃、14.5mm重機関銃、AGS-30グレネードマシンガン、バレットM107対物ライフル、ダネルNTW対物ライフルが各何万も。弾薬もそれぞれの銃身寿命以上にある。
戦闘機や戦車は、運転できる者が少ないため最低限だが、それでも原子力空母とF/A18とA6が各20機、A-10攻撃機、AH-64アパッチやCH-47ヘリ、C-130、US-2飛行艇、メルカバ戦車、ブラッドレー歩兵戦闘車、MLRS、87式自走対空砲、大型のブルドーザーや多数のトラック、中型輸送艦、汎用の船と、膨大な量の燃料・弾薬がある。
整備工場の資材すらあちこちにそろい、ガライの墓の経験から空母を整備してきた人たちはそれも使いこなす。
各地のドームには特に頑丈にコンクリートで作られたものがあり、155mm榴弾砲、76mm野戦砲、ボフォース40mm、20mmバルカン、M2重機関銃、迫撃砲などが配備されている。
毛布やテント、水筒なども大量にある。
わずか五万の人口、戦闘員一万前後だが、多くが魔法を使えることも考えに入れれば、瓜生の故郷の小国とも戦える。
一人五頭以上の馬で走り続け、雌馬の乳や血を飲み、休みなく走り続ける騎馬の戦士たち、それが銃を手にしたのだ。バレットM107の長距離射撃、近距離ではAK-74のフルオート・RPG-7・呪文の複合攻撃。何人かの高い訓練を受けた者はダネルNTW-20、LWMMGなどの長射程・高威力・多弾数の火器を用い、遠距離から敵を削る。
二台のブラッドレーが物資・火力とも支援する。
漫画で描かれたマニュアルと、義務教育で訓練に慣れていることから、多くの人が短期間で重火器や車両すら使えるようになっている。
「まず最初の作戦目標は、ムーンペタの民の多くを避難させること。受け入れ先はリリザ」
と、アルメラ総指揮官から発表される。
サマルトリア王都のほうが近いが、そちらは霧に襲われている。
リリザは理想的な都市候補のひとつであり、開発が進んでいた地域だ。ちょうどローレシア領とサマルトリア領の境界近くで、国境の緩衝交易都市と決まっていた。
広い草原の中、豊かな川のほとりの、頑丈な岩盤。
三日月状の山脈に守られ、今回の霧の被害も受けていない。
北は山脈のせいか乾燥地帯が広がるが、そこも埋蔵量豊かな銅鉱山と塩鉱山があるし、乾燥地帯は灌漑すれば豊かな収穫が得られることは確実だ。
海近くは豊かな森が広がり、木材も豊富。近くの半島が作る湾が極上の港となる。
ムーンブルクのある大陸にも近く、旅の扉にも近い。
近くには大規模な油田があり、それが毒沼にすらなっていた。
戦争が始まる前から、瓜生がいくつか大きな穴を掘り、大量の軍需物資を備蓄してある。
戦争が始まってすぐに多数の機関砲を据えてトーチカを作り、塹壕で町を囲んだ。
そこに、ムーンペタから数万人を受け入れる。
それは立派な大作戦だった。
豊富な測量経験も重要だ。
精密な地図があるとないとでは、戦闘力は段違いになる。
さらに、複数の三角点を望遠鏡で見つけ、精密な六分儀と水準器で角度を得て無線通信すれば、味方の位置は正確にわかる。
敵の位置も正確にわかり、そこに爆撃や砲撃が山を越えて正確に注がれる、というわけだ。
海を航海し貿易する船を襲う敵もいた。
「セイル・ホー!ムーンブルクの私掠ガレー船!」と、ザハン出身の見張りが叫ぶ。
ざわざわ、とザハン出身の船乗りが不安になる。
「相手はガレー船だぞ。こちらには櫂がないじゃないか」
「た、確かにこの船、間切りはすげえけどよお」
「凪いだらおしめえだ」
「殺される」
「奴隷に売られるんだ」
怯える人々、だがロト一族の船員は悠然と天測し、気圧や気温を測定している。
実は短波無線で、海のあちこちにいる船が自分の位置を把握した上で気象データを送れば、中央である程度の天気図は作れる。天気予報が可能になれば、航海はもとより戦争にも農業にも凄まじい利益になる。
一人が、マストからはるか上にトベルーラで浮上し、大型双眼鏡を持ったまま降り、船長に報告した。
船長が何かを指示すると、士官候補生がマストに走る。そこに用意された箱と本。メモを本と照らし合わせ、次々といくつかのボール状の物をマストの上に、滑車で引き上げる。
すぐに丸いものが旗となってたなびき、それがいくつか模様と色を変えて繰り返される。
「まあ、無線でもいいんだが、ウリエルさまがやってくるまではこれでやっていたからな」と船長がつぶやき、軽く指示を出した。
素早く船員たちが息を合わせ、大きな縦帆の向きを変える。ザハン出身者も、こういう仕事ならさすがにわかる。
「それにしてもこの帆、すげえよなあ」と、ザハン出身の、やや豊かな服を着た老人が嘆息する。「こんな少ない人数で、こんな鋭い間切り。とても普通の船じゃ相手にならん」
「それだけではないですよ」と、〈ロトの民〉が話しかける。「水平線のさらに向こうに、僚船がいます。両方がちょっと顔を出したり引っ込めたりして、敵を誘導してるんですよ。その間に本命の輸送船は、もう目的地に着いています」
「なんでそんな、大声でもとどかねえだろう」
「あの旗は言葉を伝えることもできます」
「おれらにゃ、せいぜい海賊だとか助けてくれとか、そんなもんだぞ」
水平線の彼方の敵船を見ていると、特に少年は腕が鳴るようだ。
「戦わねえのか?」と、愛用の斧を持ち出して振り回してみせる少年もいる。
「戦力に差がありすぎる、今は。虐殺でしかない」と船長が言い、別の仕事を言いつけた。
「さて、ザハンの諸君。戦わない理由を、ここでなら知らせられる。港に届けて、少し射撃訓練の許可をもらった。あそこに、丸太小屋があるのが見えるな?」
ザハンの船員が口々にうなずく。岸までまだ2kmはあるが、高台の丸太小屋は見えている。
「発砲準備。発射」
船長の言葉と同時に、船首近い甲板に据えられていたブッシュマスター25mm機関砲が、数発火を吹いた。
その炎と轟音にザハン出身者は度肝を抜かれた。そして丸太小屋が瞬時に粉砕されたのを見て、完全に圧倒された。
「仕掛けがあるかどうか、上陸して確認するか?」
皆、それに反応する気力もない。
「言ったろう?飛び道具もない木造ガレー船に、遠くからこれを発砲するのは、虐殺だ。ロトの掟に反する。さ、上手回し用意。ローレシア沖に向かうぞ」
船長はこともなげに言い放った。
攻撃に怯えるムーンペタに、まずアロンドとジジが姿を見せて人々を安心させた。
ジジは長年石像として、ムーンペタの象徴と愛されており、それが生身の体で叫ぶ。アロンドのカリスマがそれを補い、人々を整然と集めた。
超巨大客船とニミッツ級原子力空母、そして多数の汽船がムーンペタの二十万人近い人口を一気に、大陸を越えて移していく。どちらも標準で六千人の超巨船、クルーを減らし一部屋に何人も詰めて人員輸送に徹すれば、一万人はいける。
そこで、かなりの人数のガライ一族がショーをしながらローレシアまでの、半島を大きく迂回する長い海の旅をする。もちろん、ムーンペタが持っているような横帆船やガレー船でローレシアまで行こうとしたら半年はかかる旅を、ほんの一月でこなしてしまう。
他の船はレアヤが治める、風の塔に近いムーンブルク東部からも人を輸送している。
避難民たちにとって、それは圧倒的だった。
だがそれでも一夕一朝で運びきれるものではなく、人がまだいる時に敵は押し寄せてくる。
「河を守るぞ」「ムーンペタ大橋に兵力を集中しろ」というムーンペタだが、サデルは首を振った。
「川岸は長すぎて、防御しきれません。敵が橋を使わず渡河を選んだ場合、橋の防御は無駄になります。河は船で移動し、兵站を運ぶのに使わせてもらいます。むしろ、敵が上陸しようと近づくところを襲うほうがいい」
アロンドに、大西洋の壁がどんなに無理でムダだったか、いやというほど聞いているからだ。
「あれはとことん無駄だった。あれに使われた火器とコンクリートを、別の目的に使っていれば……上陸はどこからでもできるが、上陸した軍は必ず集まらなければならない。制空権を握られていても、ドイツ沿岸地帯の道や駅を罠だらけにして、進みにくくするほうがいい時間稼ぎになった。ロンメルは確かに経験から水際作戦を具申したのだが、それを実行する資金と資材、制空権・制海権がなかったことを見ていない。金が足りない時点で弱者だ、弱者が強者を倒せる方法は、ゲリラ戦だけだ。
まあ、あの状態では何をやっても詰んでいたがね」
アロンドは地図を見ながら、軍の皆に何度も当時の状態を説明し、解説していた。そうせずにはいられなかった。
空母が人を運ぶ前に降ろす膨大な兵器がムーンペタの町に一度集められる。空母の飛行甲板は人員輸送に使われるので艦載機は飛ばせないが、ヘリコプターや飛行艇が広い範囲を偵察する。人を逃がすのに使われる小型船は、いつでもムーンペタ河のどこにでも兵力を送り出せるよう準備され、訓練が重ねられる。
深い森、いくらか切った木を運び出すための道がある程度。そこに先遣隊が襲いかかる。
それは、もはや人ではなかった。いや、人以上に人といえるだろう。
姿を消して偵察していた人たちが、この世の地獄を見ている。
最初はただの暴徒だった。それが、あっという間に変貌した……最も凶暴な人間の心と、魔の体力を持つ軍勢に。
ムーンブルク王城街の多くが虐殺され、その死体が次々と蘇った。鋼の鎧を貫通し生身の人間の腕をもぎ取るAK-74もクロスボウも効果がない怪物に。
「竜王軍の魔物たちも、あそこまでひどくはない」と、戦いを経験した〈ロトの子孫〉が声をそろえた。
「血に酔った人間は、魔物よりずっとひどくなる」アロンドら、ガライの墓の試練を経験した人たち、人間の戦争を見てきた長老たちが声をそろえる。
その兵団がムーンペタに押し寄せてこようとする、そのかなり前にローレシアの、戦車と牽引砲が次々と運ばれ、上空からの偵察で敵軍の位置がわかる。
「速い。時速80kmは出ている」
「多数の、かなり強力な魔物が加わっているな」
「ムーンペタ河全体を、浸透するように渡ろうとしているようだ」
「いや、こちらの陣に集合しようとしているのでは?」
と、敵の状態を分析する。
同時に、敵が攻撃しそうな村や町に行き、できるだけ多くの人々を逃がす。襲われる村から人々を逃がすのは、竜王戦役で〈ロトの子孫〉にとってはお手の物だ。さらに今回は多数の巨馬と、瓜生が残したトラックや船がある。
兵站を準備し、風呂・トイレ・調理・寝場所を作る。訓練や塹壕構築で適度な運動をし、娯楽、熱い食事で士気を保ちつつ戦闘準備を整える。将棋や囲碁は戦線でも気軽にできる娯楽だし、ガライ一族が舞台でミュージカルをやることもある。逃がした難民たちにも食事を与え、楽しませる。
大型ヘリが次々に保存食や砲弾を空輸し、読み書きできる膨大な人たちが瓜生が緊急用にと残した大量の紙で記録を取り、ソロバンと瓜生が残した電卓で計算し、書類を書く。
こちらから少人数の、強力な魔法使いがあちこちに出て、砲撃をしやすくするための目印を設営する。
敵が迫ったとき、それはまるで雪崩のようだった。
膨大な数の、巨大な魔物たち。前線を駆けるのは、血と肉片にまみれ腐臭を放つ、戦いに狂った人間たち。
その集団に、メルカバの120mm砲とブラッドレーの25mm機関砲が次々と叩きこまれる。
象のように巨大なムカデも砲弾には粉砕されるが、直撃したときのみだ。大波に拳銃を撃ちこむように、ほとんど勢いは止められない。
そのまま蹂躙される、と見るものは思うだろう。敵の中の生者も、そう絶叫しあざける。
だが、大きい町に向かうための道、その一部が削られふさがれ、少し迂回するルートに広がる茂み。そこに敵集団が踊りこんだ時に、別の地獄が起きた。
何重にも張り巡らされたレーザーワイヤー。特殊鋼の薄帯でできた、刃の螺旋。
それが巨大な魔物たちも、蜘蛛の糸が虫をとらえるように絡め取る。生ける狂者は痛みに絶叫し、ますます狂気を強めて自らを傷つける。生ける死者は痛みを知らず、より深く鉄条網に自らの体をねじこみ、切り刻んでいく。
桁外れの力がある魔物も、一度それに絡められたら動けない。特殊鋼の薄帯の引っ張り強度は、極太の鎖もしのぎ戦車も妨げる。その端は深いコンクリート杭に埋められている。
あがきが激しく泥をはね散らかし、人ならぬ声の絶叫が天をつんざく。
その絶叫もかき消す、いたるところから吹き上がる爆発。無数の地雷が足を砕き、魔物でも狂者でも死者でも行動自体を不可能にする。
その死骸が集合し、より巨大な別の魔物が出現することもあるが、それもまたすぐに鉄条網に絡め取られ、対戦車地雷に下半身を吹き飛ばされる。
さらにそこに、正確に測量された山越えの砲弾が次々と叩きこまれ、爆発と破片がすべてを蹂躙する。
理性を残す生者に導かれたのか、その地獄をよけて、ふさがれた道に踏みこんだ軍勢はより一層の地獄に直面した。大量の燃料を爆薬が押し広げ、点火……窪地の内側が巨大な燃料気化爆弾と化して、生きていようが死んでいようが焼き潰し、立ち上る火災旋風が焼き尽くした。
別の道をたどる魔物たちも次々と、鉄条網と塹壕に絡められ、機関銃と迫撃砲、近距離からのRPG-7に粉砕され続けた。
ロト一族は全員穴を掘る。全員が肌身離さぬ長柄の剣鉈は、剣のようにも使えるが穴掘りにも十分使える。畜力も借りて測量し、杭を打つ。その技術はそのまま、塹壕を作ることに使える。
魔法は魔法で防ぎ、炎や吹雪、毒を吐かれてもその大半は塹壕の土塁に吸収される。
フレイムやブリザードが鉄条網も無関係に飛んでくることもある。だが炎は土塁に防がれ、数人の兵が集まり、サイガ12ショットガンで2mm系程度の散弾を、セミオートで大量に放つと心が砕けるような悲鳴とともに消えていく。周囲もAK-74のフルオートで弾幕を張る。アロンドとともにロンダルキアへの洞窟を攻略した精鋭たちは、凄腕の剣士が邪悪な気をつかんで核を斬るか、または散弾で核を砕けばフレイムも倒せることを学んでいた。
魔物が襲ってくれば、土壁の向こうから強力な重機関銃と迫撃砲が弾幕を張る。後方からは高速で動き回る戦車が次々と超強力な砲弾を、ほとんど狙撃の精度で巨大な魔物に命中させる。ブラッドレーが兵員と弾薬、食料を運びながら25mm機関砲で掃射し、危険が迫れば味方を積んで素早く逃げる。
空を飛んで戦線後方を狙う魔物も、AK-74や重機関銃の弾幕に撃墜される。トベルーラで飛びながら機関銃で連射する魔法使いにはとても対抗できない。
大軍だが、十分な清潔とワクチン、抗生物質。湯冷ましを飲み、ビタミンをちゃんと飲み食いする。伝染病は出ない。
敵も確かに強い。普通の人間に見えるのが、実際には倍の大きさになり、人間なら胴体ごと両断されるM2重機関銃の直撃にもかまわず馬の速度で走り続ける。だがそれでも、レーザーワイヤーを引きちぎることはできず、25mm弾やRPG-7の直撃にはひとたまりもない。
いたるところで、塹壕網をはりめぐらすローレシア軍に、次々に魔軍が襲いかかっては壊滅していく。
そうして時間稼ぎをしている間に、膨大な人数の民がリリザに逃げ、キャンプを作り仕事ができるものは仕事を始める。
ローレシアは三千人ほどが前線で戦い続け、後送されては人を運ぶ仕事に取り組む。後方にも一万人近くが常時おり、サマルトリアの人々を抜いて四万人前後の人口全体が臨戦態勢にある。
ほぼ同時にデルコンダル軍も攻撃も南からローレシアを攻めてきた。だが、こちらはほとんどが人間だ。
中には何人か、奇妙に戦いに応じて魔物のように化していく者もいる。邪神教団がアロンドの両親に駆逐される以前、遺伝子レベルで邪神に従うよう刷りこんだ者たちだ。
彼らがなぜかいっせいに命令を受けたように、激しくローレシアに対する敵意を燃やし、軍勢を集め攻撃を始めたのだ。
デルコンダル王もそれを止めることはしなかった。
半島を北上する一本道なので、守る側から見ればこれほどやりやすい戦争もなかった。
デルコンダル軍の数隊が、山を越えて開拓村の一つに攻めこんだ。
「やっと略奪できる、やっと腹いっぱい食える」
完全に食糧を輸送できた軍は、第二次世界大戦のアメリカ軍が最初だろう。それ以前の軍はすべて、食料は略奪で得る。多くは給料も。
「だれも、人っ子一人いねえよ。馬一頭、ゼド一匹」
という報告に、貴族は激しく怒って報告した兵を殴り倒した。
「もっと探せ!どこかに隠れてるんだ、腕一本たたっ切って、足に縄つけて引きずって来い!」
と、激しく怒って探し回るが、建物そのものが少ない。開拓村はテント暮らしも多いからだ。
「見つけました」と、一人がわずかにあったドームから、一枚の紙を持ってくる。
「なに?」と、指揮している貴族も文字はろくに読めないが、何とか見る。
「地図みたいだな。この印か?よし、掘ってみよう。その家は焼いてしまえ!」
と、腹ペコの百三十人ほどが、地図につけられた斜面を探し、必死で掘り始めた。
背後には焼かれた家の煙が上がっている。
一人の兵が、何かを見つけて隠そうとした。
「何が出た!」
殴り倒した貴族が、その手を踏みつけて奪う。
「おお、金貨だ!」
欲と喜びに絶叫し、飢えて疲れきった兵が吼えて、必死で掘り返す。
木を切り倒し、槍や短剣で重い泥土、強靭な草の根を掘り返し、岩を転がす。
「見つかった!」大声に群がる兵、そこに貴族が真っ先に飛び出す。
「どれだ!?」と銅でできた板と数枚の金貨を手にし、一瞬ホクホク顔をした貴族は、みるみるうちに額に青筋を立て、顔を真っ赤に染めた。
『掘ってくださってありがとう。ここを畑にしたかったんです。こちらは給料です、お納めください』と、やさしく共通語で書かれてある。
金貨は嬉しいが、食えないことに気がつく。
人間・家畜とも完全に避難し、収穫のすべてを見つからない場所に深く埋める……竜王が操る魔物から逃げ続けた〈ロトの子孫〉、そして霧から何度も逃げた開拓村の人たちにとっては、すべてお手の物だった。
そうやってからかわれ、飢えと怒りに頭に血が上った敵は、そのまま無謀な峠越えで余計に消耗し、次の開拓村で待っていた重火器のえじきになるだけだった。
谷の向こう側から、撃つ相手を確認することもできない……森の奥に隠されたコンクリートトーチカから放たれる迫撃砲と重機関銃、狙撃銃に、何にやられたのかもわからぬままやられていく。
逃げた者も飢えに耐えかね、指揮官も殺してあちこち野山に迷い、力尽きては救助され、捕虜としてやっと食事にありついた。
デルコンダル軍は兵力も弱く、最小限の兵力で十分撃退できている。
海から大灯台の島を攻めようとする軍勢もいるにはいるが、それは船を長距離砲で撃破すれば済む。
ムーンペタなどからリリザへの避難は成功した。避難民を突然海の魔物たちが上陸して襲おうとして撃退することはあった。
一度ならず、霧をまとう巨大な怪物がリリザを襲い、アロンドと艦載機部隊が撃破したこともある。
そんな中、突然ムーンペタがある巨大な半島の北端に、多数の敵が出現した。
海峡一つ渡ればサマルトリアの南、ベラヌール北方につながる旅の扉がある。
およそ百年前に、平和なアレフガルドでリムルダールとラダトームをつなぐ海底トンネルが掘られた。
その職人たちが、ムーンブルクのサンケス四世王と、美貌と狂気で知られるアレフガルドのローラ女王の命を受け、ムーンブルクとアレフガルドの総力を挙げてムーンペタ北の大半島から禁断大陸に向けて、海底トンネルが掘られていた。
ローラの門と言われるそのトンネルは、二十年にわたり掘り続けられたが、開通直前で頓挫した。
アレフガルドにおける大地震と、やはり地下であっても大陸の結果以内で眠り死んだ者がいたことで、労働者の間に恐慌が起きたのだ。
それをムーンブルク軍は思い出したようだ。
もちろん工事を妨害するのは容易なはずだが、なぜかその作戦は進まなかった。
サデルはそのことに、少しいらいらしている。軍が自由に動いていない、意思決定がうまくいっていない感じがする。
ムーンペタを大きく迂回し穴を掘りに来るムーンブルク軍に、キラーマシーンと呼ばれるようになった異質な魔物が多数混じるようになったことも、妨害がうまくいかない理由だ。
戦車ほどの大きさで、AK-74の5.45mm弾ではノーダメージ。魔法もほとんど通じない。金属製の巨体は瓜生が出す重機のような印象だ。ただしエンジン音はしない。
RPG-7や20mm弾以上が直撃すれば行動不能にはできる。魔法剣を使ってもなんとかしとめられるが、すさまじい攻撃力でやられるリスクも高い。
結構素早いので戦車砲を直撃させるのは難しい。また四本脚があるし巨大な剣も持っているので、塹壕も潰され乗り越えられてしまう。
高い鉄条網でからめ、対戦車地雷や対物ライフルで脚を破壊し、至近距離からRPG-7を直撃させるのが一番安上がり、と結論されつつある。
それでもそれが多数出現すると、ローレシア側はかなり押されてしまう。