奇・・ドラゴンクエスト1の続き   作:ケット

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双子の誕生

 ある日、瓜生の船室の戸の前に怯えた少女が立ち、教えられたチャイムを忘れドアノブを触ろうかノックをしようか、と泣きそうに迷っていた……突然ドアは開いた。

 ドアカメラ、というものを知らないリレムはへたりこんだ。

「ウ、ウリエルさま、どうか、おねがいします。姫さまを、ローラさまを助けてください!」

「何から?夫の暴力か?」

「え、でもそれは、その」

「この時代ではそれは当然、か。でも〈上の世界〉の医学校で女子供を殴るな、って教えといたはずだけど」

「い、いえ、そんなことではなく……アロンドさまが、ローラさまの、おなかを切らなければならないなどと、寝ていて、耳に」

 瓜生には、別に驚きではなかった。軽くため息をつくだけ。医者としてまた賢者として、あらかたのことは察している。

「帝王切開の必要がある、か。あの若さじゃ産婦人科医の訓練は不十分だろうに……」と、軽く肩をすくめた。「いっしょに来てくれるか?おれが手術しなければならないかもしれないが、その時もきみが見ていれば納得できるだろう」

「あ、あなた、あなたは、たくさんの人をいつも救ってくれて、なんでもできるようで、アロンドさまも、〈ロトの子孫〉の皆様も、あなたには」

「できないことはたくさんあるよ、おれには」瓜生は鼻で軽くため息をつき、アロンドとローラの部屋に向かった。

 

「もう、隠しきれないだろう。ウリエルさまは、女が子を産むための病院を、わが祖勇者ロトことミカエラ女王のため、ネクロゴンド王国に築いたお方なんだ」

「ですが、知られてしまったら、きっと、きっと」

「その前に、私がこの手で……」

 船長室の続き部屋。ローラが泣き崩れ、アロンドにとりすがる。

 そこに、チャイムの音があった。

「失礼いたします、瓜生とリレムです」

「は……」ローラが、死刑囚の眼でアロンドを見上げる。

「入ってくれ」と、アロンドが青ざめながらドアを開けた。

 リレムが、真っ青な表情でローラを見上げた。

「た、たすけてください、って、ウリ、エルさまに」

「ローラのためを思ってくれたんだな。ありがとう」とアロンドが泣きじゃくるリレムの目の高さに腰をかがめた。

 ローラが涙を流しながら、姿勢だけは気丈に立っている。

 口を開いた瓜生の口調は、医者としてのそれだ。「ここから先は、おれを主治医にしてくれるなら、最終的には患者本人のみとの話になります。無論ご主人の同意も尊重しますが、最終決定権は患者本人に」

 ローラの目が驚きに見開かれる。

「ふ、普通は、あ」

「いろいろな考え方の世界を経験しています。双子を分けて育てたり。豚肉を食わなかったり。人を売買したり。おれは、面倒なので無視することにしてます。患者の生命と意志以外、すべて無視します。ご希望は、ローラ様?」

「う、産みたいのです」

「わかりました。診察させてください」

 そうローラに声をかけ、アロンドの前に最高級のブランデーを置いた。

 その時、アロンドがなんだか警戒した感じになる。瓜生が船室の警備装置に目をやり、「開けてもいいでしょうか?」とアロンドに聞いた。

 うなずきを受け、瓜生がリモコンを押すとドアが開く。

 ジジが、縛られた三人を連れて入る。すごみのある笑顔。

「ローラ、知らないだろう。彼女はベルケエラ」

 初老だが背筋の伸びた女性に視線が向き、彼女が堂々と頷く。誇り高い表情。

「サラカエル。今は難民と開墾をしていたな。このまえの報告書は素晴らしかった。ムツキたちは元気か?」

 アロンドが笑いかけた、白髪が出始めた精悍な男性。ローラも、顔は見たことがある。

 二人とも、面差しで〈ロトの子孫〉とわかる。

 そしてアレフガルドからローラ姫に従っている、女官たちの長キャレスア。

「姫さま……」キャスレアが、覚悟の目でローラを見る。ローラが怯えた目をアロンドに向ける。

 アロンドは安心しろ、とローラの手に手を重ねた。

「裏切り者よ。姿を消したまま、この部屋に近づこうとした」と、ジジ。

「ありがとう。警戒してくれていたんだな」アロンドが微笑む。

「レムオルでは赤外……おっと」瓜生があわてて舌打ちし、謝った。「船室の近代警備システムの使い方は教えた。でもジジの目もあったほうがいい」とアロンドにうなずきかける。

「あたしがアレフガルドに出かけてなかったら、カンダタだって……絶対に、アロンドは暗殺させない。魔法使いは、単純な罠を見落とす」と、ジジはアロンドの船長室のネームプレートの偽物を軽く掲げ、細い糸を両手の間で張って弾いた。

 アロンドが、あらためてローラの手をなで、ジジを見る。

「だが、裏切りではないんだ。彼女たちは、ローラを診察しようとしたんだ……ベルケエラとサラカエルは、〈ロトの子孫〉でも特に優れた産科医だ。暗殺なら別の人だろう。

〈ロトの子孫〉の掟で、医者は患者を直接診察し、病名はもちろん依頼を受けたこと自体誰にも明かしてはならない。だから二人は、私にも知られずにローラを診察する必要があった。だからこの二人は、侵入の理由を絶対に言えない。そして、〈ロトの子孫〉は拷問も許されない。

 私はこの二人を死なせたくない。キャスレア老、あなたの口から」

 キャスレアが驚愕と絶望の目で、アロンドの目と命令に打ちひしがれた。

「知らなかったのじゃ。先代の女官長が亡くなられるとき、命にかけた最後の秘……とてつもない難産の時や……万々が一、ああ……が……ねばならぬ時、ある印を刻んだ溝に手紙を入れよ……決して口外せぬし、いかなる難産でも母子とも助けてくれる、禁断の魔女たちがいる、と聞いて……まさか、それがそなたの同族、勇者ロトの子孫たちだったとは。これ上のおぞましいことは、とても口には」

 絶望の目で、老いた女官は崩れ落ちる。だが涙は流さず、噛み切った唇から血が垂れる。

 瓜生が、ブランデーをコップに注いでその前に置き、患者に死を宣告する口調で語りはじめた。

「百何十年前、勇者ロト……ミカエラとともにゾーマを倒し〈上の世界〉に戻ってから、ミカエラが妊娠しました。彼女を死なせたくありません。それで賢い若者を集め、産婦人科医療の技を実践で叩きこみました。その何人かが、双子の片割れ、〈ロトの子孫〉の祖ミカエルと共にアレフガルドに来たのです。彼女たちに医書を渡し、道具や薬の作り方を教え、子孫に伝えるよう言い置きました」

 そして、ベルケエラとサラカエルを振り返る。

「あなたたちの水準を、おれはよく知らないんだ。あとで照らし合わせたい」

 その言葉に二人がうなずく。アロンドが立って三人を縛る縄を短剣で切り、目くばせを受けた瓜生がブランデーを配る。

「この中でも、最も腕のよい医者はウリエルだ。ローラとその子の命を選ぶのは、ローラ自身だ。患者の意志が最優先されるのが〈ロトの子孫〉の掟。

 すまなかったな、一度両親の手術を見て、それから人体解剖を一度見ただけの私に、できるはずがなかった」とローラに、沈痛な目で言う。

「全力を尽くします」瓜生はアロンドの目を見る。

「さて、診断は本来ならば、患者と医師の二人だけとなります。プライバシーを求めるのなら」

 と、ローラを振り向いた。〈ロトの子孫〉たちもうなずき、ベルケエラとサラカエルはアロンドの目配せで退出した。

「キ、キャスレア、リレム、残っていて。そ、そのう、皆に、言わなければならないことが」ローラが決意の目で。

「姫!」キャスレアが悲鳴を上げる。

「いいのです。これはわたしの罪」

「罪などない。命があるだけだ」瓜生の一言。アロンドがうなずく。

 そのときアロンド、そして瓜生やジジが激しく緊張し立ち上がる。

 瓜生の手に身長を超える長さの、20mm機関砲弾を用いる超巨大対物狙撃銃が出現した。

 部屋の隅に、ふっと小さなトカゲが這い出し、次の瞬間それが姿を失うとともに激しく風が巻く。

 強烈な魔力がほとばしると、そこには一人の、恐怖にしびれるほど美しい女がいた。

 アレフガルド上級貴族の正装。二十代とも三十代とも見える。長い髪とまつ毛、はかない感じだが肉感豊か。

「〈ロトの子孫〉、〈竜王殺し〉禁断大陸の約束された王、アロンド様」

 女性がひざまずく。

「姿を変えた魔物……ドラゴンね。それも上位の」と、ジジ。

「はい」

「ダースドラゴンの気配だ」アロンドが厳しく言う。

「はい」

 その言葉に、ローラとキャスレアが震え上がる。

「お迎えに上がりました、われらが神王子を」と、その、人のものには冷たすぎる目がローラを見る。

 ひっ、と彼女が恐怖に怯える。

 瓜生とジジが、補助呪文を続けて唱える。

 アロンドは剣を抜き、構えている。

 誰も動かない。竜である女は、王に対するアレフガルドの正しい宮廷礼で、ひざまずいたままだ。

「襲ってこないな。話すか?」アロンドが剣を、かすかに動かす。

「はい」

 ひざまずいた姿勢を変えない。

「牙をむかぬものは殺さぬのが〈ロト一族〉の掟。ウリエル、全員分の椅子を」

「はい」

 瓜生が歩き回りながら、柔らかく装飾された椅子と小さな机を出し、机にコップと、ブランデーとミネラルウォーターの瓶、缶クッキーとビーフジャーキーを出して開けておく。開け方がわからない人も多い。広い続き部屋も狭くなる。

 アロンドがうなずくと、竜の女も含め皆座った。アロンド、ローラ。リレム。瓜生、ジジ。キャスレア。そしてダースドラゴンである女。

「では、私から言おう」アロンドが一瞬瞑目し、歯を食いしばって目を輝かせ立つ。「ローラの腹の子は、竜王の子であり私の子でもある」

 声なし。ローラは真っ青になってうつむき、キャスレアは座ったまま失神した。リレムがブランデーを注ぎ、その口にさしつけるが、震える手に酒がこぼれる。

「一人の子の父親は一人だけのはずだが、そう予言にあるのだ」アロンドがブランデーを干す。

「一人の子に吸収された双子の細胞が並存する症例はあります。実際、奥さまの双方のお子さまから、人と人ならぬもの両方の気配があります。ジジを助けたとき、力を貸してくださいました」と、瓜生。

「あたしも感じてたし、今もわかる。両方の、とんでもない力。どうなってんのよ」ジジがうなずき、ブランデーを干す。

「ローラを助けて帰る旅で、彼女の体調が悪かった。さらわれたショックだから無理はないと思ったが、小さい頃に読んだ医書を思い出して調べた。妊娠初期……ごまかすためにと、考えもせず彼女と交わった」

「わたくしが、求めたのです」ローラが言う。泣いてはいない。「竜王にさらわれてから、まるで幻のようでした。私には竜ではなく、恐怖に身動きもできないほど、とてつもなく美しい男の姿。どんなに心に……国を、殺された人々を、あなたの面影を」とアロンドを見る。「叫んでも、心も体も、あやつられるまま」

 震え、身を伏せそうになる肩をアロンドが強く抱く。

「大丈夫だ。何度も言っただろう、人が神々に圧倒されるのは当然だし、神々の花嫁となることは人は拒めぬ、私は責めない、と」

「でも、でもアレフガルドの、竜王に殺された民たちは……いつも見せられた、囚人たちのように火あぶりや八つ裂きにされても」ひきつるローラ。

「大津波をひとりの手で支えきれないことを、責める人など知るか!私も竜王を見ている!たとえ人全てを敵に回し石もて追われても、ローラだけは守り抜く」アロンドが吼える。その声に、全員が圧倒される。竜女さえ。

「ひ、姫さま」リレムが泣きながら言う。「どんな、どんな、ぜったい、姫さま、わたし、味方」

 アロンドが強くうなずき、リレムの手を握った。「心強いぞ」

 ローラの目に涙があふれ、そのまま子供のように激しい泣き声になる。リレムが立ち、逆に妹を慰めるように年上のローラを胸に抱きしめた。

「おれには、どうでもいい。問題なのは、正常妊娠では見るからにない、ということです。一人の患者としての、ローラさまとお子さま三人のことです。おれは医者です。裁判官ではない」と、瓜生。

「それで、そなたの目的は?」アロンドが竜女に、穏やかな声で。

「竜王の神子を守り、我らの王として戴くこと」

「それで、また人を滅ぼそうとするのか?」

「それは、わらわにとってはどうでもよい。王が決めること」

 その言葉に、人間たちが目をむく。

「われらが王を迎え、守り育て、仕え従う、それだけのためにわれらはある」

 人間らしい感情が、その表情からはまるで見られない。だが、それが一変する。子を守ろうと焦り怯える母の顔に。

「このまま、人間たちの中で出産されては、神王子を奪い、食い、悪に染め穢そうとする無数の、人には見えぬ魔の攻撃にさらされる!もし王子まで奪われれば、われらは最後じゃ。誇りも魂も失い狂った獣と化し、あのロンダルキアの洞窟に潜む同属たちのごとく餌として飼われる。まして胎内の赤子を殺すなど!」

 その表情が、逆に人間らしかった。初めて見せた強い感情。

「人は食い飲むが水も食物も限られる、ゆえに多すぎる子を殺すのはわかる。されど、わけのわからぬ理由で子を殺す人など、われらにはわけがわからぬわ」

 竜女の言葉に、瓜生は吹き出した。「まったくだ」

「〈ロトの子孫〉は、母体保護など医学的理由以外での中絶や赤子殺しはしません。中絶を求められた場合、妊娠が目立たないよう工夫して未熟児帝王切開、依頼者には死体の幻を見せ、助けた子を里子に出しています」とアロンドが笑う。キャスレアが目をむいた。

「人命最優先だ。悪くない」と瓜生が笑った。無論、近代国家の医師法では患者への虚偽報告は絶対に容認されないことだが、反面ヒポクラテスの誓いには沿っている。

「あんたがその、わるいやつの一人じゃない、ってなんでわかんのよ」ジジが鋭く言う。

「わらわの善悪も、そなたの善悪も、誰の善悪も誰にわかる?」竜女の言葉に、アロンドが苦笑気味にうなずく。

「それより、おれは知らないのですが、元々なぜ竜王は人と争ったんですか?」瓜生がアロンドと、竜女に。

 アロンドが、びくっとなる。

「竜王は、竜の女王の子。おれたち、ミカエラたち四人が見た、あの竜の女王が死をもって生んだ卵。そのことは魔力の編み目でわかっています」と、瓜生。

「竜の女王?〈上の世界〉じゃ、みんながあがめてる神々のひと柱じゃない」と、ジジ。

「私にも不思議だった。倒したときも、凄まじい邪悪と、清らかな神の双方があった。全てを滅ぼそうとする吐き気がするような呪いと同時に、こんなはずではなかった、助けてくれ、という悲鳴も聞いた」と、アロンド。

 瓜生が、びくっとする。そして複雑な呪文を唱え、一度は窓を開けて飛び出し、一時神竜にすら姿を変えて、戻る。

「どうした?」窓を見上げていたアロンドの問いに激しく息をつき、ブランデーを干した。

「予言みたいな、神々からの情報ね。不器用な受け取り方よ、この未熟者」ジジが軽く鼻で嘲笑した。

「かなわないな」瓜生がジジに微笑む。「竜王は本来、あの人が立ち入れぬ大陸を支配するために〈上の世界〉から来たのです。しかし、ゾーマの残った邪悪やロンダルキアの邪神、そしてあの大陸の地下の」突然、瓜生が心臓を押さえ倒れた。

「ウリエル!」アロンドが立つ。竜女が冷静に瓜生を抱き、赤い唇をくちづけて息を吹き込み、呪文を唱えつつ胸に手を当てると瓜生が激しく痙攣し、息を吹き返す。

「いろいろな、魔王級やそれ以上の邪神たち。それとルビスや神竜。神々の力のせめぎあいで、竜王はあの大陸ではなく、アレフガルドの魔の島に降り、ゾーマが残した邪悪に染まった」

 ジジが、深くため息をついて言う。その手で、いつのまにか半ば握っていた小さいネズミが激しくのたうち、黒い灰になり消えていった。ジジ自身は傷つかずに神々の言葉を聞くため、身代わりにしたのだ。

「そのとおりです」激しく息をついた瓜生。竜女が、確認するようにうなずく。

「わらわたち、竜族や魔族は、ただ王の心に従うのみ。人と争ったことも、命令に従う以外のことはできぬ。それは人の兵士よりずっと強い、機械にも等しい」と竜女。

「だが!ああ、わかっている。ほとんどの人に、命令に逆らって獣を殺さない、なんてことは無理だ」アロンドが激情を抑え、自嘲する。

「罪なき者のみこの女を打て、という言葉が私の故郷にあります」瓜生も、罪悪感に満ちた目で。

「それで、何を考えて堂々とここに来たの?」ジジが、疑いの目で見る。

「疑いはわかる。わらわは、竜王を失い、子を守れという命だけ、理の心でこの世界を見渡すことができる。

 ローラさまをまた襲うのは、竜王より弱いわらわたちが、竜王を倒したアロンドに勝てるはずはない。

 子が生まれるのを待ってさらえば、神々の支援を受け諦めることを知らぬロトの血脈に追われる。

 他の、ロンダルキアなど、邪神たちを頼れば、力は得ても、邪神はこの子を食うのみ。

 ただミカエラと汝らの行いを見れば、汝らはおのれを襲う者とは諦めず戦い勝利し、襲わない者は、姿が竜の女王であっても話した。ならば話しても損はない。聞かぬとあれば奪い、子を守り戦うのみ」

 その、論理だけの言葉に、皆がぞっとしていた。あらためて、彼女が人間ではないと悟る。

「ほかにも手はあるじゃない。人間は魔を恐れ憎んでいる。それを利用して人間たちを扇動し、アロンドとローラを追放させたり処刑させたりして、その間に子をかっさらえば」ジジの言葉に、竜女よりおそろしい何かを見るように、皆が彼女を見る。

「さようなことをすれば、ロトの血脈はわらわたちを決して信じぬであろう。行いしかない」竜女の言葉に、ジジが額を掌で覆って椅子に沈み、ブランデーをあおった。

「信頼を得るには裏切らなければよい。信頼があるほうがいろいろ楽だ……両親が持っていた」と、アロンドは瓜生に目を向ける。「『グイン・サーガ』でグインはそう言っていた。私もこちらからは裏切らない」そう、アロンドが断言する。

「でも、その子を、あなたがたは餌とするかもしれない、莫大な力が得られる。本当は邪神に操られ、神子を生贄に捧げるかもしれない。その子に悪の種を植え、その子が長じたらまた人間が滅ぼされるかもしれない。監視はさせてもらうし、その子がいそうなところには最悪の破壊を仕込んでおく」瓜生が静かに言う。

 竜女は当然のようにうなずいた。

「あとそれで怖いのは、どっかの悪いのが、どちらも裏切る気はないのに裏切ったって偽の証拠を送る。人を騙すなんて簡単よ、特に本当は疑ってるのに信じてるふりしてたりしたら」ジジが邪悪な笑いを浮かべる。

「双方が常に、何を疑っているかも含めて情報交換をすれば」アロンドが竜女を見る。

「そ、それより、なんで子を渡す、って話になっちゃってるの!そんなの絶対だめじゃない!」リレムが叫んだ。

「双子の一方じゃ。いずれにせよ人は、双子を離して育てるのであろう?われらにはわけがわからぬことじゃが」と、竜女。

 ローラの頬が凍りつく。

「ローラさまのお体については、医者としては何も言えません。ただ、おれ自身は双子を分ける風習」瓜生が言った瞬間、アロンドの手のグラスが握り砕かれる。

(殺された)殺される、ではなく。腹の底に、氷の刃を突き刺された感じがはっきりとする。

 全員が。

「申しわけありません」瓜生が真っ青になって謝罪する。

「いや、すまなかった」アロンドが笑って、血に染まった手をぬぐう。

「治療します」瓜生が素早く立つが、アロンドは笑ってホイミを唱える。

「隠さぬほうがいいな。私自身、その禁忌から生まれたようなものだ。両親は男女の双子、実の姉弟で、知らず出会って恋に落ち、駆け落ちし、隠れ暮らして私を生んだ」

 アロンドの、穏やかで静かな口調。だからこその重い迫力に、竜女すら圧倒される。

「双子をともに育ててはならぬ、それは世の掟ですじゃ」キャスレアが、かたくなに握った布切れをもみ絞る。「姫、どれほど、どれほど辛くても、人であることを、なにとぞ、なにとぞ」

「無事生むことができれば……それだけは」と、ローラはアロンド、そして瓜生を見る。

「なら、早いほうがいい。超音波診断と血液検査、その他生検はさせてもらいます。羊水穿刺は?」瓜生がローラに目を向け、立つ。

「お任せします。できることはすべて」

「それじゃインフォームドコンセントにならない。できるだけ理解してもらわないと」

 瓜生が苦笑しつつ、軽く手を振ると小さい車が脚についた寝台が、床に出現した。

 アロンドがローラを抱き上げ、その上にそっと寝かせる。そして懇願の目で瓜生を見つめた。

 そのまま、全員でストレッチャーを押して、空いた一室に運んだ。

 おっとり刀で警戒していたベルケエラとサラカエル、サデルも合流する。すべてはサデルがいる隣室にモニターされていたのだ。

 押しながら、瓜生はキャスレアに話しかける。

「ロト一族や私の医療に関する考えは、おそらくお国の常識とはかなり異なります。しかし、一つだけ大切なことがあります。TLC、優しい愛に満ちた労り。これだけは、あなたとリレム、そしてアロンドさまに、お願いします。私の技術水準ならば、産褥での妊産婦死亡率は十万に数人、子の死亡率も千に数人です」

 いつも、キャスレア女官長のような存在は、瓜生にとっては邪魔になる。だが、何か役割を与えてやれば、敵ではなく味方にできることもある。

(敵にならないでくれ。TLCだけでも、そこらの薬より強力なんだ)そう、祈る思いだ。

 そして傍らのジジ、竜女にもうなずきかけ、魔法を使って軽く情報を交換する。

 竜女が伝えてきた、ローラの腹の子を狙う下級魔の多さ、そして特に悪質な、いくつかの強大な魔の触手の恐ろしさには、瓜生とジジはめまいがした。

「サデル、ジジ。彼女を補佐して、いかなる魔からの目に見えない攻撃からも、母子を守ってくれ。無論、彼女が敵であっても対処できるように。無理を言っているのはわかっている」

 サデルが真剣にうなずき、ジジは「あたりまえじゃない!ずっとやってるわよ、あんたがのんきに寝てる間も!」とかみついた。

「いや、彼女は私が信じる」アロンドの一言に、竜女が驚く。

「疑うのが当然です」

「疑っていては魔力はうまく鳴らないからな」その笑みに、皆が打たれた。

「ここにするか」

 空き部屋に瓜生が入って一度閉め、ほんの数分してまた開ける。

 内部には、多数の機械が電源につながり、コンピュータが起動を始めていた。

 キャスレアも、サデルもアロンドも衝撃に目を疑う。

「星船に入ったグインやスカールもこのような気分だったのか」アロンドのつぶやきに瓜生が苦笑する。

「設定上の、星船や古代機械の水準はおれの故郷よりはるかに上です」

 そしてストレッチャーを入れ、全員を見回す。

「いくら王族にプライバシーはないといっても、あらゆることを聞くのですよ」

「じゃ、あたしは寝るわ」と、ジジがさっさと立ち去る。強力な魔法のこもった糸を放ったのが、瓜生と竜女には見えた。

「アロンド、魔の攻撃について話します」と、竜女がアロンドを見る。サデルが当然のようにアロンドの背を守り、三人が部屋を出る。

 もう一度、アロンドが瓜生に懇願の目を残し、瓜生はうなずいた。

「キャスレア、リレム、二人は残っていて」ローラの言葉。

「かまわないのですね?」瓜生に、ローラがうなずき、すがる目で老幼二人の女を見る。

「まず、その妊娠を隠すための服がちょっと問題ですね」瓜生は苦笑した。「体を楽にする、動きたいだけ動き無理にでも食べて、できるだけリラックスして過ごしてください」

 といいながら、手早く超音波診断装置をローラの腹部に当てる。

「な、なにを」叫ぼうとするキャスレア。

「リレム、彼女が変な動きをしないように。この検査は非侵襲です」瓜生がリレムに一言声をかける。

 そして、ディスプレイに写った像に、瓜生は息を呑んだ。ローラの目が吊りあがり、歯が激しく噛み鳴らされる。

「お子さまは双子です。お一方は、姿形は異常ですが心拍は正常。もうお一方の見た目、心拍とも正常、六ヶ月前後ですね」

 超音波画像を確認し、あえて笑顔を保って告げる。キャスレアが気絶した。人間の胎児に、長いトカゲが巻きついている。

(おれの世界じゃ絶対中絶、といっても中絶期間はとっくに過ぎてる。もう早産させても、新生児集中治療があればどうにかなる)

 超音波画像で胎児を見るだけでも気絶ものなのに、これは衝撃にもほどがある。

「アロンドさまに助けられて、ほぼ半年になります」ローラの消え入るような言葉。

「これは、前に神竜の姿を借りて神々や精霊と話して知ったことですが、おそらく竜王による受精卵はそのまま着床できず、しかし特異な魔力で流産もしないよう子宮内に留まり、アロンドさまとの受精卵が着床するのを待って、それに融合したようです」

 平然と告げる瓜生。ローラが真っ青になる。

 瓜生はブランデーを一滴、青くなった唇にたらした。

「まあ方針としては、高頻度で超音波診断しつつ様子見。平常分娩は不可能ですので、もう四十日ほどしたら帝王切開、でよろしいでしょうか」

 瓜生に、ローラが気丈にうなずいた。

「これまでのお食事も、どうやらアロンドさまがかなり配慮されていたようですね。それでおれは妊娠を察しましたが……できましたら、これまでの食事や生活習慣、下着の汚れなども教えていただきます。キャスレア、おねがいしますよ」と、瓜生がキャスレアに、こちらにはコップいっぱいのブランデーをさしつけた。

 

 それから、あわただしい日々が始まる。

 アロンドは常にローラに寄り添いつつ、大灯台の島を回って多くの人と会い、話している。

 また、年長の〈ロトの子孫〉を呼び出し、または瓜生から直接、数学や生理学を学ぶこともある。

 アダンやゴッサなど〈ロトの民〉の若い者も、好んでアロンドの近くにいて、特に激しく稽古をすることもある。

 若い仲間と研鑽するのも、アロンドにとってはいい気分転換になるようだ。

 瓜生は〈ロトの子孫〉の、産婦人科医の技術に優れた者と、主に〈ロトの民〉の妊産婦を診療・治療し、医療水準を確かめつつ自らも腕を磨きなおし、同時にローラの緊密な診察をしていた。

 サラカエルとベルケエラ、また〈ロトの民〉の医者たちの技量も確かめている。サラカエルは開拓の仕事もあるので、時々訪れるだけだが、あらためて瓜生が手にしている医療技術には驚嘆していた。

 また瓜生も、低い技術水準で可能な限りを尽くし、また魔法とも融合させて伝えてきた医療技術を素直に認め、学んでいる。

 竜の女は姿を消していることもあり、また座礁した船の甲板で激しく祈り踊っているのを見ることもある。

 

 そして船の中では、もう体を締め付ける服から暖かな妊婦服をまとったローラが、軽い運動をしたり無理に栄養豊かな干し果実をほおばったり、妊婦らしく過ごしていた。

 リレムと女官たちがそばにいて、瓜生の指導を時々聞いては日々の食事や衣類に頭をひねる。

 

 ある未明、アロンドはゴッサの村を訪れていた。サデル、瓜生とベルケエラがついている。

 かなりの難産があるそうで、患者が移送を望んでいないそうだ。

 東の空を見上げると、巨大な大灯台が天高くそびえ、頂上からはかすかに光が見える。

「あの光は魔力のものだな。船乗りにはありがたい」アロンドが見上げた。

「そういえば、あの塔はこの〈ロトの民〉が維持しているのですか?」サデルがゴッサに聞いた。

「いや」ゴッサの答えはそれだけ。

「あの塔は、この世界に人が来る以前からあった神々のものだ。そして塔の頂上にはロンダルキアの邪神を見張る人が常にいるが、その人たちは地上には降りず耕さず、別のどこかからルーラで直接衣食を運んでいるようだ。塔のメンテナンスも必要ない」

 瓜生が、ラファエルの真似で指を振りながら付け加える。

「ローラの出産が終わったら、一度登ってみたいな」

「この塔は禁断だ」ゴッサがまた、ぼそっと言う。

「どのような患者でしょうか」ベルケエラがゴッサに聞く。

「顔がはれ、苦しんでいる」

「妊娠高血圧症候群ならやばいな。まあ予断はせず、診察しよう。何月ぐらい?」

「月のものがなくなってからは四月」

「きついな」瓜生が足を早め、ゴッサは短い足で走り出した。

 明るくなる頃、瓜生はゴッサが案内する家に飛びこむ。高齢のベルケエラはゆっくり歩き、アロンドたちも歩調をあわせていた。

 屋根の高い平屋、分厚い茅葺屋根。屋根つき土間が広くあり、そこでは多くの家畜が飼われている。

 朝日に見回せば、所々に深い森が残る豊かな水田。鳥が鳴き、働き者たちはもう着替えて田に出ている。

 馬に似るが普通の馬より数段大きく、ガゼルのように角がある家畜に、大きな犂がつけられる。

 子犬ぐらいの飛べない鳥が何十羽も、田畑の間を歩き回っては雑草をついばみ、トランペットのような声で鳴き始めた。

「あれ?知らない人だよ!」小さい子が、アロンドを指差した。

「アロンドだ。よろしく。ゴッサに連れられてきたんだが」

「うそだ!だってアロンドって、勇者ロトの子孫ですごい竜を倒した偉い人なんだぞ!」

「アダンを簡単に倒したって聞いたよ!だったらこーんな」と、木に登って一杯に手を伸ばす小さい女の子。「でっかいに決まってるよ!」

「え、なになに」

 小さい子供たちが集まってくる。

「さっきゴッサがどの家に向かったか教えてくれないか。子供が生まれそうな家だ」

 アロンドの穏やかな声に、ざわっとなる。

「赤ちゃん!でも苦しそうなんだよ」

「ばか、よそもんによけいなこというな」

 わいわいしているところに、巨大な竜馬を引いた老人がやってきて、足を止めた。

「〈ロトの子孫〉、ベルケエラじゃな」

「お久しぶりです」うなずく。

「三十年前、妹をみてもらったな。翌年、二度目の出血では死んでしまったが」

「力不足でした」ベルケエラが深々と頭を下げる。老人は鼻をすすり、

「全力を尽くしていたのは知っておる。さっき、ゴッサが離れの、清め部屋に急いで向かっていたよ。よそ者と」

「われわれも協力し、また学びに来ました」

「そうか、本当にまたアレフガルドと、行き来できるんじゃな。ほらガキども、朝飯前の稽古に行って来い!」老人の怒鳴りに、二人を除いた子供がわあわあ騒ぎながら裏庭に走った。

 残った子供が涙声で言う。

「かあさま、苦しそうなの。助けてあげて」

「最高の医者が来たんだ。全力を尽くすよ」と、アロンドはかがんで子供の目線で手を取り、胸に拳を当てた。

「おねがい、これで」と、もう一人の子が、小さな小石を差し出す。

「アレフガルドの宝玉より大切な宝だ」アロンドが押し頂き、ベルケエラに渡す。彼女も、威儀を正して受け取り、うなずいて離れに向かった。

 

 暖房された離れ。ついたてで分けられた土間に、いくつか試験管が並べられ、出されたスチールキャビネットの上に紙が並んでいる。

 隅では発電機がうなり、ノートパソコンにつながった超音波診断装置が、清潔な貫頭衣をまとった妊婦の体を調べていた。

 妊婦の顔は、人相もわからないほど腫れている。

「血圧や心拍数、食物のデータも何か月分もあったし、尿と血液、便や分泌物も目で見た所見記録があり、いくつかの点は検査記録もあった。1920年代水準には達している」

 入ってきたベルケエラとアロンドに、瓜生が微笑みかける。

「この部屋も、無菌とはいえないにせよ、酢とカビ由来の抗生剤が微量噴霧されていた。おれの故郷の基準では濫用かもしれないが、生存率は上がる。素晴らしい水準だな」

 瓜生が照れくさそうに言う。

 元々、〈ロトの民〉の祖先であるハンセン病(によく似た病気)の患者を治療した時に、その場で得られる微生物を使う抗生物質を探し精製する技術、清潔、診察と検疫・発症と保菌の分別は、百数十年前に瓜生が叩きこんだ。

「〈ロトの民〉は、さまざまなカビや発酵食品、薬草から多くの薬を得て、それを偽薬と使い比べてよい薬を作るのが得意です。清潔と、呪文と外科の統合を得意とする〈ロトの子孫〉とは対照的ですが、互いに学ぶものは多いのです」

 ベルケエラがマスクをはめて言う。

「絶対安静はとられていた。煮沸器具を用いて、甘酒由来の点滴もされている。ほとんどおれに付け加えることはないほどだな。百年で、百人足らずが数万人になるのも当然だよ」

 むしろやりすぎ、与えすぎで人口爆発による飢餓や侵略戦争を招かないか心配なほどだ。

「移動をしたがらないのはわかるし、最善の処置がとられていることも認める。いつでもおれの病院に移せるよう準備しておいてくれ。常に誰かそばにいて、変だと思ったらいつでも、患者を乗せた寝台ごとルーラかキメラの翼で飛べるように」

 ゴッサがうなずいた。

「さて、今できることはほとんどない。妊娠高血圧症候群に魔法の薬は、おれの故郷にもない。他におれの手が必要な患者がいたら」瓜生に、ゴッサがうなずきかける。

 

「かあさま、だいじょうぶなの?」

 病室を出た瓜生に、子供が聞いてくる。

「わからない。医者は神様じゃない、病気と闘うのは人間の体という、最も不思議で偉大なものなんだ。医者なんて、その前では無力だよ」

「そんなぁ」泣き出しそうになるのを、近くの少し大きい子が肩を抱いて、

「ロトの民だろ!泣くな!」というが、その子も泣き出しそうだ。

「経験でいえば、ほとんどは大丈夫だ。むくみはひどいけど、他の症状はそれほどひどくない」

 瓜生が笑いかけるのに、子供たちが大喜びで手を打ち合わせた。

「ガエミ、アロンドさまに、われわれの日常の仕事を見てもらってくれ。ウリエル、こちらに」ゴッサがアロンドを年長の子に渡し、瓜生を連れて特に大きな高台の家に向かった。

 大きな倉庫と石垣、緊急時には砦にもなる。

 アロンドも興味深そうに、子に手を引かれて田に向かった。

 

 広い水田と、周囲を囲むハンノキ。まばゆい緑とさわやかな風。

 集落自体は竹とソテツに囲まれている。あちこちに森が残り、そこからは鳥が飛び立っている。

「〈ロトの民〉は、ペルポイ出身の元患者から生じた民。少し離れた山の草原を旅する遊牧民の子孫もあり、馬には竜の血が混じると伝えられます」

 ゴッサに合流した老人が、無口なゴッサにかわって説明する。

 大きな竜馬が畑を耕し、緑肥を土に埋めている。

 少し離れた丘で何人かの若者が巨馬を駆けさせ、300mは離れた的に集団で、長い別の棒を握って細身の槍を投げている。

 そのすべてが長距離を飛び、土手に根元まで刺さる。

「槍はウリエル様が残したものと、われらが精錬したのを混ぜた鋼で作り、魔法をかけています。われらに、戦でかなうものはありません」

 老人がとても誇り高く言う。

「素晴らしい民だ」アロンドが嘆息した。

「すべては勇者ロトのため。そのよき民となるため、学び試して病を癒し、知識と戦う技を高めてきました」

 老人が、静かにアロンドを見る。口にしない言葉、(あなたは、われらにふさわしき主君ですか?)を、アロンドは痛いほど感じた。

「行いで示します」

 アロンドの言葉に、ゴッサがうなずいた。そして、竜馬を飛ばして集まった若者たちを整列させる。

「〈ロトの子孫〉、〈竜王殺し〉勇者アロンド様」

 ゴッサの一言に、男女混じる若者たちが輝くような笑顔を爆発させ、叫んだ。

 一人一人名前を怒鳴り、アロンドがうなずきかける。

「この槍だ」

 ゴッサが、一本の槍をアロンドに渡す。

 黒い鋼の、指程度の太さが乳高さほど。下半分は割り竹に漆塗り。一番下には、色鮮やかな鳥の羽根が矢のようにつけられている。

 鉄部分の全体に、細かな魔紋様が刻まれている。

「フェレ錫で魔紋を入れました。シャイの羽根をつけ、呪文を唱えながら投槍棒を用いれば、四倍の射程で届くんですよ」

 興奮気味の女が、汗だくで話す。

 そして背から広刃の、短めの曲刀を抜いて鋭く投げる。それは回転しながら20mほど飛び、帰ってきて、女の手に再び納まった。同じ刃ブーメラン、柄の長い剣、短刀を全員が持ち、投槍とは別に頑丈な槍を持つ者も多い。盾は縦長凧型の馬上盾。

「彼がどれほど強いか、一人一人木剣で試せ」

 ゴッサの一言に、若者たちは大喜びでそれぞれの木剣と盾を手にする。

 われ先に打ちかかる若者たちに、アロンドも大喜びで一人ずつ木剣で打ち倒していった。

 ひとしきり汗を流せば、老いた母親たちが子供たちを連れて、たくさんの握り飯を盛って来る。

 診察が一段落した瓜生とベルケエラも来る。こちらの技術でもどうしようもなかった患者を二人、動かすよう言っておいた。

「木の実と豆が混じっていますが」恐縮する女たちにアロンドは笑った。

 ゴッサが、いつも食べているものを、と厳しく言っていたのだ。

「いや、とてもおいしいです」

 栗のような木の実と豆が混じる、五分搗き米の握り飯。醤油で煮締めた小魚・芋・海藻・根菜は、〈ロトの子孫〉が水田で作るものと同様だ。納豆もあるが少し味が違う。

 野菜の漬物がまたおいしい。

 子供たちが集まってきて、叫びだしたいようにアロンドたちを見つめていた。

 老人の一人がギターのような楽器を手に取り、勇者ロトの伝説を歌い始める。

 アロンドがいるだけで。話し、笑い、叫ぶだけで、そこはすぐにお祭りになる。

 ゴッサの、体の小ささに似合わぬ圧倒的な存在感が、一枚岩のように頑丈な舞台となる。

(なんて人たちだ。日本の戦国に生まれてても、こいつら天下取れるよ)瓜生は畏怖すら感じながら、その凄まじい熱気を見ていた。

 

 

「なあ、ウリエルとジジとアロンド、それにあんた、誰が一番強いんだ?」アダンが竜女を見ていった。

 アダンとアロンドは激しく試合をした後で汗だくだ。

 魔風としてローラを襲う魔物を払うため、一種の儀式として試合をしていたのだ。

 背後で呪文を唱えていたジジと瓜生も、手を止める。

 竜女は相変わらず、隙がない美貌だ。

「ジジやウリエルとも、一度勝負しておきてえんだよ」アダンが塩水を飲み干し、駄々をこねる子供のように大声で言う。

「あれだけやって疲れてないのか?」アロンドが呆れて苦笑した。

「そりゃ、あんたは強いさ。じゃあこの三人は?」

「勇者、神々の一柱に勝てるわけがない」瓜生が言った。

「同じく」ジジが肩をすくめる。

「竜王に勝てるアロンド。わらわには勝てぬ」竜女はそれだけ答えた。

「それに、実戦での勝敗なんて、国とか政治とかじゃ大して意味がないよ。個人で最強でも戦争でいい将軍になれるとは限らないし、最強の将軍でもいい王になれるとは限らない」瓜生の言葉に、ジジが一瞬激しい怒りを浮かべ、それを妖艶な笑顔に変える。

「一度、決着つけてみようか?アダンもああいってるし」

「いや、おれは絶対おまえには勝てない」瓜生は軽く鼻でため息をつく。

「弱いのか?」と、呆れたようにアダン。

「単純な魔法比べじゃ同等、そして大規模破壊じゃ比較にならないわ。まちがっても遠距離で敵に回しちゃダメ」ジジが、今度は冷徹な表情で言う。

「ああ。でも最強の剣を持っていても、こいつとやりあったらそれで自分の喉を刺してるさ」瓜生が笑う。

「でもこいつの大規模破壊はしゃれにならないわよ」ジジが微笑む。

「昔よりさらに上だ。今なら」と、瓜生は手に身長より長い両手剣を出現させると、かき消える。直後、上空から奇妙な影と轟音。

 そこには、金属の巨鳥。B1ランサー重爆撃機が、翼ある龍と融合した姿で飛んでいた。

 それがおそろしい圧力で降下して地面すれすれを飛びすぎ、地上の皆を暴風と轟音が襲う。急上昇して大きく旋回すると、爆弾倉を開く。

 直後その姿がかき消え、ふたたび両手剣を担いだ瓜生の姿がアロンドの前に出現した。

「龍に変身し、機械と融合したか。この世界で知られる編み方ではない」竜女が、美しい顔にかすかな驚きを浮かべる。

「その剣は切れぬものがない上に、魔力なしで短距離ルーラ。やっかいね」ジジが驚きを笑みで隠す。

 アロンドとアダンは半ば腰を抜かしていた。

「B1爆撃機は、膨大な核爆弾や通常爆弾、クラスター爆弾やサーモバリック爆弾を精密に落とせる。低空飛行性能も航続距離もあるし、龍の体は魔法を無効化し、強力な炎を吐くこともできる」瓜生が軽く微笑んだ。

 ジジが咳払いする。

「しばらくカンダタはアレフガルドと〈上の世界〉を往復してた、あんたたちがゾーマを倒すまで。あたしは〈上の世界〉で使者をすることも多かった。それでカテリナたちに見せられたわよ、あの破壊を」

「おい、放射能対策はちゃんとしたか?」瓜生が心配する。

「めちゃくちゃ離れたところから見たわよ、近づくなって何度もあんたが言ってた、って」ジジが怯え、震えている。

「山が、まるで」と小さな砂山に、イオを放って消し飛ばす。「こんなぐらいに砕けてた。大きな山が、よ。それに、あの火山で。サイモン二世のバカが魔物にとりつかれて、それで気がついたら山すそ全部、この島ぐらいが全部魔物でいっぱい!そこで、あんたの伏せろって声、ラファエルに押し倒されていたら、気がついたら、爆発爆発また爆発。イオナズンを何万人も同時に使ったみたいに」

 ジジの言葉に、瓜生も昔の冒険を思い出す。

「ああ。ガブリエラと組んで、あの魔物をはめたんだ。それで、MLRSとブッシュマスターで魔物たちを壊滅させた。手榴弾を何万個も、一度に数キロ離れたところにばら撒く兵器です」アロンドを振り返る。

「あんなおそろしいこと、考えたこともなかった。ザラキで死んだときよりひどかった」

「ラファエルに抱かれて幸せそうだったくせに」瓜生の微笑みに、

「死ぬ?」ジジはただ冷たい目で見る。

「すまん。そういえばあの後、ミカエラに殴り殺されかけたな。ま、そういうことで」と瓜生はため息をついた。「膨大なザコはおれに任せてくれればいい。でも神々との戦いは、おれだけでは戦うこともできない。そのとき必要なのが、勇者だ」と瓜生がアロンドを見る。

「やれやれ」アロンドが笑った。「ま、食事にしよう。今日はミラノ風ドリアとチャーハンがいいな」

「かしこまりました」と、瓜生が立つ。冷凍食品をいくつか「出し」、船の電子レンジで加熱するだけだ。といっても、この船にはかなりの厨房設備があるので、折があれば何人かに技術を学ばせ、レストランにすることも考えている。

 その間にジジは、「そうそう、その、山を吹っ飛ばしたのはイシスの女王に頼まれてだけど、そのあとお礼に抱いていいって言われたのに無理して断って、その時の砂浜でのたうちまわってガマンしてんのが〈上の世界〉の笑いものになったのよ。あれはもう伝説ね」と瓜生の過去をばらし、それで食事を持っていった瓜生は皆に生ぬるい笑顔で見られた。

「ジジ、あのことを言ったのか?」

「もちろん」と微笑む彼女の笑顔はこの上なく晴れやかで美しかった。

 

 食後、アダンが瓜生とジジ、そして竜女と試合をしたがった。

 瓜生はやや遠距離からヒャダルコとバギマを連打したが、アダンは激痛にかまわず凄まじい気力と魔法耐性で突進してくる。非致死のゴム弾では、ショットガンのフルオート、そして40mmグレネードリボルバー六連発でも、まだ止まらない。

 だが一瞬で瓜生は大剣を出すと瞬間移動し、グレネードランチャーで近くの岩を粉砕して見せた。

 それでも突進してくる、そこで瓜生はメルカバ戦車を出し、ドラゴラムの変形で融合した。

 その圧倒的なエンジンの力と重量を、アダンは受け止めしばらくきばり……押しつぶされるように力尽きた。

「人間の力と気力じゃないな、ただゾーマはこれの突進を受け止めて拳一発で壊したぞ」と笑う瓜生にアダンは激しく悔しがっていた。

 まだめげずジジに試合を挑んだアダンは、彼女がゆっくりと午後のケーキをほおばり、ローラとその胎児を守るための魔法儀式をしているなか、何の幻に操られてかひたすら岩を叩き続けていた。

 竜女が竜の姿に戻ったときの巨大さと迫力には、誰もが驚いた。だがボロボロに疲れているはずのアダンは激しく打ちかかり、黒焦げになりながらかなりいい勝負はしていた。

 

 

 

「今日が予定の日です。昨日までの検査では問題ない。決行します」瓜生がアロンドの目を見る。アロンドがうなずいた。

「子を奪い穢すべく、魔は襲い来るであろう。守りぬく」竜女が、瓜生とアロンドを見る。

「ああ、私も、妻と子を守りぬく」アロンドが、剣を抜いて覚悟の目で刃を見つめる。

「あたしも、久しぶりに全力出すか」ジジがにっこり笑う。

 何人もの〈ロトの子孫〉そして〈ロトの民〉の上位魔法使いが、野外手術システムを守っている。

「魔法でも頑張りたいのですが、おれは一人しかいないので。ミカエラのときみたいに、丸一年あれば医者を育ててそいつに任せたんですけどね」瓜生が軽く笑い、アロンドの目を受け止めて、シャワールームに向かった。

「こっちだって、そっちより大変なのよ!」ジジの怒鳴り声。

「ああ、わかってるから頼むよ」瓜生は軽く手を挙げる。信頼できる仲間の存在に、心は平明だった。

 

 体を清潔にし、もう一度カルテを確認する。

 サラカエルとベルケエラ、リレム。キャスレアも、なれぬ白衣とマスク、髪覆いにおびえながら、ローラのそばにつきしたがっていた。

「最終検査は?」瓜生の感情をこめぬ言葉に、即席で看護技術を学ばされた若い女官や〈ロトの民〉の若者がうなずき、書類を見せる。

 体温、血圧。簡易だが尿検査と血液検査。内診と子宮口はベルケエラが。また体の清潔もベルケエラがやっている。彼女と組んでの帝王切開手術はもう十回以上、彼女が確実に患者を落ち着かせ、清潔にさせることができるし、いざとなれば手術を引き継げることは実地で確認した。

 サラカエルは開拓の仕事があり時々の通勤だが、ここ数日はつめきりで指導している。

「レントゲンはおれが。手術はそれから。リスクはもちろんありますが、最善を尽くします」

 瓜生の言葉に、ローラは不安げにうなずいた。血色はいい。並みの妊婦よりずっと膨らんだ腹が、違和感のある美しさとなっている。

 手早くレントゲンを済ませ、もう一度検査データを確認する。

 そして手を消毒し、挙げたまま滅菌薄ビニール手袋をつけてもらう。

「では、双胎児の予定帝王切開手術を始めます。今知っておくべき異常は?」と、人々を見回す。全員がうなずいた。全員が、すべきことを知っている。即席のメンバーだが、〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉百年の伝統が支えとなっている。

 寝た状態のローラを横寝にさせ、両肩の線を垂直にして、背骨を探る。最初に塗布麻酔薬、次いで手の中に出現する滅菌済み注射器とアンプル、手早くまず注射のための局所麻酔注射。

 それから大型の注射器に、麻酔薬とモルヒネのカクテル。瓜生の故郷の医療水準では、帝王切開に全身麻酔は少ない。

 局所麻酔が効いている背骨、くも膜下にゆっくりと注射する。

 静かな機械の音が響く。準備されている輸血、薬剤、滅菌済み用具。キャスレアの、祈りの声がかすかに響く。

 横向きだった患者を仰向けに寝かせ、ベッドの板ごと少し傾ける。子宮を左側に傾け、背骨に添う大動脈を圧迫から解放する。

 数分、静かに待つ。その緊張に、ローラの息が荒くなる。

「落ち着いて。静かに深く呼吸してください」瓜生が軽く話しかける。「キャスレア、リレム。彼女の手を、少し握って。何か話してもいい」

 というと、瓜生はそっと準備された用具を見回し、ベルケエラとうなずきあって確認した。

 長い四分。時計を確認した瓜生は、アルコール綿をローラの腹に触れさせる。

「感覚は?」

「あ、ありません」

 もういちど確認。手術部位以外の肌は見えないよう、布で覆われている。点滴針はちゃんと静脈に入っている。

「メス。正中切開」瓜生の手に渡された、滅菌済みのメス。

 下腹部の中央をまっすぐ切り下げ、即座に特殊なヘラで引きあける。皮膚、脂肪、筋肉、腹膜。次々と色と、切る感触が変わる。

 腹膜と子宮の癒着を避け子宮に到達する。子宮は新しいメスで切って、あとは特殊なハサミで下を切り開き、手で筋肉の壁を、羊膜を傷つけぬよう引き裂く。

 特に裂かれた端は大量出血しやすい。

 この世界で、魔法を覚えて医療もやるようになって、瓜生が最初に覚えたこと。それは、「子宮に治癒呪文は絶対禁忌」その一事だ。

 通常分娩だろうが帝王切開だろうが、確実に死に至る大量出血になる。ゾーマに間違えてベホマをかけたら、なぜか20mm機関砲の直撃より激しく苦しんだように。

 子宮は膨大な血液を含み血管に富む臓器で、出血が激しい。だからこそ、昔の技術では帝王切開は死を意味していたのだ……麻酔と消毒と抗生物質だけでなく、輸血も絶対に必要だったのだ。

 羊膜から、あらためて異形の胎児に歯を食いしばる。本能を押さえこんで確認し、破水させて正常な方の胎児の頭に、特殊なへらをあてがう。ベルケエラが、逆の方に体重をかけ、押し出す。

 その時。もう一つの、トカゲの体から人の手足が伸びる魔物の胎児が、人の赤子を守るように抱いた。

 瓜生はマスクの下で微笑み、声をかける。

「大丈夫。二人とも助けるためなんだ」

 手早く一人目を取り出し、サラカエルに渡して一言「アプガー」。この子の命を任せた、という言葉でもある。

 サラカエルは、やや小さい赤子の全身をぬぐって足裏をたたき、胸に心拍計を当て、白いシーツと見比べ始めた。

 瓜生は、次の異形胎児に挑んでいる。

 

 外では、前代未聞の悪夢が起きていた。

 船が座礁している海が、桁外れの高さに盛り上がって、数限りない蛇が固まった巨大な玉が押し寄せてきた。

「わが子を、わが糧をよこせ」という、頭に直接響く超重低音がアロンドたちを打ちひしぐ。

「そなたはアロンドでも、竜王でもない!去れ!」竜女が叫び、激しく呪文を唱える。

 天が裂けると、蟻や蜂を金属で作って巨大化したような何かが襲ってくる。

 アダンとゴッサが鉄の細槍を手に吼え、大きな編み針のような棒に矢尻部をはめると、気合を呪文に激しく投げた。

 凄まじい飛距離で飛ぶ鉄槍が刺さるが、わずかにひるんだ程度。襲う巨体に、鉄の巨大な棍棒を手にしたアダンと、稲妻を帯びた長剣を構えたアロンドが激しく打ちかかる。

 形のない風。ジジの呪文が次々に、目に見えない力の壁となる。彼女の指示に従い、サデルが素早く次々と高位呪文を唱え続ける。

〈ロトの子孫〉は瓜生に新しく与えられた、AK-74と操作の変わらないRPK-74分隊支援火器と無制限の弾薬を手に、また〈ロトの民〉たちは魔力を帯びた細い鉄槍を多数手に騎乗し、敵に踊りかかる。

 

 もう一人の子は、実は楽だった。恐竜を思わせる異常なほど大きな頭、そして細長い体から出る人の手と、人ともトカゲともいえぬ足。そして胴体の延長の長い尾。それを気にしなければ、頭さえ出せば細長い体を子宮から抜くのは簡単だった。

(人間の胎児の、肩というものの厄介さを思えば楽すぎるな)瓜生は苦笑して気を取り直し、手早く後処置を始める。胎盤や羊膜の残りをはじめ、子宮の内部にあるものを除去し、子宮収縮剤を与え縫合。異形の第二子の羊水からは奇妙なにおいがし、有害と思われる。

 帝王切開では、経膣分娩と違い子宮が「子が生まれたよ」という情報を受け取れず、大量の血を抱え肥大したままでいたがってしまう。それ自体が命取りになる。

「輸血!じゃんじゃん入れてくれ。出血量は?第一子のアプガー!」瓜生は軽く言うが、後ろはもう阿鼻叫喚だ。

 二人目の、頭だけが巨大でしかも人では明らかにない、細長い口から鋭い牙。全身を覆う鱗。その赤子は、もう床を這って奇妙な声をあげている。

「第二子のアプガーはいいよ。見ればわかる、十点だ!でも油断するなよ」

 明るく瓜生が言い、大量に血を吹く切れ目の端の糸を締める。

(それどころじゃないんだ、出血が多い……)

 気持ちを切り替える。

「出血確認したかったんですが、こ、こ、この、竜こが、脱脂綿ごと全部食べて」

 出血をぬぐう脱脂綿はまとめて保管し、別に重さを計る。それから脱脂綿の重量を引けば、出血量がわかる。

「固形物の食事まで?なら前代未聞の、アプガー十二点をつけといてくれ。喉詰まらせてないか確認しとけよ」

 瓜生は口では半ば冗談を飛ばしながら、目は空の輸血パックを見て、恐怖のアルファベット三文字に戦慄する。

「輸血交換してくれ」ベルケエラに言うと、歯を食いしばって子宮を見、手にハサミのような器具を持ち、左手の生理食塩水で腹内を洗った。

 DIC。播種性血管内凝固症候群。血の出すぎ、血小板の使いすぎ、凝血能力の低下による、あちこちから……特に子宮の傷からの大量出血。

 胎児が半人半竜なのはわかっていた、DICの方がずっと怖い。

(止まってくれ!)

 瓜生は祈りをこめた目で、血を吹き出す子宮を見守る。

 止まらなければ子宮全摘出。瓜生の世界でも、他にできることはない。人工子宮も子宮移植も、もちろん遺伝子改良豚からの子宮移植もまだまだできやしないのだ。

「第一子、アプガー8点。自発呼吸あり!」サラカエルの声に胸をなでおろす。異形の第二子に血を取られ、かなりの未熟児と同様だった。といってもそれは、多胎妊娠の帝王切開ではつきものだが。

 

「これとそれは、幻!」ジジが呪文を叫ぶと、巨大すぎるカマキリが消えうせ、そこには小さな虫の群れがいた。

 大喜びで、人を襲わぬリザードフライがそれを襲い食べつくす。

 アロンドの稲妻を帯びた剣が、巨大な蟻を断ち切った。

 アダンの鉄棍が、数珠のように連なり動く石塊を次々と粉砕する。

 ゴッサの剣が、巨大な蛇の首をはねる。全身血まみれに傷ついても、いささかもかまわず。

 巨大な竜が、不気味な不定形の、海の魔物に激しい炎を吐きかけ、焼き尽くす。その身には無数の蛇が噛みついていた。

 大量の銃弾が、鉄槍が、魔物を蜂の巣やハリネズミにし、また追い討ちの攻撃呪文が炎をあげる。

 皆が集まる。虚空にたゆたい、徐々に形を成す巨大な影に、にこりと微笑をかわす。

 それ。形容しがたいそれは、巨大なイカのようであり、またカニの幼生のようであった。

 手術中の瓜生がいれば、「スパロボにたまにいるよな」とでも言っただろう。あちこちに機械的な腕に似た突起も伸びていた。ただし、子供向けのゲームやアニメのメーカーは、グロテスクすぎてレイティングが上がるためこんなデザインはできない。

 まあ、今手術室で瓜生が取り出している胎盤や、這い回る第二子に比べてどちらがグロテスクかといえば……

 とにかく見ただけで吐き気がする。一つの要素だけではない、多数の何かが組み合わさっている。

 ゴールドマンの金の腕。海の魔物。ロンダルキアの毛皮と角の魔物。

 その塊が、悪夢の声で絶叫した。それが、桁外れの邪悪をはっきり感じさせる。

「わが子を奪おうと、攻撃するものは全て殺す!」傷だらけのアロンドが絶叫した。

「嬉しいね、こんな冒険に、これほどの勇者と挑めるなんて」アダンが叫ぶ。

 ゴッサはただ、巨大な鉄棍棒を振り上げた。〈ロトの民〉が、そして〈ロトの子孫〉たちがいくさの絶叫をあげる。

「何が真実か、わずかでも心や感覚器があるのなら、すべてゆがめてあげる」ジジがにっこり笑って呪文を唱える。

 精鋭たちを、まるで重くないように背に乗せた巨大なダースドラゴンが、戦いの咆哮を上げ炎を吹いた。

 

「止血、確認!縫合する」

 瓜生が子宮を体内に戻し、手早く縫合を始めた。先の丸い、曲がった針を細いペンチのような器具ではさみ、自らにピオリムをかけて。

 手早く、丁寧に糸が、子宮の内膜に触れぬよう筋肉の壁を縫い合わせる。

 

 ゴッサとアダンが、その肉体と鉄棍で攻撃を受け止め、すさまじい力と意志で押し返す。援護にイオナズンやマヒャドが連打される。

 その背後から、アロンドが稲妻を帯びた剣を手に、飛んだ。

 次々と出現する、奇妙な魔物を銃撃と鉄槍が貫く。

 極大の、黒い炎の固まりは、沖合いの岩を蒸発させた……ジジが奇妙な杖で指した岩に、照準を誤って。

 サデルの、ロトの子孫たちの攻撃呪文が、次々と不気味な巨体を打ちひしぐ。

「さあて、仕上げ行くわよ!」叫んだジジが呪文を唱え始める。

「人の身に使える呪文なのだろうか」と、人の姿に戻り、美しい顔も体もずたずたに溶け崩れ、切り刻まれた竜女が手を掲げ、ジジの掲げる氷の手に合わせた。

「まとめていく、メドローア!」

 光の太い矢が、アロンドの耳を掠めるほど近くを通り、毒矢を放つ触手を次々と消滅させて中心の、おぞましい核を露出させる。

 ゴッサはためらわずその穴に体をねじ込み、吊り天井を支えるように支えた。巨大な力に、目と口と耳と鼻から血が激しく噴出する。

 アダンが咆哮し、アロンドに迫る槍を体でかばい吹き飛ばされる。

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 アロンドの、稲妻を帯びた剣が、その核に突きこまれた。流星のように、ゴッサの脇のわずかな隙間から。

 次の瞬間、全員の全身を引きちぎるような悲鳴とともに、天地が歪み叫んだ。

 そして、気がついたときには空は晴れ、海は穏やかだった。

 みな傷だらけで、倒れる。

 

 瓜生が、最後に皮膚を縫合し、心拍数を確認してから、あらためてローラの顔を見た。

 マスク越しの微笑、うなずき。

 サラカエルが、煮沸消毒したタオルに巻いた赤子を、ローラの脇に置いた。

「調子がよければ24時間以内に、軽い歩行はしてもらいます。鎮痛剤もその頃切れますので、痛みはあると思います、ひどいようなら鎮痛剤を出します。お疲れさまでした」

 瓜生がベルケエラや、助手たちに一礼する。

 でもやることはまだまだある。新生児管理、そしてDIC、血栓の恐怖は縫合終了後もしばらくは続く。

 そして、外はどうなっているか。初めてそれに思い至った。

 

 血まみれの白衣を脱ぎ、手術室を出た瓜生は、皆の大怪我に一瞬絶句した。

「三人とも、生きてます」それだけ言う。アロンドがへたりこんだ。

「み、御子を」女の姿に戻り、おぞましいほど全身傷つき焼けただれた竜女が、あわてて瓜生にすがりつく。

「元気ですよ。すみません、聞くの忘れてました。おなかをすかせていらっしゃるようですが、竜の赤子が何を食べるかご存知なら、たべさせてやってくれよ」口調を変えて深呼吸する。

 竜女が喜んだ。

「その姿じゃ、みんながびっくりしますよ」と瓜生が、全員にベホマラーを、竜女にはベホマをかける。

 美しい姿に戻った竜女が、処置室に走り半竜半人の赤子を抱き上げた。

「おお、わが主。竜王と神々の御子」

 その言葉と態度は、人間以上に母親のものだった。人の姿の赤子を抱き乳を与えるローラと同様に。

「双子じゃ、双子の」キャスレアが言いにくそうに言った。

「わかっています」とローラが、おぞましい竜の姿の子を見る。

 アロンドがかけこみ、「ローラ!」と叫んで子もろとも抱きしめた。

「しばらくどちらも検査は必要ですよ」瓜生が言う。

 処置室ではまだ何人か、忙しく働いていた。

 

 やや落ち着く。医療関係者は入浴して体を減菌、といっても重傷患者ばかりで疲労困憊の戦闘組も、治癒呪文と応急処置を済ませて入浴した。船の浴場は広いが、人数が多いので狭い。

 食堂で、肉・芋・根菜を大鍋にぶちこみ塩だけで煮込んでおいた熱いスープを、一人一人よそっては食う。皆激しく疲れていた。

 そして病室では、アロンドと肩を寄せ合ったローラが人の形の赤子に乳を与え、空腹のアロンドはピザやパスタ、ナッツとハムとチーズの盛り合わせを食べていた。いくら食べても足りないほどだ。ローラはわずかに重湯を口にしただけ。食事はもうしばらく後だ。

 食事を終えた瓜生が、血液検査の結果を確かめる。そして何冊もの書物をめくり、冗談じゃない検査結果を解釈しようとする。

 ゆるい衣服に着替えたジジがやってきて、軽く呪文を唱える。

 瓜生は苦笑した。無論、魔法を通じて知ってしまう方が早い。化学分析は迂遠なのだ。

「竜神と人の子、それ自体が無理だが……なるほど、二つの受精卵が血液幹細胞を分け合ってキメラ化したか。別にキメラは珍しいことじゃないしな」

 新生児二人の血液検査結果を見て、瓜生が微笑した。

「そんなの最初からわかってるわよ」ジジが唇をとがらせる。

「シャム双生児分離手術にならなくて良かったよ。そこまでの技量はおれにはない」

「魂の面を見なさいよ。似たようなものでしょ?」

「まあね」

「あの女は?」ジジが聞く。

「悪いけど、家畜処理だからなあ。下水浄化設備に直通した、浴室同様丸洗いできる工具室を使ってもらってる。監視カメラはあるよ」

 竜の姿をした赤子は、すぐに大量の餌を必要とすると聞かされ、〈ロトの民〉に頼んで数十頭の家畜を生きたまま外からつれてきてもらい、また真空パック肉数十キロを竜女に渡した。

「小さい家畜じゃなきゃ、って。まあ、キーモアとアカアリがあってよかったよ」

 キーモアはアレフガルドの家畜で飛べない鳥。中型犬サイズで、草でも野菜クズでも虫でも食う。

 アカアリはこの島で食べられている三センチぐらいの蟻で、幼虫や卵の栄養価が高い。

 監視カメラの画面を見たくもない。竜女も、竜の姿をしたほうの赤子もとことん獣で、ひたすら血肉をむさぼっている。

「でもあいつなら、監視カメラの画像ごまかすぐらいできるんじゃ?」

「アロンドを騙すようなことはしないだろ。それにしても大変な戦いだったな」

「そっちも。大変だったらしいわね」

「はあ、双胎児予定帝王切開としちゃ普通だよ」と、瓜生はため息をついてスポーツドリンクをがぶ飲みし、ジジにショートケーキをホールで渡した。

「明日も検査があるから、顔出して寝るよ。変なのが混じった血液や羊水が母体に入ってなきゃいいが」

「あたしもそろそろ寝るわ。疲れた。明日は、明日考えよう」と、ジジも立つ。

 瓜生がのぞくと、夫婦は半ば食べながら寝、赤子は泣いていた。

「失礼しました。明日から、あまり寝る暇はなくなるでしょうね」といい、部屋隅の洗面所を利用して哺乳瓶にミルクを作って赤子に飲ませ、便を見て胸をなでおろしつつシャーレにとり、夫婦を寝かせて毛布で包み、大切に赤子を置いた。

 今更だが、男児だ。

「ああ」ローラの目から涙があふれ、満腹してその指を握る赤子とは別に、何かを求める手つきをする。

 疲れきり、泥のように眠るリレムとキャスレアにも簡易寝台を出して寝かせ、毛布をかけ、消毒済みの哺乳瓶と鍋と粉ミルク、説明書を用意して立ち去った。

 それから、船底近くのコンクリ張りで丸ごと洗って流せる、錨など特殊な作業をする部屋に向かう。

「どうだ?」瓜生の声に、血まみれの竜女が嬉しそうに飛び出してきた。

「よく食べ育っておる」

 目の前で、山積みの肉を片端から平らげたもうオオトカゲのサイズになったのが、生きたまま家禽を食いちぎり内臓をむさぼっている。

「三時間で体重が三倍ぐらいになってないか?大丈夫か?」

「竜の子はこれで普通じゃ。ただの生き物と違い、身体能力を魔力で促進し、食とともに天地の霊を喰らって骨肉とする」竜女が笑う。彼女も嬉しそうに、血のしたたる一匹分まるごと豚レバーを抱え、生で食っている。

「人間の血はあまり邪魔になってないようだな」

「されど、魔力などで」と、言葉が面倒になったのか、竜女は魔力で瓜生に情報を伝えた。

「ま、死ぬ心配がないならいいよ」と瓜生はため息をついた。

「命に賭けても」

「頼む。時々部屋洗ってくれよ、水道の使い方はわかるな?」と、瓜生は軽く手を振り、かなり食われていた生の、真空パックされた一つ一つが数キロある牛肉や豚肉の、ロースやバラ、レバーの山に大量に追加した。

 隅では、たくさんの家禽の、食い散らかされた羽が血まみれで散っていた。

 

 

 落ち着くまで数日。瓜生は三人の検査はほどほどに、せっかくだからと何人かの、他の患者の治療も続けた。

 何よりキャスレアが驚いたのは、出産を経たローラの健康だ。貴族であろうと、子を出産した母親はやせ細り歯が抜けたりすることすらあるのが普通だ。栄養学の知識が皆無、さらに迷信で得られる食物も制限し、毒でしかない誤った薬を飲ませ、瀉血で肝心の血を捨てることすらあったものだ。

 アロンドの、〈ロトの子孫〉としての教育は、産婦人科医として充分ではなくても高い栄養学の知識があり、充分に食べさせてあったのだ。

 ゴッサが依頼した妊婦は幸い無事出産し、母子とも元気だ。

 サラカエルはもう、開拓している村に帰って仕事をしている。

 竜女が、竜の姿をした子とともに出て行き、野生生活をしたい、と言い出した。

「家畜や、死体をウリエルの力で『出した』肉でも栄養はとれるが、魂や魔力の源が摂れぬ。このままここで暮らしては、魂を失いかねぬ。野の獣や魔物を、自らも危険を犯し血を流して食らわねば、まことの糧にはならぬ」

 それを聞いた、〈ロトの民〉の老人たちが深くうなずいた。

「われらの、〈ロトの民〉となる以前の遠い伝承にも、そうある。狩り食らったものだけが真の糧であり、家畜も農作物も何かがないのだ、と」

「二重盲険で比較してどうなんだろうな。いや、わかってるよ。おれも一応賢者だ」と、瓜生は竜女の冷たいまなざしに手を挙げた。

「双子の定め、未練つのりますゆえ、離さねば」キャスレアが辛そうに、それを見る。その異形については言えない。

 もう全長が4メートル近く、高さも2メートルはある、血と粘液を洗い落として金色の鱗に覆われた巨体。長い鉤爪のある二足で歩き、長い尾でバランスを取っている。

 ただし、長く大きい両手と大きな頭蓋、額や眼は人のそれに似ている。その人の面が、竜の美しさをいっそゆがめてさえいる。

 長い牙が生えた口は、今も家畜の血がしたたっている。

 船底の倉庫スペースでは、もう入りきれなくなりそうだ。

 アロンドが、辛そうにその巨体を見上げた。

「これも、わが子か」

「はい。検査しました、こちらにも、アロンドさまとローラさまの子の細胞が濃く混じっています。それなしには生まれることもできませんでした」瓜生が痛々しげに言う。

「どこに、ゆくのか」アロンドの、平板だからこそ悲痛な声。

「まず、海へ」竜女が静かに言う。

「カメラと通信機はつけさせてもらう。監視しなければならない。それに、しょっちゅう抜き打ちで会いに行く。深海だろうと」瓜生の言葉に、竜女がうなずき、差し出したカメラ+通信機の首輪を竜の子につけ、自らの分も手にした。

 竜の子が咆哮し、その口から稲妻と炎が混じるような、白く輝く息が漏れた。

「では、ゆくがよい。人の敵になるな」アロンドの言葉に、竜女は戸惑いを浮かべた。

「それはこの神子が育ち、あるべくようになるのみ。わらわごときに、操れるはずもないし、操ることは許されぬ。幼きうちは誰にも操られぬよう、穢されぬよう守る。長じた魔竜はわれら眷族を率いあまたの天地の魔精と戦い、力あらば喰い、力及ばずば喰われるのみ」

 アロンドは泣きそうな表情で、剣の柄に手をかけながら、うなずくしかなかった。

「ではまいる。これからも用あらば呼ぶがよい」と、竜女が出ようとした。

 そこに、リレムの悲痛な悲鳴。

「ローラ!」

 アロンドが小さく叫び、拳を壁に叩きつける。

「ひと……ひと目」

 ローラは両胸が開く服で、左手に抱えた人姿の赤子に乳を含ませたまま、歩いてきた。

「なりませぬ、未練がつのりまする!見てはなりませぬ、これは」キャスレアが絶叫した。

「わかっているわ。長き月、わが腹にいたのよ。そしてこの子の、兄弟なのよ」ローラは決して譲るまいと、歩んでくる。

「なりませぬ」キャスレアが言うが、

「いいえ、わが子に会う」アレフガルド王室の、皆に恐れられる鉄の意志で押し通る。

 血塗られた牙をむきだした、その竜の正面に、小さな母親が赤子を抱いて立つ。

「名を……竜王の、そして勇者アロンドの、わたしの子。ヤエミタトロン、それがおまえの名」

「古き言葉。黄金の柱」と、竜女。

 ローラは左乳を人姿の赤子に含ませたまま、右手で軽く、豊かなむき出しの乳房を絞り、乳に塗れた手を竜の口に差し出した。

「わたしにはこれしか与えられない」

 アロンドが、声もなく悲鳴を押し殺した。瓜生はサイガブルパップフルオートを出し、非致死性弾の弾倉を装填してセレクターをフルオートに押し下げ、薬室のスラッグを排出した。

 腕を、上半身を一口に食いちぎれる牙。

「さあ!」

 黄金の鱗に血塗られた牙の竜は、驚くほど穏やかな、人の青い瞳でローラと、アロンド、そしてローラの胸の赤子を見た。

 そして、静かに、それでいて素早くローラのすぐそばによる。長い牙、顎は血にまみれている。

 その口から、二股の舌が素早く伸びる。ローラの手から、乳をなめた。

 悲しそうな声。人によく似た両腕が、求めるようにローラに、赤子に、アロンドにさまようように差し出される。

 アロンドが歯を食いしばり、巨体のアダンのそれより大きな手を固く握る。ローラが、その手に頬をすりよせ、涙に暮れた。

 巨大な指の一つを、赤子が握る。

「もう、人間の一歳児程度の知能は、あるのですよ。それに、胎内で兄をずっと固く抱いていました。守っていました、おれが二人とも助けるためだと言うまで。どれほど飢えても、子宮にも兄にも食いつきませんでした」瓜生が悲痛に言い、耐え切れず嗚咽する。

 どれほどのときだったか。

 アロンドが、強くローラの肩を抱きしめ、ヤエミタトロンの手をひときわ強く握り、離した。

 無言でローラをうながし、太い指を握って離さぬ人の赤子の手に口づける。

 小さな手が離されると、走るように急いで、振り返らず。キャスレアとリレムが泣きながら追う。もう、激しくあえぐような泣き声が、廊下から漏れる。

 竜の子の腹が、巨大に膨れる。

 瓜生がとっさによけた、誰もいない側の壁に、凄まじい光。稲妻と白い炎、閃光ともいえるブレスが荒れ、鋼の船腹に大穴が開く。

 その穴から、黄金に輝く竜神王子は海に身を躍らせた。竜女も瓜生に一礼しその後を追う。

 凄まじい咆哮が、至近距離の雷鳴より激しく天地を、海を揺るがす。

 大穴から瓜生が見ると、もう二つの影が海中を高速で泳ぎ去っていった。他にも何体もの、大型の魔物がその後を慕っていくのがわかる。

 

 

 悲しみはあっても、すべきことは多くある。

 ローラやキャスレアは子育てという重労働を。王族は乳母に預けることも多いが、ローラは子を離さなかった。

 アロンドはローラと、残った息子を慈しみ、時間をつくっては〈ロトの民〉たちの間を回り、知り合う。

 瓜生は医者として働く。時に通信機の電波を三角測量し飛行艇で飛んで、黄金竜とダースドラゴンの元気な巨体を見、自らもドラゴラムの応用で潜水艇と融合しともに泳ぐこともあった。

 深海まで潜られて圧壊しかけたこともある。大海原の底は、獲物も魔物も多い、ある意味魔界で若き竜は旺盛に食い、戦っていた。

 そのまま時が過ぎるかと思ったが、二月ほどして、アロンドは動きだした。

「メルキドに行くぞ。山彦の笛を借りに」

 そう、王国の夢。そのための、長くとどめられていた一歩。それは〈ロトの民〉にとっても待望だった。

「よっしゃ!どこでもついてくぜ」アダンが叫んだ。

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