【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.027/金のスプーン




 能力開発のインスピレーションを得る為の経験値取得。
 その名目でヒソカがシロノに課したのは、ひたすら好きな事をやる、という事だった。

「嫌いな事をイヤイヤやっても、意味はない♥」

 というのがヒソカの主張で、シロノは毎日、彼と色々な事をした。
 もちろん基礎の格闘訓練も多少はつけてもらっていたが、最低限のものでしかない。だからヒソカも組み手の途中で熱くなったりする事もなかったし、極々平和な基礎訓練と組み手を少しやるだけだ。
 他の選手の試合を観たりとそれなりに修行らしい事もするのだが、主にはヒソカと映画を観たり、ゲームをしたりといったことのほうが主で、端から見ていれば修行とはとても思えない過ごし方だった。むしろ遊び暮らしている、という評価の方が相応しい。
 ここに来てからというもの、フェイタンによって、食べるよりも寝るよりもまず生き抜く事を考える、という室内サバイバルな生活をしていたシロノにとって、ヒソカとの日々はとてものんびりしたもので、いっそ落ち着かない気分にすらなった。

「ねーヒーちゃん、こんな遊んでばっかでいいの?」
 どこか尻の据わりの悪いような顔をして、シロノはヒソカを見上げた。手の中には、ゲームセンターで取りまくった景品やら、映画館のパンフが山と抱えられている。
「遊んでるんじゃないよ。言うなれば、これは自分探しの旅さ♣」
 もっともらしくヒソカは言うが、遊び人の言い訳にしか聞こえない。胡散臭そうに眉を顰めている子供に、彼は更に言った。
「そうだね、もっとわかりやすく言うと……、これは、自分の中で特別な位置を占めるものは何か、を見つける修行♦」
「特別なもの?」
 シロノが鸚鵡返しに聞くと、そう、とヒソカは頷いた。
「旅団の皆を見ていればわかるだろう? それぞれの能力は、それぞれの得意分野を念で強化したもの、と言い換えてもいい♣」
 例えばノブナガは居合、マチは裁縫とその為の糸だ、とヒソカが説明すると、シロノは納得して頷く。
「キミのパパの能力なんかはとても複雑に見えるけど、盗み、そして本、というポイント自体はとても安直でわかりやすい形態をとってるね。強化系なんかはもっと──そうだね、ウボォーギンなんかもっと単純だ♣」
「パンチ!」
 大好きな巨人の名前に、シロノは素早く手を上げて答えた。

「そう♥ 自分の好きな事、得意な事、それを捉えて、突き詰めていく♦」

 ヒソカは指先からオーラを飛ばし、シロノが手を上げたことでこぼれ落ちそうになった景品の一つにくっつけた。
「キミは何が一番好きかな?」
 空中に浮かんだウサギの人形が、シロノに向かって長い耳を向け、聞かせてくれ、とでも言うようなポーズをとる。ひとりでに浮いて動く人形に通行人がぎょっとした目を向けているが、シロノには、彼の5本の指先から細く伸びた『伸縮自在の愛バンジーガム』が、人形の頭と手足をそれぞれ吊って動かしているのがわかる。
 首を傾げたり、耳をぴこぴこと動かしているウサギを前に、シロノは考え込んだ。うーん、と首を傾げる子供に合わせて、ウサギもまた、同じ方向に首を傾げる。路上パフォーマンスにも見えるその光景に周囲の目が集まり始めたその時、シロノはぱっと顔を上げた。

「──ゴハン!」






 天空闘技場は、格闘のメッカであると同時に、巨大な娯楽施設でもある。
 そしてそれは格闘技観戦だけでなく、それから派生した施設、二人が散々行った映画館やゲームセンター・ちょっとしたカジノなどもそうだが、もう一つ、名物と言われているものがある。
「ふわああああ、いいにおい」
 店先から漂う様々な料理の香りに、シロノは格好を崩した。天空闘技場、正しくはその周囲の町の名物、それがこの巨大レストラン街だった。
 この大陸きっての食い倒れ天国とまで言われたこの場所は、ありとあらゆる料理店が建ち並び、料理人たちが切磋琢磨する、食道楽の聖地なのである。
「えっへへー、食べるの大好き!」
「料理じゃなくてかい?」
「お料理も好きだよ」
 しかし、なぜ料理をするのかと聞かれれば「食べたいから」という答えが出てくるので、やはり食べるのが一番好きなのだ、とシロノは言ってから、改めて自分で納得したという風に頷いた。
「あとねえ、歌うのと、おしゃべりするのも好きかな。でもやっぱり食べるのが一番好き!」
「ふーん?」

 ──全部、口を使うことだな。

 とヒソカはぼんやり思ったが、シロノは満面の笑みで、立ち並ぶ飲食店を見回している。
「よーし食べるぞー! 試合でいっぱい稼いだもんね!」
 キャー、とはしゃぐシロノは、心の底から楽しそうだ。その様子から、食べる事がシロノにとって“自分の中で特別な位置を占めるもの”であることは確からしい、とヒソカもまた納得する。それに、そもそもシロノのアンデッドとしての体質も、オーラを「食べる」ことなのだから、この因果関係が強いものである事は間違いないだろう。
「えーとねー、まずは五番通りのねー」
「……なんだい、それ♠」
 シロノががさがさと広げた紙を覗き込み、ヒソカが尋ねる。
「さっきメンチさんに電話して、ファックスで送ってもらった!」
 ばっ、とシロノが差し出した数枚の紙には、店の所在と名前、そしてオススメのメニューがみっしりと連なっていた。紙の上部分に、“メンチ直伝・食い倒れのしおり”という文字が踊っている。しかし、それにしても量がハンパない。店の名前だけでもざっと見て五十件以上はある。
「……シロノ、これ全部食べる気」
「いえーい! 豚まんじゅー!」
 目当ての料理の名前を叫びつつダッシュした子供は、ヒソカの話など全く聞いていない。湯気の立つ赤い屋台に向かって一直線に駆けて行く後ろ姿を、ヒソカはゆっくりと追いかけた。



 それからというもの、シロノの日々は、誇張無しに『食』一色となった。
 夕方頃起床し、レストラン街で店をハシゴし、そして夜中になると相変わらず選手を襲って噛み付きオーラを頂く、この繰り返しだ。
「うーんとねー、次はねー」
「……その身体のどこに食べたものが入ってるんだい?」
「んー、わかんない!」
 不思議そうに尋ねるヒソカを見上げたシロノが、にかっと笑って言う。そして笑う口の端についた生クリームを、ヒソカは黙って拭ってやった。
 シロノは10歳にしては小さい方で、痩せてもいないが太ってもいない。とことこ歩いている姿を見ても、ラーメン8杯、ビビンバ3杯、カレーを4杯にフィッシュサンドを7つ、トドメにケーキバイキングを食い尽くしてきたとはとても思えなかった。
「それで、毎日食べ歩いてるけど、能力へのヒントは何か掴めたのかい?」
「……えーと」
 にっこにこの笑顔だったシロノは、途端、ばつが悪そうにさっと目を逸らした。

「シロノ」
「あ、あー、でもね、いっこ面白い事わかった!」
「面白い事?」
 うん、とシロノは大きく頷く。
「あのね、オーラにも、食べ物と同じで味があるっていうのは言ったでしょ?」
「ああ、言ってたね♣」
 オーラを食べることが出来るシロノ以外には理解し得ない感覚だろうが、オーラに味があるのは確からしい。
「そんでね、味でちょっとわかるようになってきた」
「何が?」
「何系のオーラかっていうの」
 ヒソカは、僅かに目を見開いた。
「……それ、本当かい?」
「うん。なんとなく特徴がある、っていうのが最近わかったの」

 例えば強化系は辛み、発泡など、舌に刺激を与えるスパイシーさや、あるいはがっつきたくなるボリューム感を持つ。放出系はクセがなく親しみの湧く味でのどごしが良く、麺類系の料理を彷彿とさせるのだ、とシロノは説明した。
 それを聞いて、ヒソカは感嘆すると同時に、ここ数日の飽食生活は無駄ではなかったらしい、と評価した。話を聞いていると、シロノにとって、本物の料理に対する味覚とオーラに感じる味覚にさほど差異はない。様々な料理を食べ回り、“舌を肥えさせた”ことで、オーラの味の善し悪しもわかるようになった、ということだろう。そしておそらくシロノはほぼ無意識で、オーラを食べる時、舌で“凝”を行なうことで、オーラをテイスティングして系統を判断しているのだ。
 聞けば、この天空闘技場の者たちのオーラ程度なら何系かわかるが、旅団レベルになるとオーラを食べても何系か判断する自信はない、とシロノは言った。オーラの練度は食べ物においての発酵度に相当するということらしいので、要するに、料理に対しての舌は肥えたが、利き酒ができるまでの舌とアルコール耐性はまだない、という事なのだろう。

「へえ……面白いねソレ♥ ボクが考えたオーラ別性格判断とも似てるし……」
「あ、そういえばそうだね」
「興味あるなあ。ね、ボクのオーラはどんな感じなんだい?」
「え」
 途端、シロノの表情が引きつった。
「そうだ、この際ちょっと齧ってみなよ。ちょっとぐらいなら平気だろう?」
「うううううんんんやめとく」
 どもりまくった返事とともに、シロノは残像が残るほど激しく首を振る。おまけにかなりの冷や汗までかき始めたその異常な反応に、ヒソカは首を傾げた。
「? どうし……」
「あー! あれ何かな!」
 わざとらしく言ったシロノが指差した先を、ヒソカは訝しげに思いつつ、しかし見てやった。そこにあったのは、やや古びたような構えの、一軒の店。
「や、ほら、一件だけ食べ物屋さんじゃないから、何かなーって」
「……気になる?」
「うん超気になる!」
 ──わざとらしい。
 A級首の盗賊が保護者であるにしては嘘が下手な子供に、ヒソカは胡乱げな目を向けた。
「や、ほらヒーちゃんだって“一目でこれだと思うようなインスピレーションが大事さ”ってゆったし」
「へえ? それがあそこ?」
「うんそう。ビッてきた。すごいビッてきた」
 こくこくと頷く子供はいかにもその場しのぎの風情だったが、ここで問いつめても仕方が無いので、ヒソカは子供と一緒にその店に入った。



 カラン、と音を立てたのは、ドアベル代わりにかぶら下げられた、銀のコップ。
「いらっしゃいませ。ごゆっくり」
 ゆったりとした老人の声が、奥から聞こえる。

 そこは、アンティーク・ショップだった。しかも、食器専門の。

 ヒソカの姿に少し面食らったもののすぐに気を取り直したプロ根性溢れる店主によると、食の町であるここには、食器やカトラリー、テーブルや椅子といった、食事に関わる道具に関する店も多く揃っている、という事らしい。
「アンティークの銀食器なんかは、収集家も多いんですよ」
 確かに、雰囲気よく飾られたアンティーク・カトラリーの中には、細工がしやすい銀の特性を生かした繊細かつ複雑なデザインも多くあり、オブジェとしても鑑賞の価値がありそうなものも少なくなかった。が、ヒソカは食器に興味など欠片もない。こういった方面こそクロロの出番だろうに、とヒソカは思いつつ、ふと子供の姿を探した。
「シロノ、何か──」
 ヒソカは、言葉を途切れさせた。

 子供は、壁のガラス・ケースに飾られた金色のスプーンを、瞬きもしていないのではないかと思うほど真剣な目で、食い入るようにして見つめていた。

「おや。……ビッときた?」
「うん」
 どうやら、嘘から出た誠、な結果になったらしい。
「……でも、どう“ビッ”なのかまだわかんない」
「そう……♣」
 だが、収穫としては充分だ。
 ヒソカはアンティークに興味はないし鑑定など出来ないが、よくよく見れば僅かなオーラを纏っているので、それなりに値打ちもののスプーンらしいことはわかった。
「じゃ、これ貰えるかな♥」
「へ?」
 只今、という店主の返事とともに壁から下ろされるケース、そしてそれを指示したヒソカとを、シロノはきょろきょろと交互に見遣る。ヒソカはにっこりと微笑むと、そんなシロノの頭にポンと手を置いた。
「一歩前進、のお祝いだよ♦」
 キミのママからも、褒めて伸ばせって言われてるしね、とヒソカは言い、ビロードのリボンがかけられた金色のスプーンを、小さな手に握らせた。
「頑張ってね♥」
「……うん! ありがとーヒーちゃん!」
 金色のスプーンを握り締め、子供はにっこりと笑みを浮かべた。






(って言ってもなあ)
 握り締めたスプーンをじっと見つめ、シロノは眉を顰めて小さく唸った。
 このスプーンを手にしてからというもの、シロノは食べ歩きを控え、この道具の使い道について悩む日々を送っている。
 このスプーンが自分の能力への鍵になるモノであることは間違いない、シロノの直感はそう告げているのだが、だが具体的なものにまではてんで繋がらないのである。
 ヒソカはといえば、基礎訓練と組み手の稽古をつけてくれるとき以外、今は殆ど別行動だ。きっかけは掴んだのだから暫く一人で考えてみるのがいいだろう、ということではあったが、おそらくシロノのフードファイターっぷりに付き合うのにまさに食傷したのだろう。
(うーん……スプーン……掬う、スープ……? 丸い形、うーん……)

 廊下のソファに腰掛け、スプーンを握り締めてうんうん唸っているシロノだったが、そんな姿を見ている者があった。

「どうしたんだい、ズシ」
「あ、師範代」
 押忍! と力強い挨拶をしてから、ズシと呼ばれた少年は、ズボンからシャツがはみ出した眼鏡の青年を見上げた。
「いえ、あの子が……」
「ほう……? これは……」
 シロノの姿を認めた眼鏡の青年は、少し目を見開いてから、今度はすっと細めた。
「どう思う、ズシ」
「凄いっす……あんなギリギリで保った“纏”、見たことないっす」
「そうだね。あれは凄い」
「自分と同じ位の歳なのに……」
 唖然とした様子で、ズシが言う。
 そして青年もまた、口に出さずともそれに同意した。
 “絶”になるギリギリで保った“纏”、省エネとしても内功の訓練としてもベストな状態のそれは、オーラの調節にかなり慣れた者でないと不可能な芸当だが、あの子供は普通に“纏”を保つようにして、平然とその状態を保っている。

「……でも、なんでスプーン睨んでるんすかね?」
「さあ……」
 スプーン曲げにでも挑戦しているのだろうか、と師弟二人は首をひねった。
「世の中にはすごい人が沢山居るんすねえ」
「そうだね」
 ズシの声には大いに感嘆が含まれているが、妬みや嫉みなどは一切含まれていない。それは負けん気の強さと少し離れる穏やかな気質だが、希有な美徳でもある、と青年は僅かに微笑んだ。

「自分も負けてられないっす! あの二人も200階に行きましたし……」
「え? キルア君とゴン君がもう200階に?」
 その名前を出したとき、ぴくりとシロノが身じろぎしたのを、師弟は気付かなかった。
「はい! やっぱりあの二人はすごいっす! ……師範代?」
「うーん、しかたない……」
 青年は神妙な顔つきになると、200階に上がるエレベーターに向かって静かに歩き出した。









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