壇上でケエラとダンカが結婚の誓いをかわし、満場の客が拍手する。
アロンド上皇夫妻。サマリエル王とゴッサ摂政。ゴッサの妻となった、ムーンブルクのマリア王女。ローレル王。
サラカエル・ムツキ夫妻。サデル。ロムル・レグラント夫婦。ジジ。ジニ、リレム、ラファエラ、トシシュ、ヘエル。
イスサ、ストレッチャーの上のロムル、ケエラとダンカの家族たち。
中隊仲間。静かにバイオリンを弾いているディウバラと、その脇で演奏を合わせているガライ。
事情を知らない人はなぜと首をひねるほど豪華な人々だ。記者たちが意外なイベントに駆け付け、こちらの技術で作られたカメラで写真をとってはマグネシウムフラッシュをひらめかせている。
「オリハルコンの分析ができたようだな」
サマルトリア宰相のゴッサがジニに話しかけた。
「アロンド上皇陛下の貢献が大きかったです。
ウリエル先生の故郷には魔法がありません。多様な元素の違いは、化学的には電子殻の構造で決まります。密度を決めるのは原子核の、陽子や中性子の数です。電子と陽子の数が一致していればより安定するので、それを通じて陽子数は化学的な性質も決めます。
それで陽子数が事実上原子番号とされます。
去年解明されたミスリル。かなり多様な合金の総称でもありました。もっとも純粋なものの性質のいくつかはアルミニウムと同じでしたが、比重がかなり大きく硬度や融点が大きく異なりました。
そして霧箱の宇宙線を用いた研究から、ウリエル先生の故郷では観測されない、中性子の十分の一程度の質量の素粒子が発見されました。電磁気力や弱い力と反応せず、別の力で原子核と結びついているようです。
それがアルミニウムの原子核にくっついて、原子の結合を強化したりしているという結論が今のところ出ていますが、まだ研究中です。
電子と似た殻を作る、対になる素粒子があって化学結合を強化している、という説もあります。
大型の加速器ができなければ高水準の素粒子物理学は難しく、それはこちらで電磁気技術を発達させてから、と決定されています」
その決定をしたのはあんたたちだろう、と言わんばかりにジニがゴッサをにらむ。
ゴッサは眉の毛一筋動かさず、続きをうながした。
「現在は暫定的ですが原子番号を複素数として、ミスリルは『13+4i』としています。
オリハルコンは、ロトの剣から得られたサンプルは『37+21i』と推定されています。黄金に、仮称魔法核子がくっついているのです。
ですがロトの剣は魔の島のヤエミタトロン陛下が所有していて、それ以上のサンプルの提供は拒否されていますし、〈下の世界〉に天然鉱床が見つからないのでなかなか研究が進んでいません。どうやらきわめて強力な魔力を使うことで、既存の金属を変化させるようです。
この研究が進めば、元素の多様性はウリエル先生の世界の何百倍、合金の多様性は何万倍にもなるでしょう。
今はブルーメタルの研究にかかっています。ロトの盾はサマルトリアに帰属していますが、サンプルの提供をよろしくお願いします」
ゴッサは静かにうなずいた。
この会話自体、人に聞かせるため、研究を進められるように先に根回しをしているだけだ。ゴッサが式の前に、そういう会話をするようにジニに話しているからだ。
「それに、〈上の世界〉の魔法金属でできたロトのかぶと。あれもアレフガルドに寄贈しましたね。サンプルがそろそろなくなりそうです」
だがこういう交渉になると、ジニは言いたいことをどんどん言いつくす。
そしてうまくいかなければ、ふいと別の研究を始めてしまう。
「人間なんかとの交渉でエネルギーを消耗して研究ができなくなるほど、馬鹿げたことはない」
といつも言っては、ケエラやラファエラ、ジジに叱られている。
披露宴がすすみ、素晴らしいごちそうが旺盛に食べられる。
レグラントがひさびさに腕をふるったもので、ジニやアロンドにとっては懐かしいものだった。
一年以上熟成させたハードチーズや、薬草を漬けたリンゴの蒸留酒は開拓村の産物。味噌や醤油、日本酒もそうだ。
普及している大型圧力鍋で煮こまれた肉は、とろけるように柔らかい。
何よりもおいしい焼きたてパン。オリーブオイル、新鮮なバター、マーマレードをお好みで。
養殖淡水魚もたっぷりある。切り身の塩焼きや天ぷら、頭や骨の汁もうまい。
そしてダンカの実家やその親戚たちが、〈ロトの民〉の長い伝統から優れた塩蔵肉や醸造酒を用意してくれた。
寒冷地ではテンサイ、亜熱帯ではサトウキビを育てることで豊富な砂糖をふんだんに使った、おいしい菓子も並ぶ。和菓子も洋菓子もともに研究されており、美しい花の姿をした和菓子や豪華なウェディングケーキに皆大喜びだ。
「さて、授業とさせてもらうよ」
瓜生がスピーチを始め、列席者がみんな耳を澄ませている。
「明日から、君たち夫婦は新生活を始める。その生活は、これまで暮らしてきた開拓ドームと同じだろう。
その朝から夜まで、ムーンブルクで同じぐらいの暮らしをするには、何人の奴隷が必要か。プリンさん、どうか教えてください。もちろん、トイレに関する話も全てもらさずに」
瓜生が呼び出したのは、サマルトリアに留学しているマリア王女の侍従の娘だ。
「はい、こちらに来てから半年、毎日が驚きの連続でした。ケエラさまのご実家にお世話になっていますので、その暮らしは見ております。
朝、夜明け前に目を覚ましてジュースとレバーソーセージをいただく、ムーンブルクではそんな暮らしができるのは貴族や大商人だけです。そのジュースを絞るのも、小さなナイフで丁寧に皮をむき、すり鉢で力を入れてつぶさなければなりません。こちらでは半分に切り、ガラスでできた絞り器に押しつけるだけ、リンゴもおろし器にかけるだけ。
ソーセージを温めるにも、炭火など使えるのは貴族だけ、母が生まれたような庶民の家では、家の真ん中に切られた炉の火を絶やさないことしかできません。もし火を絶やしたりしようものなら、殺されてもおかしくないのです。
そして朝食を作るにも、実家では五人の料理人が必要でした。
こちらでは、内部がどうなっているか教えていただきましたが、中に鋳鉄製ガスコンロがある大きなビルトイン圧力鍋に、薄い鉄でできた鍋を二つ入れて、木のふたをねじ込んでレバーを引くだけです。
それだけで、火打石の火花が、石炭と……」それ以上話すのをためらう。
「人畜の、出すものから作られるバイオガス。ここでの話は、遠慮はなしで」と、瓜生。
「そう。人は食い、飲み、息をし、出し、交わり増え、群れる。その事実から目を背けないことこそ、ロト一族だ」とアロンドが笑いかける。
プリンは恐縮し、語り続ける。
「あとは笛が鳴ったらレバーを下げて放っておくだけ、四十分でお粥とシチューができています。同時に別のガスコンロでお茶を沸かし、スクランブルエッグを作る余裕すらあるのです。
ニンジンやリンゴの皮をむくのも、ピーラーのおかげで本来なら一時間かかる仕事が十分。
実家では、それだけの料理をするには三人の奴隷と奴隷頭が一人、三時間は重労働しなければならないでしょう。
そして食事をし、お湯とおこうこで箱膳をぬぐい、しまう……実家なら湯を沸かすのに、別の建物で火を見るのに一人、沸いた湯を運ぶのに一人奴隷が必要です。
また、ムーンブルクではいくつもの器を洗うのに、また一人奴隷が必要でしょう。水を汲んでくるだけでも。こちらではドームの中央でお湯と水の両方が好きなだけもらえます。
そして出かけるのにも、素晴らしい鏡が誰でも買える値段で売っています。あれほどの鏡は、ムーンブルク王ですら手に入りませんでした」
「ジニ、解説してくれるか?」とアロンド。
「はい。ガラスを窒素雰囲気下、溶融スズに浮かせて整形することで、大型で高精度の平面ガラスが可能です。この技術がこちらで実現したのは二年前です。ただしそれ以前、鉄粒上で吹きガラス管を切り開く製法でも、それなりのものはできていました」
「ありがとう。プリン、続けてくれ」
「はい。その鏡がなければ、髪を整え化粧するのにも、そのための奴隷が必要です。実家にはいました。
それから出かけるのにも、輿を担ぐ奴隷四人と先導が一人必要でしたが、こちらでは誰もが馬に乗り、またケーブルカーや、海辺の家なら小型ヨット、またルーラでさっと移動できます。
それから衣類の洗濯。これも、今ケエラ様のご一家……実家なら五人の奴隷が十日に一度、二日がかりで、汗だくのドロドロになってやるものです。そして小さいころ、母の知り合いの奴隷から聞いた話では、冷たく臭く悪夢のようなお仕事だったそうです。
しかし、こちらでは毎日、一人でひょいと洗濯物を水車まで運び、お湯や洗剤とともに樽に入れて、回っている六角の鉄棒につなぐだけ……子供一人が十分で準備し、一時間ほど勉強しながら見張って何度かお湯を入れ替えて絞り機にかけるだけ。それから物干し竿にかけるのに十五分程度。
子供が一人で、勉強に支障もなく、体力もほとんど使わずにできるのです。しかもあちらでは十日に一度でも贅沢だった洗濯を、毎日!王妃様のようです。
部屋を暖める、そのためにも実家では何人もの奴隷が、危険な火を室内で使っていました。薪を取り割るのにも、一人必要でした。
母は室内で煙だらけになって火をつけ、それで胸も目も悪くしました。
それでも寒くて寒くて」
涙ぐむプリンに、ロト一族以外の出身者は深くうなずく。
「ロト一族の辞書に、煙と煤はない」アロンドが笑みを浮かべて言った。
竜王戦役以前から、〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉ともに二次燃焼のあるストーブを作り、煙を燃やしてきた。また、鉱工業や製炭の排煙も徹底的に浄化し、エネルギーと資源を絞り出す。
開拓者には二次燃焼室のある鋳鉄ストーブが売れる。
ドーム型集合住宅の規格が固まってからは、石炭を燃やしてガス・コークスを得て、煙の硫黄などを除去する中央炉がある。その熱で作った蒸気が全戸に行きわたって、床下暖房や温水に用いられる。公衆浴場もある。
石炭ガス・バイオガス、あるところは天然ガスを混ぜたガスも各戸に送られ、調理などに用いられている。目や肺を痛めつける煙も、煙突掃除少年の必要もない。悪臭もない。燃料の節約にもなっている。火災のリスクも大幅に減った。
イギリスの産業革命時代とは違う。暖炉という呪われた文化もないし、どうすれば薪を節約でき、公害を出さずにすむかカンニングできる。さらに、皆が貧しい状態からではなく、皆が豊かな状態から始めている。
「こちらでは、ただノブをひねって月末に、あちらの薪代の百分の一にも満たないお金を払うだけで、床下から……なんという暖かさ。
そして、尾籠なお話になりますが、室内のおまるを運び、中身を捨てて掃除するのにも、実家は奴隷を一人使っていました。こちらでは、おまるに中身が見えない袋をかぶせてその中に……口を縛ってちょっと外に出て、タンクのふたを開けて放り込むだけ」
「バイオガスにしているからね」とアロンド。
「さらに衣類、それもどれほど贅沢か。ムーンブルクでは、貧しい人は一生に、片手で数えるほどの服しかないのが当然ですよ。こちらでは……いえ、実家でも、衣類を縫うための奴隷が一人いました。とても高い奴隷です。布を織るための奴隷も、大きい家では何人もいます。
それも、こちらでは道具を使うことで、奴隷の三倍の早さで縫えてしまいますし、信じられないほど安く服を買うこともできます。
それから夕食を作るのに、粉を挽くのにも奴隷が必要なのに、こちらでは水車小屋に持って行って回っている臼に入れるだけ。奴隷一人が半日かける作業が、十分もかからないのです。香辛料を挽いたり卵を泡立てたりするのも、ハンドルを回してバネに力をためて、鉄臼や泡立て羽をつけてスイッチを押すだけ……それに塩も砂糖も安く、均質な粉が売られています。
夕食にパンを焼くにも、実家では大きなかまどに一人が薪を運び、一人が割り、一人が薪をくべ、一人が監督するのに……こちらでは壁に作りつけられたガスオーブンに入れて、レバーを引けばできてしまうんです。
肉を焼くにも、串を回し油を受ける子供奴隷、火を管理する奴隷、全体を監督する奴隷が必要なのに、こちらでは肉に塩と香辛料を塗ってホーロー鉄鍋に入れ、パンに並べてガスオーブンに入れるだけ!
一人で、実際の作業時間は十分もない、一時間ほどそばに座って絵を描いていてもいい……」
「二月に一度程度、ガスオーブンは清掃してください」とジニがまぜっかえす。
「半年ぐらい掃除してないけど平気だよ?」とケエラ。
「掃除しろ」と何人かが声をそろえる。ダンカも。
「うるさいわね」と、さっそく夫婦げんかが始まりそうになるのを、アロンドが軽く目で抑えた。
「あちらで厨房をのぞいたことはありましたが、暑くて煙くて地獄のようでした。人がやけどで死ぬこともちょっちゅうでした。それが一切ないのです」
「ちゃんと換気はしてください。室内ガスシステムでも一酸化炭素中毒の恐れはありますよ」と、ジニ。
「薪の無駄だってすごいよなあ、暖炉のような開放火は。二次燃焼ストーブならまだましだけど」と瓜生。
「そしてあたりまえのようにお湯で体を洗い、お風呂に入り、暖房された部屋で夜も魔法の明かりで勉強し、眠る……ムーンブルクでは王族の暮らしです!三十人以上の奴隷を使っている上級貴族より贅沢な暮らしが、一家七人助け合い、三人が仕事に出て、子供たちも学校に行きながらできるんです」
感極まったようにプリンが言う。ロト一族も、あらためて感動していた。
「奴隷のかわりに石炭と馬、そして知恵と工夫と魔力を使っているのがロト一族だ」
アロンドが静かにまとめる。
「石炭もいつかなくなるし、温暖化の心配もあるから、できるだけ早く、それも原理レベルで安全な原発を作れよ。それはおれの故郷の人々もまだうまくできてない。蛙飛びで追い越せ!こっちには、もう決まったんだから研究するなっていうお偉方はまだいない。そうなるなよ。それにこっちには、おれの故郷にはない魔法金属も呪文もあるんだ」
と、瓜生がジニを見つめていう。ジニは深くうなずき、
「後進を潰す権威になるより前に、いえ45歳になったら引退します、必ず。原発より先に、ブラックホールを使うことも考えています」
さすがに瓜生も絶句した。
「そのためにも、教育だ。ムーンブルクなどでは、多くの人にそんな単純な仕事をさせ、せっかくの頭脳を無駄にしている。われわれはそんなことはしない、全員の頭脳を活用する」
アロンドの言葉に、ゴッサが深くうなずく。
「これからも頭を使って工夫し、そして子供たちを教育し、清潔を保つことを教えて伝染病を防ぎ、一朝ことある時は戦って同胞を守ってくれ。二人の、そしてロト一族の未来に、乾杯!」
アロンドの声に、夫婦がひざまずき、全員が盃を掲げる。
そのとき、瓜生の周囲に光が、ふわりと舞い降りて輝き始める。
「ウリエル。……帰るときが、きたか」
アロンドが静かに言う。
「はい」瓜生は式場の全員を見まわす。愛惜をこめて。
「できたら、ここに骨をうずめたかった」
寂しげに目を伏せ、静謐な笑顔を浮かべる。
「患者たちと、生徒たちを頼みます」
レグラントやサラカエル、アムラエルに目を向け、うなずきあう。
「どれほど、皆さんを愛しているか……おれの、心の子孫たち。学び、試行錯誤し、自分の弱さを認め、残虐行為を否定する勇気があるみんな。
信じている、これからも工夫し、悪をせず、正しく栄えていくことを」
「ロトの掟を、守ります」
「「「「ロトの掟を、守ります」」」」
式場の全員……アロンドたち、ケエラとダンカの新婚夫婦、全員が瓜生に敬礼し、大声で誓った。
瓜生は静かに微笑みながら、消えていった……
「プリン」「マリア」はドラゴンクエスト2FC版でのムーンブルク王女の名です。
「サマンエフ」もDQ2-FCのムーンブルク王女の名の一つ、「サマンサ」を男性っぽく変形させたものです。
それらの名が、ムーンブルク王国の貴族の名前だろう、ということにして。
僕は日本の電気炊飯器+ガスコンロは間違いだと思っています。
「かまど」から電気炊飯器+ガスコンロの、文化住宅生活にいきなり転換しました。
でも、ほかの形もあったはずなのです。
大きいガス圧力鍋をビルトインし、外鍋に小さい内鍋を複数入れる、アサヒ軽金属の「一石二鳥クッカー」形式にすれば、ご飯と煮物の同時調理が可能でした。
煙だらけで目を痛めるかまどは、今の「現実」でも億単位でいます。
薪炭の無駄=森林破壊でもあります。
しかし、高効率かまどさえ、なかなか受け入れられないそうです。
薪炭の無駄といえば、西洋文明にも暖炉という悪夢のような誤りがあり、煙突相似少年の悲劇と膨大な燃料の無駄・大気汚染を生み出しました。