製鉄資源に恵まれ、以前から製鉄がさかんなムーンペタから、ローレシアやサマルトリアに留学する者も多くいる。
ヤフマとハミマ親子ら、ムーンペタの要人を招いたアロンドが、供応がてらローレシアの製鉄所に案内した。
河口近くで、眺望もすばらしい。畑が広がる中、いくつもオランダ式の木造風車が立ち並んでいる。
川から太い運河が伸び、上流や海からいくつもの船が荷を積み下ろしている。
上流からも別の流れが引かれ、地形をうまくつかって上射式水車に水が注がれている。
そして、巨大な高炉。瓜生の世界で言えば小さいが、ムーンペタの人たちにとっては圧倒される大きさだった。
鉄鉱石、石灰石、石炭が野積みされる、10mはある山。製鉄が盛んなムーンペタから見ても、想像を絶する量だ。
それも、ヤフマたちはもっこにいれて運ぶぐらいしか知らないのに、ここでは船に大きな板を突っ込み、その上で広く厚く長い帯が連続的に鉱石を運んでいる。
すぐ近くの風車と、風が弱まった時には馬が帯の動力になっている。
「この、鉱石を運ぶ板もすごいですね」
ハミマが目を輝かせる。
「われわれのところにこんなものがあっても、それほどの規模の製鉄はしておらん」
ヤフマが嘆息した。
「ローレシアの北方にも、いくつも素晴らしい鉱山があります。ただ、鉄鉱石の量はサマルトリアが圧倒的ですね。あれが本気で開発されたら」
そうアロンドが解説するのも耳に入らない。
「まず、こちらで石炭をコークスにします」
「ばかな、なぜ石炭を使って、あの悪夢の煙と匂いがない」
ヤフマの叫びにアロンドは軽く笑った。
「この大陸を汚すのは禁じられていますし、もとよりロトの掟は環境汚染を許しません。排水も排気も、徹底して浄化しています。木炭と石灰水、粘土などで」
「そのようなことには、多額の費用が」
「汚染物質は、資源の宝庫でもあります。石炭や製鉄からは硫黄とヒ素、ブルーメタルすら得られるんですよ。硫黄は石膏として回収すれば、建材にもなります」
アロンドがそう言って笑う。
「石炭乾留の熱やタールも無駄にはしません。タールは木の防腐剤としても、染料や農薬の原料にもなります。熱は大浴場に使って無料開放し、畑を暖めて季節外れの作物を作っています。ご一緒しませんか」
とアロンドは笑いながら、飾り気はないがりっぱな石造りの浴場に案内した。
広い石造りの浴槽は熱い湯で満たされ、真っ黒になった労働者たちがゆったりと疲れを癒している。
「ああ……いい湯だ。こちらには、運動場もあるのですな」
「石鹸が使い放題とは、なんと贅沢な」
「アブラナやヒマワリ、大豆、オリーブ、南方のアブラヤシなど、われわれは油の生産がとても豊富なのです。ああ、灰にも不自由はしていませんよ。王宮近くの海は、魚も多いですが海藻がとんでもなく豊富でね」
アロンドが笑って体を洗い、湯に身をひたす。
「運動場で体を動かし、汗だくになって風呂に入るのも心地いいものですよ。運動も清潔も、健康を保つのには必須ですから」
「おお、図書館まであるのか」
古代ローマ形式。男女別、いろいろな温度の浴場にサウナ、運動場や図書館も完備。
「近くには飲食店もございます。よろしければ昼食にして、それからまたご案内を続けましょう」
と言って、またゆっくりと浴槽に身を伸ばす。
広々とした、熱い湯は何よりの御馳走だ。
多くの従業員の腹を満たす食堂もある。
海が近いので豊富な貝をたっぷり入れたスープ、焼きたてのパン、オートミール、甘い煮豆などは従業員無料で食べ放題。
別に有料で注文したのはハム・塩味のきいたブルーチーズ・長期熟成のハードチーズ、圧力鍋で蒸した新鮮な魚、小さい魚の丸揚げ、ワインビネガー・オリーブオイルのサラダ。酒は軽めのビール。そしてアイスクリームも。従業員の給料が高いので、かなりしっかりした料理でも採算はあう。
それから、次には原料を焼結する炉、そして高炉を見た。
いくつものパイプによろわれた巨体。てっぺんから吹き出すガスも無駄なくパイプで送られている。
そのガスは、高炉の隣にそびえる熱風炉を加熱している。
「熱風を吹き込むことで、温度管理が大幅にやりやすくなるのです」
アロンドの言葉にヤフマが呆然とした。
「溶けた銑鉄は、この鉄道で工場に直送します」
と、頑丈なレールを指さした。
(まだ、これはウリエルにもらったものだ。でもこの高炉が順調に動けば、工場内・港湾の鉄道ぐらいならすぐ作れる)
真っ赤に溶けた鉄の、容赦ない熱気が吹き寄せる。小さな船のような貨車が、頑丈な鎖に引かれて素早く動きだす。
「鋳鉄ならほぼこのまま使えますが、鋼鉄にするには別の加工が必要になります。あなたがたは黒鉛るつぼで脱炭していますね」
アロンドが言いながら、強い熱気のほとばしる転炉工場に向かう。
どれも、瓜生の故郷から見ればごく小さい。瓜生の故郷にある巨大製鉄所は、アロンドが見ても腰を抜かすであろうものだ。
だが、必要な設備はそろっているし、環境基準は近いところまで行っている。
転炉は直接見るのは危険だと、監視室からガラス越しに見ることになった。
軸に支えられた、大きな塊が傾き、また立つ姿はそれ自体度肝を抜かれる。
転炉に流された、真っ赤に溶けた銑鉄。それに、天井から筒が伸びるとすさまじい炎が吹き上がり、灼熱地獄になる。
呆然としながら、その隣の部屋に案内される。
「ここは」
「魔法儀式?」
複雑な魔法図を描かれた、質のいい石と木を組み合わせた奇妙な部屋。床にはいくつも、鉄格子でふさがれた穴が開いている。
室内だというのに、風が吹き荒れている。寒い。
中央にはいくつかの大きな鍋と筒がつながっている。南極探検でも行くのかというぐらい厚着をした十人ほどの魔法使いが、なぜか毛布でくるんだ小さい馬に乗ったまま手を伸ばしている。
「ごくろう」
アロンドが軽く微笑みかける。
「邪魔してすまない、見学の件は連絡が行っているな?続けてくれ」
「はい」
ラファエラ・ケエラたちが鍋に手を伸ばす。
複雑に唱えられる、それぞれ微妙に違う呪文。十人とも緊張にぴりぴりし、手を複雑に動かしては隣と手をつなぎ、また離す。
集団で、一人の魔法使いのように、一人の頭では編み切れぬほど複雑な呪文をつむぐ。
空気がきしむ。すさまじい冷気が、管の中に満ち溢れ室内に激しい風が吹き荒れる。
いくつかの小さい鍋が、次々に液に満たされる。最初の鍋の中身はすぐに凍りついた。
「水、二酸化炭素、そして」
アロンドが静かに言う。
どんどん冷気は強まっていく。
ついに、大きい鍋に少しずつ、液体が滴り始める。
「お気をつけて」
アロンドが小さな、燃えている木切れを投げると、下で火が消えた。
「あの筒の中は呼吸できない空気が満ちています。部屋そのものも危険なので、魔法使いたちは上から伸びる筒から入る外気を呼吸しています」
やっと大鍋がいっぱいになり、魔法使いたちは小さい馬の背に身をゆだねて激しく息をつき、水を飲み、馬をいたわる。
「半ばは竜の馬、魔力が何倍にもなるのです」
アロンドが静かに言う。
「ごくろう、必要な事後チェックは」
「はい、互いに魔力が暴走していないか、半竜馬の体調不良はないか確認し、地脈の魔法暴走がないかを見て、水分を補給しストレッチングをして、体調を整えます」
ラファエラが敬礼する。
「ありがとう」
アロンドは答礼し、運び出される鍋についていった。
「その鍋は超低温の液体酸素。お気をつけて」
それから、先ほどの転炉に戻る。
「われわれが息をしている、また風としても吹くこの空気。それはこんな感じで」
と、アロンドはガラスのビーカーに水と油を入れる。
「窒素と酸素、それに少量の水や二酸化炭素が混じっています。超低温で空気を液化することで酸素だけを取り出すことができます。その酸素を溶けた銑鉄に高圧で吹き付けてやれば、炭素が燃えて不純物も除去できます。
ただし、多くとれる鉄鉱石でそれをやるには、特殊な耐熱煉瓦が必要でしてね。まだまだ研究中です。
これらはすべて、本来なら機密ばかりですよ」
アロンドの静かな口調、だが真剣な口調に、ヤフマたちも当然真剣になる。
「あとは、この鋼を固め、熱いまま鍛造して成形します。近くなら温めなおす燃料は必要ない」
案内された鍛造工場。
「残念ながら、連続圧延は遠い先のことです。高炉も稼働率がまだまだ低く、転炉も二つしかないのでは」
そういうが、巨大なハンマーが動き、大量の真っ赤な鋼がローラーに押しつぶされて板になるのはとてつもない光景だった。
「このローラーやスプリングハンマーの動力は外の水車、風車。転炉や高炉、コークス炉のガスを利用したガスタービンも補助的に用い、最後の手段としては従業員の馬も使っています。二千頭いますからね」
アロンドの微笑に、ヤフマはぞっとしていた。
最後に、大きな農具のサンプルを見る。
「これが、最終生産品の一つ、重量犂。これと馬があれば、少人数で広い範囲を耕せます。容積三倍の第二高炉も計画中で、五年以内の稼働が目標とされています。サマルトリアでは八倍の高炉の測量が終わり、基礎工事を始めています。そうなれば鉄道や鉄筋コンクリートに使う余裕も出るでしょう」
しばらく、じっと沈黙する。
「申し訳ないですが、事実を受け入れてください。今の時点で、われわれの年間鉄鋼生産量は戦前のムーンペタの倍近く。あと十年もしたら、その二十倍の鋼鉄と鋳鉄が作られることになります」
(それで、やっと八幡製鉄所だ)
アロンドの内心は、遠い目標を見ている。
「それが少しでも市場に出れば、あなたがたの製鉄業は壊滅することになる。
それを防ぐ唯一の方法は、同じものをそちらでも作ることなのですよ……ムーンブルクがやろうとした方法は、不可能なのですから」
(ムーンブルクは、ロト一族を滅ぼそうとした。こちらのほうが強いからそれは無理なんだ)
アロンドの、傲岸不遜なまでの迫力に圧倒される。圧倒的な戦力差はいやというほど知っている。
「この戦で、十分以上に協力していただいた、そのお礼として、無償で技術を教えます」
アロンドの、物柔らかだが容赦ない言葉と、目の前の光景にヤフマ・ハミマ親子は呆然としていた。
「なんという現実でしょう」
ヤフマが、深い深いため息をつく。
「まず、息子と弟をこちらに送ります」
ハミマが申し出る。
「歓迎いたします」
「は」
ヤフマが決意の目で、不自然なほどの大声で笑い、言う。
「ははは……ムーンペタ製鉄ギルドの、特に若いものと……長老も一人連れてきましょう」
恐怖と驚異、感動に立っているのがつらいほどふるえながら。
「よろしければ、水のリサイクル施設もごらんください。それから、汗もかいたでしょうしもうひと風呂浴びて、客船で夕食としましょう」
アロンドがなんでもないように笑うのに、ムーンペタの人たちは心底おそれいっている。
ムーンブルクやアレフガルド、その他の国にも学ぶ意欲があれば留学を受け入れる、とは言っているが、特にムーンブルクは反科学技術の風潮が強い。
圧倒的な軍事力を見せつけられたからこそ、逆に怯えてしまっている。
アレフガルドも、戦中から何人かの観戦武官は誘っていたが、その言葉も本国で信じてもらっていないようだ。
ロト一族の実力を知るベラヌールからは、何人か留学生がいる。
それこそゼロの概念すらない人たちだ。算数の初歩から学ばなければならない。