その日はちょうど、暫定議会が開かれる日でもあった。日が傾き始めた頃。今日は休むといっていたハーゴンが、遅れてやってきた。
議会は、ローレシア王宮の議場で行われている。
飾り気のない、木造に土塗りの広間。
アロンド夫婦が上座にいて、横にはリレムとキャスレアが幼いローレルを抱いている。
アロンドの脇にはアダンの巨体が控えていた。
サデルが報告書の山を抱えている。
一方には、ロムルもいる。レグラントは仕事をしていた。
ガライたち、大灯台・元鬼ヶ島・テパ南、ザハンの神官など代表者もいる。
何人かは、ランダムに国民から選ばれ、同じ給料と任期後の職場復帰が決められた議員。
「ハーゴン」アロンドがいつもの落ち着いた笑顔で迎える。
「またいつもの話です。どうすれば、この戦争を終わらせられるか」
「困ったものですねぇ」と、ハーゴンが肩をすくめる。「ロトの血を濃く引く者が、あの海底洞窟に行くべきだと。流言飛語は厳しく取り締まるべきです」
「いや、戦時とはいえ、一度言論の自由を制限すると、元に戻すのが大変だ。それに、海底洞窟に行ってどうするんだ?」
アロンドが軽く笑う。
「まったくですとも」
ハーゴンが合わせた。
「いえ、海底洞窟に勇気ある者が行けばこの戦は治まる、と確かな筋より聞きました。どうか私に、行くことをお許しください」
「いや、私が行くぞ!」
と、何人もが勇気を競い合う。
「おお、やはりみなさん勇気ある人々だ。さて次の議題に入りましょうか」とハーゴンが大げさな身振りをつけて、紙をめくる。
「ローラの門と呼ばれるトンネル、破壊しないのですか?」
「破壊するな、とムーンペタ、北のお告げ所の予言者が声をそろえてね」
「リリザの、ムーンペタ難民たちは?」
「なんとか安定はしています」
「食料に不満があります。量はともかく味で」
「やはり納豆が不評です」
「あと、チーズはあの人たちは、ウォッシュタイプを好むようです」
「それも、ルグンの蒸留酒に限るぞ」ムーンペタの代表者が威張る。
「それはいいことをうかがいました。お国の優れた方法を学ばせてください」とアロンドがへりくだり、ムーンペタ側は大喜びする。
「大灯台の島、第三製鉄所で、新しい炉に事故がありました。温度が上がりすぎたとか」
議題が一つ一つ解決されていく。熱いお茶と菓子が配られ、時には激しい議論にもなる。
使者が一人議場に入ると、アロンドに電報紙の束を手渡した。
「事故の様子は?」
「今、ジニと連絡がつきません」
「ラグエラが消火中です」
「ジニは?」
「今、連絡が取れません」
「朝の予定ではリリザ北の修理工場にいる予定だったのですが」
などと、議員に報告の声が次々に出ている間、アロンドは静かに読み終え、サデルに手渡した。
一読したサデルの表情が、真っ青になる。激しくハーゴンをにらみつけ、その紙をロムルとレグラント夫婦に渡した。
まだ日本語が不自由だし共通語も文盲だった夫婦だが、共通語の抄訳を必死で読む。
そして、激しい怒りに燃えて立ち上がった。
「ハーゴン、よくもあたしたちの大事な娘を」
「殺してやる!」
ロムルが隠し持っていた短剣を手に、ハーゴンに襲いかかろうとする。
それを、瞬時に動いたアロンドが止めた。手首をつかまれ、まるで巨大な機械にはさまれたようにいくらもがいてもびくともしない。
「放せ!」
「ジェッツでも!」アロンドの口調の激しさに、ロムルの腰が抜ける。「おまえの子分が勝手に戦うことは、許さなかっただろう。おまえは私の子分だ。暴力は許さない」
「でも、でも、ならあなたの手で」
「ほう、あなたの手でこのわたしを切り殺してくださるのですか。アリストートス卿をイシュトヴァーン陛下が、軍事裁判をでっちあげてぶった切ったように」
ハーゴンの余裕に、人々が虚を突かれた。
「それこそまさに本望ですよ。それとも、アリストートス卿と同じく、私は武士ではないと命乞いをしたほうがいいでしょうかねえ」
と、ハーゴンはアロンドの前にひざまずき、首を差し伸べ、腰を抜かして命乞いをする身振りをする。
「何があったというんだ」
何人かが叫ぶ声に、サデルが負けない大声で言う。
「ハーゴン参謀長が、ジニ特務技師を生贄にしようとして、助けようとした同級生に多数の魔物をけしかけ戦いになった、と」
「なにいっ!」
「やはり邪神教団は邪神教団だ」
叫びで騒然となる。
「リール、われらゴーラの優しい母親リール、ゴーラの一員だったこのハーゴンをどうするのですか?アロンド陛下も、イシュトとともに苦楽を共に」
「やめろ」
アロンドの静かな一言に、議事堂が静まる。ハーゴンも口をつぐみ、何か言おうとしてはアロンドの目に黙ってしまう。
「私にわかっていないと思っていたか?リールも、メルキリウも気づいていたよ。何かが違う、おかしい、と」
ひたすら静まり返る。その意味を、全員が考えている。
「だが、そんなことは問題ではない。ロトの掟で、法で禁じられた、人の生贄をしようとした……それだけだ」
「証拠は?ここは罪刑法定主義、法の支配の国だ、と何度もおっしゃっているのはアロンド陛下ご本人ですよ」
ハーゴンは悪びれる様子もない。
「証拠ならある。もう、ある部隊がおまえの、複数の本拠地を押さえている。そしてついでに、告発させてもらおう。
今回、ムーンブルクとデルコンダル両国がローレシア・サマルトリア兄弟国を攻めているのは、おまえが黒幕だ……大神官ハーゴン」
声もなし。
「そう言って、このわたくしを切り捨て、湖に投げ込まれるのですね!何たる光栄、なんたる喜びか、わが愛しの、美しい陛下」
ハーゴンの笑いに、皆恐怖している。
「ですが、これはバイアでの、アリストートス卿の裁判とは限りません。逆に、トーラスでのイシュトヴァーン弾劾裁判かもしれないのですよ。そう、イシュトヴァーンとカメロン、それにわずかなドライドン騎士だけで、モンゴールを滅ぼしてしまった」
「どういうつもり!」サデルが叫んで、剣を身に着けていないことに気がついて呪文を唱えようとして、迷う。
「サデル、どうしたの」と隣に言われ、
「あんたは違うの?みんな、ハーゴン」
「幻覚よ、しっかりしなさい」
「そう、幻覚ですよ幻覚」
全員がハーゴンに見えているサデルは、イオナズンに呪文を切り替えて唱えかけながら、身動きが取れない。いくらなんでも、呪文を使えない者も多い議員……王国の要人の大半を殺す決断は、とっさにはできない。
「外を警戒しろ、軍を伏せているかもしれない」と『グイン・サーガ』を知っている者が飛び出そうとする。だが、扉と思ったらそれは壁、激突してひっくり返る。
「もはやあなたがた、〈ロトの子孫〉も〈ロトの民〉も、ことごとくわがもの……」
軽くハーゴンが目を上げると、突然アダンの右手が蛇に変わり、アロンドの首筋に噛みつく。同時に、議場の全員が次々と、何かに刺されたような反応を見せる。
「リレム。ローラ姫さまのためだ」
ハーゴンの一言を聞くや、リレムが幼いローレルの手を引いて、ハーゴンの傍らに飛び出してくる。
桁外れの力を持つはずのローレルの目はうつろで、リレムに逆らおうともしない。
「このリレムは、わたしの操り人形!『姫さまのために』と言ってやれば、どんなことでもする。
そしてアダン、これこそわが切り札、わが意のままの道具、破壊の剣!
そうだリレム、ローレルをシドーに捧げよ。姫さまのために、他に道はないのだ!ひーっひっひっひっ。
アダンよ、そなたが誰よりも憎み嫉妬しているアロンドさまを、今こそお前のものにせよ!その苦しみをシドーに捧げるがいい!
そして、アロンド陛下の名による布告一つで、〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉すべてが海底洞窟に赴き、自らを生贄にささげてシドーを復活させるであろう」
ハーゴンの哄笑が響く。
全員、強力な幻覚と精神支配にかけられ、身動きもできなくなる。
「皆さんお一人お一人に、ご自分が望む幻覚をどうぞ……勇気を示せ、名誉はそこにあるぞ」
ハーゴンの言葉とともに、全員が操られるように立ち上がる。
「ふふふ、ついに久しく待ち焦がれたこの時が来たのだ。まずは議員たち、その命令でロト一族全員が海底洞窟に赴き、自ら生贄となる」
と、ハーゴンは手首を自ら切ると、血で複雑な図形を描き始める。
「さあ、アダンよ。生贄の王を連れてこい」
アダンが、そっとアロンドを押して地で描かれた、奇妙に歪んだ図形の中心に、踏み入ろうとする。
だがその時。
アダンの手から放たれた蛇が、絶頂に立つ大神官ハーゴンの喉に噛みつき、瞬時に長剣と化して貫いた。
「う、うぐ……」
何かに操られるように目の色を変えたリレムが閃光手榴弾を投げ、ローレルを抱き上げてローラ王妃のもとに走る。
次の瞬間、ローラ王妃は、再び石になったはずのジジに変わっていた。
そして、突然とんでもない邪悪、底なしの寒さが議事堂を叩く。
凍てつく波動が議事堂全体を叩き、魔毒に麻痺させられていた全員が目を覚まし……すさまじい邪悪と寒さに硬直して、ひたすらアロンドを見つめた。
悪ならば王が倒してくれる、と。
だが、アロンドは王座で静かに微笑み、軽く許可の身振りをし、声をかけた。
「ウリエル」
「う、ウリエル」
議場の全員が驚き、立ち上がる。
その瞬間、モシャスが解けて、闇をまとった影は白衣の男に戻っていた。
瓜生が、アロンドにひざまずく。
「ばかな、ウリエルは元の世界に帰っていたはずだ」
「いや、石にされていたと」
「殺されたと聞いたぞ」
「アロンド陛下に粛清されたと」
「ジジも、石だったはずなのに」
「石像は確かにリリザにある」
全員が、ハーゴンも含めて呆然としている。
「……二度目なんだけどね、パペットマンにモシャスを使わせたのよ」とジジがほくそえむ。
「ばかな、ウリエル……きさまは、この世界には存在しなかったはずだ」
「おれは、存在してなかったよ」
瓜生が軽く笑う。
「アダン、アダン!何をしている、こやつを」
ハーゴンの叫びを聞いたアダンが、すさまじい怒りで咆哮した。アロンドが鋭く一声叫ぶと、それも収まる。
「アダンの最終支配権はアロンド陛下に渡してあるよ。シシュンさんの犠牲のおかげで」
瓜生が痛ましそうに言う。
アロンドの隣でジジが浮かべる微笑に、少し影が混じる。
「リレムの、アドミニストレーターパスワードはおれとジジがもらっていてね。どんなハッキングをしても、おれたち二人のパスワード一つで、すべてを削除してシステム復元・再起動できる」
瓜生が共通語で説明したが、数人以外は理解できない。
「わかるわけないでしょバカ」
ジジが怒鳴り、瓜生が苦笑する。
そこに、キャスレアの姿になっていたローラが元に戻り、ローレルとリレムを抱きしめて泣きむせんだ。
「ローラ王妃様。あなたのためにリレムは、人が決して明け渡してはならない、最も深いところまでおれたちに委ねてくれたのです。その上でハーゴンの操り人形とされることも覚悟で」
「この子の才能は、人を楽しませることと、人を見る目、そして覚悟だ」
ジジが、そっとリレムのそばに行き、その肩に手を乗せる。もう、リレムは小柄なジジと同じほどに成長している。
「ジジはカンダタのこと、邪神教団への復讐だけは絶対に信頼できるからな」
瓜生の言葉に、ジジが面映ゆげな、何ともいえない表情をし……敵意に満ちた笑顔をハーゴンに向ける。
「お前がここで最高の幻術師だ、そう思わせたのさ。うぬぼれという餌を垂れれば誰でも釣れるんだよ」
「まず、お前はおれの実力を知りたがっていた。〈大魔王殺し〉がどれほどのものか、ってな。だからその餌を与えてやったのさ。だが、おれやジジより、お前より上の幻術師は、二人いる」
瓜生が冷静に、授業の口調で説明する。
「だ、だれだ」
「一人は大魔王ゾーマ。そして」
瓜生の言葉に、ハーゴンは激しく叫んだ。もはや人間のふりもやめて。
「ばかな!ゾーマは死んだ、おまえはゾーマにモシャスできるかもしれないが、制御できない」
「アロンド陛下なら、制御できるんだよ」
瓜生が冷たく言う。
「もう一人、凄腕の幻術師がロト一族にいた。マロルっていう」
ジニが、奇妙な表情で、小声で言う。
「ダンカの兄」
瓜生が静かに言った。
「あ、あんな?あんな」
「重度身障者だ。だが、ジジやおまえと同様、幻術の天才さ」
「それに、あの体じゃ自分と向き合い魔力を磨く時間は、常人の何倍もあるからね」
ジジが寂しそうに言う。
「おれがモシャスしアロンド陛下が制御したゾーマと、マロルの二人がおまえに幻を見せていた。かなり前から。
アロンド陛下がどんどん、『グイン・サーガ』のイシュトヴァーン王みたいに残酷に狂って、罪のない人も次々と処刑し、あちこち侵略して、もう九割がたおまえのものになってる、って夢を見てたろ」
「あんたが変なもんばらまいたからよ」
ジジが嫌そうな目を瓜生に向ける。そう、二人が言いあっている間に、ハーゴンはアロンドに近づこうとしていた。
「やっぱり、違うわ」
レグラントが気がつき、立ちふさがって、ハーゴンをにらんで言った。
「あたしたちが知ってる、ハーゴンじゃない」
「そうだ。私たちが知ってる、ゴーラの孤児仲間ハーゴンはもう、殺されている」
アロンドの言葉に、孤児仲間が激しい衝撃を受ける。
「おまえは、記憶だけ奪ってハーゴンとその里親を食ってしまうべきでは、なかったんだ。生きたままハーゴンを操っていれば、われわれ全員生贄にされていたかもしれない。
私とローレル、リレムとジジ、誰もかれも、と欲張らずに、一人だけを狙っていれば。あいつは、最高の悪だったのに」
アロンドの口調と表情は、全く感情を見せていない。だが、その底に深い悲しみと怒りが感じられる。
「すぐ調べたよ。ハーゴンを引き取った里親が、やたらと強い魔物に、残酷に殺されていた。別の、頭が食われた子供の死体もあったけど、別の孤児だろうってことになってた」
ジジが厳しく言い、サデルとうなずき合う。ハーゴンが加わった直後、そのことを調べ上げ、監視していた。ジジがラファエルやトシシュら、天才的な子を教えたのも、対ハーゴンのためだった。
「ハーゴン自身が言っていた。邪悪な人間は飢えている、自分の邪悪そのものに操られている、とな。おまえがそうなんだ」
アロンドがそっとつぶやいて、ハーゴンに迫る。
「殺すのですね?」
ハーゴンは殺してほしそうに首を差し出す。
「…て、アロンド!ハーゴンの仇、それにジニをひどい目にあわせた」
レグラントの叫びに、アロンドは黙って手を差しのべて呪文を唱える。
ハーゴンが鋭く動き、アストロンをかわして、そのまま天井にイオを放って破壊、ルーラを唱えて消える。
同時に、うなずき合った瓜生とジジがルーラで飛んだ。
直後、ハーゴンが床に描いていた血の図形が生きているように盛り上がり、強烈な悪臭と共に一体のデビルロードに変じた。
「アロンド、あなたにも勝てない相手があるんですよ……ずっとね、霧のことを調べてきた。霧の力を借りてキラーマシーンを作り、ひとつの世界そのものである霧を、石像にした。
さらに霧の本体は異界にあります。両方を同時に破壊しない限り、いくら破壊しても無駄ですよ……さあ、足掻くことですね」
言い終え、メガンテを唱え始めたデビルロード。アロンドが超高速で突進し、その手にアダンが投げた蛇が握られて、長剣と変わり、唐竹割り。呪文を唱え終える間もなく、デビルロードが消滅した。
アロンドは稲妻を奇妙な形に放って周囲を浄化すると、息も乱さず、紙とペンを求めた。そして矢継ぎ早に指示を始める。
「サデル、橋の近くに集まっているデルコンダル侵略軍に集中攻撃。リレム、デルコンダルに戻って王に、和平案だ……ちょっと待て」
と、素早く文章を書き始め、ながら次の命令を言う。
「ロムル、トシシュに話を聞いて、ハーゴンを告発して市民権停止措置」
「生ぬるいぜ、せめてあんたの手で殺してくれ」
「筋としては、そうだ。だが誰であれハーゴンを殺せば、殺した者の強さに応じた力で、破壊神シドーが復活してしまう」
「そんな」と、サデルが息を吞んだ。
「ちくしょうっ」ロムルが歯噛みをし、机を殴りつける。
「な、ならあのお二人がハーゴンを殺しても」
「大丈夫さ、二人ともよくわかっている。さあ、短波モールス信号を準備してくれ。『アロンド ヨリ ゴッサ イケ マカセタ』だけでいい」
議員たちが、今度こそ衝撃に凍りついた。ゴッサ、サマリエル第二王子をはじめとするサマルトリア勢は、霧に吞まれたとされているのだから。
「ドラクエ3」で、バラモスのかげをはめたときと同じです。
してやられたふりをして、敵のうぬぼれを増強する。
偽って消えて暗躍する。敵をだますには味方から。
相手にうぬぼれというエサを投げ、実際には操っている。