雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 あるいは未来の夫妻。そんなに糖度は高くないとは思いますけど、ちょっとご注意を。

 では、どうぞ。


閑話・ブライト兄妹の話し合い

 七耀暦1204年――カルバード共和国にて。二人の男女が遊撃士協会から沈痛な面持ちで出て来た。女の名はエステル・ブライト。そして男の名はヨシュア・ブライトといった。彼らがここを訪れたのは、児童連続誘拐事件についての資料を閲覧するためである。そこに記されているであろう被害の状況を見に来たのだ。あまり収穫はなかったものの、エステル達はそれ以上調べようとはしなかったのである。

 というのも、そもそも彼女らが知りたい情報はその場所にはほぼなかったことが挙げられる。念のために寄っただけなのだ、彼女らは。それ以前にエレボニア帝国での調査を終えていたエステル達は裏付けを補強するような話が欲しかったのだ。それは、別件で見つかった。

 彼女らが調べていたのは、《殲滅天使》レンこと『レン・ヘイワース』の記録だ。彼女がいかにして誘拐されたのか。それを知るためにここに来ていたのである。彼女が預けられていた家が火事に見舞われて、そこからレンが連れ去られたという事実だけが彼女らが知りたいことだったのだ。決して――レンが見捨てられて棄てられたわけではないという事実につながるかも知れない真実が、知りたかったのだ。

 エステルは沈痛な面持ちのままでヨシュアに問う。

「ヨシュア……レンは、売られてなんかないって知らないのよね?」

「ああ……でも、分かっているとは思うんだ。それでも売られたっていうのは自己防衛だと思う」

 ヨシュアの答えにエステルは考え込んだ。何とかして、レンに真実を伝えなくてはならない。孤独なままでいて良いとは思えないのだ。それはエステルの我が儘でもあったし、願いでもあった。さびしくて迷子になってしまった子供。それがレンだと思っているから。だから、家族になりたいと思ったのだ。傍に寄り添って、大人になるまでは見守っていてあげたい。

 そんなエステルの気持ちを知っているヨシュアは、それでもなお確認するように問いを口にした。

「まだ引き返せるよ、エステル。君は――どうしたい?」

「なーに言ってんのヨシュア。そんなことで悩んでるんじゃないわ」

「じゃあ、何に悩んで――いや、怯えてるのさ、君らしくない」

 エステルは悩みがないとは言わなかったことに気付いているヨシュアはそう返した。だが、エステルは答えない。顔色を悪くして唇を震わせているだけだ。どんな状態のエステルもこよなく愛しているヨシュアではあるが、長々と何かにおびえて震えているエステルを見ていたいわけではないのである。嗜虐趣味は多分ない、はずなのだ。

 震えたままのエステルに、ヨシュアは手を差し出して告げた。

「ちょっと落ち着ける場所で話そうか、エステル。東方人街が近いから東方風のカフェでゆっくりしない?」

「あ……うん、ごめん」

 ヨシュアに気を遣われたことを察したエステルは反射的に謝罪した。こういう気遣いに関してはヨシュアの方が上手である。言わない約束だろ? とでも言わんばかりにエステルキラースマイルを発射すると彼女の手を引いて東方人街へと向かった。ここもまた、調査すべき場所でもある。何せこの東方人街、《拠点》のあったアルタイル市内部に存在するのだ。いかないという手はなかった。

 東方人街に入り込むと、食べ物のいい香りが漂ってきた。豚肉を詰めた饅頭。それの変わり種で豚の角煮を詰めた饅頭。からりとあげられた胡麻団子に焼きそば。白濁した酒に、小麦粉で作られた麺が入った汁物。豪快に焼かれた鳥の半身に、屋台に並ぶ美味しそうな食べ物の数々。異国情緒あふれるその空間は、まるでお祭りのよう。

 その雰囲気につられて、エステルのお腹が鳴った。

「……あう」

「はは、どこか店に入ろうか」

 顔を赤らめたエステルに内心で全力で萌えながらヨシュアはそう告げた。その言葉に反応してエステルのお腹がさらに鳴って、ヨシュアを拳でぽかぽか殴るという何とも甘い空間を作り出した。それを宥めるのにヨシュアが……としているうちに周囲に甘い空気を蔓延させたのは言うまでもない。その周辺の屋台では唐辛子等で味付けした漬物が飛ぶように売れたそうな。

 それはさておき、エステル達は近くにあった店に入った。トゥディリという名の、このあたりでも一風変わった店である。似ているようで違うと言えば良いのだろうか。外が派手派手しさを感じさせる光景だとすれば、こちらは静かで落ち着く空間だ。丸い窓に、紙で作られているらしい物体がはめ込まれている。どこからかカコン、と言う音まで聞こえてくる空間に、ここなら落ち着けるだろうとヨシュアは判断した。

 そしてエステル達は早速メニューを見て注文をした。

「あ、じゃああたしはこのわらびもちで」

「僕はひやしあめ(激辛)でお願いします」

 エステル達の注文を聞いた袖の長い風変わりな服を着た店員はかしこまりました、と言って去っていった。エステルなら似合うだろうな、とヨシュアは思いつつ――何故そう思うのかを突き詰めれば間違いなくヨシュアはぶん殴られる――エステルを見た。すると、甘味が楽しみすぎて先ほどの考えはぶっ飛んでしまっているようだったのでヨシュアは敢えて言葉を出さないでいた。

 そして、程なくしてエステルの待ち望んでいた甘味が登場した。透明で、添えてある串で刺して食べるらしい。お好みで掛けて下さいと黄色い粉の入った入れ物と黒い液体の入った入れ物がエステルの前におかれた。そして、ヨシュアの前には涼しげなガラス細工のコップが置かれている。その中には淡いカラメル色の液体が入れられていた。

 もったいないから先に食べようとエステルが主張したため――本来の目的は忘れていなかった――、ヨシュアはその液体を口に含んだ。すると、甘くて辛い不思議な味がする。最初はシロップのような甘さが広がり、その後からジンジャーの香りがヨシュアの喉を襲ってくるのだ。流石激辛とだけあって、刺激はなかなかのものである。ヨシュアは顔色を変えずにひやしあめをすすっていた。

 一方、エステルはまず黄色い粉を舐めてみた。何やら香ばしい味がする。ただ、甘さは控えめなようだ。そう感じて今度は黒い液体を舐めてみる。すると、思いがけないほどの甘さにエステルは目を見開いた。これはシロップそのものではないのだろうか。そう思いつつも四角い透明の物体を口に入れる。若干の抵抗がありつつも、その物体は容易に口の中に味を広げた。ほのかな甘みがついている。

 そのままでも十分美味しいのだが、エステルは店員に言われた通りまずは黄色い粉をかけて食べてみた。すると、香ばしさも相まってより甘みを感じるようになった気がする。少々粉っぽいが、それもまた楽しい。一つ食べ終わり、今度は黒い液体をかけてみる。今度は、濃厚な甘みがエステルの味覚を直撃した。これは嵌るかもしれない。そう思いつつ、エステルは黄色い粉こときなこと黒い液体こと黒蜜を掛けながら無心に食べ進めていった。

 その最中、はっと我に返ったエステルは黒蜜ときなこを掛けたわらびもちを串に刺してヨシュアの方を向いて差し出した。

「あ、あ~ん……」

 前にもされたことがあるのだが、ヨシュアはその破壊力に悶絶しそうになった。前回は満面の笑みだったのだが、今回は顔を赤く染めて恥じらう乙女なエステルである。後で君も食べて良いかないやよくない自制しろクールになれヨシュア落ち着くんだヨシュアそうだこれくらい姉さんたちもやって――いや違う。混乱しつつ、壊れた機械のように周囲を見回して誰も見ていないことを確認したヨシュアはそれを口に入れた。

 口の中に、黒蜜でコーティングされたきなこにさらにコーティングされたわらびもちが侵入する。エステルはあまり気にしていないようだったが、間接キスゥゥ! と思いつつヨシュアはそのわらびもちを口の中で盛大に堪能した。変態である。因みに味はほとんどわからなかったそうな。故に、ただ美味しいよとしか返すことが出来なかったのも仕方のないことだろう。

 そして、ヨシュアはエステルに向けてコップを差し出しながら聞いた。

「結構辛いけど、飲んでみるかい?」

「あ……うん」

 エステルは顔を真っ赤に染めながらひやしあめを手に取り、慌てて口に含んで――吹き出しそうになったところを何とか飲み込んだ。辛い。でも美味しい。吹き出すなんてもったいない。その根性で、エステルは口に含んだひやしあめを飲み下した。因みに彼女は気づいてはいないが、ヨシュアはさりげなくエステルの飲み口に自分の飲み口が来るように調整していた。紛うことなき変態である。

 そして、その後は二人とも黙り込んだまま黙々とお互いのブツを飲食していた。エステルの脳内は恥ずかしいけど分けてあげたかったし、いいいいいいいいいイイヨネ、である。いい具合に混乱しているが、ヨシュアの策謀に気付いた様子はない。ヨシュアはエステルと間接キスだ、ついでに恥じらうエステル激萌えと思いつつひやしあめを飲んでいた。言わずもがな、エステルが呑んだ飲み口からである。最早ムッツリである。

 そして、全てを食べ終わったエステル達に店員がゆっくりしていってくださいと分厚い陶器のコップに入った熱いお茶を出して下がっていった。因みに所謂緑色のお茶ではなく、ほうじ茶である。そのお茶を飲みながらほっこりしたところで、二人の精神状態はリラックス状態になった。

 そこでエステルがヨシュアに切りだす。

「……あのね、さっきのことなんだけど……」

「うん」

「もし、あたし達の推測が間違ってたら怖いなって思ったの」

 エステルは自分の手を温めるように陶器のコップを握りしめてほうじ茶を一口飲んだ。それは気持ちを落ち着けるためで、ほろ苦いお茶の味と温かさはエステルの背をおしてくれるようだった。

 意を決してエステルが告げる。

「もしも、なんだけど……レンの両親が、レンを拒んで置いて行ったんだって言われたらって」

「それは……」

 ヨシュアはエステルの言葉に有り得ない、と言おうとして何の説得力もないことに気付いた。ヘイワース夫妻の心はヘイワース夫妻にしかわからない。故に、ヨシュアが何を言おうが変えられないのだ。その可能性が少しでもある以上、ヨシュアは有り得ないと断言することが出来ない。

 エステルとしてはやむにやまれぬ事情が積み重なってレンがああなってしまったのだと信じたかったのだ。そのための裏付けもとった。だが、偏った見方をせずに真実を追い求めていると思っていても、その想いが胸のうちから消え去ることはなかった。レンには救われて欲しかったのだ。両親に愛されてないなんて嘘だと教えてあげたかった。

 コップを持つ手に力が籠められ、水面が微かに波立つ。それを意に介する様子もなくエステルが続ける。

「本当はそうじゃないんだって、何となくわかる。でも……もし、レンを嫌って棄てたんだったら? どこかで愛してほしいって願ってるあの子に何て伝えればいいのかな」

 故に、彼女は怖かった。レンを棄てたのだとヘイワース夫妻に宣言されることが。そうなってしまえば、あまりにレンが救われない。その事実を隠すという手もあるだろうが、いずれレンは知ってしまうだろう。否、もう既に知ってしまっているのかもしれない。それを想うと怖かったのだ。やってみないと分からない。確かにエステルはそう思っている。

 だが、その結果がレンにとって辛い現実だったら――? その時、エステルはその事実を受け止められるだろうか。恐らく受け止められないだろう。そして、レンと家族になれる可能性も潰えるだろう。そのことがどうしようもなく怖かったのだ。受け止めたい。でも、エステル自身が受け入れられるほどやさしい現実がそこにあるとは限らないのだから。

 そう語り終えて黙ってしまったエステルにヨシュアは告げた。

「……レンの両親がどう言うかなんて、僕らにはどうしようもないことだよエステル。それでレンが傷つくかどうかも、僕らにはどうしようもないことだ」

「でも」

「でも、君はそれを含めて受け止めるんだろう?」

 エステルの反論をおしとどめてヨシュアはそう告げた。どんなことがあっても逃げないと、エステルはヨシュアと約束した。レンの過去を知っているヨシュアはそう告げるしかなかった。最初はエステルが知ることすら嫌だったのだ。そういう汚い世界があることなんて見せたくなかったから。それでもエステルは受け止めて進んだ。それを今更止まるわけにはいかないだろうと告げたのだ。

 分かっていた。ヨシュアには、分かっていたことなのだ。エステルが迷うことも、その迷いによって選択がぶれることも。レンのいたあの場所がどういう意味を持つ場所なのかを理解していて彼はエステルに何度も覚悟を決めさせてきたのだから。そして、今更エステルが引き返さないことすらも。だからこそ発破をかけるためにエステルにそう告げたのだ。

 ヨシュアの言葉にエステルは目が醒めたようだった。涙をこらえるように眉を寄せ、口を真一文字に引き絞る。覚悟を決めなければならない。そうしなければ、また家族になりたいと願った人に逃げられてしまうかもしれないから。手ひどく裏切られる形ではあったが、エステルはアルシェムと『家族』でいたかったのだ。どんな形でも良い。もう一度家族に戻れたらと思っていた。もう戻れないのだと半ば直感してはいたが。故に、レンを逃がしたくないという思いもあった。向き合って欲しいのだ。辛い過去にも、辛いだけのことしかなかったわけじゃないと。逃げずに受け入れてほしい。エステルと、家族になることも。

 エステルは目を閉じて覚悟を決めた。

「……うん。受け止める。受け止めて――レンに、伝えたいの。レンが誰に愛されなくても、あたしたちが愛してあげるって」

「その意気だよ、エステル」

 エステルの覚悟を受けたヨシュアは微笑んだ。ヨシュアはエステルが覚悟を決めて前を見つめる表情が飛びぬけて好きだ。そしてそのまま前へと進める勇気も。ヨシュアが決して持ち得なかったものを、エステルから分けて貰えるような気がして。人形だった彼は、エステルを守る一人の人間に成ることをずっと前から選択しているのだから。

 ヨシュアの言葉に押されたエステルは、もう一つ宣言した。

「それと、ね。……あのバカに、もう一回会いたい」

「会ってどうするつもりだい、エステル。多分アルは戻ってこないと思うけど……」

 その宣言にヨシュアは渋面を作って応えた。ヨシュアはまだアルシェムを赦してはいないのだ。全てを騙し、逃げて行った義妹を。全てを救おうとしていたのに、感謝の一言も受け取ろうとしない彼女を。赦せるはずがなかった。アルシェムが法術でワイスマンの術を解いていてくれればエステルに死の覚悟をさせずに済んだというのもある。だが、それ以上に赦せないのは――恐らく、カリンもレオンハルトもアルシェムの従騎士だということだ。家族を従えるというのが赦せない。

 更にカリン達がそれを快諾しているらしいというのがヨシュアを苛立たせていた。それはつまり、弱みを握られて従っているわけではないと分かってしまっているからである。かつては憎んだ義妹に何故従えるのか。命を救われたからというだけで従うような人たちではないことをよく知っているだけに苛立つのだ。何故。ヨシュアは未だに答えを出せないでいる。

 だが、エステルは半ば答えを出しているようであった。

「戻ってくる来ないはどうでも良いのよ。ただ、事情を全部アルの口から聞きたいだけなの」

「そっか……」

 ヨシュアの気のない相槌もエステルには気にならなかった。何故アルシェムが星杯騎士――それも、守護騎士なのか。いつからそうなのか。本当にブライト家に潜入していたのは任務だったからという理由だけなのか。本当に――エステル達を、家族だとは思っていなかったのか。全ての疑問に答えてほしい。そうすれば、エステルはあっさりではないにせよアルシェムを責め立てるのは止めようと思っていたのだ。

「だから、エステルはアルの消息も気にしていたんだね」

「うん……全然集まらなかったけどね。ほんと、どこ行っちゃったんだか……」

 そう言ってエステルは生温くなったほうじ茶を呑み干した。因みにヨシュアの方は既に飲み終えており、後は代金を払うだけとなっている。話もひと段落したことであるし、ヨシュアは店から出ることにした。エステルもそれに気付いたのか財布を取り出そうとしている。ヨシュアはそれをおしとどめて会計をしに店員に声をかけるのだった。

 なお、会計終了時に値段確認票を渡されたヨシュアは、それとは別に二枚ほどの紙きれを渡されたのだがそれをエステルに悟らせることはなかった。そこには恥じらうエステルが串にわらびもちを刺して突き出している静止画とエステルがひやしあめを飲んでいる静止画が刻印されていた。つまりは隠し撮りであり、しれっとネガごと盗難していたヨシュアに店員が気付くのはそれから数時間後のことであった。

 それはさておき、エステル達は東方人街を一通り――エステルが食い倒れツアーをやっていたり屋台で射的などを楽しんだ――巡り、アルタイル市支部で挨拶を終えてから二人はクロスベルへと旅立っていったのであった。レンの真実を突き止めるために。そして、アルシェムから真実を引き出すために。

 だが、彼らは知る由もない。アルシェムが『ブライト』を名乗らなくなった時点でエステル達に何も語ろうとは思わなくなっていることを。『アルシェム・ブライト』を棄てた時点で、彼女は決めていたのだ。自らの道にエステル達を巻き込むことだけはしないと。口にも態度にも、それこそ心にも思ってはいないだろうが、本能の奥底ではアルシェムの答えは決まっているのだ。

 そのことを知ることもなく、エステル達がアルシェムに再会するのはそう遠い時ではなかった。




 ※盗撮は犯罪です。
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