【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.021/爆走帰り道




 拷問室を出て、呆れるほど長い廊下を歩ききった所に居たのは、一人の女と、シロノと同じぐらいの歳の、キモノを着た子供だった。

「御機嫌よう」

 女の声は、きんと耳の奥に刺さるようだった。
「あ、えと……。ごきげんよう、でございま、す?」
 耳慣れない挨拶をされたシロノは、戸惑いながら妙ちきりんな挨拶を返す。
「私、キルアたちの母でキキョウと申します。こちらは末っ子のカルト」
「あ、シロノです。おじゃましてます」
 ぺこり、とシロノは頭を下げた。その拍子に、未だに寝癖がついたままの髪がぴょんぴょんと色んな方向へ跳ね、シロノはそっと見上げるようにして、女の姿を見た。
 女は、実に奇妙な風体をしていた。まるで中世の映画に出て来るような膨らんだスカートのドレスはレースやリボンやフリルでこれでもかと装飾がされ、帽子は大きくやはり装飾過多で、派手な羽根飾りがスパークするかのごとく飛び出ている。そして何より特徴的なのは、その顔面が包帯でぐるぐる巻きであるばかりか、目元にごつい機械を装着していることだった。
 一目で思わずあんぐり口を開けてしまうようなその姿に、シロノは呆気にとられる。しかし女は気にせず、僅かに口角を上げて上品に微笑んだ。目元のメカが、キュインと機械音を立てる。

「……あのう、そろそろうちから迎えが来るので」
「ええ、聞いております。ですから玄関までご案内しようと思いまして。言っちゃ何ですけれどうちは広いですから、道順おわかりにならないでしょう?」
 マイクがキーンと鳴った時のような感触がした。口調も声質も、まるで割れて尖ったガラスのようだ。
「あ、お願いします。あと酔っぱらって勝手に寝ちゃって、ごめんなさい」
「結構ですのよ。アンデッドの方は夜中に起きて昼間に寝るものだとお義父様から伺いましたからね」
 いかにも、あなたのことはよく理解しています、という風な、何やら芝居でもしているかのような口調だった。

「シロノさんは、特技はありますの?」

 しばらく無言でてくてくと廊下を歩いていると、キキョウが突然言った。ただでさえきんきん響く声が窓のない廊下で反響して、余計に耳が痛い。そして彼女の機械越しの目線は、何故か真っすぐにシロノを見ようとしない。
「え? えーと……万引きと無賃乗車と潜入……とかかな」
 一般人ならまず間違いなく彼方までドン引きする答えだったが、キキョウはほんの少し目を細めただけだった。
「そうですか、盗賊の娘さんらしい特技だこと。ではご趣味は?」
「料理です」
「あら素敵! 私もお料理は好きでしてよ!」
 それからしばらく、シロノはキキョウと料理の話をした。毒の効果的な混ぜかたにまで話が発展するとさすがに少し閉口したが、料理の話自体はシロノも楽しい。しかし、足音の無音さを台無しにする盛大な衣擦れの音を立てるキキョウのスカートの横を歩いている子供がじっと自分を見ていることに、ふとシロノは気がついた。
 なんだろう、と首を傾げると、カルトというその子供が口を開く。

「お前、誰と結婚するの? イルミ兄さん?」
「んまああああ、カルトちゃんったら!」
 ほほほほほ! という、オペラの芝居でしか聞けないような笑い声を上げるキキョウに対して、カルトの表情は心無しか険しい。
「さあ。そもそもここんちの人と結婚するかどうかわかんない」
「……そうなの?」
「うん。だってあたしまだ十歳だし、結婚とか言われてもわかんないよ」
 その答えに少しきょとんとした表情を返したカルトは、少し拍子抜けしたように「ふうん」と言って目を逸らした。

「十歳なら僕と同じだね。背が低いからもう少し下かと思ったよ」
 そう言われて、シロノはハンター試験中にイルミが「十歳の弟がいる」と言っていたことを思い出す。そしてそれをカルトに言うと、ほんのりと嬉しそうな表情を浮かべた──気がした。それを見て、シロノは「ゾルディックってブラコン要素強いのかな」と密かに思う。最初のあの険しい顔も、もしかしたら兄の一人を取られると思ったからかもしれない──いや間違いなくそうだろう。

 カルトは男の子だそうだが、袖と裾の長い、いわゆる振袖のキモノを着ている。しかもカルトは微塵も裾を乱さず静かに歩いていて、シロノは素直に感心した。
 ノブナガやマチがキモノを愛好しているので、シロノもキモノは結構よく着る。寝間着にしても、ジャージの次に浴衣を愛好しているぐらいだ。しかし良く言えば活発、悪く言えばがさつなシロノは、以前振袖の裾をからげて団員たちと追いかけっこをしてパクノダに盛大なため息を吐かれて以来、袖がなく、裾も短い着物をスパッツ着用で着ているので、カルトのような格好をしたことはほとんどない。

(うーん、ヘンな家……)

 ハンター試験でも濃い人間たちに会って来たが、この家も蜘蛛の面々にタメをはる濃さである。つくづく世の中には色んな人がいるものだ、とシロノは一人感心し、相変わらずワッサワッサと音を立てている布の塊の後を着いていった。



「じゃあ、どうもおじゃましました」
 玄関に着いたシロノはぺこりと頭を下げると、試しの門ほどではないがやはりかなり大きい本邸の門を潜って、ゾルディック家をあとにした。
 キキョウは口元に──というか口元しか見えないのだが──僅かな笑みを浮かべてその小さい背を見送ったが、シロノがいくらか遠くまで行ってしまうと、フッとその笑みを消した。

「あなた! ──あなたッ!」

 窓ガラスの何枚かが割れてもおかしくないような声が、ゾルディックのエントランスに響く。カルトが、唾を付けた指をすかさず耳に突っ込んでいた。慣れているらしい。
 キキョウは全く揺れていないのに凄まじい早さで走り出し、シルバの部屋に向かった。そしてドアを開けるなりまた叫ぶ。

「あなた!」
「シロノは気に入ったか?」
 シルバは何かの本を読みながら、妻の顔を見もせず言った。キキョウはぎりりと歯を噛み締めて、絞り出すように言う。
「あの銀髪と、ロマシャのアンデッドだというのは大変よろしいと思いますわ。“絶”は見事なものでしたし、お料理好きなのも結構です。……でも何ですか、あれは!」
「あれ?」
 シルバが本から顔を上げた。キキョウは、今にもその重たい帽子を放り投げて頭を掻き毟らん勢いだ。
「あんなよれよれのジャージと寝癖で人様の家にやって来るような子!」
 キキョウは「信じられない!」と何度も叫びながら、いかにシロノのジャージがこ汚くて寝癖がエキセントリックなものだったか、きいきいと怒鳴り始めた。──フィンクスのジャージ至上論は、どうやらこの夫人には全くもって通用しないらしい。
 だがシルバは妻の喚きを全く無視し、再び本に視線を戻す。
 そうして耳も塞がずキキョウの超音波を平然と聞き流しているシルバに、未だ耳に指を突っ込んでいるカルトは、「やっぱり父様が一番スゴイ」と密かに尊敬の念を抱いたのだった。






 日が高い。
 シロノは誇張抜きで肌を焼く日光を避けるため、鬱蒼と茂る木々の影を踏みながら、ゾルディックの広大な庭を駆け抜けた。
 イルミに分けてもらったオーラで、本調子とはいえないまでも、体調は良い。だから多少ながら念を使っている上に斜面を降下する道行きはとても速く、ジェットコースターのように爽快だ。シロノはその爽快さに任せて、目の前に迫った試しの門に向かって突撃する。

 ──ドゴ、ギィ、ゴォオン!

「な、何だ!?」
 百キロの重りを着けてトレーニングをしていたレオリオは、大砲の弾でもぶつかったような音に驚いて声を上げた。クラピカとゴンも、その音でぎゃあぎゃあと一斉に木から飛び立つ鳥たちに驚いて目を丸くしている。
「……あれは……第四の門が開く音、ですね」
「第四!?」
 ゼブロが唖然として呟いた言葉に、三人は揃って大声を出した。一番軽い第一の門は片方2トン、ひとつ番号が上がるごとに倍になる。第四の門は、──32トンだ。



 ゾルディックの人間が外出でもしたのだろうか、とゴンたちが首を傾げている間にも、門を飛び出したシロノは更に山を駆け下りていく。本来はバスが通るその道であるが、一日一本しか通らないため、がらんと人気がない。
「ん?」
 だが、くん、と鼻を鳴らしたシロノは、ぱあっと表情を輝かせた。

「──ウボーだ!」
「おー、シロ! 久しぶりだな!」

 山道の途中で木にもたれかかっていたウボォーギンは、試しの門をぶち開けたのと同じ勢いでドーンと突進して来た子供を、足下に何の揺らぎもなくがっしと受け止め、豪快な笑顔を浮かべた。
「ウボーがお迎え? 珍しいね!」
「たまたま近くに居てな。で、たまたま携帯持ってた」
 旅団との連絡手段として渋々所持してはいるが、金であれ何であれ、荷物を持つことを好まないウボォーギンが携帯に出ることはひどく珍しい。しかし連絡して来たシャルナークが珍しく困惑したような声で事情を説明したので、彼も何だか心配になり、こうして迎えを引き受けたのだった。

「死んだって聞いてたが、元気そうじゃねーか」
「うん、ばっちり生き返ったよ!」
「そうかそうか、じゃあ問題ねえな」
 ウボォーギンはうんうんと頷くと、シロノを肩に乗せた。そして片手に持っていた、彼には似合わないことこの上ない日傘をシロノに手渡す。日光過敏症のシロノに必需品であるそれだが、電話をとった時にしっかりと持っていくようにパクノダに釘を刺されたらしい。見たこともないその傘をどこから彼が調達したのかは謎だが、少し大きめの、丈夫な日傘だった。
 シロノが傘をポンと開いた途端、ウボォーギンは一気に走り出す。シロノが自分で走ってもそれなりのスピードだと思っていたが、やはりウボォーギンと比べると大違いだ。

「あーあ、帰ったら読書感想文だよー、やだなあ」
「何だ、つまんねえ仕置きだな。……じゃ、飛行船使わずこのまま走ってくか」
「やったあ! ありがとウボー」
 結局の所帰るのは同じなので悪あがきとも言えるが、自動車よりも速いウボーの肩に乗って、2メーター50センチ超の高所から景色を眺めるのは最高だ。
 シロノは、ウボォーギンが大好きだ。強化系としての力量を極める彼はシロノがどう全力で向かった所で指の先であしらってしまえるほど強靭で、そして誰よりも豪快である。そしてその反面理屈っぽいことをちまちま考えるのが嫌いで、シロノが机に縛り付けられていると、誰よりも本気で同情する。修行に一番付き合ってくれるのもウボォーギンで、廃墟で旅団いちの巨人とちびが追いかけっこをしているのは、今や日常風景だった。

 シロノは振り落とされないように、ウボォーギンの首にしがみつく。シロノの腕がちょうど回る位の太い首は、シロノがしがみついてもびくともしない。彼の獣の鬣のような髪に顔を埋めたシロノは、心地良さそうににこにこした。

「ウボーもいいにおいがするよ」
「ぶわっはっは! ンなこと言うのはお前ぐれえだぜ!」
 そんなことは生まれて初めて言われた、と言って、ウボォーギンは大声で笑った。

「でも、ほんとだよ」

 嗅覚を働かせれば、僅かに埃っぽいような、動物の毛に顔を埋めた時のような匂いもする。しかし肉体的な感覚よりもオーラに対しての感覚の方がよほど敏感になったシロノにとって、ウボォーギンのオーラもまた、とても上質で心地の良いものだった。
 酒が飲めなくてもいい匂いだと感じる、樽から出したばかりの、太陽の匂いにも似た、弾けるようなホップのにおい。多分口にしても子供の舌には苦くてまだまだ飲めたものではないのかもしれないけれど、金色の豪快な輝きは文句無しに魅力的だ。

「ウボーのオーラをごくごく飲めたら、気持ちいいだろうなあ」
「はっは、我ながら食い出があると思うぜ」
「だろうね」
 飲んでも飲んでもなくならない感じがするよ、とシロノが言うと、ウボォーギンは「当たり前だ!」と笑った。お前にちょっと噛み付かれたぐらいでヘタレるものか、と余裕の表情を浮かべるウボォーギンに、シロノもにやりと挑戦的に笑う。
「じゃあ大きくなったら頂戴ね! ウボーがへろへろになるまで飲んじゃうから!」
「やれるもんならやってみな」
 せいぜい途中で酔っぱらってぶっ倒れんなよ、とウボォーギンは言って、更にスピードを上げる。峠から思い切り飛んだウボォーギンの肩から見る絶景に、シロノは最高だという意味の歓声を上げ、風を受けた日傘が、ぎしりと音を立てて膨らんだ。

 そして調子に乗った挙げ句に散々寄り道して走り回り、帰りがかなり遅れた二人は、到着早々揃ってパクノダに怒られるはめになった。旅団の最大と最小コンビがこうしてばつが悪そうに怒られているのは、端から見てもとても奇妙だ。

 集まって来ていた数人の団員たちは、その“いつも通り”の光景に、無言で呆れたため息を吐いたのだった。










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