奇・・ドラゴンクエスト1の続き   作:ケット

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かつての仲間、ロトの民

 そして最初の船が、ガライの港から旅立とうとしている。

 焼かれた港に、いくつか木の杭を打ち、板を渡しただけの桟橋。

 竜王の襲撃で船を焼きつくされてから、久々に見る船。二本マスト、木製に見せかけているがFRP。

 地引き網でとれる魚や岸壁の貝、森で放し飼いされる家畜の肉と、薄く切って燻製にした芋、木に巻きつく豆。梨に似た果物の酒。そしてアレフガルドの染め布、魔物の骸から得られる薬。

 町の有力者たちと壮行の宴をすませ、高い日当で雇われた屈強の男が荷物を積みこんでいく。

 

「出航(レツコー)!」

 アロンドの声が響く。生まれはドムドーラだが、ガライで育ち〈ロトの子孫〉の教育を受けた彼はひととおりできる。

 船の多くは焼かれ、ゾーマ結界に似た結界により外洋航海はできなかったが、風を盗んで近海で網を巻き、魔物の触手をかいくぐって近隣に物を運ぶぐらいの船乗りはいた。

 ラダトームからの特使でもある、ローラ姫の従兄弟が船縁にうずくまっている。船室では、ローラ姫も激しくえずいていた。

 瓜生は、彼女のことはアロンドに任せていたが、船酔いなのか妊娠なのかを疑っていた。

「大きく変わっていなければルーラで跳べますし、空を飛べる乗り物もあります。奥様のお体が心配です」とアロンドにいったが、

「二日もかかりませんし順風です」と答えるだけだった。

 考えてみれば、瓜生の正体はまだ、ごく少数を除き極秘だ。

 瓜生は警戒していたが、海の魔物は一度も出なかった。アレフガルド周辺は光の玉の力で、魔物が出没しない楽園である。

 

 もう十年以上、交易が断たれていたルプガナに、アレフガルドの紋章・ロトの紋章を掲げた船が入港する。

 誰何に大声で、「アレフガルド!ラダトーム」の名が叫ばれる。

 石組みのしっかりした埠頭。

 瓜生がレムオルで姿を消し、狙撃銃とRPG-7を構えている中、ロープが投げられて港の者が受けとり、引き寄せられる。

 板が渡され、丸腰に見えるアロンドがローラ姫を抱えて降りる。背後からロトの紋章・アリアハン国・アリアハンの王位継承権のない王族・ネクロゴンド王国王族と並べた旗を掲げ、背に剣と銃を隠し持ったサデルが従う。

 リレムが、「もっとかっこいいカッコに」といったことがきっかけで、瓜生もアレフガルドの宮廷衣裳に似た服を膨大な衣服カタログから捜し出して、アロンドもローラ姫も着飾っている。

 ラダトームの貴族、ガライの商人も次々と降りて、ガブリエルが目印の旗を掲げ旧知の商人に声をかけた。

 ふらつく足で岸に這い上がり、人の名を呼ぶ人がいる。竜王の襲撃で故郷から、家族から隔てられ、ガライで生き延びた人もいたのだ。その中の一人は同じく老いた妻子と抱き合い、別の老婆は若い男に抱きしめられ、家族の死を告げられたか号泣していた。

 アロンドは肩に留めた隠しマイクとカメラを確かめ、異質で豪華な服の貴顕たちの前に立った。

「竜王は死んだ、アレフガルドは救われた!私は勇者ロトの子孫、〈竜王殺し〉アロンド、世界を巡る旅に出た。これはアレフガルド王ラルス16世の長女、わが妻ローラ」

 と、ローラ姫を下ろし、支える。

「アレフガルドと諸国の絆を結び直し、交易で共に富むために来た!」その声に、港に詰めかけた人々が一瞬で魅せられるのがわかる。

 もちろん、船の人々も。

「変わらぬ友情と正直な交易を期待している」それだけ言って、あとはラダトームの特使に引き継ぎ、自らは町に向かった。

 いつしか背後に、飾り気のない服を着た瓜生が従っている。〈上の世界〉では通用する彼の紋章と、賢者の位を示す印が目立たぬように縫い取られている。

 

 港町は栄えていた。アレフガルドが結界に閉ざされても、海は世界につながっている。

 ムーンブルクやベラヌール、ペルポイとの交易。そして少し北にいけば旅の扉があり、それもまた各地に情報や、香辛料や薬のように軽く高価な品を運ぶ。

 蒸した根菜と発酵乳、豊富な野菜とナッツの食事。多彩な布が店頭を飾る。

「これは」青い甕から注がれた、芳醇な甘い酒にアロンドが目を見張る。

「ベラヌールのメロワイン」と、瓜生。

 多くの人がアロンドを取り囲み、その叙事詩を聞こうと質問を浴びせる。

 彼が静かに見回すだけで、それは収まった。そしてローラ姫が目を向けると、一人の吟遊詩人が進み出る。

 ガライの町でも指折りの、創設者ガライの子孫でその名を継ぐ。

 その手がギターに似た楽器を巧みに弾き、同時に足で鳴らす大きなカスタネットでリズムを取り、歌う。

 そのメロディーは、アメリカのジャズに似ている。ガブリエラの恋人であったガライは、瓜生が残した大量のCDと風力発電設備につないだCDプレイヤーの恩恵に、多少はあずかっていたようだ。

 

「遠い遠い昔 アレフガルドは大魔王の枷の下

夜の明けぬ時 変わらぬ闇 絶望と哀しみに死を望む人々

城塞の町は絶望に崩れ 働く人もなく打ちひしがれ

主を失った妖精たちは 歎きとともに闇に染まり

王宮は勇者を送り出すも 一人も帰る者なし

天よりきたりし光 異界の勇者と三人の仲間

ミカエル 美しき雷光の剣神 その雄叫び雷鳴の如く

ラファエル 拳ふるう大力の聖者 人の心を慰める

ガブリエラ 賢者の呪文あまた 破壊と守りを共に

ウリエル 謎多き影 賢者とも伝えられる

光の玉を携えて来たり 造世主ルビスを塔より助け

魔の島に虹を渡し 大魔王を切り倒し

アレフガルドに朝が来たり 近隣の国とも海開ける

額に輝くロトの称号 だがその身は宴の夜どこへともなく消える

聖地に伝わる三つの武装 光の玉とルビスの印

聖なる守りはアレフガルドを 永久に守ると見ゆ」

 

 しんと静まる酒場が、突然爆発し、歌が続くことに気づいてぱっと静まる。

 

「そして平和な百年あまり 邪悪の化身竜王が

魔軍を率いてアレフガルドを 再び恐怖に陥れる

船も町も焼き払われ ロトの宝とローラ姫

焼けた城から奪われて 再び希望は潰え去る

されどロトの血脈は アレフガルドに根を下ろし

立ちあがった少年は 姫を助け鎧を奪還

父祖と同じ道を歩み 虹の橋もて魔の島へ

貫き通す竜の首 鋭き牙がその証

光の玉を取り戻し ラダトームに凱旋す

王は自ら玉座を降り 汝こそ王に相応しいと

されどアロンド首を振り 雷鳴の声王城に響く

わたしに治める国があるならば私自身でさがしたい

妻ローラ姫と婚儀を固め 広い世界を見回らんと

大海原に船を出す 歌の続きはどこへやら!」

 

 最後は叫び、剣のように長く鋭い竜王の牙を掲げるアロンドとローラを指し示す。

 群衆は喝采し、熱狂していた。

 マスメディアがない時代には、吟遊詩人の歌はきわめて有力な情報伝達手段となる。

 誰もが娯楽と叙事詩に飢えている。そして、歌によって示された英雄と美姫の生、ライブの姿は、群衆には強烈な印象を与えるのだ。女たちや商人の目で選び抜いた美服も功を奏している。

 アロンドがその人であることは、誰の目にもわかる。ただいるだけで、強烈に人を引きつけ気分を明るくさせるのだ。ローラの美しさと気品も圧倒的だった。

 多数の〈ロトの子孫〉がいる中、なぜ、どうやって彼がただ一人の勇者に選ばれたのか瓜生には疑問だったが、「見ればわかる」というほどにそれははっきりしている。

〈ロトの子孫〉の老人たちも、それこそ見ればわかったろう。誰もが。

 逆にそれは、老人や権力者たちには本能的に危険視されもするし、妄執を呼ぶこともあり得るが……

 異国の港では、時ならぬ祭りが続いていた。

 人々の熱狂はアレフガルドからもたらされた商品が、それどころか水夫が着ていた服すら高額で売り切れることにもつながる。ガブリエルがしっかり用意していたアロンドやローラ姫が着ているものそっくりの服は、すぐ次の船が来ると言われていてもオークション状態となり、本来の価格の数百倍で売れた。

 瓜生は、商人たちや水夫たちを見た。商人たちはここに儲けを見て、一度手にした大金を異国の商品に注ぐ。水夫たちは女たちにもてることを知り、ぼろ服と交換した金貨をばらまいている。

 それがまた祭りを盛り上げ、火災旋風のような熱狂。

 その瓜生もじっとしてはいられなかった。優れた医者がいるという噂に、何人もの貴顕たちが声をかけてきたのだ。

 金が要らない彼だが、金持ちを治療して大金を請求し、それで貧しい病人に、滋養のあるものを食べさせ体を洗わせ、数日間肉体労働を休ませることはできる。それだけでも死なずに済む人は多く、彼自ら金塊とレーションをばらまくより経済の混乱は小さい。

〈ロトの子孫〉から志願してきた、医学知識が高い人たちを助手に、金持ちたちの診療・手術を始める。〈ロトの子孫〉には清潔の習慣があり、それだけでもかなり使えるし、読み書きができるので書物から医学を教えられる。

 祭りはその間も、リレムがもっと色々楽しみたいと言ったのでその地の芸人を雇って後援させたり、瓜生が渡した手品用具でリレム自らが手品を披露したり、どんどん盛り上がっていく。

 瓜生は、自分の正体を知る少数の人、特にガライには外では絶対に明かすな、と厳しく口止めした。

 

 船がガライに戻り、数日後にまた次の船が来る。

「さて、次はどちらへ?」何人か、急を要する患者の手術を終えた瓜生の言葉にアロンドは一瞬考え、

「北のお告げ所とやらへ向かう」と命じた。

 瓜生は軽く頷き、「船と飛行艇、どちらがいいでしょう」とほほえみかけた。

「飛行艇?」

「静かな海に限りますが船のように航行し、その勢いで空を飛ぶ乗り物です。十人程度なら乗れますし、一日でアレフガルド大陸を横断できますよ。動力のある船なら天候がよくても四日ほどかかりますが」

「伝説で聞いた覚えはありますが、本当に、そのようなことが」サデルが怯えた表情で言う。「伝説が、そこまでまことだとしたら……あ、あの、〈上の世界〉で、爆発で山脈を吹き飛ばしたというのも」

「事実です。TNT……イオナズンを集中させて約一トン、約五千万分を十七基、百万級を五十三基使用しました」瓜生の、罪悪感に顔を伏せた一言に、〈ロトの子孫〉たちが震えあがった。

 イオナズンさえも、いまのアレフガルドで使えるのは〈ロトの子孫〉でも特に優れた魔法使いだけだ。

 瓜生は以前〈上の世界〉の王たちに頼まれ、世界を分断するいくつかの山脈、それどころか二つの大陸をつなぐ山をパナマ運河のように、大量の水爆で破壊した。人は死なないように努めたが、膨大な自然を破壊した罪悪感はいまもある。

「それより、奥様のお体が心配なのです。アレフガルドに安住の地はない……そして、船に揺られる激しい旅に」じっと、アロンドとローラの眼を見、「大丈夫なのですか?」と問う。

 夫婦は表情を殺した。

 しばらく沈黙が広がる。

「人に見られない海辺を探して、そこから出発しましょう。百何十年前ですが、ルーラでいける場所を見つけています」

 瓜生の言葉に、ほっとしたようにアロンドが頷く。

「年月で地形も変わっているでしょう。一度確認してからご案内します。ルーラ酔いは大丈夫でしょうか?」

「だいじょうぶよ!」ローラが怒った表情で言う。笑顔ではあるが、奥に深いとげがある。

 

 数日後、飛行艇がルプガナの南、ドラゴンの角がそびえる海峡から飛び立った。

 久々に貴人の乗客がいる状態での操縦に、瓜生は緊張していた。

 もちろん皆、驚きを通り越していた。伝説で多少知っているとはいえ。

 そのまま一気に、頭に残っている海図通り西に向かい、デルコンダル大陸をふさぐ急な海岸線を横目に北に針路を変え、上空を飛ぶことも許されない大陸に沿って北上する。

「何てきれいなところだ」アロンドの声がする。

 簡易トイレの臭いも濃いエッセンシャルオイルでごまかし、ディズニーのアニメ映画とぜいたくな菓子やスナック、最上級のワインやウィスキー。

 陽が沈む前に小島や浅瀬を見つけては着水し、島であればテントを張り、浅瀬であれば着水してからすぐそばに客船を出して座礁させ、キッチンで食事を作り寝台で休み翌朝には消して出発する。

「今も、だれも入れないようです」その厳重な結界は、瓜生にははっきり見えていた。魔法が使えるアロンドやサデルにも。

 大陸の端は細長い半島となり、いくつかの島が散らばっている。その一つには結界がないことが、見ればわかった。

 空から見おろすと、小さなほこらがある。

 小さな岸壁、一見天然の地形に見えるが外洋の荒波をさえぎる良港だ。そこに着水した飛行艇から、もやい綱を握った瓜生が少し空を飛んで着地し、頑丈な木を繋留柱として、飛行艇を引き寄せ固定する。

 渡り板が用意され、数人の男女が降りる。

 わずかな人が人里離れ、修業している修道院の戸をアロンドが叩く。

「敵意はない。知恵を借りにきただけです。私はアレフガルドのアロンド」

「お待ちしていました」

 静かに戸が開き、清らかな印象の老人が一行を迎える。

 中庭にそびえる巨木の下で、井戸からくみたての素晴らしくうまい水と、甘酸っぱい果物が配られる。

「勇者殿、そして賢者殿。予言のとおりにいらしてくださったのじゃな」

 アロンドが目を見張る。

 瓜生は「この日が来るのは予言されていましたね、百何十年前にこちらにうかがった際にも」と微笑んだ。

「わが王国はいずこか?」アロンドが、何かに憑かれたように言う。

「あ……」言おうとした長老が、頭を抱え、うずくまる。しばしもがいてから立ち上がり、「余人には漏らせぬ。こちらへ、勇気ある者よ」

 と、アロンドのみを指差して誘った。

 深い洞窟をくだり、腰まで浸す地底湖を通りぬける。そこに、輝く色砂と自らの血で複雑な文様を、何人もの老人が描き足していた。

 描いていた老人たちがひざまずき、影に消える。そして、案内していた長老も去る。

 一人残った、五歳ほどの子どもが立ち上がり、文様を弄ぶ。長い間、ただ色石で遊びほうける。

 突然その目が据わると、可愛い口からしわがれた老人の声が漏れはじめた。

「〈神も魔も竜も殺す者〉勇者ミカエラの、双子の王子の片割れの子孫。ネクロゴンドとアリアハン、二重に高貴なる血を引く〈竜王殺し〉勇者アロンドよ。そなたの王国はかの禁じられた大陸!」

 アロンドの目が見開かれ、呻きが漏れる。竜王の前に立った時と同じ、凄まじい魔力が圧力となりのしかかるのがわかる……彼が常人であれば、その場で死んでいた。

「ネクロゴンド、アリアハン、そしてアレフガルド、そして」子が耳と目から血を流し、もがき苦しんである名を洩らす。

「四重に高貴なる血につながる、交差する血が最初の王国を、かたわれは魔の島を。三重に高貴なる弟もまた一国を、三重に高貴なる王女は隣国の血に。そしてはるかなる時を経て、三人の王子王女が」

 また、子どもが苦しみあえぎ、「……ドー……の禍を打ち払うであろう!禁じられた大陸の呪いを解く鍵、ムーンペタに聞け」

 そして子どもは、目が覚めたように子の声で泣きだし、影からまた出てきた老人たちが抱き取った。

 

 よろめき出たアロンドは、呆然とした表情で座りこみ、「ムーンペタへ」とつぶやいた。

 瓜生は当然のようにうなずく。

 そして一晩そこで休み、また飛行艇に乗ると飛び立った。

 来た航路を戻るように大陸沿いに南下し、デルコンダル大陸との海峡を抜け、また大陸沿いに北上する。

 人がいない、ひたすらに広い森や草原。その腹に、人気のある大きな半島が突き刺さるように、狭い海峡を隔てている。

 その島の一つでさしもの航続距離も尽き、一度着水して燃料を補給し、また飛び立って半島を南下する。

 西側から大きな川が半島に入り、その周囲には大きな森と、豊かな農地が広がっていた。

 やや内陸の川べりに、大きな町がある。

 

 人気のないところに飛行船を着水させると、瓜生を先頭に、ローラを抱えたアロンドたちが町に向かった。

「ムーンペタ、ムーンブルクの一都市ですが、半ば独立するほど大きい……本で読んだことはありましたが」

 アムラエルが目を見張り、美しい木造の都市を見上げる。

「さて、どうしますか」と瓜生がアロンドに聞いた。

「どう、とは?」

「名乗りを上げて堂々と入るか、それとも身元を隠し、単なる旅人として入るか」

「ムーンブルク王国にはまだ挨拶していませんね。この街は半ば独立しているので問題はないかもしれません」アムラエルがつぶやく。

「旅人として見て回ろう。式典に参加する時間もないし、ローラも疲れている。賢者にあって話を聞くだけだ」

「陛下から、そのようなおりのための手形もお預かりしています」ローラつきの女官が、若い女官が抱える文箱から一枚の封書を出す。

「着替えましょう。出入り口はレムオルで」とテントを張り、ルプガナで買った下級貴族向けの服に着替えてから呪文を唱え、一行の姿を消す。

 門をくぐり、下町の物陰で呪文を解こうとしたが、逢い引きをしていた男女に邪魔され、別の物陰で姿をあらわした。

「あまり町は変わっていないようですね。でも難民たちがいない」瓜生が懐かしげに見回す。「前は、デルコンダルの内乱やムーンブルク都の疫病で、多くの人が逃れていたんです」

「鋼の剣と鎧か。いい鋼だな」アロンドが店頭の剣を手にとる。

「水運に恵まれ、良質の鉄鉱石と無煙炭田、広大な大森林からいくらでも得られます。メルキドをしのぐ鉄鋼都市でもありますし、農業生産力もとても高い」瓜生が微笑む。

「宿に泊まりたいな」アロンドがローラを見る。「すまないな、宮殿ではなく鄙の宿となる」

「かまいません、あなたとなら」微笑みに、皆があてられてあらぬほうを向く。

「船や天幕よりましじゃ」ローラづきの女官が怒った。

「よろしければハンモックか、空気を入れて膨らませる寝台と羽布団は用意しますよ。出るとき消します」と瓜生が言う。

 豊かなムーンペタでは、下町の宿の食事も実に素晴らしかった。ルプガナでも食べた、木の葉を食べる家畜の乳酒が酸い酔いと心地よいぬくもりをくれる。

 瓜生は昔のムーンペタで覚えた俗謡を歌い、リレムもすぐ覚えて共に歌う。宿の客たちも古い流行歌を喜んで歌い、大喜びする。

 顔を化粧品で変えていたアロンドも、その明るさが周囲を引きつけ、さらに瓜生が陶器に入れ替えたブランデーを一人一人に注いでやると爆発的に盛り上がる。

「やはり祭りになってしまうな」

「それが、あなたの宿命みたいなものですよ」瓜生は苦笑するしかなかった。微かな哀しみをこめて。

「次からは、身分を隠そうとしないほうがいいですね」サデルが寂しげに言う。「なぜ、わたしではなく……」

「選ばれる側も辛いもんだよ。ミカエラも苦しんでいた」瓜生がそっと、ブランデーを注いでやる。

 翌朝、温かな食事を腹に、町を見て回る。ぞろぞろとついてくる人々もいるが、多くの人は買い物を楽しみ日々の暮らしを続けている。

 広場に面した大きい館の門を飾る、美女の等身大の石像を見て瓜生は足を止めた。衝撃に表情を揺るがし見つめ、いくつか呪文を唱える。

 腰まで届く髪。周囲とは違う衣裳、人の手で掘られたとは思えない、透き通るようにきめ細やかな石肌。〈下の世界〉の人とは違う、多人種混血の甘くスパイシーで、目を離せなくなる顔の造作。背は低いが素晴らしい肉体美。

「どうかしましたか?何て美しい」ローラが見る。

 アロンドも何かを感じたように、その像に触れる。「これは」

「デルコンダルの古い服ですね。聞いたことがあります、有名な彫像です。これをめぐり、ムーンペタとムーンブルク本国が戦になりかけたことすらあるとか」とアムラエル。

「石にされた人……知り合いです」瓜生がアロンドに震える声で頼む。「助けたい……館の主人と、交渉させて下さい」

「私が」とアロンドが、門を叩く。

 侍従にローラが出した手形を渡し、しばし待つと、あわてたような衛兵や侍従に案内され、一行は大きな客間に案内された。

「またも失われたと思われていた、アレフガルドからのお客とは。それも幼き頃よりその美しさ近隣にも轟いていた、あのローラ姫さま……お目にかかったことがあるのですよ、姫さまがごく幼い頃。わたしが商談でラダトームに赴いた折に。覚えてはいらっしゃらないでしょうな、ムーンペタのヤフマと申します」

 豪華な衣裳をまとう初老の主が、口調の柔らかさとは裏腹に鋭い目を向けた。

「わたくしは覚えておりますぞ。花に満ちた祭りで、すばらしいお品も頂きました。それもあの、竜王の襲撃に焼け失せましたが」ローラ姫の女官が目顔でアロンドに許可を取り、深く礼をする。

「そしてわが夫、〈竜王殺し〉勇者アロンドを紹介させていただきます」とローラが微笑みかける。

「これはこれは、してやられましたな。わが息子とムーンブルクの王子のどちらをあなたの夫とするか、と狙っておったものを。それにしてもあの竜王を」磊落に笑う。目の鋭さは変わらないが。

「戦いしか知らぬ世間知れずゆえ、ぶしつけながら申し上げます。大変に厚かましきお願いながら、このお館の門を飾る、美しい女人像を譲っていただきたいのです。金銀でできるお礼ならば、いかほどでも」アロンドの真剣な目。

 ヤフマはじっと沈思した。

「あれは、何代も前に手に入れ、ずっとわが家の、いやこのムーンペタの象徴とも言える品です。彼女だけ持って行けるなら、この館そのものに宝石箱をつけてでも喜んで差し上げたいが……」鋭い目に苦慮の色。

 アロンドはしばし考え、一瞬目を閉じて、目に力を込める。

(ミカエラの、あの目)瓜生の背筋が寒くなった。

「あの像は、魔法で石とされた人です。助けたい」

 主人は衝撃を受けた。むしろ、アロンドの目と声に。

 そのまま、皆のほうが石となったように沈黙が広がる。

「負けです。なんというお方だ……どうぞ、その魔法を解いてください。脅すこともできたでしょう、呪いがかかっているとか。お国の威を借ることも、交易の利を出すことも……何よりその目、わが身を投げ出し忠を誓いたいと叫ぶ己を抑えるのが、精いっぱいですよ。勇者どころか……王だ」

 ヤフマが乾いた笑いを上げながら、椅子に深く沈みこんで酒をあおった。

「同じ重さの純金、それにレプリカですが、これらをせめてものお詫びに」と、瓜生が著名な石像の、最高級レプリカのカタログを見せる。

「おお……これらも魔法で変えられた人ですかな」と食い入るように見つめる。

「ありがとうございます」瓜生がアロンドに、低い声で言うと立ち、像に向かった。

 館の人も含め、珍しそうに見に行く。あっというまに、町の人が集まる。

 瓜生は像の周囲に魔法図をいくつも描くと静かに集中し、低く声を出し始める。歌詞のない歌、魔力を解放して周囲の森、この街そのものと響き合わせる。

 複雑な編み目が、人を石と化している。歳月が石肌を削り、そのうちに微かに眠る生命を蝕んでいる。

 時を、邪悪な呪いをほぐす。シャナクとマホカトールの応用呪文、きわめて多様な呪文を次々と唱える。魔力を持たぬ人々にも、大気と大地のきしみ、色とりどりに舞い散る光の火花は見える。

 モシャス。一瞬、かの大魔王ゾーマの姿をとり、凄まじい冷気と恐怖、絶望が人びとの魂をひしぐ。アロンドが絶叫した。それが暴走を辛うじて止め、凍てつく波動が古くこびりついた魔力を打ち消す。

 人の姿に戻った瓜生が、さらに呪文を加える。アロンドも呪文を唱え血筋に受け継がれた力、竜王から食らった力を引き出す。サデルも、他のミカエラの血を引く〈ロトの子孫〉たちも呪文を唱え続ける。

 別に、ローラからも奇妙な力が引き出される。さらに、街の一角をなす大きな池の、中心にある島からも強大な魔力が貸されるのがわかる。

 それは金庫破りやコンピュータのハッキング、またもつれたコードを解くようでもあった。

 織り目に乱れがあり、ゾーマの魔力紋様が認証画像と同様に結び目を封じている。瓜生は喰らったゾーマの魔力を形にして注ぎ、破り結び目を解く。

 竜の女王の力が、形のない錠前のような対抗魔術となる。竜の女王の子、竜王を倒したアロンドの魔力にローラから注がれる謎の波形を合わせ形作られた鍵を鍵穴に入れて回す。

 神竜のうろこが視床下部に刺さり、もしこのまま復活させたら街ぐらい焼き尽くしかねない罠となっている。瓜生と、ミカエラとラファエルの血を継ぐ〈ロトの子孫〉たちが、喰らいあい血に継いだ神竜の魂の欠片を呼びさまし、絶大な魔力を中和し脳組織の結合を回復させる。

 瓜生一人だけでは到底無理な、莫大な魔力が無辺の布地に美しい刺繍を入れ、乱れを綴り直す。数々の神力が編み合わされ、撚り合わされ織り上げられる。

 石の一つ一つの細結晶が、百年ぶりに細胞に変じていく。DNAが分裂と自己複製を始め、RNAがアミノ酸をつないで情報を送り、ATPがエネルギーを供給し、多様なタンパク質が超微細で複雑な構造を取り、電解質の濃度勾配が多様な物質を運び、水が脂肪の薄膜を膨らませ、神経内を化学物質と電気がゆきかいはじめる。魔力の光と共に生命という、ひとときも止まることのない大交響曲を織りなしていく。

 歳月による傷を癒し、アロンドの怒号が、雷電が心臓を打つ。石が肉に変じ、鼓動。二度、三度……たゆみなく打ち始める。

 女像を抱きしめていた瓜生が稲妻に打たれながら、呪文を唱えきる。瞬間……電光が拡がり目のくらみがさめると、裸身の美女が腕の中にいた。

 その瞬間、瓜生とアロンドは遠い未来を見ていた。いや、この夢ははるか昔、ミカエラも見た。少女の姿に変じる犬。砕ける鏡。ここで。

「ジジ?」瓜生の優しい声。

 恐怖に呆然としていた群衆が、絶叫した。何かわからないがとんでもない奇跡が起きたのを見て。

「なに、悪あがき……ウリエル……」彼女が静かに言った。「ちょ、ちょっとなにすんのよ!それに、裸、ばかあっ、な、なに」

「相変わらずだな」と、瓜生が毛布で彼女を覆う。

「バカバカバカカババカ!」

「久しぶり。どうしてた」瓜生が、回復呪文をかけてから彼女を横たえる。「街から、あなたから大切な芸術、象徴を奪ってしまったこと、申し訳なく思います。これが償いになれば」と、町の人々やヤフマに頭を下げ、アロンドに小さく頼む。

 呪文が雷光となり閃光手榴弾と混じる。目と耳が回復し、マグネシウム煙を風の呪文が払うと広い鉄門の左右を、芸術家の手で精密に複製され瓜生の故郷で売られているミロのヴィーナス、石を構えるダビデが飾っていた。

 群衆の叫び声は続く。

 

「さて、あなたさまは……」客間、美しい服に着替え深い椅子に沈むジジに、呆然と見とれながらヤフマが聞いた。

「今は、そんな年なのね。百年以上、石だった」彼女が呆れたようにいい、アレフガルドやムーンブルクの歴代王の名前を書いた紙に指を這わせた。瓜生も受けとって目を通し、あらためて長い年月にため息をつく。

「生まれたときから見上げていた像が生身となり、話すなど。幼い頃は夢みておりましたが」とヤフマが嘆息する。

「彼女は、勇者ロトの故郷〈上の世界〉出身の魔法使いです。勇者オルテガの弟、盗賊カンダタの部下で、ひとときは勇者ロトの仲間でもありました」瓜生は彼女の耳に口を寄せささやく、「おれがいたことは内緒だ」

 あらためてジジを見る。ミカエラたちと、ジジたちも交えて旅していたころは、小さな少女だった。そして最後に、故郷に帰る直前デルコンダルで戦うカンダタやジジと会ったときは、二十歳程度だった。そして今は、魔力で年齢不詳……

「そうね。そしてミカエル、勇者ロトがゾーマを倒し……」少ししゃべってはため息をつき、瓜生の差し出す吸い飲みからスポーツドリンクを飲み、咳こむ。

「あたしたち、カンダタとかも上に帰れなくなってデルコンダルに行ったの。統一できそうだったんだけど」ちらりと、ジジが瓜生を見る。瓜生が莫大な物資や上空からの空撮写真で覇業を援助したことを覚えている、ということだ。

「あの謀叛ですな」と、ヤフマ。瓜生はわからないのを隠した。

「歴史で聞いたことがあります。カンダタ盗賊団のジャハレイ・ジュエロメル、恐ろしい魔法使いだったと。でも東湊の乱でとらわれ魔獣のえさと処刑された、と習いましたが」アムラエルの言葉にジジが苦笑した。

「あれはモシャスをかけたパペットマンよ。それで逃げきったと思ったんだけど、この街のそばで刺客の魔法使いに追いつかれて……灰にしてやったけど断末魔の呪いにやられた。あれ、半ば人じゃなかった、邪神教団と関係ありそう。油断したわ」

 それだけ言い終えて、眠りこむ。

「それにしても、とてつもない魔力でしたな……ウリエル、どの」ヤフマが瓜生を見る。

「いえ、私だけではあのような魔法は無理でした。わが主、勇者アロンド様のお力です。あ、お約束の純金です」と立って一度別室に入り、巨大な袋を二つ担いで隅に置いた。この世界では知られぬ企業名と紋様が刻まれた金地金の、人の体重に倍する山があふれる。「一度に市場に流せば、黄金の価値が失われる可能性があります。こちらもご笑納ください、金であがなえるものではないとはわかっていますが」と、色とりどりの、すべて十カラット以上の宝石を三〇個ほど机に並べる。その美しさに皆が呆然とした。

「あらためて心よりお礼申し上げます」と、アロンドとローラが深く礼をする。

 瓜生は二人への感謝に、身が潰れるような思いだった。

 

 ジジの回復を待ち、サデルとリレムをつけてローラを休ませた一行はムーンペタの隠された小屋に向かった。大きな池の中、禁断の島と街をつなぐ地下道の入口がある。

「あちらの聖者様は、時に強力な予言をなさいますが、とても気まぐれで恐ろしい存在です。それにこの地下牢には、恐ろしい魔物がいると……お気をつけ下さい」と見送られ、長く閉ざされた扉をジジがアバカムで開けて、地下に降りる。

「アバカムだなんて」アロンドが驚く。

 挑戦的な目を、ジジが瓜生に向けた。

「なりたて賢者の頃、忘れてないよ。エニフェビやガブリエラ、きみにも魔法を習ったっけ」

 瓜生が苦笑を返す。

「懐かしい名前を言わないでよ……先生は?」

「サマンオサの宮廷魔術師になったはずだ。元々あっちの貴族出身だそうだし。沼の洞窟近くに隠れ住んでた甥がいて、ネクロゴンドに医学を習いに来てた」

 二人の、懐かしい師である老魔術師のことを思い出す。勇者オルテガの代からの縁。

「ガブリエラとは、時々会ってた。ちっちゃなミカエルを連れてきて、カンダタに剣の稽古させたりとか」

「おれの悪口も言い合ってたろ?」

「まぁね」

 深い地下道を歩く。いつしか、脇が鉄格子となり、腐臭が漂い出す。

「幽霊船でもこんな匂いしてたわね」と、ジジが顔をしかめる。

 何年ぶり、という言葉が意味を持たない、昔の冒険を二人とも思い出す。

「下層甲板で、おれが呪文をしくじったときに助けてもらったな」

「一生恩に着せるからね、あのときのことは」

「え、石から戻したので返せてないのか?」

「それぐらいじゃ足りないわよ」

 そのとき、突然鉄格子が破られ、数百のヘビが先頭にいるアロンドを襲おうとした。

 彼が剣を抜き斬りつけるが、剣は粘土に斬りこんだように抜けない!

「メラゾーマ!」二つ、ほぼ同時に呪文が完成する。

 岩を蒸発させる超高温が二重に、ヘビたちの中心に注がれる。

 一歩下がったアロンドが背からAK-74を手にし、手早く安全装置を解除してボルトを引きフルオートで全弾ぶちこむ。

 瓜生の手に出現した身長以上の両手剣が、上から襲う巨大なヘビを両断する。瓜生とジジが目を合わせ、手ぶりを交わす。

「イオラ!」ジジの呪文。破壊ではなく瓜生を巨人が投げるように飛ばし、敵の中心に放りこむ。

「べぎらま」アロンドの呪文、熱線ではなく稲妻が鉄格子を伝わり、周囲のヘビを打ち飛ばした。

「マホトラ……邪なる威力よ退け、マホカトール!」剣を虚空に消し、手を突き出した瓜生の呪文。握りしめた実体のない何かから膨大な魔力が吸われ、光の魔法陣に消え失せる。

「修業は積んだようね」ジジが瓜生に笑いかけた。「坊や勇者もやるじゃない。でもライデインがベギラマだなんて、長年の間にいろいろあったのね」

「おれだってあのころのままじゃないさ。どうやら、無闇に人が通らないよう、脅し半分に仕掛けられていたようです」と瓜生。

「人騒がせだな」と、見えた階段を昇ると、そこは小島の小さな小屋だった。

 そこには、若い男とも女とも知れぬ人が一人、座して微笑みかけている。

「勇者ロトの子孫アロンド。そして勇者ロトの仲間、異界よりきたりし賢者ウリエル」

 アロンドが頷く。

「予言の通り、ここに」瓜生が目を伏せる。かつてムーンペタで、また来るという予言を聞いている。

「あの像の魔法を解き、人に戻すとは……こちらから見ていました。危険なことをなさいますね」

「少しお力をお借りしました」瓜生がいう。

「お礼言わなきゃいけないのかな」とジジ。

「北のお告げ所で、こちらに来るように言われました。鍵とは何でしょう」アロンドが単刀直入に。

「五つの紋章です。精霊ルビスさまが創り世に散らしました。太陽、星、月、水、命の五つ」と、彼女の手が空に、五つのマークを魔力で描きだす。

「山彦の笛を捜し、あちこちで吹きなさい。塔、ほこら、町、洞窟……紋章があれば、こだまをかえすでしょう。紋章が揃えば、大洋の中心にある新たなルビスさまの神殿に捧げなさい」

「昔、〈上の世界〉でオーブ捜しに使った笛です。確かルプガナの商人に売ったかと」瓜生がうなずきかける。

「わかりました。ありがとうございます」それだけ言って、アロンドは立とうとした。

「どうか、あなたの王国に聖なる血筋を残し、ロンダルキアの破壊神に備えてください。そして魔の島の、人と争わぬ守り手を……勇者様」と、予言者は静かに祈る。

 辞去したアロンドたちは、ローラたちを迎えに行った。

「ジジ、これからどうする?」瓜生があらためて聞く。

「もしよろしければ、ぜひともずっとこちらにご滞在下さい」ヤフマが熱心に言う。「実は、あなたは、私にとっても……父にとっても祖父にとっても、息子にとっても孫にとっても、初恋の人なのです。いや、このムーンペタの男全員にとって。ムーンブルクの王族や貴族も幾人も石像のあなたを愛し、金銀を積んだり献上を迫ったり、王位を捨て生涯をわが館の客で終えた王太子もいたと」

 ジジの表情はなんとも言えなかった。

「彼女は強大な魔法使いです」瓜生がつけ加える。

「伝説的な」アムラエルが震え、つけ加える。「それとも、デルコンダルに?でも、あちらは」

 ジジは静かに、美しい微笑を浮かべて首を振り、アロンドを見た。

「助けてくれた……カンダタとも親戚の勇者アロンドに、ついていかせて」

 アロンドは笑顔で頷き、「ご恩は忘れません。あらためて感謝申し上げます」と告げルーラを唱えた……ルプガナへ。

 

 秘かに戻ったルプガナでは、数日の間に新しい船が往復し、また交易の富に沸き立っていた。

 ガブリエルと再会したアロンドたちは、その収益を聞いて驚いている。

 ただ心配だったのが、ルーラ酔いかローラが疲れたようで、すぐに休みたがっていたことだ。女官たちは、これ以上激しく飛びまわる旅はやめてくれるよう言うが、ローラはアロンドについていきたがっている。

 瓜生は、何人かの患者の予後を聞いて、次の手術の計画を立てていた。〈ロトの子孫〉にもかなりの水準の医学が伝わっているが、やはりレントゲンを使いこなせるのは瓜生だけだ。

 代々商人のケエミイハ家の当主と、治療前に話をしようとすると、アロンドが声をかけた。

「わが先祖のロトが、あなたに不思議な音色の笛を売った、と伝わっていますが、事実でしょうか」

「はあ、伝わっていますが」

「売ったのだからあなたのものには違いない、ただお願いします、しばしお貸しください」相変わらずの単刀直入。

「え、その」と、瓜生を見て、ひどい歯の痛みと妻の不妊に苦しむ若者は、痛む歯を押さえてぞっとした表情を浮かべた。

 それまでの、莫大な金はもちろんそのまま死ぬことの多いラリホー医とは違う、無菌・局部麻酔での手早く正確な治療、不壊のアマルガム……だが、わずかでもその手元が狂えば、どんな苦痛でも与えられる。

「ロトの子孫で医療に関わるものは、医療を取引の手段としません。ただ無償で治療し、相場の金額を貧民に使って欲しいというだけです。そうでしたね」強烈な視線。

 アロンドの目に、瓜生はむしろ嬉しい思いで頭を下げた。

「誓って。全力を尽くします、安心してお任せください。失礼」と、長寝台にクッションをあてがい、マスクをして口を開けさせていくつかの小型LEDランプをつけると、手袋を変えて中を見る。

「前の治療を続けます。薬は安定しているかな、ちょっと無茶な食事をされていませんか?進んでいますね。失礼、これを少し口にはさんで、しばらくするとしびれますから麻酔します」

 と、そのままひどい虫歯の神経を抜き、どうしようもない親知らずは抜歯しモルヒネ注射。

「歯を、噛み砕いた柔らかい木の枝などで磨くとかなり自分の歯で食事できますよ」そう言って、すぐに次の患者に移る。

 ケエミイハはしばらく口の麻酔で呆然としつつ瓜生とアロンドを見、苦慮の目で、

「申し訳ない、もし手元にあれば喜んでお貸ししたでしょう。ですが、実は父の代にろくでなしの親戚がいて、その男が借金のかたに売ってしまっているのです。おそらく今は、メルキドのイゴメスの手にあると思います」

 瓜生はアロンドと眼を見合わせた。

「ただ、あの家はものすごく頑固で、一度手に入れたコレクションはどんな大金を積んでも手放さないと評判です。私も何度も買い戻そうとしたのですが」

 若い豪商は首を振るばかりだった。

 

「結構時間がかかりそうだが、その間ずっと、ルーラや飛行艇の連発だとローラが心配だ」その夜、時間を作ってアロンドが言った。ローラは疲れたと早めに寝ている。

「ゆっくり落ち着ける場を探すべきでしょうね。無人島に仮設住宅を作ってもよいのですが。またはどこかの浅瀬に中型客船を座礁させるか」瓜生が答える。「アレフガルドに里帰りすれ」

「それは絶対にだめだ」アロンドが強く言う。その迫力には、ジジも飛びあがった。

「びっくりしたあ……さすが。そういえば、あたしとあんたってゆっくり話したこと、あまりなかったよね」ジジが瓜生をにらむ。

「まあね」

「あんたが、〈上の世界〉とも違う別世界から来た、ってのはミカエラたちが子供預けて消えてからガブリエラに聞いた。いろいろなものを出せる、ってことも」ジジがかなり強いブランデーを飲む。

「私たち〈ロトの子孫〉たちにも、ある程度は伝わっています」とアロンド。

「そんなところだ。魔法が使えない、科学技術が発達し巨大な人口と生産力・軍事力がある世界なんだ。ジジはアッサラーム生まれだよな?そういえば、デルコンダルがあれからどうなったか、全然知らないのですが」

「私も細かいところは知りませんね」アロンドが肩をすくめる。

「アムラエルさんは知っているかもしれません。ちょっと呼んできます」と、瓜生が気軽に立つ。

 いきなり呼ばれた彼女は緊張していたが、歴史の話ときいて笑顔で答え始めた。

「デルコンダルは古来、謎めいた王国でした。豊かな土地柄ですが、このあいだ空から見たように一本の大河を除いては岩山に囲まれており、諸国との関わりが少ないのです。大魔王ゾーマがアレフガルドを封じていた数十年の、かなり前から深刻な内戦がありました。

 ゾーマが倒されてより、王族の生き残りだった姫が、カンダタという戦士に助けられて急速に勢力を伸ばし、統一されると思われたのです」

「あたしは、〈上の世界〉からカンダタ盗賊団の一員だった。それで勇者ロト、ミカエラたちとも一緒に旅してたこともあった、サイモンのクソガキとともに。あたしはあいつと仲が悪かったし、サマンオサに仕えるなんて性に合わなくて」ジジが軽く笑うが、その手は握り締められている。

「ええと」歴史そのものであるジジを見て戸惑いつつ、アムラエルがいくつかの巻物を開いて言う。「その、九割がた統一できたとき、最後に残った砦を攻めている最中に、デルコンダル出身の貴族が反乱を起こしてカンダタを殺し、そのまま帝位を名乗った、と」

「ヤジァテのヅラハゲの皮かむり野郎よ。カンダタに助けられた身なのに」ジジの激しい怒りは、笑顔より彼女を美しく見せた。

「スイセル女王を娶り、皇帝を名乗ったヤジャテも二年後には倒されました。スイセル女王も共に自害したとか。

 マコシ一世が、スイセル女王とヤジャテ大臣の幼児を傀儡に即位、その女児に子を産ませて殺し、そのままその血脈が王位を継承しているようです。……それが、伝わっている正史です」

 瓜生は歯を食いしばっていた。自分が助けた覇業。予告はしていた、自分の責任ではありえない。選んだのはカンダタだ。

 だがジジだけでなく旅を共にした仲間もいるし、カンダタ自身も知らぬ仲ではない。自分を圧倒した剣技、叱咤する厳しい声、どちらも覚えている。

「あたしは逃げたわ。ゴルベッドはその前の戦で死んでた。あと、カンダタが侍女に手ぇ出して産んだ女の子を大灯台の〈ロトの民〉に預けた。それにしても、マコシ一世って一体誰よ」ジジがいらいらした様子で言う。

「え、そ、その……それ以来、デルコンダルはほぼ鎖国されているそうです」アムラエルが呆然としている。

「歴史やってたなら、いろいろ聞きたいことあったでしょ?」ジジがうるさそうにいう。

「あ、そ、その」一瞬、頭が真っ白になったようだ。「ええと、スイセル女王も伝説的なのですが」

「バカ女。強いやつについてくだけ」一言だった。

「あんな時代だしね。美人でしたよ」瓜生が苦笑する。

「ああいう女、アッサラームの娼婦に腐るほどいたわよ。カンダタも女を見る目ないんだから」ジジがぶつぶつ言っている。

「しかし、今のデルコンダルに邪神教団が関係してるなら、どうにかしたほうがいいかな」瓜生が首をひねる。

「ま、敵討ちというには時間離れすぎてるけどね。それより、もしあの子の子孫がいるなら、会いに行きたいな」と、ジジ。

「大灯台の島か。あそこなら、奥様ともども落ち着ける拠点にもなるのでは?」瓜生がアロンドを見る。

 アロンドが微笑み、うなずく。瓜生はサデルとうなずき合い、海図を広げ計画を練り始めた。

 

 

 アレフガルドの南にある大きい島に、飛行艇が降りる。

 大きな塔がそびえているため、見つけるのはたやすかった。

「ロンダルキアを見張るために、太古に作られた塔だ」瓜生が言って、あとは自動操縦に任せ着水させる。

「その、〈ロトの民〉というのは……アレフガルドでは、この島は魔の島とされています。常に多数の魔物がいて、人を寄せつけないと」

 アムラエルが怯えたように言う。

「ここは〈ロトの民〉の島でもある。その魔物は、人は襲わない」サデルが言った。

「その、〈ロトの民〉とは……アレフガルドの歴史の中に〈ロトの子孫〉が隠れている、と言う歴史家もたまにいて、否定されていましたが」言いながら彼女はアロンドやサデルを見る。〈ロトの子孫〉は目の前にいる。

「〈ロトの民〉はね……」サデルが、アロンドを見る。

「アムラエルやリレムは信頼できる。それに、もう隠す意味もないさ」アロンドが笑ってうなずいた。

 

〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉の歴史を語るには、まずアレフガルドの創世神話から始めなければならない。

 アレフガルドは精霊ルビスが創造し、〈上の世界〉と呼ばれる、ルビスや竜の女王、天空の神竜などに支配された元の世界から人々を呼び寄せて住まわせた。

 そのアレフガルドにあるとき、恐るべき大魔王ゾーマが出てアレフガルドをその外の世界から分断し、夜の明けぬ闇に閉ざし魔物をはびこらせ、そして精霊ルビスをも封じ込めた。

 さらには〈上の世界〉にも手下のバラモスを送り、諸国を内外から攻めた。

〈上の世界〉にアリアハンという国がある。かつては全世界の盟主だったが、戦乱の末に一大陸のみの、やや閉じた国となった。

 だがアリアハンには代々、勇者と呼ばれる超戦士を送り出し、大きな世界の乱れを救う家があった。

 バラモスが出現し大国ネクロゴンドが滅びたとき、アリアハンの勇者オルテガが立ち上がり、サマンオサの勇者サイモンなどと共に世界を転戦した。

 だがサイモンはサマンオサ王の人変わり……実はそれも、バラモスの手下に姿を奪われたのだが……で処刑され、オルテガもまた火山に斃れたと報告があった。

 それから十余年、オルテガの一人娘ミカエラ、滅びたネクロゴンドの王女を母とし男として育てられた勇者ミカエルが旅立った。

 彼女は三人の仲間と共に世界を旅し、多くの国を魔の手下から解放し、ロトの紋章の由来でもある伝説の不死鳥ラーミアを蘇らせてついに魔王バラモスを倒した。

 だがその宴の席で、バラモスは異界アレフガルドの大魔王ゾーマの手下に過ぎず、〈上の世界〉もゾーマの侵略に直面していることがわかる。

 勇者ミカエルと仲間たちは、それを先に出て迎え撃たんと竜神の力を宿す光の玉をたずさえ、アレフガルドに降りたのだ。

 それからミカエルたちはついに大魔王ゾーマを倒し、アレフガルドにおける最大の名誉、勇者ロトの称号を受けた。だがその宴から、彼女たちの姿は忽然と消えた……アレフガルドに伝わる、神々の剣・鎧・盾、そして精霊ルビスの愛の証であるロトの印、さらにゾーマの力を封じ込めた神宝、光の玉をラダトーム王家に寄贈して。

 それがアレフガルドに伝わる勇者ロト伝説である。

 

 アレフガルドではその後の消息は知られていないが、疫病に襲われた隣国ムーンブルクを救い、デルコンダルの統一にもかかわり、また当時アレフガルド外の世界を荒らしていた謎の海賊を滅ぼしたとも伝説はある。

〈ロトの民〉の伝承は明確だ。ある街が業病を病んだ者を捨てていた島をミカエラたち四人が訪れて病人を癒し、もはや故郷のない元患者たちをアレフガルドに近い、古き塔の一つ大灯台がある島に入植させた。

 その子孫たちは〈ロトの民〉を名乗り、今も広い島を半ば鎖国して耕しつつ勇者ロトの血筋に忠誠を誓い、その帰還を待ち望んでいる。その伝説を胸に島を出てアレフガルドに行き、〈ロトの子孫〉に加わっていく〈ロトの民〉もいる。

 

〈ロトの子孫〉は、冒険の末に〈上の世界〉アリアハンに帰還した勇者ミカエルの、その後に関わる。

 世界を救い、神々に等しい力を得たミカエラに、何で報いればいいのか。

 さらに仲間の一人でミカエラの夫ラファエルは、数えによっては現王より継承順が高いアリアハンの王族でもある。

 二人の処遇に苦慮したアリアハン王国だが、ミカエラの母がネクロゴンドの王女だったことが役に立った。バラモスが倒され、復興しようとするネクロゴンドの民が、ミカエラを女王として求めたのである。

 即位した夫婦には子が生まれたが、それは男の双子であった。〈上の世界〉では双子は忌まれ、どちらかは遠く離れて育たなければならない。そこで予言があり、双子の片割れラファエルがネクロゴンド王位を継ぎ、もう一人のミカエルはアレフガルドに下ることとなった。

 その折、勇者に助けられた〈上の世界〉の志願者たちが数十人、さらに仲間の一人、賢者ガブリエラも赤子とともにアレフガルドに隠れ住み、赤子を育て自分たちも子を産み育て、異界の土となった。

 彼らの子孫、多くはミカエルの子と血を交えた一族は〈ロトの子孫〉と自ら呼び、アレフガルドで正体を知られぬように暮らしている。

 

〈ロトの子孫〉を他と分けるのは、子供をかなりの年齢まで徹底的に教育することである。

 まず、本物と偽物を見分けるには、彼らが伝える奇妙な異界の武器を渡せばいい。本物ならば目をつぶったままでも分解し、組み立て、安全に扱うことができる。その武器は一族の間に伝えられ、決して一族以外には渡さないし、手に入れても奇妙な鋼と木の棒でしかない。

 剣と魔法にも優れており、素手でも戦える技も伝えている。

 読み書きソロバンも高い水準で学んでいる。読み書きだけでも貴重だが、独特の数字とソロバンと呼ばれる道具を用いれば、他の人々とは比較にならないほどの計算能力になる。

 さらに子供たちは農業や測量建築、航海術や医術も高く教育される。

 皆が水田耕作を学び、人里離れた山間地も棚田に耕す。その藁や周囲の草で雨具・縄・俵などを作る技も身につける。米や豆から美味で滋養豊かな調味料や酒を造る。

 大地を測って水路を正確に掘り、鉱山を見出すことにも優れる。そしてどこの町でも村でも、井戸や水路を掘ってきれいな水を確保し、また人畜の汚物の処理という汚れ仕事もなぜか好む。

 帆船で海を航り、魚をとることも全員が学ぶ。

 暇さえあれば禿山に草木を植え、森に戻すことを好む。

 異常なほどの清潔さと学び継がれる呪文や薬で、普通なら多くは死ぬ産褥の母子、幼子がほとんど死なず、しかも赤子を間引きもせずに数を制御している。他の医術水準も高い。

 もっと重要なのが、全員がルーラ程度の魔法を使うことができ、アレフガルドとは違う言語で読み書きするので、時に集まっては新しい工夫を交換し、孤児を引き取って教え育て、金や食料を貸し借りできる。

 そして勇者ロト、ミカエラの名とその冒険を詳しく語り継いでおり、アレフガルドや周辺の国々とも異質な、多くの歌を伝えている。その歌の一部は、ガライの町の創設者である吟遊詩人ガライも聞き知っている。

 何より、〈ロトの子孫〉はあちこちに奇妙な武器や多額の金子、食料を埋め隠し、常に万一に備えているのだ。

 その優れた人々が要所要所で民に混じっていたからこそ、竜王の急襲に全滅を免れたともいえる。

 

 

 険しい島だが、天然の良港が一つある。その奥は深い洞窟になっていた。

 竹と果樹が生い茂る。その奥には豊かな水田。

 瓜生が大型のゴムボートを出し、サデルが旗を並べる。

 飛んでくる魔物、だが瓜生が手を挙げ、武器を手にする皆を止めた。

「〈ロトの子孫〉だ。〈ロトの民〉は?」

 声をかけた時に、森の奥で騒ぎが起きた。

「うるっせえっ、いくったらいくんだ!」

 呪文の気配に、瓜生とジジが素早くアロンドを守る。

 爆発とともに、一人の塊が飛び出した。

 塊、としか言いようがない。二メートルの長身、雄大な筋肉が盛り上がるパンツ一枚の裸身。頭をつるつるに剃っているが、顔は幼いと言っていいほど若い。

「お、おまえら、早速腕試しだ!」

 アロンドたち一行を認めたとたん、常人の身長より長く、太い鉄棒をつかみ打ちかかってくる。

 呆れたことに、飛行艇までの海を、まるで地面のように走って。

「特殊な呪文ね」と、ジジ。

 瓜生が、肌身離さぬショットガンの弾倉を手早く交換すると連発。催涙ガスが沸き立つが、

「こなくそ!」その少年は呼吸ができず目も見えない苦痛も無視し、突っ走って、おもいきり鉄棒を……海面から突き出た岩にたたきつけ、岩は砕けたが手どころか全身しびれた様子だ。

「相変わらずうまいな」瓜生がジジに微笑み、「マヌーサです。彼女は生来、幻覚系呪文の天才なんです」とアロンドを振り返った。

 そこに、背後の森から飛び出してきた人々が投げ縄を投げ、巨体の少年の首をからめて岸に引きずり上げた。

 やれやれ、とばかりにアロンドたちも上陸する。何事もなかったように。

「このばか者め、われら〈ロトの民〉は勇者ロトの子孫を待つ民、自ら外に冒険に出るなど許されん」

「外の世界は恐ろしいのじゃ!わずかな病気で人を家族ごと焼き殺すんじゃぞ!」

 老人や大人たちに殴られ蹴られながら、痛くもないようにその子は叫ぶ。

「この目で見なくちゃわかるもんか!誰も俺を止められやしねえ、俺は誰より強いんだ!勇者ロトより!」

「ミカエラの血、流れてるな」瓜生はなんとなくほほえましくなった。

「カンダタの子孫、かもね。オルテガの子供の頃の話、聞いたことある?」ジジはなんだかげんなりしている。

「あの……この島は、よそ者は」今更気づいたように、老人の一人がアロンドを、じっと見つめる。驚いたように。

「〈ロトの子孫〉、〈竜王殺し〉勇者アロンド。竜王を倒し、旅に出た」と、小さな陶器のかけらを三つ掌に載せ、差し出す。

 瓜生も、小さな陶器のかけらを取り出してアロンドに渡した。

 中心にいた老婆が目を見開き、首から下げた袋を開き、何重にもした布や革を開けて、陶器のかけらを出す。

 集まると、それはぴたりと合った。

 ロトの紋章。ミカエラ、ラファエル、ガブリエラの名と紋章。そして瓜生の漢字での本名と、〈上の世界〉で定められた紋章。

 割れ別れていた文字が、百年ぶりに。

「ここ数年、〈ロトの子孫〉たちとの連絡が途絶えていました。船でもルーラでもトベルーラでも、アレフガルドに侵入できなくなって」

「ごく最近、アロンドさまが勇者となり、竜王を倒したという知らせを受けました」

「自らの王国を探すと聞き、待つ日々は終わり王の帰還をお迎えできるかとお待ちしていました」

 老人たちが次々にひれ伏す。

 そして若い人々も次々とやってくる。

「う、うるせえ!」縄を弾き飛ばした若者が、長老とアロンドに食いつく。「そんな力が、こんななまっちろそうなガキにあるもんか!おれだって竜王ぐらい倒せる!」

 その叫びに、竜王の脅威を知る、現在のアレフガルドに生まれ育った者たちが、石になるように厳しい目でにらみつけた。

「竜王が、どれほど強かったか、知らないのか」アロンドが沈痛な声で。

 迫力に、人々が怯える。

「知るかよ!」叫ぶ、背のやたらでかい少年。

 そこに、対照的に背は低いがおそろしく筋肉質な、同じぐらい若い少年が後ろの茂みから出てきた。

 独特の存在感があり、誰もがそちらを見てしまう。

「アダン」その低い声だけで、びくっと縮こまってしまう。

「これこれ、アダン、ゴッサよ」老いた声に、二人とも背筋を伸ばす。

 その背後から、とんでもなく年老いて男とも女ともつかない、小さな老人が出てくる。

「シシュン」ジジがじっと見つめ、驚きの声を小さく漏らす。「カンダタの、娘よ。あたしが、昔ここに連れてきた」

 こちらも老いた長老が驚く。「伝説は、聞いた事があります。でも、でもシシュン婆さんをこちらに連れてきたのは、勇者ロト様ともゆかりのカンダタ一味のジジ様、だとしたら」

「それがどうしたってんだよ!」アダンは相変わらず怒鳴っている。

「あれから追っ手をまくために別の方に逃げて、そこで石化されてたの」ジジが悔しそうに笑う。

「それをアロンド様が助けたのです」瓜生が、当然のように。アロンドは少し不満げな表情だったが、ジジに尻を軽く叩かれて理解した。

「うるせえ勝負しやがれ!ロトが、竜王がどうしたってんだ!」叫び続けるアダンが、縄を力で引きちぎり、アロンドに飛びかかってくる。

 鋭い動きでゴッサが、アロンドをかばうように立ちふさがる。

 一瞬、激しくにらみ合う。そしてゴッサは背後の気配に、ついと身を引く。

「受けよう」と、アロンドは背の銃をサデルに預け、炎の剣を抜く。

「おおおおっ!」アダンはゴッサが軽々と差し出す長剣を受け、激しく打ちかかる。

 その巨体と無茶に似合わず、正統な剣技で鋭い突き。

 アロンドは、悠然とその先端が胸に迫るのを見据え。瞬転!

 自分から鋭く踏み込み、刺さる寸前にわずかに身をずらし、同時に長い柄が螺旋を描きアダンの剣をそらし、その延長で柄頭が頭を強打していた。さらに瞬時に、鋭い蹴りがくるぶしをはねる。

 アダンの巨体が、地面に叩きつけられ砂が噴水のように吹き上がる。首筋に剣が突きつけられ、同時に唱えられる呪文。上空の雲が、細かな雷にきらめいている。

「動くな、動いたら雷だぞ」

 ゴッサがアダンの右腕を押さえ、迫力のある低い声で押さえつける。

「く、くそ……」

「井の中の蛙、というやつじゃな」老人の一人が、悲しげに言う。

「天才です」サデルが悔しげにつぶやく。

 起き上がった巨体が、今度は剣を捨てて殴りかかる。アロンドはその巨拳を掌で受け止めた。

 ずずっと二本の足の筋が、砂浜に描かれる。そして身長差があるのに、力が拮抗する。

「竜王が、どれほど強かったか」

 アロンドが、静かに言う。その、澄んだ声が響く。

「ぐぬおおおおおおお!」アダンの全身から、凄まじい筋肉が盛り上がる。

 アロンドは平然とそれを受け、押し返し続ける。巨大な拳に、細い指が食いこむ。

「見るがいい。ウリエル!」

 アロンドが小さく唱えた呪文。それにあわせ、瓜生とジジが短く、素早く呪文を詠唱した。

 砂が盛り上がり、巨大な竜が出現する。

 ジジがローラ姫の目を隠した。

「これが、竜王の姿だ。私の記憶、私が倒し食った魂を、モシャスの応用で再現させた。半ばマヌーサの幻でもあるが」

 アロンドが言い放つ。

 巨大で、そして美しい。まさに王そのものであった。神であった。

「う、うああああああああああああ!」

 アダンが絶叫する。

「ぬん!」

 ゴッサも、自らの長剣を抜くと、アダン以上の声で吼えた。

 二人が砂の巨竜に突撃し、そこで巨大な姿は砂に戻って消える。

「所詮幻。勇気はあるのだな」アロンドが笑いかける。

 二人とも、呆然と振り返った。

「天界の神竜の姿も、見てみるといい。竜王もその流れの末のはずだ」と、瓜生が呪文を唱える。

 そして、激しい雷の渦、魔力が吹き荒れると、全天が巨大すぎる、長い蛇の体を持つ龍に覆いつくされていた。

 神竜。そのすさまじい力は、見上げるだけでも押しひしがれ、潰されるほどだ。

 ほんの一瞬で、超巨龍の姿は消えると瓜生が、また砂浜に立ち崩れるように座りこみ、激しく荒い息をついている。

「ミカエラたちで、やりあったわけね。オルテガが生き返ったとかとんでもない話してたけど、そういうことか」ジジがあきれ返った。

 もはや、皆が呆然としていた。

 

 

「用は、安心して休める場が欲しい、今はそれだけです」アロンドが微笑する。

「は……」老人たちは、先ほどの神竜の姿のショックが消えていない。ただ受け答えるだけだ。

「え、それって、これからスゲエ大冒険に連れてってくれるとか、ねえのかよ」アダンが怒鳴る。

「焦っては大業なせぬ、だが、この島には人が多すぎる」ゴッサが、小さいが太い声で言う。

「ただ、申し上げます。この島は確かに広く、土豊か。また勇者ロト様の知恵により、収穫が年とともに減ることもなく森豊かで、赤子を殺さずに子の数を制限できています。しかし、年月に増えた子たちにはこの島ももはや狭いのです」

 老人の一人が言う。

「侵略すれば、アレフガルドであれムーンブルクであれ容易に攻め取れましょう。しかしそれは禁じられていますから」

 残念そうに、アダンによく似た初老の男が言った。

「待ちます。そして、住める場も急ぎ用意しましょう」ゴッサが立ち上がるのに、何人もの年上の男が従う。

「ありがとう」アロンドが柔らかくうなずきかけた。

 

 大灯台の島の地図を作ったのは、元々昔の瓜生だ。アレフガルドはうち続く地殻変動で大きく地形を変えたが、この島は比較的平穏だった。

 ただし、いくつか岩礁が盛り上がり、船が入れないし島外から見えなくなった浜ができていた。

 そこに瓜生は中型の客船を座礁させ、甲板にコンテナ化された野外手術システムを出した。

 客船の発電機に『出した』燃料を補充すればホテル並みの近代生活は可能だし、手術システムが必要とする電力もまかなえる。ただし水源を確保し、干潟に下水パイプを埋める必要はあった。

 アロンドとローラは、船から島各地に回って顔を出す。だがローラは、見るからに大儀そうで、休む日も多いが明らかに無理をしている。

 アレフガルドからついてきた女官たちの表情が、日に日に厳しくなる。

 瓜生も付き添い、診断し患者を、船まで運んでは治療していた。

〈ロトの民〉は瓜生たちが百数十年前に救った、ハンセン病とよく似た病気の元患者たちの子孫であり、瓜生が去った後も治療や予防を続けられるように、土地で見つけた微生物による抗生物質の精製・使用と高水準の清潔習慣、義手などの技術は伝えてある。

〈ロトの民〉たちはそれを元に優れた医術を伝えており、それが百人足らずから百数十年で何万もの大人口となるのを支えた。

 といっても、やはり高度な機械を使えない以上限界はあり、〈ロトの民〉の水準でさえ治療できない患者を瓜生が引き受けたのだ。

〈ロトの子孫〉や〈ロトの民〉の医者たちも、彼から直接学び始めた。

 やはり子供が多く、人口密度がかなり高い。空中窒素固定作物が多いので収量は多く、水田が多く森を切り残しているので連作障害も小さいが、それでもだ。

 人を襲わない、竜王が跳梁していた頃は大灯台の地下空間に隠れていた魔物たちも、多くの、人には食べられない特殊な食物を必要とする。

 また、〈ロトの民〉は全員が馬を所有している。ベーシックインカムやベーシックキャピタルならぬ、ベーシックホース。それによって高い動力があり、広い島がまるで小さな都市のように緊密だが、食料消費も大きい。




「奇妙な味のドラクエ3」ではちょい役だったジジが、ここまで重要になるとは…
サイモンJrパーティも結構好きですし、転職した瓜生に魔法の基礎を教えるなど重要な役割を果たしています。

アダン:肉体はシャキール・オニール、脳は桜木花道。
ゴッサ:肉体は島袋(はじめの一歩)、態度やカリスマは西郷隆盛。
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