【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.006/爪切りの行方、闇の二人道中

 

 

 

「パパ? どしたの」

《……爪切りはどこだ》

 

 わざわざ電話をかけてきて何かと思えば、開口一番、クロロがムスっとした口調で言ったのはそれだった。今現在「あの!? 幻影旅団の!? マジで!?」とメンチとブハラに泡を吹かせているA級賞金首の首領とは思えない、生活臭漂うひとことである。

「爪切り? いつも使ってる赤いの? あれなら腕時計置いてるとこにあるでしょ」

《……あそこか……!》

 途端、何かが崩れる音がして、シロノはいやな予感のまま、目元を顰めた。

「……パパ、もしかして爪切りのせいで今部屋の中ぐちゃぐちゃになって」

《ちょっと散らかってるだけだ》

「うそだ」

 シロノは即答した。

 

「もー! 片付けなくていいからね!」

《何だその言い草は。俺だって片付けぐらい出来る》

「いや無理。パパが片付けるとよけい散らかる! っていうかめんどくさくなって全部捨てるでしょパパは!」

 以前はモノどころか家具ごと全部捨てられて、シロノはかなり唖然とした。

 しかしそれでもまだいいほうで、シロノと暮らす以前は“散らかり放題散らかってどうしようもなくなったらそのまま引っ越す・もしくは壊す”という信じられない生活をしていたらしい。

 “団長”として居るときはカリスマの権化のようなクロロであるが、こうして一旦生活の場となるとまるでダメなのである。流星街出身ということを差し引いても酷い。

 まず生活の基本がわかっていない。片付けが極端に出来ないのもそうだが、掃除機をかけることの意味を説明するのに小一時間もかかったということは記しておかねばなるまい。本を読み耽って食事を取らない風呂に入らないなんて事はザラだし、三日ほどパクノダと出掛けて戻ってきたとき、三日前と全く同じポーズで本を読み耽っていたクロロには、シロノも正直少し引いた。

 

 ホームは流星街とその外との境目にあるし、クロロ達が生まれ育った流星街がどういう所かシロノも知っている。彼らは「壊す」ということは得意だが、総じて「捨てる」ということがとても不得意だった。壊したら壊しっぱなしで、放置。こんな風だから、彼らは最初から廃墟同然の何もない所に住むことが多かったのであるが。

 しかし、流星街出身と言えど、シャルナークは精密機器と始終接しているためホコリや煙草の煙にそれなりに気を使っているし、カタナだの拷問具だのをきちんと手入れしているノブナガやフェイタンは、片付け魔でもないが散らかすという事もそうない。パクノダとマチは、シロノが来てから何となく以前に増して綺麗好きになった気がする。他の者はまず最初から物を多く持つ事をしない。

 そんな中で、クロロの家事能力のなさは、比べ物にならない位ぶっちぎりで群を抜いていた。他の者たちと違って、本だの盗んだ宝物類などやたらに持ち物が多いくせに、整理整頓という言葉は空の彼方にぶっ飛んでカオスと化し、しかも他人が触ると不機嫌になる、という質の悪さである。

 

「明日になったらいつものハウスクリーニングの人呼んでね。ていうかやっぱりホームキーパー雇おうよ! 別にそっちはホームじゃないからやばいものもないでしょ!?」

《お前が居るのにわざわざ他人を部屋に入れる必要もないだろう》

 ──ダメだ、この人完全にあたしを家政婦だと思ってる。

 シロノはそう確信して溜め息をついた。そしてハンター証を取ったらハンターとして個人で仕事ができるから、それで稼いだお金で家事代行サービスを週一で呼べればかなり負担は軽くなるんじゃなかろうか、と夢想した。一応十歳だというのに、主婦そのものの生活感溢れる夢想である。

 携帯に向かって「お願いだから何もしないでね!」とシロノが言うと、クロロはいかにも渋々というように黙った。

 

「……あたしが試験受けてる間に部屋がダメになることは覚悟してたけど……」

 シロノが家事を覚えてからというもの、クロロの生活水準が以前とは比べ物にならないぐらい上がってまともになった、というのは、他の団員たちのお墨付きである。以前はウィークリーでもないのに一週間そこらでダメになっていた部屋も、今のマンションは既に二ヶ月は使っている。ゴミ屋敷になったから、ではなく“飽きたから気分転換”というまともな理由で新しい部屋を見つけて引っ越すようになったのは、間違いなくシロノの功績だ。

 しかしこのハンター試験でシロノが留守にしたことで、久々にゴミ屋敷を理由に引っ越すことになるかもしれない、とシロノは小さく溜め息をついた。

 

「ごはんちゃんと食べてる? お風呂ちゃんと入ってね、あと」

《お前は俺をなんだと思ってるんだ》

「パパ」

 そう、クロロ・ルシルフルだ。世界で一番家事能力のない男。

 一般人から見ると娘に家事を丸投げして働きもしていないニートに見える為、ご近所の方たちから「あの方何してらっしゃる方なのかしら」と言われまくっていることを彼は知っているのだろうか。

《……試験は》

 しかし、こうしてたまに思い出したように保護者らしいことを言わないわけでもない。

「試験? 楽しいよ! 今飛行船で移動してるとこで、明日の朝から第三次試験。十二歳の男の子が二人居る!」

《やはりお前が最年少か》

 クロロは何故か満足げな声で言った。

《シャルナークが協会のデータを見たんだが、ヒソカが居るそうだな》

「あー、うん。なんかうろうろしてたかと思うと時々脈絡もなく興奮して殺しまくってる」

《相変わらず発情期の熊より手に負えない男だな。あまり近寄るなよ、お前も一応美味そうと思われてるんだからな》

「“親子揃って美味しそうだよね君たち”ってすんごいきもい顔で言われたもんね!」

《思い出させるな。ヒソカに関しては危機感は忘れずに実際の記憶は逐一消去しろ、精神衛生を健康に保つ為に》

「が……ガッテン」

 正直な所、そんな器用なことできるか、とシロノは思ったが、やけに真剣なクロロに、毎週観ている国営放送で用いられる例の返事を返しておいた。

 

 ヒソカは時々言葉に言い表せないほど気持ち悪いことになる、ということはシロノも同意見だが、シロノはヒソカのことが嫌いではない。むしろ普段は面白い人だと思っている。というのも、彼が殺す人々の中にシロノが殺すべきでないだろうと思った人間が居たことは一度もないし、そして彼が気に入る人間はシロノも気に入ることが多いのだ。──そう、今回のゴンやキルアたち然り。気が合う、というのとはやや違うが、しかし彼と自分に何か共通したものがあることを、シロノは自覚している。

 そして、クロロのことを美味しそうだと思うのは、シロノも同じだった。……言ったことはないけれど。

 

「じゃ、あたしシャワー浴びて寝るよ。パパもお風呂入ってちゃんと寝てね。おやすみなさい」

《ああ、……おやすみ》

 ピ、とボタンを押して電話を切ると、シロノはシャワールームへ向かった。パクノダからの「女の子なんだから常に清潔にしなさい」という言いつけを守る為に。

 

 

 

 

 

 

「シロノ、わざわざ起こしにきてくれてありがと!」

「んーん。でもびっくりした、ほんとにそのまま寝てるんだもん」

「限度ってもんを知らねーよな、ゴンは」

 飛行船の食堂で朝食をとりながら、最年少三人組はそんな会話を交わしていた。

 起きてから、そういえばゴンとキルアはネテロと何をしていたのだろう、とふと気になったシロノは、彼らが向かったというトレーニングルームに行ってみた。

 汗臭さがまだ残るそこには、毛布をかけられたゴンが大の字になって、実に気持ちが良さそうな顔で寝入っていたのだった。あまりに気持ち良さそうに寝ているので起こすのを躊躇ったのだが、しかしこのままだと朝食をとる時間がなくなるし、見れば汗でベタベタなのでシャワーぐらい浴びたほうがいい。そう思ったシロノはゴンを起こしてシャワー室の場所を教え、こうしてキルアも一緒に朝食をとっている。

「ふーん、そんなゲームしてたんだ。あたしもちょっとやりたかったな」

 昨夜二人がネテロとやったというボール奪取ゲームの話を聞き、シロノはやや残念そうにパンをちぎった。

 

「おや、お早う三人とも」

「おっはよー、チビさんたち」

 そして声をかけてきたのは、話題になっていたネテロ、そしてメンチである。

「おはよう!」

「おはよーございます」

「……ども」

 それぞれ挨拶をする子供たちに、ネテロはうんうんと頷き、メンチは笑みを浮かべた。

 

「あ、シロノちゃんこれ。レシピよ」

 メンチは、数枚の紙の束をシロノに渡した。シロノはぱっと表情を輝かせて、両手でそれを受け取る。

「わあ、早い! すごーい、ありがとうございます!」

「わかんないことがあれば聞いて。これあたしの携帯番号だから」

「あ! じゃああたしの携帯の番号も教えるね!」

「おいおい、試験官と受験生が個人的にコネ持っていいのかよ」

「いーでしょ、あたしの試験もう終わったもーん。料理仲間を増やして何が悪いのよ」

 キルアの突っ込みにメンチは間延びした口調でそう言い、シロノのショートボブの銀髪の頭を撫でた。

 

「そういえば、昨夜の電話は誰からじゃったのかな?」

「あ、うん、パパ」

 ネテロのさりげない質問に、シロノはさらりと答えた。メンチの表情が一瞬ぴくりと引きつる。

「ほー、やはり娘がハンター試験を受けるのは心配かの」

「んーん、超くだらない用事。なんか爪切り見つかんなくてどこにあるんだって」

「爪切り……」

 メンチが、呆れたように乾いた笑いを浮かべる。ネテロは興味深そうな表情で、更に続けた。

「ふむ、家の中のことはシロノが全部やっとるらしいの?」

「うんそうだよ、パパはゴミ捨てすらしないもん。あー、あとヒーちゃんは発情期の熊より手に負えないから出来るだけ近寄るなって釘刺されたよ」

「発情期の熊って……」

「いや、これ以上ない的確なアドバイスだろソレ」

 ゴンが呆れ、キルアが頷きながら納得する。

 そして九時半を回った頃、飛行船に、到着を知らせるアナウンスが響いた。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 受験生たちが降ろされたのは、見事なほどに何もない、『トリックタワー』という塔の上だった。しかし完全に円柱型をしており窓らしいものも何もないそれは、どちらかといえば巨大な柱のように見える建造物だった。

 

「生きて下まで降りてくること。制限時間は七十二時間」

 

 メッセンジャーはそう言い、飛行船に乗ってさっさと飛び立ってしまった。

 外壁は窓や扉、足場になりそうなものは何もない。空気は薄く、覗き込めば下には雲が漂っている。それでも外壁を伝って降りようとした自称・一流ロッククライマーの男が怪鳥に狙い撃ちにされてしまったところで、受験生たちは、おそらくここにあるのだろう隠し扉を探し始めた。

 

「あ」

 

 足下に違和感を感じ、シロノはそこが隠し扉であることに気付いた。そして早速乗ってみる──が、

「動かない……」

 どうやら一定の体重がないと自動的に下には降りれないらしい。

 シロノは膝を曲げると飛び上がり、ダン! と扉の上に落ちるようにしてそれを開け、中に入った。

「やっと来た」

 

 着地した部屋の中には、既に先客が居た。

 

「あ、こんにちは」

「……コンニチハ」

 真っ黒で長い髪をした、どこか猫を思わせる雰囲気のその青年は、棒読みのような口調でそう言った。

 しかし、シロノは首を傾げる。シロノは試験が始まる直前、パイプの上から受験生を眺めていた。シロノの頭はお世辞にもあまり良くないが、『子蜘蛛』として用事を任される以上人の顔を覚えるのは苦手ではないし、強そうな受験生は番号と顔を一致させて覚えているはずだ。しかしこの青年は、かなりの実力者だろうに、シロノが見たこともない顔をしている。一瞬試験官だろうかと思ったが、受験番号がついたプレートを胸に付けているので、受験生であることは確かだ。そしてそのナンバーは、301番。

「あれえ? 301番って顔が釘だらけのモヒカンの人じゃなかったっけ」

「……他の受験生の顔なんかよく覚えてるね」

 青年は呆れているのか感心しているのか、しかし棒読みとこのポーカーフェイスは、ヒソカ以上に表情が読みにくかった。

「うん、それ俺。変装してたんだ、こっちが素」

 あれ結構疲れるし、他人の目もしばらくないから外したんだ、と青年は言った。なぜ変装なんかしてるのかとシロノは一応聞いてみたが、「ちょっとね」と返されただけで、会話は終了した。

 

 ──ガコン!

 

 その時、いきなり明かりが全て消え、真っ暗になる。

《──ここは暗闇の道だ》

 アナウンスが響いた。

《君たち二人には、この暗闇の道を、障害物を避けながら進んでもらう。光源が一切ないので目が慣れることはない》

「ふーん」

 青年が、興味のなさそうな相槌を打つ。

《なお途中で道が分かれている場合もあるが、二人が揃っていないとゴールは出来ないので、はぐれぬように注意すること。では健闘を祈る》

「……だってさ」

「はあ」

 シロノもまた、気の抜けた相槌を打った。そもそも暗闇といってもシロノにはあまり意味がないので、かなり拍子抜けだったのだ。

 

「……というか、あたし普通に見えるんだけどな」

「え、そうなの?」

 青年が、僅かに驚いた声を出す。シロノには、彼が少しだけ目を見開いたこともちゃんと見えていた。

「ただ暗いだけならオレもすぐ見えるようになるんだけど、まったく光源ないならさすがに無理だなー。ていうか人体の構造的にあり得なくない? 見えるって。目に赤外線照射装置つきの暗視スコープでも埋め込んでんの?」

「裸眼だよ。特技なの」

 そう、シロノはどんな暗闇でも、はっきりとものを見ることが出来る。

 日光過敏症故に夜中の訓練を行なううちに自然に身に付いた特技だったが、それにしては鮮明すぎる視界を確保することが出来た。色までは正確に見ることは出来ないが、その視界は彩度がかなり落ちたような世界に似ている。明かりがあるときと比べて支障がある所は全くなかった。この特技を買われて、シロノは夜間の尾行に重宝されているのだ。

 

「……まあ、見えなくても敵と君の位置ぐらいわかるからいいんだけどさ、オレも。まあいいや。じゃあ行くよ」

「はーい、よろしくおねがいしまーす」

「うん、よろしく」

 シロノは、見えないとはまるで思えない歩調でスタスタ歩いていく青年の後を追った。

 

 

 

「君さあ」

「んー? あ、そこ死体ある」

「おっと」

 最初に入った広い部屋で、暗視スコープを付けて襲い掛かってくる死刑囚たちをばったばったと倒しながら、二人は暢気な口調で会話を始めた。

「いくつ? 年」

「十歳」

「ふーん、うちの末っ子と同い年か。実力も同じ位だね」

「へー」

「念使えるだろ? ていうかさっきから“円”と、この……何だろ、この拷問具みたいな武器。これ“周”してるし」

「うん。あたしあんまり力ないし、“周”しとけばいっぱい振り回せるから」

「結構いい武器だね」

「使いやすいよ。あ、当たりそうになってない?」

「当たったら厄介な武器だけど、“周”してるし“隠”で隠してもないからね。オレの“円”に入ればすぐわかるし、避けるのはなんて事ないよ」

「えー、それはそれでショック」

「あのね、オレ、君より強いよ? かなり」

「それはわかってるけどー」

 窓際でダベるようなダラダラしたテンションの会話だが、対して囚人たちは既に血眼である。全く見えないはず──シロノははっきり見えているのだが──の受験生が、暗視スコープを付けた自分たちを瞬殺していくという信じられない状況に、彼らはかなり焦っていた。

 

「あれ、もう終わり?」

 四時間ほどかけてざっと三十人位を倒し、誰も襲い掛かって来なくなったことに青年が気付くと、シロノは「もう全部死んでるよ。この部屋は終わりみたい」とあっさり言った。

「これさあ、ホントはこう、暗闇の中で警戒する俺たちに死刑囚たちがちくちく攻撃してきて精神的疲労を煽るって感じなんじゃないの? 光源ナシの暗闇でずっと居ると精神おかしくなるって言うしさ」

「え、そうなの? なんで?」

 シロノは暗い所が好きだ。日光過敏症で日の光が苦手だというのもあるが、それにしても、夜や暗い所がとても落ち着く。だから暗い所に居て精神に支障をきたす、という意味がよく分からなかった。

「なんでって……。暗所恐怖症とかもいるでしょ」

「あ、そっか」

「俺も訓練してるから平気だけど、君が居るおかげで色々ラクだね。あ、そういえばさあ、君、名前ナニ?」

「あたし、シロノ」

「シロノね。オレ、イルミ」

 そして二人は廊下を通り、次の部屋に辿り着く。

 

 ゴゴゴ、と扉が開くと、シロノが「あ、迷路っぽいよ」とすぐさま言った。

「迷路?」

「うん、あとあからさまな罠がいっぱい。見えないと思って隠してないんだね。ていうかすぐ前、鉄球が天井にブラブラぶら下がってるんだけど」

「うわー、間抜けな光景」

 イルミの言う通り、全てが見えているシロノにとっては、罠が剥き出しの迷路は確かにかなり間抜けだった。

「でも人間相手ならともかく、無機物の仕掛けならちょっとオレには面倒だな」

「あ、そっか。殺気もオーラもないもんね」

 実はさっきの部屋で倒した死刑囚たちの暗視スコープを奪おうともしたのだが、ロックされている上、無理矢理剥がしても機械が壊れただけだったので諦めたのだ。

「悪いけど、罠の場所言ってくれる?」

「いいよー。でもあそこの壁にも槍が見えてるし、罠自体はかなり単純みたい。罠の前で罠だよって言うから、そこからせーのでいけば簡単だよ」

「ほんとに間抜けだなあ」

 そして早速、天井でブラブラしている鉄球をシロノの武器で落とし、その上を乗り越えるというかなり間抜けな方法で、彼らはまず一つめの罠をクリアした。

 

「ねえ」

「なに?」

 鉄球を乗り越えたとき、イルミに呼ばれてシロノは振り返った。

「キミさあ、ときどきオーラが“絶”になるでしょ。あれ何? 癖?」

「あー……。うん、癖」

「“纏”もかなり最小限なのに、ちょっと居場所わかりにくくてイライラするんだけど」

「あー、ごめんなさい」

 シロノは素直に謝った。イルミは、……それこそ旅団レベルでかなり強いが、一緒に居ないと課題をクリア出来ないパートナーがはっきりどこにいるのかわからないというのは、彼の言う通りイライラすることだろう。

「闘ってる時はオーラ出てるからわかるんだけどさ」

「うーん、でも、癖だからねー。手でも繋ぐ?」

 シロノがあっけらかんと言った。イルミは暗闇の中でも相変わらずのポーカーフェイスだったが、少し黙った後、「……まあいいよ、別に」と言って手を差し出した。シロノはその手を取り、さらに前に歩き出す。男だけあって大きな手は意外に温く、あの無表情な顔とはややギャップがあった。

 

「あ、イルミさん、罠だよストップ」

「ハイハイ。あ、さんとか別にいらないから」

 そしてシロノの「せーの」のかけ声で、二人は槍が左右の壁からビュンビュン飛び出てくる廊下を駆け抜ける。

 毎度こんな調子で、彼らは迷路を彷徨った。罠の前でシロノが注意を促し立ち止まり、せーので二人して駆け抜けるだけ、それに迷路のほうも課題の中で重要な所らしく、ただてくてく歩くだけ、というところもけっこうある。手を繋いで片手が塞がっていても、さほど問題はなかった。

「……見えないとそこそこのルートなんだろうけど、……なんか拍子抜けだなあ」

 イルミがぼんやりした口調で言ったそのとき、シロノが「あれー?」と、やや大きな声を出した。

「どしたの」

「ここさっきも通ったよ。なんかほら、水が流れてくるとこだもん」

「あー、なんかあるのかと思ったらただビックリさせるだけみたいなやつ?」

「そうそう。もー、罠は何でもないけど迷路がめんどくさいなー」

「罠のほうがメインだと思ってたら、迷路も造り込んでるよね。シロノ、こういうの苦手?」

「苦手! パズルとかクロスワードとかいじわるクイズとかも苦手! 算数もキライ!」

「ふーん」

 イルミは少し首を傾げると、言った。

 

「じゃあ、これからオレが道覚えたげるよ」

「え?」

「シロノが罠担当。オレが道担当。で、どう?」

 シロノにとっては異論など何もない。というか、この複雑な道を覚えられるというイルミを素直に凄いと思った。シロノも道を覚えたり地図を見たりするのはものすごく苦手なわけではないが、こんな単調な外観の迷路ではさすがに頭がこんがらがってくる。そもそもシロノは頭を使うことが大嫌いだった。

「うん、いいよ! ありがとーイルミちゃん」

「……イルミちゃん」

 年上や目上の人間にはとりあえずさん付け、という習慣があるシロノであるが、同じ操作系のマイペース同士だからなのか、シロノはイルミに対して警戒心とか、距離を取ろうとする気がやや薄かった。イルミは確かに“さん”はつけなくていいとは言ったが、しかし生まれて初めて“ちゃん”などという接尾辞を付けられて呼ばれ、少し唖然としているようだった。

 

「どしたの? 行こうよイルミちゃん」

「……いや、いいけどね別に」

 からかわれているのかと思ったが、シロノに他意は全くないらしい、と判断したイルミは、そのままその呼称で呼ばれることを受け入れた。妙な感じはするが、別に不快なわけではない。

 

「入ってからそろそろ七時間ぐらいだよ。もうクリアした人居るかなあ」

「いるんじゃない? 課題の内容にもよるけど」

 あの奇術師とか、と、イルミは心の中で呟いた。

「そっか。頑張って出ようね」

「頑張らなくてもそのうち出れるよ、このぶんなら」

 そして手を繋いだ二人は、暗闇の迷路をてくてくと歩いていくのだった。

 

 

 








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