【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.012/少年と友達、少女と死




「殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだから」

 目の焦点が合わないまま、キルアが激しく震えだす。しかしイルミはそんな弟にくるりと背を向けると、ツカツカと歩き出した。
「彼はどこにいるの?」
「ちょ、待って下さいまだ試験は……」
 イルミを止めようとした立会人の試験官だったが、彼の言葉は最後まで発されることはなかった。イルミが彼を見ないまま、しかし正確に素早く放った針が、彼の顔を刺す。
 途端、ビキビキと立会人の顔が激しく変形する。その反動か、大きく不自然に歪んだ口から、意味不明な声が漏れた。しかしやはりイルミは彼を見ず、また無感動だった。

「どこ?」
「とナリの控え室ニ」
「どうも」
 試験官はガクガクと激しく身体を痙攣させて崩れ落ちる。どうも、と礼を言ったこととは裏腹にイルミは彼を最後まで見ないまま、扉に向かった。しかしその前に立ちはだかったレオリオ、クラピカ、ハンゾー、そして黒服の試験官たちに足を止める。

「……ねえ、イルミちゃん」
「ん?」

 緊迫した空気の中で話しかけたのは、いつの間にかイルミの近くまで来ていたシロノだった。誰も、そしてイルミ自身もその気配に今まで気付かなかったことに驚く。
 この子ホントに“絶”が上手いな、とイルミは少し感心しながら、見上げてくるシロノに首を傾げた。
「なに?」
「どうして殺し屋は、友達を作っちゃいけないの?」
 シロノの声には、レオリオたちから感じる反感や、理解できないものを見る視線は一切感じられなかった。ただ純粋な疑問として、シロノはイルミに質問した。
「そりゃね、殺しの依頼が来たとき、友達が邪魔になったら困るからさ。極端なことを言えば、その友達を殺せって依頼が来たら面倒でしょ」
「ふーん? じゃあ殺し屋って、頼まれたら誰でも殺すんだね」
「うん、まあそうだね。それが仕事だから」
 それがどうしたの? と首を傾げるイルミに数人が顔を顰めるが、イルミも、そしてシロノも表情は変わらない。シロノは相変わらずまっすぐにイルミを見て、再度疑問をぶつけた。

「じゃ、頼まれたら家族でも殺すの?」
「え」
「殺し屋って、頼まれたら自分の家族でも殺すの?」

 シロノは大真面目である。ゴンの時とは違う意味でぶっ飛んだその発言に、全員が呆気にとられて目を点にした。
「……君、バカ?」
「む。……うん、自慢じゃないけどパパからも“いまいちバカ”とのお墨付きを……」
「ホントに自慢にならないね。あのね、殺し屋一家で仲間割れしろなんて依頼、受けると思う?」
「ううん」
 シロノはふるふると首を振った。
「わかってるならなんでそんな質問するのさ」
「ん? あたしは自分の家族が一番大事だから、家族の為には何でもするよ。そんで、あたしじゃなくてもそういう人って多いよね?」
「多いっていうか……普通そうだろ」
 レオリオが戸惑い気味に答えた。
「だよね? でも殺し屋は違うのかなって思ったの。あ、でもさあ」
「今度はなに」
「家族を殺さないのは、家族が全員殺し屋の仲間だからでしょ?」
 シロノの質問の意味が理解できず、キルアが訝しげに眉の形を歪めた。そしてそれは他の者たちも同様らしく、疑問符を頭の上に浮かべている。

「……そんな例えはありえないよ」

 イルミは、ほんの僅かに目を細めた。
「オレの家は例外なく全員殺し屋。もちろん、キルもね。だから家族で殺しあうことはない。それだけのことさ」
「友達はダメなの?」
「ダメ」
「おんなじ殺し屋の友達でもダメ?」
「ダメ。家族以外の殺し屋は商売敵だからね。それにターゲットがかちあったりして敵対して殺しあうこともある。だからダメ」
「ふーん……」
 シロノは、イルミの言葉を吟味するようにして、くるりと視線を漂わせた。

「そっか」
「わかってくれた?」
 そう言って首を傾げたイルミに、シロノは頷いた。
「うん、わかった。じゃあしょうがないね」
「オイオイオイコラシロノ! 何引き下がってんだお前は!」
 そして今の話で何がわかったってんだ! とレオリオが怒鳴る。
「えー、だって……キルアの気持ちもわかるんだけど、イルミちゃんの気持ちもわかるし……」
「だから、そいつの理屈の何がわかるってんだ! オレにはさっぱりわかんねーぞ!?」
「いいよ別に、君にわからなくても。そこ退いてくれる?」
 そう言ってイルミが再び足を進めるが、レオリオたちもまた退こうとはしない。
「……まいったなあ……。仕事の関係上、オレは資格が必要なんだけどな」
 ここで彼らを殺してしまったら、イルミは落ちてキルアが自動的に合格となる。どうしたものか、とイルミは再び顎に手を当てた。

「ねえねえ」
「今度はなにさ、シロノ」
「それ、ゴンを殺してもいっしょじゃないの? 不合格になっちゃうよ」
「あ、そうか」
「なんだ、イルミちゃんもけっこうバ」
「なんか言った?」
「……ううん、べつに」
 レオリオの罵声には無反応だったくせに、シロノに言われるのは嫌であるらしい。僅かに殺気を滲ませたイルミに、シロノは口を噤む。

 そしてしばらく考え込んでいたイルミだが、突如「そうだ!」と、いかにも名案という風に、しかしやはり棒読みで言った。
「まず合格してから、ゴンを殺そう!」
 ビク、とキルアの身体が大きく震えた。全身に、尋常でない量の汗が流れている。
「それなら仮にここの全員を殺しても、オレの合格が取り消されることはないよね」
「うむ。ルール上は問題ない」
 ネテロがそう返すと、イルミは僅かに頷く。そして、嫌な汗をだらだらと流しながらもイルミの背中を見つめているであろうキルアに言った。
「聞いたかい、キル。オレと闘って勝たないと、ゴンを助けられない」
 イルミは振り向き、オーラをゆっくりと増幅させた。シロノにはイルミの淀み無く広がるオーラが見えたが、他の受験者には、そしてそれを向けられているキルアには、得体の知れない圧倒的なものとしか感じられていないだろう。
「友達のためにオレと闘えるかい? できないね。なぜならお前は友達なんかより、今この場でオレを倒せるか倒せないかのほうが大事だから」
 キルアの顔色は、既に紙のようだ。
「そしてもうお前の中で答えは出ている」

 ──オレの力では、兄貴を倒せない

「“勝ち目のない敵とは闘うな”。オレが口をすっぱくして教えたよね?」
 それも殺し屋の決まりなのかなあ、とシロノはぼんやり思う。もしそうでないのなら、それは随分──
(おうちによって色々あるんだなあ)
 もし自分なら、喧嘩を売られたのに買わなかった、とクロロや皆から散々馬鹿にされることだろう。喧嘩は買うどころか盗んででもやる、というのが蜘蛛である。

 手を翳してオーラで圧倒するイルミに、キルアが一歩後ずさった。
「動くな。──少しでも動いたら、戦い開始の合図とみなす。同じくお前とオレの身体が触れたその瞬間から戦い開始とする。止める方法は一つだけ。わかるな?」
 オーラをまとったイルミの手が、ゆっくりとキルアに近付いてゆく。キルアの緊張が極限まで張りつめるのが、全員にわかった。シロノだって、あんなわざわざ嫌な感じにしたオーラを目の前に近づけさせられたら気分が悪い。オーラや念の存在を知らないキルアにしてみれば、その気分はシロノが受けるのとはケタが違う恐怖感と不快感だろう。
「だが……忘れるな。お前がオレと闘わなければ、大事なゴンが死ぬことになるよ」
 キルアは、端から見ても気絶してしまうのではないかと思うほど緊張している。レオリオが再度大声でキルアに声援を送るが、聞こえているのかいないのか、彼はゆっくりゆっくりと近付いてくる兄の手から目を離せないまま、とうとう言った。

「──…………まいった。オレの……負けだよ」

 レオリオ、クラピカが驚愕に目を見開く。キルアは完全に俯いていた。もう緊張はしていない、糸は切られたのだ。
 イルミはそんな弟を見遣り、一瞬黙ったかと思うと、初めて笑みを浮かべて軽く手を叩いた。
「あーよかった、これで戦闘解除だね。はっはっは、ウソだよキル、ゴンを殺すなんてウソさ。お前をちょっと試してみたのだよ」
 だろうなあ、とシロノは思う。蜘蛛に居るおかげで、シロノは嘘を見破るのはわりと得意だ。イルミは初めから、ゴンを殺す気などなかった。……だがそれは、どうせキルアは決して自分に逆らわない、という確信があったから。それは、試してみた、とも言えない。ただ確認しただけだ。
「でも、これではっきりした。お前に友達をつくる資格はない。必要もない」
 そう、それを確認しただけ。イルミはキルアの頭を撫でながら、ゆっくりと言った。
「今まで通り親父やオレの言うことを聞いて、ただ仕事をこなしていればそれでいい。ハンター試験も必要な時期がくればオレが指示する。今は必要ない」

 ──その後。
 抜け殻のようになったキルアは、クラピカやレオリオのどんな言葉にも反応することはなく、じっと下を向いていた。



「……第八試合! ボドロ 対 シロノ!」
 そう宣言がされると同時に、シロノとボドロが前に出る。シロノは既に獲物を背中から外していた。
「──子供と闘う拳は持たぬが」
 ボドロは、すっと構えを取った。王道だが安定した、隙の少ない構えだ。
「手合わせ、ということであれば良かろう。殺しあいではないからな」
「ん、いいよ。殺したら不合格だしね」
 シロノも笑顔で頷いた。
 そして、「始め!」という宣言がなされたとき、シロノが目を見開く。
「……キルア!」
「なにっ!?」
 シロノの反応ですぐ背後まで迫ったキルアに気付いたボドロは、反射的に身体を捻った。ボドロはかなりの大柄である。そして、その広い壁がなくなると、シロノの視界が開けた。
 キルアの鋭い爪が、すぐそこまで迫っている。

 ──避けなきゃ、

 今なら、避けられる。身を捻って、ギリギリだけれど避けられる。キルアの爪がジャケットの表面を破る程度で、──でも、



 ── そ の ま ま、




「──ママ?」

 一瞬前なら、避けられた。

「あ」
 キルアが、極限まで目を見開いているのがすぐ近くに見える。青い目だ、となんとなく思った。綺麗な目。クロロが前に盗ってきたサファイアに似ている。

 胸が、暖かい。

「──あ、あ」
 キルアの表情が、みるみる歪んだ。シロノが自分の胸を見ると、そこには黒いシャツの腕が、まっすぐに突き刺さっていた。背中にも、僅かに感触がある。あ、貫通してる、と、シロノは他人事のように思った。

「………………キ、ル」
「あ、あ、あ、あ、」

 ずるり、と自分の腕から抜け落ちる暖かいものを、キルアは見つめた。ドジャ、と柔らかくて粘度のある音が耳に張り付く。
 事切れた身体は、随分と小さかった。指先に残るのは、不自然に千切れた欠片。
 今さっきまで動いていたはずの、心臓の肉片。

「──あ、」

 キルアは、石床の上に横たわった小さい身体から驚くほど大量に流れ出していく真っ赤な血を、これ以上なく焦った気持ちで見つめた。何だ、これは何だ。
「……キルア、」
 呼ばれて、ビクリと身体が跳ねる。震えながら恐る恐る顔を上げると、いくつもの双眸が自分を見ている。信じられないものを見る目。イルミでさえ目を見開いていた。耐えられなくて目を逸らせば、殺そうと思っていたはずの大柄な男が目に入る。普段なら何でもないだろうその姿が、キルアにはとても大きなものに感じられた。上から、見下ろされる。小さな心臓を突き潰した自分を、見下ろされる。
「──ひ、」
 キルアは引きつった声を上げ、一目散に走り──逃げ出した。

 動かなくなった、いずれは血も流れなくなるだろう小さな身体から。

 自分を見る目から。

 ──友達になりたかった、あの子から。

 委員会はキルアを不合格と見なし、ハンター試験は終了した。











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