【子蜘蛛シリーズ2】Deadly dinner   作:餡子郎
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No.008/医者の卵と思わぬ味方




「はーん、忍者と格闘しててねー。でもよ、そいつに狙ってることバレちまったんだろ? こんなチビ助けてそんなヘマするなんてアホだねお前も」
「だってー」
 リスの骨折はあまり深刻なものではなかった。レオリオは自分の小指より細いリスの脚にマッチ棒で添え木を当てて、細く切った包帯を薄く巻く。するとリスは先程よりも楽になったのかぎこちない様子で体勢を整え、不思議そうな顔をしていた。
 シロノは、かなり手際のいいレオリオの手元を、口を開けっ放しにして見つめている。

「ん、よし。こんなもんだろ」
「すごい! レオリオってもしかしてお医者さん?」
「医者志望、な。あと動物じゃなくて人間相手の。ほら、お前もキズ見せろ」
「え?」
 一瞬言われた意味が分からず、シロノはリスそっくりの驚いたような表情を浮かべた。
「お前もスリキズまみれじゃねーか。それにその脚、けっこーばっくりいってんぞ?」
 レオリオに言われて、シロノは自分の脚を見た。そしてそこには言われた通り、ちょうどリスが骨折したのと似たような場所に、ざっくり切れて血が溢れる傷がある。折れた木の枝でやったのかと思ったが、綺麗に切れている所を見ると、どうやら体勢を崩した時、自分の獲物の刃がかすったらしい。自分の武器でケガするなんて間抜けだなあ、とシロノは溜め息をついた。
「……あー、こりゃちょっと縫ったほうがいいな。ミネラルウォーターあるか?」
 シロノは頷いて、白い棺桶の中から、飛行船の中の自販機で買ったミネラルウォーターのペットボトルを出してレオリオに渡した。
 そしてそれからのレオリオの手際は、本物の医者と変わらないほどに素早く的確だった。傷を縫うのも、まさかマチほどとは言わないが手早く縫い目も綺麗だし、何より「痛い」と思う絶妙の所で声をかけたり注意をそらしたりして痛みを誤摩化してくれるのだ。しかもそれがかなり自然で、一度予防接種に連れて行かれた先の、腕はいいらしいがかなり乱暴な闇医者と比べると、その差は天と地ほどもあった。

「ほい、終わり」
 包帯を巻き終わると、レオリオは道具を片付けて、ダイヤ柄のアタッシェケースを閉めた。
「ガッチリ巻いて固定したし、骨に近い所だから脚動かしてもさほど問題ねー。綺麗に切れてたから、清潔にさえしとけば痕も残らないと思うぜ」
「ありがとう!」
 シロノは笑顔で礼を言い、脚に綺麗に巻かれた白い包帯をしげしげと眺めた。
「すごいねー、もう本物のお医者さんとそう変わりないんじゃない?」
「いやいやいや、そんなことねーよ」
「えー、でも普通の人はこんな風に出来ないよ」
「そりゃアレだ、オレらはお前の作ったメシをプロ級だと思ったけど、お前にしてみりゃお母さんレベルだって言ってたろ? あれと同じだって」
「ふーん?」
 そんなもんかな、とシロノは首を傾げた。
「でもよかったねー、治るって。ケガさせてごめんね」
 逃げずにシロノの傍らに居るリスにそう言うと、リスは先程よりも元気そうな声で、きゅう、と鳴いた。お揃いの場所に包帯を巻いた、警戒心を薄めた野生の小動物と子供を見ているとレオリオの心も和んだし、弱きを救いたいという強い志がある彼にとって、その光景はとても満たされるものだった。
 彼はひとり満足げに深く笑むと、ポケットからくじの番号札を取り出す。

「シロノ、これオレのターゲットなんだけどよ、どんな奴か知らねえか?」
「んー……?」
 レオリオが差し出したのは、246番。シロノは覚えている限りの記憶を引っぱり出した。
「え~っと……確かじゃないけど、多分女の人だよ」
「ホントか!?」
「あたし、試験始まる前に高い所に座ってたでしょ?」
「あー、そういや……」
「どんな人が来てるんだろうと思って眺めてたんだけど、女の人少なかったからちょっと覚えてるんだよね」
 しかしあまり強そうではなかった上、シロノにも気付かないまま他の大柄な受験生たちに紛れてしまった小柄な246番は、帽子を被っていたこともあり、顔や身なりまではきちんと確認できなかった。
「だから女の人っていうのも確かじゃないんだけど……でも背はゴンとキルアよりちょっと高いぐらい? あと金髪なのは確かだよ。……ごめんね、あんまり参考にならなくて」
「んなことねーよ! 全く情報なかったからな。しかしおかげで希望が見えてきたぜ」
 レオリオはにかっ、と笑うと、鞄を持って立ち上がった。
「んじゃ、オレはそいつらしき奴を探しつつ情報収集ってとこかな。お前はどーすんだ? 忍者にはシロノが自分を狙ってるってのバレちまったんだろ?」
 適当に他の奴のプレート三枚狩るのか?とレオリオに聞かれ、シロノは「う~ん」と顔を顰め、首をひねりながら呻いた。
「……悔しいから、リベンジしてあの人のプレートゲットしたいんだけど」
「お前も大概負けず嫌いだなー。でも、無理すんなよ」
「うん、ありがとう。レオリオも頑張ってね!」
「おう! じゃあまたな」
 手を振るレオリオに、シロノも手を振り返した。

 そして片足を使わない走り方を早くも編み出したリスが「きゅ」と小さく鳴いて走り去ったあと、シロノも「よし」と気合を入れて立ち上がった。

 ──第四次試験は、まだ始まったばかりだ。



++++++++++++++++++++++++++++



(う~ん、どうしようかなー)

 夜が開けて、翌日。
 綺麗な水のある池を見つけたシロノは、半分土に埋めて葉っぱを被せた棺桶の中で得意の『“絶”をしながら眠る』という完璧な方法でもって休息を取り、起きて顔を洗いつつ、どうやったらハンゾーのプレートを取ろうかと考え込んでいた。
 ハンゾーは、シロノが思っていたよりもずっと厄介なターゲットだった。相手の力量を正確に見極めきれていなかった失態を悔しがっても、もう後の祭りである。
「気配感じさせずに近づける……っていうのがバレたからなあ……」
 あの男のことだ、今度は誰かしらが近付いたら反応するトラップのようなものを張り巡らせているに違いない。あの催涙の煙玉といい、彼はシロノが全く知らない道具を使う。特殊な罠を張られたら、もしかしたら引っかかってしまうかもしれない。そもそもあの機動力を持ったハンゾーをこの広い森の中から見つけるだけでも至難の技だ。
 しかしヒソカのプレートに挑戦しているゴンやキルアに「取れる」と宣言した手前、ここでハンゾーのプレートを諦めるのはどうしてもしたくなかった。
「ううう、どうしよどうしよ、でも絶対取りたいー……!」
 その時、ピリッ、とした殺気を感じ、シロノは池の淵から飛び退いた。

「……よく気付いたな」
「………………誰?」

 シロノが居た場所には、拳法着のような服を着た短い髪の青年が居た。しかしシロノは、本気で彼のことが記憶にない。……つまり、大したことがない相手だ。
「子供から奪うのは気が引けるが、諦めてくれ」
「あたしがお兄さんのターゲット?」
 無言は肯定だった。見た目通りに拳法使いらしい青年は立ち上がって構えを取ると、ノーガードできょとんとしているシロノと対峙した。
「……ハッ!」
 なかなか綺麗な踏み込みだったが、捕えようとした小さな身体は、青年の目の前から一瞬にして掻き消えていた。驚愕に目を見開く青年だが、既に飛び上がって宙返りをしたシロノは、青年の背後に着地する直前、空中で彼の首に思い切り手刀を食らわせた。

「かっ……」

 ぐるん、と白目を剥いてあっさり昏倒した青年の傍らにしゃがみ、シロノは彼のポケットを探った。34番と書かれたプレートを見て、シロノは小さく息をつく。
「ん~~~、一応貰っとこっと。一点にしかなんないけど……」
「……ならば私に貰えぬかな」
 ざっ、と草むらから現れたのは、どっしりと大柄で貫禄のある、壮年の男だった。髪を高い所で一つに結って立派な髭のある様はどこかネテロに似たようなところがあるが、ネテロのように剽軽そうなところはなく、真面目で厳しそうな雰囲気を持っていた。こちらも何らかの流派の格闘技を使うのだろうか、それらしい服装をしている。

「あ、おじさん、191番の人だ」
「うん? 知っていたのか。そうだ、ボドロという」
「ボドロさん。いつからそこにいたの? 殺気がないから気付かなかったよ」
「つい先程からだ。いや、私は子供と闘う術は持たぬ」
 だから殺気など発しないさ、とボドロは言った。
「その男は私のターゲットだ」
「あ、そうなの?」
「うむ。やっと見つけたと思ったら君を狙っている所だった。君も受験生であるので手出し無用とはわかっているが、もし命に関わるようであれば手助けしようと思って見ていたのだが……不要だったようだな。実に見事な一撃だった」
「そう? ありがとうございます」
 いかにも武道家らしい、武士道精神のようなものを重んじるのだろうボドロは、丁寧に礼を言ったシロノに、感心したように「うむ」と頷いた。

「そこで相談なのだが……」
 ボドロはポケットを探った。本当に殺気が全くないので、シロノも警戒しない。
「これだ」
 ボドロが差し出したのは、197番のプレートだった。そしてそれはキルアのターゲット、あの三兄弟グループのプレートだ、とシロノは気付く。
「それどうしたの?」
「それがな……実はこれは私が直接手に入れたものではない。突然空から振ってきたのだ」
 ボドロによると、34番の男を探して森を探索していると、何故か突然このプレートが上から落ちてきたのだという。
「へー、へんなの」
「どこかでアクシデントがあったのだろうな。一応拾っておいたのだが、実力で手に入れたものではないし、その34番のプレートがあれば私は6点溜まるから、そうなればこのプレートは不要だ」
「うん」
 シロノは頷いた。
「君がその34番のプレートを持っていても、一点にしかならんだろう? だからこのプレートと君が今持っている34番のプレートを交換して欲しいのだが……」
「いいよ」
「かなり虫のいい話だということはわかっているが……………………うん?」
 ボドロは目を見開いた。
「……今、いいと言ったか?」
「うん。だって番号が違うだけで、あたしにはどっちも一点だもん」
「そうだが……」
「あたし、こんなとこで意地はってケンカするほど大人げなくないよ。パパなんか、あたしの名前書いてるのに冷蔵庫のプリン食べちゃうけど」
「………………そうか」
 呆気にとられながらも、ボドロは34番と197番のプレートをシロノと交換した。

「これでボドロさんは上がりだね」
「……ああ、お陰様でな。……しかし交換してもらった後で何だが……本当にいいのか?」
「なにが?」
 きょとん、として首を傾げるシロノに、ボドロは少し遠慮がちに言った。
「いや、だから……。君が私と私の持つ197番のプレートの二枚を奪えば、34番のプレートとあわせて君は六点になるだろう?」
「……んん?」
 シロノは首をひねって考え込む。
 ぴいひょろろ、と鳥の声が間抜けに響いたその時、シロノはハッと目を見開いた。
「……あ! そっか!」
「うーむ、やはり気付いていなかったのか」
 えらくあっさり交換に応じてくれたので驚いたのだが……、と言うボドロに、シロノは目も口も真ん丸にした。
「私は子供と闘うことは出来ぬので、ゴネられたら諦めて他から三枚狩ろうと思っていた。……正直かなり助かったがな、私としては」
「そっか……あーホントだ、そうすれば六点だ。気付かなかったな~」
「悪いが、交換してしまった後だ。取引には応じられないぞ」
「あ、ううん、別にいらない。交換しちゃったんだし、あたしも自分のターゲット狩るから」
 あっさりそう言ったシロノに、ボドロは驚いて片眉を上げた。だがすぐに初めて目を細めて笑んだかと思うと、満足そうにうんうんと頷く。

「まだ小さいのにいい心がけだ。偉いな」
「えっと、ありがとうございます」
「うむ、挨拶もできている。礼儀正しいのは本当によいことだ。最近は礼儀のなっとらん若者が多くていかん」
 まるで先生と生徒のような会話である。……というのも、聞けば、彼は小さな道場の師範をやっているらしい。師範としての貫禄を付ける為、そして自らの力量を試すためということで、このハンター試験に参加したそうだ。
「んっとね、挨拶とお礼とごめんなさいは絶対にちゃんとしなさいってママが言うの」
「素晴らしいお母上だ。その礼の心を忘れずに鍛錬するとよい」
 ハンゾーにはクロロの教育方針をボロクソに言われたが、今度はボドロにアケミの教育を手放しで褒められた。しかし、シロノとしても、ハンゾーの評価に反論する気は余りない。クロロが外道なのは紛れもない事実だ。

「でもどうやって狩ろうか迷ってるの」
「ん? ターゲットが誰かわかっているのか?」
「うん。294番の忍者のお兄さん」
「彼か、なかなか強者だな……。その傷を見る限り、もしや既に一度?」
 シロノは頷き、今までの経緯を話した。ボドロは顔を顰め、「既に狙っていることがバレたのは手痛いな……」と唸りながら、髭を玩んだ。

「……待てよ? 忍者の青年は、三兄弟の誰かのプレートがターゲットなのだな?」
「そうだよ。ぴったり尾行けてたもん」
「ではこの197のプレートが彼のターゲット、ということもあり得るのではないか?」
 三分の一の確率ではあるが……とボドロは言い、シロノは「あ」と言って手を打った。

「そうだ、キルア!」
「キルア? あの銀髪の少年か、99番の」
「うん、そう。キルアのターゲットは199番だよ! 見せっこしたもん」
「ほほう、では忍者青年のターゲットは197、198番のどちらかということになるな。確率が五分に上がったぞ。……もし当たりなら、交渉材料としては充分だ」
 シロノの表情がパーッと明るくなったのを見て、ボドロも思わず微笑んだ。
「しかし、何よりまず彼を見つけなくてはならないな」
 そう言ってボドロは立ち上がる。
「二手に分かれたほうがよかろう。見つけた時の連絡はどうするか……」
「……手伝ってくれるの?」
 シロノがきょとんとして見上げると、ボドロは笑った。

「なに、私にばかり都合のいい持ちかけに快く応じてもらったからな。礼はきちんとせねばいかん、と君のお母上も言っているのだろう?」










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