【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.019/ホーンテッド・ゾルディック




「お久しぶりでーす!」

 ドアを開けるなりシロノが勇ましく挨拶すると、クッションが沢山盛られた上に堂々と座ったシルバは、相変わらず渋い笑みを浮かべた。豊かな銀髪も相俟って、まるでゆったりと寛ぐライオンのようだ。

「ほお、元気な娘っ子じゃな」
 その声に振り返ると、シロノの斜め後ろには、両手を腰の後ろに回した老人が立っていた。顎より長く垂れ下がった口髭と『一日一殺』と書かれた服が特徴的だ。
「ワシはゼノ=ゾルディック」
 鋭い眼光がどこかシルバに似ている、とは思ったが、ゼノはシルバの父でイルミやキルアの祖父であると紹介され、シロノは納得して頷いた。
「シロノです。おじゃまします」
「うむ。ところでシロノは蜘蛛の……幻影旅団の団長の娘だと聞いておるが、本当か?」
 ゼノは興味深そうな顔で、じろじろとシロノを眺めた。シロノがはてなと首を傾げると、ゼノは笑う。
「いやすまんすまん、シルバが嫁候補にどうだと言うのはどんな娘っ子かと思うてな。……いや、しかし見事な“絶”じゃのオ」
「……おじーさんがいるの、あたし全然気付かなかったんだけど」
 それなのに褒められても素直に喜べない、とシロノが唇を尖らせると、「お前みたいな童に気付かれるわけあるか」とゼノはますます面白そうに口角を上げた。
「門は第三まで開けたそうだ」
「ほオ」
「気に入ったか? 親父」
「なかなか面白い素材じゃな」
 シロノそっちのけでよく似た笑いかたを披露する親子に、シロノはもう一度首を傾げたが、さっさと本題を切り出した。

「シルバおじさん、キルアに会いたいんですけど」
「イルミにも用があるんじゃなかったか?」
「あ、イルミちゃんはもう会ったからいいです」
 そう言うと、「イルミちゃんときたか!」とゼノが声を上げて笑い出す。何がそんなに面白いのだろう、とシロノがシルバを見ると、彼もまた笑みを深くしていた。

「相変わらず面白い奴だ」
「そうかなあ、パパたちに比べれば超普通だと思うけど」
 クロロと比べる時点で立派に普通ではないのだが、それに的確に突っ込める人材は存在しない。この暗殺一家も、蜘蛛以上に臨界点を突破して普通ではないのだから。
「それで、キルアは……」
「キルアは一応仕置き中でな」
「あー、そうなんだ。じゃあお仕置き終わるまで待たなきゃダメ?」
「あと数日はかかるぞ」
「え」
 それは少し困るな、とシロノは眉尻を下げた。仕置きといえばシロノも世界名作全集読破とその読書感想文を課されており、本当に生きているのかの確認と、仕置きから逃げないようにというのを兼ねて、明日になったら旅団の誰かがパドキアまで迎えに来ることになっているからだ。シロノは勉強に関して信用がない。──毎度毎度、机に向かわせられようとする度にあの手この手で逃げているからだ。ただし、本当に逃げられたことなど滅多にないが。
 余談だが、そのおかげでシロノは元々得意な“絶”がさらに得意になり、そしてそれに比例して、団員たちの“凝”の精度も上がっている。

「そうだな……会わせてやらんこともないが」
 シルバはそう言って、少し目を細めた。
「──前の能力は消えてしまったのだろう? お前の母もいないようだしな」
「うん、もう使えないよ。ママは──多分おうちにいる」
 キルアに胸を貫かれた時に声を聞いた気がしたが、それ以降、シロノはアケミの気配を全く感じることが出来ない。いれば必ずわかるはずなので、きっとホームに帰ったのだ、とシロノは結論づけていた。シロノの中で、アケミと共に居た日々の記憶は鮮やかとは言い難いものになってはいたが、魂を共有して生きていたかのような感覚は強固なもので、今でもそれは変わらない。そしてその感覚があるからこそ、アケミの姿や声を感じることが出来なくても、母が無事であると確信してシロノは今日まで暮らして来たのだ。

「新しい能力は決まったのか?」
「あ、えーっと」
「決まったらしいな」
 随分上手くなったと言えど、シルバ相手では咄嗟に上手い嘘をつくことが出来ず、シロノは素直に観念して「まあ」と曖昧に頷いた。
「興味がある。聞かせろ」
「え」
「交換条件だ」
 お前の新しい能力を聞かせてもらう代わりにキルアに会わせてやろう、とシルバは言った。ゼノもそれを聞いて笑ったので、異論はないらしい。
 シロノはまさかここまで興味を持たれて構われるとは思っていなかったので正直戸惑ったが、少し考えた後、その条件をのむことにした。

 念使いが自分の能力の内容をバラすのは基本的な御法度だが、達人中の達人であるシルバとゼノ相手では、まさに子猫とライオン、抗うだけ無駄というものだ。
 それにイルミには喉を貫かれて無事だったことや、オーラを貰ったりしたことなどの一連のやり取りですっかりバレてしまっているし、そもそも『オーラを吸う』こと自体はシロノの生命活動そのものであり、能力というよりも体質に近い。
 つまりオーラを奪ってそのあとどういう能力に転じるかはまだまださっぱり考えてすらいないのだから、洗いざらいを話してしまってもさほど痛手にはならないだろう、という考えによる判断だった。



「他人のオーラを食べて奪う、か……」
 ゾルディックの現当主と前当主は、先程よりも更に興味深そうにシロノの話を聞いていた。そして流石その年だけあってロマシャについての知識もあったゼノは、「アンデッドとはな、久々に見たわ」と懐かしそうな表情まで浮かべている。

「ゼノさん、他のアンデッドに会ったことあるの?」
 シロノが丸い目を更に丸く見開いて尋ねると、ゼノは髭の先を弄りながら、「随分昔の話じゃし、ヴァンパイアは初めて見たが」と言いつつ頷いた。
「混血を含めれば、ロマシャの血を引く人間自体の数はかなり多い。アンデッドたちは今も生き残りが各地で細々と暮らしておって、中にはその能力を生かし、プロ・アマのハンターとして仕事を請け負っている者も居ると聞いておるぞ」
「へえ、そうなんだ」
 じゃあどこかでもしかしたら会えるのかもね、とシロノは軽い笑いを浮かべた。
 正直な所、シロノに自分にロマシャ一族としての誇り、──例えばあのクラピカのような──そんな感情はない。自分と同じルーツを持つ人間、しかもこんな風に特殊な体質を同じように持つ人間に会ってみたい、という気持ちがないこともないが、ロマシャが過去の歴史において散々な仕打ちを受けたということを聞いても、どうしても他人事としか思えない。そしてそれは、おそらく母のアケミも似たようなものだ。

「それでねえ、ただでさえおなか空いてるのに──ええと、ここんちの門開けておなか空いたから、イルミちゃんにオーラ貰ったの」
 イルミに針を投げられたことは、キス云々に繋がりそうだったので省く。そしてシルバたちは、イルミにオーラを貰ったということに酷く驚いていた。
「美味しかったよイルミちゃんのオーラ。ここんちの紅茶みたいな味がした」
「味があるのか?」
「うん。人によって違うの」
「……面白いな。よし、じゃあ試しに俺のオーラを吸ってみろ」
 さすがに実力に天と地の差があるだけあって、シルバはシロノの小さな牙など問題にもならないという風に、乗り気でそう言ってきた。しかしシロノは、ブンブンと激しく首を振る。
「無理無理! シルバおじさんのオーラなんか吸ったら、強すぎて速攻で酔っちゃうよ!」
「……酔う?」
 そう、シロノも実際に他人のオーラを摂取してみてわかったことなのだが、実は強いオーラならいいというわけでもないのである。

 生き返ったときかなり衰弱していたシロノは、ハンター協会会長であり、実質的にも最強の呼び名を持つネテロのオーラを貰おうとした。ネテロは快くオーラを分けてくれようとしたが、しかし、例えるならばほんの一滴のオーラでシロノは急性アルコール中毒よろしくぶっ倒れ、おまけに二日酔いのような症状まで味わうなど、復活早々酷い目にあったのである。

 その話を聞いて、なるほど、とゼノが頷いた。
「自分の力量より練られすぎたオーラは処理し切れない、ということか」
「そうみたい。イルミちゃんでギリギリな感じかなあ」

 つまり、アンデッド・“ヴァンパイア”であるシロノにとって、栄養源となるオーラの練度は、食材に例えると発酵度に相当する。

 念能力初心者のオーラが葡萄や牛乳であるならば、熟練者のオーラはワインやチーズだ。発酵食品は身体が慣れていないと、腹を壊すなり酔ってしまうなり、様々な身体異常を引き起こす。それにアルコールに慣れていない子供の舌と身体では、味の善し悪しもわからない。
 そこの所、イルミのオーラも実際にはかなり熟成されているし、強い。しかし、お互い知りはしないことだが、同じ操作系同士だからだろうか、彼のオーラはシロノにとってとても馴染みがよかった。
 シロノは彼のオーラを紅茶に例えたが、それよりも、紅茶リキュールの甘いカクテル、と言った方が例えとしては正確だ。飲みやすいので沢山飲めるが、度数自体は高いので、うっかり飲み過ぎると酔っぱらってしまう。

「あーこれ飲み過ぎるとやばいかも、って途中で気付いたんだけど、おなか空いてたしすっごい美味しいしで……」
 シロノの頭が、フラフラと動いている。
 この部屋に入ってきたときやたらテンションが高かったのも、こうして少し必要以上に自分のことを話しすぎているのも、実はイルミのオーラを摂取しすぎたからに他ならない。しかも“絶”でそのオーラを自分の中に閉じ込めきっていたせいで、すっかり『まわって』しまっている。

「あー、飲み過ぎた、かも……」

 そう言うや否や、シロノはへらっと頼りない笑みを浮かべるや否や、がくりと崩れ落ちた。耳を澄ませば、すうすうと寝息が聞こえる。
「……ゾルディック家初来訪で酔って寝こけるとは……」
 大物か大馬鹿者かのどちらかじゃな、とゼノが最大級の呆れと感心が混ざった様子で言った。しかしシルバは、不自然な体勢で一人掛けの椅子に座っているシロノをかつてのように抱き上げると、自分が座っていたクッションの山の中にドサリと下ろして、にや、と笑った。
「面白いだろう?」
「まさかアンデッドとは思わんかった。予想以上の素材じゃな。どう成長するか非常に楽しみではある」
 まあとりあえず、ウチの嫁候補としては合格ラインじゃろ、とゾルディック前家長から太鼓判を押されてしまったことを、眠りこける子蜘蛛は知らない。






「起きろ、おい」
「……んう?」
 耳障りな呼吸音が目立つ男の声に、シロノは顔を顰めて目を覚ました。

「──起きろ!」

 シルバが座っていたクッションの山の中に埋もれて眠りこけていたシロノは、クッションをどかして、自分を見下ろしている人物を見る。
 そこには、細い目をした、驚くほど丸々と太った背年が、ふんぞり返って立っていた。青年はシロノが目を覚ましたと見るや、フンと高慢に鼻を鳴らした。
「キルのところへ案内しろって言われてわざわざ来てやったんだ。さっさと起きろ」
 シルバとゼノは、どうやら約束を守ってくれたらしい。シロノは寝ぼけ眼を擦りながら、大きく欠伸をしてクッションの山から這い出た。
「今何時ィ……」
「真っ昼間だ」
 眠いはずだ。シロノにとっての真夜中である。
 シロノは欠伸を噛み殺しながら、早くしろと急かす青年の後ろに着いて部屋を出た。

「あのー、お兄さんダレですか。執事の人ですか」
「誰が執事だ! 殺すぞ!」
 青年は、青筋を浮かべてがっと振り向いた。しかし色々な所の肉が邪魔をして、いまいち振り返りきれていない。
 青年はミルキという名前で、ゾルディックの次男であるという。
 言われて見れば、顔の造作はイルミによく似ていて悪くない。むしろ非常に整っている。しかし太っているのとこの性格のせいで、何もかもが台無しになっていた。色々残念な人だな、とシロノはものすごく失礼な感想を素直に抱く。そもそもあんなに太っていて暗殺者などできるのだろうか、という疑問とともに。

「ほら、ここだ」
「拷問室?」
 鉄製の頑丈な扉を見てそう言ったシロノに、ミルキは意地悪そうににやりと笑う。
「そうだ。よくわかったな」
「だってうちにもあるもん」
 けろりと言ったシロノに、ミルキは僅かに目を見開いてから、面白くなさそうな顔をした。
 専らフェイタン専用、というよりもフェイタンの第二の部屋であるホームの拷問室には、シロノもよく入り浸っている。むしろ部屋にシロノ用のカップだのおやつだのクッションだのが常備してあるため、拷問室に憩いのグッズを置くな、とフィンクスに突っ込まれた。
「キルアのお仕置きって拷問?」
「そうだ。俺がやってる」
「ふーん」
 シロノは興味なさそうに相槌を打つ。ミルキのほうを見もしないシロノが気に食わなかったのか、ミルキは眉間に皺を寄せ、そしてふと言った。

「お前、うちの嫁候補なんだってな」

 じろり、と細い目が動いて、シロノを見た、──いや、睨んだ。
 ミルキにしてみれば、親父が直々に家に通しただけでもありえないというのに、酔ってシルバの部屋で爆睡した挙げ句に後継者のキルアに会わせてもらえるなど、天変地異が起こったと言ってもいい位のことだ。
 最初は何事かと思い、そしてそれは嫁候補という肩書きがあったからだということに納得しつつも、同時にまた驚いた。外部からうちの娘をと言って来る者は結構いるのだが、それを受け入れたことは一度もないし、ましてやこちらから──というかシルバが──見つけて来たなどというのは、本当に前代未聞のことだったからだ。

「お前みたいなチビが?」
「デブよりいいんじゃないの」
 痛烈にそうやり返したシロノに、ミルキは今度こそ表情をねじ曲げた。
 だがシロノのほうはうっかり酔ってしまったとはいえ、あの飲みやすさの通りあとを引かなかったイルミのオーラで腹が満たされているし、元々のマイペースな性格もあって、ちょっとやそっとの罵倒はスルーできる。しかしミルキのこの肥満者特有の常に呼吸音が混ざる話し方と、いちいち嫌味ったらしい言葉選びに、シロノもいい加減うんざりしていた。
 ──それに何より、

(イルミちゃんのオーラは紅茶みたいないい匂いがするのに)

 ミルキのオーラからは、放置して油くさくなってきた揚げ物のようなにおいがする──とシロノは思って、僅かに眉を顰めた。まあ、さすがにマジギレさせてしまいそうなので、思うだけで口には出さずにおいたが。なんだかんだで好意的に迎えられているとはいえ、ゾルディック家でその次男とやり合うほど馬鹿ではない。
 もとの素材がいいことは確かなので、食べられないことはない。しかし美味しく保つことを怠けているせいで、すっかり油が回ってしまっている。そんなにおいが、ミルキからはした。
「よっぽどおなか空いてたら食べるかもしれないけど、食欲はそそらないなあ」
「はあ!? 何の話だよ、気持ち悪いガキだな!」
 性格なのか食生活が偏っているからか、すぐにイライラする性質らしいミルキは、けっと吐き捨てた。
「お前みたいなのと結婚するなんて、死んでもゴメンだ」
「あたしだって毎日油臭い揚げ物食べる生活なんかごめんだよ」
「だから、誰がメシの話なんかしてんだよ!」
 噛み合わない会話に業を煮やしたミルキは、その苛々をぶつけるかのように、拷問室の鉄扉に手をかけた。

「おいキル! ヘンなガキがお前に会いに来てるぞ!」

 ガン! と音を立てて、ミルキが拷問室の扉を開け放つ。
 鉄板張りのフェイタンの拷問室と違って、ここは壁も床も石造りだった。拷問室特有のひんやりとした温度と、鉄臭いにおいが鼻をつく。
 そして部屋の天井から、短パン一枚のキルアが鉄の器具と鎖でぶら下げられている。

 彼は冷や汗をだらだら流し、紙のような顔色でこちらを見ていた。










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