雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
アルシェムとティオは、次の日無事に起きることが出来た。どちらも夜更かしに慣れているためだろう。アルシェムはその任務の特殊性から、ティオはエプスタイン財団での経験から夜更かしには慣れていたのである。
そして、この日は特務支援課が正式に活動を開始する日でもあった。朝食は先日話し合って――じゃんけんで決めたともいう――エリィが朝食を作ることになっていた。そもそもが不平等なじゃんけんだったのだが、それを知っているのはティオとアルシェムしかいない。そして、よほどのことがない限りその事実については触れないことにしていた。
朝っぱらから少々豪勢にマフィンサンド――スクランブルエッグとベーコン、それにレタスとトマトが挟まっている――とコーヒーもしくは紅茶を飲食した一同は、ティオの操る端末を覗き込んでいた。この端末は先日ここに辿り着くなりティオが調整していたもので、クロスベル内に広がっているネットワークに接続することができる。
その端末から支援要請と呼ばれる依頼を受ける形になるのが特務支援課だそうだ。その内容は多岐にわたるものの、概ね遊撃士と同じことが出来ると言っていい。むしろ遊撃士よりも優れているところもあるのだ。現行犯だけでなく、確たる証拠があれば政治家までも逮捕できるのである。遊撃士は国家不干渉があるため――クロスベルが国であるかどうかはまた別の話である――に、原則的に国政に関わる一定の地位を持つ人間を捕縛することが出来ないのだ。
それはさておき、ティオによると早速来ている支援要請があるようである。といっても、支援要請に関する補足説明という名の支援要請であるため、チュートリアルと思えば良いのだろう。説明はクロスベル警察本部の受付で行われるとのことで、一同は早速警察本部へと向かった。
警察本部に足を踏み入れ、受付にいる人物に話しかけると、その人物はニコリと笑ってこう告げた。
「お疲れ様です、特務支援課の皆さん。本部受付兼特務支援課専用の報告担当、フラン・シーカーです。よろしくお願いします!」
正直に言って、フランは受付の中でたらいまわしにされていた厄介事を引き受けさせられたと思っていた。それでも笑顔で受けたのは、これ以上誰かに仕事を押し付けないためである。端末が弄れてかつ他にやりたいと思う人物は存在しなかったのだ。むしろすぐに潰れるのならば厄介な業務が減るのに、と内心では思っている。
ただしフランは職務に忠実な人間だった。故に、特務支援課に所属する人物たちに懇切丁寧に説明をする。先日セルゲイより受けた説明をほぼそのまま繰り返す形にはなるのだが、面倒な部署でも真面目な人間が揃っているようである。きちんと説明を聞き終わってくれたので何となく気が楽になったフランだった。
そんなこととはいざ知らず、ロイドたちはフランに説明された通り支援課ビルに戻り、端末から本部へと報告を入れた。本部で報告を受けたフランはそれを確認してから本日の支援要請――遊撃士から回された厄介事ともいう――を支援課の端末に送り付ける。突発的にこんな仕事が入らなければ普通に受付だけしていられるのだが、そうも言ってはいられないのである。
そして、フランが送り付けた支援要請を見たアルシェムは思わず内心でやっぱり遊撃士かと突っ込んでいた。送られてきた支援要請はジオフロントの手配魔獣の退治の要請と紛失物の捜索の要請、そして不在住戸の確認の要請だったのである。最後のものはともかく、前者二つは完全に遊撃士協会から回ってきたと判断できてしまうのだ。
アルシェムはロイドに提案した。
「ねーロイド、これ、手分けして回った方がよくない?」
「いや……今日は初日だから慣れるって意味でも一緒に回った方がいいと思う」
ロイドは少しだけ考えてからそう応えた。アルシェムはその答えを苦々しく思うのは、まだ遊撃士時代の癖が抜けきっていないからなのかもしれない。思ったよりも染まっていたのは意外だったが、リーダーの指示に従わないのもどうかと思ったアルシェムはそっけなく分かったとだけ答えた。
そんなアルシェムを宥めるようにランディとエリィが声をかけてくる。
「ま、そんなすぐにゃ支援要請も来ないだろ」
「そうよ。ゆっくりやって行きましょう?」
アルシェムはその声に首を前に傾けるだけで答えた。そんなことは有り得ないと分かっていたからだ。遊撃士協会クロスベル支部は西ゼムリア一遊撃士を酷使する協会として有名なのだから。仕事を振れる人間が増えたとなればじゃんじゃん振ってくるに違いないのだ。
内心で微妙な思いを抱えているアルシェムを連れたロイドたちは、最初に紛失物の捜索に当たることにしたようである。歓楽街にあるホテル《ミレニアム》に滞在しているトロントという名の旅行者からの依頼だということで、まっすぐに歓楽街へと向かった。
そして、フロントに一声かけてからトロントのいる部屋に向かったロイドは依頼の内容を聞いて考え込んだ。どう考えても五人で探し回るよりは手分けして探した方が早いと思えたからである。故に、今回は素直に手分けして動くことになった。探す対象はお土産と財布ともう一つ――アルシェムが提示したヒントでトロントが思い出した共和国息の乗車チケットである。トロントがうろついたという港湾区にはロイドとティオ、東通りにはアルシェム、百貨店には伝手があるらしいエリィとランディが向かうことになった。
信頼されているのかどうなのかはよくわからなかったが、とにかく単独行動の権利を手に入れたアルシェムは東通りに向かった。ここには遊撃士協会があるのであまり近づきたくはないのだが、仕事は仕事だ。さくっと終わらせればそう問題はないだろう。そう判断して露店を冷かしつつぼんやりした男性が何かを落とさなかったか聞き込みを続けた。
すると――一番奥の露店でそれらしいものを拾ったという男性がいた。冷やかすだけになるというのもどうかと思ったアルシェムは有用な情報料代わりにとそこで売っていた風車を買い、トロントの買ったお土産を手に入れたアルシェムはそのまま露店を抜けて遊撃士協会の前を通りがかった。
とたんにアルシェムは強烈な視線を感じた。さりげなく遊撃士協会を見てみると、そこからこちらを窺っている人物がいる。アルシェムは思わず目を逸らしてその場から足早に立ち去ってしまった。完全に不審者の所業である。
いち早くホテルまで戻ってこられたアルシェムは、トロントにお土産を見せて紛失物であることを確認すると扉の方を見た。誰かが来た気配がしたからだ。次いで叩かれる扉。トロントは入ってくるように促すとエリィとランディがそこには立っていた。
代表するようにエリィがトロントに告げる。
「財布が見つかりましたよ」
「ああ、良かった~……あとはチケットさえ見つかれば帰れるよ」
安堵の顔をしているトロントだが、最後の一つが一番の難題だろう。何せ、紙なのだ。吹き飛ばされてしまっていれば最悪見つからない可能性だってあるから手分けしておきたかったのだが、ロイドはその可能性には思い当たらなかったらしい。
だが、アルシェムのその心配は杞憂だったようだ。ティオと共に息を切らしながら戻ってきたロイドの手にはまぎれもなく列車のチケットが握られていたのだから。トロントはそれを満面の笑みで受け取ると、感謝の意を伝えてこれでもう帰れることを伝えた。依頼終了である。
次にロイドが選んだ依頼は不在住戸の確認の要請だったようだ。ロイドに先導されて向かった行政区の市庁舎で言われたのは、来るとは思っていなかったの一言。これは遊撃士以上に頑張らなければマイナスイメージを払拭することは出来ないようだ。
そして、手渡された資料に書かれていた不在住戸に関する資料を見たロイドは、またしても手分けすることを提案した。流石に旧市街と住宅街、ついでに東通りはそれなりに離れているという判断なのだろう。旧市街と東通りは一緒に出来ないこともないと思うのだが、ロイドは敢えてそうはしなかった。というのも――
「東通りのは一緒に行って遊撃士協会に挨拶に行っておいた方がいいと思うんだ」
という思惑があったようである。アルシェムとしては先ほどの視線の主に出会うことになるのであまり行きたくはなかったのだが、ほぼ同業者になるために挨拶は必要だろうというロイドの言によって説得された。
それはさておき、ロイド達男衆は旧市街に向かったためにエリィ達女性陣は住宅街に向かったのだが、エリィの様子がオカシイ。何故だか奥の家をちらちらと見ながらそわそわしているのである。その理由を一瞬考え込んだアルシェムは、その場所が一体なんだったのかを思い出して思わず声に出した。
「エリィ、実家が気になるのは分かるけど一応職務中ね」
「ひえっ!? な、ななな何のことかしら気のせいじゃない?」
エリィはあからさまにあせったようにそう応えた。何を焦ることがあるのか皆目見当もつかないが、まあ実家を見ていることに気付かれて恥ずかしがっているとかそのあたりだろうとアルシェムはあたりをつける。実際は執事や祖父に見られていないかどうか気にしていただけなのだが。
住宅街の不在住戸は、比較的すぐに調査を終えられた。というのも、中に人の気配はないものの手入れはされているし全く人間が踏み入れていないということもないからだ。誰かの持ち家もしくは倉庫代わりなのだろう。それ以上のことを調査するのは今の状況では無理なのでそこで調査を切り上げ、アルシェム達は東通りへと向かった。
そして、ロイド達と合流すると不在住戸だと記載されている場所には何人もの人間が出入りしている様子が見て取れた。掲げている看板を見るとそこには《釣公師団》と記されている。
それを見たアルシェムは、思わず声を漏らした。
「えー……あの変人釣り師集団クロスベルにまで広がってんの……」
「知ってるのか、アル?」
アルシェムの疲れたような声を聴いたロイドは思わずそう聞き返す。もしも知っているというのならば話も聞きやすいかと思ったからだ。その問いにアルシェムは団体名を知っているだけでこの中にいる人物たちを知っているかどうかは分からないと答えた。ぶっちゃけ言ってリベールの王都で外見を見たことがあるだけなのである。中身の人間を知っているとは到底言えなかった。
遊撃士協会の隣にある《釣公師団》と逆隣の《アカシア荘》を手分けして調査――資料に記されていた情報は誤記であり、《アカシア荘》の方に空き部屋があった――し終え、書類を完成させたロイドたちは遊撃士協会内部から声を掛けられた。
「ちょっと、良いかしら」
「え……」
「アナタじゃないわ。そっちの銀髪ショートのアナタに用があるんだけど」
それを聞いたアルシェムは遠い目をしてお断りしますと言い放った。面倒なことになりそうな予感がひしひししているのである。現在進行形なのは、断りきれないと踏んでいたからだ。どうせ遊撃士協会には挨拶をしに行かなければならないのだから。
案の定断りきれなかったアルシェムは、ロイド達と共に遊撃士協会に足を踏み入れた。そこで恐らくは受付を担当しているであろう男性(?)はロイドに一枚の紙を手渡して問題に回答するように告げた。どうやら何かしらの仕事を触れるか否かを見たいのだろうとアルシェムは判断する。
アルシェムがロイドの様子を他人事のような眼で見ていると、受付はアルシェムに問うた。
「で、アナタ。どうして遊撃士に戻らないの? ――魔獣狩りの凄腕協力員にして元準遊撃士《氷刹》アルシェム・ブライト」
「その紹介の仕方はキリカかなー……次会ったら容赦なくぶちのめす」
アルシェムの物騒な回答にエリィとロイドが目を剥いた。回答の内容だけではその事実を否定していないように感じられたからというのもある。むしろ確実に年上だと思われる人物に対して敬語も使っていないという事実に驚愕していた。
受付はアルシェムに詰め寄って問う。
「理由を聞かせて頂戴」
「え、まずわたしは『アルシェム・ブライト』じゃないし。何より遊撃士やってたら絶対襲撃されるからヤダ」
その回答に受付は顔をひきつらせた。確かにアルシェムがブライト姓から抜けたのは知っている。折角の《剣聖》の義娘という立場を棄ててまで何をしたいのかという問いもあるのだが、それは今聞いても答えは貰えないだろう。それよりも、最後の言葉だ。何故遊撃士になれば襲撃されるのだろうか。もしも《身喰らう蛇》等の襲撃を予測しているのならばむしろ遊撃士であった方が情報は入りやすいのだが。
その疑問を受付はアルシェムにぶつける。
「どうして襲撃されるのかしら」
「だって間違いなくこっち来るもんあのリア充イチャラブ極甘カップル。とっとと結婚してしまえーなあいつらが追ってる人、クロスベルにいるし」
何その定冠詞。一同の気持ちが合致した瞬間だった。この場でその人物たちの正体が分かったのはティオと受付だけだった。受付はもう少ししたらクロスベル支部に来ると言っていた二人組のことを言っているのだろうと感じた。
「えっと……もしかして気まずくて籍を抜けたとかそういうオチなのかしら」
「そもそもわたしにそこにいる資格がないからだけど。……これ以上聞きたいんだったら有料ね」
そんな殺生な、と言う受付――最後に自己紹介をしてミシェルと名乗った――を簡単にあしらったアルシェムは、ロイドの手が止まっているのを良いことに手元の髪を覗き込んで全ての問題に正答していることを確認するとミシェルにその紙を渡してとっとと退散することにした。支援要請の報告をまだ終えていないからというのもあるが、手配魔獣を長々と放置するのは色々と問題があるからである。
名残惜しそうなミシェルを放置してロイドたちは行政区へと戻り、市庁舎で報告を終えた。その際も驚愕の表情で見られたのは言うまでもない。彼女らの言葉を代弁するならば、『この無能警察がまさかここまできちんと調査してくれてなおかつ報告にまで来てくれるなんて有り得ないと思っていた』である。警察の信頼が地に落ちている証左でもあった。
市庁舎で報告を終えたロイドたちは最後の支援要請である手配魔獣を狩りに行くことになった。手配魔獣がいるのはジオフロントA区画。昨日と同じ場所からジオフロントに侵入した一同は、アルシェムの行動に全力で引いていた。というのも――
「おらおらおらおら邪魔邪魔邪魔邪魔ァ! 進路塞いでたら全滅さすぞこらー!」
と、彼女は乙女失格な叫び声を上げながら導力銃を二丁持ちでブッパしているからである。魔獣狩りを始めると性格変わるのかな、とロイドは思ったそうな。ついでにアルシェムだけでも十分手配魔獣も狩れそうだと思ってしまったのも無理はない。
たまにロイドに射線が向くこともあって大いに身構えるのだが、無論ロイドに当たることはなかった。その背後で魔獣が湧いていることに気付いたが故に撃っているのである。ロイドに当てるつもりなど毛頭なかった――他人から見ればそうは全く見えないのだが。
その様子を見たティオはポツリと言葉を漏らす。
「そんなに遊撃士の話をするの、嫌だったんですか……」
「ティオちゃん、何か事情を知ってるの?」
その呟きを逃さなかったエリィがティオに問う。エリィにとって遊撃士とは希望だったからだ。クロスベルで生まれ育ったエリィはクロスベル警察が腐っていることを知っている。そして、どんなふうに腐っているのかを見極めるために特務支援課に所属した彼女にとって、遊撃士はある意味仕事内容的には夢のような職業だったのである。何せ、上層部が腐っていないのは分かり切っているからだ。
ティオはエリィの問いに遠い目をしながら答えた。
「……リベールでも有数の凄腕新人遊撃士カップルを知っているというだけですが」
「か、カップルって……もしかしてさっきの話に出て来た」
「ええ。ミシェルさんの呼称を聞くに、アルと彼女らは恐らくは家族だったと思われます」
実際、ティオはその凄腕新人遊撃士カップルとアルシェムの関係を直接見聞きしたわけではない。だが、彼女らの姓は『ブライト』だ。それとあの親密さを考えれば家族だったと判断しても間違いはないだろう。
そこに、アルシェムから声が返された。
「それあのバカップルの前で言わない方がいーよティオ。絶対ガチギレされるから」
「そうなんですか?」
「だってねー……あの関係性は、『家族』だったとは口が裂けても言えない」
その声と同時にアルシェムはジオフロントの最奥へと足を踏み入れた。そこで待ち受けているのは手配魔獣メガロバット。それを冷たく一瞥したアルシェムはまずは羽を撃ち抜いて墜落させ、目玉と口腔内を狙って導力銃を乱射した。
その凄惨な様子を見せつけられたロイドは思わずアルシェムに口走っていた。
「おい、アル……一応女の子もいるんだから自重してくれって!」
「これが一番早いんだけど。っつーかだから手分けしたかったんだけど」
それに対するアルシェムの答えは醒めきっていた。イライラしていたというのもあるが、一番手っ取り早く殺して何が悪いとも思っている。魔獣は害悪というわけではないが、人間に危害を加える可能性が高いからこそ『手配』されるのだ。ならば迅速に狩らない理由がない。誰かが傷ついてからでは遅いのだ。それこそ警察の怠慢にされてしまうのだから。
その理屈をアルシェムが説明することはない。何故なら、アルシェムはそもそも□□には□□□はずの□□だから。故に、彼女がロイドに対してそういう類の気付きを必要とすることに対して説明を加えることは全くない――否、出来ないのである。
一行の気まずい雰囲気は、地上に戻るまで続いた。
※なお乙女ではない。
では、また。