【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.030/ステキなパパと様式美

 

 

 

 カラン、とベルが鳴り、マホガニーの扉が開かれる。

 

「──あら、来たわね」

「よろしくおねがいしまーっす」

 この間のコックコートではなく、ハンター試験の時のようなホットパンツにブーツという格好のメンチは、礼儀正しく頭を下げたシロノに言った。

「まず人参の飾り切り五百個! 終わったらアイスバインのゼリー寄せテリーヌを5皿同時に上げて、帆立貝柱と小海老のタルタル仕立て8皿ね。バジルの風味を殺したら承知しないわよ!」

「あいっ」

 流れるような指示に、シロノはてきぱきと材料と道具の用意を始める。そしてそれらをきっちりと調理台の上に順序よく並べると、メンチが頷いた。

 

 メンチの指導で料理を作り、そしてそれを食べる、この繰り返し。どこをどう見ても料理修行とマナーレッスン以外の何ものでもないが、これこそが、シロノにとって自分の能力に繋がる修行だ、と確信していた。

 料理命のメンチの指導はある意味でフェイタンにも負けずとも劣らないスパルタぶりだったが、そのおかげで、シロノの料理の腕は既にこの一流レストランでも下働きレベルであれば立派にやっていける程度のものにまでなっていた。──実際に下働きとして使われてもいるが、そこは修行をつけてもらっている礼、ということで。

 

「あ、そーだメンチさん、今日ちょこっと厨房の端っこ使わせてもらっていいかなあ?」

「何作るの?」

「ケーキかなんか。お見舞い」

 

 

 

 

 

 

「……オレにあやまってもしかたねーだろ、一体どーなってんだこの中はよ!?」

 

 念を覚えた、いや正しくは精孔を開いた昨日の今日でギドと戦い大けがをした、というゴンを見舞いに来たシロノは、ノックをしようとして、中から聞こえた大声に手を止めた。

 どうやら無茶をしたゴンがキルアに怒られているらしいのだが、すっかり調子を取り戻した──いやむしろなお一層生き生きした様子のキルアに、やっぱりよほど家が嫌だったのだなあ、とシロノはしみじみ思った。

「……ゴーンー、いるー?」

 そしてノックの後、そうして声を張り上げると、「あ、シロノ!」という、思ったよりも元気そうな声が、扉の向こうから聞こえた。

 

 

 

「あたしも試合観てたけどさー、あっははー、相変わらず無茶するよねーゴンは。念覚え立てであれは死ぬよ。普通に死ぬ死ぬ、あはははは」

「あはは」

「あははじゃねーよお前らはよ!」

 見舞いに作ってきた、とシロノが持ってきた手作りのケーキを食べながら暢気に笑い合う二人に、キルアが怒鳴った。

「念を知らずに洗礼を受けた連中の姿はイヤって程見ただろが! 一歩間違えばお前もああなってたんだ! この程度で済んだこと自体幸運なんだぞ」

「キルアって結構世話焼きだよね」

「オメーはちょっと黙ってろ!」

 ちゃんと皿に乗せたケーキをデザートフォークで切り分けながらのほほんと口を挟んだシロノを、キルアはくわっと一喝した。

 

「ったく、何のためにメガネニイさんが教えてくれたと思ってるんだか」

「う~~~……」

 ばつが悪そうに、ゴンが唸る。

「でもさ、大丈夫かなって思ったんだよね。何回か攻撃を受けてみて……まあ急所さえ外せば死ぬことは」

 ゴンがそう言った時、ズン、とキルアが彼のベッドに足を置いた。それが思いっきり全身の骨折箇所に響いたらしいゴンは、ぶわ、と汗を浮かばせて、ベッドの上で痛みに呻く。

 そしてそんな時、しっかりしたノック音がドアの向こうから聞こえてきた。だがキルアはゴンの傷をおちょくるのに忙しいらしく、彼に代わって、シロノが席を立つ。

 

「はーい」

「おや、あなたは……」

 ドアを開けたシロノを見て、眼鏡をかけた黒髪の青年が、僅かに目を見開く。

「こんにちはー。えっと……」

「ああ、ウイングといいます。すみませんが、ゴン君はいますか?」

「いますいます。ゴーンー、ウイングさんだよー」

 シロノが声を張り上げると、二人が振り向き、そしてウイングの姿を認めると、揃って目を丸くした。

 ウイングはそのままツカツカとゴンのところまで行くと、ばつが悪そうに謝罪を口にしようとしたゴンの側頭部あたりを、パン! といい音をさせて叩いた。

 そして彼はキルアが言ったことと同じことをやたらにでかい声で説教した後、この程度で済んで良かった、と、ゴンの肩に手を置いた。

「ウイングさん……」

 彼から本気で心配した、というこことを感じ取ったゴンは、神妙な表情をした。

「ホントにごめんなさい」

「い────え、許しません!」

 ゴンの謝罪にきっぱりとそう言ったウイングは、気圧されるゴンに二ヶ月間念の修行を禁じる約束をさせると、ご丁寧に神字入りの誓いの糸をゴンの小指に巻いた。シロノは黙ってその様子を見ていたが、ウイングからのいきなりの質問にさらりと「二ヶ月」と嘘をついてのけたキルアに、盗賊になれるんじゃなかろうか、と感心した。

「──誓いの糸です。これを見て常に約束を忘れぬように」

「うん」

 ゴンは糸を巻かれた左手を広げると、神妙に頷いた。

 

「二ヶ月かあ。ちょっと長いけど、頑張ってねゴン」

「うん、ありがとシロノ」

「……シロノさんと仰るんですね」

 ゴンの左手を覗き込むシロノに、ウイングは声をかけた。

「うん、シロノです。あ、そーだケーキたべます? 買い物行ったついでに知り合いのオネーさんの厨房借りて作ってきたんですけど」

「あ、これはこれはご丁寧に……」

「シロノって料理上手なんだよ、ウイングさん」

 ハンター試験でも一人だけ美食ハンターの試験に合格したんだよね、とゴンが言ったので、ウイングは感心しつつ、切り分けられたシフォンケーキを口にし、くるりと目を丸くする。

「ほう、これは……とても美味しいですね」

「あ、いっぱいあるんで、よかったらお土産にもって帰ってください」

「いいんですか? いや、ズシも喜びます」

「……シロノお前、天空闘技場に何しに来てんだよ」

 やたらにケーキを勧めてまわっているシロノに、キルアは呆れてそう言った。まあそういう彼も、既に結構な数のケーキをご相伴に預かっているわけだが。

「えー、何って、修行にきまってるじゃん」

「何の? 料理の?」

「念だよ!」

「いやしてねーし。ケーキ作ってんじゃん」

「こーれーもーしゅーぎょーうーなーのー!」

「まーまーまー、落ち着いて二人とも」

 喧嘩とは行かないまでもやり合い始めた銀髪二人を、ゴンが仲裁した。ふんっ、とシロノが鼻を鳴らす。

 

「あのねー、殴る蹴るだけが念の修行じゃないの!」

「え、それってどういう……」

「ゴン君? ……シロノさんも」

「あ、ごめんなさい」

「そーだった、ごめんなさい」

 二ヶ月間は念について触れるの禁止、という誓いを早々に破りかけた二人だったが、ウイングに諌められ、素直に謝罪した。

 

「やはり、話しているとそちらに話が行ってしまいがちのようですね……。少し頭を冷やすのがいいでしょう。……キルア君、ちょっと」

「ん?」

「……ああ、シロノさんも。無理にとは言いませんが……」

「いーですよ?」

 

 

 

 ゴンの部屋を出て、三人はそこからそう遠くない休憩スペースにやって来た。

 ウイングが「君たちの本当の目的は何なのか」とキルアに問い、そしてゴンがギド戦のあの状況で、スリルを楽しみ、命がけで修行をしていた、ということに話が流れると、ウイングの顔色が僅かに変わり始めた。そんな彼に気付いたキルアは、静かに言う。

「……もう、遅いよ。もう知っちゃったんだから、オレも、ゴンも。教えたこと後悔してやめるんなら、他の誰かに教わるか自分で覚えるかするだけ」

 だから責任を感じることはない、とキルアは淡々と言った。

「オレの兄貴もヒソカも念の使い手だったんだから、遅かれ早かれオレもゴンも念に辿り着くようになってた」

 ウイングは、考え込むように無言になった。

 

「あ、そーいや。シロノ、お前ってどうやって念使いになったわけ?」

「あたし?」

 突然話を振られて、シロノはきょとんと目を丸くした。

「ああ、私も聞こうと思っていたんですよ。念の修行は殴る蹴るだけではない……ということまでわかっている所から見て、念を覚えてそれなりに経っていますね?」

「あー、そうなるかな」

 ウィングにも言われ、ポリポリと頭を掻きながら、シロノは相槌を打った。

「聞いてると、お前の家族も多分念使いだろ?」

「うん」

「ほう。では家族の方にゆっくり起こしてもらったんですか? なかなか理想的な……」

「うーん……や、わかんない」

「え?」

 歯切れの悪い返事ばかりするシロノに、ウイングとキルアはクエスチョン・マークを頭の上に浮かべた。

「あたし、生まれつき精孔開いてたらしいから。四大行とか習ったのは6歳くらいの時だけど、それより前も“絶”とか色々使ってたみたいだし。自分であんまり覚えてないけど」

「……な」

 シロノはさらりと言ってのけたが、かなりの特殊な内容にウイングはこれ以上ないほど驚愕している。

 そして自分が天空闘技場で200階アンダーをうろついていた頃には既に念使いだったという事実に、キルアは驚いた後、持ち前の負けず嫌いを発揮して、むすっと表情を顰めた。

 

「……ちょ、シロノさんちょっといいですか」

「へ?」

 ウイングはシロノを引っ張って数メートルキルアから離れると、シロノの身長に合わせてしゃがみ込み、ぼそぼそと言った。

「あなた、ここにどういう修行をしに来てるんですか?」

「えー、“発”、っていうか能力の開発が今のメイン? こっち来たばっかの時はお兄ちゃんと“流”の型とか“絶”と“硬”だけの組み手とかやってたけど。あ、“堅”の持続時間を伸ばす修行は毎日やってますですよ」

「……“円”はどのくらいできるのか聞いていいですか?」

「闘技場の舞台の半分くらいかなあ」

 ウイングは片手で自分の顔を覆った。おそらく、シロノの念技術の習得率は世界最年少クラスだろう。ゴンとキルアの天才ぶりにも散々度肝を抜かれてきたが、こちらも負けずとも劣らずだ、と彼は世界の広さを実感した。

「こっち居る間に“堅”5分は伸ばさないと、またパパにボロクソ言われるんだよね。ウイングさんなんかいい修行法知らない?」

 へらりと尋ねるシロノに、ウイングは盛大に息を吐いた。

「まったく……。“流”や“硬”の組み手が出来る10歳なんか聞いたことありませんよ」

「パパはもうちょっと早くに出来てたって言ってたよ?」

「な、あなたのお父上は何者ですか!?」

「……えーと、26歳自営業……自由業?」

 嘘は言ってない、とシロノは心の中で呟いた。

 

 そして戻って来たシロノとウイングに、キルアは複雑そうな視線を向けつつも、まずウイングに言った。

「……で、どーすんの? 途中で話逸れたけど、……俺らの師匠、降りんの?」

「途中で降りる気はありませんよ。むしろ伝えたいことが山ほどあります」

 ウイングは揺るぎないしっかりした声で言った。

「……キミに関してはその限りではありませんが」

 苦笑しつつそう言い、ウイングはシロノを見る。シロノは、何もわかっていない猫のように真ん丸な目をして、きょとんと彼を見上げている。

「ンだよ、コイツそんなレベルたけーとこ居るわけ?」

「とりあえず君たちよりはかなり高みにいますね」

「ちっ」

 すっぱり言われ、不貞腐れていたキルアの表情が、舌打ちとともに更に顰められた。

 さすがにウイングと戦ってシロノが勝つようなことはないし、教えることはもう何もない、というようなこともないが、レベル的にも、おそらくオーラのタイプ的にも、シロノに関しては自分よりもむしろ師範が教えた方がいいような気がする、とウイングは判断していた。

(一応女性同士ですしね)

 あれを素直に女性のカテゴリに入れるのには些か抵抗がありますが、と、心の中で、しかもひっそり呟きながら、ウイングは警戒する猫よろしくじりじりとシロノを睨んでいるキルアを微笑ましい気持ちで眺めながら言った。

 

「ズシが宿で待ってます。君も一緒に修行するといいでしょう」

「……いや、いいや」

「え?」

 キルアの返事に、シロノに対抗心を燃やしまくっている所からしてすぐ飛びついてくると思っていたウイングは、意外そうな表情を浮かべた。

「ぬけがけみたいでやだからさ。ゴンが約束守れたら一緒に始めるよ」

 そう言って、くるりと背を向ける。

「……そーゆーワケだから、シロノ、対戦どーのこーの言ってたけどムリだわ」

 シロノが食欲に任せて言いかけた誘いを覚えていたキルアに、ゴンに付き合って自主的に念修行をしないあたりからしても、シロノはキルアの律儀さに少し驚いた。

「あ、うん。いーよ別に、多分今のキルアとあたしじゃ勝負になんないし」

「テメ……」

 さらりと言われた台詞に、キルアの額に青筋が浮かぶ。

「……くっそ、二ヶ月明けたら覚えてやがれ!」

「キルア君、ゴン君に燃える方の“燃”の修行なら認めると言って下さい!」

 捨て台詞を残して早足で歩き出したキルアに、ウイングは声を投げかけた。“点”を毎日行なうように、という彼の指示に、キルアは遠ざかりつつも、片手を上げることで返事をし、去っていった。

 

「……ふー、ガマンしたガマンした」

「は?」

「あ、んーん、こっちの話です」

 キルアが去ってからぼそりと呟いたシロノにウイングが不思議そうな声を出すが、シロノはへらりと笑ってそれを躱した。

(日に日に香りが強くなるんだもんなあ、参るなー)

 ヨダレを垂らさないでいるのが精一杯だ、とシロノはもう一度ため息をついた。

 ゴンやウイングもかなり美味しそうな部類に入るが、ここは単に味の好み、いやキルアがおそらく変化系のオーラをもっているということが問題なのだ。変化系オーラは香りが強いという特徴を持ち、その芳香はいいオーラほど素晴らしいものとなる。

 フェイタンやマチも強い芳香のオーラを持つが、熟練者である彼らから立ちのぼる芳香は、薫り高くも癖のある白酒のようであったりと、ダイレクトに食欲をそそるものとは少し違う。まだまだ味覚が子供なシロノには尚更である。しかしその辺り、殆どまだ練られていないキルアのオーラは、それだけに、嗅いでいるだけでヨダレが出るようなものだった。

 

「じゃ、あたしこれからちょっと買い物行って来るんで、さよならウイングさん」

「そうですか。ああ、ケーキ、帰って弟子と頂きますね。ご馳走さまです」

「いえいえ、こちらこそ」

「え?」

 言われた意味が分からずにウイングは首を傾げたが、シロノはにっこり微笑むと、何も言わず、そのまま踵を返していった。

 

(んん、ウイングさん強化系かあ)

 

 もぐもぐと口を動かすシロノの手には、ビロードのリボンが巻かれたスプーンが握られている。

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 あれでもないこれでもない、とシロノが眉間に皺を寄せつつ唸っているその場所は、とあるショーケースの前だった。

「こっちかなあ、あれの方がオーラ多いけど、うーん、こっちのが好きな気もするけどなんか違うような……」

 そう言って見比べるのは、アンティークのスプーンだ。金の柄の尻部分にきらびやかなカメオが入っているものや、銀細工の透かし彫りが入っているもの、芸術作品としても評価できるそれらのカトラリーをシロノは真剣な目で眺めて──いや睨んでいた。

 

「この際新しいブランド系に行ってみるのもアリかなー」

「そう? 私はこっちの方が好きよ」

 真上から振ってきた声に、シロノは勢い良く振り向いた。

 

「……あー! パク姉だ────!」

「久しぶりね、シロノ」

 

 満面の笑みで飛びついて来たシロノを、パクノダはにっこりと笑みながら受け止めた。

「えーどしたの!? なんでこっちいるの?」

「能力がちゃんと決まりそうだっていうから、様子を見にね。順調?」

「うーん、ぼちぼち」

「……ですってよ、団長」

 そう言って振り向いたパクノダの視線を、思わずシロノも追いかける。

 

「何がぼちぼちだ。さっさと完成させろ」

 

 そこに立っていたのは、26歳・自営&自由業な男が立っていた。団長ルックではなく、黒のスラックスに光沢のあるグレーのシャツを着ている。それだけでも目立つが、長身の金髪美女が隣に居るので、尚のこと街中の注目を集めていた。

「あ、パパも来てた」

「お前、俺にはリアクション薄くないか」

 未だパクノダの腰にしがみついたままきょとんと見上げてくるシロノに、クロロは軽く溜め息を吐いた。

 

 

 

「もう絶対会いたくなかったんですけど……!」

「つれないな」

 シロノが保護者二人を連れて店にやって来た時、メンチは悲痛な声を上げて天を仰いだ。クロロが人畜無害な、身内にとっては胡散臭いことこの上ない笑みを浮かべている。

「ゴメンねメンチさん。この町で一番美味しい店に連れてけって言うからさ、そうなるとメンチさんとこだよねって思って」

「シロノちゃん……」

 何日もここで食べ歩き修行をして来たシロノが、この町での『食』について、かなりの、そして確かな情報を持っていることは、メンチ自身の保証つきである。そしてそんな子供にナチュラルに最高の賛辞を貰ったメンチは、仕方なく、招かれざる客を店の中に案内した。

 

「あの奇術師も、たまにはいいことをするのねえ」

 口の周りにソースをつけることなく、そして殆ど音を立てずに食事をしているシロノを眺め、パクノダは感動が大いに篭った声で言った。彼女はことあるごとにシロノの行儀の悪さを嘆き、どうにかならないものかと色々な努力をしていた一人だったからだ。

「ウボーやフィンクスの真似ばっかりして、一時はどうなることかと思ったわよ。まったく、うちの男連中ときたら」

「おい、一緒にしないでくれるか」

「シロノの行儀の悪さを直そうとしなかった時点で団長も同罪よ!」

「まー、男親なんてそんなもんじゃないすかね?」

 やはり見事な手際で目の前で料理を拵えながら、メンチが口を挟んだ。最初は恐れ戦いていた彼女だが、会話内容の平和さにいくらか気が楽になったらしい。

 

「……だが、確かにオーラが以前より洗練されているな」

 向かいに座る子供を見ながら、クロロが言った。

 他のことに夢中になってうっかり数日絶食するなどもザラという、食生活に関してぞんざいな所のある彼であるが、彼の食べた後の皿は文句無しに美しい。パクノダもまた、口やかましく言っていただけあってかなり洗練された所作で食事を行なっていた。シロノの行儀もかなり良いものになっているので、何も知らない者が見れば、なんと育ちの良さそうな一家だろうか、と思うに違いない。

 

「それはそうと……、さっきはアンティークのカトラリーを探していたのか?」

「うん、そうなんだけど……」

 

 メンチの所での料理修行とともにシロノが毎日行なっているのが、食器屋巡りだった。アンティークの銀食器などはコレクターも多く値段も張るというのは本当だったが、幸い、天空闘技場で100階から190階までをうろうろしていたシロノは金が有り余っている。それに、仮に金がなくてもシロノは蜘蛛の端くれなのだ。どうにでもなる。

 そしてここ数日、シロノは“凝”を使って探し出した値打ちものや、また単に自分の直感で気に入ったカトラリーを片っ端から見て回っているのだが、最初にヒソカに買い与えてもらったスプーン以来、なかなかこれだと思うようなものには出会えていない。

「アンティーク・カトラリーは奥が深い。制作者や工房が有名であればいいというわけでもないし、衛生面も考えなくてはならないものだから正しい手入れがされているかどうかも重要なところだ。一朝一夕で見る目は養えないぞ」

 さすが、超高級品専門の盗賊の首領の言葉である。そうでなくてもクロロの知識量はかなりの広分野に及ぶ途方もないものだが、その中でも、骨董品、アンティークについての知識は専門家も舌を巻いて裸足で逃げ出すレベルだ。

 特に美術品に置いて彼の右に出る者はいないだろうと言われ、実は様々な偽名で論文をいくつか発表していたりもするのだが、食器に関しても造詣が深いらしい。

 

「ええ、じゃあやっぱり古いのじゃなくて現代ブランドにしたほうがいいかなあ……」

「……お前の能力に、それらは必須なものなのか?」

「うん」

 はっきりと頷くシロノに、クロロは、ふむ、と自分の顎に手を当てた。

「……そうか。じゃあ仕方ない。俺が選んでやる」

「ふえ?」

「素直に“お父さんが選んでやろう”って言えばいいじゃないの」

 呆れた様子でパクノダが言う。いかにも仕方が無いからというような風情のクロロだが、自分の得意分野だからだろう、妙なやる気が隠しきれていない。

「何を言う、俺は甘やかしとは無縁の放任主義だ」

「威張ることじゃないでしょ。……でもまあそれも本当よね。どういう風の吹き回し?」

「アケミには手を貸してやっているのにシロノには手を貸さないのはおかしい、……とシャルに言われたからだ」

 あくまで自分の意思ではないと言いたいらしい。

 

 しかし実は、それも嘘というわけではない。

 長い間は己を実体化できない上、字が読めず、そして指輪の持ち主から一定以上の距離は離れられないというアケミが能力を会得する為には、周囲の協力がどうしても必要だ。そしてその役目は当然の流れでもって指輪の持ち主であるクロロが主に請け負うはめになっていたのだが、あらゆる意味で遠慮のないアケミの要求は、流石のクロロも時々でなくうんざりするものだった。

 そうして色々と限界に来ていた彼は、パクノダとシロノの様子を見に行くという理由にかこつけ、指輪を半ば無理矢理シャルナークに押し付けて、息抜きに出て来たのである。

 

「……ママ?」

 突然アケミの名前が出て来た事に、シロノが首を傾げる。すると、クロロは「ああ、」と頷いて、子供に言った。

 

「能力がちゃんと完成したら、アケミに会わせてやる」

 

 カラン、とフォークが落ちた。

 さらりとなんでもないことのように言ったクロロだったが、フォークを取り落としたシロノは、目を見開いて口を開けっ放しにしたまま固まっている。

「ご褒美ですって。良かったわねシロノ」

 そう言って、パクノダがシロノの頭を撫でる。呆然としていたシロノだったが、パクノダに撫でられているうちにハッと覚醒し、クロロに詰め寄った。

 

「ほんと? パパそれほんと?」

「本当だ」

「ほんとのほんと? ウソついてない?」

「ついてない。約束する」

 こう言うとき、クロロは絶対に嘘をついていない。それを知っているシロノは、もう一度目を見開いた後、テーブルマナーもぶっ飛ばして、勢い良くクロロの首っ玉に抱きついた。

 

「わああああいパパありがとー! 大好きー!」

「あらら」

 

 椅子をひっくり返し、フォークをすっ飛ばしたシロノにいつもならかなりのペナルティが課されている所だったが、この時ばかりはメンチも苦笑するだけで、何も言わなかった。

 クロロはやれやれという風な無感動な表情を浮かべ、抱きついてくる子供を抱き返すこともしなかったが、しかしぎゅうぎゅう抱きついて来るシロノの好きにさせていた。

 

「パパありがとー! えっと、あー、いつもと違ってステキ!」

「……それ、どこで覚えてきた?」

 離れている間に何やら余計なことを覚えている子供に、クロロは半目になる。しかも使いどころを間違っているせいで褒め言葉になっていない。

 

「様式美って言うんだよね?」

 

 あっけらかんと言ったシロノの頭に、久々にクロロの拳骨が落ちた。

 

 

 

 








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