ハーゴンを封じた瓜生たちはアロンドの待つローレシア宮廷に帰り、ムーンブルクでひと仕事をこなした。
それからアロンドと瓜生はすぐにローレシアに帰った。ムーンブルクはゴッサたちサマルトリア組に、戦争全体は部下たちに任せて。
「さて、霧を片付けよう。ハーゴンがいる間は、うかつなことはできなかったんだ」
アロンドの言葉に、ジジが軽く肩をすくめる。
「ハーゴンは、ずっとアロンドが本気で霧を倒しに行くように言ってた。アロンドと霧が争って両方弱ったところを両方生贄にしたい、ってね」
「この世界が霧に呑まれたら、シドーを復活させても破壊すべきものもないだろう。それに、できれば霧の力をシドーにも食わせたい。と思っていた。それで霧の魔王とアロンドが潰しあい、ハーゴンが漁夫の利で両者とも生贄にしようと狙っていたんだ」
瓜生が付け加える。
「そのハーゴンを封じたから、もう問題なく霧を倒しに行ける。湖の洞窟は私とアダン、勇者の洞窟には……すまないローラ」とローラに痛ましげな目を向ける。
ローラ王妃は一瞬おびえた表情をして悲しげに目を落とすが、何も言わずうなずいた。
アロンドもうなずき返して愛妻を抱きしめ、
「ローレル、ジニ。ウリエル、サデル。四人で行ってくれ」
と命じた。
そして、あっという間に荷物をまとめたアロンドとアダンは、二人でふらりと旅に出た。
といっても、サマルトリアまでルーラでひとっとび。もともとテントしかなかったそこは、数か月の放置で井戸や風車以外は元の野に戻っていた。
そこで軽く食事をとり、馬の姿に変わったアダンにまたがって全速。人間離れした高速で、一日もいらずに大陸を横断する。
霧に覆われた湖をゴムボートで漕ぎ渡った二人に、さっそく猫サイズの虫のような怪物が次々に襲ってくる。主力戦車でも噛み破る手ごわい相手だが、あっさりとアダンが叩き落としている。アロンドは霧で何も見えないので、そこらの棒を杖にして足元を探りながら、ゆっくりと歩いている。
どこにも力の入らない自然体で。
突然脇から襲ってくる怪物を無造作に、舞うような動きで雷神剣で切り倒し、また自然体で歩き出す。
洞窟を抜けると、明らかに異界の気配がする、無限の広さにも思える、深い深い霧の中だった。
アロンドたちは静かに歩き、襲う怪物だけを迎撃している。
「どれだけ強いんだよ、あんたは」
そう、アロンドの傍らを歩き、小さい怪物を食い殺しながらアダンが口にした。
「強さって何だろうな」
「そりゃ、殺し合いで勝てることだろ」
「戦闘力というわけか」
アロンドは、かつて修行で赴いた異界を思い出す。パンという少女は戦闘力を測る機械を持っていた。
「なら、ウリエルの世界の娯楽では、なんでみんな踊るような動きで戦うんだろう。あんなことをしても強いわけがないのに」
「かっこいいからじゃねーか?」
「かっこいい、が目的なのかな。そう、ナチスドイツもそうだった。結構多くの戦争は、かっこいいそのものが目的になってしまっているな。
ああ、でもこの戦争でみんなもわかったと思う。普通の人が強くなるには、軍隊に加わって、伏せて穴掘って銃を撃つとか、戦車や戦闘機を操縦したりするほうがずっと強いんだ。服従と忍耐、学んで覚えられる、それが強さだ」
一度目のガライの墓の試練で、普通の兵士を体験した記憶を思い出す。
「そんなもんなのかな」
「一人で一番多くを殺したのは、ウリエルの世界でなら、エノラ・ゲイの投下ボタンを押したパイロットだろうな。一人で十万人以上を殺した」
「すげえな」
アダンは軽く口笛を吹くだけだ。
「命令に従い、女子供が暮らし、そして兵器を作り修理していた街を破壊した。私も、命令の力は知っている……ガライの墓で、経験した。権力は強さかな?思い通りにできることは」
「あんまり考えたことねーな」
「でも、大灯台の島ではおまえも、みんなに慕われていたぞ」
「みんなを引っ張るのはゴッサだよ」
「まあそんなところか」アロンドは深くため息をつく。「それもまた……」
「考えるより、とことん馬を走らせて戦い続ける、それが気持ちいいんだよ」
アダンの言葉に、アロンドも共感をこめてうなずいた。
「強い、という気持ちになりたいんだろうな。なんでも思い通りになる、一人じゃない……」
「ケンカがだめだ、ってのがいやだった。ケンカなら俺ぁ誰より強ぇんだ、って思ってた。まあ、ゴッサと本気でやりあったらわかんなかったけど。あいつも底知れねぇ」
「強いよ、お前は。そんな体になる前も、なってからも。でもケンカ禁止の理由は何度も聞かされてるだろ、実戦なら砂を投げても穴を掘っても何をしてもいい……網を投げられたら、どんなに強くてもだめだ。
まして試合なんて、素手で目つぶし金的ありにしようが、真剣でどちらかが死ぬまでだろうが、実戦とは違いすぎる」
「でもなあ、つえー奴と思いっきりやりあいてーんだよ、ちっちゃいころゴッサの腕折っちまって『二歳ほど早いけどこれからはいろんなことやって競え、もうケンカするな』って言われたとき、世界が終わった気がしたよ」
「〈ロトの民〉たちに聞いたよ。ほかにも五歳の時に十三歳に突っかかって、足折られて骨が見えてるのに参った言わせるまで噛みついたとか、七歳の時にゴッサと二人で海の魔物を仕留めたとか」
と、アロンドが笑う。
「とにかくたくさんの強い敵と戦って、戦って戦って、それが好きなんだよ」
そういいながらも、アダンが放っている多数の毒蜂・毒蛇は、次々と巨大な怪物を葬っている。
しばらく、戦いながら沈黙している。
「私は、敵と戦うのも、人を率いるのも、どちらも飽食したよ。いやというほど。
満月の塔から行ったところで出会ったあの父子……どれだけ強いか、見当もつかない。アリ一匹潰すより簡単に惑星を潰せる。試合で比べられる強さで、私とあの父子の差はアリと戦車の差より大きい」
「そんなに」
いつしか、霧が薄らいでいる。地面は鉄板のようだ。
その大地に突然、気配が発生する
「キラーマジンガか」
「いや、その千倍はつぇえぞ」
と言ったアダンが、すっと剣と馬の姿になり、アロンドが馬に乗って剣を左手に握る。
そして音速の何倍もの速度での急襲、左右の腕からの強烈な攻撃を、一気に加速して飛びこみ破壊の剣が中心をえぐる。
連鎖的な破壊がその体を崩壊させようとするが、その部分を切り離してなおも襲うのを、ぱっと飛び離れてまた超高速で前進、雷神剣で両断して細切れに切り刻む。
そしてまた次、全長が2kmはある怪物だが、今までとは違い動きがすさまじく素早い。アロンドがふるう破壊の剣も、破壊しきる前に破壊された部分を切り離して再生する。
「離れろ」アロンドが一言いって左手の剣を手放し、馬から飛び上がって巨体を駆けあがった。
アダンが離れつつ、蛇を変形させた投げ槍で別の怪物を倒している間に、アロンドのいるところに何千何万という稲妻が降り注ぐ音がし、霧全体がすさまじく明るくなる。
そして、空間がゆがむようなすさまじい力が、一転に集中し……怪物が静かに崩れる。
合流した二人の前に、突然霧が渦を巻く。猛烈な風が吹き荒れ、アロンドたちはアストロンの変形で体を安定させる。
霧が渦の中心にどんどん吸いこまれ、薄れ、手が見えるようになる。
一つの、石の塊にすっと、霧が吸いこまれていく。立ち上がる。
目の前に立つそれは、人間のシルエットに似ていた。シルエット、というだけではっきりした輪郭はない。怪しい影のようにも見える。
一言で言えば、「邪」。
そのおぞましさは、常人なら一時間も見つめていたら心が壊れるだろう。はっきりと定まった形も、調和もパターンもない。
それが咆哮し、襲ってくる。
アダンが即座に自分全部を破壊の剣に変え、すっとアロンドの左手に握られる。右手には雷神剣が一体化しており、自然に二刀となる。無視するように、ただ立っている。
その人姿が、惑うように動きを止めた。
そして、アロンドを真似るように両手を刀剣のように変形させ、豹が樹上から襲うように跳んで襲う。
アロンドはただ、わずかに横に動いただけで、すさまじい攻撃をかわす。
(強ぇ)アダンが、剣になりきる。
「霧ならば切れなかったが」アロンドが言った。
「急ぎましょう。こんなことをしている暇はありません」
ジニはさっさと片付けたがっている。
飛行艇で北のお告げ所がある半島に行き、そこから上陸して、屋根がないアウトドア用バギーで勇者の洞窟に向かう。
瓜生がトベルーラで浮上しては、あちこちの山に置かれた三角点の位置を確かめ、ジニの計算で素早く位置と方向を確認する。
「ウリエル先生はいついなくなるかわからない、でもわたしたちは、戦争でディーゼルエンジンの力を知ってしまっています。
戦争が終わったら戦車のエンジンを、製紙のために木や竹を砕いたり、砂糖を絞ったり、製粉や製材などあらゆる動力に使おうと、あちこちが目の色を変えて払い下げを求めています」
「みんながそれに頼るようになって、おれがいなくなったらひどいことになるな」
瓜生が苦笑する。
「わたしたち自身の力で、エンジンを作れなければならない。
そのためには強靭な、つまり不純物の少ない鋼鉄を大量に作り、精密に加工しなければなりません。ガソリンエンジンなら電気技術も必要です。
さらに石油の採掘と精製技術も、燃料と潤滑油の両方に必要です。
ディーゼルエンジンに必要な鋼が無理なうちはコークス蒸気タービンを使うにしても、それにも耐熱合金の加工技術をもっともっと底上げしなくては。
そのための技術者も多く育てなければならない、ひとときも惜しいのに」
普段は無口なジニだが、こういう話は別だ。
「すまないな」
瓜生がふっと漏らす。
「リーマン予想やP=NP予想に一生を送ってもよかったのに」
「いえ、ウリエル先生の故郷の天才たち……ガウスやオイラー、ラマヌジャンやワイルズに比べれば、わたしなど。私はこれから生まれる天才たちが、邪魔されずに育つことができるようにしたいんです。
そして技術も、数学と同じぐらい好きなんです」
「いろんなにおい」
ローレルは、お菓子をもらってご機嫌だ。瓜生が次々と出しては、操縦席の横に用意した鉢に積み上げる。
「サデルも食べておけよ。腹が減っては戦はできないぞ」
「では、内臓をやられても死なないよう少しだけ」
と、おずおずと手を伸ばすサデルに、
「ならチョコレートがカロリー高い」
とジニが言う。
「なぜ、私なのでしょう」
と、サデルがつぶやいた。
「悪かったな、実質総指揮官として各地の戦争でも忙しかったのに」
「いえ、それは人に任せることを、陛下から学びましたから。それより、なぜ……むしろジジさまのほうが」
「きみも魔法では、ジジに劣らないぞ?勇者専用呪文はもちろん、魔法使い系全呪文、僧侶系も最上級含めて半分は使える。賢者を名乗ってもいい水準だ」
瓜生がほめるのに、サデルは首を振る。
「ですが」
「ジジなら、必要だと思えばいつでも出てくるよ。それに、ジジにだって仕事があるんだ……おっと、余計な悪口言ったらあとが怖い」
ため息をつくサデルに、
「がんばってるさ。それに、見せておきたかったんだろうな」
軽く瓜生が笑って、鉢に最高級のチョコレートを多数追加する。
そうやって半日ほど走り、バギーも通れない道を二時間ほど歩くと、洞窟が見えた。
車を降りた瓜生とジジは、ローレルにロトの鎧を着せ、ロトの盾と、補強した大型リュックいっぱいの五寸釘を渡した。
まだ子供のローレルだが、神の鎧はその体にぴったりと合う。
洞窟を抜ける、それ自体に困難はない。瓜生は一応銃を手に警戒しているが、スライム程度しか出ないのでサデルに任せている。
深い地底湖のところに着くと、ここで修行している予言者や世捨て人たちが待っていた。
中には高い力の持ち主もいて、四人を祝福してくれる。その地底湖の聖水には、体力と魔力を回復させる力がある。
「時が来ましたか」
そうつぶやいた、恐ろしく老いた予言者が、地底湖を指さす。
「どうか、お行きなさい」
その言葉に、ローレルが何も疑わずに水面に足を踏み出す。
固い地面を歩くように、そのまま歩くのに瓜生とサデルも歩き出した。
ジニは軽くうなずいて、ついていく。
そして地底湖の奥、いつしか全く別の気配が漂いだす。
「別の世界に入ったようだな」
そう、瓜生がつぶやいて、警戒する。
気がつくと、そこは巨大な生物の内臓のような、塔だった。
「三人とも、こっちに乗れ」と、瓜生がプーマ歩兵戦闘車を出す。
ジニが慣れたように乗り込む。サデルがローレルを抱いて、ハッチから入った。
「一人で操作できるように改装してある。ジニ、操縦を頼む」
「はい」
彼女は瓜生に、さまざまな戦車や飛行機、土木工事用機械などの扱いも習っている。今は瓜生以上に使える機械の幅は広く、多くの人に教える立場でもある。
「サデル、魔力は、敵の位置を正確に知ることに使え。ジニ、機関砲と、場合によってはローレルの魔力を利用して応戦」
「はい」
「サデル、絶対にローレルを放すな」
「はい、命にかえても」
「おまえが死んだらローレルも危ない」
それだけ言って、瓜生自身も同じプーマ歩兵戦闘車に乗る。どちらも改造済みで、一人で操縦・発砲できる。
突然、瓜生が発砲。
触手のようなものが伸びてくる、それが強大な30mm弾を浴びて、直後激しくのたうちだした。
瓜生が魔力を感じ、
「やべ!」
叫んでナイフを手にしてハッチを開け、消えた。出現した瞬間、手には魔力を持つブルパップショットガンを握り、発砲。短距離メドローアがふっと、目の前に円筒形の虚無を作り出す。
「危なかった、ジニのブラックホール呪文か」
ブラックホールがガンマ線をばらまく前に、周囲ごとメドローアで消し去った。
直後、30mm機関砲が何発か別方向に発砲され、サイに似た怪物を粉砕した。
次々と出現する怪物たちを、30mm弾が容赦なく撃破していく。多少の攻撃は装甲で守れる。
とんでもない数の、巨大で固い怪物たち。だが30mm弾は多くの怪物に有効、それすら通用しない規模ならローレルの魔力を借りてジニがマイクロブラックホールやカイザーフェニックスをぶっ放す。
ジニ・ローレルと、サデルが組めばメドローアもあり、次々と巨大な虚無の円筒が巨大な怪物に風穴を開ける。
いつしか壁が正面に出現し、前後左右を囲まれて、その壁がどんどん迫ってくる。30mm弾を二両がかりでぶちこむが、削れる程度だ。
「降りるぞ」と瓜生が叫び、サデルを呼び寄せ手を合わせると、メドローアをぶっ放した。
それで、何キロメートルもの大穴が開くが、まだ道の先は見えない。それでも短距離ルーラで一気に前進したが、別の壁が立ちはだかる。
「魔力吸収型の壁か」と、瓜生はローレルを見て指さした。
まだ小さい子がロトの鎧を着たまま、五寸釘を鞄から一本出して、壁に向かう。
「閃光注意」瓜生の声に、三人が目をふさいで顔を背ける。
すさまじい閃光が走り、魔力を吸収する胃壁のような壁が、飽和しゆっくりと霧に帰っていく。
気がついたときには、すさまじく濃い霧に包まれ、四人とも仲間から切り離された。
それぞれの前に、それが出た。