佐々木との会話を終え、
「…佐々木さんからだったの?」
携帯を胸ポケットに入れ、
「ああ、というか聞こえていたろ?」
俺は佐々木との会話からハルヒとの会話へと脳内ギアを切り替えた。いつの間にか
「まあ……ね」
いまの三点リーダー二つ分の時間にハルヒがなにか発したような気がした。気がしただけ、か?
俺の
「今、何か言ったか?」
まあそれでも気になってしまうもので、どこそこの主人公らが
「何も言ってないわよ。それより佐々木さんはあたしに何か言ってた?」
定型句に対する返答もやっぱり定型句なわけで、ハルヒもそれに倣ったらしい。
「いいや、お前には特に何も言ってなかったな」
「お前には、ってことはあんたには何か用事があったのね」
…どうして俺の周りにいるやつはこうも勘の鋭いやつばっかり何だろう。朝比奈さん(小)が恋しいね。あのお方であればこっちの言った台詞に
それに用事があったというよりも、用事があるのはこの先、わずか二週間後のことだ。
「…今度一緒に酒でもどうだろうかってさ」
「……二人だけで行くの?」
予想通りだが、やはりそこが突っ込まれるよな。しかし予め上手い返答を用意しておくほど、時間も俺の脳のキャパシティーにも余裕があるはずもなく、
「ああ、月末の土曜日の予定だ」
と、馬鹿正直に答えるしかなかった。でも友人と一緒に飲んでくるだけだ。何も
「ふうん、楽しんでくれば?」
という淡白な一言のみだった。
「あ、ああ…」
「なによ? 素っ気ないわね」
それはこっちのセリフだ。いいのかよ、若い男女が二人きりで酒場に行くんだぞ?
「そりゃあたしも佐々木さんに会いたいわよ。でもね、旧友どうし積もる話もあるでしょ。そんな席にあたしがいたら邪魔になっちゃうじゃない」
おいおい、一体どういうこった。何でもかんでも首を突っ込んでいたあのハルヒが自ら身を引いたぞ。こいつも成長したってことなのかねえ、うん。近所で一緒に遊んであげていた小学生が気づくと、いつの間にか高校生になっていたような感動と
俺がそんなおやじ臭い感慨に浸っていたのにハルヒは、
「それにあたしはお酒を二度と摂取しないと決めているからね。お酒の席になんてお金貰ってでも参加したくないわ。何より、あんたにそんな
と言いやがった。おい、俺のさっきの
「あ、分かる?」
そりゃそうだ。それでも俺はさっきの言葉をそのまま
「さてと。キョン、邪魔したわね。…佐々木さんにはよろしく言っといて」
少し帰るのが早くはないか。もう昼時なんだし、一緒に昼飯食べるってのも考えていたんだが…。いや、もともと俺の冷蔵庫には保存食や緊急食くらいのもんしかないし、それらは全てハルヒの朝食作りの材料となっちまったからどこかへ食べに行くしかないが。
「ううん、いらないわ」
そうか…。
これは俺だけが抱えている違和感なのだろうか。さっきからハルヒの言ってることは普通なんだが声色が変なような気がする。この違和感は佐々木からの電話の後から感じはじめたことではない、朝起きてからずっと、あの微笑み以外、ハルヒの精神はちょっとしたメランコリー状態にあると思われる。それに言葉の端に
そんなことを考えているうちにハルヒは部屋を出て玄関まで歩いて行ってしまった。御多分に漏れず俺もそこまでついていく。こいつはいつもと同じように足だけで靴を履きながら、
「キョン。さっき言ったこと建前なんかじゃなく、本当のことよ」
と念押ししてきた。さっきのことって、旧友がどうこうってやつだよな?それなら俺だって本気でそのことを信じていないわけじゃない。こいつには人一倍の常識というものがある。出会った最初期とは異なり、人の心をむやみやたらと傷つけるようなことは今となっては、成長したハルヒは、そんなことはしない。
「だから…」
ん?
「だから、佐々木さんと仲良くやってね」
そう言ったハルヒの声色は俺の役に立たない鼓膜でも感じ取れるくらい切なく、哀しい色を帯びていた。それはまるで、独り立ちする子を送り出す母親のような、そんな声色だった。
そして静かに、しかし最後だけはやたら大きな、ドアの閉まる音が耳に届いた。
そして、佐々木との通話を終えてからハルヒが出ていくまでのこの間にハルヒが俺の方を振り向くことはついに一度としてなかった、とここに追記しておく。
「はあ…やっちまったかな…?」
俺の自問は部屋に
まあいいさ。誰かに回答を求めていたわけじゃない。回答者は俺だ。じっくりと考えていけばいいのさ。タイムリミット何か知ったこっちゃないね。
恐らく、ハルヒのとんでも能力が消失してから三年が経とうとしている間に俺も