笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか? 作:ジェイソン@何某
ようやく第2章の始まりです。そして喉が痛いです。これからが忙しいっていうのに、夏風邪には気を付けないと…;;
第15話『ドレス騒動とミア母さんっす』
早朝、丸一日を睡眠に費やしたベルは、目を覚ますと目の前に飛び込んできたヘスティアの寝顔に驚いて絶叫し、その大声によってまずヘスティアが。そして、ソファーの上で仮眠を取っていたと思わしきルプスレギナが目を覚ます。
2人を起こしてしまったベルの謝罪から始まった一日は、まずベルの【ステイタス】更新の内容でひと騒動起きる。いつも通り上を脱いだベルがベッドにうつ伏せになり、ヘスティアが腰のあたりに跨って
まぁ、ぶっちゃけルプスレギナはどれだけ近くで見ようとも【神聖文字】が読めないのでどれがどれだか…数値にしたって、それが凄いのかどうかわからないし。ただまぁ、ヘスティアの数値を見る限りは凄いのだろうと納得しておく。
…
……
その後、ヘスティアは羊皮紙に書き写すのではなく口頭で更新後の【ステイタス】をベルに教えた。やはりその成長ぶりは凄まじいようで、それを聞いたベルも目を見開き固まってしまっている。
「――…とまぁ、熟練度が物凄い伸びてるわけだね。何か心当たりはあるかな?」
十中八九明け方までダンジョンに潜っていた影響なのだろうと分かってはいるのだろうが、敢えてヘスティアはそう尋ねた。対するベルは、なんともばつが悪そうに頬を掻き。
「い、一応…一昨日は6階層まで行ったんですけど…」
「なるほど、妥当なところっすね」
「ぶぅっ!!? そ、そんなわけあるかーっ!!?」
6階層と聞いて浮かび上がってきたのは、爪の生えた影のようなモンスター。なるほど、確かに
噴き出して此方の言葉を否定したヘスティアに、ベル共々説教されてしまった。
説教はほどほどにヘスティアは、やはりベルのスキルである【
まぁしかし、スキルの存在を隠すという点に関しては同意している以上、ルプスレギナも余計なことは言わない。そして…
「…お願いだから、僕とルプスレギナ君を置いていかないでおくれ」
打算ではない、純粋にベルのことを心配しているが故の言葉。それはベルに効果覿面だったようだ。はっと目を見開き、何かを思い出すかのように目を瞑って俯いたベル。それを見つめるヘスティアとルプスレギナも口を噤み、暫し静寂が部屋の中を支配する。
「……はいっ」
やがて顔を上げたベルの表情に、ヘスティアとルプスレギナは緊張を緩めた。その顔を見ただけで、彼はきっと…いや間違いなくヘスティアとの約束を守るだろうと、強く確信した。
「無茶しません。強くはなります。そのために頑張って、努力はしますけど…でも、お2人のことを置いていったりしません。心配させたりしません」
その言葉に、ヘスティアとルプスレギナは互いの顔を見据え、やがてにっと笑って頷きあうと、その表情をベルにも向ける。
「うん、その言葉が聞ければボクは安心だよ」
「そうっすね。私も安心して、サポート出来るっすよ」
「…サポート?」
ふと、ルプスレギナの言葉が引っ掛かったかベルは小首を傾げた。その反応を予期していたかのようにヘスティアは笑みを深めると、『聞いて驚けベル君っ!』と立ち上がり。
「なんと、今日からルプスレギナ君もダンジョンに潜れるようになったんだ! これで、君はもう
「え…えぇっ!!? ほ、ホントですかっ!?」
「ホントもホントっすよ。これから私が付いてくるからには、ベルっちの今後も安泰っすよ!」
キラーン、と歯を光らせてサムズアップするルプスレギナに、ベルは心底嬉しそうに身を乗り出した体勢のまま瞳を輝かせる。
「私が居れば多少の怪我なんてすぐ治せるっすよ。勿論、だからといってさっきの約束をおざなりにはさせないっすけどね」
「は、はいっ! それは勿論…!」
「ん、なら良しっす。今日からよろしくお願いするっすよ」
「はい! よろしくお願いします、
「ル、“ルプーさん”!?」
「「…え?」」
この流れで、更にもうひと騒動が起こった。ベルのルプスレギナに対する呼び方が変わっていることに気付いたヘスティアが、微笑まし気に2人の事を見ていた表情から一変して鬼気迫るものとなり、ルプスレギナに詰め寄ったのだ。
「ルプスレギナ君、どど、どういうことだいっ!? ま、まさかルプスレギナ君まで、ベ、ベ、ベル君の事ぉ…っ!!?」
「…あー…」
ベルに聞かれぬよう極力声を落とし、しかし語尾はしっかりと強めて詰問する。そして、その際にヘスティアが口にした“ルプスレギナ君”という呼び名に、今更ながらルプスレギナはずっと忘れていた事を思い出したようだ。
「…ヘスちゃん」
「…なんだい?」
「私の事は、“ルプー”って呼んでいいっすよ」
「………へ?」
てっきり“ルプー”と愛称で呼ばせているのはベルに対する好意の表れだと勘違いしていたヘスティアは、まさかの言葉に固まった。そしてその言葉の意味、このタイミングで切り出された理由などを時間をかけて考えて…答えに至る。
「…君、もしかして…
…ボクにそれを言うの忘れてたのかい?」
………えーと…
「…てへ!」
可愛らしく舌を出すその態度に確信した。いや、別にこれはそんな怒るほどの事じゃないのは分かってるんだが、どうしても頭に浮かぶ、先ほどの自分の慌てよう。その姿ときたらまさに…
「も…」
「「も…?」」
「もぉ~~~!!! ボク、とんでもない
「あっはっはっは、いや~メンゴメンゴっすよ」
「ちょっ、神様!? 一体どうしたんですか急に!? 何を話してたんですか!?」
ツインテールが重力に逆らい、叫ぶヘスティアの感情に合わせて蛇のようにうねる。そして、
「…それじゃあ、本当に…ほんっとーに、“ルプー君”はまだ更新しないってことでいいんだね?」
「そっすね。更新はダンジョンから帰って来てからでお願いするっすよ。いやぁ、わくわくっすね」
なんだかんだでヘスティアも“ルプー”と呼ぶようになったところで早速彼女の【ステイタス】も更新しようとしていたヘスティアであったが、ルプスレギナ自身に『それは帰って来てからで』と言われてしまう。
……実のところ、このやり取りはルプスレギナと事前に打ち合わせて行っているものだ。なんせ、今彼女の【ステイタス】を更新するのはマズイということを知っているからである。
そんなわけで、ルプスレギナとベルは早速ダンジョンへと向かう準備を始める。その姿を見て小さく苦笑し、『ベル君、くれぐれも引き際を間違えないでくれよ? 君は病み上がりで、ルプー君はキミよりも新人なんだから』と念を押す。
「はい、勿論ですっ! ……あれ、神様? 神様も、お出かけですか? もしかして、バイトですか?」
元気良く頷くベルにえくぼを作ったヘスティアもまた、やがて出かける準備を始める。その姿に疑問符を浮かべたベルが問いかけると、ヘスティアはびくりと肩を跳ね上げ、困ったように頬を掻く。
「いや~…その…ちょ、ちょっと“服”を買いに、ね。友人の開くパーティに参加するからさ、多分何日か留守にすると思う」
「…? そんなに長いパーティなんですか?」
「えっ? いや、その、パーティ自体は今日の夜だけなんだけど…まぁその、なんというか…」
まさかのツッコミに分かりやすいほど狼狽するヘスティア。いくら鈍感なベルであってもここまで露骨に動揺されると何か隠しているのではと訝しむが、2人の間にニコニコと笑顔を浮かべたルプスレギナが割って入った。
「まぁまぁベルっち。ヘスちゃんにも沢山の
「っ、そうそう! その通りだよ! 何日か、と言ったって何週間も留守にするつもりはないからさ、あまりに気にせず行っておいでよ」
「…そう、ですか? 分かりました、それじゃあ行ってきます、神様!」
「うん、行っておいで!」
これ幸いとルプスレギナの言葉にブンブンと首を縦に振るヘスティア。まぁ実際ルプスレギナの言うこと自体は間違いではないし、細かい部分を内緒にしただけで嘘ではない。やがてベルもそれに納得したように頷くと、ぺこりと頭を下げてから外へと通じる扉に向かう。
当然、ルプスレギナもベルの後を追い扉に向かうが、途中でゆっくりとヘスティアへと振り返った。
「…ヘ~ス~ちゃ~ん♪」
「うぐぅっ…な、なんだい…?」
にまにまとしたその表情に、ヘスティアは心臓が大きく脈打ったのを感じた。ときめいたとかじゃなく、純粋に心臓に悪いものを見た感じだ。
「…
「うぬぬ…や、やっぱり“コレ”は、ファミリアの為に貯蓄したほうが…」
「駄目っす。却下っす」
「うへぁ…」
ルプスレギナとのやり取りの最中、クローゼットから取り出した小袋を軽く掲げるヘスティア。その中身が何なのか、ルプスレギナとの会話の意味は何なのか。全ては、昨晩の“勉強会”後の会話に答えはある――
…………
………
……
…
“勉強会”で羊皮紙に纏めた魔法と
「…はぁ、それにしても…これは全部の名前を覚えるだけでも精いっぱいだよ…ルプスレギナ君は、全部覚えているんだろう?」
「まぁ覚えてるというか、感覚的に全部分かるというか…そんな感じっすね」
「…そんなだから《
「返す言葉もないっすね」
もう過ぎたことだとからから笑うルプスレギナに、目頭を押さえるヘスティア。その様子を見てさらに笑みを深めたルプスレギナであったが、やがて何かを思い出したかのように顔を上げると、視線を部屋の隅にあるクローゼットへと向ける。
「…そういやヘスちゃん。今日ちょろっと聞いたんっすけど、『神の宴』とかいうのが明日あるらしいっすね」
「えっ!? な、なんでそれを…いや、それがどうかしたのかい…?」
まさか自分の口から『神の宴』という単語が出るとは思っていなかったか、驚いた様子のヘスティア。しかしすぐに気を取り直したあたり、自分が何を言おうとしてるのかまだ掴み兼ねているようだ。
「…服、仕立てたんっすか?」
「え゛っ…!? な、ななな、なんでそりぇを…っ!?」
…人のこと言えないのは百も承知なのだが、なんとも分かりやすい狼狽ぶり。なにか隠してると瞬時に察知し、視線を再びクローゼットへ。自分の視線の先にあるものに気付いたか、ヘスティアは羊皮紙を置くことも忘れて慌てて立ち上がり、クローゼットの前で両腕を広げて。
「な、なんだい…? ボ、ボクのクローゼットなんかまじまじと見て…」
「いやぁ、ね? 実は今日、私も服飾店が並んでる西地区の方に行ってたんすよ…で、そこでヘスちゃんらしき人を見たって知り合った子から聞いて」
「うぐぅっ…!?」
なんとも分かりやすい。服飾店に入るところを、そんなに見られたくなかったのか。これはいよいよ、抱いていた懸念が真実味を帯びてきた。
徐に立ち上がったルプスレギナは、クローゼットを庇うように立つヘスティアの元へと歩み寄る。身長差故にその可愛らしい
「…あっ、ベルっち起きたっすか!?」
「えっ!?」
「隙ありィッ!!」
「あぁっ!!? し、しまったぁぁぁ!?」
何か言おうと口を開いた瞬間、ルプスレギナはがばっと振り返る。ヘスティアの位置からではルプスレギナの体が邪魔でベッドは見えず、あっさりと釣られたヘスティアはベッドを覗き見ようと僅かに右にずれた。それをルプスレギナが見逃すはずもなく、あっさりとクローゼットの扉は開かれることになったのだった。
そして、ルプスレギナは確かに見た――いや、ある意味見なかったと言った方がいいか。宴…パーティーといえばまず必要になるであろう服が、そこには掛かっていなかったのを。
「……ヘスちゃん?」
「うひぃっ!?」
今、ルプスレギナは自分でも驚くくらい低い声が出たような気がする。ゆっくりとクローゼットを閉じたルプスレギナは、隣に立つヘスティアへとゆっくりと顔を向けた。それはもう、恐ろしいくらいの笑顔で。
「…ドレスは、まだ仕立ててるんっすか? 仕立ててるんっすよね? 今日服飾店に行ったのは、明日までにドレスを仕立て直してもらうためなんっすよね?」
「……い、いやぁ…その…あ、あははは~…」
ああ、はい、わかりました。冷や汗を滝のように流しながらも視線を泳がせ乾いた笑みを零すヘスティアに、ルプスレギナは黙って頷く。で、再度クローゼットを開け、今一度中を拝見――で、発見。明らかに“余所行き用”といった感じの、他の服よりも幾分綺麗で着た回数の少なそうな、しかし明らかにフォーマルな衣服を。
「まさか、ヘスちゃん…こ、この服で宴に…?」
言うまでもないが、『神の宴』にはどの神もドレスもしくは礼服で行くという情報は得ている。そんな中、確かに皺などが無いとはいえ単なる余所行き用の衣服でパーティー会場を闊歩するだなんて…そういったものに頓着のない“鈴木実”はまだしも、誇りある戦闘メイドたる“ルプスレギナ”は我慢が出来なかった。
ヘスティアが諦めたように頷いたのを見て、ルプスレギナは虚空へと手を伸ばす。手首から先が消えたのを見て、ヘスティアはすかさず握ったままの羊皮紙へと視線を落とした。
「え、えぇと…それは…
「そうっす。で…これをヘスちゃんにあげるっすよ」
魔法でもスキルでもないが、アイテムボックスに関しては割と最初のうちに説明していた。なんとも不思議そうに虚空の中に消えているルプスレギナの手を見つめていたヘスティアであったが、やがて引き抜かれたその手が小さな小袋を持っているのを見ると、自然と意識はその小袋へと向いた。
「…それは、なんだい?」
「5万ヴァリスっす」
……………
「……えぇっ!!?」
「ベルっちが起きちゃうっすよ」
先ほどから何かと騒いでいるこの空間で未だに寝てるベルもベルだが、この際それはどうでもいい。慌てて口を塞ぐヘスティアだが、やがてルプスレギナが小袋を差し出してくると恐る恐るそれを受け取り、中を覗く。
「…これ、一体どうやって稼いだんだい?」
「そりゃまぁ、ダンジョンっすよ」
やっぱり…とヘスティアは肩を落とした。それから再度ルプスレギナを見た時、ヘスティアが何を言いたいのか視線と表情で悟ったルプスレギナは、力強く頷いた。
「安心してほしいっす。私だって自分の実力が分からないような愚者ではないっす。無理はしてないっすし、する気もないっす。ヘスちゃんとベルっちには大恩があるっすから、それを仇で返すような真似はしないっす」
「…ボクはその言葉を信じるよ、ルプスレギナ君。……因みに聞くけど、何階層まで降りたんだい?」
「んー、よく覚えてないっすけど、14、5階層くらいっすかね?」
これを聞いて、ヘスティアは4回目の気絶を…
「《
出来なかった。
…
……
「……とにかく、ヘスちゃんはその5万ヴァリスでドレスを買うっす。本来ならもっと大金掛けてオーダーメイドで作ってもらうべきなんっすけど…」
「いやいやいや! オ、オーダーメイドだなんてとんでもないっ!?」
ルプスレギナが話を本来の道筋へと戻す。その表情はとても真剣なものだ。ただ…
『駄犬』と書かれたプラカードを首から提げ正座させられているという彼女の状態が、全てを台無しにしている。
…まぁ当の本人が全然気にしてないみたいだから、別にいいのだが…。
話を戻そう。
昨日は何だかんだで色々な服飾店を見て回ったが、エルフ用の服のようなわりと良質な服飾店であっても2、3万ヴァリスあれば十分に良質な服を買えることは確認済みだ。
きっと5万ヴァリスあれば、出来たばかりの零細ファミリアの主神としては十分に合格ラインのドレスが買えるはず。ルプスレギナとしての唯一と不満と言えば金と時間が足りないが故に既存のドレスを買うしかないという点だが、下手したらオーダーメイドのドレスを買う羽目になっていたかもしれないヘスティアからすれば不幸中の幸いか。
「…ちなみに、その場に私が居ないからって結局買わずにファミリアの貯蓄にするのは無しっす」
「えっ…で、でも多少御釣りくらいは出るだろうし…」
「それは勿論ファミリアの財産にしていいっすけど、だからってわざと格安のドレスとかで済ませるのは無しっすよ。もしこれを破ったりしたら…」
「したら…?」
予防線を張るルプスレギナに、またもギクリと肩を跳ね上げたヘスティア。この後告げられるのは脅迫か何かか…ごくりと喉を鳴らしたヘスティアに、ルプスレギナは満面の笑みを浮かべて。
「ついて行くっす」
「………へ?」
何が? 誰が? 何処に? 目を点にしたヘスティアに、なおもルプスレギナは続ける。
「だーかーらー…『神の宴』に、私も無理やり参加するっす。で、他の神々を前にヘスちゃんが何をするのか、その一挙手一投足を見逃すことなく監視するっす」
「な、なな…そ、そんなの出来るわけ…」
『神の宴』は基本眷属お断り。唯一会場には入れるのは、主催した神の眷属や、ごく一部招かれた例外だけだ。ルプスレギナは当然誰にも招かれていないし、今回の宴の主催者であるガネーシャとはなんの関わりもない筈…と、そこまで考えたところで、はっと思い出したかのように頭を抱えた。
「あぁぁぁ…か、《完全不可視》…」
「うひひひ、それに認識阻害魔法を使えば、宴に混じること自体はお茶の子さいさいっすよ」
少なくとも《完全不可視化》は神相手にも通用することを確認済みのルプスレギナは余裕綽々。ヘスティアとしては、『神の宴』でやろうとしていることを考えるとルプスレギナに憑いて…じゃない、ついて来られるのは少々困る。
こうして散々迷った末、ヘスティアは弱々しく頷いたのだった。
…
……
………
…………
「いやー、本当はドレスを買うところまでついていきたいところっすけどね?」
「うぐぐ…君、そしたら絶対ボクを着せ替え人形にするだろ?」
「うん」
「認めないでくれよっ!」
ヘスティア同様昨晩の事を思い出していたルプスレギナから先に現実へと戻ってきて、軽い笑い声をあげる。
まだ出会って数日であるにも拘らず息ぴったりのやり取りをした末に、ルプスレギナは先に上で待っているであろうベルを追いかけるべく扉を開ける。
「…それじゃ、行ってくるっすよ」
「うん、行ってらっしゃい」
先ほどのベル相手の時と同様、ルプスレギナを見送るヘスティアは、柔らかな笑みを浮かべるのであった。
…
……
………
…………
目覚めた時間こそ早朝なれど、既に時間は正午前。メインストリートへと出た時には既に一般人や冒険者の姿が数多くおり、2人はそんな中を早足で進んでいた。
というのも、お互いにダンジョンに潜る前に行きたい場所があり、そしてその場所が一緒だったからである。
西地区のメインストリート沿いに佇む一際大きな建物…そこに掲げられている看板には、『豊饒の女主人』の文字。
ベルは一昨日お金を払わずに逃げてしまった事やシルに心配をかけてしまったことを。そしてルプスレギナは半日でウエイトレスを辞めたうえ、店の前で騒ぎを起こしてしまったことを謝罪しに来たわけだ。
「そ、それじゃあ行きましょうか…」
「…そうっすね」
ベルのみならずルプスレギナもどこか気まずそうな緊張した面持ちで、未だに開店準備中の店へと足を踏み入れた。来客を知らせる鐘の音にまず反応したのは、店内に並ぶテーブルを拭いていた2人の人物だった。
「申し訳ありませんお客様。当店はまだ準備中…」
「ニャニャ! まだミャー達のお店は…」
「ちわーっす」
「ど、どうも…」
最初こそテーブルを拭いたまま視線を上げることのなかった2人であったが、ヒールとブーツ、その2つの足音に――特に昨晩聞いた覚えのあるヒールの音に――反応しまずはエルフのリューが、次いでキャットピープルのアーニャが顔を上げ、硬直する。
ひらりと軽い調子で手を上げるルプスレギナに、何故かこちらを見て固まる2人を不思議に思いながらもぺこりと頭を下げたベル。
そして、リューが何か言うべく口を開くも、それは真横でベルの事をビシッと指差したアーニャによって防がれた。
「あぁぁっっ!! おミャーはあん時のヒモヤローニャ!! シルとルプスに貢がせるだけ貢がせて、自分は1人先に帰ったクソ白髪ヘぶニャッ!!?」
「貴方は黙っていてください。失礼しました。」
ベルには、目にも留まらぬ速さでアーニャへと手刀か拳骨を叩きこんだと思わしきリューの姿に目を丸くする。それに対してルプスレギナはしっかりとその動きを捉え、リューに内心でサムズアップしていた。
アーニャとも良好な関係を結べているのでそこまでではなかったが、
「あ、あの…シルさんはいらっしゃいますか…? それと、女将さんも…」
「はい、すぐにシルとミア母さんを連れてきますので、少しお待ちください」
まずは自分から先に要件を済ませます、と一歩前に出たベルの言葉に、リューはアーニャの首根っこを掴んで引き摺りながらも奥へと消える…なんだかアーニャの引き摺られてく姿に既視感がある、とはルプスレギナ談。
…
……
「一昨日は、本当にすみませんでした! お金も払わずに勝手に出て行ってしまって…」
「いえ、そんなに謝らないでくださいっ! …その、こうして戻ってきてくれて、私は嬉しいですから…」
ミアよりも先に慌ただしく現れたシルに、ベルは勢いよく頭を下げる。慌てて頭を上げるように促しながらも頬を赤く染めたシルの姿に、ルプスレギナは片眉を上げる。
目尻に溜まった涙を拭うベルを尻目に、ルプスレギナはそそくさと厨房の方へと移動した。
「ニャッ! ルプス、おミャーが来るのを待ってたニャ!」
「わー、ホントにルプスだ。一昨日振りー」
「…もうお話は終わったのですか?」
「いやいや、今はベルっちが先に話してるところっすよ。そっちが終わるまで、皆と話そうと思ってこっちに来たっす」
自分の姿を確認するや否や皿を洗う手などを止めて集まるウエイトレス4人。唯一作業を続けているリューも、此方に顔を向けたなら会話に参加してくる。肩越しに向こうで話をしているベル、シル、ミアの3人を親指で差すと、これ幸いと黒髪のキャットピープル、クロエが詰め寄ってきた。
「やいやいルプス! おミャー、一昨日はなんで途中で逃げちゃったのニャ! おミャーのせいで、おミャーのせいで……賭けがお流れになっちまったニャー!」
「…クロエ、あんたまたいつの間に…あ、でもでも、あの喧嘩の結果は気になるなー。どっちが勝ったの?」
「クロエ、ルノアも、あの場をルプスレギナさんが離れた理由は明白でしょう。…秘密、なんですよね?」
いつの間にか行っていた賭けが、自分が逃げたことにより結果が分からずお流れになってしまったと憤るクロエ。それを今日知って呆れつつ、どちらが勝ったか興味津々のルノアに対し、リューは流石というべきか、自分のとった行動の真意をすぐに察していたようだ。
確認するようなリューの言葉に頷くと、ルノアはあっさりと納得し、クロエも若干腑に落ちないようだが引き下がる。アーニャは…ああ、納得しないだろうと予め予測されていたのか、『×』印の書かれたマスクをしている。
「あっ、途中で姿が見えないと思ったら…こちら側に来てたんですね、ルプスさん」
ふとそんなタイミングでシルが厨房へと入ってくる。どうやらベルとの会話を終え仕事の続きをしに戻って来たらしい。
「おっとシルちゃん、ベルっちとのお話はもういいんっすか?」
「はい。あ、そうそう…今日はルプスさんの分もお弁当用意したので、是非食べてください」
「今日“は”…ってことは、前回もお弁当をベルっちに…?」
此方の質問に、シルはやはり頬を赤くして頷く。その瞬間、ルプスレギナの瞳が光ったのを、一体何人が見ただろうか。
リューと並んで皿を洗い始めたシルを尻目に、ルプスレギナはアーニャ、クロエ、ルノアと4人で輪になる。
「まぁまぁ奥さん、見たっすかあの顔」
「見ました見ました、奥さんも見ましたかー?」
「見たニャ見たニャ、あの顔は、もう絶対アレだニャ」
「そうニャ、恋するメス猫…いや、それだとミャー達と被るから…恋する
口元に手を添える、所謂『アラヤダ』ポーズで4人はにやにやと笑みを浮かべながらも会話する。ただ何だろうか、最後にクロエが『
どうやらルノアとアーニャにも聞こえていたようだが、ルプスレギナだけは笑顔で『どうしたんっすか?』と何事もなかったようにしている。
「…うんニャ、気のせいみたいだニャ。それにしても、あの顔は「おい、馬鹿娘共」…あ、死んだニャ」
結局音の発生源を探すことは諦めてまた元の会話に戻そうとしたその時、背後から感じた重圧と声にクロエの瞳からスッと光が消えた。
「バカやってないでさっさと仕事に戻んな!」
「「「は、はい(ニャ)!」」」
幸いにも怒鳴られただけで、3人は慌てて元の仕事へと戻る。一部始終を横目で見ていたリューは溜息を零し、シルは苦笑していた。
そして、ミアは1人その場に残ったルプスレギナに向き直し、ふんと小さく鼻を鳴らす。
「…どうやら無事にダンジョンに潜れるようになったようだね」
「はいっす。…あの、ミアさんや皆にはホントにご迷惑を…」
「ハン、女々しく頭下げるんじゃないよ、アンタらしくもない」
判断材料は、『ギルド』支給のポーチを付けているからか。それとも表情などが一昨日までと違うのか。兎に角ミアの言葉を肯定したルプスレギナは、眉尻を下げて改めて謝罪しようとするも、ミアは眉を顰めてそれを止めた。
…女々しいも何も私は女なのだが、というツッコミは、空気を読んで入れないでおく。
「たった半日で、他の娘らと事情も違うとはいえね、アンタはウチの
「…!」
ルプスレギナは目を見開き、ミアを見る。
「“迷惑”だなんて、思い上がるんじゃないよ。娘のしたことを受け入れないで何が親だい。アンタはそんな細かいことは気にせず、あの坊主を支えてやんな。で、2人そろって無事に帰ってきた暁にはまた此処に来るといい、アタシや娘共で、アンタを出迎え、あの坊主には酒を振る舞ってやるさ」
…ミア、お母さん…っ!!
「…あの坊主といいアンタといい、なんだいその顔は。それ、あの坊主ももう外で待ってんだ、これ以上は開店準備の邪魔だよ、行った行った!」
肩を掴まれて回転され、背中を押すミアの掌。触れていたのはほんの一瞬だったが、確かな熱にルプスレギナは笑みを深める。
そして歩き出したその直後、背後でミアは『あぁ、そうそう』などとわざとらしく呟いた。
「…ウチは
ピタリ、と歩みが止まり、錆びた人形のようにぎこちなく振り返る。その顔は…涙でびしょびしょ。
「……ミアおがあざ~ん!!」
「うおっと」
渾身の抱き着きはあっさり避けられた。
「ヒデェっす!」
ハンカチで涙を拭いながらルプスレギナが上げた抗議の声に、皆の笑い声が木霊するのであった。
「それじゃあミア
「おう、くたばるんじゃないよっ!」
「行ってらっしゃい、ルプスレギナさん!」
「どうぞお気を付けて」
「「「行ってらっしゃい((ニャ))!!」」」
ごく自然と付け足してしまった“母さん”という言葉に、しかし誰も違和感を覚えない。ひらりと片手を上げて『豊饒の女主人』を後にしたルプスレギナは、表で先に待っていたベルと合流した。
「あっ! ルプーさん、もうお話は終わったんですね?」
「うん、終わったっすよ。ベルっち、それは…あぁ、シルちゃんのお弁当っすね?」
ぱっと顔を上げたベルの言葉を首肯し、やがて両手で大事そうに持っている2つの弁当に視線を向ける。それが何なのかすぐに理解するとにまにまとした笑みでベルへと顔を近づけて。
「いやいや~、ベルっちも罪な男っすねホント。爆発すればいいのに」
「えぇっ!!? ル、ルプーさん最後物凄い怖かったんですけど…」
「うひひひ、冗談っすよ」
いつもの調子で笑うルプスレギナにベルもやがては頬を緩め、その後慌てたようにポーチから金の入った袋を取り出した。
「そ、そうだっ! あ、あの、これ!」
「…ん? あぁ、お金っすね?」
「はい! 僕の代わりにお金払ってくれたって聞いて…その、ありがとうございます!」
「うんうん、関心関心っす。まぁ同じ【ファミリア】の仲間なんっすから別にお金なんていいんすけど…どうせそれじゃ納得しないっすよね? …なら、受け取っとくっすよ」
「は、はいっ!」
ジャラリ、と本来ベルが『豊饒の女主人』で払う額よりも多めの金額が入っているであろう袋を受け取り、ポーチの中へしまう。アイテムボックスにしまわなかったのは、ベルの目の前だということ以前に、ここじゃ人が多すぎるからだ。
「…それじゃあ改めて、ダンジョンに行きましょう!」
「おー! っす!」
お互い、ミアや皆との会話を経てよりすっきりした気分になっている。気合を入れるように拳を突き上げ、2人はダンジョンへの道を他の冒険者たち共々進んでいくのであった。
ようやく…ようやくパーティとしてダンジョンに潜れるよ…まぁ、わりとあっさり流しますけどね←
【ルプー君】
ある意味、ヘスティアの事を自分が仕えている神であると公言したからこそそう呼んで貰うようにと思い出したのかも。別にこれ引っ張るまでもなかったですね←
【ドレス購入】
結果的にロキとヘスティアからのルプスレギナに対する評価と信頼度がググッと上がる予定。なんで5万ヴァリスにしたかは適当。零細ファミリアなんだし、別にドレスなんてピンキリやろ?(ぇ
【ルプスレギナの到達階層】
15階層。しれっと中層に突入してる駄犬。ヘスティアはもっと怒るべきなんでしょうが、シリアスよりもお笑いにしたかった私なのでした。
【子犬(パピー)】
『オーバーロード』10巻のギチィリ…には本当に噴きました。さらばフィリップ。精々今のうちに良い夢見とけ。
【ミア母さん】
別に鈴木実は現実の母親を忘れたわけじゃございません。ただ周りに合わせてるのとその場の勢いで“母さん”って呼んじゃっただけで、実際には“姐さん”って感じです。