並行して、あちらこちらの戦線を処理する。
ハーゴンが石化され動けなくと同時に、なかば魔物と化していた指揮官たちが統制を失って、軍そのものが機能しなくなっていた。
また、キラーマシーンの類も機能を停止した。
ローラの門を通っていたムーンブルク軍は戦車隊とAC-130ガンシップの急襲に四分五裂、無害な魔物は逃げ散り、理性を残す人は降伏し、ムーンブルクに帰った。
デルコンダル軍もあっというまに壊滅する。旅の扉がある、ローレシア大陸南東端の半島を攻め上ろうとしてはやられていた軍勢だが、指揮官が統制を失ったところでF-18とB-1ランサーの空爆でパニックになり、ダメ押しの戦車数台の突撃で崩壊した。こちらは降伏する者が妙に少ないが、戦い続けようとする者はおびえる味方に殺された。
そのころ、デルコンダル王は、戦利品という美女を引見していた。
縛り上げられた年増の女が王の前に立ち、絶望した様子でひざまずく。
ぷん、と香りが漂う。
それに、王の重臣の一人が奇妙な反応をする。
「リレム」王の一言に、満場が驚いた。
宮廷のあちこちで見かけた、生意気で気がきく少女の面影もない……だが王が服の裾で乱暴にその顔をぬぐい、かつらを取り払って短剣で縄目を切ると、まるでモシャスでも解けたように見慣れた顔になる。
「陛下、ハーゴンは片付きました。アロンドより和平案をお持ちしました。そして、今ローレシアに侵入しているデルコンダル軍も壊滅しました」
そう言って隠していた紙を差し出す。
「ふむ。読んでみよ」
王は驚きもしない。
「はい。
賠償ならびに戦争責任追及は一切なし。
ローレシア側の旅の扉がある半島は、主権はローレシアだがデルコンダル人も自由に出入りできる。
周辺の漁業権はデルコンダル、ただし最大漁獲量および環境規制はローレシア準拠。
半島とデルコンダル大陸を結ぶ諸島はデルコンダル領とし、それ以上互いに侵略しない。
デルコンダルの鎖国を尊重し、外交関係はなし、貿易も原則禁止。ローレシア王とデルコンダル王、直接のホットラインのみ代々維持する」
「よろしい」
と、王があっさりとうなずいたことに、臣下たちは驚いた。
「陛下、あれほどローレシアを滅ぼせと激しくおっしゃっていたのに」
「アロンドを斬れとおっしゃったのは陛下ですのに」
「うううう」と妙なうめきも上がる。
「あれほどお止めしても戦い続けていたのに」
「もう、種明かししてもよかろう。アロンドと争ったのは演技だ。
アロンドの両親、ミカエルとラファエラが一度は邪神教団を一掃してくれたが、まだ血に邪神の跡を残す者はいてな」
「それらは、邪神教団大神官ハーゴンのみが知る調合の香で動きます。
わたしはずっと、別の支配を受けた上でハーゴンの命令を受け、こちらの邪神の徒を動かしては、送っていただいていました。
そしてハーゴンを封じたので、もう滅ぼしました」
その口調と、一切の感情を出さない笑顔に、何人かの老人が驚く。
「ま、魔女」
「その口調、おそるべき深謀と欺瞞」
「魔女の、弟子だったのか」
「お、おのれ!王もリレムも死ねえっ」
と叫んだ、先ほどリレムの放った香りに妙な反応をした重臣がおめき、果物に隠した短剣を抜く。その近くにいた十人ほどの男女も武器を手に取る。
リレムが王をかばって立つ、屈強の男はにやりと笑って襲う。
少女がスカートにすっと手を入れ、H&K-MP7を抜き、二連射。男が崩れ落ちるように倒れる。その後頭部が大きく潰れている。
素早くリレムは銃床を伸ばして肩付けし、撃ち続ける。胸、頭と狙う冷徹な連射に次々と、鎧を着た兵も含めて倒れていく。
MP7はP90同様、小口径高速弾を放つPDW。拳銃のようにサイズも反動も小さく、特に銃床を使えば少女でも制御しやすい。鎧ぐらい貫通し、ストッピングパワーも高く、しかも弾数が多い。レーザー照準器があるので、狙いに迷うこともない。
弾倉を交換し、倒れた全員の頭に二発ずつ撃ちこんで銃をしまったリレムが、書類を王に差し出す。
「こいつらが、最後です」
王は笑顔で自らの腕を切り、血を印鑑につけて書類に押した。
「わがデルコンダルはこれからも鎖国を続けるが、そなたやアロンドはこれからもひそかに遊びに来い。宮廷にそなたは必要だし、アロンドはよき友だ」
「必ず」
と、微笑むリレムに、臣下たちは怯えながら見ていた。
「魔女の後継者」という、恐怖に満ちた声もささやかれる。
それら、甘すぎる講和条件には批判も多かった。
だが、アロンドが前面に出て、
「別に弱いと思われてもかまわない。実際には強いのだから」
と笑って説明した。
「弱いのに強いふりをしていれば、弱みを見せないようにしなくてはならない。だが、われわれは現実に、圧倒的に強いんだ」
それは、もう一つのことも暗示している。
アロンドが独裁的な政策を一切やらない、潔く立憲君主の立場に引いている理由。
アロンドは一人で、他国はおろか〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉全員と戦っても楽勝できる。
極端な差がない人間の君主の権力は、基本的には幻影に過ぎない。どんな独裁者であっても、それこそ親衛隊長の拳銃の前には無力だ。
だが、アロンドの場合はその心配が一切ない。だから、どれほど国民に譲歩しても、「王様は裸だと見破られて破滅する」心配はない。
それを悟った人々は、あらためて恐れた。そして、それはどうしようもないことも嫌というほどわかっている。
戦争の終わりに伴い、リリザに避難していたムーンペタ・ムーンブルクの人々の帰還事業も始まる。
巨大な客船や空母の輸送力があるので、帰りも早い。
ただしリリザの避難民には、肥沃な農地に愛着を持ち、帰らないことを選ぶ者も多かった。その人たちはロトの掟……環境規制・清潔・義務教育・法の支配などを受け入れることを条件に、ローレシア・サマルトリアのどちらにも属さず高い自治権を認められる。
またリリザへの陸路・海路・ルーラ設備ともしっかりと整備し、里帰りついでの交易も安全になるよう、先を見越して計画を作りはじめた。
この戦争は茶番だ、そう批判されても仕方ありません。
ハーゴンを泳がせ、ムーンブルク・デルコンダルの邪神教団をあぶりだし、潰した。
世界中に、ロトの王国のむちゃくちゃな軍事力の恐ろしさを思い知らせた。
戦争によって、それまでの〈ロトの子孫〉、〈ロトの民〉、ザハンから通っていた人の三者から、二つの国の「国民」に作り替えた。
これまでの、離宮のための穴掘りやベラヌール解放戦も、結局は「国民を作る」ためでした。
後世、ムーンブルクの多数の死者を思えば悪魔の所業だ、と言われることもあるでしょう。