ドゥルークのせいで当初のシリアスな雰囲気はコスモの彼方へ飛んでいったが、それで敵がいなくなってくれる訳がない。
いや興醒めという言葉では足りないほど空気が台無しになってしまったので、敵が人間だったなら仕切り直しということで退いてくれたかもしれないが、残念ながらなのは達にとっての敵は知能も糞もない黒い毛むくじゃらだ。パワーはあれど知能は皆無の化物が『空気を読む』なんて高度な思考が出来るはずもなく、怪物は大口を開けてなのはを呑み込まんと迫ってきた。それがコメディに堕ちつつある展開に対する健気な抵抗に見えてしまうのは目の錯覚だろうか。
「って、襲ってきたの!? ドゥルーク!」
どうにか魔法少女的なコスチュームに変身出来たとはいえ、攻撃魔術なんて碌に知らないなのははドゥルークへ助けを求める。だが、
「記念すべき原作主人公初バトル。こういう重大イベントはちゃんと写真にとっておかないと。十年後くらいにエース・オブ・エース秘蔵写真とか言って写真週刊誌にでも売れば良い値がつくだろーなー。頑張れなのは! 僕の預金通帳を潤すために!」
「最低なの!」
さっきまで格好良く黒い怪物の足止めをしていたのはなんだったのか。
頼りになる時は異常なほど頼もしいドゥルークだが、本人にやる気がないと何の役にも立たない。そのことを知っていたなのはは、駄目元で『レイジングハート』というらしい魔法の杖に向かって叫ぶ。
「レイジングハート、お願い!」
『Yes,ma master』
レイジングハートはドゥルークの数億倍はまともで頼もしかった。通常の魔法使いの杖とは違い確固たる人格を宿したレイジングハートは、なのはの魔力を使って登録済みの魔法を能動的に実行する。
『Protection』
なのはを守るように桃色の障壁が展開される。オートで発動したものなので術式の質には拙いものがあったが、代わりに魔力の量が莫大だった。
障壁に突進した黒い怪物は、大型トラックと正面衝突したスクーターのように粉々になって吹き飛んでいった。
「や、やったの?」
「小学三年生から『殺ったの?』とは末恐ろしいねぇ。だけどなのは、そいつは使い古され過ぎてお約束化した失敗フラグだぜ」
「え、う、嘘!」
粉々に飛び散った黒い破片が次々に一か所に集まっていき、さながら粘土細工のように元の大きさに復元していった。
「倒しても復活するなら、どうやって止めたらいいの?」
「惑星破壊クラスの一撃叩き込みゃ死ぬんじゃね?」
「そんなことできないよぅ!」
「まぁまぁ。そういう疑問があった時は魔法少女のお供キャラに訊くのがお約束だぜ。僕が答えてもいいんだけどさ。ボカァ台本無視してアドリブするのは好きだけど、台本にある他人の台詞奪うのは好きじゃないんだよ。だからそこのフェレットちゃんに存在意義ってやつを果たさせておやりな」
台本だとかいう戯言はスルーするとして、確かにドゥルークの言う通りだ。
フェレットに従って魔法少女に変身したのだから、これからどうするのかはフェレットに尋ねるのが一番だろう。
「教えて! どうすればいいのかを」
「え、あ、はい! あれは純粋な魔法生物じゃなくて、忌わしい力の元に生み出されてしまった思念体です。あれを停止させるには、その杖で封印して、元の姿に戻さないといけないんです」
「よくわかんないけど、どうすれば?」
「さっきみたいに、攻撃や防御などの基本魔法は、心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には、呪文が必要なんです」
「呪文って、あいあむざぼんおぶまいそーどみたいな?」
「それともアバダ・ゲダブラとか?」
「全然違います」
なのはとドゥルークの呪文は揃ってばっさり切り捨てられた。
「心を澄ませて。心の中に、あなたの呪文が浮かぶはずです」
黒い怪物は肉体の再生に時間をとられている。先程みたいに呪文を唱えている間に攻撃を受けたら洒落にならない。なのはは素早く自分自身の心中に意識を埋没させて、精神を研ぎ澄ませた。
するとフェレットのアドバイス通り高町なのは自身の心から、自分に相応しい自分を現す
「オンコロコロコミックタナカタロウハウチュウジンジョージワシントンハサクラノキヲキリマシタデモユルサレマシタソレハナゼデショウソレハワシントンガマダオノヲモッテイタカラサシジョウサイキョウサイアクノシショウトソノデシカンケツシタノデミテネメザセルイケイランキングナンバアワン」
「ちょっと黙ってて! 集中できない!」
「オーライ」
耳元で意味不明な言葉の羅列を呟いて邪魔する友人は黙らせた。
敵へ向き直る。黒い怪物は再生を完全に終えたようで、原始の殺意を滾らせながら真っ直ぐ自分を睨んでいる。
恐怖はあったがそれを不屈の心で乗り越えて、なのははレイジングハートを真っ直ぐに怪物へと照準した。
「リリカルマジカル。ジュエルシード、封印!」
『Stand by Ready』
黒い怪物が全身から触手を生やして牙を剥く。だがもう恐れはない。怪物が近づいてきた瞬間、その体を桃色の魔力鎖が雁字搦めに拘束して動けなくした。
これで後はレイジングハートが誘導してくれる通りに魔力を流し込み、封印の魔法を発動するだけ。
「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル21、封印!」
『Sealing』
黒い怪物を怪物たらしめていた大本のエネルギー。それが封印の魔法によって封じられていく。
肉体が魔力で構成されていた怪物である。魔力を失えばその体は消滅するのが道理というもの。黒い怪物は跡形もなく消え去り、残ったのは青い宝石だった。
「これがジュエルシードか」
ひょいとジュエルシードを拾い上げたドゥルークは封印処置が施されたそれをポケットに入れる。
「横流ししたらソープ何回分かな」
「さ、最低なの……」
「ジョークさ。犯罪で得た金でソープへ行くなんて嬢に失礼だ。ちゃんと借金して行くよ」
「……同じくらい最低だと思うの」
なんだかんだで自分を助けに来てくれたことといい、この最低発言さえ抑えてくれれば皆もドゥルークの事を認めてくれるかもしれないのに。
だが自分を取り繕わないからこそのドゥルークである事も理解しているので、なのはとしては文句が言えなかった。
「あの。別にそんなところに入れないでもレイジングハートにはジュエルシードを収納する機能も――――」
「そんなことよりいいのかい? ここ凄い惨状だぜ」
「へ?」
言われて辺りを見渡してみれば、黒い怪物によって滅茶苦茶に破壊されたアスファルトや塀が嫌でも映り込んだ。
既に結界は解除されている。騒ぎを聞いた近所の住人の誰かが警察に通報してもおかしくない。というか既にパトカーのサイレンが聞こえ始めていた。
「なのは……カツ丼、食べてくか?」
前科一犯の四文字がなのはの脳裏を過ぎる。
「そ、それは嫌なの! とりあえず……ご、ごめんなさ~い!」
三十六計逃げるに如かず。高町なのはは全力でその場から逃走した。
「というわけで遺跡発掘を生業とするフェレット人間ユーノ・スクライアは、乗ってた時空艦船が謎の事故にあって21個のジュエルシードを地球へボッシュート! 責任を感じたユーノきゅんは勇敢にも単身で地球へ乗り込み、あっさりとジュエルシードの思念体に返り討ちになっちゃったというわけなんだよ。ちなみにさっき封印したやつ含めて回収したのは二個ね」
「って、ええええええええええええええ!」
パトカーのサイレンから逃れる様にやって来た公園で、ドゥルークは鼻糞をほじりながら衝撃の真実をぶちまけてきた。
さっきまではこっそりとなのはのパンチラ写真を盗撮とかしていたものの、ぎりぎりでプロットの流れから外れない許容範囲内の行動で留めていたのに、なんというかもう色々なものが台無しである。
「喧しいぞ地の文。ぶっちゃけ読者は耳が腐るほど聞いた説明回なんて求めてない。うんざりしてる。だからボカァ読者の要望に応えて鬱陶しい説明をスパッと済ませたんだよ。それでも詳しく知りたいっていうのならあれだよ。原作見ろ、以上」
「またドゥルークが訳の分からない事を言いだしたの」
なのはにはドゥルークの『原作』だの『地の文』だのは意味不明の妄言にしか聞こえない。
しかし一方でドゥルークがそんな妄言と一緒に言った事は大抵が本当だということも承知していた。故にジュエルシードのことやユーノの事も本当のことなのだろう。
「けどまだ二個ということは残りは十九個かぁ。先が長いの」
「どうしてそのことを? 僕、話しましたっけ」
ドゥルークの事を知らないユーノは、話していない事情が知られていることに驚いているようだった。
気持ちは大いに分かるが、ドゥルークの友人であるなのはが言える事は一つだった。
「諦めたほうがいいよ。ドゥルークは非常識人さんだから。あ、私はなのは。なのはって呼んでね、ユーノ君」
「ボカァなのはの友達のドゥルーク。尊敬する人はフリーザ様、DIO様、ヴォル様。ちなみに独身よろしくね?
「ドゥルーク……? それって……」
なのはからドゥルークの名前を聞いたユーノは首を傾げた。
異世界の人間であるユーノがドゥルークの名前を知っている筈がない――――という常識的考えはドゥルーク相手には通用しない。そもそもなのはだってドゥルークが何者かは未だよく分かってないのだ。もしかしたらユーノは異世界でドゥルークの名前を聞いたことがあるのか、或は別の理由か。
「ユーノくん?」
「あ、なんでもないよ。宜しくね」
ユーノから差し出された小さな手を摘むように握って握手をする。
フェレット人間の友達なんてドゥルークに負けず劣らず変だが、友達が増えるというのはいいものだ。心が広まる心地がする。
「それで不躾なお願いで申し訳ないんだけれど、僕の魔力が戻るまでの間、ほんの少し休ませてもらいたいんだ。一週間、いや5日もあれば力が戻るから、それまで」
「戻ったらどうするの?」
「また一人で、ジュエルシードを探しに出るよ」
「それは駄目だよ。もう話を聞いちゃったし、放っておいたらまた恐い怪物さんが出てきちゃうんでしょ。そしたらきっと傷つく人が出ちゃう。見て見ぬ振りは出来ないよ」
「だけど、さっきのように危ない事もあるんだよ?」
「大丈夫だよ! 困っている人が居て、助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけないってお父さんも言ってたし。いざとなればドゥルークが守ってくれるもん。ね?」
「…………まあ誠意を見せて欲しいよね。ユー、どんだけ払えるのYO」
「ってお金とるの!?」
ドゥルークもこの街に住む人間なのだから、皆を守りたいと思う心は同じはず――――というなのはの幻想はあっさりとぶち殺された。
テレビドラマに出てくるがめつい関西人のように、ドゥルークは親指と人差し指の先端をくっつけお金のサインを出して迫る。
「これでもボカァ次元世界では伝説の嘱託魔導師の傭兵〝漆黒の稲妻〟フランクリン・オッペンハイマーとして活躍していたという今考えた設定があってね。傭兵は無料で動きはしないんだよ」
「フリーターだよね、ドゥルークの職業!」
「お金でしたら、僕の貯金からで良ければお支払いしますけど」
「ほう。幾らだ?」
「遺跡発掘で得た収入がそこそこあるので、この世界の通貨で百万円くらいならお支払い出来ると思います。管理外世界の通貨に換金するのには時間がかかるので今直ぐは無理ですけど」
「ユーノきゅん太っ腹! よっ、大統領!」
報酬に百万円出ると聞いてドゥルークは乱舞していた。正直近所迷惑なので止めて欲しかった。
どっと疲れが押し寄せてきて嘆息したなのはは、友人の義務として呟く。
「……最低なの」