【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎

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No.003/同類

 

 

 

 ヌメーレ湿原、通称“詐欺師の塒”。

 この湿原にしか生息しない動植物たちは、その多くが人間をも欺いて食料にしようとする、貪欲で狡猾な生態をもっている。そしてそれは、着いて早々サトツを偽試験官に仕立て上げようとした人面猿の登場で証明され、受験生たちの気を引き締めた。

 それは、猿だけでなくサトツにもトランプを投げて「死ななかったほうが本物の試験官」という乱暴な見分け方を即座に用いたヒソカのせいでもあるかもしれないが。

 

 曇っている上に湿原ではあるが、一応日中の野外であるのでシロノは深くフードを被り直し、ゴンとキルアとともに、再度走り出したサトツの後を追った。

 

「ゴン、シロノ、もっと前に行こう」

「うん、試験官を見失うといけないもんね」

「そんなことより──」

「あー、ヒーちゃん?」

 深く被ったフードの下から、シロノがけろりと言った。

「……ああ。あいつ、殺しをしたくてウズウズしてるから」

「みたいだね。ヒーちゃんの興奮するポイントってよくわかんない」

「それはオレもわかりたくねーよ……。ともかく、霧に乗じてかなり殺るぜ」

 そんな会話を交わす銀髪の二人に、ゴンが呆気にとられた眼差しを向ける。

「なんでそんなことわかるのって顔してるね」

 キルアは、陽気に笑った。

「なぜならオレも同類だから。臭いでわかるのさ」

「同類……? あいつと? そんな風には見えないよ」

「それはオレが猫かぶってるからだよ。そのうちわかるさ」

 鼻を鳴らして本当に匂いを嗅ごうとしていたゴンにキルアがそう言うと、ゴンは「ふーん」と引き下がった。

 

 そしてシロノはそのやり取りを見た上で、キルアの“猫を被っている”という申告に感心していた。

 人殺しを伴う仕事という意味での同業者は、雑な者であればゴンがしたように、本当に血の臭いが染み付いていることで容易にわかる。しかしそれは、二流以下という事の証でもある。一流は、無造作な血の臭いなどさせない。それは血を浴びずに殺しが出来るという事、また完璧に痕跡を消せるというプロフェッショナルの証明でもある。やろうと思えばむかつくほどに無害な好青年のように見せかけられるクロロなど、まさにそのいい例だ。

 そしてキルアは、犬並みの嗅覚をもっているゴンの鼻にかかっても、全く血のにおいがしないのだ。

 

 そしてその後、後方のレオリオたちに向けたゴンの暢気な対応に毒気を抜かれつつも、湿原の霧はどんどん濃くなっていく。湿原の動植物たちの餌食になってどんどん減っていく受験者たちの存在を知りながらも、立ち止まる事は自殺行為だ。

 

「すごい所だなあ……。シロノ、平気?」

「んー、嘘つきには慣れてるから」

 しかも、A級賞金首クラスの大嘘つきに。

 クロロが日常的につく、巧妙にさりげなくそしてえげつない嘘と比べれば、湿原の動物たちの嘘など単純なものだ。

 そして更に数分走った後、後方集団が別の所へ誘導されて逸れてしまった事が判明し、ゴンが心配そうに振り返るのを、キルアが諌める。

 

「ってえ──!」

「……レオリオ!」

「ゴン!」

 キルアが呼び止めるが、ゴンはあっという間に霧の向こうに走って行ってしまう。走り続けながらも、それをやや焦ったように見遣るキルアを見て、シロノは言った。

 

「だいじょぶだよ、追いかけなくても」

「……え?」

 落ち着き払ったシロノの声に、キルアが僅かにひっくり返った返事をする。

「他の人は多分ダメだろうけど、ゴンもレオリオさんも、ヒーちゃんは殺したりしないよ。逸れないで戻って来れるかどうかはまた別だけど」

「なんでそんな事わかんだよ」

「だって、二人とも美味しそうだから」

「……何だよ、美味しそうって」

 どう説明したらいいものか、とシロノは黙ったが、説明できない事をキルアも悟ったのかそれ以上何も言わず、シロノは少しホっとした。

 

「それにね、キルア」

「なに?」

「キルアとヒーちゃんは、全然同類じゃないよ」

 

 やはり淡々としているが、しかし揺るぎない様子のシロノの言葉に、キルアは本当に目を見開いた。

 

「……何言ってんだよ。お前ならわかるだろ」

「わかるよ。だから言ってるの」

 キルアはヒーちゃんと同じじゃないよ、と、シロノはしっかりと言い切った。キルアはその言葉に、何とも言えない表情に顔を歪めた。

「……そんなはずない。……オレは」

「違うってば。だってあたしの言ってる事、美味しそうっていうの、わかんないでしょ?」

「……うん」

「じゃあ違うよ。全然違う」

「お前はわかんのかよ」

 キルアの口調は少しきつかったが、それは怒っているとか言う事ではなく、ただ信じられないという動揺が混じっていた。

 

「……なんとなく」

 

 

 

 辿り着いた先、つまり第二次試験会場だというビスカ森林公園に建つ大きな建物の前で、生き残った受験生たちは待たされることになった。

 サトツのすぐ後ろにぴったりついてきたためほぼ一番乗りだった二人は、続々と集まってくる受験生たちを眺めた。そして中から聞こえて来るすごい音は何だろう、とシロノは言うが、キルアは心ここにあらずという感じで、生返事を返すだけだ。そんな彼の様子にシロノは小さく息をつく。

 

「そんなに気になるなら、聞いて来ようか?」

「……え?」

「ヒーちゃんに。あそこにいるから」

 シロノが指差した先には、ヒソカが酷く機嫌が良さそうに立っている。

「じゃ、ちょっと聞いてくる。待ってて」

「おい、なんでオレは待っとくんだよ」

「キルア、ヒーちゃんと話したいの?」

「いやそれは」

 出来れば遠慮したい、というのがキルアの本音だったが、シロノとの先程のやり取りで、自分がヒソカとは全く違う、という事に関して、何か納得できるようなもの、でなくてもヒントになるような何かが欲しかった。

 

「いいけど、キルアもかなり美味しそうだから、声なんかかけたら絶対目つけられるよ。そうなったら、……賭けてもいいけど、これから先の試験、延々ヒーちゃんの視線とか殺気とかピンポイントで受けることになるよ。それでもいいの」

「うっ……」

 それは、できればでなくかなり嫌だ、とキルアは思った。美味しそう、という言葉の意味はやはりわからないが、その語感と相俟って更に嫌な感じがする。

 

「……頼む」

「あい」

 

 シロノは頷くと、ヒソカのほうへ走って行った。

 

「ヒーちゃーん!」

「やあシロノ、数時間ぶり♥」

 ごく普通に会話を交わし始めた──しかも親しげな呼び名で──二人に、他の受験生たちは本気で驚いたのか、ほぼ漏れなく全員が目を見開いた。

「ねえねえ、さっき後ろのグループごといなくなったでしょ?」

「ああ、見ての通り、なんとか追いつけたけどね♠」

「ツンツンした黒い髪の釣り竿持った男の子と、サングラスかけた背の高いスーツの男の人いたでしょ? その人たちは殺してないよね」

 ぴくり、と、ヒソカの表情筋が僅かに動く。

 

「……どうしてそんな事聞くんだい? 知り合いかな♣」

「今日初めて知りあった人たちだけど、かなり“美味しそう”な人たちだったから、多分ヒーちゃんもそう思って殺してないだろうなって思って。確かめただけ」

「へえ……♥」

 ホントにわかるんだ、と、ヒソカは興味深そうに顎に手を当てた。

「ちなみに、シロノは他にどの人が“美味しそう”だと思う? ちなみにボクの一番のお勧めは405番と、キミと一緒に居る99番のコだね♥」

 無駄な気回しだったらしい。既にしっかり目をつけられていたらしいキルアに、シロノは心の中で謝った。

「うーんと……あたしもその二人と403番と404番、あと301番……と、294番もかな。あと、この人たちには及ばずって感じで191番のおじさん。安定してていいんだけど、他の人より、実際どんなのになるかわかんないドキドキみたいなのがないよね」

「……凄いね♥」

 ヒソカは更に機嫌良さそうに、ニコニコと笑った。シロノはきょとんと首を傾げる。

 

「なにが?」

「ボクもピッタリそう思ってたんだよ。う~ん、初めてこの感覚を共有できる人と出逢ったなあ♥」

「ええ、ホント? やばい、パパたちには黙っててね! とくにマチ姉には!」

「……どういう意味かな♣」

「ヒーちゃんと意気投合したなんてわかったら、最低でも丸一日説教食らった上にゴハンを抜かれてフェイ兄の拷問室でお尻を叩かれて、鉄板の上で正座で反省文を千枚書かされる!」

 ヒソカは、笑顔ながらも無言になった。

 

「あ、とにかく殺してないの確かめたかっただけだから。じゃあまたね」

「うん、またね♥」

 

 手を振って二人は別れ、シロノはキルアのところへ戻った。遠目で二人が会話をしていた所を見ていたのだろう、キルアは信じられないものを見たような顔をしている。

「……お前、マジでヒソカと知り合いなんだな……」

「へ? うん。あ、やっぱりゴンもレオリオも無事だって。レオリオはヒーちゃんがあっちに運んだって言ってたし、ゴンもそのうち戻ってくるよ」

「そ……、か」

 無表情ながらもどこかホっとしたようなキルアに、シロノが首を傾げた、その時だった。

 

「レオリオ!」

 

 声がしたほうを見遣ると、木にもたれかかっている上半身裸のレオリオの所に、ゴンと、もう一人の中肉中背の金髪の人物が駆け寄っていた。二人はレオリオの怪我の具合とともに無事を確認し、何やら顔を見合わせている。

 

「ところで、なんでみんな建物の外にいるのかな」

「中に入れないんだよ」

 

 キルアがそう言って登場すると、ゴンがぱっと振り向く。

 

「キルア! シロノも!」

「よ。どんなマジック使ったんだ? 絶対もう戻ってこれないと思ったぜ」

「そうだよ、キルア心配しちゃってずっとソワソワしてたんだから」

「……してねーよ!」

 シロノの言葉をキルアは思いっきり振り向いて否定するが、さっきまで色々と心配していたくせに、いざこうして会うと自然体を装うキルアに、シロノは内心笑い出しそうだったのだ。

「嘘だー、あたしが何回も大丈夫だよって言ってんのにそわそわそわそわしてたじゃない」

「だからしてないっつの!」

「キルア、心配してくれてたの? ありがとう!」

「だー!」

 その上ゴンに素直に礼を言われ、キルアの顔はとうとう赤くなった。

 

「素直じゃない子だな」

「まったくだ。でもまあいいトコあるじゃねーか」

 

 ぎゃあぎゃあと言いあっている子供三人を見遣り、レオリオと金髪の受験生……クラピカは、微笑ましげに笑った。

「そういえば、彼女は最初に見かけた子か? ヒソカの知り合いだという……」

「そーそー、今回最年少のなんと十歳。名前はシロノ」

「……シロノ……?」

「何だよ?」

「いや……」

 シロノの名前を聞いた途端、ぴたりと動きを止めて黙り込んだクラピカに、レオリオは訝しげな目を向ける。しかしそれも、時計の針が正午を指し、建物の扉が開く事で中断された。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

「あれシロノ、もう捕まえてたのか? ……って、なんだソレ」

「あ、キルア」

 豚を一頭ずるずると引きずってきたキルアは、既に一頭の豚を前に突っ立っているシロノに声をかけた。しかし、その豚の状態にしばし絶句する。

「……なんでこんな血塗れ、ってかデコ完全にかち割れてんじゃねーかこの豚」

「あー、ちょっと加減がわかんなかった。まずいかなあ」

「どうせ血抜きしなきゃなんねーし、焼くんだからいいんじゃねえ? でもなんだ、シロノの分も狩ってきてやろーかと思ったのに、いらなかったみてーだな」

「えー、キルアってほんとに優しーね。ありがとう」

「な……優しくねっての! お前が弱っちいんじゃねーかと思っただけだよ!」

「あはは」

 再度ムキになるキルアに、シロノはフードの下で笑う。

 

 そして難なく豚を丸焼きに仕上げて提出し、第二次試験前半に合格した七十名に、試験官・メンチから出題されたのは、『スシ』という民族料理を作れ、というものだった。

 

(スシ……はわかるんだけど、“ニギリ”ズシ、っていうのがわかんないなあ……)

 シロノはうーんと唸るが、他の受験生たちを見ると、“スシ”という語感そのものが初耳であるらしく、見当もつかないというような顔をしている。ふと視線を遣ると、ヒソカも調理台を前に首をひねっていて、少しだけ笑えた。

(でもじっとしててもしょうがないし、とりあえず、知ってるものを作ってみよう)

 うん、とシロノは一人頷くと、外に駆け出した。

 

 ──そして、二十分後。

 

「うわ、シロノもう材料集めたのかよ、早! ……っていうか知ってんのか“スシ”!?」

 両手にどっさり材料を抱えて戻ってきたシロノに、そう言ったレオリオだけでなく、受験生全員の視線が集まる。

 しかし、シロノが抱えている魚や鳥の卵、さらに果物、大きな厚めの葉っぱなど、脈絡がないラインナップから、出来上がりを想像する事は出来ないようだった。シロノ自身見た事もない動植物ばかりだが、毒がないことを確認しつつ、多分知っているものと近いだろうものをかき集めてきたものだ。

 

「んー、正直、自信はないんだけど。でも“ニギリ”じゃない“スシ”なら、家族がよく作ってくれるんだよね」

「ほほう、例の家庭的な姉ちゃんか」

「そうそう。よくわかんないから、とりあえずそれ作ってみる。惜しかったらヒント貰えるかもしれないし」

「なるほど。う~ん、やっぱ美人で料理の上手い家庭的な姉ちゃんが居ると違うね~」

「レオリオ、美人は関係ないだろう」

 横で“スシ”の形態について考察していたのだろうクラピカが、呆れたように突っ込んだ。

 

「君は……シロノ、といったか?」

「そうだよ」

「私はクラピカだ」

「クラピカさん。はじめまして」

 小さく頭を下げて挨拶したシロノに、クラピカは複雑な表情のまま無言だった。そんな彼に、シロノとともに、レオリオも首を傾げる。

 

「どしたの?」

「いや……なんでもない。私の事は呼び捨てで構わないよ」

「あ、言い忘れてたけどオレも構わねーぜ。で、シロノは料理得意なのか?」

 少し気まずい空気が流れても、レオリオが話すと不思議と場の空気が和らぐ。

「うん、料理っていうか、家事はあたしの仕事だから」

「へー。偉いな、まだこんなちっちぇーのに」

 話しながらもさっさとジャケットを脱いで腕をまくり、てきぱきと下ごしらえをしていくシロノの手際のよさに、三食料理をしているのは伊達ではないらしいな、と二人は感心した。だが同時に遅れをとるまいと会話を切り上げ、やや慌てて“スシ”についての考察を再開したのだった。

 

 

 


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