アロンドとアダン、ローレルたち四人がローレシア宮殿に戻ったのはほぼ同時だった。
アダンは人間の姿ではいられない、アロンドも立っていられないほど。
瓜生やサデルもダメージはひどく、ローレルも眠りっぱなしでローラ王妃をいたく心配させた。ジニも疲れきっている。
ローレシア・サマルトリア両国の国民をできる限り集める三日間が、よい静養期間となった。
まだ本調子には遠いが、気力で立ったアロンド。数万の民に向けて、瓜生が出した大型スピーカーの力と、アロンド自身知り尽くし、ジジとリレムが演出した舞台から、民全員に叫んだ。
今回は、家畜や幼児の世話で留守をしている人たちにも瓜生が乾電池式短波ラジオを配り、送信アンテナを作っている。
「この勝利を誇りに思う!」
アロンドの言葉に、誰もが顔を輝かせた。
「ムーンブルク、デルコンダル両国との和平もなった。そしてあの霧も、永久に排除した。
一人一人、総力戦に耐え抜いた奉仕を心から誇りに思う。一人一人、どれほど苦しかったろう。何度も霧から逃れ、戦に出、あるいは家族を戦に送った。学校に長く暮らし、家族とも会えずに耐えた。
ローレシア、サマルトリア、また大灯台の島も元鬼ヶ島も、どこでどんな形で戦争にかかわった人も、皆を誇りに思う。
だが、別の戦いが今始まろうとしている。平和という、ハーゴン軍よりずっと恐ろしい戦いが。
大陸を耕し、二人が結婚して六人の子が育てばどれほどの勢いで人口が増えるか。今の五万人から、五十万、百万と増えていくのに五十年はかかるまい。このローレシア大陸だけで、十億の人口は軽く保てるのだ。
その頃には科学技術も、ウリエルの故郷にさえ追いついているかもしれない。機関車。ハーバーボッシュ法窒素肥料。電話やラジオ。さまざまな技術が世界を変えていくだろう。
私も年老い、死んでいく。そして百万から千万、億と人口が増え、長い平和を楽しめば、国は変質する。確実に。それはウリエルの故郷の歴史では、大戦や帝政化によって解決されたことさえある。
どちらも許されない、ならば先の先を見て、よく考えて、増えた人口と莫大な生産力に合った国に、わが国そのものを作りかえる。私がいなくてもそれができるよう、全員自らを教育し、考えてくれ。
もちろんロトの掟を守って。優先順位を間違えるな、家族を、仲間たちを守り、ロトの掟も守って豊かに暮らすために、国を作り頑張るんだ。
過ちによる戦争だけは起こさないよう、十分に備えて。
今日は勝利を祝い、明日は遅れた種まきをしよう!」
すべてが終わったのは夏至の直前だった。前線で戦っていた兵士も、学校で生活していた子供たちもそれぞれの故郷へ、やっと戻った。
約半年の戦争。
確かに負担は大きかったが、ローレシア・サマルトリア・大灯台の島その他含めて、復活もできない死者は数百人しかいなかった。
それも多くは友軍誤射や誤爆、訓練中や戦闘中の事故だった。
ばかばかしいほどの戦力差が、最初からあった。
デルコンダルの死者は二万人程度だった。
ムーンブルクの死者は十万単位。ローレシア軍と戦って戦死した者より、魔物と化した暴徒に虐殺されたり、戦場で病死した者のほうが多かった。
戦争から半年以内をめどに、全員の貢献を確かめ、あらゆる立場から見た記録をきちんと作る作業が始まった。
全員に報告書を書かせる、というわけだ。
筆記用具だけでも大量に必要で、瓜生がまたかなりの量を出さなければならなかった。
特にローレシアは、ハーゴン自身による記録の改竄も激しいし、逆にハーゴンをだますためにヘエルらが改竄した書類も多くある。それを正すのが恐ろしく大変になる。
とりあえずハーゴンの手がついていない書類だけで、何人か褒賞することはできたが、きちんと戦争全体を総括し、賞するにはどれほどかかるかわからない。
ローレシア政府にとって、それが最大の懸案事項となっている。
歴史を管理するアムラエルがねじりはちまきで取り組んでいるが、彼女は教育の仕事もあるので二重に忙しい。
だが、「これは歴史家にとって最大の夢です。一つの大戦争を総括するなんて」と、夢中で仕事に励んでいる。
春も過ぎており、麦を刈るにはかろうじて間に合うが、田植えは難しい。
だが、今年の分の食料は備蓄もあるし、瓜生が出している。
そして夏から始めても収穫できるソバを、あちこちでまいている。
また、荒れた農地にはラツカ・ミラジ・キーモアなど繁殖の早い家畜を放しており、大喜びで小さい仔が増えている。
豊かに得られる乳はチーズに加工されて保存され、栄養豊富な水分は人間たちが貪欲に吞み干す。
ローレシアと大灯台の島では、サデルが主導して奇妙な試みをした。
「今年はみんな、好き勝手に実験してみよう。費用は税金から投資する」
と宣言し、様々な種を無料で配った。
どうせ今年の分の食料はちゃんと用意されている。
さらに、
「五年に一度ぐらいは、試す年にしてなんでもいろいろやってみよう」
とまで言った。
また、
「子供たち一人一人に小さな田畑を与えよ。好きなように植えて耕せ、その収穫または収益をおやつとする。『思い通りにならない』を学ばせるためだ」
という政策も発表された。
数日間、戦勝と再会を祝ってどんちゃん騒ぎ、慰霊、それからゆっくりと日常をつくりなおす。
敵軍に荒らされた家や農地は再建のために。
そうでないところも、再び家から子供たちを学校に通わせる。久しぶりに手元に戻った馬をなぐさめ、大砲ではなく農具をひくことを思い出させる。
人手が足りず手入れがおろそかになっていた堤防などを直す。
中断されていた建設の続きをする。
だが、戦前とは生活は大きく変化した。
今年は自分たちが食べるものは気にしなくていい、と言われたこともあるが、それ以上にみな、瓜生が出した戦争用の動力機械に慣れてしまったのだ。
大型汽船。戦車・歩兵戦闘車・大型軍用トラック。ヘリコプター。輸送機。
ディーゼルエンジン。クレーン。高性能爆薬。通信機。
教育用の、電池式DVDプレイヤー。娯楽・宣伝用の電池式CDラジカセ。
何千という人がその扱いに慣れ、修理工場の工具も使いこなせるようになっている。
その人たちに、その技術を忘れさせるわけにもいかなかった。
「自分たちでできる技術にするほうがいいんだ」と瓜生は言うが、やはり念のためにと、以前に倍する量の兵器をローレシア・サマルトリア両国に隠させてもいる。
アロンドたちとの話し合いの結果、最低限の通信機と小銃は引き続き全員に配っている。
さっそく、いくつもの企業が戦車から砲塔と装甲を外してトラクターを作っている。
トラックやヘリコプターで輸送業を始めようという者もいる。
そのパワーとスピードは圧倒的で、多くの人がそれを欲しがる。
そこで問題になったのは、トラックは舗装道路がなければただの環境破壊になってしまうことだ。
道路を作る余力はどちらの国にもなかったので、トラックはごく制限された地域でしか許可されなかった。
それらの燃料も、当分持つぐらい瓜生が用意はしたが、いつも彼は「おれはいつ消えるかわからないんだぞ」という。
そのことでは、皆がびくびくし……ジニたち技師たちは、それより先に石油精製技術を、と必死になって取り組んでいる。
幸い、〈下の世界〉にも巨大油田は多くある。リリザ周辺、ローレシア北東の山を越えた平原、サマルトリア北西の湾、湖の洞窟近く、メルキド周辺、炎のほこら周辺海域、ムーンブルク内海の東岸など。
まずリリザ周辺で小さな油井が作られ、その蒸留技術の研究が始まっている。
幸い、ディーゼルエンジンは比較的精製技術が低い石油でも一応動く。
だが、ロトの掟は大気汚染に厳しいので、こちらでの精製石油の販売許可はできる限り有害物質を除いてから、と条件がつけられた。
そして、ディーゼルエンジンそのものをこちらで作れるよう、製鉄・工作技術の向上にも力を入れている。