ローレルたち四人が門のような何かをくぐると、そこは虚無だった。踏みしめる大地もない。薄い霧で何も見えない。
「あ、あ」
無重量。ローレルを抱いたまま、パニックになりかけるサデル。目を閉じてしまうジニ。
その二人を、奇妙な力が引き、何かの上に《落ちる》。
「あ、床が」サデルがほっとして息をつく。
「ここは、ヘリポートですね」ジニが見まわす。「でもこの程度の質量で、大した引力は……ああ、重力呪文ですね」
「正解」
声が、どこかからする。
「もう、船に融合されているんですね」サデルが素早く魔力を読む。「それにしても、妙な船ですね」
「イージス艦」
サデルが抱いていたローレルがもがき出、ジニの手を握った。
「それどころじゃない。とんでもなくでかいのが多数いるぞ」と、瓜生がイージス艦のレーダーで周囲を分析する。
「この空間自体は半球形で、半径が最低一万キロメートルはある。……どうやって方向指示するかな、今この艦もゆっくり三軸回転しているが……まあ、今だいたい左舷方向の半球面から怪物がこちらに接近している」
「ローレル王子は、それとは逆の方向に行きたがっているようです」
ジニの冷静な言葉。
「そっちには球形の建造物のようなものがあるな」と、スピーカーから声がする。
「あ、あっち」サデルがローレルの示す方向を見て、膝が踊り崩れ落ちる。
「どうしたのですか?」魔法の発動ができないので魔法探知もできないジニが、首をひねる。
「じゃ、おれがこいつらは迎撃するよ。行って来い。というか行ってもらわないと、そろそろおれの理性が限界だ。竜になって暴れる」
瓜生の声が響く。
「はい」
ジニは何の迷いもなく、ローレルの手を取る。
「すべての戦いを、勇者のためにせよ」
サデルは苦しげにそう言い、敬礼してローレルにつかまった。
『ダイの大冒険』は『グイン・サーガ』などと並び瓜生が百何十年前に持ち込んだ本だ。〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉の間で広く読まれているし、ガライ一族があちこちで歌う人気演目でもある。
その「すべての戦いを、勇者のためにせよ」という言葉は、ロト一族共通のモットーだ。そしてサデルは、竜王との戦いで、身をもってそれを実践しアロンドを無傷で竜王のもとに送った。
「持って行けよ」
と、三人が立つヘリポートにSH-60Bヘリコプターが出現する。ヘルファイアミサイルとM2重機関銃の機載版、大量の重歩兵火器と弾薬が積んである。操縦ができるジニが乗ってサデルとローレルも乗り、そのまま浮上した。
竜として艦と融合した状態で、レーダーでヘリを見送った瓜生は、
「さてと……間違いなく敵だな、あの気配の邪悪さは」
あとは、竜の戦う心。そして、トカゲが体の細胞すべてを制御して動くように、すべての部品を戦いのために使いこなす。
瓜生以外にもロト一族には機械との融合が使える者もいるが、その場合には弾や燃料が尽きたらほぼ役立たずだ。だが、瓜生の場合には燃料や弾薬も出し続けることができる。
「とりあえず、あいつらを追う連中は叩く」
アーレイ・バーク級イージス艦の、VLSが次々に発射される。96発のミサイルが同時に吹き出し、霧よりも濃い煙と炎が立ち上る。
高性能のレーダーシステムが多数の標的を霧も無視して探知し、対空ミサイルが高速かつ正確に狙う。そしてまだ残っている巨大な標的は、核弾頭のトマホークが正確に狙い撃つ。
さらにヘリポートから無重力も活用して多数の無人機を発進させ、帰還を度外視して情報を共有、精密に遠距離の敵を爆撃させる。
ハッチを閉め、また全弾発射。瓜生の物資を出す能力で、VLSの再装填という本来なら港でしかできないことが、一瞬でできる。
ミサイル網をすり抜けて接近する小さい怪物は、ファランクスCIWSの正確にレーダーと連動しモーターで自動制御される20mmバルカン、長砲身で連射速度の高い5インチ単装砲が射抜く。
超音速で飛行する怪物も多いが、もともとイージス艦は超音速の戦闘機やミサイルをレーダーでとらえ、撃墜するのが仕事だ。
すさまじい噴射炎・砲口炎・爆発の乱舞が、万単位の、人間の認識を超える巨大さの怪物を徹底的に粉砕し、蹂躙し続ける。
限界に達したので呪文を解いた瓜生は、想定以上の連続攻撃に焼けているイージス艦のヘリポートに立った。ただし、イージス艦にもレーダーで周囲を調べ、敵の位置を放送すること、ファランクスで自衛することは命じてある。
「これじゃらちが明かないな、数も十万単位、でかいのはキロメートル単位じゃないか」
そうぼやいて、即座にルーラで距離・方向だけ指定して百キロメートルほど移動。そこにまた巨大なオハイオ級戦略原潜を出現させ、また竜と化して融合する。
すぐさま、24基の巨大大陸間弾道ミサイルが分厚い水を破るほどの高速で射出され、火を噴き三段のロケットで一気に加速される。宇宙に飛び出すほどの超高速で、何千キロメートル単位で散らばる。
広く拡散したミサイルは先端部の、14発の弾頭を放出する。実戦ではあり得ない、全弾頭が最大威力の水爆。まあこれの実戦は、あってはとても困る。
怪物の、位置と速度のデータはイージス艦から得られる。狙いは正確だ。
すさまじい爆発は、何千キロメートルもの濃霧にはばまれて見えない。ひたすら、巨大な潜水艦がハッチを閉ざし、すぐまた開いて24基のミサイルを撃ちだすのを、繰り返すだけだ。
瓜生は、いつも自分はアロンドに比べて弱いと言っている。だが、惑星の陸地表面を焼き尽くすことぐらいはできる。
霧の向こうでは、小さくて超高層ビル、大きければマンハッタン島の大きさの怪物が多数、水爆になすすべもなく蒸発し粉砕されている。
何百回繰り返しただろう。一体の怪物が核の弾幕をも抜けて殺到し、170mを超える巨体をクマがサケでも食うようにへし砕いた。
瓜生はいち早く離脱していた。原潜を破壊し食いちぎった怪物は、食べてしまった原子炉が暴走して巻き起こした高熱と放射能で自滅した。
すぐに瓜生はイージス艦に戻り、
「でかいのは減らせてるだろ。なら、小さいのを潰す」
と、また融合してミサイルと火砲を乱打した。
瓜生も、ドラゴラムの応用呪文を三連発、しかもどれも限界時間以上。負担は小さくない。
「残念だな」
アロンドが、静かに言った。
「なにがだ?」
「いや、こいつにもし人の心があるなら、育ててやって……人として、神としてでも生かし、私のライバルになってくれるかと思ったんだが」
剣の姿に戻り、アロンドに握られたままアダンはあきれ返った。
「無理だな。人の心なんてこいつには、ねえよ。人の心とは、とことん違うんだ」
「ああ、違う。こいつは霧なんだ。ハーゴンに邪悪を入れられ、人間の姿と戦い方に押し込められてはいるがな」
アロンドは残念そうに言う。彼は強すぎ、それゆえに深い孤独を感じていた。
だが、激しい戦いで相手をはっきり理解した。自分が望む存在ではなく、ただ異質だと理解し……完全に戦法を変えた。
アダンは怯えていた。
(殺すための、正確すぎる……ジニが定盤削りだしてるみてえだ)
感情が暴走している状態にも見えるし、逆に何の感情もないようにも見える。
幼児が戯れているようにも見えるし、正確に職人が仕事をしているようにも見える。美しい踊りにも見える。
動きを封じ、相手が動き出す数秒前から行動して動き出す瞬間をぴたりと打つ。
星をも砕く攻撃を紙一重でかわし、あるいは受け流して、ぽんと一撃入れ、そのまま密着を保って打ち続ける。
その攻撃は、はたから見ればごくごくかるい。
だが確実に、急所に届いている。
何度切っても弱りもしない霧影、でもアロンドには何の焦りもない。
淡々と、まったく無駄のない美しい動きで、やわらかく斬りつけ続けている。
一発一発、常にカイザーフェニックスを放つように爆発増幅させたピオリム・スカラ・バイキルトで力を増して。稲妻の、何億倍ものエネルギーを瞬時に集中して。
「アダン、力をもっと集約してくれ。斧を研いで針にするように、螺旋を描いて一点に集めろ」
アロンドが何の感情もない、静かすぎる声で言う。
その声に、アダンは完全にふるえあがった。
(こいつは、化け物だ。神々から見ても、とんでもねえ)
そしてアダンが必死で集約する威力を、アロンドはさらに一点に集中して、ごくさりげない最小限の動きだけで敵の攻撃にカウンターを決め続ける。
(敵も、決して弱くない。いや、強すぎるだろう。一つの世界全部の力が、この人の姿に凝縮されているんだ。星すら簡単に壊せる)
アダンが見る通り、霧影が暴れる拳の先、蹴りの先には、今戦いの場になっている惑星が雪だるまのように砕かれ、切り裂かれ、えぐられている。
だがアロンドは、そのすさまじい力を柔らかい螺旋の動きで受け流し、相手の力を利用して、小さい動きだがじわりと重いカウンターを流し続けている。
相手の激しい拳を、ふわりと左手が受け流しつつ切り落とし、アロンドの体が勢いを止めずに回るとバックハンドの一閃が走り、遅滞なく次の動きにつながる。
爆発など起きない。稲光が漏れたりはしない。力の無駄はしない。すっと、針のように細い力が埋まるように刺さるだけ。そして密着したままわずかに動き、相手の動きをコントロールして、自分が出してほしいタイミングで出させた出ばなにすっと刺す。
それも刺し終わって動きが止まることなどない、まるで歩き続けているように、舞い続けているようにたゆみない動き。常にその動きは螺旋をなし、始まることも終わることもない。
(自分より百倍強い相手と延々とやり合うことに、いやっていうほど慣れてるんだ)
アダンがやっと気がついた。
アロンドが満月の塔から行った異界、精神と時の部屋でどれほどすさまじい相手と修行してきたか。また彼は子供の頃、竜王戦役が始まってからロト一族でも最強と言われた両親にしごかれ抜いた。そしてそれから、幼い身で実戦を戦い抜いている。
適度なライバル…ドラゴンボールから、ギニュー特戦隊の誰かひとりでも呼んでくるか、と思ったことはあります。ギリギリで戦えるので。
ただ、そこに至るストーリーがどうしても浮かばなかったのか…