【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.005/新作レシピ

 

 

 

携帯電話に向かって怒鳴り続けるメンチを、受験生たちは呆然と見遣っていた。

 

「あー……せっかくもうちょっとで合格貰えたかもしれなかったのに……」

 味と努力を認められ、あとは形を正解するだけというあと一歩の所だったのに、ハンゾーのおかげで全てが台無しになってしまったシロノは、盛大に溜め息をついた。

「確かにアレはあのハゲが悪いな。残念だったなあ、良い線行ってたのに」

 キルアが、手まりズシを食べながら言う。声がやたら大きかったのはきっとわざとだろう、数人のじろりとした目線がハンゾーに向かい、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「んー……料理の腕は上がった気はするけど……」

「みたいだな。これ、かなり美味いぜ」

「……ありがと」

 余らせるのもなんだから、と集めてきた材料を全て使い切って、キルアとゴン、クラピカとレオリオそれぞれにやや小さめに作った手まりズシ四コセットは、大絶賛の嵐を受けていた。

(全員ダメなら、パパ、ペナルティ減らしてくんないかなあ……ダメかなー……)

 シロノは試験に受からなかった事よりも、美しく黒い笑顔で出迎えてくるだろうクロロのほうが百倍気がかりだった。

 

「しかし、君ほどの腕があるなら、メンチを納得させるほどのスシを作れたのではないか? あの手まりズシはプロ級の作品だったと思うが……」

 クラピカが言うと、シロノはふるふると首を振った。

「まさかあ。このくらい、ちょっと料理上手なお母さんならもっと上手く作れるよ。だってこれ、普通に本屋で売ってる料理雑誌の簡単レシピをちょっとアレンジしただけだし」

「そ……そうなのか?」

「そうなんだ……。ミトさんの凄さを今改めて実感したなあ……」

「世の中の主婦ってスゲーな……」

 今回初めてまともに台所に立った男たちは、世の家庭の女性たちに深い尊敬の念を抱いた。

「それにほら、あたしの作ったのは色々材料が使われてて、いまいちな所を色々誤摩化せるけど……でもスシはゴハンと魚だけでしょ? あれだけの材料で違いを出すっていったら、ホントに十何年も修行したプロの職人さんにしか出来ないよ」

「なるほどな……。しかし、それなら尚更この不合格には納得が行かないな」

 クラピカは真剣な顔でメンチを見遣るが、彼女は相変わらず携帯電話に向かって怒鳴り続けている。

 

「とにかくあたしの結論は変わらないわ! 二次試験後半の料理審査、合格者は0よ!」

 ざわ、と受験生たちがどよめく。

「マジかよ」

「まさかこれで試験が終わりかよ……」

「冗談じゃね──ぜ……!」

 

 ──ドゴォオン!

 

 その時、何かを破壊する音が響く。

 音のした方に顔を向ければ、それが255のプレートをつけた受験生が、調理台を拳で破壊した音だとわかった。賞金首ハンター志望だという彼はメンチに食って掛かり、ついには激昂して突進をかましたが、結局ブハラに思い切り張り飛ばされ、窓をぶち破って野外に吹っ飛ばされてしまう。

 

「……ブハラ、よけいなマネしないでよ」

「だってさー、オレが手ェ出さなきゃメンチあいつを殺ってたろ?」

「ふん、まーね」

 メンチは大きな包丁を振り回しながら、ソファからすっと立ち上がった。

「賞金首ハンター? 笑わせるわ! たかが美食ハンターごときに一撃でのされちゃって」

 見れば包丁は四本である。目に止まらぬほどの動きでそれを二本の手で操るメンチに、受験生たちが息を飲む。

「どのハンターを目指すとか関係ないのよ。ハンターたる者誰だって武術の心得があって当然! あたしらも食材探して猛獣の巣の中に入ることだって珍しくないし、密猟者を見つければもちろん闘って捕えるわ!」

 ギッ、と睨むメンチの目に、皆が怯む。

「武芸なんかハンターやってたらいやでも身に付くのよ! あたしが知りたいのは未知のものに挑戦する気概──」

「それなら尚更おかしいだろう」

 メンチの言葉を遮って、受験生の中からクラピカが進み出た。

 

「そういう審査基準ならば、シロノは合格のはずだ。真摯に未知のものに対峙し、自分の知識を集めて分析し、技術を尽くし、最終的にはあなたが食べたいと思うほどの料理を作った。他はどうあれ、彼女は貴女が言う審査基準に合格している、と私は思うが?」

「う……」

 だだをこねてまでシロノ料理の取り置きを頼んだ身として、メンチもクラピカの意見に反論する事は出来なかった。シロノは突然自分が引き合いに出された事にきょとんとしている。

「さらに、スシという専門の熟練の技がどうしても必要となるメニューで貴女を満足させるものを作るのは、気概でどうこうできるものではないだろう。確かに途中で貴女の予定を狂わせるアクシデントが発生した事は事実だが、その時点で試験官である貴女は公平な試験内容に調整する為に動くべきだった。そういう判断をする責任が試験官にはあるはずだ」

 もっともな正論に、ブハラが気まずそうに明後日の方向に目を逸らす。

 

「ともかく、シロノが不合格だというのなら、貴女の主張する審査基準は確固たるものとは言えない。それならいっそ全員の審査をやり直すべきだ」

「おう、そうだそうだ! それに見ろコレを!」

 今度はレオリオがずいと横から進み出て、シロノが持っている包みを指差した。それは厚い葉で包み、植物の蔓で結んで吊り下げた、メンチのための取り置きの手まりズシだった。

「自分を不合格にしたアンタのために、あんな美味いメシをわざわざ丁寧に包んで取り置いてるんだぜ!? こんな健気なチビっこまで不合格にするたあ、なんて冷血な女だ! 美味いものが食えればそれで良いのか!?」

「ううっ……!」

 さすがのメンチもこれには呻いた。しかもシロノはクリスタルのような目で、じっとメンチを見つめているのである。小動物のように穢れのない──ように見える──目で見つめられ、彼女は気まずくなったのか、ふいと目を逸らした。

「ホーラ見ろ! 純粋な目に耐えられなくて目を逸らしやがった! おいシロノ、あんな食欲の権化にそんな美味いモンをとっておいてやる必要ねえよ。皆で分け合って楽しく食べちまおうぜ」

「なっ……!」

 レオリオの台詞に、メンチが青くなる。

 そしてクラピカとレオリオの意見を通せばもう一度試験のやり直しができる、と踏んだ受験生たちは、口々に「なんて可哀想なんだ」「鬼だなあの試験官」「オレ涙が出てきちゃったよ」とまで言い出した。一気に悪者にされて先程ではまた違う意味で表情が険しくなるメンチに、ブハラが大きな溜め息をつく。

「な、シロノ、出来立てのうちに食っちまえって」

「えー……でも……」

 どうしたものか、とシロノは周囲の受験生たちとメンチを見比べて、小さい声で言った。

 

「……でも、メンチさんが食べたいって……」

 

 その台詞が出た途端、レオリオを始め大柄な男たちが、目眩を起こしたような、また目頭を抑えるようななど、大仰なリアクションを取る。わざとらしいそれに、キルアとゴン、クラピカ他数名は呆れた目を向けた。

「聞いたか!? 聞いたかコラ今の!」

「あーオレダメだ、泣けてきちゃったマジで」

「なんて清らかなんだ、そんな子供をあの女は奈落の底に突き落とすようなマネを」

「う、うるっさいわね! アタシだってその子は合格にしてもいいと思ってるわよ!」

 メンチが叫んだ。

「そうね、アンタの言う通りだわ404番! この子はアタシの審査基準をクリアしてるし、今からこの子だけは合格って協会にアタシが頭下げるわ。でもアンタたちはやっぱダメよ!」

 

《──それにしても、合格者一名はちとキビシすぎやせんか?》

 

 突然聞こえた、どうやらスピーカーを通しての老いた声に、全員がハっとする。そして上空を見ると、ハンター協会のマークがついた、審査委員会の飛行船がすぐそこまで近付いていた。

 

 

 

 その後、結構な高度にある飛行船から生身で飛び降りてきたのは、ハンター協会の会長であるというネテロ会長だった。そしてネテロとメンチが話した結果、冷静になったメンチが己の非を認めたことにより、再度の試験が決定した。

 

 メンチが指定したメニューは、ゆで卵。

 ただし、マフタツ山の断崖絶壁に生息するクモワシの卵で、であるが。

 

 そして受験生たちは、底が見えないほどの深い谷に飛び込むのに躊躇する者、先程の試験よりはよほど分かり易くていいと喜び、我先にと谷にダイブする者と、まっ二つに分かれた。そしてシロノもゴンたちに続こうとしたその時、後ろから声をかけられた。

「シロノちゃん」

「あれ、メンチさん」

 どしたの、と返すと、彼女の後ろから、すっとネテロが姿を現した。

「シロノ……といったかな」

「うん、そうだよ。シロノです。はじめまして」

「ホッホ。礼儀正しい子じゃの~、結構結構」

 ネテロは陽気に笑うと、少し目を細めて、まっすぐにシロノを見た。

「実はこのメンチ試験官が、お主だけはさっきの試験で合格に値すると言っておってな。そういうわけで、この試験をやりたくなければそれでもよいぞ?」

「えー」

 端で聞いていた、既に降りるのを諦めた受験生たちは「ラッキーだったな、あの子供」と思っていたのだが、不満げな声を出したシロノに、目を見開いた。

「やっちゃダメなの? あたしも卵取りたい」

「やってはいけないということではないが……」

 しかし、やってもやらなくてもお主の合格に変わりはないぞ? とネテロが言うと、シロノは、にや、と口の端を大きく上げて笑った。

「あたし、フリーフォールとかジェットコースターとか大好きだし卵も食べたいし。勝手に自分で行くってことならいい?」

「ああ……構わんよ」

「やった。あ、メンチさん、これ」

 シロノは、手に持っていた葉っぱの包みをメンチに渡した。

 

「プロにアドバイス貰うとやっぱり違うね! いつもよりすっごく美味しく作れた! ありがとうございました!」

「……そう」

「それでね、あの、できれば家でも同じ味で作って、パパや家族にも作ってあげられるようにしたいの」

 良かったら感想貰えないかなあ、と首を傾げて言ったシロノに、メンチはにこりと笑った。

「いいわよ。街でも手に入る材料で作れるよう、あとマズイとこ直したレシピ書いたげる」

「やったあ! 一ツ星美食ハンターのレシピ!」

 シロノは飛び上がって喜んだかと思うと、その勢いで「いってきまーす」と、何の躊躇もなく谷底にダイブしていった。

「……いいコだわー。美食ハンターになってくんないかしら」

 じーん、と胸に響くものを感じながら言うメンチに、ネテロは髭を撫でながら僅かに笑った。

「それは無理じゃろうなあ」

「えー? 何でですか」

 もう腹がこなれたのか、手まりズシの包みを開けながらメンチが問うと、ネテロは呟くように言った。

「……親が許さんじゃろ」

 そしてその後、出来上がったゆで卵の美味しさに感動する面々の中には、もちろんシロノも居た。ほとんど生が好きと言うシロノは、白身すら半分程度しか固まっていない温泉卵状態のゆで卵を、たいへん美味しく頂いたのだった。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 そして合格者四十二名はハンター協会の飛行船に乗り込み、明日の八時に到着するまで、自由に過ごすことになった。

 皆がぐったりとして身体を休める中、しかし最年少三人は、飛行船の中を探検しようと元気に走り出し、大方を見終わった後、彼らは下の夜景が見える窓際のベンチに並んで座っていた。

 

「キルアのさァ……」

「んー?」

 やはり多少は疲れているのか、キルアとゴンの会話もやや間延びした色を持っている。

「キルアの父さんと母さんは?」

「んー? 生きてるよー、多分」

「何してる人なの?」

「殺人鬼」

「両方とも?」

 ゴンが真顔でそう聞き返すと、キルアは面白い奴、と言って笑った。そして会話が進むうちに、彼の実家が暗殺一家である事、そしてキルアは親が敷いたレールに乗って暗殺者になるのが嫌で家出してここに居ることを話した。

 

「シロノんちは?」

 ゴンがやはり無邪気に尋ねる。キルアもシロノを見た。

「自営業とか言ってたけど、ヒソカと知り合いになるような仕事なら絶対カタギじゃねーだろ」

「んー、まあね」

 しかし、世界中から指名手配を受けてるA級賞金首です、とはさすがに言いづらく、シロノはヘラリと笑った。

「パパとお兄ちゃんとお姉ちゃんたちはキルアんとこと似たようなもんだよ」

「じゃ、母さんは違うの?」

「うん。あたしのママ幽霊だから」

 さらりと言われたそれに、少年二人はぽかんとした顔をした。

「は? 何それ、死んでるってこと?」

「ううん、死んでない。幽霊なだけ」

 ますます意味がわからない、と、二人は首を傾げた。

「あたしが一人前の大人になったら、会えるんだ」

 シロノが目を細めてそう言い、二人が困惑したような、不思議そうな顔をした──その時だった。

 

「──!?」

 

 三人は、突然の殺気に素早く振り向いた。しかしその先には誰も居ない。

「どうかしたかの?」

 後方からのんびりと聞こえた声は、ネテロのものだった。ゴンは「あれ?」とぽかんとした顔をしているが、キルアとシロノには、ネテロが一瞬で移動し、そして何事もなかったかのようにこうして現れたのだ、という事がわかった。シロノはこういうすっとぼけた態度で人を食ったようなことをする性格の人間には慣れていたが、キルアはあまり気をよくしなかったらしい。むっとしたような顔をしていた。

 

「どうかな三人とも、ハンター試験初挑戦の感想は?」

 ネテロのその質問に、ゴンとシロノは「楽しい」と答えた。頭を使うペーパーテストがなくてよかった、という点に置いても同意見である。

「オレは拍子抜けしたね、もっと手応えのある難関かと思ってたから。次の課題はもっと楽しませてくれるんだろ?」

「さあ、どうかのー?」

「行こーぜ」

「まぁ待ちんさい」

 ゴンと肩を組んでさっさと踵を返したキルアを、ネテロが呼び止める。

「おぬしら、ワシとゲームをせんかね?」

「?」

「もしそのゲームでワシに勝てたら──」

 

 ──ぴょっこぴょっこぴょっこぴょっこぴょっ

 

 突然、何の音だかよくわからない微妙な音が響いた。するとシロノが「あ、ごめん、電話」と言いながら、ウサギの形をしたピンクの携帯電話を取り出した。

「……ヘンな着音……」

「えー、かわいいでしょ? あ、ネテロさん、残念だけどあたしいいや」

「そうか」

 通話ボタンを押して話しながら去っていくシロノを、老人と少年二人は見送った。しかしネテロとしては、おそらく念が使えるようになって長いシロノが一人混ざっているよりは、この二人のみを相手にするほうが色々と楽だ。

「で、ネテロさん、勝てたら何?」

「ああ」

 話を本題に戻したゴンに、ネテロは言った。

「……ハンターの資格をやろう」

 

 

 

 

 

 

 その頃、メンチ、ブハラ、サトツの試験官三人は少し遅めの夕食、というよりも夜食に近い食事を取っていた。二人はさすが美食ハンター、よく食べる。

 そしてメンチが今年は何人くらい残るだろうか、という話題をふり、今年は新人たちがいい、という意見で一致した。

 

「あたしは45番のちっちゃい女の子がいいと思うわ! いい子だし料理できるし! あと294番もいいと思うのよねー、ハゲだけど」

(唯一スシ知ってたしね……)

「私は断然99番ですな、彼はいい」

「あいつきっとワガママでナマイキよ。絶対B型! 一緒に住めないわ!」

 ブハラが「そーゆー問題じゃ……」と一応小声で突っ込むものの、メンチは聞いてはいない。そして彼にも意見を求めた。

「そうだねー、新人じゃないけど気になったのが、やっぱ44番……かな」

 始終ずっと殺気を放っていたというブハラに、メンチとサトツも、ヒソカの危なさについて同意する。

 

「……そういえば、先程メンチさんがイチオシした45番ですが」

 ひとしきりヒソカのことについて話した後、サトツが言い出した。

「44番と知り合いのようですね」

「ウソォ!?」

 メンチが素っ頓狂な大声を上げた。ブハラも驚きに目を見開き、口を開けっ放しにしている。

「嘘じゃありませんよ、手を繋いで会場に来ましたし……ホラ、その証拠に番号が一番違いでしょう」

「あ、そういえば……。でもどーゆー知り合いよ!? 全く想像つかないんだけど!?」

「さあ、それは私にもなんとも……。しかしそれだけでなく、協会で応募カードの確認をしたとき、最も話題を呼んだ応募者の一人でしたからね、彼女は」

「……あ、もしかして、あの子の親に関係ある?」

 神妙な顔でコーヒーを啜りつつ、メンチが言った。

「おや、知ってましたか?」

「ううん、知らない。でもアタシが「あの子美食ハンターになんないかなあ」って言った時、会長が「親が許さんじゃろ」って言ったから。会長がああいうこと言うんなら有名人なんじゃないの?」

「ああ、なるほど」

「ま、あのコ本人からは「家事を全くしない、あろうことかリビングのゴミバコに生ゴミを捨てる困ったパパ」っていう情報しか受けてないけど」

「……生ゴミ……」

 いつもポーカーフェイスなサトツがやや戸惑ったような表情を見せたので、メンチは驚いた。

 

「どしたの、サトツさん」

「いえ……私の抱いていたイメージとあまりにかけ離れていたものですから……」

「は? 結局誰なのよ、シロノちゃんの父親って。あの歳で念が使えるまでのスパルタ教育してる親は」

 本人から話聞く限り、仲は良さそうだったけど……と首を傾げるメンチに、サトツはゆっくりと言った。

「……本当に父親かどうかはわかりません。ただ、保護者承諾の所に名前と連絡先が」

「だから、誰よ」

「お二人とも知ってますかねえ。賞金首ハンターなら誰でも知ってる超有名人ですが」

 サトツはブラックコーヒーの上に渦巻くミルクを眺めて、言った。

 

「クロロ・ルシルフルですよ」

 

 

 

 








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