【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.018/癖になる味

 

 

 

「……は?」

 

 本気で意味がわからず、イルミは首を傾げる。シロノはそんな彼をじっと見上げたままだ。

「ここんち、最初にでっかくて重たい門あるでしょ?」

「あるね」

 イルミはこくりと頷いた。

「いつものあたしなら最小限開けるだけなんだけど、シルバおじさんが“全力で開けて、どの扉まで開けれたか報告しろ”って言うからさ」

「ちなみに何番まで開けれたの?」

「三番」

 キルアと同じだ。しかし念使いとしては中の下だな、とイルミは冷静に評価する。しかしハンター試験の時の動きからするともう少し重い扉まで開けられてもいいはずだが、とイルミが呟くと、シロノが「そうなんだよね」と相槌を打った。

「だってあたし今オーラ超少ないもん。だからいつもより念入りの“絶”で省エネしてるのに、全力で門開けなきゃでさ」

「オーラが……少ない?」

「そ。その上イルミちゃんが針刺すからさあ……もーおなか空いちゃって」

 

 ──だからイルミちゃんのオーラ、ちょっとちょうだい。

 

 そう言うと、イルミはしばらく無言になった。

「……なるほどね。他人のオーラを自分のものにする……それが君の能力?」

「うん」

 こくりと頷く。さっきからじっとイルミを見上げるシロノの目は期待に溢れてきらきらしていて、『待て』を命じられている犬に似ていた。ならば先程からばたばたさせている足は、言うなれば尻尾だろうか。

「ちょっと首筋ガブッてさせてくれたらいいから!」

「そうやって食べるの? 吸血鬼みたいだなあ……」

 みたいも何もそのままなのだが、イルミは少し考えたあと、ぷい、と顔を背けた。

「やだ」

「えーッ! なんで!」

 オーラが以前通りでもイルミに歯が立たないのに、今の状態でシロノがイルミから無理矢理オーラを奪うことなど出来るはずもない。だからこうして真っ向から頼み込んだのであるが、あっさり断られ、がん、とシロノはショックを受けた。

「だって首でしょ? なんか抵抗ある」

 暗殺者として、首を晒した挙げ句に噛まれるなどというのは、やはりどうしてもあっさりどうぞとは頷けない。

「……うー、じゃ手首でもいいよ?」

 吸いにくいけど、とシロノは食い下がったが、イルミは首を縦に振らなかった。イルミの右手はゴンに握り潰されてまだ治っていないし、まともに動く左手を痛めることはしたくない、というのが彼の言い分だった。

 シロノはその言い分に納得しつつも、よほど腹が減っているのか、ぷうと頬を膨らませて不貞腐れる。

「えー!」

「だって俺暗殺者だもん」

「何さイルミちゃんのケチ。ねくろふぃりあ」

「……何だって?」

 ぴくり、と反応し、イルミはぎっ、とホラー映画に出てくる人形のように首を回してシロノを見た。心無しか殺気を滲ませているような気がする。

 

「ケチのねくろふぃりあ。……ねくろ? なくろ? ……あってる?」

 首を傾げて疑問符を飛ばしつつそう言うシロノに、どうやら意味をわかって言っているわけではないらしい、と判断したイルミは、更に問うた。

「どこで覚えて来たのそんな言葉」

「イルミちゃんがチューしたから生き返った、ってパパに報告したら「あいつ、ロリコンの上にねくろふぃりあか」って言った」

(次から料金一割増し)

 イルミは心に決めた。

「そんでねー、ねくろふぃりあって何って聞いたらシルバおじさんに聞けって」

「三割増し」

「なにが?」

 シロノは首を傾げたが、イルミは「こっちの話」と言って、何を割り増しにするのかについてはそれきり取り合わなかった。

 

「それで、ねくろふぃりあってどういう意味?」

 シロノは、最も気になっていた単語に着いて尋ねた。何やらよろしくない単語だろうことはイルミの反応でわかっていたが、彼はわりとあっさりとそれに答える。

「屍姦趣味ネクロフィリアは、死体に興奮する変態のことだよ」

「げぇ気持ち悪。えーじゃあイルミちゃんて」

「違うから」

 言い切らないうちに、イルミは即答した。間の抜けた数秒が過ぎる。

「違うから」

「二度も言わなくたっていいよ」

 相変わらずの能面ではあるが、心無しか目力を強めて強い否定を示してくるイルミに、わかったから、とシロノは頷いてみせる。しかしふと疑問が浮かび、首を傾げた。

 

「……あれ? じゃあなんでチューなんかしたの?」

 

 くりん、とシロノは首を傾げた。イルミは無表情のまま、口元に左手を遣りながら黙る。記憶を思い起こしているらしい。

「……ヒソカが、手向けの花代わりにトランプ置いたから、俺もなんかしなきゃかなと思って」

「だから何でそれでチュー?」

 そう聞かれて、イルミもシロノと同じ方向に、くりっと首を傾げた。本人たちは特に意識していないが、端から見ると何やら幼児のお遊戯のような動作である。

「……さあ?」

「さあって」

 シロノは呆気にとられた。イルミはそのときのことを思い出してでもいるのだろうか、少し視線を宙に彷徨わせながら続ける。

「なんでか他に思いつかなかったんだよね。とりあえず、冷たいし固いし死臭くさいわで最悪に気持ち悪かった」

「……えー」

「屍姦趣味ネクロフィリアに目覚めるどころかいっそトラウマになりかねない体験だったね。とにかくもう二度とするまいと思っ……何顔顰めてるの?」

「チューしといて気持ち悪いとかはちょっとなくない!?」

 イルミの感想は、少女のファーストキスを奪ったものとしては失礼極まりない。だが、シロノがあの時正真正銘死体だった事も事実だ。しかし仮にも唇を奪われた上に「気持ち悪い」に始まり「くさい」だの「最悪」「トラウマ」などとまで言われては、まだまだ思春期とは遠いシロノとていい気はしない。ついでに言えば、イルミがトラウマなどと言っても全く説得力がない、とシロノは思う。

 

「だって君死んでたし。それで生き返ったんなら、感謝されこそすれ怒られる覚えはないね」

「だからってさあ……」

 シロノはぶつぶつと文句を垂れながら、足をぶらぶらさせた。

「あああああおなかすーいーたー! ねーねーねーねー、イルミちゃんちょうだいちょうだいちょうだいおなかすいた!」

「しつこいな。あげないよ」

 一貫してにべもないイルミに、オーラ不足による飢餓感でイライラが募っているシロノは、とうとう声を荒げて暴れ始めた。ただでさえ飢餓状態の上に、かなり上質であろうイルミのオーラを隣に感じている今の状態は、正直言ってシロノの空腹感を余計煽るのだ。

 

「けち! シルバおじさんにイルミちゃんがロリコンとネクロフィリアに目覚めて死体の時にチューされたって言っちゃうから!」

「……君ね、嫁候補って目つけられてる上にそんな事報告したら、今すぐ俺と婚約するはめになるぜ」

「えええなにそれ今時チューぐらいで結婚?! イルミちゃんの箱入り!」

「そういう意味じゃなくてさあ」

 というかそれは普通男の方の台詞じゃないのか、とイルミは呆れつつ、「チューぐらいで」という発言に、やっぱりあのクロロの娘だけあるな、と密かにどうでもいい感想を抱いた。

 

「そもそも門開けただけならまだ我慢できてたのに、イルミちゃんが針ぶっ刺したからムダにオーラ使ったんじゃん! オーラ使うとおなか空くの!」

「えー、俺のせい?」

「イルミちゃんのせい! イールーミーちゃーんーのーせーいー!」

 相変わらず足をばたつかせ、更にテーブルを平手でバンバン叩きすっかり駄々っ子と化したシロノに、イルミは単調かつのんびりとした相槌を打ち、ふうと小さく溜め息を吐いた。

 

「……しょうがないな」

「ホント!?」

 了承の返事が返ってきた途端、シロノは不貞腐れていた顔を煌めかせた。

「うん、まあ針投げたのは事実だしね」

「わあい!」

「よだれ拭いて」

「──はっ!」

 口の端からたらりと漏れていたらしいよだれを、シロノは慌ててジャージの袖口で拭った。目の前でいい匂いをさせているものを食べてもいいと言われた途端に口元が緩んだらしい。

「……でもその代わり、ネクロフィリアだのキスしただのどうこうっていうのは、めんどくさいからもうこの先口にしないこと」

「わかった!」

 しゅたっ、とシロノは『よいこのおへんじ』よろしく、笑顔で腕をまっすぐ挙げた。

「あと、ヘンなことしたら速攻で刺すからね」

「しないよ」

 つくづく男女が逆な台詞を吐いている、という自覚はイルミにもあったが、相手は子供で、そして自分はネクロフィリアでもなければロリコンでもない。そう結論づけたイルミは気にしないことにして、左手を首の後ろに回し、つやつや光る長い黒髪を左肩の前に全て流した。

 

「──これでいい?」

 

 イルミは完全に母親似で、どちらかというと女性的な造形をした美形だ。この顔を見ていると意外に思うが、身長はクロロよりも十センチ近く高く、ちょうどフィンクスと同じくらいある。そして今、襟ぐりが大きく開いたカットソーのせいで鎖骨から項まで全て露になった首は筋っぽくてしっかりしており、あきらかに男のものである。さらに黒い服と髪、白い肌のくっきりしたコントラストが眩しいその姿は、相応の色気を充分に醸し出していた。

 

「いただきまーす!」

 

 しかしオーラしか見ていないシロノには、ただ純粋な意味で──というより栄養源として──おいしそう、という感想しかないらしい。大きなケーキに飛びつく子供そのままの様子で、シロノは椅子に座るイルミの膝に飛び乗った。イルミはその軽さに少し呆気にとられつつ、あーん、と開けた口の中で、白いものがきらりと輝いたのを目の端に見る。

 

 ──がぶ。

 

 擬態語で表すなら、そんな感じだった。

 オーラを吸うというのに偽りなく、“纏”の状態のイルミのオーラが、噛み付かれた所から吸い取られてシロノに移動していくのがわかった。

 

 首筋にかぶりついている感触は、人間としてはあきらかに犬歯が長い。そしてそれはきりきりと食い込んではいるが、映画で見る吸血鬼のように皮膚を突き破ることはないらしい。むしろ、ときどき小さい舌が舐めるように動いたり、口を付けたまま噛み直す仕草は、痛いというよりもくすぐったくむず痒い。

 はむはむと不器用に口を動かしている様子はどこか下手くそな印象があって、吸血鬼というよりは、おかまい無しに歯を立てて夢中で乳を吸う子犬のようだった。

(──だから……はあ)

 まさか男の身で乳を与える母犬の気分になろうとは、とイルミは再度溜め息を吐く。その吐息は文句無しに色っぽかったが、その首にかぶりついている子供は、そんなものは意にも介さず、ひたすら美味そうにオーラを吸っていた。

 キルアとよく似た色の銀髪がさらりと流れて、イルミの顎の下をくすぐる。イルミはそのくすぐったさに、左手でその髪を耳にかける。そしてそのままシロノの頭に手を遣り、撫でるように動かした。

 細い銀髪をゆっくりと掻き上げる、長い指。それにはアイスピックより太い針が挟まれていて、子供の盆の窪に迷いなく向けられていた。

 

 

 

「──ごちそうさまでした!」

 

 ぷはー、と満足そうな顔で笑うシロノは、あからさまに顔色がつやつやしていた。相変わらず“絶”をしているのでわかりにくいが、オーラは先程よりもずっと安定しているように見える。

「よだれすごいんだけど……」

 イルミは使うことのなかった針をしまうと、テーブルの上にあったナプキンをとり、少し赤く鬱血した歯形とともにべったり唾液のついた自分の首を、嫌そうに拭った。しかも半分とはいかないまでもそれなりの量のオーラを吸われたので、彼はやや機嫌が悪い。

 そしてその時、ゴトーが礼儀正しいノックと共に入ってきた。

 

「お待たせしました……、これはイルミ……様」

 思いがけない人物がそこにいたこと、しかもそのイルミの膝にシロノが乗っていることにゴトーは驚愕の表情を浮かべたが、さすがに優秀な執事、雇用主にすかさず礼を取った。

「シルバおじさん、用事終わったの?」

「はい、お呼びするように言われて参りました」

「はーい」

 ぴょんとイルミの膝から飛び降りたシロノは、ドアに小走りに駆けより、そしてくるりと振り向いた。

 

「じゃあねイルミちゃん、おいしかったよ!」

「おいしい?」

 味があるとは思っていなかったイルミは、不思議そうに首を傾げた。イルミとは対照的にすっかり機嫌が良くなったシロノは、大きく頷く。その頬には、どこかウットリしているような赤みがあった。

「あの紅茶みたいな味だったよ。葉っぱは超高級だし、蒸らし時間は完璧だし、砂糖とミルクの量も計算し尽くされてて、すっごく飲みやすいの」

「……ふぅん?」

「でも、毒が舌にびりびりくんの。だからあんまりたくさん吸えなかったけど」

 確かにちょっと癖になるかもね、とシロノが笑う。イルミはきょとんとしていたが、言うだけ言った後さっさとドアの向こうに消えていこうとしている小さな後ろ姿に言った。

「……次から金取るからね」

 

 ──三割増しで。

 

 

 

 





 ハンター試験中、ヒソカと携帯で話す時イルミが「どうやらもうすぐ二次会場に着くみたいだ“ぜ”」って言ってたのが印象深くて、たまーにほんのちょっぴりだけガードが下がると口が滑って「ぜ」が出る、とか微笑ましいなと思って言わせてみました。違和感あったらすみません。





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