【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.014/ハラヘリ・リビングデッド




「そろそろ最終じゃない? 受かってるかなー、シロ」
「読書感想文がかかってるからな。死ぬ気でやるだろ」

 あいつ机に向かって勉強するの死ぬほど嫌いだからなあ、とフィンクスが雑誌を捲りながら言う。お前と同じ操作系とは思えねーよな、とも言うと、シャルナークはけらけらと笑ってエンターキイを叩いた。
「ワタシが作た獲物持て行たね、負けてるわけないよ」
「ああ、あのドS根性が炸裂した拷問武器な……」
「何かノブナガ、ワタシのセンスに文句があるか」
「……ねえよ」
 ぎろりと睨むフェイタンから目を逸らし、ノブナガは愛刀の手入れに没頭した。
「……収納ケース作るの大変だったよ、あの武器」
「でもうまくカモフラージュできてるじゃない。ケースに入れてればコウモリの羽みたいでカワイイものね。あんな極悪な武器が入ってるとは思わないわ」
「そう? ならいいんだけどさ」
 パクノダの評価にマチは満足し、また何やら縫い始めた。今度は何を作っているんだ、とパクノダが尋ねると、今度はなんと気合を入れて振り袖を繕っているらしい。しかも三枚も。

「あら、いいわね振り袖。あの子あんまり女の子女の子した格好好きじゃないみたいだけど……私はもっと着て欲しいわ、レースとかフリルとか。せめてスカート」
「パクの選ぶのはかなりヒラヒラだもんね」
「自分に似合わないから似合う子に着せて眺めたいのよ。というか、マチやシズクもきっと似合うと思うのよね。一回着てみてよ」
「冗談。何の罰ゲームだよ」
 華やかな会話を交わす女性団員二人を、男共が遠巻きに眺める。

「──なんでお前ら帰らないんだ?」

 シロノが試験を受けにいく、と聞いて集まってからいっこうに本拠地ホームから去ろうとしない団員達に、本を持ったクロロは呆れたようにそう言った。

「帰らないって団長、ここが俺らのホームだろが」
「いやそうだが……。いつもはこんなに長く居ないだろう」
「ウボーとシズクはどっか出てったぜ? ボノは最初から来てねーし」
 そう言うと、ノブナガは再び日本刀に向き直った。
「……お前ら、シロノに構いすぎだ。あいつのことになるとなんでこう集合率が高いんだ?」
「シロノがいないとまともな生活もままならない団長に言われたくないなあ」
 ふう、と溜め息をつくクロロに、シャルナークがタイピングを休めずに言う。

「団長、シロノがいなくてマンションゴミ屋敷にして本拠地ホームに来たんでしょ? シロノと暮らすようになってから団長の生活水準メチャクチャマトモになったけどさ、その分もうシロノいないと生活できない域にきてるよね」
「あー、それは確かに。弟子だか娘だか嫁だかもうわかんねーよな」
「嫁はないでしょ」
「でも仕事ねえ時のあいつの生活、まんま主婦じゃねーか」
「……シロノの料理の腕、また上がった」
 ぼそりとコルトピが言い、携帯の画面を皆に見せた。そこには華やかな団子状の料理の添付写真とともに、《新しいレシピゲットー! 帰ったら作るね》というメッセージが添えられている。刀を組み立て終わったノブナガが、その画面を覗き込んだ。

「おお、美味そうじゃねーか。散らしズシみてえ」
「前はホットケーキしか作れなかったのに、成長したわねえ」
「パク、ババくせー」
「殺すわよ」
「あっぶね! 撃ってから言うな!」
 風穴が空いたソファでフィンクスが文句をたれるが、誰も彼の味方はしない。女に年齢の話をする方が悪いのだ。

 その時、電子音がした。クロロがポケットから携帯電話を取り出すと、画面には『シロノ』と名前が出ている。

「お? 合格報告か?」
「さあな」
 にやりと笑うフィンクスを視界の端に、クロロは電話を取った。
「どうした?」

《──クロロ・ルシルフル殿かな?》

「…………誰だ」
 クロロが声のトーンを下げてそう言ったので、全員がすっと表情を変える。子蜘蛛と言えど、シロノが念も使えないそこいらの人間に携帯を取られるということはあり得ない。
《ハンター協会会長の、ネテロじゃよ。普通の電話からかけてもとらんかと思ってな、シロノのものを借りたんじゃが》
「……ハンター協会会長?」
 クロロが聞き返す。ちなみにシャルナークが特殊なフィルターを装備させているこの携帯は、登録している番号でないとそんな番号はない、という音声が流れるようになっているため、ネテロの対処は当たりである。
《確認するが、今期のハンター試験を受験したシロノさんの保護者で、クロロ・ルシルフル殿。……で間違いないかの》
「ああ、そうだ。保護者連絡先にこの携帯を記入した」
《うむ》
「何の用だ?」
 そう言ったきり、クロロは黙った。ハンター協会の会長とやらの話を聞いているのだろう。
 ……しかし、団員達は訝しげに顔を歪めた。クロロが相槌一つ打たないまま、しかもどんどん無表情になっていくのである。しまいには、団員でさえぞっとする様な顔つきになってしまった。
「──……わかった、確認しに行く。……ああ、今からだ」
「……どしたの、団長」
 ピ、と電話を切ったクロロに、マチが顔を顰めて尋ねる。クロロは焦点が合っているのか居ないのかわからない顔で、ぼそりと言った。
「死んだ」
「は?」

「シロノが死んだ」

 シン、と部屋が静まり返った。
「……ちょっと、何の冗談」
「遺体の確認と引き取りに、協会運営の◯◯ホテルまで行く。シャルナーク、飛行船のチケットを取れ」
「団長!」
 マチが叫ぶ。縫いかけの振り袖が床に落ちた。
「冗談にしたってタチ悪いよ!?」
「冗談じゃない。シロノは死んだ。最終試験で」
「……嘘、だろ」
 フィンクスが、そう呟いて顔を歪めた。
「あいつがハンター試験ごときで死ぬかよ! チビたぁいえ、蜘蛛だぞ!?」
「何かの間違いじゃないの?」
 パクノダが言うが、クロロは首を振った。
「名前、身体的特徴、全て確認したがシロノに間違いない。心臓を潰されて即死だそうだ」

「──誰がやった」

 ゆらり、と、殺気を漂わせながらノブナガが立ち上がった。
「誰がやった。殺してやる」
「事故だそうだ」
「そんなわけあるか!」
 大声とともに、ビリビリと殺気が充満する。
「ノブナガ、落ち着け」
「落ち着いてられるか! 団長、俺も行くぜ。場合によっちゃそのネテロとかいうジジイ、叩っ斬ってやる」
「団長、アタシも行く」
「私も……」
「落ち着けと言っているだろう、お前ら」
 静かだが強いクロロの口調に、団員達が黙った。
「……プロハンターが詰めている場所だからな。俺も一人で行く気じゃなかったが、さすがに旅団総出はまずい。俺の他に三人までだ、あとは許さん」
「──わかったよ」
 その後話し合いやらコインやらでメンバーが決まり、クロロの他にノブナガ、マチ、そしてシャルナークが同行することとなり、彼らはシャルナークがとった飛行船のチケットで、すぐに目的地へ向かった。



++++++++++++++++++++++++++++



「……残念だわ、ホントに」
「そうだねえ……」
 家族が引き取りにくる前にお別れを、とシロノの遺体の前に椅子を持ってきたメンチは重々しく言い、彼女の後ろに立ったブハラもまた、重い声で返事をした。
「良い子だったのに……。料理のセンスもあったし、レシピも書いたげたのに」
「そうだねえ……」
「アンタ、そうだねえばっかりじゃないの」
「そうだねえ……」
 メンチは諦め、はあ、と息をついた。
「時の運とはいえ、後味悪いわねえ……。あら、コレ何?」
 椅子の脚が踏んでいる何かに気付き、メンチがしゃがんだ。手に取ったそれは、赤いハートの女王。
「……トランプ……ってことは、もしかしてあの44番?」
「花代わり、かな」
「ふうん……。知り合いってのはホントみたいね。ていうかこんなコトするなんて、あれもまたヒトの子ってことなのかしら。……踏んじゃって悪かったわね」
 薄いプラ製のカードの汚れを擦って落とすと、メンチは立ち上がってそれを寝台に置こうとした、その時だった。

 ──見開いた透明な瞳と、目が合った。

「──ヒッ、ギャャアァァァアア!?!」
「うわっ、うわ、うわうわうわうわ」
 ガターン! と椅子をひっくり返してメンチが叫び、尻餅をついた。ブハラもまたおぼつかない足取りで転びそうになりながら、青くなって後ずさりする。
 目を開いただけなら、筋肉の反射かとも思う。しかしシロノはそうではなく、首自体が横を向いていた。そして無表情で瞬きすらしないまま、メンチ達をじっと見つめているのである。

「ななななな何!? なに!? これナニ!?」
「わわわわかんないよ、わかんないよおおおおおお」

 腰を抜かしたメンチはブハラの太い脚に縋り付くが、彼もまた壁に背を預けてブンブンと首を振るばかりで、まともな答えなど返せなかった。横を向いたシロノは、やはり瞬きもせずにじっとメンチたちを見つめている。
 そして、きろり、と透明な目が動いた。
「はぅん……~~~~~~~──……」
「わあああ! メンチッ、メンチしっかりしろ、やめて一人にしないで──ッ!」
 ふー……と倒れそうになったメンチを、涙目になったブハラが必死で揺する。その甲斐あってかメンチは辛うじて意識を取り戻したがしかし、覚醒するや否や、ブルブル震える指で、あるところを指差した。
 ブハラは心から見たくなかったが、ゆっくりとその方向に顔を向ける。
 指差した先には、ゆっくりと身体を起こしている、血塗れのシロノの姿があった。

「うわ──!」
「イヤ──!」

 とうとう泣きが入った二人は、思い切り叫んで逃げの体勢に入った。しかしなかば腰を抜かした二人は、ハンターとしては無様にもまともに歩くことも出来ず、メンチなど既に四つん這いに近い体勢だった。そしてその間にも、シロノはゆっくりと身体を起こし、ついに寝台から降りようとしていた。ぐちゃぐちゃに潰れた胸は赤黒く、顔色は不自然なほどに真っ白い。薄暗い霊安室の中で、その肌と銀髪だけが、淡い燐光を放っている。

「──あ、」

 しかし寝台から降りようとしたシロノは、ほんの僅かな声を漏らし、ぐしゃりと床に崩れ落ちた。だがそれでもシロノは懸命に立ち上がろうとし、そしてズルズルと這いつくばる様な格好で、メンチたちのほうへ近付いてくる。
「ナニコレナニコレナニコレ──ッ?!」
「ああああああああああ」
 時間が経ってドス黒くなった血の跡を付けながら這ってくる真っ白な少女の姿に、二人はもう泣きながら、ひたすらブンブン首を振っていた。パニックのあまりドアがどこにあるかも思い出せなくなっている。

「あ…………」
「いやあああああ助けてカミサマホトケサマ味皇サマ──ッ!」
「……お…………た……」
「成仏して──ッ!」
「………………か…………た……」
「…………え?」
「……何か、言って、る……?」
 ガタガタ震えながら身を竦ませていた二人だが、シロノが小さな声で何か言っていることに気付き、ほんの僅かに身体から力を抜いた。

「………………なか…………す…………た……」
「……へ?」
「…………おなか……すい……た……」

 辛うじて聞き取れたそれは、美食ハンターの彼らにとって、とても身近で、親しみのある言葉だった。その言葉にハっとして思わずシロノを見ると、彼女はぜえぜえと苦しそうに息をつき、血塗れの身体を引きずっている。

「……食べさ、せ……」
「──って言われてもっ……!」
「な、何を食べさせれば……」
 何しろ胸に大穴があいているのだ、風邪をひいている人間にお粥を食べさせるのとはわけが違う。どうしたものかと二人がオロオロしていると、シロノはまた一歩這ってきた。
「食べ…………」
「わ、わわわわわかったわ! わかった! 何が食べたいのかなっ!?」
 多少意思疎通が出来るとわかったものの、さっきまで確かに死んでいた、そしてもちろん今も死んでいるべき、明らかに心臓のない血塗れの子供に這って来られては恐怖するなという方がおかしいだろう。二人は必死に壁に背中を押し付けながら、シロノに叫んだ。
「言ってごらん! 何が食べたいのっ!?」
 シロノは、すでにメンチの目の前に居る。そして血塗れの小さな手をぬっと伸ばし、彼女の手首をがっしと掴んだ。氷のように冷たい感触にメンチは声にならない叫びを上げ、失神しそうになるのを何とか堪える。そしてそれを見たブハラが、おそるおそる、引きつった妙な半笑いを浮かべながら言った。

「メ……メンチが食べたい、のかな……?」
「じょ、冗談じゃないわよ、おおおおおおう!?」

 人間は、恐怖のあまり全開の笑顔になることがある。まさにその状態に陥ったメンチは、掴まれた手を見てブンブンと首を振った。涙と汗が飛び散る。
「おなか……すい……」
「わ、わかった! わかったけどもっと別のモノで!」
「び、美食ハンターにも用意できるモノとできないモノがっ……!」
「…………………………美味し…………そう……」
「イヤアアアアアアアア──!」
 ブンブンと最も激しく首を振るメンチだが、シロノは更にメンチに近寄り、とうとう彼女にのしかかった。
「こ、ここまで熱烈に求められたのは初めてだけど嬉しくない──!」
「う…………」
 震える手でメンチがシロノを突き飛ばそうとした。が、少し力を入れただけで、シロノは苦しげな声を上げ、ずるりとメンチの脚に縋り付くようにして崩れ落ちてしまった。
「………………や……」
「あ……」
 今にも泣き出しそうな子供の顔はとても苦しそうで、メンチは思わず罪悪感を感じた。

 ──この子供は、飢えている。

「メ、メンチっ、だ、大丈夫──」
「……大丈夫」
 メンチの声は、震えていながらもしっかりとしていた。そしてメンチは初めてまっすぐにシロノを見た。浅く短く呼吸をするシロノはとても小さく、そして必死にメンチに向かって手を伸ばしている。

「……おなか、空いてるのね?」
「メンチ!?」
 何を言いだすのか、とブハラが焦るが、メンチの目は光を宿していた。仕事をする時の目だ、とブハラは気付き、ハっとする。
「……いいわ。こちとら美食ハンターよ、食べさせてあげようじゃないの」
「おいメンチ!? 本気かお前!?」
「うッさいッ! おなか空かした子供一人食べさせられなくて何が美食ハンターか!」
 メンチは腹に力の入った声でそう叫ぶと、背筋を伸ばし、どっかとそこに座り直した。
「腹を空かせた人間一人満足させてやれなかったなんて、一ツ星まで賜った美食ハンターメンチ、末代までの恥! ……さあどっからでもお食べ!」
「メンチ──!?」
 男前にも程があるよ! とブハラが叫ぶが、メンチは既にハラキリするサムライも裸足で逃げ出す潔さでもって、頑としてそこに座り込んでいる。

 そして、どこからでもお食べ、と言われた途端、シロノの目がふっと和らいだことにメンチは気付く。ああ、この子はこんなに飢えていたのか。ならば食べさせてやらねばなるまい。
 縋るようにして這ってきたシロノは、必死な様子でメンチの肩にしがみつく。首筋にかかる浅い呼吸は、生き物の口から漏れるはずはない冷気そのものだったが、メンチは目を閉じなかった。
「ありが……と……」
 小さく呟かれた言葉に、メンチはほんの僅かに微笑む。そうだ、この子はお礼と謝罪がちゃんとできる、とってもいい子だったではないか、と。

「……いただき……ま……す」

 だが礼儀正しく挨拶したシロノの口から鋭い真っ白な牙が覗いたのを見た瞬間、メンチはちょっとだけ後悔した。











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