笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

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前回のあらすじ:ルプー、第10位階魔法(物理)を発動する。ベートの体力を6割削った。

前回うっかりティオナがレベル1云々とか言っちゃいましたが、【ロキ・ファミリア】は誰もルプーのレベルを知りません。

では、お楽しみくださいませosz




第11話『要求と道化の称号』

 

 

「あれは……!?」

「…火柱…」

 

 ベートとルプスレギナの勝負の行方を見るべく2人の後を追う【ロキ・ファミリア】の団員達。既にその先頭には団長のフィンがおり、アイズと並ぶ形で走っている。ティオネも負けじと追いかけてきているが。

 自分たちの進行方向――中央広場から天に向かって吹き上がる火柱を見て、フィンとアイズのみならずそれを見ていたあらゆる者たちが驚愕の表情を浮かべた。

 

 間違いなく、2人はこの先に居る。驚愕に見開いていた目を鋭くさせ、【ロキ・ファミリア】の先頭集団――途中から置いてかれたレフィーヤは除く――は、程なくして『バベル』の前に広がる中央広場へと出るのであった。

 

 

「……おっ。 お早い到着っすね」

 

「なっ…」

「……うそ…」

 

 そこでフィン達を出迎えたのは、崩れた噴水の瓦礫の上に座るルプスレギナと、仰向けに寝かされているベートであった。ルプスレギナは先ほど見た時と何ら変わらず、メイド服も杖も素肌に至るまでが傷一つない。対してベートも傷らしきものは見当たらないが、ブーツは痛み衣服は破れと満身創痍であったことがよく理解できる。

 

 どちらが勝ってどちらが敗れたのか、その瞬間を見ることこそ叶わずとも、よく分かった。引き締めた表情で【ロキ・ファミリア】の全員がルプスレギナを見据える中、友好的な笑みを崩すことのない彼女にフィンが口を開く

 

「……ベートは、無事なんだね?」

 

 傷らしきものは見当たらないとはいえ、眠っているベートの安否を確認するのは団長として当然だった。首肯によって返答されれば全員の緊張感がほんの僅かにだが緩み、やがてガレスとリヴェリアがベートのもとへと歩み寄る。

 

「…ふむ、怪我はない、か…キミが回復を?」

「そっすよー、多少の怪我ならちょちょいのちょいっす」

「ほう…ポーションなどを所持しておらんかったことから察するに、治癒魔法か」

 

 ガレスの言葉を耳にして、ティオネ達はざわついた。目の前のメイド服の女は、ベートと正面から戦りあえる身体能力を持つ上に治癒魔法…そして、先ほどの火柱が魔剣などのアイテムでないならば攻撃魔法までもを所有していることになるのだから。

 

 

 とどのつまり、この時点でルプスレギナは2つの魔法を使えることが【ロキ・ファミリア】の面々に割れてしまったわけで、ヘスティアとの約束を守るならば、公の場で使える魔法はあと1つだけということになるのだが…ベートが《フライ/飛行》の記憶をなくしてくれることを願うとしよう。

 

 

……

 

 

「なんやなんや、もう終わってもーたんか!?」

「ロ、ロキ様いい加減に降りてくださいぃ!!」

 

 ベートを回収し、ルプスレギナと対峙した状態を維持する【ロキ・ファミリア】のもとにレフィーヤと、彼女におんぶされた状態のロキが現れる。「ぐふふ、ええやんええやん」などとレフィーヤの肩を揉み、さりげなくその手を下に移動させようとするロキにレフィーヤは「もう知りません!」と両手を離してロキを落とした。

 

「あたた……んで、結果はどうなったん? …って、聞くまでもなさそうやな…」

 

 ごつんとぶつけた後頭部を摩りながらも立ち上がったロキは、ガレスが俵担ぎにしているベートと確かに自分の足でその場に佇むルプスレギナを交互に見てすぐに勝敗の行方を察する。無論易々と信じられるものではないが、信じざるを得ない。

 

「ルプスたん、自分はホンマ何者なんや? 自分みたいに綺麗で強くて綺麗な子、例え都市外からきたとしても名前も顔も知らんなんちゅうのはありえへん」

「わざわざ2回も容姿を褒めてくれるのは嬉しいもんっすね。例えどこだろうとやっぱり情報ってのは重要じゃないっすか。特に大事なのは、自分の情報を如何に隠し、他者の情報を手に入れるか。それが上手い人であれば、自分の実力を隠して無名のままこの都市に来ることも出来るんじゃないっすかね」

 

「ルプスたん自身もそのクチやと言いたいんか?」

「…さぁ、どうっすかね」

 

 ロキは細めていた目を僅かに開き、ルプスレギナは丸い目を逆に細める。無言で互いの目を見つめあい、やがてどちらともなくフッと笑みを零すと、その後ルプスレギナは手を叩いて乾いた音を響かせる。

 

 

「はいはい、そんじゃ私が勝ったわけっすから、“3つの要求”、させてもらうっすよ」

「…っ」

 

 きたか、とロキは息を呑んだ。ロキ同様緊張感の走るフィン達を眺めて満足そうに頷いたルプスレギナは、更に彼らを驚かせる発言をする。

 

「それじゃあ、()()()…」

「ちょ、ちょっと待ちぃ!!」

 

 すかさずロキが待ったをかけ、わざとらしく首を傾げたルプスレギナに詰め寄る

 

「“皆”!? “皆”やと!? おまっ…うちら全員に命令する気なんか!?」

「は? そうっすけど? 私、あの時言うこと聞くのは当事者だけだなんて一言だっていってないじゃないすか」

「な、んやと…?」

 

 言うことを聞くのは【ファミリア】単位だなどとも一言だって言っていなかったが、敗者の言葉はもはや勝者には届かない。眼前で微笑む美しい女の姿が、しかし【ロキ・ファミリア】の面々には悪魔の如き禍々しいものに映っていた。

 

「まぁ、まずは聞くだけ聞いてほしいっすよ。そんで納得できないのなら、次は他の子とも喧嘩してもいいっすよ?」

「っ…」

 

 からからと何でもないように笑うその顔を睨もうにも、きっと彼女には意味はあるまい。どのみち、これは戦争遊戯(ウォーゲーム)ではなくてただの喧嘩なのだ、ファミリアの解体のような『ギルド』が動かざるを得ないような命令は下さない…筈。全員が悔しそうに口を噤む中で、三日月を描いたルプスレギナの口が命令を告げる

 

「それじゃあ1つ目。“今日の喧嘩の結果は此処に居る者たちだけの秘密とし、外部には一切漏らさない”こと、2つ目は“【ロキ・ファミリア】はこのまままっすぐ本拠(ホーム)に帰り、夜が明けるまで外に出ないこと”、3つ目が…」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ったぁー!!」

 

 またもや途中でロキに待ったを掛けられ、眉を顰めたルプスレギナにロキはさらに顔を近づける。

 

「そ、そんな次々と命令せんと、ちゃんと理由を説明してくれんか? なんやねん最初の命令。()()()()()でええんか!?」

「む、そんなことってなんすか、そんなことって。 これは厳命っす。“かんこーれー”ってやつっす。艦隊をコレクションする方じゃないっすよ?」

 

 後半の意味不明な言葉はスルーしたとして、ロキは思考に耽る。確かに今回の一件を秘密にしてくれるのは、【ロキ・ファミリア】としては大いに助かる。レベル5の冒険者が酔って喧嘩した挙句負けるだなど、醜聞でしかないからだ。ベートが無名の冒険者を相手に喧嘩をしたという事実こそ多くの野次馬が目撃しているが、その勝敗はこの場にいる自分たちしか知らないし、決着の瞬間に至ってはベートとルプスレギナしか知らないのだ。仮に自分たち以外の者が見ていたとしても酔っぱらいの戯言ぐらいにしか捉えられず、単なる噂で終わるだろう。それに…

 

「“此処に居る者たち”っていうのは、つまり君自身も入るのかい?」

 

 リヴェリア達数名が気付いていたことを代表してフィンが尋ねると、ルプスレギナは首肯して。

 

「勿論っす。そもそも今回のは単なる()()()()()()()()()()っすから、そんな大々的に取り上げるほどのものでもない筈っすよね?」

 

 なるほど、彼女が度々“喧嘩”というワードを強調していたのはこういうことか。正式な勝負ではなく、互いに酔ってしまったが故の喧嘩となれば、他所からの追及も多少は抑えられる。それでも『ギルド』には厳重注意をされるとは思うが…

 

 

「ほな、次に2つ目やけど…これは、()()()()()()()?」

「いいっすよ。まっすぐお帰りくださいっす」

 

 2つ目の命令…“ホームにまっすぐ帰れ”という内容にどのような真意があるのか、ロキはすでに察している。ちら、と向けた視線は壊れた噴水に、抉れた地面。ここに来るまでもベートとルプスレギナの全力鬼ごっこの影響で床や魔石灯が壊れてしまっていたのを確認していた。あれらをあのまま放置すれば、例え酔っぱらいの喧嘩と言えど『ギルド』から苦情とペナルティを受けることになるだろう。だからこそ、ロキとしては勝敗に関係なくここに来るまでに壊れた床などの修繕は【ファミリア】が行うと申し出るつもりだったのだが

 

「自分が直すんか?」

「…どうっすかね?」

 

 やはり、本音は語らないか。神は嘘を見抜くことは出来るが、本音を見抜くのとは違う。今のようにどちらとも取れる発言をされてしまってはどうしようもない。きっと言及しようにものらりくらりと受け流されるだけだと判断し、ロキは軽く肩を竦めた。

 

「…で、3つ目は何なんや?」

「あぁ、それじゃあ3つ目っすけど――

 

 

 

 

    ――…3秒間目ぇ瞑ってて貰っていいすか?」

 

 

「「「「……は?」」」」

 

 最後の命令は、流石に全員意味が分からないと目を丸くした。それもそうだろう、突然3秒目を瞑れと言われてその真意を見抜くにはあまりにも情報が少なすぎる。いくら彼女と言えど、3秒間でこの場にいる全員を倒すだなんて不可能だし、果たして何をする気なのか。

 

「んじゃ、いくっすよ~。 さーん…」

「ちょい待ち」

「…またっすか?」

 

 これで3回目。流石に機嫌を下降させるルプスレギナであったが、ロキは努めて無視する。3秒間目を瞑らせて何をするのかはわからないが、もしもその間にこの場から離れる、などだった場合次に話を聞く機会がいつになるかわからないからだ。周り諄い真似はせず、ロキは率直に尋ねた

 

「自分、今どこの【ファミリア】所属なんや?」

 

 正直、これは『ギルド』で聞けばすぐにわかる事だろうが、本人が目の前にいるのなら直接聞くのが一番だ。

 ルプスレギナ自身、これは黙っていたところですぐに知られるだろうと判断し、佇まいをより綺麗なものに直して微笑んだ

 

 

「私は現在、慈愛の女神ヘスティア様にお仕えさせていただいています」

「なっ…ドチビんとこやと!!?」

 

「……()()()?」

 

 ロキからすれば思いもよらない名前が出てきて、声を荒げてしまった。一方でルプスレギナも、ロキの発言にピクリと反応を示す。間違いなくロキとヘスティアには面識があるようだ。だが、果たして2人の関係が良好なものなのかどうかはわからない。故に自らの主神の身体的特徴からつけているあだ名を、あくまでも愛称として受け取ることでなんとか気分を落ち着かせた。

 

「考えられへん…ドチビんとこは零細ファミリアの筈やろ。なんでルプスたんみたいな子がおんねん……なぁ、ルプスたん、改宗(コンバージョン)の予定とかないか?」

 

 改宗(コンバージョン)…エイナとの講座でその言葉の意味は知っている。早い話が【ファミリア】を鞍替えするということだが…ふっと小さく笑い、ありえないとかぶりを振る。

 

「申し訳ございませんが、この都市において私の忠誠心はヘスティア様のみに捧げられております故、何卒ご理解くださいませ」

 

「ぐぬぬぅ…ドチビめぇ…めっちゃええなー!!」

 

 この神様はよくもまぁころころと表情を変えるものだと自分(ルプスレギナ)を棚に上げて思いながら、勧誘に乗る気はないと断言しておく。

 

「……っ…あァ…? ここはどこだ…?」

「むっ、ベート、目を覚ましたか?」

 

 ふと、ガレスが担いでいたベートがうっすらと目を開けたのが視界に入る。不味いな、このあと自分がやろうとしていることを考えると、彼の五感は面倒だ、こうなったら…

 

「そ、それじゃあルプスたんのレベルは「そんじゃもういくっすよ? はい目ぇ瞑って~!!」…ぐぬぬ…」

 

 ルプスレギナはなおも食い下がろうとするロキの言葉を遮った。全員少し慌てるも、ちゃんと此方の言葉に従い目を瞑ってくれる

 

 

    ――さ~ん……に~い……バキィ!!! 「ギャンッッ!!?」

 

    …いち~……!!

 

 

 

 

    …………?

 

 

「……え?」

「あれ、嘘…」

「き、消えたっ!?」

 

 目を開けていいと一向に声を掛けられる気配がなく、しかしもう3秒経っているのだから大丈夫だろうと目を開いた者たちから順番に動揺が広がる。

先ほどまで目の前にいたはずのルプスレギナの姿が、忽然と消えたからである。

 

 忙しなく周囲を見渡すティオナやレフィーヤ。顎に手を置き思考に耽るフィンやリヴェリア。()()()()()()()()()ベートを担ぎ直すガレスなど各々のリアクションを取っていた中で、唯一アイズだけが崩れた噴水をじっと見つめているのであった――

 

……

 

 

 低レベルの団員たちと合流し、【ロキ・ファミリア】のメンバーは大人しく自分達の本拠(ホーム)である『黄昏の館』へと向かい移動をしていた。喧嘩の決着を知らない若い団員たちはみな、この話題を出したら不機嫌になるであろうベートが気絶しているのを良いことにルプスレギナに関する話題を口にしている。

 

「あっはは、ベートが目を覚ましたらこの話出来なくなると思って、今のうちに喋るつもりみたいだねー」

「まっ、私たちはベートが寝てようと起きてようと関係ないけど」

「あ、あはは…それにしても…あの方、本当にどこに行ってしまったのでしょうか…」

「……」

 

 先頭を歩く集団の中で一際輝く華。ティオナとレフィーヤもルプスレギナの事が気に掛かっていた。ティオネも興味はあるようだが2人に比べると多少弱く、アイズは終始無言で2人の会話を聞いている。姦しいという程ではないが、やはり男よりも高く通る声はすぐ前を歩いているフィンの耳にもよく届いており、クスリと零した笑みに彼を慕うティオネが飛びつく

 

「団長! どうかなさいましたか!?」

「…あぁ、いや。彼女はやはり大した女性だと思ってね」

「…? それは、強さみたいな意味で?」

 

 多少引き気味ながらも普段と変わらず接するフィンの言葉に、今度はティオナが反応を示す。すると今度は、一番先頭を歩いていたロキが「それだけじゃないで」と言葉を紡いだ

 

「あの娘、そうとうの切れ者やで」

「えー、そうかなー? なんか、そういうタイプには見えなかったけど…」

「アンタがそれを言うの…?」

「あ、あはは…」

 

「ちょっ、どう意味よティオネー!! レフィーヤも、なんで苦笑いなのー!?」

 

 わいのわいのと騒ぐティオナに小さく溜息を零したリヴェリアは、視線をロキに向ける。ロキは小さく頷いて言葉を続けた

 

 

「思わんか? 【ロキ・ファミリア】にとってあまりにも魅力的な2つの命令の真意を問いただすことに躍起になって、ルプスたん自身の事を聞くんが遅くなりすぎたと」

 

 それこそ最初に問いただしたが、それらしい言葉で流され、追及する機会も失った。

 

 

「……でも、ファミリアとか魔法の事は知れたじゃないの」

「そんなもん、『ギルド』に行けばいつでも知れるし、魔法の存在もすぐ公になるやろ。ただ、あの子ん素性とか、魔法に関しても『治癒魔法』と…『魔法と思わしき火柱』程度の曖昧なもので、詳しい情報がまるで分からん」

「そうだね。それに、“ただの喧嘩”とあそこまで強調されたうえ、怪我の1つも残ってなかったんだ、謝罪や治療の為に黄昏の館(我々のホーム)に招こうとしても彼女はそれを拒否するだろう」

「招いて探りを入れるという行動も封じられていたわけか」

 

 ロキ、フィン、リヴェリアと順番に喋るのを大人しく聞く【ロキ・ファミリア】の面々。

 

「ふふ、なにも彼女を館に招くのは探りを入れたいからというだけじゃないけどね」

「団長? それってどういう意味でしょうか?」

 

 再び笑ったフィンに自然と頬を赤く染めながら、ティオネは首を傾げる。だが彼女はこの後、こんな質問をした自分を呪った

 

「なに、簡単さ。彼女を是非(【ロキ・ファミリア】に)迎え入れたくてね」

「………ぇ」

 

「ほう…」

「ふむ…やはりそうなるか」

 

 どこぞの最上位悪魔に時間でも凍結させられたの如く固まるティオネを余所に、やはりかと頷くリヴェリアとガレス。

 ベート以上の実力を持ち、且つ強力な治癒と攻撃魔法が使える…たった一度ロキが勧誘に失敗したくらいで、フィンが諦めるはずがなかった。

 

 周囲もフィンの発言に驚きこそしたものの、すぐにその意味を理解し納得する。ただ、唯一その言葉の意味を(本人にとって)悪い意味で受け取ったティオネは、ハイライトの消えた瞳で考える。先ほど、2度に渡って団長が零した笑み…あれは、ただ1人に向けられたものだったと大きな誤解が彼女の中で生じた

 

「だ、だ、…団長の、光り輝く笑顔をいただくなんて…あの女(ルプスレギナ)ァ…何てこと……!!」

「うわー、面倒なことになりそうな予感…」

「ア、アイズさん…ティオナさん…と、止めた方がいいんじゃ…」

「ごめん、無理」

「…私も、流石に無理かな…」

 

 背後でメラメラと炎を上げ、岩石を容易く砕く拳を震わせるその姿は団員たちを畏怖させる。思考に耽る首脳陣が全く気付いていないのは幸か不幸か…いや、完全に不幸だ。取り敢えず今にも中央広場に戻りそうなティオネを必死に説得するレフィーヤを、全員が心の中で応援をしていた。

 

 

「……くくっ」

 

 そんな団員たちを横目で眺めて小さく笑い、ロキは両手を後頭部で組みながら再びルプスレギナの事を考える。天真爛漫な笑顔の似合う友好的な姿と、美の女神の如く妖艶で大人びた笑みを浮かべる姿、凛と佇む完璧なメイドとしての姿と…ほんの僅かな間見せた、他者を嘲る凶悪な姿。時と場合に応じて完璧に姿を変え真意を悟らせず対峙した相手によって善にも悪にも成りえそうな彼女に、ロキが抱いた感想は1つだ。

 

 ――舞台に居ても居なくてもその場を引っ掻き回す、厄介な悪戯者。

 

 …よもや、自分が下界の子にそう評価を下すとは思ってもみなかったが。

 

 

「…ルプスレギナ・ベータ…とんでもない道化者(トリックスター)やな」

 

 

……

 

 

「……ふぅ…なんとか帰ってくれたっすね」

 

 あれから程なくして、フィンとロキの一言をきっかけに【ロキ・ファミリア】は全員ホームへと帰っていった。移動を始めるまで、何故かアイズだけがじっと此方のほうを見ていた時は《完全不可視化》が掛かっていないのかと焦ったものの、それ以外の団員たちが此方に気付いた様子はないので、きっと偶然なのだろうと納得する。

 

 周囲に誰もいないのを確認したうえで《完全不可視化》を一旦解除したルプスレギナは、腰掛けていた噴水から離れるとそちらに振り替える。記憶した限り、ここにたどり着くまでに壊れた床や魔石灯の数は十数ちょい。1時間と掛からずに《グレーターリペア/上位修復》で直せるだろう。それよりも…

 

 つい、と視線は噴水から『バベル』…否、正確には地下のダンジョンへと向けられる。“彼”の匂いは間違いなくあの中に向かっている。なんとも無謀なことだ。すぐにでも迎えに行きたいところではある。しかし、それは彼の決死の覚悟に水を差すことにしかならないだろう。ならば、今に関して自分がすべきは彼のもとに行くことではなく、大人しく帰りを待つことか。

 そして、彼を迎えたうえで今度こそは…杖を持つ右手に無意識のうちに力が入る。

 

 

「っと…雨っすか?」

 

 ぽつり、ぽつりと降り始めた雨に緩慢な所作で首を振り、ルプスレギナは本降りになる前にと噴水に修復の魔法を掛け始める。途中、妙な寒気に2()()襲われた気もしたが、気のせいだろうか。

 

 

……

………

…………

 

 

「(体の感覚が無い……僕は、どこを歩いているんだろう…)」

 

 幽鬼の如き足取りで、今にも崩れ落ちそうな体を必死に動かしながら少年は自問する。真っ白な髪は自分のものなのかモンスターのものなのかも分からぬ血によって赤く濡れ、まともな防具など一つも付けていなかった彼自身の姿はボロ雑巾のようになっている。満身創痍、という言葉も今の彼を表す言葉としては物足りない。

 

 確か、自分は上層を目指して歩いていたはずだ。現に、出現するモンスターはゴブリンやコボルトだけになっている。【ステイタス】が謎の急上昇を始めた本来のベルにとってはもはや大した脅威とは呼べなくなった存在も、今のベルにとっては厄介なことこの上ない。それでも無事、此処までベルはやってきていた。そして、彼は気付く

 

「(階段……僕は、今階段を上がっているのか…)」

 

 鉛よりも重たくなった足を一歩一歩動かしながら、自分が階段を上がっているのだということをかろうじて理解する。ぎこちなく顔を上げ、光が視界に映れば地上は目の前だと悟った。彼の脳裏には今、2人の女性の姿がある。

 

 自分に恩恵(ちから)を与えてくれている、大切な女神(ヒト)。自分のような頼りない存在について来てくれた、太陽のように明るい人狼(ヒト)

 

 そして――新たに浮かび上がったのは、一際鮮明な光を放つ憧れのあの女性(ヒト)

 

 

 ベルは、地上から差し込む光に手を伸ばす。体中が上げる悲鳴を必死に抑え込み、ファミリア(かぞく)が待つホーム()に帰るんだと自分に言い聞かせ…しかし、そんな感情とは裏腹に動くことを拒否した右足によって、前のめりになってしまった。

嗚呼、倒れたらもう立てない――左足で踏ん張ろうにも力が入らない――正確な時間はわからないが、この静けさから考えるにまだ早朝か。誰かが自分を発見してくれた時、果たして自分は――

 

 

 

 

    ――柔らかく、暖かなものがベルの体を受け止めたのはその時だった

 

 

 

 

「………ぁ」

 

「おかえりっすよ、ベルっち。 無茶したっすねぇ」

 

 崩れ落ちそうになった体を正面から支えてくれたのは何だ…いや、誰だ。掠れた視界が捉えたのは、特徴的な帽子と赤髪、そして明るく、それでいて此方を慈しむような笑顔であった。たとえ鮮明にその姿を映すことが出来ずとも、ベルにはそれが誰なのかが分かった。自分を『ベルっち』と呼ぶのはこの世で一人だけだし、耳に届く声も聞き間違えるはずがない。

 

「ルプスレギナさん…どうして、ここに…?」

 

 拒絶などの意味ではなく、純粋な疑問。なぜ彼女が此処に居るのか、その理由が分からなかった。ルプスレギナにもたれ掛かっているベルには見えていないが、そんな疑問にルプスレギナはきょとんとした表情を浮かべていた。

 

「どうしてって…私の種族忘れちまったっすか? ベルっちがあの酒場からまっすぐここ(ダンジョン)に来たのなんて、すぐにわかったっすよ」

「はは…そうですか…すみません…ご迷惑、掛けちゃって…」

 

「構わねっすよ。どのみち、五感に頼らなくてもベルっちならここに行くだろうとは思ってたし、こうして待ってたのは私の意志っす。謝るなら、ヘスちゃんに謝った方がいいっすね。…一晩中なんて、ヘスちゃん今頃一睡もせずに私たちの事探してるかもしんねっすよ」

 

「……そう、ですね…神様に、謝らないと……」

 

 ベルを待つ片手間にヘスティアのところへと行くことも出来ただろうが、ルプスレギナは敢えてそれをしなかった。彼女に謝るのは、ベルの仕事だ。まぁどのみち、自分も自分が心配かけさせた分は謝るつもりだが。

 

 

「ルプス、レギナさん…僕…僕、は…」

 

「……」

 

 ぽつりぽつりと零れる声に、ルプスレギナは黙って耳を傾ける。

 

 

 

   「……強く、なりたいです…」

 

 その言葉を最後に、ベルは意識を手放し完全に脱力する。だが、今ルプスレギナはベルの決意をしかと聞いた。背中に回していた右手で頭を撫で、口元に笑みを浮かべる。先ほどまでの喧嘩の最中などに浮かべていた獰猛で禍々しい笑みではない、仲間に向ける柔らかな微笑みだ。

 

 

「…それじゃあ、帰るっすかね。 ベルっちが寝ちゃったから、まずは起きてる私がヘスちゃんに怒られそうっすよ」

 

 やがてその表情はいつものような軽い笑みに変わる。気を失ったベルから返事はないが、ルプスレギナは気にしない。自身よりも僅かに小柄なベルを横抱きし、《大治癒(ヒール)》を唱えて歩き出す。

目指すは神様(ヘスティア)の待つ廃教会。焦らず騒がずゆっくりと、少年を抱きかかえた女の姿は『バベル』から離れていくのであった。

 

 

…………

………

……

 

 

 地上から天に向かって吹き上がった火柱を、窓際に立ち()()()()2つの影。

 

 銀髪と、それと同じ色の瞳に喜悦を浮かばせる、“美”の体現者とも呼べるような女は、ぞくぞくと震える体を自身の両腕で抱き締め、既に潤んでいる唇を舌で舐める。

 

「―――あぁ…素敵。素敵だわ…なんて美しいのかしら…」

 

 『摩天楼施設(バベル)』最上階に位置するこの部屋からでは、地上で上がった巨大な火柱もあまりにも小さく映る。その火柱に大きく係わる人物の姿となるとなおさらだ。しかし、彼女にはまるで関係なく、眼下で起こった出来事の一部始終を観戦していた。

 

()()()()()()も、そして彼女も、とても欲しい…でも、まだ我慢、ね」

 

 絶世の美貌を誇る彼女――美の女神フレイヤがその気になれば、見初めた冒険者を篭絡し自分のものにするのは容易いこと。実際に今までもそうやって何人もの冒険者を手に入れてきた。だが、今回はそうはしない。趣向を変えて影ながら見守ろう、あの少年と、彼女の成長を。

 

 クスリと笑みを零し、ふと視線を移した先に居る人物を見据える。その身を包む岩の如き筋肉の鎧と2Mを超す身長。そして頭に生えた猪耳が特徴の獣人の男だ。自分の隣に並んで共に観戦する許可を得ていたその人物の瞳を覗き込んだ時、フレイヤは「あらあら」と嬉しそうに零す。

 

「ふふふ…貴方のその目、とても久しぶりに見たわ。オッタル、彼女が気になるのね?」

「はい、あの者は()()()()()()。恐れながら私にはフレイヤ様のように()()()()()()ことは出来ませんが、あの者が異質であることはわかります。 …一体、何者なのでしょうか」

 

 フレイヤが覗き込んだオッタルの表情は、いつもと変わらぬ引き締まったものである。しかし、その瞳の中で爛々と燃える火のような感情を読み取ることは、彼女にとって容易いものだった。そして、フレイヤの言葉にオッタルは隠すことなく首肯する。忠誠を誓う女神がありながら他の女に目を奪われるとは何事か、と同僚の一部には責められるかもしれないが、()()()()()()ではないことは彼の様子から明らかだ。

 

 迷宮都市最高レベルの7。名実ともに都市最強の冒険者である【猛者】オッタル。最強となり、自身の所属するファミリアの同僚以外で自身の闘争心を掻き立ててくれる者が居なくなってから大分久しかったが…今、彼の眼下にはそれを叶えてくれそうな存在が居る。ただ…オッタルには、眼下――常人には豆粒ほども映らぬほどの遥か下に居るウェアウルフと思わしき女の正体がわからなかった。

 

 そしてそれは、オッタルも驚くべきことに自身が絶対の忠誠を誓う女神にも分からぬことらしい。頬に手を当て、かぶりを振るその姿に、オッタルはほんの僅かにだが瞠目する。それもすぐに元通りになったが。

 

「分からないわ…分からないの。 本来ならばあり得ない、“白”と“黒”の魂の共存。混ざり合って濁る(グレーになる)ことなく、確かに2つとも存在してる。少し、“白”の方が多いようにも見えるけど」

 

 悠久の時を刻み、数多の魂を見てきたであろう彼女からしても過去に例のない存在。彼女の全てが知りたい、今すぐ欲しいという強い欲求をなんとか抑え、フレイヤは妖麗に笑うのだった。

 

 

「ああ、あの子も、彼女も、私のモノ……その時が来るのが待ち遠しいわ…」

 

 






おめでとう! ルプーは“道化者”の称号を手に入れた!

残念! ロキは男だと思われたまま終わった!

《完全不可視化》に、【ロキ・ファミリア】の数名が気付いている模様!

ルプーは大々的にヘスティアに忠誠を捧げていると宣言! 忠誠度が上がった!

ルプーはベルの覚悟を聞いた! 親愛度が上がった!

ストーカー神がアップを始めたようです。


…まとめるとこんな感じです。
ご意見、ご感想お待ちしておりますosz

三の丸様、誤字報告ありがとうございます。
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