笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

2 / 31
 
 第2章のエピローグの続きを投稿する前に、どうしてもやりたかった番外編!! なんとか当日に間に合って良かった…!!
 でも長くなったので前後編にわけます。

 以下注意事項

 ・番外編ということで、本編以上にノリで書いている部分が大きいです。なので、一部でキャラ崩壊が起きているかもしれません。
 ・17年2月14日現在、『サディまち』本編ではまだ未登場のキャラが居ます。時系列的には『黒いゴライアス』編を終えた後辺り。

 …【アポロン・ファミリア】? あぁ、悪だくみに忙しいんでねーの?←
 


番外編
番外編『ヴァーレンタインと乙女達の聖戦っす~前編~』


 

 

 ―――迷宮都市オラリオ西地区・『豊饒の女主人』

 

 

「…冒険者依頼(クエスト)っすか?」

「うん。是非ともルプスにお願いしたくって」

 

 昼休憩時、同じタイミングで昼食を取っていたシル・フローヴァより告げられた言葉にルプスレギナは小首を傾げた。

 そんな彼女を見据えて悪戯に笑みを零したシルは、予め用意していたのであろう羊皮紙を手渡す。

 

「えぇ、と……『“ヴァーレントの木の実”の採取』…?? 何っすか、ヴァーレントの木の実って」

 

 未だに半分困惑しつつも素直に渡された羊皮紙へと視線を落とす。このオラリオで冒険者として過ごす毎日にも大分慣れつつある彼女であったが、それでも未だに分からないことは多くある。この羊皮紙に書かれていた木の実の名前も初めて聞いたが為に顔を上げて質問を投げかけてみれば、シルは「信じられない」とでも言うように目を丸くしていた。

 

「え、えぇっ!? な、何かの冗談…だよね…? …ほ、ホントに知らないの?」

「ぜ、全然知らないっす…」

「じゃ、じゃあ今まで“ヴァーレンタインデー”はどうして過ごしてたの!?」

「ヴァーレンタインデーってなんっすか!?」

「!!?」

 

 なんだか限りなく似た名前の記念日を知っているだけに聊か大きなリアクションを取ってしまったが、それに対するシルの表情がまたなんとも言えない。

 ますます驚いたように目を丸める…だけならいいのだが、その後の可哀そうな人を見る目は止めてほしい。

 

 

「ヴァーレントの木の実は、文字通りヴァーレントの木になる実の事です」

「あっ、リューちゃん」

 

 微妙な沈黙に包まれた休憩所に響いた第三者の声。視線を向ければ、たった今休憩に入ったばかりであろうエルフのリュー・リオンがトレーに乗った賄を手に立っていた。

 

「リュー! 丁度よかった、ルプスに説明してあげて!」

「…説明ならシルでも出来ると思いますが…まぁ、請け負いました」

 

 既に昼食を取り終えている自分たちに対してこれからのリューになんで説明を振るのか、なんて思いはしたもののルプスレギナは大人しく耳を傾けることにする。トレーをテーブルに置き、一旦こちらに背中を向けたリューは休憩室の隅に置かれている本棚からやや厚めの本を取り出し、自分たちの前に置いた。

 

「ヴァーレントの木は温暖な気候の土地や密林地帯に自生しやすく、見ての通り一般的な木の実と違い木の幹や太い枝に実がなるという一風変わった木です」

 

 目の前に置かれた本はどうやら植物図鑑らしく、毎年調べているのかページの角が曲げてありすんなりとそのページが開かれる。

 ご丁寧にイラスト付きの“ヴァーレントの木”…そして、そこになっている“ヴァーレントの木の実”は、青、黄色、濃いめの赤など複数の色が存在しているようだ。

 

 リューの説明を受けながらも、ルプスレギナ(鈴木 実)が思ったことは

 

 

「(カカオ!!)」

 

 

 これに限る。

 

 

……

 

 

「――…そういうわけでして、この時期の“ヴァーレントの木の実”を加工して作ったチョコレートは絶品なんです」

「…へぇー…そっすか…」

「…ルプス? ちゃんとリューの話聞いてるの?」

「うん、聞いてる聞いてる」

「「……?」」

 

 一通りの説明を終え、やはり幾つかの違いこそあるものの概ねは彼女の知るカカオの実と同じであることが分かり、ルプスレギナは勝手に脱力していた。

 その理由を知らないリューとシルは互いに顔を見合わせて首を傾げるが、直後にルプスレギナが「なんでもねっす」と座り直したことで2人もまた気にしないことにして。

 

「…んまぁ、大体は分かったっすよ。その木の実を持ってくるとして…どこにあるんっすか?」

「ここから一番近いのは『セオロの密林』ですね」

「ふーん…」

 

 『セオロの密林』に関してはルプスレギナも知っていた。というのも、少しばかり前に【ミアハ・ファミリア】から受けた冒険者依頼(クエスト)で赴いていたからである。

 

 

「ありがとう、リュー。続きは私が説明するから、お昼食べていいよ」

「分かりました」

「(だから、初めからシルちゃんがすれば良かったんじゃ…)」

 

 ツッコミは脳内だけに留めておいて、賄を置いていた席に座ったリューを尻目にルプスレギナ達は再び植物図鑑へと視線を落とす。

 

「まぁ、そんなわけで、ルプスにはこの“ヴァーレントの木の実”の採取をお願いしたいの。勿論、ちゃーんと報酬は用意するから、ね?」

「ういうい、了解っすよ。じゃあ具体的な採取量とかを教えてほしいんっすけど…」

「…できるだけ沢山」

「うわめっちゃアバウト」

 

 羊皮紙にはただ採取対象が“ヴァーレントの木の実”である事しか書かれていないが為により詳細を詰めようとしたのだが、シルより返ってきたアバウト極まりない言葉についツッコミが漏れてしまう。

 

「…いやまぁ、その気持ちは何となーく分かるんっすけどね」

「え、えへへ…」

 

 気恥ずかしそうに頬を掻くその姿に、ルプスレギナはつい口元を綻ばせる。なにかと人の前では――特にベルの前では――計算されたあざとい行動に定評のある彼女ではあるが、時折見せるこうした素の姿はやはり癒されるものだ…別に、()()()()()があるわけじゃあないぞ。

 

 

「まぁ、常識の範囲内で出来るだけ沢山あれば良いんっすね……んじゃ、早速それで皆に相談を…」

「あっ、ちょっ…」

「ルプス、少しお待ちを」

「んあ?」

 

 羊皮紙にペンで行き先や採取量などのメモを取り、今日の仕事が終わり次第仲間たちに今回の一件を相談しようと口にしたルプスレギナ。それを聞いたシルが焦ったような表情を浮かべ、賄を食べている最中であったリューも立ち上がって彼女を止める。

 

「“皆”とは、クラネルさんたちのことですね? それはあまりおススメしません」

「…あぁ、確かに…()()()()()()内緒にした方がいいっすかね?」

 

 リューの言葉に、ルプスレギナはにやにやと笑みを浮かべながらもシルを見る。それを受けてシルはやはり気恥ずかしそうにするものの、リューの話はまだ終わりではなくて

 

「…いえ、クラネルさんだけでなく男性陣全員には内緒にしてください」

「あれ、そりゃまた…何故?」

 

 “男性陣全員”との言葉にピクリと反応を示すルプスレギナ。とは言っても、日頃組むパーティではベル以外の男性というと1人、【ヘファイストス・ファミリア】所属でありながらベルと専属契約を結んだ鍛冶師のヴェルフ・クロッゾだけだ。

 

 

「先程も申し上げたように、このオラリオから最も近く、且つ高品質の“ヴァーレントの木の実”が取れるのは『セオロの密林』になります。この都市に住む大半の女性は市場に流れている物を買うでしょうが…シルのようにより高品質の物を求めて冒険者依頼(クエスト)を出す者や、自身で直接採りに行く者も出てきます。そして、今やオラリオではこの時期に『セオロの密林』に立ち入って良いのは女性だけ…というのが暗黙の了解になっているのです」

「…んー、なるほど」

 

 なんともまぁ面倒なものではあるが、乙女心とはそういうものだ。しかし、そうなると困ったことになるのがルプスレギナなわけで。

 

「ん~…そうなると私とリリちゃんの2人だけっすか…流石に、ちと不安っすね」

「申し訳ありませんが、今回ばかりは私もお力にはなれません。もとより、あまり目立ちたくはないので」

「え~…リューがルプスの力になってくれれば100人力だったのにぃ…」

 

 リューの事情に関してはルプスレギナもシルも重々承知している。故に頬を膨らませるシルも残念がりはするものの決して強要するつもりはないらしい。暫しの間考え込むような動作を見せていたルプスレギナであったが、やがて何か思いついたか顔を上げると僅かに口角を上げる。

 

「あー…良いこと思いついたっす」

「えっ、なにか良い案でも浮かんだの?」

「まぁ、まだどう転ぶかは分かんないっすけど…あ、報酬渡す相手が()()増えるかもしんねっすけど、そこは大丈夫っすかね?」

「え? まぁ、うん…その辺は大丈夫、かな?」

「了解っす。なら私にお任せっすよ!」

 

 この3人の中では一番大きな胸を張ってドンと叩く。それを受けてシルは「頼もしいです!」なんてきらきらとした眼差しを向けた。

 

「なっはっは、いやいやそんな…もっと私に頼ってもいいんすよ?」

「あはは、ルプスってばー」

 

「……あの」

 

 妙な茶番を始めた2人を、賄を食べ終えたリューは黙って見つめていた。そして、タイミングを見計らって声を掛ける。

 

 

「ん?」

「どうしたの、リュー?」

 

 

「いえ、2人とも…休憩時間がやけに長いなと思いまして」

 

 

「「……あ」」

 

 

 この後、2人してミアの拳骨をもらい、「遅い」と文句を言うクロエとアーニャを宥めるのに苦労することになるのであった。

 

 

……

………

…………

 

 

「ふぃ~…今日も良く働いたっすね…」

 

 時間は経過し、真夜中。大分人通りの少なくなった西地区のメインストリートをルプスレギナは1人歩く。左手を右肩に置いて軽く回し、それから昼間にシルから貰っていた羊皮紙を取り出す。

 

 

「期限に余裕はあるものの、リューちゃんの言うように競争率が高いのならやっぱ早めに行動した方がいいっすよねぇ…よし、明日にでも……ん?」

 

 メインストリートから逸れて狭かったり薄暗い道を危なげなく歩きながらも独りごちる。そうして今回の冒険者依頼(クエスト)に関して考えている間に【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)である教会が見えてきたが、そこでふとルプスレギナは気付く。

 

 

「明かりが点いてる…まだ誰か起きてるんっすかね?」

 

 

 

 

 ―――【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)・教会

 

 崩れた祭壇を囲む4つの影は、その祭壇に広げられた1枚の紙を見下ろしながらもこの場で最も小柄な人物――小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデの説明に耳を傾けていた。

 

 

「――…とまぁ、この数日のうちにアマゾネスの集団を始めとする複数の女性冒険者のパーティが馬車で『セオロの密林』に向かっていたことが分かりました」

「むむむ…」

「むぅ…」

「け、結構出遅れてしまいましたね…」

 

「そうですね。あまり猶予はないと思います。そろそろルプー様も帰ってくる頃でしょうし、リリとしては帰ってき次第お誘いして、明日にでも此処を発つべきかと…」

 

「呼んだっすか?」

 

 リリルカの話を聞いていた、【ヘスティア・ファミリア】の主神であるヘスティアを筆頭とする3人が小さく唸るのを見てリリルカは更に言葉を紡ぐ。しかし、それは教会の扉を開けて入ってきたルプスレギナの帰還でいったん中断することとなった。

 

 

「ルプーくん! 丁度よか…」

「シーッ…! ヘスティア様、声が大きいです…! 下で寝てるベル様が起きてしまいますよ…!」

「うっ…ごめん」

 

 此方に気付くなりパッと表情を明るくさせたヘスティアの声の大きさを自身はなるべく声を抑え、しかし語尾は僅かに強めて注意するリリルカ。彼女がベルや自分たちと共に行動するようになってからそれほど経ったわけではないが、ヘスティアやベルとのこうしたやり取りはもうお馴染みになりつつある。

 

 それよりも、とルプスレギナの視線は、この教会に訪れていた2人の客人へと向いた。

 

 

「この間振りっすね。ミコちゃん、チーちゃん」

「ち、ちーちゃん…」

「みこ…コホン…はい、その節は千草殿の一件を始め、大変お世話に…」

 

 その視線に先に居たのは、極東と呼ばれる島国から来たというタテ…じゃない、【タケミカヅチ・ファミリア】のヤマト・(みこと)とヒタチ・千草(ちぐさ)の2人であった。

 2人の名前を知るや否や(ルプスレギナ的に)いつも通り愛称で呼び始めたものの、2人は未だそれに慣れていないらしい。

 千草よりも先に気を取り直した命が姿勢を正し頭を下げようとするも、ルプスレギナは片手をあげてそれを制して

 

「いやいや、別に大丈夫っすよ。それはもう十分に受け取ってるっすし…それよりも、2人は何でこんな時間に此処に?」

 

 当然の疑問にヘスティアは待ってましたと言わんばかりにルプスレギナへと詰め寄った。

 

「いい質問だルプー君! もうすぐヴァーレンタインデーなのは勿論知ってるよね?」

「えっ、まぁ知ってるっすけど…」

「もうすぐヴァーレンタイン、そして此処にうら若き乙女が4人…いや、ルプー君を入れて5人…ここまで言えば、後は分かるよね?」

「……あぁ、成程。そういうことっすか……パジャマパーティー、っすね?」 

「全然違うよ」

 

 リリルカに注意されただけあって先程よりも声量は抑えているものの、テンションが高いのは傍から見ても明らかだ。しっかりと理解したうえでのボケは雑に流され、ちぇー、と唇を尖らせてから小さく咳払いを一つ。

 

「…“ヴァーレントの木の実”っすね?」

「…うん。そういうこと」

 

 答えを口にして、ヘスティアとルプスレギナは互いににやりと笑う。

 

「…いや、なんでそこで悪そうな笑みを浮かべるんですか」

 

 せめてもう1人ツッコミ役が欲しい。リリルカは切に願った。

 

 

……

 

 

「…へぇ、じゃあルプー君も、どのみち『セオロの密林』に行く予定だったのか」

「そうっす。そんで、戦力強化にミコちゃんたちにも声掛けようと思ってたんで、いやー手間が省けたっすね」

 

 ルプスレギナが取り出した冒険者依頼(クエスト)の羊皮紙をまじまじと見つめながら、ヘスティアはどことなく複雑そうに眉を顰める。いや、ルプスレギナが戦力として加わってくれることはこの上なく心強いし、ちゃんとした報酬の出る冒険者依頼(クエスト)になるというのは、ワケあってつい最近【ファミリア】の資産が減ってしまった自分たちには渡りに船の話なのだが…

 

 

「(なんだろう、この冒険者依頼(クエスト)を達成させても自分の不利にしかならない気が…)」

 

 意外と鋭いヘスティアなのであった。

 

 

「では、いつ出発にしますか? リリ殿の話を聞く限り、早いに越したことはなさそうですが…」

「そっすね。じゃあ明日で」

「…ルプー様、さてはリリたちの話し合いをしっかりと聞いてたんですね…?」

「んっはっは」

「いや誤魔化せてないからね」

「「……」」

 

 2人と1柱のやり取りについていけずに空気になりつつある命たちであったが、取り敢えずの方針は決まった。

 

「では、リリは朝一で馬車の予約をしておきましょう」

「僕も明日はもともと休みだし、ヘファ…ン゛ンッ…バイト先に休みをお願いする手間が省けたよ」

「…ヘスちゃん、なんか少し前から毎日のようにバイトしてないっすか?」

「えっ…いやぁ、気のせいじゃないかなぁ…」

 

「え、えぇと…では、自分たちも明日に備えて、今日のところはこれで…」

「ぁっ…し、失礼しますっ!」

 

 『セオロの密林』に出発するのを明日に決めたところで、タケミカヅチたちにこっそり此処に来ていることがバレる前にと帰ろうとする命と千草。【ヘファイストス・ファミリア】の支店で働いている事こそ知っていても、その理由までを知らないルプスレギナの視線にたじろいでいたヘスティアは、強引にルプスレギナの追及を押しのけて2人を呼び止める。

 

「おっと、待った2人とも。最後にこれだけ…いいかい、くれぐれも…くれぐれ~んもっ! ベル君を始めとする男性陣に今回の計画がバレないように注意するんだ。いいね? …ふふっ、そしてヴァーレンタイン当日に、僕らの手作りチョコで皆をあっと言わせてやろうぜ?」

「「「「…はいっ!」」」」

 

 

……

………

…………

 

 

 ―――翌日

 

 

「いや~…今日は絶好のお出かけ日和っすね」

「…まだ日の出前ですけどね」

「千草殿、お体の方は大丈夫ですか?」

「う、うん…大丈夫だよ、ありがとう」

「ふふふ…これを機にベル君と急接近して、他のライバルたちと差をつけてやるぜ…」

 

 

 諸事情によりあまり人の目を引くことを嫌うリリルカの為に自分自身に認識疎外の魔法を掛け、ルプスレギナ達一行は朝一番で商人から借りた馬車のもとへと向かっていた。サポーターであるリリルカと千草はそれぞれ背中にバックパックを背負い、命はそんな千草をやや不安げに見つめる。まぁ、ほんの数日前に瀕死の重傷を負っていたのだから無理もないだろう。

 ヘスティアはヘスティアで1人ぶつぶつと独白しながらもグッと握り拳を作る…まだ木の実の採取もしていないのに、気が早いことだ。

 

 

「しかし、ベルっちに怪しまれないように出てくるのは…楽だったっすね…」

「そ、それは、まぁ…」

「此方も、桜花(オウカ)殿もタケミカヅチ様も無事に説得出来はしたのですが…はぁ…」

「あ、あはは…」

 

 各々本拠(ホーム)を出る際は、どれだけ短く見積もっても夕暮れ時までは帰ってくることはないだろうからと置いていくことになる男性陣を説得することになるのだが…予想以上にすんなりと事は済んだ。その手応えのなさというか騙されやすさというかに溜息を零すなりするルプスレギナであったが…

 

 

「「「「(そりゃあ『下着買いに行く』って言えば、誰だって留守番を希望するだろ(でしょう)…)」」」」

 

 他4人の脳内でのツッコミは、ルプスレギナには届かない。

 

 

……

 

 

「…えーと、7番…7番は…っと、ありました。今回リリたちが使うのはこの馬車ですね」

 

 馬車と馬が待機している広場につくと、リリルカは商人から受け取っていた馬車の鍵の番号を確認する。そうして見つけた馬車に各々荷物などを詰め込んだところで、ルプスレギナだけがその場に立ったままであることに気付いたヘスティアが首を傾げて。

 

「ルプー君どうしたんだい?」

「いやぁ、私は()()()()()()に乗って行こうかなと」

「別の…?」

「そっす、まぁ皆さんは気にせずに行っていいっすよ。…今日も、ライバルは多そうっすしね」

 

 朝一番で馬車を取りに来たにも拘らず、自分たちに与えられた馬車の番号は“7番”…勿論、自分たちの前に借りられた6台の馬車全てが『セオロの密林』に向かったとは限らないが、商人が「また女性の冒険者グループだね」と零していたのを聞いていたため、可能性は高いだろう。

 

「…分かった、じゃあ何かあったら“腕輪”で連絡をおくれ」

「了解っす、んじゃまた向こうで」

 

 ベルに贈ったものとは違う、女性的なワイヤーブレスレットに一瞬視線を落としたヘスティアに、ルプスレギナはいつも通りのニコニコとした笑顔で了承を示す。4人が乗ったのを確認した御者――ご丁寧に御者も女性――が馬車を走らせ、『セオロの密林』目指してオラリオから離れていくのを黙って見送る。

 

 

「さて…んじゃあ行くとするっすかね」

 

 馬車が見えなくなったところで、彼女もまた行動を開始するのであった。

 

 

……

………

…………

 

 

 ―――『セオロの密林』

 

 

「…んん~…やっと着いたね…」

「はい。たった数時間でしたけど、妙に長く感じました」

「と、途中で…その…何度か馬車とすれ違いましたね…」

「それに、これは……」

 

 馬車が停止し、御者の言葉を受けて外へと出てきたヘスティア達は各々短いようで長かった馬車の中の感想を零しつつ、身体のコリを解す。1人ずつ馬車から降りたところで、命は…いや、全員が驚いたように目を丸くしていた。

 

 その視線の先には3台の馬車と、複数のテント――予想通り、自分たちよりも前にこの『セオロの密林』に来ている冒険者グループがあるようだ。

 

 

「これは…うかうかなんてしていられないですね…もう1時間もすれば、きっとさらに人は増えますよ」

「くっ…分かってはおりましたが、やはり競争率は高そうですね」

「ぐぬぬ……って、そういえば…ルプー君は?」

 

 ヴァーレンタインデー当日が近いということもあって、少なくとも密林に入ってすぐのところに自生しているようなヴァーレントの木はほぼ全て採取済みと考えていいだろう。

 ヘスティアの言葉をきっかけに、まずはルプスレギナと合流しようと考えた4人であったが、ほどなくして彼女たちに声が掛けられる。

 

「お待たせしたっすー」

「あっ、ルプーく…ん…」

「「「……」」」

 

 その声の主はルプスレギナ。ヘスティア達はその声のした方に振り返り、ピシリと固まった。

 

 

 だって

 

 

 ルプスレギナが

 

 

 輝くドヤ顔で

 

 

 ハムスケに騎乗していたのだから。

 

 

……

 

 

「はぁー…馬車とは違う乗り物って…その子の事だったんだね…」

「んなっはっはっは、散歩って名目で外を連れて歩くのは許可さえ取れば大丈夫って書いてあったの思い出して、連れてきたんっすよ」

「んー…ちょっと猿轡は可哀そうだけど…」

「まぁ、仕方ないっすよ。一応本人…本ハム?も了承済みっすし……こいつの猿轡姿も、なんかもう見慣れちゃったっすよ…」

 

 なかなか強烈な登場をかましたルプスレギナは、ヘスティアと少し離れた場所でハムスケに関して話し合う。ハムスケの存在自体はリリルカ達に教えてあったものの、喋れることなどに関してはまだ念のために秘密にしているからだ。

 

 

「フゴフゴ…」

「ふ、不思議ですねぇ…頬なんかはこんなに柔らかいのに、毛皮はすごく硬いです…」

「むぅ、この見事な尾…まるで、極東の神獣であるゲンプを彷彿とさせるかのような…」

「み、命ちゃん、それは流石に…」

 

 一方で、存在自体は知っていたものの実物を見るのは初めてであるリリルカ達3人の少女は、多少の驚きを引きずりつつも着実にハムスケの魅力の虜になりつつあるのであった。

 

 

……

 

 

「あー…コホン。それじゃあ改めて、出発!!」

「「「「おーっ(す)!」」」」

「フゴー(おー、でござる)!」

 

 ルプスレギナに代わってヘスティアがハムスケの背中に乗り、いよいよ『セオロの密林』へと足を踏み入れる。もとより極東や、ルプスレギナ…もとい、鈴木 実(すずき みのり)のいた日本に比べて四季の移り変わりがそれほど顕著に表れないオラリオであるが、『セオロの密林』は比較的温暖…というか、熱帯というレベルに片足を突っ込んでいる気もする。

 

「(日本ではバレンタインは2月でまだまだ寒い時期なのに…なんでこっちは暑いんだろ…)」

 

 ジリジリした暑さじゃなくムシムシした暑さなのがまた…と、表面上はいつも通りを装いながらも、内心では思っていた以上の暑さに狼狽する。リリルカや千草のバックパックが今の段階で僅かに膨らんでいたのは、汗を拭くためのタオルや着替えが入っているからだろうか。

 

 

「…で、リリちゃん。具体的にどの辺を目指すとかってのはあるんっすか?」

「そうですね。今は取り敢えず奥を目指しましょう。こんな密林の入り口の方は、粗方採りつくされているでしょうから」

 

 質問を投げかければ、手書きのマップを手にしていたリリルカは密林地帯の奥の方を指さす。この中で最も冒険者としての経験がある彼女ではあるものの、今までヴァーレンタインデーなどとは無縁の生活を送っていたために決してその知識も深いわけではない。それでも、現時点で最も正確な決断を下すことが出来るのは彼女だけだ。

 

 

「よーし、そうと決まれば善は急げだ! ハムスケ君、さぁレッツゴー!」

「フゴゴー(了解でござるー)!」

「あっ」

「ヘスティア様!? もうっ、勝手に進まないでくださいよー! 地図を持ってるのはリリなんですからー!」

「あっ、ちょ…! い、行きましょう千草殿っ!」

「う、うん…!」

 

 漸くまともに(ルプスレギナ)を乗せることが出来て密かにテンションが上がっていたハムスケは、ヘスティアの言葉に気合十分に駆け出す。間抜けの声を出したルプスレギナを始め、置いて行かれそうになった面々は慌ててその後を追いかけ、密林の奥地へと進んでいく。

 

 

……

 

 

「…う~ん…こっちもダメ、ですか…」

「あちらにあった木もダメでした」

 

 あれから数十分後。ある程度奥まで進んだところで本格的にヴァーレントの木を探し始めたのだが、ルプスレギナ達の顔色は優れない。見た目が特徴的ということもあってヴァーレントの木を発見すること自体は容易なものの、肝心の木の実がすでに採られているというパターンがあまりにも多く、まだリリルカのバックパックに少し分しか確保できていないのだ。

 

 

「まさか、これだけ奥地に来てもこれっぽっちしか見つからないなんて…流石に計算外でした」

「仕方ないんじゃないっすかね…だって…」

 

 どことなく落ち込んだ様子を見せるリリルカに、ルプスレギナは軽く肩を竦め、視線をより奥地の方へと向ける。より具体的には、奥地の方から聞こえる“声”へ。

 

 

『ヒャッハァー!! ヴァーレントの木発見ーー!!』

『採れ採れ!! 全部採っちまえ!!』

『ふふっ、精力剤混ぜてチョコ配れば、当分は男に困らないわね!!』

 

 

「「「「「……はぁ…」」」」」

 

 テンションの高い複数の女たちの声。ややキツめの香水の香りが漂ってくるその先にいるのは、きっとアマゾネスの集団なのだろう。恐らくはどの種族よりも性に明け透けな者が多いとされるアマゾネス…ルプスレギナとしては、ティオネとティオナというアマゾネスたちの中では変わり者とされる性格の2人と先に友好を結んでいたために最初は違和感もあったのだが、ああも大声で男漁りの為にチョコを作ろうという計画を耳にしてしまうと、意識を変えざるを得ない。

 

「…アマゾネスなら、わざわざこんな手を使わなくても男性なんてより取り見取りでしょうに…」

「言うなよサポーター君」

「…ふ、不埒な…」

「あうぅ…」

 

 ああいったアマゾネスの集団に先を越されて満足に木の実が集まらず方角を変更…を既に3回もしているため、いい加減に苛立ちが募ったリリルカが不満を零す。リリルカ同様にうんざりした様子のヘスティアも内心では同意しつつも声には出さず、初心な極東出身娘の2人はどことなく顔が赤い。

 

「(…てか、リューちゃんが此処に来たがらなかった理由の1つは、絶対()()()()()が居るって分かってたからかな…)」

 

 高潔な精神を持つエルフのリューと、理性より本能を優先させることも多いアマゾネスの相性は悪そうだし、有り得なくもないか。

 

 

「…しっかし、確かにいい加減…」

 

 そうやってあまり関係のないことを考えながらも、先程からのアマゾネスたちに苛々してきたのはルプスレギナも同じ。ふと不穏な考えが浮かび口から零れそうになるが、その動きはぴたりと止まる。

 

「…? ルプー様、どうされました?」

「…ルプス殿?」

「しぃっ、静かに……」

 

 歩みの止まったルプスレギナに気付いた一行も自然とその場に立ち止まって振り返るも、ルプスレギナに片手で制される。スンと鼻を鳴らし、僅かに眉を顰めたルプスレギナは一度ハムスケに視線を向け、先程から鼻をヒクヒクと動かしていたハムスケが小さく頷くとヘスティア達へと顔を向けて

 

「…真新しい血の臭いっす」

「えっ…!?」

「「「…!」」」

 

 その一言で空気は一変し、緊張感が増していく。依然としてアマゾネスたちの声は僅かに耳に届くので、この血の臭いは彼女たちのものではないだろう。

 

「…ルプー君、どっちの方角か分かるかい?」

「ヘスティア様っ!? まさか、行くおつもりですか!?」

「血の臭いが真新しいのなら、まだ助かるかもしれない。助けを待ってるかもしれないのに、見て見ぬふりなんてできないよ」

 

「…こっちっすよ。ハムスケ、なんかあったらヘスちゃんを乗せてすぐに離脱っす、分かったっすね?」

「…!」

 

 コクコクと頷くハムスケに小さく笑みを零し、ルプスレギナを先頭にヘスティア、リリルカ、千草、命の順に一行は再び歩みを再開する。進むにつれて強くなる臭いにルプスレギナとハムスケ、犬人(シアンスロープ)に変身しているリリルカの表情は険しくなり、やがて茂みを抜けた先にある臭いのもとへと辿り着く。

 

 

「うぅ…」

「くっ…」

 

「!! そこの君たち、大丈夫かい!!?」

 

「…! た、助けが来たのか…!?」

 

 茂みの先に居たのは、それぞれ怪我を負っている5人の()()()冒険者グループ。何故この時期に男の冒険者がこの密林にいるのかという疑問はさておき、怪我人達に駆け寄ったヘスティアをリリルカと共に追いかけて彼らの傍らまで近づいていく。

 

 

「リリちゃんは軽傷者にポーションを、重傷者は私が」

「わ、分かりました!」

 

 見たところ罠のようではなさそうだし、リリルカに指示を出しつつルプスレギナも背負っていた杖を構えて肩口に引き裂かれたような深い傷を負っている男性の冒険者に杖を向ける。

 

 

「取り敢えず、回復させたら事情を教えてもらうっすよ。《大治癒(ヒール)》」

「あ、あぁ…すまね……っ、おぉ!? こ、これは…」

 

 この集団の中では最も傷が深く、血で汚れているが装備も上等そうなところから彼がリーダーなのだろう。この出血量からして、自分たちが来なければどんな末路を迎えていたのかは想像に難くない。

 とはいえ、そんな大怪我も《大治癒》の魔法により綺麗さっぱり傷口が塞がると、リーダー格らしき彼自身も、彼の仲間たちも驚いたような視線をこちらに向けてくる。リリルカの手伝いをしていた命と千草も小さく息を呑んでいるが、何故かリリルカとヘスティアは呆れ顔だ。

 

 

「す、すげぇ…これほどの魔法を、無詠唱でなんて…」

「…いやいや、普通に詠唱してたじゃないっすか」

「えっ」

「えっ」

 

「(またこのやり取り…)」

「(ルプー様、いい加減に学習してください…)」

 

 厄介ごとの予感をひしひしと感じながらも、2人はそう思わずにはいられなかった。

 

 




 
 …うん、ぶっちゃけ普通に『バレンタインデー』でも良かった気もするけど、気にしちゃいけないよ。いいね?

 千草ちゃんって命ちゃんのことなんて呼んでましたっけ? 桜花を呼び捨てだったのは覚えてるんですけど…あれぇ。

 あ、因みに【ロキ・ファミリア】の面々は出てきません。そんなに大人数をいっぺんに動かせるだけの実力なんてないですし、彼女たちが出てきたらこんなクエストあっという間に終わらせちゃいそうですし。
 ティオネとレフィーヤの暴走なんかは見たかったんですけどね…仕方ない。

 登場した男性冒険者たちはただのモブです。今後登場する予定はないです…多分ね。

※zzzz様、三の丸様、誤字報告ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。