Blue Moon   作:シラムネ

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第一章 ~2~

 ハルヒが帰ったあと、俺は特段やることもなかったので日がな半日、溜めていた漫画を消費するという作業に勤しむこととした。俺が数種類のシリーズの最新刊と、更には当初予定していなかった長門からの推薦長編SF図書まで読み終え、ベッドの上でうつらうつらとし始めた頃、まるで目覚ましの役割をするためかのようなタイミングで本日二度目の携帯の呼び出し音が鳴り響いた。今度は一体誰からだ。佐々木か、ハルヒか。しかしディスプレイを確認してみると、お次の発信者はそのどちらかでもなかったので俺は少し緊張感を解いて、そいつと話すべく寝ころんだまま渋々通話開始ボタンを押した。

「どうもご無沙汰しています。古泉です」

 敏腕コールセンター係のような声が携帯の向こうから流れてきた。一体何の用だ?新興宗教の勧誘なら高校時代のもので十分間に合っているんだがな。

「涼宮さんはもう神なんていう存在ではありません。それに僕は宣教師の役割は買って出たことはありませんので」

 嘘つけ。お前から初めてハルヒのことについて聞かされたときはお前のことがどっかの宗教団体の筆頭勧誘者に見えたぞ。もしあれが狙ってやったことじゃないのだとしたら、それこそどっかの教団にでも入信したほうがいい。お前ならきっと教主様からお気に召されることだろうよ。

「ふふっ。そのような商売は僕向きではありませんよ。僕は仮面はかぶれども、人様を貶めるような真似は出来ませんので」

 ああ確かにそうだろうな。お前がそっち系のスキルまで身に着けていたら俺の高校生活はもっと酷いことになっていたに違いない。こいつが、こいつの所属していた「機関」とやらがその気にさえなっていたら、俺たち一般人はこいつらの思うがまま、手のひらの上で踊らされていたって可能性だってあるんだからな。

 非日常的ながらも、ありがたいことに今となっては笑い話にできるくらいの思い出の詰まった高校時代を少しばかり思い出していると、古泉もそうだったようで、

「そうですね。機関はあくまで現状維持が目的でしたから。もちろんそれに反対する勢力も僅かばかりはいたのですが、どうにかそれを抑える続けることができましたからね、機関それ自体があなた方に直接介入して我々の思い通りにしようなどという事態には陥らなかったわけです」

 と苦笑交じりに告げてきた。こいつも俺の感知できないところでSFチックな水面下、あるいはそれこそ武力衝突を繰り返していたんじゃないのかね。古泉の話術や、森園生さんの気迫に新川さんの運転テク、どれをとっても一般人のそれを遥かに凌駕していた。あれが何のために習得された技能かなんて、少しダークな方向に頭を捻ってやれば自ずと答えは見えてくる。

「それにしても、あの頃は本当に大変でしたが、あの頃ほど充実して心から楽しかったと言える時間はありません。あなた方には心から感謝しているのですよ」

日本人の習性ってやつかもしれんが、恐らく古泉は携帯相手にお辞儀をしていることだろう。けどよ古泉、その感謝の言葉は流石に聞き飽きてきたぞ。俺と会うたびにそのことを告げてくるってのはどうかと思うのだがな。

「いえ、何度申し上げても足りません。僕がまだこうやってあなたと会話できているのは、他ならぬあなたのおかげであるのですからね」

 えらく真面目な口調で言うもんだからこれ以上言及したって効果はなさそうだな。

「何でしたら書面にして進呈いたしましょうか?」

「いらん」

 ここで一言オーキードーキーなどと口を滑らしちまったら本当に紙の束が俺のもとに届いてきちまいそうだ。それくらいの真剣さがこいつからはうかがい知れる。

「ところで古泉よ、お前はなぜ俺に電話なんて寄越したんだ?」

「単刀直入に申しますと、あなたの声が聞きたいと思いましてね」

 その手のやつが聞いたら速攻で落ちてしまいそうだが、男にとっては気色悪いボイスで気色悪いことを言いやがる。

 佐々木とは異なる悪寒が全身を駆け抜けた。

「あははっ。冗談ですよ、冗談。僕にそんな趣味なんてないのでご安心を」

 次、もう一度そんなふざけたことを抜かしてみろ。そのときは会話を強制シャットダウンしてやる。今回でさえ携帯を壁に叩き付ける寸前だったからな。というか、こいつの冗談が冗談に聞こえたことなんて片手で数えてもあまる気がするんだがな。もちろん今回のはカウント外に決まっている。それに只でさえ周囲から疑いがかけられているんだ。冗談だとしても、そんなことを誰かに聞かれちまった日にはその誤解を解くために日がな一日、あるいはそれ以上の期間東奔西走しなきゃならん未来が予見できるから、本当に二度というんじゃないぞ。

「ふふっ。本当に手厳しいですね」

 一体何が面白いのか。全く分かりたくもないね。それよりも俺はこいつが連絡を寄越した理由が知りたい。もう少し笑える理由を。

「いえ、ただ純粋にあなたと会話を講じたいと思ったまでですよ。それより深い理由なんてございません。なのでもう既に目的は達成してしまったと言えるわけです」

 男が男に話がしたいなんて言う理由で電話をかけてくるのもどうかとは思うが、さっきのよりかは大分ましだ。

「あなたもご存知のように、いま僕はあなた方と同じ名の大学へ通ってはいますが、学部どころかキャンパスさえも違います。まああちらにも知人と呼べるほどの方はいるのですが、心のどこかであなたたちと比べてしまっているのですかね。やはりあなた方、SOS団に関わっていた方々以上に時間を共有した者はいませんし、何よりあれほどのスペクタクルな日常を過ごした、ある意味戦友とも呼べる仲間なんてそうそう得られるものではありません。なので僕の求める安らぎはあなた方がいなければ満たされないともいえるわけです。涼宮さんの突飛な行動は若干ヒヤヒヤするものでもありましたが…」

 こいつはこいつなりに大学での生活で苦労しているのかもしれないな。ミイラ取りがミイラになるな、なんてかつての機関の手垢付きの生徒会長に言っていたものだが、本当に仮面を外せなくなっちまったのは古泉なんだろう。俺なんかはこいつのしゃべり方に慣れ親しんじまっているから良いが、他の連中が壁が作られているって思ってしまっても無理はないはずだ。

 それに非日常的な出来事をともに経験できちまうなんてことがそうそう簡単に起こっちまったら、それこそたまったもんじゃないからな。だから俺たちの信頼関係以上の関係に置かれているやつなんざ地球全体を探し回ったとしてもそうそう見つかるとは思えない。大気圏外に行っちまったら分からないが。

「まあそういうわけです。素直に申し上げれば、少しばかり孤独感を感じていたと言わざるを得ませんね。あなたと涼宮さんが羨ましいです」

 気持ちは分かるがな。朝比奈さんは一体何をしていらっしゃるんだろう。あの人もSOS団が大好きだったからな。未来でそうった気持ちを抱えているに違いない。その何年後かには過去の俺たちに会いに行くことをもう知っているのだろうか。もしそうなら良いのだが。

「すみません、少々お尋ねしたいことが」

「ん?なんだ?」

「いえ、杞憂なら良いのですが…。涼宮さんはどうされたのですか。大抵この時間は一緒にいると存じ上げているのですが。それにいつもであればあなたから涼宮さんの話題が出てくるのですが、今日は逆にこちらからアプローチをしてみても特に反応なされなかったので」

「……」

 鋭いやつが多すぎて、何一つ能力を持たない一般人たる俺は困ぱいするのみだ。

「ああ、いや特に重大なことが起こったわけでもないんだ。…ただ、あいつがちょっとばかしヘソを曲げちまったみたいでな」

 こいつに嘘を吐いたところでいつかは見抜かれるのが落ちだろうから、白状するしかないよな。

 しばしの沈黙のあと、古泉がこう切り出した。

「…ふむ。よろしければ、今度の土曜の夜にでもお会いしませんか。少し静かなところを探しておきますので、そこで食事でもしながら」

 その日のシフトは…。夕方までには上がれるか。夜なら大丈夫そうだな。

「ありがとうございます。そうですね…集合時間は19時頃。集合場所は追ってお伝えします。あ、もちろん食事代は僕が持ちますよ。あなたには高校時代の借りがたくさんあるのでね。本日はお話しできて本当によかった。それでは、また後日に」

 ありがとな、古泉。

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