もう、足は自然とそこへ向かっていた。
その子の想いはきっと何かの勘違いだと思っていた。
いや、思い込もうとしていた。
だからこそ、一度突き放して関係を解消をするべきだと考えた。
自分がまた勘違いをしてしまう前に。
でも、それは間違った選択だった。
彼女はひたむきに、愚直に、俺に向かってきてくれた。
俺に自分の想いをたくさん言ってくれた。
彼女とは3年生も同じクラスだったが、やはり2―Fの教室が彼女との思い出の場所だろう。
扉を開けると、彼女は机に座っていたが、俺に気づいて立ち上がった。
「ひ……ヒッキー……」
「おう、由比ヶ浜……久しぶりだな」
だが、その後の言葉が続かず、沈黙が流れた。
……気まずい、覚悟を決めても俺の基礎ポテンシャルは変わらないんだよな。
告白とか無理では?
いやいや、あきらめてどうする。
いつも来てもらったんだから、こっちから行くのが筋だろう。
「「あの!」」
……またしても流れる沈黙
「お前からでいいぞ」
「いや、そこはヒッキーからいいなよ」
押し付け合いの始まりである。
いやね、レディファーストだから。
決してビビってるわけじゃないから。
「あ、そうだ!」
そういうと、由比ヶ浜は鞄から小さい装飾のついた袋を取り出し、俺の前に出した。
「えーと、バレンタインだから、その……失敗しちゃって量少ないんだけど……成功したの入れたから食べてほしいかな。あはは」
「おう、ありがとな。大丈夫だ。お前の料理の味見……実験に付き合わされてんだ。胃袋はもう鉄に近い。」
「ちょっと! 実験ってひどい! ヒッキーのバカ! ボケナス! 八幡!」
「八幡は悪口にするのをやめなさい。なんか人権否定されてる気分だから。」
「金券規定って何?」
「もういい、俺がお前に難しい言葉を使ったのがバカだった。」
「なんで、そういうこというかな……もう……プッ」
「いや、言われてもしょうがないだろ……プッ」
「「あははっははは」」
バカっぽい口論の末、俺たちはお互いに笑っていた。
「いや、ヒッキーとはいつもこういう空気がいいな。」
「まぁ、お前とシリアスとかないわな。」
「そんなことないよ。だって今から……ね」
指をくねくねさせ始める由比ヶ浜さん。だから天然であざとい仕草はやめてくれますか?
「よし!」
由比ヶ浜は息を整えて、言葉を叫ぶと俺の方を向いた。
その顔はいつも見る笑顔と違い、真剣そのものだった。
「ヒッキー……ううん、違うね……比企谷八幡君……これも違うような……」
「別に呼びやすい方でいいだろ。それとも俺から言うか?」
「いや……私からがいい。ヒッキーからも聞いてみたいけど、私は自分の初恋に自分できっちりけじめをつけたい。」
「そ、そうか。」
由比ヶ浜はまた深呼吸をして、落ち着こうとしているのだろうか。
胸が上下運動していて目のやり場に困る。
……俺はおっぱい星人か! 真面目な場だろ、これ。
「ヒッキーは私のことビッチとか呼んだり、自分だけで突っ走って嫌なことばっかして、本当に私はいつも心配してたし、嫌いになりそうにもなった。」
「そうだな。高校時代は色々迷惑かけたよ。」
実際、見捨てられてもおかしくないようなことばっかりだ。
大変申し訳ないです……。
「でもね、でも……私はヒッキーのこと嫌いになれなかった。だって私のヒッキーへの気持ちの根本はずっと変わらないから。大切な大事な気持ち、私の本物。」
由比ヶ浜は静かに、自分の気持ちを吐露していく。
しかし、その目には一筋の涙が流れている。
「私は、ヒッキーのことが大好きです。」
心臓が跳ねる感じがする。
言葉にされるだけでこんなにも……俺は……こいつのことが……
「あぁ、俺も好きだ……お前のこと。」
そういうと、由比ヶ浜はこちらに急に抱き着いた。
「お、おい!」
「やっと言えた。それだけでも嬉しいのに……気持ち届いたんだ。ありがとう、ヒッキー。本当にありがとう。」
「お礼を言われる筋合いはねーよ。ごめんな、お前の気持ちを見ないフリをしていて。」
俺は由比ヶ浜を抱きしめる。
「うん、もう目をそらさないでね。ずっと一緒だよ。ヒッキー」
「あぁ、必ずだ。」
俺の青春ラブコメは高校生活を飛び越え、大学でも続いていき、間違いだらけだった。
けど、この選択に、この決断に、後悔はない。
俺は由比ヶ浜結衣と未来を歩んでいく。
これが俺の本物だと信じて。
【after】
机に挟みあって座る俺と結衣
ピリッとした空気が間に流れる。
「俺は確かに寝具購入の許可は出した。」
「うん」
「だけど、お前何してんの?」
「何かした?」
「ベットはダブルじゃなくてツインにした方がいいだろ! なんでダブル買ってんの? バカなの?」
俺が怒ると、それに反撃をかましてきた。
「私たち結婚したんだから絶対にダブルに決まってんじゃん! というかバカっていう方がバカなんだからね!」
俺たちはベットがダブルかツインかで喧嘩をしていた。
事の発端は結婚をして同棲を始めた俺たちだったが、寝具は布団を敷いていた。
そこで結衣が、ちゃんとした寝具が欲しいと言い出したので、お前に任せると買わせたところ、今日の宅配でとっても立派なベット……ダブルベットが届いたのだ。
しかし、俺はツインを買ってくると思っていた。寝る場所は一応、別個にしているので。
いや、百歩譲ってダブルでもツインにもなれるタイプを買ってくると思っていた。
しかも分離すらできないタイプ……喧嘩に発展……現在に至る。
「だからってお前……ダブルにもツインにもなれるベットあったろ。どうして分離不可能なの買ってくるんだよ!」
「嫌、絶対にヒッキー分離可能だと分離するし。」
「だからってな。お前喧嘩した後とかどうすんの? 俺にソファで寝ろってこと?」
「別に喧嘩しなきゃいいじゃん。私は心広いからね、ヒッキーが何をしても怒んないし。」
ほう。
「冷蔵庫にあったプリン食べた、すまん」
「あーーーー! やっぱり! バカ!」
「怒ってるじゃないか。嘘つきだなぁ」
そういうと顔を真っ赤にして
「ヒッキーが怒らすようなこと言うからでしょ!」
腕を振り回して言い出した。
もう、かわいいからやめて……。
「ヒッキーは一緒に寝たくないの?」
そう言ってちょっと涙をためた目で見てくる。
「おい、その目やめなさい、うるうる目やめなさい、なんでもOKしちゃうから。」
「むむ、この手が通じなくなったか。」
こいつ付き合い始めてからどんどん狡猾になってないか?
惚れた弱みとはいえ、俺も甘すぎだけどさ。
「お前、ダブルの何がいいんだ? 結婚している夫婦でも寝床は別は普通だぞ。」
「だって……最近ご無沙汰だし。」
机に頭を打ちそうになった。
「お前……そんなことでダブル買ったのかよ!」
「だって! だって! 最近、構ってくれないし、お膳立てしなきゃダメなのかと……。」
「俺だってそりゃね……いや、お前は何を言わせようとしてるんだ。」
いやね、俺だって結衣とそういうことたくさんしたいけどさ。
身体目当てというわけではないしさ、一応男の見栄を張っていただけなんだけどさ。
「逆にヒッキーはダブルの何が嫌なの?」
「まぁ、最初は良いとしてもだ、後々、年を取っていくごとに二人で使わなくなっていくんだよ。帰る時間も違うから一緒に寝るときも少ない。先に寝た人を起こすのが申し訳ないからベットに入りづらいとか色々あるだろ。俺の両親も最初はダブルだったらしいが、ツインに変えてたぞ。」
そういうと結衣は何かを考え始めた。
「でもさ、それってさ、お互いの気持ちがきっちり通じあってたら問題ないよね。」
「まぁ、そうだが……。」
「なら、大丈夫だよ! だって私たちずっとこれから仲良し夫婦だもん。それは歳をとっても変わんないでしょ。ヒッキーは私のこと嫌いになる? わたしは絶対にそれだけはないから安心していいよ。でも浮気は泣いちゃうかも……。」
「アホ、浮気とか俺にあり得るわけないだろ。というか、お前……その質問はずるいぞ……」
そんなのあり得るわけないじゃないか。
「じゃあ、これで話し合いは終了ね、はやく家具配置しようよ。部屋の間取りも変えなきゃね。」
ちなみにこの手の喧嘩は同棲始めてからよくやっている。
15戦0勝15敗である。いや、決して泣き脅しに屈したわけではない。本当である。
「お前、本当ずるいわ」
「えへへ、そりゃヒッキーは私のこと好きだから私のお願いちゃんと聞いてくれるもんね。」
「くっ……もう否定はしねーよ。」
「でもね、ヒッキー」
「うん?」
「私の方がヒッキーのこと大好きだから、安心してね。」
あぁ、こいつにはかなわないなぁと実感する。
でも
「残念、俺の好きの気持ちはお前より俺の方がもう多いから、安心は出来ねーな。」
「む、絶対にわたしの方が好きだもん。これは絶対に譲らないもん!」
これからもっと大変なことはたくさんある。
喧嘩もするだろう。けど笑顔の絶えない関係でずっといたい。
これが、あの時、あの場所の青春物語の終着点から続く俺たちの未来
俺の幸せはここにある。
~fin~