【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.002/家族紹介マラソン



「ヒーちゃん、ゾロ目でキリいいね!」
「だね♥」
 ヒソカは受験番号44、シロノは続いて45。死番ならぬ死々番という何ともヒソカに相応しい番号、しかしシロノには“ゾロ目でキリがいい”ということ以外の他意は無いらしく、無邪気なものだった。

「ちょっとボクは暇を潰してくるから、また後でね♥」
「うん、またね」
 人ごみの中に向かうものの、面白いように人が避けていく中を通っていくヒソカに手を振り、自分はどうやって暇を潰そうか、とシロノは周りを見渡した。
 受験生たちは誰も彼も厳つい男ばかりで、子供はおろか、女性さえ居ない。しかし、念が使えない者たちが怖いわけはないし、旅団の仕事についていったりして厳つい男の集団はわりと見慣れているが、下手をしたら十歳以下かもしれない、小さな──そして何故か棺桶を背負ったシロノに集まる目線は多く、あまり居心地はよくない。
 シロノは軽く“絶”状態になると、地下道の壁に這う大きなパイプの上に飛び上がる。そして棺桶の蓋の隙間からイヤホンを引っぱり出して音楽を聴きながら、受験生たちを上から眺めることにした。



 ──それから一時間、である。

 シロノが暇つぶしに数えていた受験生たちが百人にもなる頃、一人の少年が現れた。
 スケボーを持った少年はでかい男たちの中に居るとかなり小さく見えるが、それでもシロノよりは頭一つ分背が高い。年齢も、シロノより少し上くらいだろう。そして彼の、逆立ってふわふわしていそうな髪がシロノと同じ白い銀髪だった事もあって、シロノは彼を目で追った。
 そして、さっきから数人に缶ジュースを配り歩いている四角い顔をした中年の小男から、少年がジュースを受け取って飲み始めた時だった。

(あれ)

 ジュースを片手にそう呟いた少年と目が合い、シロノは驚いた。
 念使いでもないのに、軽くとはいえ“絶”状態だったシロノに気付くのは、かなり鋭い勘を持っていないと無理な芸当だ。実際にも、今までここにいるシロノに気付いた人間は居なかったのだから。
「……おい、いつからそこに居た?」
「最初からだよ」
「うっそ。マジ?」
 少年は驚いた顔をすると、ぴょんと飛び上がってシロノの隣に座った。胸には99番のプレートがある。男たちは少年の身体能力とともに、そんな目立つ場所にシロノがずっと座っていたということを知り、ぎょっとした顔をしていた。

「マジで最初からここに居たのかよ? 全然気付かなかった」
「気付かないようにしてたもん」
「へー、すげーな」
「でも、気付いたのキミが最初だよ。誰も気付かなかった」
 そう言うと、少年は少し嬉しそうに笑った。
「子供、あたしたちだけだね。女の人もまだ一人しか居ないよ」
「えっ」
 少年が驚いた声とともに目を見開いたので、シロノは首を傾げた。
「なに?」
「フード被ってるからわかんなかった。女?」
「うん」
 そういえば地下なんだからもういいかな、とシロノはフードを取り、逆十字の刺繍がしてある帽子姿になった。あ、オレと同じ色の髪じゃん、と少年が言うので、同じ事を思っていたシロノも少し微笑む。
「眩しいのニガテなの」
「あー、俺も色素薄いほうだからわかるわかる。暗いほうが楽だよなー」
「ね」
 シロノはその上に日光過敏症であるからなのだが、無闇に自分の弱点を触れ回るなという教えを守り、それ以上は言わなかった。

「オレ、キルア。十二歳」
「シロノ。十歳だよ」
「やっぱ年下かあ、オレが最年少だと思ったのになー。……ってかもうちょっと下かと思ってた。オレの弟も十歳だけど、もうちょっとでかいぜ」
「ああ、チビだからねあたし」
 小さいという事をコンプレックスにしていないシロノに、キルアは陽気に笑った。

「キルアくんは」
「あ、“くん”とかいらねー、オレも呼び捨てするし」
「うん。……キルアはさ、そのジュース飲んで平気なの?」
 なんか入ってるでしょ、とシロノがキルアの持つ缶ジュースを指差すと、キルアはにやりと猫のように笑った。
「あ、わかるんだ?」
「何の薬かどうかまではわかんないけど、だってあのおじさん、渡した後でニヤって笑うんだもん。バレバレだよ」
「あっはっは。……オレは平気。訓練してるからね、生まれた時から」
「へー、すごいね! あたしも本でパパから教えてもらったけど……」
 そっか、どこの親もスパルタだよなあ、というキルアの言葉に、シロノはうんうんと頷いた。様々な実験動物が並ぶ机にかじり付かされ、全ての毒とその症状、解毒薬の組み合わせを覚えるまで外に出して貰えなかったあの時は、机に向かってじっとしている事が大の苦手な上に動物好きなシロノにとって、これ以上ない苦痛だった。

「で、シロノはこうして気配消して、気付く奴が居るかどうか試してるわけ?」
「んー、そういうつもりじゃなかったんだけど、そうなるかな。でもヒマ潰しだったから別にいいよ。結局キルア以外誰も気付かなかったし」
「あはは、大した事ない奴らばっかだって事だな」
「だねー」ときゃらきゃら笑いあっている子供たちに下に居る大人たちが青筋を立てているが、気付かなかったのは事実である。

 その後キルアはシロノとともに気配を消して、新しくやって来た受験生たちが自分たちに気付くかどうか眺める、という遊びに付き合っていたが、飽きたのか、191番の髭を生やした男が気付いたのを切り目に下に降りて行ってしまった。
 結局シロノにすぐ気付いたのは294番のスキンヘッドの青年ぐらいで、他はそうそう気付く事もなかった。
 そして更に受験生たちが四百人を超えた頃、三人組の受験生が現れた。三人組というのなら197,198,199番目に来た受験生もそうだったが、どうやら兄弟らしくそっくりな姿をしていた彼らと違い、403,404,405の三人はバラバラの雰囲気を持っていて、しかも一人はシロノと近い年齢の子供だった。

「……ぎゃあぁ~~っ!」

 突然の凄い叫び声が上がったほうを見遣ると、そこには両手がなくなった男と、それをやったのだろうヒソカが居た。「アーラ不思議、腕が消えちゃった」と彼は歌うように言うが、天井に近いせいもあり、シロノには、ヒソカの念で男の両手が天井に張り付いているのが見えた。

「気をつけようね♦ 人にぶつかったらあやまらなくちゃ♣」
(ああ、それはダメだよね)
 挨拶とありがとう、ごめんなさいは常に礼儀正しく、とアケミから口を酸っぱくして教え込まれているシロノは、ヒソカの言い分に、うんうんと的外れに頷いた。腕を切るまでするのはやりすぎだとも思うが、そこはぶつかった相手がヒソカだったからという事で仕方が無い。

 そして三人組に人が良さそうに話かけていた16番のプレートを付けた例の男が、彼らにもジュースを配り始めた。が、三人組は黒髪の少年のお陰でそれを飲む事はなく、男は土下座するように謝罪しはじめる。
 ちなみにがぶがぶ飲んでいたキルアは、あれから結構時間が経っているのにケロリとした顔をしているので、本当に平気なのだろう。シロノは素直に感心した。

(いろんな人が居るなあ)
 こんなに大勢の見知らぬ人々の中に居るのは、シロノにとって初めての経験だ。潜入の経験はあるけれど、こうして同列に並ぶというのは本当に初めてで、シロノは少しワクワクし始めた。

「あっ、あんなとこに女の子が居る」
「えっ?」
 黒髪の少年がシロノを指差し、同行者二人もシロノを見た。
「うわ、気付かなかった。ちっちぇーな、あれ、ゴンより下なんじゃねえか?」
 ていうかなんで棺桶なんか背負ってんだ、と、スーツ姿の、かなり背の高いサングラスをかけた男が言ったその時、四角い顔の男が慌てて言った。
「馬鹿っ、指差すなよ! あのガキ、ヒソカと手繋いで入って来たんだぞ!? ヤベー奴に決まってる!」
「えーっ!?」
 三人が心底驚いた声を上げ、四角い顔の男は「声がでかい!」と口に人差し指を当てた。
 どうやらあの四角い顔の男に絡まれなかったのは存在に気付かれなかったからではなく、ヒソカと一緒に試験会場に来たことが原因であったらしい。
 新人に目をつけるのが誰よりも早そうなあの男の事だ、シロノが“絶”を使う前からシロノの存在に気付いては居たものの、ヒソカと手を繋いで一緒に来た事と、上に登った途端に誰も“絶”状態のシロノに気付かなかった事に、近付かないほうがいいというセンサーを働かせたのだろう。

(あ)

 そのとき、シロノの反対側にある壁のパイプの上に、いつの間にか正装をした紳士が立っている。シロノと同じく軽く気配を消している彼に気付くものは誰もいなかったが、シロノが見ている事に気付いた紳士は僅かに微笑むと、片手に持った奇妙なマスコット人形を、もう片方の手でぐいと引っぱった。

 ──ジリリリリリリリ!

 すると人形の口が開き、ベロンと舌が出たと思うと、それは耳をつんざく音量の目覚まし時計のような音を地下道に響かせた。そして紳士がマスコットの額のボタンを押すと、大音量がピタリと止まる。
(……欲しいなあ、あれ)
「ただ今をもって、受付け時間を終了いたします」
 全員の視線が紳士に集まる。

「ではこれより、ハンター試験を開始いたします」

 ピィン、と、地下道内の雰囲気が張りつめた。
 そして紳士は全員に最終の確認をすると、洗練された動きで歩き出す。しかしそのスピードがだんだんと早くなっていっている事は、上に居るシロノにはよくわかった。
「二次試験会場まで私について来ること。これが一次試験でございます」
 サトツと名乗った紳士はそう言うと、やはり歩いているとは思えないスピードで歩き続ける。シロノは走り出した集団の中にひらりと飛び降りると、同じように走り出した。
(うーん……)
 しかし、図体のでかい男たちの海の中では、どうにも視界が悪い。前はもちろん左右に後ろも、男たちが高い壁となって、視界はかなり悪い。かなりの小柄ゆえに他人を見上げる事には慣れているシロノも、さすがにこれは居心地が悪かった。
「ひゃっ」
「邪魔だ、チビ!」
 しかも、ほぼわざとだろう、膝でシロノを蹴って走って行く者もいる。まさか直撃で貰うわけはないが、足下でちょこちょこ走っている──風に思える──シロノを、大柄の男たちはやや邪魔臭く思っているようだった。しかしそれはシロノだって同じことだ。
「んー」
 どうしたもんかな、とシロノは眉を寄せ、トン、と地面を蹴った。

「なっ……!」
 平然と壁を走り始めたシロノを、男たちが半ば呆然と見遣る。鬼ごっこの最中にクロロたちに習った壁走りであるが、シロノもこれは結構得意だ。これが使えると移動範囲が大幅に広がるし、障害物がある場所での視界が確保できる。体格が並外れて小さいシロノにはとても便利な技術だ。今現在のように。

「……お前らと同じ十代なんだぞオレはよ!」
「ウソォ!?」
「あー! ゴンまで……! ひっでーもォ絶交な!」

 下からそんなやり取りが聞こえて来て、シロノは思わず下を見た。するとさっき見た三人組の一人である黒髪の少年とスケボーを抱えたキルアが並走し、大柄なスーツの男が何やら喚いている。先程の彼の発言からするに、黒髪の少年はゴンという名前らしい。

「うわー! すごいね!」

 そしてその時、そのゴンがきらきらした目でシロノを見上げてそう言った。
「うわ、そんな事もできんのかよシロノ」
「え、キルア、知り合い?」
 さっき初めて会った、とキルアは黒髪の少年に説明した。
「てか、なんでそんなとこ走ってんだ?」
「だってみんなでっかいから、前見えないんだもん」
「じゃあこっちおいでよ! 結構見えるよ!」
 ゴンが言うと、彼らの後ろを走っている大柄なスーツの男は、壁を走るシロノを呆然と見上げながら、やや戸惑った顔をしていた。さっきシロノがヒソカの知り合いと聞かされた事を引きずっているのかもしれない。

 シロノは壁を蹴ると、宙で一回転して、彼らの側に着地し、再度走り出した。なるほど言う通りに結構前が見える上、何より小柄な二人が側に居るのでは圧迫感が全く違った。
「あ、ほんとだ、見える。ありがとう」
「うん! オレはゴン! こっちがレオリオ」
「あたし、シロノ」
「シロノだね。よろしく!」
 にこっ、と、ゴンは輝くような笑顔を返した。シロノは“なんかウボーに似てるなあ、強化系かな”と思いつつ、笑って「よろしくね」と返した。
「ほら、レオリオも」
「あー、……おう。なんだ、ヒソカの知り合いって割にはまともだな」
「はァ!? お前ヒソカの知り合い!?」
 知らなかった、と、キルアが驚きで顔を歪めた。「だろ? ビビるよなあ」とレオリオが相槌を打つ。

「ああ、ヒーちゃんはちょっと変わってるからね」
「ヒーちゃんて!」
 ありえねー! とレオリオが盛大なリアクションをとる。
「まあ、変わってるっていやお前も充分変わってるけどな……なんで棺桶背負ってんだ、まさか中身入ってんじゃねーだろうな」
「これはえーと……かばん代わりっていうか、着替えとかが」
「もっとマシなチョイスあんだろ……ギターケースとか鞄代わりにするやついるけどな……」
 レオリオが呆れたように言うと、その会話をじっと聞いていたキルアが、ぼそりと口を開いた。

「……なあ、お前ヒソカとどういう知り合い?」

 その質問には、ゴンとレオリオも“気になる”という意思を表情に貼付けてシロノを見つめていた。シロノはどう説明したものかと迷ったが、やがて口を開いた。
「んー……パパたちの……友達? いや仕事の関係で……? えーと、いや知り合い……」
「何で全部疑問系だ」
「えーと……ヒーちゃんと友達とか言ったらパパたちになんか五時間ぐらい説教されそうで……」
「お前の父ちゃん正しいぜ……」
 ひどく納得したように、レオリオはうんうんと頷いた。
「でも今回一緒なのは偶然なんだよ。船降りたらヒーちゃんいたから、一緒に来たの」
「へえ、オレらと一緒だな。ってか、ヒソカと知り合いになる仕事って何してんだよ、お前んちって」
「えーと」
 これこそどう説明したらいいもんだろうか、とシロノは悩み、そして自分たちが如何に一般社会に顔向けできない稼業であるか、人生で初めて深く痛感した。

「……か、家族みんなで……自営業」

 ちょっと辛いかなあ、とも思ったのだが、レオリオは納得したのか、それ以上質問する事もなかった。
「へー、家族多いのか?」
「うん」
「……ねーちゃんとか居るのか?」
「居るよ」
「ほほう。美人?」
「二人ともものすごく美人だよ」
「おおお! いいねえ~!」
「レオリオ……」
 ゴンが呆れたように言うが、レオリオはやけに楽しそうにその点について聞いて来た。シロノが自分の服は姉の一人が全部作ってくれたものだと言うと、「家庭的な女性なんだな!」と酷く満足そうだった。



 そしてその後、ペースが遅れつつもしっかりついてくるレオリオを後ろに、最年少三人組は一番前、サトツの真後ろまで来ていた。
「いつの間にか一番前に来ちゃったね」
「うん、だってペース遅いんだもん」
「でももっと走るならこのくらいで良くない?」
 まだどのぐらいあるかわからないんだし、とシロノが言うと、そうかな、とキルアが怠そうに返し、「結構ハンター試験も楽勝かもな、つまんねーの」と、本当につまらなさそうに言った。

「キルアは何でハンターになりたいの?」
「オレ? べつにハンターになんかなりたくないよ。ものすごい難関だって言われてるから面白そうだと思っただけさ」
 でも拍子抜けだな、とキルアはツンと唇を尖らせて言った。
「ゴンは?」
「オレの親父がハンターをやってるんだ。親父みたいなハンターになるのが目標だよ」
 それからゴンは、どこか遠くを見るような力強くてきらきらした目で、まだ見ぬ父親のことと、彼に近付きたいという夢を話した。

 シロノはそれを聞いて、父親に憧れる子供というのも居るんだなあ、と感心した。シロノはクロロを誰よりも凄いと思っているが、クロロのようになりたいとは正直思わない。
「シロノは?」
「んー、あたしはパパと家族に言われたから。ハンター証があると身分証明とか色んなとこで便利だから、持っとけって」
「車の免許かよ」
「すごいなー、オレ保護者承諾サイン貰うのにメチャクチャ苦労したのに」
 階段を駆け上るペースを微塵も緩めないまま、会話は続く。
「でもね、もう一つの理由は、あたしがあんまり外に出た事ないからなんだ」
 シロノ自身が覚えている限り、どこへ行くにもクロロや皆が一緒に居て、一人で知らない所や他人に対面した事があまりない。敵と対峙した事はあっても、話したりしたことは本当に少ないのだ。
「短期留学のつもりで、とか言ってたよ。ハンター試験ならさぞ濃い連中が来てるだろうから、いい刺激になるだろうって」
 なるほど、これほど濃い連中が集まる場もそうないだろう、と二人の少年は笑いながら頷いた。
 シロノとしては、旅団以上に濃い人間がそうそう居るとは思えないと硬く信じていたのだが、今回ここへ来て、とりあえず、世界は広いのだという事は十分思い知ったので、それだけでも実になっている気はする。
「パパ、訓練と勉強はスパルタだけどあとは放任主義だから。お姉ちゃん達は「女の子なんだから門限くらい決めたら」って言うんだけど、パパなんにもしないもん」
「ふーん」
「あたしのママも、“生きてて幸せならあとはどうでもいい”だし」
 テキトーだよねー、とシロノは言い、ゴンも「シンプルだね」と笑い返した。だが、キルアだけは、そんな風に笑いあう二人を、どこか遠い場所を眺めるような目で見て、言った。

「……いいな、二人とも」

 小さすぎるその呟きに二人が僅かな疑問符を浮かべたその時、光が差す出口が見えた。









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