【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.011/恩返し、兄弟再会

 

「お、次シロノか。どんな戦い方するのか気になってたんだよなー」

「そう? じゃ張り切っちゃおうかな」

 キルアの言葉に、シロノが明るく答える。しかし対してレオリオは、むっつりした表情でシロノの対面に突っ立っていた。そして手慣れた動作でバタフライナイフを取り出すと、パチンと広げる。何の変哲もない一般的な武器ではあるが、レオリオのナイフさばきは、かなり熟練したそれである。

「……悪いが、手加減しねーぜシロノ」

「うん、よろしくねレオリオ!」

 あくまでも明るいシロノに毒気を抜かれそうになりながらも、レオリオは一応真剣な顔を作る。

「……シロノ。確かにお前は身軽さとか持久力は大したもんだ。だがそのウェイトじゃ攻撃面はあんまり頼りにならない感じだろう。違うか?」

「あー、うん、まあね」

 レオリオの言う事はもっともで、シロノの体重は三十キロと少しぐらいしかなく、それは強化系の念のコントロールがあまり得意ではないシロノの攻撃力面で、大きなネックだった。

 

「でも平気だよ」

 

 よいしょ、と、手慣れた素早さと矛盾した声とともに、シロノは背負った棺桶の中から、素早くあの武器を取り出した。

「なっ……」

 レオリオだけでなく、ほぼ全員がその獲物にぎょっとする。キルアは、「へー」と言いながら、その獲物をしげしげと見た。

「それがシロノの獲物?」

「うん。コウモリの羽みたいで面白いでしょ」

 シロノの言う通り、チェーンソーの鎖の両端についたブレードはその反った形状もあり、二対になってもいるので、コウモリの羽のように見える。そしてその形の上、刃部分もただの刃ではなく、よく見ると細かいノコギリ状で、マニアならこれが拷問用のノコギリを改造したものだということがわかるだろう。

「へー、こりゃ受け止めにくいな。ってか、お前の仕留めた豚があんな血塗れだった理由がわかったよ」

 キルアが言った。

 拷問用故に切れにくいノコギリ・ブレードと刃付きチェーンは、“周”をしていなくても食らえば大なり小なりでも漏れなくずたずたの治りにくい傷を作る。さらに柄がなく、鎖部分にもびっしりと刃物がついている事によって受け止めてやり返す事がかなり難しいという作りのこの武器は、かなりえげつない。それに相手に受け止められる危険が少ない代わりに、自分も受け止めることが出来ないだけに扱いが危険で難しい。

「けっこー外道な獲物持ってんなあ」

「お兄ちゃんと一生懸命考えたよ」

「自作かよ!」

 そう、ダメージを受けないようにするには避けるしかないという隙も容赦もないこの武器は、シロノが“フェイ兄”と慕う、拷問とその用具のプロフェッショナル・フェイタンが考案したオリジナル武器だった。

 彼の性格がふんだんに透けて見えるこの武器に、攻撃性がない所などない。だからシロノは常に、刃物を通さない特殊加工の布の下に鉄板を仕込んだ手袋を嵌めているのである。……最終的には、“硬”で手を強化して素手で鎖を持ち、尚かつ“周”で武器を強化という使い方でと言われているのだが、シロノはまだそこまで複雑なことは出来なかった。

 

「じゃあレオリオ、いっくよー」

「ちょっ……!」

 

 シロノは手袋を嵌めた手で刃物まみれのチェーンを持ち、片方のブレードをヒュンヒュンと回したかと思うと、それをあっさりと、鋭く風を切る音をさせて投げた。目に見えないほどの投げスピードに、数人が目を丸くする。

 

「だああっ!」

 あまり格好のつかない声を上げて、間一髪レオリオがそれを避ける。彼の居た所の床にはブレードが深々と刺さっており、レオリオはぞっとした。

「よっ」

 シロノは鎖を思い切り引っぱった。

 

 ──ボゴン!

 

 ブレードが刺さったままの石の床が、ブロックごと抜けた。ブレードは“周”で強化してあるので、それを伸ばしてブロックまで念を行き渡らせているせいもあるが、ブレードのぎざぎざのエッジが“返し”になっていて、ちょっとやそっとでは抜けないようになっているのだ。

 そしてシロノはかなりの大きさの石がくっついたチェーンをブンと上に放り投げ、天井にぶつけて石を粉々にしてチェーンを抜いた。

 子供の細い腕からこんなパワーを見せられるとは思っても見なかった大人たちは、ひたすら目を丸くしている。ヒソカだけが、壁にもたれながらニコニコとしていた。

 

「ど、どんな馬鹿力してんだお前!?」

「まだまだー」

 ビュン! と風を切る音を立てて、シロノがもう片方のブレードをもう一度天井に投げる。そして天井に刺さったブレードから伸びるチェーンを掴み、ぶら下がるようになったシロノは一気に反動をつけ、もう片方のブレードをビュンビュン回しながらレオリオに向かって行った。

 

「周りも危ないよー、退いててねっ」

「ッギャアァアアア!」

 ブランコの動きでもって近付いてくる凶悪な刃物を、レオリオはまたも間一髪で避けた。レオリオだけでなく、他の全員も、範囲の大きなシロノの攻撃の被害に遭わないよう、既に部屋の壁に張り付くようにして避難している。

「よいしょー!」

「っだあああああああ!?」

 

 ──ドゴン! バキッ、ズガシャッ!

 

「おー、すげーすげー」

 キルアが、面白そうに言う。壁や床がブレードで破壊される音が、部屋中に響いている。ブレードを壁や天井に刺して自由自在に飛び回り、そしてさらに五メートルあるチェーンのリーチを生かしながら、シロノは攻撃を続けた。

「……フッ……俺はアレに森の中で三十分も追い回されたんだぜ……?」

 マジで親の顔が見てえよ、と、ハンゾーが冷や汗を流しながら言う。

「うーん、いつ見ても攻防一体で良い武器だねえ、アレ♥」

 ヒソカはにこにこ笑いながら、何か微笑ましいものでも見るかのような暢気な口調で言った。

 

 攻撃力に特化したこの武器の対処法は基本的に回避のみ、更にそのリーチは小柄なシロノの弱点を補って余りあるだけでなく、大勢の中に思い切り振り回すだけでもダメージを与えられるため、第三次試験のときのような、対多数の戦いにも大変便利だ。

 普通の鎖鎌と違って両端ともがブレード、しかも鎖にまで刃物がついていてどこに触れても危ないこの武器は、片方のブレードを牽制防御に使って尚攻撃力を失わない。

「ギッロチン、ギーロチンッ」

 シロノは歌うようにそう言って飛び上がると、深呼吸をするような動きで両手を広げ、片手ずつに持った両方のブレードに遠心力をかけた。

 

「──じょっきんっ!」

 

 そう言ってシロノは両手を前に出した。走り回った挙げ句に壁際まで逃げていたレオリオを、左右から遠心力のかかったブレードが襲う。

「──ひっ!」

 

 ──ズギャギャギャギャギャギャギャ!

 

 左右方向から壁に溝を作りながらレオリオに迫ったブレードは、壁に張り付いた彼の首から左右十センチずつの余裕を残して、ピタリと止まった。壁とブレードに首を捕えられ、そしてチェーンの檻に囲まれたレオリオは既に言葉もなく、ぜえぜえと息をつきながら、目の前でにこにことチェーンを持っている自分の身長の三分の二もない小さな子供を、何か恐ろしげなものを見る目で見遣っていた。

 

「えっへへ」

「──オイ、待っ……」

 にー、と、シロノはレオリオに笑いかけ、レオリオがひやりと汗を流す。

 

 

 

「まいったっ!」

 

 

 

 待て、と言いかけたレオリオの言葉に被さった声に、ほぼ全員がぽかんとする。「まいった」、そう負けを宣言したのはレオリオではなく、シロノだった。

「………………………………は?」

「まいった! あたしの負けね。レオリオの勝ちっ」

「な……!?」

 ズガッ、と音を立てて、ブレードが壁から引き抜かれた。シロノはブレードを振り回して壁の残骸を取り除くと、武器を手早く背中に収納する。穴のあいた壁の前に呆然と立つレオリオだったが、ハっとして背筋を伸ばした。

 

「……オイ! なんでお前いきなりまいったとか言ってんだ!? 俺が言うのも何だが圧倒的に有利だったろーが!」

「えー、だってあたし最初っからレオリオと闘う気なんかないもん」

「はァ!?」

「……ま、遊んでんのはわかってたけどな」

 だって全部ギリギリのとこで外してたし、と、しゃがんだキルアが膝に肘を立てて頬杖をつきながら言う。

「うん、なかなか楽しめるパフォーマンスだったよ、シロノ♥」

「パフォーマンスぅう!?」

 ぱちぱちと拍手をするヒソカの言葉に、レオリオが叫んだ。他の数人も、呆然としている。

 

「あんな無駄の多い派手な戦い方、実戦でするわけないだろう? シロノが本気だったら、ブレードじゃなくて鎖のほうで雁字搦めにされてるよ。「まいった」と言うまで、無数の小さい刃で肉を削られながらね♥」

「なっ……」

 恐ろしいその内容に、レオリオが青ざめる。

 

「だってキルアが“どんな戦い方するか見たい”って言うからー。キルア、面白かった?」

「うん、かなり派手で面白かった。あとで武器見せてよ」

「いいよー」

「オイコラ暢気に遊ぶ約束してんじゃねー!」

 のほほんとした会話を交わす子供たちに、レオリオがびしりと指を指す。

「シロノ! なんで負けを宣言したかの理由を聞いてねーぞ!」

「んー?」

 シロノは、きょとんとした顔でレオリオに向き直った。

 

「えっとね、あたしのママが口すっぱくして言うんだけどね」

「あァ!?」

「“挨拶とお礼とごめんなさいは絶対にちゃんとしなさい”って」

「……意味わっかんねーし……!」

「だからー」

 シロノは片足を上げ、包帯の巻かれたそこを指差した。

 

「恩とか借りとかはきっちり返せ、ってこと」

 

 にっ、とシロノが笑う。「それは?」と疑問を寄せたクラピカに、シロノは説明した。

「あー、三次試験の時にハンゾー追っかけててケガしてね、通りがかったレオリオが手当てしてくれたの。コケた拍子に骨折させちゃったリスも一緒に」

「オイ、まさかアレの借りを返したつもりってんじゃ……」

「うん」

 あっさりと返したシロノに、レオリオはどう返していいものか迷っているのだろう、向けた指先を迷わせた。そしてその様子を見て、クラピカがくすりと笑う。

「いいじゃないか、レオリオ。厚意は素直に受け取っておけ」

「……つったってなァ!」

 ちょっと切り傷縫ってリスに添え木しただけだぞ!? とレオリオは言うが、クラピカは涼しい口調で言った。

「小さきものを助けた恩返しでハンター試験に合格だなんて、医者志望の君には相応しいじゃないか。合格おめでとう」

「な……」

 照れくさいのかやや赤くなったレオリオだが、言い返す言葉がないとわかったのか、もう一度シロノに向き直った。

 

「……わかった。返されたモンがデカすぎる気もするが、お言葉に甘えて合格させてもらうぜ」

「うん」

「……医者になったら、お前だったらいつでも診てやるよ。……ありがとな」

 そう言って、レオリオはシロノに背を向けた。

 

「ホッホ、なかなか気持ちのいい決着だったの。……それにしても」

 ネテロは、部屋を見回した。天井と言わず床と言わず壁と言わず、ぎざぎざの蝙蝠ブレードで散々傷つけられた部屋は、かなりひどい有様だ。

「ボロッボロじゃの~、うーむ、こりゃひどい」

「ふんだ、ネテロさんがイジワルするからでしょ」

 シロノは頬を膨らませて、ぷい、とネテロから顔を逸らした。わざわざ部屋を破壊しまくったのは、どうやら面談で「レオリオとは闘いたくない」と言ったのにも関わらずしょっぱなからカードを組んだネテロに対する腹いせであったらしい。

「……修理代請求するぞ?」

「部屋を破壊しちゃいけないとは言われてないもんねっ!」

「それもそうか。では仕方が無い」

 ネテロもあっさりそう返し、マーメン、と小柄な秘書を呼びつけると、あとでホテルの責任者に修理を依頼しておくように言いつけた。

 

 そして次の第六試合は、キルア 対 ポックル。

 しかしキルアは先程のシロノのパフォーマンスで更にやる気が増したのか、「悪いけど、あんたとは闘う気がしない」と自信たっぷりに言い、戦線離脱。ポックルの勝利、合格となった。

 次の試合はシロノ 対 ボドロであったのだが、レオリオとシロノがヒソカとの試合でボドロが負ったケガを理由に延期を要求。

 

 ──先に闘うこととなったのは、キルアとギタラクルであった。

 

 

 

「……久しぶりだね、キル」

 

 始め、と声がかかるなりそう言った見知らぬ男にキルアは不思議そうな表情をするが、ギタラクルがふいに顔に刺さった無数の針を次々抜いていくと、その表情は驚愕に変わった。

 

「──兄……貴!」

「や」

 

 ビキビキと音を立てて変形したその顔は、釘だらけの厳ついモヒカン男ではなく、さらさらの長い黒髪をした、白い肌、切れ長の黒い目をした青年だった。

「キルアの兄貴……!?」

「え? イルミちゃんてキルアのお兄ちゃんだったの?」

「……イルミちゃん!?」

 キルアは受験者の一人が兄であったという驚きもそうだが、シロノがその兄をちゃん付けで呼んだことにも大いに驚き、思い切りシロノのほうを振り返った。

「ちょっ……シロノ!? お前兄貴の知り合いだったのか!?」

「三次試験でおんなじルートだったんだよ。ほんとの顔と名前はそのとき教えてもらったけど、キルアのお兄ちゃんってことは今知った」

 でもそういえば似てるなあ、ネコっぽいとことか、とシロノは一人納得した。

「母さんと次男(ミルキ)を刺したんだって?」

「まあね」

 背の高いイルミはまっすぐにキルアを見下ろし、キルアもまた兄を見上げている。キルアは笑みを浮かべて背筋を伸ばしてはいるが、銀髪の生え際にうっすら汗が滲んでいた。

 

「母さん、泣いてたよ」

「そりゃそうだろうな、息子にそんなひでー目にあわされちゃ」

 やっぱとんでもねーガキだぜ、とレオリオが言う。

「感激してた。「あのコが立派に成長してくれててうれしい」ってさ」

 レオリオが盛大にズッコケた。

 

 イルミは母から様子を見て来いと言われたこと、そして自分もまた次の仕事の関係上資格を取りたかったのでここに居るのだということを、彼特有の棒読み口調で説明した。そしてキルアが別にハンターになりたくてここに居るわけではない、と返すと、彼は言った。

「……そうか、安心したよ。心おきなく忠告できる。お前はハンターに向かないよ」

 イルミの目は、闇のように深い。少しクロロの目に似ているが、いつも僅かに得体の知れない熱が宿っているクロロの黒い目と比べると、イルミの目はまるで真夜中の泉のようにシンとしている。

 

「お前の天職は、殺し屋なんだから」

 

 シン、と部屋が静まり返る。イルミは更に続けた。

「お前は熱を持たない闇人形だ。自身は何も欲しがらず、何も望まない。影を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは、人の死に触れた時」

 お前は親父とオレにそう育て(つく)られた、とイルミは言い、そして問うた。そんなお前が何を求めてハンターになるのか、と。

 

「確かに……ハンターにはなりたいと思ってるわけじゃない。だけどオレにだって欲しいものくらいある」

「ないね」

「──ある!」

 即答でキルアの言葉をぶった切ったイルミに、キルアはめげずに食って掛かった。

「ある! 今望んでることだってある!」

「ふーん」

 必死なキルアとは逆に、イルミは何でもないような相槌を打った。

「言ってごらん。何が望みか? ……どうした?」

 黙って俯いたキルアに、イルミが言う。

「本当は望みなんてないんだろ?」

「違う!」

 キルアの声は、悲痛なほどだった。

「ゴンと………………、……友達になりたい」

 兄と目を合わせることが出来ないまま、しかしキルアは言った。切実な声で。

「……もう人殺しなんてうんざりだ。普通に、」

 普通に、という言葉で、キルアの声が僅かに震えた。

 

「……ゴンと友達になって、普通に遊びたい」

 

 それは、「何を考えているのかわからないコ」というのがチャームポイントなのにな、と彼自身も言った通り、キルアの性格からすると、痛々しいほどに素直に発された本音だった。しかし、

「無理だね」

 お前に友達なんて出来っこないよ、と、イルミは揺るぎのない声で、そしてどこまでも深い真っ暗な泉のような目をして言った。キルアの身体がびくりと震える。

「お前は人というものを殺せるか殺せないかでしか判断できない。そう教え込まれたからね。今のお前にはゴンが眩しすぎて、測り切れないでいるだけだ。友達になりたいわけじゃない」

「違う……」

「彼の側にいれば、いつかお前は彼を殺したくなるよ。殺せるか殺せないか試したくなる」

 キルアの表情がどんどん曇り、不安げな、恐怖したようなものになる。堅く握った拳は、ぶるぶると震えていた。

「なぜならお前は根っからの人殺しだから」

 イルミがそう言うと、レオリオがザっと前へ一歩進み出た。黒服の試験官が釘を刺すが、彼はそれを制し、大きな声でキルアに言った。そんな奴の言葉に聞く耳を持つな、いつもの調子でさっさと合格してしまえ、と。それは声援であり、そして応援だった。

 

「ゴンと友達になりたいだと? 寝ぼけんな! とっくにお前ら友達(ダチ)同士だろーがよ!」

 

 キルアが今までとは違う意味で動揺し、少しだけ顔を上げた。そしてイルミもまた、「え?」と声を上げて、こちらはレオリオを見遣る。

「少なくともゴンはそう思ってるはずだぜ!」

「そうなの?」

「たりめーだバーカ!」

 しかしイルミはレオリオの罵声には何の反応も示さず、「そうか、まいったな。あっちはもう友達のつもりなのか」と顎に手を当てた。そして数秒考えたあと、彼は指を立てて、言った。

 

「よし、ゴンを殺そう」

 

 全員が、それぞれ差はあれど、ぎょっとして表情を変えた。

 

 

 

 






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