雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
では、どうぞ。
時は少しばかり遡る。アルシェムがジョゼット達に捕縛されたちょうどそのころ、ロレントの遊撃士協会に駆け込む老人がいた。名はクラウス。ロレント市を治める市長である。クラウス市長は遊撃士協会に駆け込むなり混乱した様子でまくしたて、その場にいたシェラザードに諭されてゆっくりと事情を話した。
曰く、市長宅に強盗が入ったらしい。その場にいたシェラザードはエステルとヨシュアを伴って調査へと赴いた。その結果、盗まれていたのはエステル達が苦労して運搬したあの七耀石だった。シェラザードが事情聴取を、ヨシュアが七耀石の入っていた金庫とその金庫があった部屋を、エステルがそれ以外の場所を調査し、それぞれ情報を持ち寄って犯人について考察した。
犯人は複数。うち一人は小柄で女性の可能性があること。金庫の番号を知るために特殊な粉を使ったこと。狙いは七耀石のみでその他の者は荒らしただけで手を付けていないということ。保証書は金庫の裏に張り付けていたため、目に入らなくて無事だったこと。また、金庫のある部屋に出入りした人物はエステル達以外には一人しかいないこと。そして、エステルが見つけた葉っぱから、行先もしくは帰り道がミストヴァルトであるということが分かった。
「で、でも……あのジョゼットさんがこんなことするかな?」
「見た目に騙されちゃいけないよ、エステル。どんなに善良に見える人でも犯罪を犯すときは犯すんだ」
「ヨシュアの言う通りよ、エステル。とにかく、そのジョゼットって娘が今どこにいるか探しましょ」
シェラザードはそう言って手分けして調査するようエステル達に指示し、ヨシュアは空港へ、シェラザードはホテルへと向かった。エステルは道を歩いていた人達に情報を聞いていく。そして、やはりジョゼットはホテルからチェックアウトを終えて空港を使わずに脱出するつもりであることが分かった。目撃情報から、エリーズ街道方面へと向かったらしい。
シェラザードは遊撃士協会に駆け込み、エリーズ街道方面へと向かうことをアイナに伝えた。
「アイナ、あたし達は今からミストヴァルトに寄ってからボース方向に向かうわ。何かあったらリッジに全部回してやって」
「シェラザード、ミストヴァルトに向かうんだったらアルシェムの様子も見て来てほしいのだけど」
「……どういうこと、アイナ」
シェラザードは眉をひそめてアイナを見る。アイナは少し迷ったものの、それでも告げた。まだ夕方にはなっていないものの、少しばかり嫌な予感がしたからである。
「最近の手配魔獣が全部ミストヴァルトから出て来てる魔獣だったから、アルシェムに調査を任せたのよ」
「……マズイわね。もし魔獣じゃなくて盗人達がいたらいくらアルでも対処しきれないかもしれないわ」
「もし本当に犯人がミストヴァルトに逃げ込んでたら、ですけど……急ぎましょう、シェラさん」
シェラザードはヨシュアの言葉にうなずき、アイナを見てから遊撃士協会の外へと飛び出した。エステル達もそれに続き、やけに魔獣の少ないエリーズ街道を駆け抜けていく。
ふと、ヨシュアは足元の違和感に気付いた。いつもならば土を踏んでいる感触がするのだが、今足元に何か別のモノがあった気がしたのだ。それに次いでエステルもそれに気付いたようだ。
「シェラ姉、待って! これ……」
エステルは足元に会ったかすかに光る物体をつまみ上げた。それはネジだった。小形で、オーブメント細工等に使うアルシェム特製のネジである。シェラザードも気づいて足を止め、それを確認した。
「……アルに何かあったみたいね」
「シェラ姉、これ、あそこにもある!」
エステルが指さした先に、ネジはまっすぐ続いていた。シェラザードはそのネジを見失わないように追う。そして、ネジはやはりミストヴァルトへと続いていた。ついでに複数の人間が最近出入りした足跡も。
「間違いないわね。恐らく、ネジを見つけたあの時点でアルは捕まってるはずよ。そうじゃなければこんなにこの足跡が沈むわけがないもの」
「そんな……」
「多分アルなら大丈夫だとは思いますよ、シェラさん。恐らくわざとネジを零していったんでしょうし、アルが見た以上に味方がいる可能性があるんじゃないでしょうか」
「かも、知れないわね。とにかく、ここからは慎重に進むわよ」
エステルとヨシュアは静かにうなずき、シェラザードについて奥へと進み始めた。少なくとも、アルシェムはミストヴァルトの魔獣を駆除していたわけではないらしい。いつもよりも少しばかり強い魔獣に苦戦しながらエステル達は進んだ。
そして、エステル達はとうとう見つけた。後ろ手に縛られたアルシェムと、盗賊たちと思しき男達と、そしてジョゼットを。
エステルは咄嗟に飛び出そうとするがヨシュアに止められる。ヨシュアは小声でエステルに告げた。
「今はまだ駄目だ。隙を見ないと……」
エステルは歯を食いしばって頷いた。本当は今すぐに助けに行きたい。アルシェムはエステルにとって家族なのだ。だが、その当のアルシェムはといえば――
「ふーん、そーなんだ。大変だったね……それで《カプア一家》とか名乗りながら空賊やってたわけだ」
「あ、憐れむなってば! そ、それより今度はアンタのことを教えてよ」
談笑していた。それも、敵であるはずのジョゼットと。その光景にはシェラザードも頭を押さえている。一体何をやっているのだろう、アルシェムは。エステル達は心の中でそう思った。
そんなエステル達を放置して、アルシェムは言葉をつづけた。無論、そこにエステル達がいることに気付いているのである。
「わたしのこと? そんなこと聞いてもつまんないだけだよ」
「えー、不公平だよそれ!」
「だーめ、時間切れ。大人しく投降してくれない? 流石に情状酌量の余地はあるんだしさー……」
そう言いながら、アルシェムは振り返ってじっと背後を見つめた。ばっちり目が合ったヨシュアは顔をひきつらせながらシェラザードに判断を仰ぎ、シェラザードは溜息を吐きながらエステルを促す。
「時間切れって……」
「ごめんね、こっちが先に来ちゃった。もーちょっと後だと思ったんだけど……」
すっとアルシェムは立ち上がって縄を引きちぎり、慌ててナイフを構えようとした盗賊達を蹴り倒した。それを見てジョゼットは慌ててアルシェムから間を取る。すると、エステルとヨシュアが脇から飛び出してきた。
「何やってんのよ、アル!」
「や、だってあと何人いるか分かったもんじゃないし。それに、根っからの悪人でもなさそーだったから事情を聞いてたんだけど」
「アルだったら捕獲出来たんじゃないかな?」
ヨシュアが威圧感のある笑みでアルシェムを見た。アルシェムは肩をすくめてそれに応えた。普通にやれば確かに捕獲は出来たからである。しかし、それをしてしまえば背後にどれだけの組織がついているものか分かったものではない。最悪の場合、彼女らは尖兵でエレボニア帝国に命じられてテロ行為をしに来た可能性もあるのだ。よって、アルシェムは迂闊に動くことはしなかったのである。もっとも、彼女らはエレボニア帝国とは切れていそうだが。
ジョゼットはじりじりと後退し、アルシェムに蹴り飛ばされた盗賊たちも下がっていく。
「さて、ジョゼットさんや。もー一回聞くけど、投降する気は?」
「ないよ。捕まるんだったら皆一緒が良いしね」
「うん、わたしとしても一網打尽にしたいかな」
じりじりとアルシェムはジョゼットに近づいていく。シェラザードも同じように近づき、ヨシュアもいつでも飛び出せるようにスタンバイする。そして、場が膠着したその瞬間。
「……ありゃ、ダメか」
アルシェムは唐突にその場から後方へと下がった。次いでシェラザード達にも後退するように声を掛ける。
「機銃掃射されたくなかったら下がって、シェラさん達!」
「はぁ!? 今この状況で下がるの!?」
「待って下さい、シェラさん。この音は……」
ヨシュアもそれに気付いたようだ。次いで、エステルも。空気の動き方が変わったのだ。次第に風は強くなり、そしてその場には――
「乗れジョゼット! ロレント進出はお預けだ、ボースで面倒なことが起きた!」
「遅いよキール兄!」
緑色の小形飛空艇が現れた。その飛空艇から顔を出して叫んだ男は、ジョゼットと同じ髪の色をしていた。どうやら、ジョゼットの言葉にもあったように兄妹らしい。
アルシェムはそれを冷めた目で見ながら導力銃を飛空艇に向けた。
「ねー、キールさんとやら。投降する気はない?」
「あると思ってんのか?」
「だよねー……全く。飛空艇落とされるのと今ここで全員投降するの、どっちが良い?」
アルシェムは飛空艇の機銃に銃口を向けながらそう言った。キールはその意図に気付いたのだろう。全員が乗り終わったのを確認するや否や全速力で上空へとのがれた。
「待ちなさい……!」
「ちょっと、七耀石を返しなさーいっ!」
エステルが飛空艇に取り付こうとするが、もう遅い。飛空艇はそのまま飛び去って行ってしまった。アルシェムは苦笑しながらエステルに翠耀石を手渡した。
「エステル、はいあげる」
「アル、こんな時に……って、え?」
「ちょっとアンタ、これ……!」
エステルとシェラザードが信じられないものを見たかのような目でアルシェムを見るので、アルシェムは眼を明後日の方向に逸らしながらこう答えた。
「や、その、保証書がないから売れないよって言ったらいらないってさ」
もっとも、アルシェムが口に出さなかっただけで保証書を偽造する方法などいくらでもある。そこに気付かないあたりがジョゼットも悪人ではないのだろう。
アルシェムは呆然としているエステル達を放置して周囲の気配を探った。やはり、《カプア一家》以外の侵入者はいないようだ。稀に来ているであろう人間はそもそも生態系を壊さずに出入りしているためカウントに入れない。
それにしても、とアルシェムは思う。キールの言った面倒なこととは何だろう。ジョゼットの話では拠点はボースであっても何か重大事件を起こしてしまうようなことはやっていないはずだ。何かが起きたことだけは確かなのだろうが。
それから、アルシェムはシェラザードとエステルに絶賛怒られながら帰路についた。何故あの場所にいたのかも含めて、説明を交えながらである。ヨシュアは何も言わなかったものの、全力でアルシェムだけを威圧していたので怒っていることだけは確実だった。
エステル達はクラウス市長に七耀石を返しに行き、アルシェムは遊撃士協会へと向かった。流石にアルシェムが依頼されたわけでもないのに付いて行くのもどうかと思ったからである。決してこれ以上怒られたくないからという理由ではない。
「ただいまです、アイナさん」
「あら、お帰りなさい、アルシェム。案外早かったのね。シェラザード達に会わなかった?」
アイナの問いに、アルシェムはこう答えた。
「会ったというか……ちょっと助けてもらいました」
「どういうこと?」
アイナがいぶかしげな顔でそう問うので、アルシェムは簡単に説明を始めた。無論ジョゼットの事情についても、である。飛空艇のスペックまで明かした時には、アイナの顔は引き攣っていた。それでもアイナは百面相をしながら依頼の紙にその内容を書き留めていく。そして、丁度報告を終えたところでエステル達が遊撃士協会へと戻ってきた。
「ただいま、アイナさん!」
「お帰りなさい、エステル、ヨシュア、シェラザード。ちょうどアルシェムからの報告を聞いたところよ。貴女達からも教えて頂戴」
「分かったわ」
そして、エステル達も報告をはじめた。報告を聞き終えたアイナは少しばかり考え込む。それを見てシェラザードはアイナに言葉を掛けた。
「……アイナ、そんなに悩まなくても良いんじゃない?」
「……そうね、シェラザード」
アイナは受付のカウンターの下から紙を3枚取り出した。そして、そこにさらさらと文字を書き込んでいく。文字を書き終えたアイナは軽く咳払いをしてエステル達に向き直った。
「エステル、ヨシュア、アルシェム。これを受け取って頂戴」
「え……」
「これって」
エステル達は驚愕の目でその紙を見つめた。その紙の正体は正遊撃士資格推薦状。これをリベール王国支部全てで受け取れば正遊撃士になる権利が発生する。アルシェムはそれをゆっくりと受け取った。エステル達もそれに続いて受け取る。
「ええ、ロレント支部での正遊撃士資格推薦状よ。今回の事件でも活躍してくれたことだし、遊撃士として動いていくための基本は出来てるっていう判断ね」
「というよりアイナ、アルに任せた依頼なんて高位遊撃士にする依頼じゃないの。何考えてんのよ」
「貴女も忙しかったでしょう? それに、《氷刹》なら出来ると判断したの。ある意味では成功だったともいえるわね」
アイナの答えにシェラザードは頭を押さえた。アルシェムがアイナに依頼された手配魔獣の異変については本来シェラザードが受けるべき依頼だったのだ。その時はまだシェラザードの他の依頼にめどがついていなかったために回すことが出来なかったのだが、本来ならば何事にも優先されるべき依頼である。大型の魔獣が迷い込んできて生態系を壊しているのならばそれを退治し、犯罪の温床が出来つつあるのならばそれを排除する。それを準遊撃士に回さざるを得ないほど、ここ最近のロレント支部は忙しかったのである。
「……悪かったわね、アル」
「昔は結構似たよーなことやってたので問題ないですよ」
アルシェムはシェラザードの言葉をサラッと流してほかの地方に回ろうかどうか悩んでいるエステル達に声を掛けた。
「それで、エステル。他の地方に推薦状を取りに行きたいって?」
「うん、でもやっぱり父さんに相談しないといけないかなって」
「まー、ひと声かけたほーが良いんだろーけど……実は推薦状を貰えたらほかの地方回ってても良いって許可は取ってるんだ」
その言葉にエステルとヨシュアは眼を剥いた。何故行く前に自分達に告げていかなかったのか、とでも言いたげである。
「ええっ!?」
「カシウスさんが出る夜にたまたま起きたらそう言われたけど」
「……父さん、それで僕達に言うのを忘れてたんじゃ……」
エステル達は微妙な顔をして顔を見合わせた。流石に健忘症ではないだろうが、あり得る気がしたのだ。実際にアルシェムが聞いたのは深夜であるため、嘘は言っていない。
そうしてエステル達は相談の上他の地方へと足を向けることに決めた。しかし、王都グランセルに向かうかボースに向かうかで意見が割れた。エステルが王都を選択し、ヨシュアとアルシェムがボースを選択したのである。
エステル達がそれ以上の相談を始めようとした時だった。アイナの奥にある導力式通信機が鳴ったのは。アイナは受話器を取って通話し始める。
「はい、こちら遊撃士協会ロレント支部です。……ご無沙汰しております。本日はどのようなご用件で……ええっ!?」
アイナが唐突に声を上げた。それに気付いたヨシュアがエステルに声を潜めるようにとジェスチャーする。アルシェムは耳を澄ませて盗聴した。アイナの通話はなお続く。
「大変なことになりましたね……え? はい、先日から出張に出ておりますが……何ですって!?」
そう叫んだアイナの顔からは血の気が引いていた。どうやらとんでもない事件が起きたらしい、とアルシェムは思った。漏れ聞こえる限りでは定期船が行方不明で、なおかつカシウスが乗っていたということである。もしも本当に乗っていたのならば即座に解決していそうなものだが。
「し、失礼しました。にわかには信じられなかったものですから……はい、家族への連絡はこちらから。大丈夫です、本人達も遊撃士ですから」
アイナはそのまま二、三言葉を交わし、通話を終えた。タイミングを見計らってアルシェムがアイナに声を掛ける。
「何があったんですか?」
「……定期飛行船《リンデ号》がボース上空で消息を絶ったのよ。軍が大規模な捜索をしているそうだけど、まだ見つかっていないみたい」
そして、多少情報を付け加えた後アイナは告げた。
「それで、そのリンデ号にカシウスさんが乗っていたらしいの」
ボス戦→始まらない。
い、いや最初は頑張ろうと思ったのよ?
ただ、戦闘に出来なかっただけで。
では、また。