最低不審者ドゥルーク   作:RYUZEN

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第XIII話 末短くお忘れを

 最低不審者ドゥルークが虚数空間へ消えてから数日の時が流れていた。

 なのはとユーノの二人は民間協力者なので事件解決すればそこでお役御免だが、クロノ達正規局員はそうはいかない。

 事件が終わっても報告書を仕上げたりなんだりという解決後の仕事が残っているのだ。しかも執務官であるクロノはフェイトの裁判も引き受ける予定なので更に仕事が多い。

 並みの局員なら忙しさで悲鳴をあげるところだが、そこは最年少執務官であるクロノ・ハラオウン。常人なら睡眠返上の仕事量を残業一時間程度で済ませていた。

 だからクロノが頭を悩ませていることは、仕事ではなく別のことにあった。

 

「まったくこんなこと前代未聞だ」

 

「随分悩んでるね、クロノ君。お茶持ってこようか」

 

「……お茶はやめてくれ。今は甘い物より苦味が欲しいんだ。代わりにコーヒーを頼むよ」

 

 任せといて、とエイミィが熱々のコーヒーを淹れてくれる。無糖の苦さは睡眠不足の胃によく染みた。

 

「それでクロノ君が悩んでるのってプレシアのこと?」

 

「ああ、それもある――――というより本来なら僕はそのことをメインに頭を悩ませていた筈なんだろうな」

 

 フェイト・テスタロッサは九歳という年齢と情状酌量の余地十分の背景事情から、裁判でも条件次第無罪はとれるとクロノは睨んでいる。

 ただ事件の黒幕だったプレシアの方はそうはいかない。確かに娘の蘇生を願うというのは他人、それも母親であるならば深い共感を覚える理由たりえるだろう。

 しかしプレシアがこの事件での罪状はざっくばらんに数えても公務執行妨害、強盗障害、殺人未遂。極め付きには次元震まで引き起こしている。

 次元震を意図的に起こすことは、例えるならば世界に対する殺人未遂。クロノがどう弁護しようと終身刑を無期懲役にするのが限界だろう。

 とはいえこれは仕方ないことでもある。

 どんな事情があろうと罪は罪、罰は罰。民事裁判ならばいざしれず、執務官として情で法を捻じ曲げてはならないという事もクロノは若いながらも理解していた。

 しかしクロノが頭を悩ませているのは、そういったあれこれが一切合財綺麗さっぱり消滅していることなのである。

 

「デバイス含めた各種記録から、アースラや武装局員に対しての攻撃、更にはプレシアが次元震を引き起こしたという事実までもが綺麗さっぱりと抹消されている。しかも僕達のような一部を除外した局員の記憶すら改竄されているという手の込みようだ。僕達が持つ証拠で立件できるプレシアの罪は、精々がロストロギアの強盗くらいだよ。

 これまで幾つもの事件に当たってきたし、多くのロストロギア犯罪を目の当たりにしてきたけれど、こんな事は初めてだ。狸に化かされたような気分だよ」

 

 記憶が改竄された局員やアースラのデータによれば、ジュエルシードはプレシアが意図しない形で勝手に暴走し、それをプレシア自身とクロノ達が協力して止めたという事らしい。

 勿論クロノにはそんな記憶はないし、プレシアもそれは同様だ。

 後にPT事件と呼称される今回の事件を、正確に把握できているのはクロノ、リンディ、エイミィ、なのは、ユーノ、フェイト、アルフ、そしてプレシア。事件に特に深く関わった八人だけである。

 

「どういうことなのかな、これって?」

 

「……人の記憶の操作、情報の改竄。どれもやって出来ないことじゃない」

 

 情報の改竄は兎も角、記憶の改竄は不可能な技術である――――というのはあくまで地球の科学水準における常識だ。

 記憶の中の映像を正確に映像や画像として出力できるミッドの科学力と魔法力ならば、人間の記憶を書き換えることは十分に可能である。

 尤も記憶改変魔法はかなり規制が厳しく、極々限られた場合でしか使用を認められてはいないが。

 

「じゃあプレシアの罪を少なくしたい誰かが、これをやったの?」

 

「理論上可能でも現実的に可能かは別さ。アースラの情報改竄一つだって最低でも艦長以上の権限の持ち主じゃないと出来ないし、レイジングハートやバルディッシュのようなインテリジェントデバイスの記録まで改竄するなんて不可能に近い」

 

「だよね。仮に高度なインテリジェントデバイスの記録にも干渉できるデバイスマスターでも、それをやるにはなのはちゃんとフェイトちゃんを倒してデバイスを奪わないといけないわけだし」

 

「そして記憶改竄された局員の脳をチェックしてみたが、記憶干渉系魔法が使われた形跡は何一つ発見できなかった。つまりこれは――――」

 

「こ、これは?」

 

「………………分からない」

 

「あらら」

 

 勿体ぶっておいて拍子抜けな返答にエイミィがずっこける。

 

「仕方ないだろう。本当に訳が分からないんだ。けれどもしかしたらという可能性なら思い当たる」

 

「それって?」

 

「歴史改竄」

 

「……!」

 

 情報の改竄、記憶の書き換えなどその四文字と比べれば児戯に等しい。

 歴史改竄、即ち時間への干渉。それは魔法・科学文明ともに地球より遥かに進んだミッドにおいても未知の領域だった。

 

「もし〝過去〟そのものが何者かによって書き換わったのだとしたら、記録と記憶が両方とも改竄されていることにも説明がつく。まぁそれでも何で僕達八人だけが元の記憶を残しているんだという疑問は残るけどね」

 

 本当のところはどうだか分からない。もしかしたら歴史改竄よりもっと恐ろしい禁忌がなされたのかもしれないし、案外とこれは全部クロノ・ハラオウンが見ている夢だったというしょうもない真実が待ち受けているかもしれない。

 ただもしもクロノの予想が正解に近かったのならば、その犯人はあの男しか考えられなかった。

 

(ドゥルーク……。高町なのはが妄想し、ジュエルシードによって実体化した架空の友人)

 

 ロストロギアであるジュエルシードは、場合によっては現代の魔法科学では実現できない奇跡すら再現してしまう。ドゥルークという男は正にその典型例だ。

 ジュエルシードによって産み落とされたあの男ならば、歴史改竄やらそれに等しいことすらやってのけるかもしれない。何よりあの男が犯人だとしたら、なるほど高町なのはに近しい人間の記憶だけ残すという気遣いもやりそうである。

 そしてクロノがドゥルークを犯人とする一番の根拠は、ドゥルークの存在も記録から消滅していたことである。

 尤も消えているのはドゥルークが実体化したという事実だけで、ドゥルークという妄想の友達については全員の記憶にしっかり残っていたが。

 

「どうするの、これから?」

 

「どうも出来ないさ。仮に僕が〝真実〟を暴露したところで、精神疾患の疑いありと見做されて終わりだよ。個人的にこういう解決法は卑怯だと思うし認められない。けど起きてしまっている現実を否定することはナンセンスだ。

 矛盾していようと認められなかろうと、抱えて進むしかないんだ……僕達は」

 

 どれだけ魔法の才能に溢れていようと、時空管理局という次元を超えるほどの組織を作り上げようとも。今を生きる人間は決して神にはなれない。

 クロノ達人間に出来るのは精々がこの矛盾だらけの世界で足を止めてしまう人の背中を押してやることくらいだ。

 

「そうだな……じゃあ局員として一働きしないと」

 

 クロノは連絡を入れる。

 一つは母であるリンディに。フェイトを本局へ移送する前に、なのはへの面会をセッティングするためだ。そしてもう一つは、

 

 

 

 フェイトたっての希望であるなのはとの面会場所として、クロノがセッティングしたのは海鳴臨海公園。なのはとフェイトが最後に戦った決戦の場所だった。

 わりとややこしい手順に反則技も用いて確保した面会時間のため、時間は余りとれない。けれど、

 

「おかしいね。いっぱい話したいことがあった筈なのに、フェイトちゃんの顔見たら、全部忘れちゃった」

 

「私も……。あれこれ考えてたけど、上手く言葉にできないかな」

 

「じゃあお互い様だね」

 

 なのはが言うと二人揃って小さく笑ってしまう。

 こんなどうでもいい話をしている時間なんてないということは分かっていたが、フェイトこんなどうでもいい話を出来る事がなのはにとっては嬉しかった。

 もしかしたら、いやきっとフェイトも同じだろう。

 

「あれから、お母さんとは?」

 

「まだちょっと上手くはいってない……かな。けどちゃんと向き合って、何度だって話をしてみるよ。もしかしたら一生受け入れてはもらえないのかもしれないけど、何度だって……貴女が私にしてくれたみたいに」

 

 もうなのはが最初に出逢った哀しい目をした少女はいなかった。たぶん今のフェイトなら大丈夫だろう。

 それに時の庭園でプレシアは何度もフェイトを突き放すような事を言っていた。だけどもしかしたらあれは、

 

「来てもらったのは、返事をするため」

 

「え?」

 

 フェイトの言葉で我に返る。ドゥルークはもういないというのに、話の途中でも思考に没頭してしまう悪癖だけは中々治らない。

 

「君が言ってくれた言葉。友達になりたいって」

 

「うん、うん!」

 

「私に出来るなら、私でいいなら、って。だけど私、どうしていいかわからない。だから教えて欲しいんだ。どうしたら友達になれるのか」

 

 ほんの一瞬、虚数空間でお別れした友達が脳裏を過ぎる。

 だけどなのはは過去は過去として胸にしまい、今目の前にいる現実へ言った。

 

「………簡単だよ」

 

「え?」

 

「友達になるの、凄く簡単。名前を呼んで? 始めはそれだけでいいの。君とか貴女とか、そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの」

 

 孤独に闇にいた自分を救ってくれた友達のように、場違いなほど明るくなのはは笑いかける。

 名前を呼ぶ。余りにも簡単なことにキョトンとしていたフェイトだが、少しづつ笑みが広がっていった。

 

「私、高町なのは。なのはだよ」

 

「……なのは」

 

「うん、そう」

 

「な、の、は……」

 

「うん」

 

「ありがとう、なのは…」

 

「……うんっ!」

 

 時に戦い、時に争い、時に奪い合い――――全体的に戦いだらけだったけれども、最後には協力し合い、こうして確かな絆を得られた。

 空は透き通るように青く、陽射しは眩しいほどに降り注ぐ。青天の下、なのははこの暖かさを噛み締めていた。

 

「時間だ。そろそろいいか?」

 

 話が終わったタイミングで、クロノが声をかけた。

 なのはにもフェイトにも話したい事はもっとあったが、アースラの出航時間が迫っている。それはフェイトも分かっていたので名残惜しそうに目を伏せながらも「うん」と頷いた。

 

「フェイトちゃん!」

 

 クロノと一緒に転移ポートへ歩き出そうとしたフェイトを、なのはは慌てて呼び止める。

 髪を結んでいたピンク色のリボンを解き、フェイトに差し出した。

 

「思い出に出来る物、こんなのしかないんだけど……」

 

「じゃあ、私も」

 

 そう言ってフェイトも自分の髪を結っていた黒いリボンを外し、差し出す。

 栗色と金色の髪が陽射しを反射しながら揺れた。お互いのリボンをとって少女たちは、大切な友達へ別れの言葉を言う。

 

「あ、そうだ。渡すもの、もう一つあったんだ……これ」

 

 わざとらしく前置いたフェイトが渡したのは何の変哲もない茶色い封筒。

 だが「開けてみて」というフェイトに従い中身を出すと、なのはが「あっ」と小さく喜びの滲んだ声を漏らす。

 

「これって……」

 

 封筒に入っていたのは一枚の写真。だけどそれは高町なのはにとっては、どんな宝石よりも嬉しいプレゼントだった。

 何故ならその写真に写っていたのは、なのはにとって掛け替えのない最初の友達(ドゥルーク)だったのだから。

 

「記憶の映像を映し出す魔法で作ったんだよ…………クロノがね」

 

「なっ! フェイト、それは黙っている約そ――――」

 

「ありがとうね、クロノくん! 一生の宝物にするよ!」

 

「え、あ……どういたしまして」

 

 気恥ずかしげに頬をかきながらクロノは顔を背ける。それが照れ隠しなのは誰の目にも明らかだった。なにせ耳が真っ赤になっている。

 これでこの物語はおしまいだ。ドゥルークは虚数空間の彼方へ消え、少女は現実を踏み出した。

 今後ドゥルークが高町なのはの人生に関わることはなく、高町なのはも妄想に逃げることなく現実を歩いていくだろう。

 けれど高町なのはは忘れない。孤独だった自分に勇気をくれた、最低不審者で最初の友達のことを。

 

 

――――――FIN――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。ベンチに座った少女が一人で嗚咽を漏らしていた。

 涙を流す少女を慰めてくれる人はいない。親兄弟も、そして友達は存在すらしなかった。どうしようもない孤独感。それが少女の弱い心を、真綿で締め付けるように蝕んでいた。

 そんな所にその男は本当に突然に、まるで別世界からやって来たように現れた。

 

「やぁ、お嬢ちゃん。リストラ喰らって意気消沈中のサラリーマンみたいな顔して何やってるんだい?」

 

 趣味の悪い青いスーツに、これまた趣味の悪い髑髏柄のネクタイ。覗き込むようなグリーンの瞳は猫のように爛々と光っている。年齢は……良く分からない。十代のようにも見えるし、二十代のようでもあるし、三十代のようにも思える。もし口を真一文字に閉じてさえいれば二枚目と断言できた悪魔的美貌の持ち主だが、おどけたように緩んだ口元と軽そうな雰囲気が外見的魅力を完全に相殺していた。

 

「貴方は――――」

 

 明らかな不審者だ。きっと十人に聞けば十人がそう断言するだろう。

 世の子供達なら親から『知らない人に声をかけられたら気をつけなさい』というような注意はされているものなのだろう。

 だがそんな事など教えられていなかった少女は、特に警戒することもなかった。それどころか理屈では説明できない奇妙な安心感すら、この不審者に抱いていたのである。

 

「誰……ですか?」

 

 何て応えようか。そう十秒ほど迷った挙句に口から出てきたのは、そんな当り障りのない問いかけだった。

 彼は暫し頭を捻ると、

 

「フリーターさ!」

 

「!?」

 

「それも月に50万も稼ぐスーパーフリーターだけど、給料は風俗通いで全部パーにする。将来の夢は音楽家かな! 名前はドゥルーク! そして――――」

 

 最低な自己紹介をした後、紳士らしく真摯に男は告げる。

 これから始まる約束の言葉を。

 

「末短くお忘れを。君の――――〝友達〟になる男だ」

 

 そう言って少女の人生最初の友達になる男は、悪魔のように微笑んだ。

 

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