ヘリコプターの背後は、深い霧に包まれて何もわからない。だが、それは霧に守られているともいう……普通の大気であれば、衝撃波と放射線、閃光でヘリの中にいても人は死んでいる。
ヘリが空を飛ぶ怪物を重機関銃で撃墜し、ヘルファイアミサイルをぶちこんでから着陸する。
サデルが、勇者ロト直系の怪力でやっと持ち上げられる重火器を持つ。
ゲパード14.5mmセミオート対物ライフル。
Kord重機関銃。
カール・グスタフM3無反動砲。
そして腰には隼の剣。
操縦席から降りたジニは愛用のAK-74を小さな体に負い、魔力を細かく編み上げている。
ふくらみつつある胸にはノートパソコンをスリングで吊るし、ヘリから飛び立った無人機を遠隔操縦してその情報を見ている。美しい顔は望遠鏡のようなものがついた赤外線暗視装置に覆われている。
ローレルは背には五寸釘を詰め込んだリュックを担ぎ、ジニの手を引いて魔宮に急ぐ。
「全員、それぞれの方法で警戒します」
ジニの言葉にサデルはうなずき、魔法で警戒する。
ジニは瓜生由来の機械、多波長の電波と赤外線熱源探知、光増幅、レーザー測距システムで。
そしてローレルは、幼子の純粋な感情と、巨大すぎる半神の力で。
道は短かくまっすぐだった。何体か、場違いにも出現した怪物はサデルがカール・グスタフとKord重機関銃で破壊した。
そこには、子供の姿をしたシルエットがあった。
男か女かもわからない。顔もあるのかないのかわからない。
ただ、そこには深い深い邪悪と、無尽蔵の力だけがあった。
ジニとサデルが、恐怖に硬直する。
そこを、ローレルが絶叫して、すさまじい速度で走り出した。
相手も速い。ローレルが五寸釘を抜く余裕もなく、がっぷり四つに組んで、ひたすら押し合う。
本来なら足が滑るか床が砕けるかするところだが、どちらもない。ひたすら、人間には想像すらできない力の持ち主が正面から押し合っている。
ローレルの顔が真っ赤になり、紫を通り越して黒くさえなる。
生まれて初めての、正真正銘の全力。
サデルはただ、息を吞んで見ている。
だが、ジニがにらんでいるパソコンから、無人機をローレルの背後に飛ばすのを見て、素早く走った。
無人機が、そしてサデルの体が、見えない何かに深く斬りつけられる。
無人機は崩壊し、サデルは素早くベホマをかけながら剣を構え、また斬りつけてくる見えない敵と観だけで斬り結ぶ。
「ジニ!」
サデルが叫ぶ。
ジニが恐ろしく複雑な呪文を編みつつ、無人機のレーダーが捉えている高速の影に向けてAK-74をセミオートで放っている。
サデルは彼女に魔力を渡そうと、血がついた斧槍だけが見える影を相手に切り結びつつ移動しようとしている。ジニは単独では魔法を使えず、だれか魔法使いが触らなければせっかく編まれている呪文も無意味だ。だが、下手に動けばローレルの背中を刺される。
ローレルは、まったく余裕なく必死で押し合っている。その顔は汗びっしょりで、涙目にすらなっている。
ジニが、白燐手榴弾と閃光手榴弾を手にし、迷っている。
(隙を作ってサデル先生のところに行きたい、でもそれでローレル王子が負けたら)
素早く考えて、ノートパソコンで無人機の一つを、血染めの斧槍に向かわせる。
邪魔だ、とばかりに斧槍がジニのほうに向かう。
恐怖に硬直するジニ。だが、目に激しいマズルフラッシュが映り、サデルが駆け寄ってジニの手を取る。
Kord重機関銃の弾幕である種の壁を作り、透明人間の動きを封じて走った。
素早くジニは霧散した呪文を編みなおす。
瞬間、ローレルから見て背中側の、この広い広間全体に、正確な三次元格子を描いて閃光が走る。その線がいくつか横切られた。
瞬間14.5mm弾が正確に放たれ、斧槍を持っている透明人間がいるはずの場所をぶち抜く。
それに、斧槍が吹っ飛んで転がる。
(油断しちゃダメ。しっかりしなさい、戦いのベテランでしょう、ジジさまやウリエルさまにも、あらゆる罠について習っているはず)
(影タイプの敵の場合、別に本体がある可能性がある)
「ジニ、こういう呪文はできる?悪意の核を探り出すとか」
「はい、対ブリザード用に研究されていました。インパスや盗賊系呪文の応用変形に加え、直感をバイキルトで増幅します」
と、ジニが呪文を編む。
瞬間、斧槍を持った透明人間は起き上がり、激しくジニに打ちかかってきた。それをサデルが巨大な銃身で受け止め、太い鋼筒がひん曲がる。
その背に触れたジニが呪文を発動させる。
驚いたことに、透明人間の姿など浮かばず、斧槍だけが激しく輝いた。
「人なんていなかったのね」
叫んだサデルがギガデインを唱え、剣に通わせて斧槍を十字に断った。
そのとき、ローレルは金剛力を振り絞って子供の霧影を投げ倒した。
激しく息をつき、膝をつく。ローレルが疲労するのは、生まれて初めてと言っていい。
そして立ち上がり、巨大化した霧影が襲いかかる。何千という数、さらに怪物たちも混じっている。
舞い続けていたアロンドが、突然全く違う動きをした。
左手の破壊の剣に、全く違う形を命じた。
(切れ味だけを極限まで優先)
(おう)
息ぴったりの主従、左手の一撃は霧影の胸下を、メスのようにさあっと切り開いた。
すっとアロンドの右手がその傷口に差しこまれ、何かおぞましい、黒く暗い形なきものが抜き出される。
「これが、ハーゴンが与えた《邪》だ」と、それを右手に握ったまま、アロンドは左手の破壊の剣を突き立てる。
アロンドの表情も痛みにゆがむ。そして、絶対の破壊が《邪》そのものを虚無に返していく。
だが、その《邪》の一部が、どこかに逃れて妙なたゆたいに変わろうとしている。
人影は、みるみるうちに破裂し、広い空間全体を覆い尽くす深く白い霧に変わっていく。
あとは、人の形をした機械のような残骸が転がるだけだ。
「だが、あっちでローレルが戦っているもう一体がある限り、すぐに再生してしまう」
アロンドが言って、にっこりと笑った。
何かを狙って極限まで力をためながら。
サデルとジニが全力で背を守る。疲れきっているローレルも、ロトの鎧に回復されて立ち上がり、五寸釘を抜いては巨大な子供の影に突き立てる。
そのたびに全てを破壊する閃光がほとばしり、五寸釘も消えうせる。
ジニが編む精緻な呪文。小規模な核融合やブラックホールが、巨大な怪物を次々に内部から潰していく。
サデルも魔力をジニに貸しながら、Kord重機関銃とカール・グスタフ無反動砲を激しく撃ち続けている。
(きりがない)
その一言、絶望が漏れそうになった、そのときジニがサデルの力を借りて、敵の本体を探す呪文を唱えた。
「あれ!」
ジニがレーザー照準器を当てた、むしろ目立たない不定形の怪物。
「怪物は、霧の……免疫細胞みたいなものじゃなかった?」
サデルが言うが、
「とにかくあれです」
ジニの一言に、ローレルが五寸釘を抜いて、凄まじい速度で走り出し……瞬時に距離を詰める。
強烈な打撃は、ロトの楯がそらしてくれた。そのまま突き立てた五寸釘から閃光が迸り、不定形の怪物が半分消えうせる。すぐさま次の五寸釘、また次と、何度も何度も閃光が走る。
そのローレルを突然、腕が抱え上げた。
「もう十分だ。逃げよう」
三人と同じく傷つき、疲れている瓜生。
その上では超音速で飛んできて、乗り捨てられたF-15E戦闘機が怪物に激突し、凄まじい爆発が起きている。ドラゴラムの応用で融合して最高速で飛び、特に大きい怪物に衝突する寸前に呪文を解除、直後にリリルーラで味方に合流したのだ。
もはや統制もなにもない怪物たちにM202焼夷弾ロケットランチャーを四発同時発射、同時にイオナズンを唱える。即座に空ランチャーを捨ててジニに迫る影を両手剣で切り捨てる。向こうで超高温の炎が上がる。
その結果を見もせず、サデルがジニとローレルの手を握っているのを確認してその肩に触れ、もう一方の手で目の前の怪物を魔法のかかったショットガンの、短距離メドローアで消し飛ばし、変形されたルーラを唱える。
ちょうど同じ時、別の世界ではアロンドが、地球では見られないほどすさまじい稲妻を虚空に叩きつけ……そしてその絶叫に応えるように、虚空に巨大な門のようなものが出現した。それは、さきほど逃げた《邪》の一部でもあった。
「あちらで、ローレルも霧を倒しているな……脱けるぞ」
そう言って、アロンドがアダンを連れて門をくぐる。
そこは見覚えのある、湖の洞窟の最下層……そこでアロンドが、ためにためていた力を一気に解放した。
「邪門を破壊する。これで、霧はこの〈下の世界〉にはもう、侵入できない……そちらで霧でいるといい」
(こりゃあ、消滅するかもな……まあいいや、全力!全開!)
アダンは覚悟を決めていた。
アロンドは、何の力も入れずに自然体で立っているように見える。右手はかすかに雷神剣の白刃、左手にはすらりと細身の破壊の剣。だが、その中では魔力が極度に増幅されている……メラゾーマを放てばカイザーフェニックスになるほど。大魔王と呼ばれても仕方ないほど。
さらに魔力を高め続ける。天井知らずに。
(四万……五万……)
アロンドの冷静な部分が、静かに数値を刻む。修業の場で見せてもらった、戦闘力計測器をめやすに。
(五十三万……六十万……)
百万に迫るとき、アロンドの肉体も精神も限界が近づいていく。
両手の剣を振るのに、力は入っていなかった。舞うように、幼児が戯れるように破壊の闇を手にした左手が右腰下から左肩方向に振りぬかれ、一体の動きで柔らかい歩みとともに右腕が閃光と化し、風車のように大きく円を描いて振り下ろされる。
わずかに傾いた十字架。
それが門にすっと当たると、とてつもない破壊力が浸透していく。
静かに、異界との間をつなぐ門が崩壊していく。
異界である〈下の世界〉と霧の世界をつなげ……竜王を悪に導いた邪悪な《門》が、聞きとれぬほど深い重低音の絶叫をあげ、崩壊していく。
「仇は取ったぞ」
アロンドは静かにつぶやく。
左手の破壊の剣も、どろりと内臓が腐れ崩れるように……それを見て、背中に隠していたもう一本の剣を崩壊していく剣に重ねた。
アダンと戦っていた、ハーゴンが用意していたもう一本の破壊の剣。それで、アダンの崩壊は辛うじて止まる。
「私も、かなり体を壊しているな。しばらくは静養しなければ……下手をすると、一生」
そうアロンドは呟いて、全身に走りつづける凄まじい痛みを抑え、地上に向かった。
二か所で、同時に敵を倒さなければ何度でも復活してしまう…というのもよくあると思います。