【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.004/険しきかなスシ道

 

 

 

 その後、レオリオが迂闊にも「魚ァ!?」と叫んでしまったため、受験生は全員が川や沼に向かってしまった。

 そんな中、シロノは無人と化した調理場で、腕まくりをすると見えそうになる蜘蛛のブレスを上にたくし上げながら、黙々と作業を続ける。そしてちらほらと魚を抱えた受験生たちがどう調理するかと迷っているとき、シロノは出来上がった“スシ”に半球型の銀色の覆いを被せると、メンチの所まで持って行った。

 

「よろしくお願いしまーす」

「アラー、あなたが一番乗り? どれどれ」

 メンチはいかにも食いしん坊な表情で、銀色の覆いをぱっと持ち上げた。そして中から現れたものを見て、一瞬目を丸くする。

「うぅ~~~ん……、惜っしい! 確かにスシだけど!」

「あー、やっぱ違うんだ……」

 

 そこにあるのは、厚めの葉っぱを丸く整えて小さめの器にし、酢と調味料で味付けした白米を敷き、その上に魚の切り身を数種類丸く並べ、そして焦げ目がないように焼いて千切りにした錦糸卵と小さく切った野菜、そして赤い小さな果物がちょんと綺麗に飾ってある──

 

「……散らしズシ、だね」

 ブハラが言った。

「う~~ん、なかなか綺麗な錦糸卵! その歳にしては上手ね~。料理は誰に習ったの?」

「お姉ちゃんとかお兄ちゃんとか……錦糸卵はお姉ちゃんのほうが、あたしよりもっと上手」

 ちなみにマチの錦糸卵は、まさに糸のように細くてふわふわしているのに弾力があり、さらに全くパサついていないという神業レベルの逸品である。

「うん、魚の切り方も、一般家庭レベルでは合格ラインね。野菜も簡単だけど飾り切りにしてあるし、それに彩りが綺麗でカワイイわ! 葉っぱを器にしてあるのもいい感じ」

「女の人用のお弁当で売り出したら、ウケそうだね」

「そうね。料理は見た目も大事だからね、センスはあるわ! どれ、味は?」

「あ」

 合格じゃないのに一応食べるのか、お腹いっぱいになったら終了なら出来るだけ食べないほうがいいんじゃないのかなあ、などとシロノは思ったのだが、わりと真剣な表情で散らしズシを食べている試験官に口出しするのも憚られ、シロノは彼女を見守った。

 

「うん、ごはんの味付けは可もなく不可もなく、普通ね。錦糸卵はちょっと太めだけどパサついてないし、自分の技量を的確に心得た感じでむしろ好印象。野菜も飾り切りしてる割には冷やしてあって体温が移ってないし、何より川魚っていう最大のネックをわかってて、お酒とか醤油、生姜、湯通しを使って泥臭さをちゃんと消してる。基本中の基本ができてるわね」

 

 そう言いながらも、メンチはぱくぱくと散らしズシを平らげていく。かなり小さめとはいえ、散らしズシ一人前を食べてしまっては腹具合を満たしてしまうのではないか、とシロノは慌てた。しかしメンチは半分と少しほど食べると、少し興味を持ったらしいブハラに残りを譲ったので、シロノは少しホっとした。

 

「うん、回数こなして手慣れた子が作ったって感じ。普段から料理してる?」

「あ、うん。パパと暮らしてるけど、パパ好き嫌い多くて味にうるさい割に家の事何もしないから……」

「あっらー、小さいのに苦労してるのねえ。あれでしょ、せっかくゴミわけてるのに平気で台所以外のゴミバコに生ゴミ捨てたりするでしょ」

「なんでわかるの!?」

「そーゆー男のパターンは決まってるのよ。しかもそれで小バエが発生したのに文句たれたりすんのよね」

 こくこくこく、とシロノは激しく頷いた。そしてクロロにリビングのゴミバコにムニエルの残りを捨てられた時は本気で殺意がわいたなあ、とシロノは回想する。それでいて、クロロは最も簡単な家事であるゴミ出しすらやらない。

 

「ものすごく料理人の才能があるってわけじゃないかもだけど、作り慣れてて基本を忠実に守ってるところがいいね。味も普通に美味しいし」

「そうね、一般家庭の料理としては上手なほうだわ。いい奥さんになるわよ!」

「……えっと、ありがとうございます」

 シロノも料理は好きだし上手になりたいと思っているので、プロ中のプロである美食ハンター二人に褒められるのは嬉しいのだが、不合格なのに褒められるのも変な感じだなあ、と、曖昧な相槌を打った。

 

「スシってとこは合ってるし基本的には間違ってないから、アタシの言った事をヒントにしてよく考えて、突き詰めていけば作れるわよ。なかなかいい感じだから、次は形が合ってれば合格にしてあげる」

「はい! ありがとうございました!」

 

 シロノは綺麗に空になった器を受け取ると、自分の割り当てられた調理台に引き返した。メンチはニコニコと微笑みながら、「がんばってねー」と小さな後ろ姿を見送っている。なかなかいい滑り出しだ、と彼女が機嫌良さそうにしていた、その時だった。

 

「出来たぜー! 次はオレだ!」

「ん?」

 皿を持ってずんずん歩いてきたのは、レオリオである。

 

「名付けてレオリオスペシャル!」

 

 さあ食ってくれ! と、レオリオがぱかっと覆いを取った中から現れたものは──……、いびつで乱暴な白米の塊から、何の調理もしていない、というかまだ生きたままの魚が埋め込まれ、頭や尾がはみ出してピクピクしているという、食べ物としてとても認識できないような物体だった。

 

 そして案の定、「食えるかあっ!」とメンチは据わった目つきでそれを放り投げ、ショックを受けたレオリオが抗議するが、メンチは意に返さない。

 

「いーい!? カタチは大事よ! ニギリズシのカタチをなしていないものは味見の対象にもならないわ!」

(さっきのちっちゃい子の散らしズシは食べたくせに……)

 見た目の差が激しかったから無理もないけどさ、とブハラは思いつつも口出ししないまま、ゴンがレオリオと同じレベルと言い渡されて不合格となり、そして続々とメンチが受験生たちを切って捨てるのをブハラは見守った。

 

「よう、どうだった? 一番乗り」

 

 シロノがニギリズシ第二号の製作に取りかかっている頃、キルアがやって来た。

「えーと……全部食べてもらえて褒められたけど不合格だった」

「……どーゆーことだよそれ?」

 キルアは首を傾げるが、説明しづらい状況に、シロノは半端な笑いを返す事しか出来ない。

「しかしお前、手際いいのなー。オレ料理なんかしたことねえっつの」

「そうなの?」

「執事やらメイドやらアホほどいるのに、俺が料理する機会なんかねーよ」

 どうやらキルアはかなりいい家の坊ちゃんらしい。生活の場にホームキーパーやらの他人を入れるのを好まないクロロに家事を全て丸投げされているシロノにとっては、かなり羨ましい話だった。

 

「あ、もしかしてこれ? さっき提出したやつ」

 

 キルアは、調理台の上にあった、散らしズシの余りを指差した。もしものときの為に多めに作っておいたので、メンチに提出した分と同量のぶんがきちんと盛りつけてある。

「うん、でもカタチが全然違うんだって。参考にはならないよ」

「いやいや、見た所でまず作れねえし。ってか美味そうなんだけど」

「あ、おなか空いてるなら食べていいよ。美食ハンターが全部食べたんだから、まずくはないと思うし」

「マジ? じゃあ貰う」

 キルアは器に使った分厚い葉の余りを細く折ってスプーン代わりにすると、散らしズシを口に運んだ。そして何口か食べた後、彼は静かに言う。

「……美味いわコレ。初めて食べる味だけど、いける」

「ほんと? ありがとー。これ、お姉ちゃんがよく作ってくれるんだよね」

「へー。……あー、なんかコレお茶が欲しくなるなお茶が」

 

 そんな会話を交わしていると、向こうにいるゴンが「あ」という形に口を開けて、こちらを見ていることに気付いた。

「キルア! 何食べてんのー?」

「んん? なんだなんだ」

 ゴンだけでなく、煮詰まっていたのかレオリオとクラピカも寄ってきた。

 

「ほっほー、これがシロノが作ったスシか!」

「美しいな。彩りがとても綺麗で食欲をそそる。さすが女性だ」

 キルアが食べた分欠けた散らしズシを覗き込み、レオリオとクラピカが感想を寄越した。

「美味そーじゃねーか、一口くれ」

「図々しいなオッサン。というか、アンタが作ってたのと比べたら何だって美味そうに見えるっつーの」

「んだとオッサン言うなこのガキは!」

「まーまー、ケンカしないでよ。キルア、オレにもちょうだい」

「……オレじゃなくてシロノに言えよ。シロノが作ったんだから」

 キルアの言葉に、三人ともがシロノのほうを向いた。

 シロノは突然の展開に驚きつつも、食べたいと言われて嫌な気はしない。「いいよ」と返すと、三人ともキルアと同じようにスプーンを作り、それぞれ口に運んだ。

 

「お」

「わあ」

「……ほう」

 

 三人はそれぞれ咀嚼し終わると、感心したように声を漏らした。

「美味いじゃねーか! うんうん、さすがお姉様直伝!」

「本人を褒めろレオリオ。いやしかし、その歳で大したものだ。この野菜の飾り切りも実に器用に……この卵、どうやって焦げ目を付けずに焼くのだ?」

「すごーい! ミトさんみたい!」

 三人が大声でベタ褒めするので、さすがにシロノも照れくさくなってきた。そして錦糸卵の作り方をクラピカに解説していると、レオリオが「やっぱ料理が出来る奴は基本からして違うよなあ」と、腕を組んで顔を顰めた。

 

「まずこの調理台の綺麗さからして違うもんな。他は生ゴミ置き場と化してるのによ」

「……それは確かに」

 レオリオの言う通り、使った後の食材の切れ端が綺麗に纏められてすっきりしているシロノのスペースに比べると、白米と生魚の残骸がぐちゃぐちゃに散乱する受験生たちの調理台は、生ゴミが散乱しているのとさほど変わりない。

 

「で、シロノ先生、次の“スシ”はどんな感じで?」

「先生とは何だレオリオ……」

「いやだってマトモに料理の心得があるのってシロノだけじゃねーか。何かこう参考に」

「姑息だなオッサン」

「オッサン言うなこの猫目小僧!」

 ぎゃあぎゃあとトリオ漫才を始めた三人を尻目に、散らしズシの最後の一口を美味そうに食べたゴンが、シロノに向き直った。

「シロノって料理上手なんだねー。いいお嫁さんになれるね!」

「へへ、実はメンチさんにも言われた。ありがとう」

 天然タラシの素質をこれ以上なく持つゴンの意図せぬ殺し文句だったが、言われたほうもまだまだ子供なシロノである。素直に嬉しいのか、シロノはへらっと笑って返しただけだった。和やかに笑いあう少年少女は、実に微笑ましい雰囲気を醸し出している。周囲の風景が奇怪な魚と格闘するマッチョな男たち、という異様な光景でなければ、尚更。

 

「で、次はどういうの?」

「うん、今できたとこ。これ」

「お? どれどれ」

 聞きつけたのか、長身を駆使してちゃっかり覗き込んでくるレオリオ。そんな彼をクラピカとキルアが呆れたように見遣るが、彼らもまた、シロノの第二の作品を覗き込む。

「おお!?」

「これは……凄いな。先程のものよりも更に美しい」

「カタチが違うって言われたし、多分“ニギリ”ってポイントを逃してたんだと思うのね。これはそこの所を考えてやってみた! 見た目もかなり頑張ったよ!」

「なるほど……これならニギリという語感、“個”で数えられるサイズや形態、新鮮な魚を使うという条件を全て満たしている……。その上見た目も素晴らしい」

 クラピカが、感心したように言った。

「これならいけんじゃねえ? 行ってみろよ」

「うん!」

 

 シロノは皆から背を押してもらい、作品に再度銀のカバーを被せると、白米と生魚の残骸でぐちゃぐちゃになった受験生たちの調理台の間を抜けて、メンチの所まで進み出た。

 

「……もー、どいつもこいつも! 観察力や注意力以前にセンスがないわ! やんなっちゃう!」

「メンチさん! できましたー!」

「あらっ?」

 シロノの散らしズシ以降一つも試食まで至らずに癇癪を起こし始めていたメンチは、再度現れた、唯一まともに食べれるものを持ってきた小さな人影に、僅かに表情を緩めた。

「待ってたわよ! えーと、シロノちゃんだったかしら?」

「はい! よろしくおねがいします!」

「ふふん、自信作みたいね。どれどれ~」

 やっとまともなものが食べられる、とメンチは舌なめずりをして銀のふたを開けた。そして中のものを見た瞬間、かなり盛大に表情を歪める。それは、かなり惜しい所でゴールを逃したスポーツ選手のようなそれだった。

 

「ぉ惜っ……し──い! ニアピン! 超ニアピン! あと一歩! いや半歩!」

「え──!?」

「惜しいっ……! ホント惜しいわ!」

「……ああホントだ、これはかなり惜しいね~」

 拳を握り締めて「惜しい」を連呼するメンチと、それに深く同意して頷くブハラ。

 皿の上には、丸く、ちょうど団子の様な大きさの丸い形をした、一口サイズ、というにはやや大きめの飯が四つ。どれもそれぞれバラバラの具だが、一つは焦げ目一つついていない薄焼き卵で包まれていて、先程の散らしズシにも使われていたキュウリに近い実を極限まで薄く切り扇形に広げたものと、赤い果物を小さく切ったものがちょんと乗せられ、彩りを引き締めている。

 

「……これは手まりズシっていうんだよ」

「えっ、名前があるの!?」

「なーに、知らないで作ったの?」

「えっと……さっきのが基本的にオッケーで、あとニギリっていうところをいっぱい考えたらこうなった……」

「……なるほどね」

 シロノは、スシといったらマチが作ってくれる散らしズシか、そうでなければノブナガが一度やってくれた手巻きズシしか知らなかった。しかしここには海苔がないし、さすがに森ではどうやったって手に入らないのだからここは散らしズシだろう、という判断を下したのだ。そしてそれに「基本は合ってるけど形が違う」という評価を下された為、ほとんど同じ材料で形が“ニギリ”のもの、ということで考えたらこうなったのである。

 

「でも見た目はさっきよりもキレイだわ、薄焼き卵もレベルアップしてるし。……この赤いの、ウメマガイの実ね?」

「んーと……味見してみたら梅干しと似てて、多くはキツいけどちょっとなら凄く美味しいし、上にちょっとだけ乗せたら色もまとまると思って……」

「食材を一つ一つ味見してるの?」

「え、だって不味いもの使ったら……不味いでしょ?」

「……そう! そうなのよ! 何でこんな最低限の事がわかんないのかしら!」

 自分が食べれるモン持って来いっつーの! とメンチは叫び、受験生たちのイライラが更に上昇した。しかしメンチは、料理に関してまともなコメントを返してくるシロノの小さな肩をばんばんと叩き、更に料理について質問する。

「で、こっちは? 皮が透けてるけど」

「うーんと、お肉とお魚と卵でちょっと濃いめだと思ったから、何かさっぱりしたのがないかなーって探したら、あの……見た目真っ青で毒々しいけど中にトロトロしたのが入ってる野菜みたいな」

「ああ、マイシュの実ね」

「それに味付けして平べったく伸ばして熱湯かけたら硬めのゼリーっていうかシュウマイの皮みたいになったから、ハーブ系の葉っぱを線切りして錦糸卵と一緒にご飯にまぶして、それから皮で包んだの」

「見た目に惑わされずに中を調べて、しかも熱を通せば固まるって言うのによく気付いたわね。うんうん、涼しくて爽やかな感じでバランスがいい」

 確かに、白い飯と黄色の卵、濃い緑の葉っぱが半透明の皮の中に透ける様は美しく涼やかで、暑い日にも食欲をそそりそうだ。そして、そんな風に色とりどりで細かく工夫を凝らした綺麗な手まりズシが、今度は器ではなく、花の形に大きく切った濃い緑の葉っぱを重ねて皿の上に敷いたものの上に、ちょんと四つ上品に載せられているのである。

「これは、さっきの生姜と醤油で味付けした魚の手まりズシね。で、こっちは……?」

「えっと、実はあんまり美味しそうだったんで、焼いた豚のお肉ちょっと貰ってたの。それにお醤油で作ったソースをかけてみた」

「……グ、グレイトスタンプのテリヤキソースがけ手まりズシ……!」

 ごくり、と、メンチだけでなくブハラも唾を飲み込む。

 

 そんな風にして、「惜しい」と言われて合格ではなかったのものの、シロノの作品は食材の組み合わせが上手くマッチして、見た目の美しさとともに、おおいに食欲をそそっていた。

 

「……やるわね……気合い入れたわねシロノちゃん!」

「あー、でもこれニギリズシじゃないんだよね。よし、今度こそ作り直して」

「た、タンマ!」

 皿を持って戻ろうとするシロノを、メンチが「ちょっと待った」のポーズで引き止めた。

「なんですか?」

「え~~……いや、その……………………ひ、ひとくち……」

「おいおいメンチ、ニギリズシの形をしてないのは試食しないって自分で」

「だって──!」

 自分で言った事は守れよ、とメンチを諌めるブハラだが、メンチは「美味しそう」と思ったものは食べずにいられない性質らしく、駄々をこねるようにソファの上で悶えている。

「でも近いじゃない! すんごい惜しいでしょ!」

「いや惜しいけどさ、ニギリズシじゃないってもう言っちゃったし実際そうだし」

「でもでもでも」

「試験官が自分の食べたい物で腹膨らまして試験に支障をきたしちゃダメだろ」

「そうだけど! ああああせめてグレイトスタンプのだけでも! ……シロノちゃーん!」

「はい?」

 呆気にとられていたシロノだったが、既に涙目になっているメンチに呼ばれて返事をした。

「食べるから! 試験終わったら絶対食べるからとっといて……! お願い! メンチさん一生のお願い!」

「うん、いいよ」

 シロノがあっさりそう返すと、メンチは手を組み合わせ、キラキラした目でシロノを見つめた。

 

「……なんていい子なの……!」

「もー……。ゴメンね、迷惑かけて」

「まったくだぜ」

 

 ブハラの言葉に応えたのは、言葉を向けられたシロノではなく、いつの間にか皿を片手に立っていた294番の受験生、ハンゾーだった。

「そろそろオレの出番だな……」

 フッフッフ、とハンゾーは自信ありげに笑うと、銀の覆いをがばっと取った。中には、一口サイズのご飯の固まりの上に、魚の薄い切り身が乗ったものがひとつ、ぽつんと乗せられている。

 

「どうだ! これがスシだろ!」

「……ふーん。ようやくそれらしいのが出てきたわね」

(あ、ダメだこりゃ)

 やる気無さげなメンチの返答に、ブハラは彼女の中の合格ボーダーラインがかなり上がってしまった事に気付いた。正解は出来なかったとは言え、プロの美食ハンターに「美味しそう」と思わせたシロノの料理がお預け状態の今、よっぽど美味しそうなものが出て来なければ、彼女のやる気は戻って来ないだろう。

 

 案の定、メンチは「ダメね、おいしくないわ」ときっぱりハンゾーに言い渡し、しかも最悪な事に、それにキレたハンゾーがスシの作り方をうっかり全てバラしてしまったのだ。

 しかも、である。受験生全員がニギリズシのカタチを知ってしまうという最悪の状況、それだけでもかなりメンチの逆鱗に触れているのに、さらにハンゾーは一番の地雷を思いっきり踏んでしまった。

「ざけんなてめー! 鮨をマトモに握れるようになるには十年の修行が必要だって言われてんだ! キサマら素人がいくらカタチだけマネたって天と地ほど味は違うんだよボケ!」

「なっ……んじゃそんなモンテスト科目にすんなよ!」

「っせーよコラハゲ殺すぞ! 文句あんのか、お!? あ!?」

(あーあ、メンチの悪いクセが出ちまった)

 

 熱くなったら最後、味に対して妥協できなくなる。そんなメンチの性格を、シロノの料理とハンゾーの罵倒が思いっきりフルスロットルにしてしまったのである。

 

「あたしだって、まさか一流の職人レベルのもんを作って来させようなんて思ってねっつの! アタシが欲しいのはスキルがあるにしろないにしろ、料理ってものに真摯に取り組む姿勢よ!」

「う……」

「見なさいこの子を!」

 メンチは、手まりズシを持ったまま怒濤の展開に呆然としているシロノを、ビシリとまっすぐに指差した。

「自分の出来る限りの技術を使い、家族から作ってもらった家庭料理の中から近いものを探し、そこから発展させていこうとするこの健気さ!」

「そ、そんなこと言ったって、このチビっ子ほど料理出来る奴なんてここにゃいねーだろーが!」

 ハンゾーの台詞に受験生たちが深く頷くが、メンチは「はっ」と吐き捨てるようにして顔を逸らした。

「だから技術は二の次だって言ってんでしょうが! 大体ねえ、人に食べさせるって気持ちがあれば例えたいして美味しくなかったとしても、少なくとも食べれるものは作れるのよ!」

 確かに、シロノ以外で提出する料理を実際に食べれるかどうか、そして美味しいかどうか味見した者など一人も居なかった。

「自分で食って美味しいと思うものを持って来るのが当然でしょうが! それなのに口に入れるって事すら考慮してないアンタたちと比べて、この子は食材ひとつひとつを味見して選抜するところから始めたわ! 見た目も考慮した上で! でもこれはもう気概とか技術とか以前の、じょ、う、し、き! 常識の問題よ!」

「う……」

「あーもー汗臭いバカマッチョどもと比べたら、この子の一生懸命さは涙が出そうだわ! どうせアンタたちもリビングのゴミ箱に焼き鮭の皮を捨てるよーな無神経なタイプばっかりなのよ! むしろてめーらが生ゴミとともに捨てられろ!」

「意味わかんねーよ! それにオレは焼き鮭は皮まで食べるタイプだ!」

「うっさい死ね! あの子に謝れ! っていうか料理という存在全てに土下座しろ! そして餓えてできるだけ苦しんで生まれてきてスミマセンと泣きながら死ね!」

「死ねってさりげなく二度も言いやがった! しかも二度目かなりヒデーんだけど!」

 

 あとはもうメンチの一方的な言葉の暴力が続くのみで、ハンゾーはまともに言い返す事など出来ずに、完敗という言葉がありありと顔に出たげっそりした様子で持ち場に引き返して行った。

 そしてスシの作り方が全員にバレてしまった以上、味で審査するしかない。それぞれがスシを作ってメンチの所に殺到するが、合格ラインが果てしなく上がってしまったメンチの試験に合格できる者が居るはずもなく。

 

 そして一人も合格者が出ないまま、メンチの腹はいっぱいになってしまったのだった。

 

 

 






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