奇・・ドラゴンクエスト1の続き   作:ケット

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十夜離宮

 ある日、王がアロンド夫婦を呼び出した。公式の謁見とは違う、非公式の、むしろ裁きに近いという感じがした。

「アロンド!そなた、勇者ロトの子孫を名乗るとは何たる不遜、何たる偽り」と先にテアハス王妃が居丈高に叫ぶ。

「まあ、それよりも。試す機会を一度だけ与えてやろう……死に瀕していたマリア王女が助かったことは事実だ」サマンエフ王弟がにやにやと、虚ろな目で言う。

「少しばかり、城から離れたところに離宮を建てる予定があったのだが、それが竜王とやらに備えるために延びていたのじゃ。それを建てよ」バレヌラ王弟が、じろりとローラを、そしてサマンエフを見る。「できねばローラ姫は、約定どおりこの俺がもらう。文句はないな!」

 これはアロンドにではなく、他の王弟たちに対する言葉である。

「異存はございませんよ」と、テアハス王妃が手を挙げると、素早く数十人の武官・僧侶たちが立ち上がり、服従を表明する。

 王は自らの無力に歯ぎしりしつつ、アロンドを頼るように見つめる。

「そ、そのような仕儀じゃ。十日、十日じゃぞ」

 呆れてものも言えずにいるアロンドの懐で、ポケベルが小さく振動した、二度続けて。瓜生からの、「Yes」を意味する信号だ。

「かしこまりました。場所などは」と、本気で話し始めるアロンドに、王侯貴族たちは嘲笑を抑えられないようだった。

 もう、テアハス王妃とバレヌラ王弟が、アロンドの処刑法を楽しげに話し合っている。そのテアハス王妃に迎合しながら、レアヤがまさか、という怯えたような目でアロンドを見ている。

 過激で無茶な難題と残酷さを煽ってきたサマンエフが、虚ろで陰険な笑みを浮かべていた。

 

 退出するアロンドを、レアヤの衛兵の一人が襲うと見せて、手紙を落として逃げた。アロンドも捕らえなかった。

 手紙を一読する……「今逃げるのならば、西門が開いている」と、手形もついていた。アロンドはそれを魔法の炎で焼き、手術に使っている一室に急いだ。

「盗聴対策は?」アロンドの言葉に、瓜生・ジジ・ハーゴン、そして久々に見る竜女の四人がうなずく。この四人がチェックしたのなら、機械・トリック・買収・魔法・下級神・魔物、すべてのルートは二重三重に点検されている。

「できるんだな」

「今はちょうど農閑期。〈ロトの民〉の大動員を」瓜生がアロンドを見、竜女に目を向ける。「多人数のリリルーラを補助してくれ」

「わかった。任せる」アロンドが真剣にうなずき、ローラが彼に取りすがる。

「多人数をまとめ動かすことをお願いします」瓜生がアロンドと、しっかりうなずき合う。

 アロンドたちが素早く話し合いながら、動き始める。ルーラでアレフガルドや大灯台の島に飛ぶものもいる。

 瓜生は大量の建築関係の本を出して、順番をノートにまとめ、石壁にチョークで大きく日時を書くと、予定を書き始めた。まず速乾コンクリートが固まる時間を見て、十日後から逆に棒を引く。

「工事そのものは、大灯台の島で教えてる若者なら測量はかなりできる。あとは重機の扱いだが、まあ半日で何とかなるだろ」瓜生が笑う。

「建てろ、といわれた場所は?」

「地盤と水脈、そうだあの手を使うか」

「無茶を考えるものよの」竜女が瓜生に、無表情に呆れる。

「安請け合い、といってもあんたにとっては、簡単なことなんだよね」ジジが呆れたように瓜生を見る。

「ジジ、できたらあちこちの予言者と折衝してくれ」

 

 ムーンペタや北のお告げ所、マイラの予言者を使い、「先に調査結果を得る」ことをした。必ず、後にちゃんと調査をしなければならない。

 ムーンブルクの南南西の岩山の裾野に、ちょうどいい場所があり王の許可も得た。その時点で丸一日。

 その一日にも、多数の〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉を集め、組織し始めておく。

 アレフガルド中に散らばった〈ロトの子孫〉を何百人も、そして広い大灯台の島の〈ロトの民〉をルーラやその応用で大陸距離を移動させるのは、それだけでも大呪文の連続である。竜女やその配下の魔族、ジジたちがいなければできることではなかった。

 許可を得た地は石だらけの固い粘土で農業にも適さない。

 だが、瓜生はその地下に広がる頑丈な岩盤と、重く粘性の高い土壌が必要だった。岩山の上には良質で量も多く安定した湧き水があり、少し下った近くには森に囲まれた沼地もある。上下水がともにそろっている。

 レーザーレンジファインダーで手早く、300メートルの直線を測る。それだけでも大変だ。

 そして巨大な重機。日本ではめったに目にしない巨大なショベルカーが、爆弾で緩んだ大地を削り、土砂を同じく巨大なダンプカーに積んでいく。

 同時に、莫大な量の速乾コンクリートがムーンブルク周辺の膨大な水で、巨大機械によって練られている。

 繰り返される測量、球場を照らすような照明で昼夜を分かたず照らされる工事現場。

 それら重機は、まず学習能力が高く器用とわかっている生徒たちに瓜生が実践で教え、その教わった人たちがそれぞれ何人かに教える。

 以前から、何種類かの重機や測量器具の使い方も、特に優秀な生徒には教えはじめていた。

 一万人近い人々に長さ三百メートル・幅四〇メートル・深さ五メートルの穴を掘らせるというのは、それ以前に一万人近い人々が集まっていること自体が大変なことだ。全員水を飲み、食べ、大小便を出す。

 とはいえ、もとより便所を含む上下水道の整備を得意とし、多くは今まさに廃村を開墾している〈ロトの子孫〉たち、そして伝染病との闘いを叩きこまれ遊牧民の血筋を誇る〈ロトの民〉たちはいずれも、水とトイレ、調理の簡易かまど、風雨をしのぎ寝るテントの設営はお手の物だった。まして瓜生の、無限の物資も手に入る。

 たくさんの人を昼夜三交替、適度に休憩も入れ、トイレ穴掘りなど別の仕事や重機操縦の座学もさせて働かせる、ピラミッド型の指揮系統つくりも素早かった。

 アロンドの圧倒的なカリスマと、高い教育水準、普段の農業や船の生活、戦闘訓練で組織行動を叩きこまれているからこそである。

 それ以前に、農閑期とはいえ来いといわれて飛び出せることがとてつもないことだ。竜王と戦い抜いてきた〈ロトの子孫〉はもちろん〈ロトの民〉も常在戦場、いつでも動けない幼児や病人を任せる最低限を除き、コンパクトで充分な荷物を手に飛び出し、指揮系統をもって集合できるよう準備しており、訓練もされている。

 アロンドが十数人に責任と権限をしっかりと与え、任命された者は普段の生活や学校で使えると分かっている人を集める。ピラミッドが何段も重なれば、万の群衆が一つの巨大な生き物となる。特にゴッサの指導力は高い。

 

 穴の壁のあちこちから、時々瓜生が異界の創師の手で創り直されたサイガブルパップショットガンに、魔力を込めて放つ。短距離のメドローアが地面に深い穴を作り、岩盤まで届く。その穴には太い鉄筋が突き込まれ、超速乾コンクリートが流される。

 船の形にえぐられた大地に、巨大な穴の壁が、分厚くコンクリートで塗られる。それが流れ落ちないよう、あちこちを巨大な鉄板が留めている。

 穴の底には大量のテトラポッドや大きめの岩が敷き詰められ、水のようにコンクリートを湛えている。

 

 その日、最後にもう一度細かく測量し、全員を遠く退避させた瓜生が、トベルーラで宙に浮き、正確に位置を確認した。

 伸ばした手の先、瓜生の『能力』が開放される。

 定められた空間範囲から、空気が瞬時に消え完全な虚空が生じる。

 億、兆よりずっと上の数ある星々、星間ガスの鉄原子や炭素原子や銅原子が、次々と何億何兆光年の距離を完全に無視してそこに集まり、原子一つの違いもなく設計どおり、規格どおりに積み上がり結合する。プランクスケールより短い時間で。

 排水量十万トン、全長300mに及ぶ巨体が重力波さえ放って出現、瞬時に重力に引かれて、壁に二メートルの厚みで塗られた柔らかなコンクリートにその巨重を叩きつける。

 爆発に等しい巨大なエネルギーが、あちこちでコンクリートを噴水のように吹き上げ、小さな地震すら起こす。

 数分、ゆっくりと揺れてから、無数の巨大な柱に支えられた豪華客船が安定した。岩盤に達する鉄骨に、建造ドックの盤木のように船底を支えられ、海水同様にコンクリートに浮いて。

 安全かどうか、もう十分ほど様子を見てから瓜生は船にトベルーラで飛ぶと、まず水平を見て、一方の舷側近くや船尾にいくつか巨大な鉄道レールを「出し」、水平を何度か確認した。

 それから、出入り口に滑車装置をつけ、頑丈なワイヤーをかけると、コンクリートの海の向こうに待つ仲間たちのところへ飛んだ。

「突貫で、そこの岩場から渡り吊り橋と上下水道を作らないと。徹夜覚悟だ」瓜生はそれだけ言う。

 アロンドもローラも、〈ロトの民〉も〈ロトの子孫〉も、衝撃に言葉を失っていた。

 巨大豪華客船。十階以上ある、長さ300mの壮大な「ビル」。見上げるしかない高さ、退避していた岩山からみればこそ分かる凄まじい巨大さ。

 ラダトームやムーンブルクの城そのものより、長さと高さでは間違いなく上だ。

「さ、コンクリートが柔らかいうちに、管を埋めるんだ。メンテナンスできるよう、あちこちに竪穴を作るのも忘れるなよ」

 瓜生の指示と、出現した大量の、巨大なコンクリートパイプに、なんとか我に返った皆が動き始める。

 砂山に登る蟻のように小さい人々と、ひときわ早く駆ける重機が。巨大な鉄板の上を。

 必要とする膨大な真水を、岩山の上にある泉から船の貯水室へ。下水は傾斜をかけて沼地へ。

 

 約束の朝、ムーンブルク城の王侯貴族に庶民たちも、こぞって城門から見物に来た。

 その数日、爆薬による小さな地震と遠い爆音、そして照明車による夜空の奇妙な明るさに、天変地異か竜王の襲撃か、と不安を覚える人は多かった。

 それほど遠くはないが、いくつかの小高い丘を越える。

 門からしばらくは網の目のような、下水を兼ねた運河を船で。そして貴顕は輿で、庶民は歩いて。

 小高い丘の頂上からそれが見えたとき、全員が衝撃に声を失った。

 石・レンガ・木・泥の建築とは全く異質な、純白の姿。

 全ての窓にはめられた、光り輝く巨大なガラス。

 地面からそそり立つ、鋼の舷側に速乾コンクリートで砂利を盛り上げた、切り立つ壁。

 周囲は、荒く割られた石がコンクリートの上に敷き詰められているだけだが、遠目にはそれも美しい神秘と思える。

 掘り出された大量の土砂が、少し離れた周囲に積まれ土塁となっている。

 何万もの民が。何千の貴顕が。呆然と口もきけず、圧倒的な奇跡を見つめていた。

「さあ、どうぞ!」と、アロンドが王族たちを、貴婦人を、そして貧しい庶民も次々に駆け回りながら誘う。

 明るく、積極的に、自信に満ちて。

 彼の手に肩を触れられた者は、すべて激しい喜びと憧れに満たされ、大急ぎでその後に従う。

 王さえも。

 そして、その一団は丘を越える。

「ここは、前に来たときは岩がひどくて歩けないはず」

 工事で出た岩や砂利を積んで、上に鉄板を敷いて布を張っただけの簡易道。だが、充分だった。

 その道を上がった先、大石がいくつか平行に並び、それを支えに太い鎖が二本平行に、高い壁に囲まれた建物の入り口とおぼしきところに通じていた。

 途中は幾度か、コンクリート柱で支えられて。

 そのワイヤーの間には、木の化粧板がしっかりと張られている。

 おっかなびっくり足をつけ、一歩一歩。少し揺れるが安定しており、そのまま門にたどり着いた。

「ウェルカム・アボード!」

 いつ先についていたのか、〈下の世界〉ではまず見ることのない、華麗な服装に着替えていたアロンドとローラ夫婦が叫ぶ。

 そして、どこからか美しい音楽、楽しい歌が流れてくる。

 レグラントやリレムが三日間、ラスベガスのホテルやディズニーランドのDVD教材を何度も見て選曲した。

 アロンドとローラの後をついて歩く人々はただ、圧倒されていた。

「人の世界ではない」

「なんと言う美しさだ」

 実は全然美しくはない。出したばかりの、『売られている』状態の客船はろくに内装もされていない、簡易塗料や配管がむき出しになっている部分も多いが、それが逆に凄まじい芸術的な装飾にも、何も知らない人々には見える。

 内部も実は古い。巨大だがかなり旧式の豪華客船を選んだのだ、電子装備がほとんど存在しない時代の。

 とにかく、それは奇跡だった。ありえない世界だった。

 それこそ、ロンダルキアの魔神城やありし日のゾーマ城に放り込まれてもこれほどの衝撃はないだろう。

 酒を求めれば瓶ごと渡され、便意があれば案内されて清潔で華麗に装飾されたおまるが出る。水洗トイレは完備しているが、知らない人に使うのは不可能だと瓜生は何度も経験していた。

「いかがでしょうか?まぎれもなく千の部屋があり、三千人がお泊りになれます。数えますか?」アロンドが、まるでたやすいことだったかのように王に言った。

「お、おお……まさしく」

 何が言えよう。

 窓から見える丘には、ムーンブルク城街の全員とも思える、何万もの群衆がこの奇跡を目の当たりにして絶叫し、何百人もの庶民がアロンドやローラとともに巨大な宮殿を歩き回っているのだ。

「さあ、お食事も準備してありますよ」

 レグラントの声と案内で、船内のいくつものレストランやプールサイド、ガーデン、ヘリポートまで皆が誘われる。

 噴水と音楽に彩られた露天では、肉の塊が次々とコークスの炎に炙られている。

 室内レストランでは、まだ設備がちゃんと動いていないがなんとか電源はあるので、冷凍品を電子レンジで加熱調理したピザ・ハンバーグ・フライドチキン・餃子が次々と出る。

 そして、一人一本ずつ配られるウィスキー!山のようなアイスクリーム!

 とうとう、人々の理性が切れた。

 贅沢に溺れ、叫び、ひたすら食い飲む。王族も貴族も庶民もなく。

〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉たちは人獣たちを冷ややかに見ながら、ひたすら養鶏場で餌を垂れ流すように、瓜生が出し続ける食物や酒を運び、与え続ける。

 日が沈むまで宴は続いた。

 何万ものムーンブルクの民たちが集う、丘の向こうでも、工夫された穴のコークスに火が放たれ、何千という牛や豚の、背骨から真っ二つにされた肉が焼かれては削られ、供されている。油煙が濃くたちのぼる。

 王侯貴族が束になっても、まったくかなわない圧倒的な富。それを、ムーンブルクの王侯貴族に人民、事実上全員に見せつけたのだ。

 アロンドはどこにでも出現し、次々と歌い、話し、肉をかじり、ふたを外した強烈で芳醇な蒸留酒の瓶を渡し、誰にとっても親友のような思いを抱かせた。

 それを、警戒できるだけの知性の持ち主などほとんどいなかった。

 

 

「なんと見事な離宮をくれたものか」あらためて大広間で、イリン三世王がアロンドたちを迎える。

 そして、アロンドが連れていた、十数人の生命も絶望視されていた王族の少年少女が、元気な姿で立っている。

 イリン王太子すらも。その姿にも、宮廷の人々や、押しかけている庶民の代表たちが驚きどよめいている。

「アロンド、そなたに水の紋章を与えよう!」

 と、ひざまずくアロンドに、王は一枚の、葉書大の何かをくれた。確かに水の紋章、だがそれはアロンドがすでに持っている星の紋章とは違い、似たような質感に塗った金属板だ。

 アロンドは何も言わず、押戴いた。

「ありがたく拝領いたします。ロト一族の友情の証として」

 と、軽く手を振ると、背後から何人もの屈強の人たちが、膨大な荷物を運びこんだ。

「せめてもの贈り物です」

 それに、王侯貴族たちが目を見張る。

 交易が絶えていたアレフガルドの、美しい布。またアレフガルドでも見当たらない、瓜生の故郷の複雑な紋様で染めた絹や木綿、また華麗な毛織物。

 メルキド産の、魔導師の杖と同様メラを放つことができ、ゾンビキラーに匹敵する切れ味を持つ炎の剣が一ダース。

 美しいガラス器。メノウなどを彫ったもの。木や青銅の彫刻。

 その美しさに、皆がほうっとしていた。

「われらが診た患者たちは、今後とも追加健診と治療を続けさせていただきましょう。また、別の贈り物を陛下に。今後、アレフガルドの港湾は、ムーンブルク王イリン三世王陛下ならびにその直系正統の王の手形のない船は受け容れません」

「そ、それはローラ姫の権利か」

 そう叫ぶサマンエフ王弟をアロンドは無視し、王と王太子に姿勢をただし、敬礼する。それだけで、強烈な存在感がヒャダインのように全員を凍らせる。

「では!」

 背を向けるアロンドに、マリア王女が追いすがろうとしたが、その周囲を群衆が囲んだ。若い貴族たちや民衆が。

 圧倒的な熱気で。王弟や王妃たちの権力をあざ笑うような熱気で。

 

 だが、処理はまだまだ終わっていない。

 その時にも瓜生は何十人か、重機の扱いに慣れた〈ロトの民〉を率いて、先夜の膨大なゴミや糞尿をブルドーザーで埋め立てる。

 それが終わればあちこちに爆薬を仕掛けて爆発させ、その小さい人工地震を精密に測ること、また正確な地図を作ることも始めた。

 予言を使って先にデータを得た以上、測量はちゃんとしなければならないのだ。

 それから何ヶ月も、瓜生は二日に一日は〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉の生徒を連れてムーンブルク周辺を測量し、爆発物をしかけて地震波を観測していた。

 因果も何もないが、それがまあ予言の特殊魔法だ。

 

 ちなみに、豪華客船の千の部屋には千の従業員が必要となる。そんなことのためにいつまでも〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉を縛り付ける気は、アロンドたちにはまったくなかった。

 アロンドたちは、次の日から町や王宮を回り、失業者や貧民を集め、追放された廷臣や罪を得て売春に落ちた元女官などを指導層に、船という大宮殿の使い方を教え引き継がせなければならなかった。

 ただの宮殿とは違い、内装前で最低限とは言え、膨大な配管や暖房設備の扱いも教えなければならない。そして航行がない分燃料消費は少ないが、暖房などには充分使える機関の使い方も。

 その人たちはまた、ムーンペタで注文された鉄の鎖帷子と兜、槍とクロスボウを与えられ、午後は戦う訓練も受けることになる。

「王に力を与えなくては」

 アロンドの言葉を実現するために。

 

 その夜中。王の寝室に、ふっとアロンドの姿が出現した。

 目覚め、衛兵を呼ぼうとした王の体が麻痺する。

「無駄です。みな眠っています。先に、害意はありません」

「も、もう見抜いたのか。だがあれは、王妃がどうしても手放さぬので」

 アロンドが悲しげに、二枚の紋章を並べる。星の紋章と、今日王にもらった水の紋章……明らかに別の素材だ。

「いいのです。魔法使いたちが保証しています、今はこちらが紋章。『ムーンブルク王がアロンドに水の紋章を与えた』それが史実であり、事実なのです」

「で、では」怯える王に、アロンドは少し悲しげに話しかける。

「あなたに力を与えに来ました。王に力がないから、このように長く余計な面倒がかかってしまったのです。まず、これを」

 と、アロンドが腰から長い剣を外し、さやごと王のベッドに置く。そのアロンドの右手には、別の手甲がはめられていた。

「吹雪の剣。昔はアレフガルドでは店で売られていましたが、今はまず入手不能な魔剣です。柄に触れるだけで、十人を氷漬けにできる冷気を放ちますし、切れ味も鋭い」

「な」

「そして、これに手の指を押しつけてください」と、王の手をつかみ、指紋を強引に採取してアルコールを含ませた布でぬぐう。

「これとおなじ指跡のない手形は、今後アレフガルドでは無効です。偽造しても無駄なこと、それを利用して、船から直接税をお取りなさい。そしてその税金を、私たちの作った離宮を今管理している、千人を越える人の給料にすれば、彼らは陛下の直接の兵力となります」

 王の目が見開かれる。

「聞いています。あのあとすぐに、王弟たちが『手形など、ずっと我らで偽造してきた』とうそぶいておられましたね。ですが違います。王ご自身の指が汚した手形以外価値はありません。

 今や王一人でも何十の騎士を倒し、千の兵力を直接支配できます。もう無力ではありません」

 アロンドがじっと、王を見る。

「無力で紙一枚動かせない支配者より、敵であっても機能する王のほうがましです。力を正しくお使いください、過てば自滅するだけです。そして、できましたら王太子殿下を、早めにムーンペタかレアヤさまのところに出してください。ここにいては危うい」

 それだけ言ったアロンドの姿が、ふっと消えた。

 

 ちなみに、アレフガルドの港湾を支配しているのはローラ姫ではない。確かに彼女の生得権だったが、彼女は結婚時に全ての生得権を放棄している。

 といっても、アレフガルドの港はすべて〈ロトの子孫〉の訓練場である。彼らだけでも、採取されたムーンブルク王の指紋を確認し、それを持たない船を拒むことはできる。

 

 

 

 瓜生たちはひたすらムーンブルク城周辺の、事後の測量に汗を流し、また重機の扱いを復習している。

 もとより〈ロトの子孫〉は測量と数学を必須科目として学び、〈ロトの民〉も精緻な水田つくりなど実地でやっている。

 混乱がいつもであるムーンブルク城をあとにしたアロンドは、ムーンブルクから西北西に海に出て懐かしい船に戻り、ハミマと相談していた。

「こちらの、内海にも行かなければなりません。その内海の入り口にある関所から、ベラヌール北に旅の扉で行けます。ただ、ベラヌールはここ数年、アレフガルド同様まったく連絡が取れないのです」

「では内海までお送りしますよ。あなた方、いやムーンペタそのものにも敵を作ってしまったかもしれない、申し訳ない」アロンドが頭を下げる。

「いえ、あなた方の友であることは、明らかにムーンブルクを敵にするより大きい。あの数日で作った離宮。あれは、巨大な船ですね」

 聡明な若い商人の目に、アロンドはうなずく。

 ハミマは深いため息をついた。

「あちこち、見ました。木ではなく鋼でできている船体。隅々まで通る水道管。煙のない照明。船なのにマストも帆も漕ぎ手席もない……この船もです。木に見せかけていますが、何でできているのですか?……どのような神々ですか?」

「神ではない、ただの人間だ、と、その人はいつも言います。その人に聞けば、説明してくれますよ」それがアロンドの言葉だった。

「聞くのが怖いです。もしかしたら、ムーンブルクを力で滅ぼすことも……」

「簡単でした」ウリエルに核兵器を、なくてもギガデインだけで、という言葉を抑える。「王侯貴族全員の弱みは握っていましたから、それで攻めることも。また争いをあおって自滅させることも、乗じることも。民衆を扇動することも。ですが、そんなことをしたら竜にまたがり自滅することになります」

「なんというお方だ……」

 ハミマは落ちこんだように、船室に戻る。

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