雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
あくる日。悪夢で飛び起きたために気分が悪いアルシェムは早朝からオーブメント細工を作って気を紛らわせていた。何かをしていれば気がまぎれるというのもあるのだが、今日に限っては少々いかれたオーブメントを作ろうと画策してのことだ。悪夢に影響されたともいえるのだが、備えあれば憂いなしである。アルシェムが作っていたのは、一度だけ強力な水属性の治癒アーツを掛けて自壊するオーブメントだ。必要になるかどうかは別にして、あって困るものではない。
それを組み上げたところで、階下で人が動き出す気配を感じた。本日の朝食の当番は確かエリィだったはず、と考えつつアルシェムは身支度を始めた。食事を終えればすぐに出られるようにするというのもあるが、何となくしっかり着替えておいた方がいいと思ったからだ。
定時になって階下に降り、先日の情報の共有をしつつロイド達と共に食事をとったアルシェムは入口の方に目を向ける。何となくの理由が分かったというべきなのか何というべきか、そこには来客があったのだ。さっさと後片付けを終わらせるためにアルシェムはエリィの手伝いに行った。
「……食器洗いのためのオーブメントを作るのも良いかな」
「アル、それ普通に作れると思えないんだけど……」
ポツリとつぶやいた言葉に突っ込みを入れられつつ洗い物を片付けたアルシェムとエリィは居間に戻った。すると、そこに見慣れない人物たちがいる。制服を見るに、どうやら警備隊員らしかった。更に階級章を見ると明らかに偉い人――うち一人がソーニャ・ベルツ副司令である――だったのでとにかくセルゲイに対応を投げようとしたのだが、先日の魔獣の件で来たようなのでとにかく居間で話を聞くことになった。
そこで聞かされたのは、ある意味不自然な言葉。クロスベル警備隊は魔獣被害に遭っているはずのマインツ鉱山町から撤退し通常業務に戻るというのだ。司令からの命令であるため、ソーニャが逆らえるわけもない。一応異議申し立てはしたようなのだが、一度魔獣被害があってから日が経っているのに襲われていないことから撤退を決めたと答えられたそうだ。
明らかに圧力がかかっていると分かったロイド達はそれぞれ顔をしかめた。情報を共有して分かったことはと言えば、アルモリカ村と聖ウルスラ医科大学を襲った魔獣はそれぞれ別の魔獣だったということと、医科大学を襲った方は訓練された魔獣である可能性があるということだ。そしてこのタイミングでの警備隊の撤退ともなれば、《ルバーチェ》からの圧力がかかったと見られてもおかしくない。
ロイドはソーニャにこれまでの経緯をまとめて報告した。
「……というわけなんです」
「なるほどね。……出来るだけ協力はするつもりだけど、撤退命令に反することは出来ないことだけは覚えておいて頂戴」
ソーニャの答えにロイドは緊急時であるということを告げれば動かせると判断した。撤退命令に反して残留することは出来なくとも、緊急要請を断れるわけがないのだ。特にロイド達は《ENIGMA》で連絡できるのだから。
と、そこで傍に控えていた女性士官のうち黒髪の女性の方が口を挟んだ。
「副司令、アタシを休暇ってことにして返り討ちにしに行っちゃだめですか?」
「駄目よ。そもそも休暇の申請なんて出していないでしょうコルティア軍曹……」
ソーニャは頭を押さえた。入隊して以来めきめきと頭角を現して出世してきた彼女はたまにこうして無茶なことを言う。確かに彼女の力量で出来ないこともないのだろうと思えるのだが、実際にやらせられるかと言われればそれは否なわけだ。何故なら、彼女が懲戒免職の対象になりかねないから。今はまだ彼女を手放すわけにはいかないのである。
ソーニャに窘められているその黒髪の女性を、アルシェムは嫌というほど知っていた。『コルティア』と呼ばれているものの、彼女の本名ではないことも。何故なら、彼女はアルシェムの従騎士リオ・オフティシアなのだから。昨年の帝国遊撃士協会襲撃事件で有名になってしまったために偽名を使うよう指示したのもアルシェムなのだから知っていて当然だ。
ロイド達がいぶかしげにリオを見ていることに気付いたソーニャはリオ達――もう一人桃色の髪の士官がいる――を紹介した。
「そういえばまだ紹介していなかったわね。黒髪の方がリオ・コルティア軍曹。それでもう一人の方がノエル・シーカー曹長よ」
ソーニャの言葉を聞いたリオとノエルはびっと敬礼してロイド達に挨拶をした。何となく軍隊的なのだが、生憎クロスベル警備隊は軍隊ではない。軍隊式の階級があろうが、ライフルやスタンハルバードを制式採用していようが、彼女らはあくまで警備隊なのである。宗主国だと主張するエレボニアとカルバードによってクロスベルは軍隊を持てないことになっているのだから。
それはともかく、敬礼して自らの名と階級を名乗ったリオ達に――もとい、ノエルに声を掛けた人物がいた。ロイドだ。
「えっと、シーカー曹長ってもしかして……フランの?」
「ああ、いつも妹がお世話になっています」
若干照れたようにノエルはそう返すと、少しばかり世間話に花を咲かせた。それにきりがついたところでロイドがまとめていたらしい調書をソーニャに手渡す。それを横から覗き見ながら、うら若き警備隊員たちはその顔に似合わぬ物騒なことを呟いていたりもしたが些細なことだ。重要なのは、警備隊員と情報を共有できたというその一点のみなのだから。調書の内容に満足したソーニャ達は、ロイドに礼を言うとその場から去って行った。
それを見送ってから本日の行動を決めるべくロイドがティオに声をかける。いつの間にか端末係と化していた――アルシェムが触ると勝手に改造される恐れがあるとティオから止められているためアルシェムが触ることはほぼない――ティオは、端末を弄って支援要請を表示させてロイドにその説明を始める。本日の支援要請は裏通りのイメルダ夫人から廃アパートの魔獣駆除要請とマインツ山道にいる手配魔獣の駆除要請だ。
ロイドは皆に告げる。
「じゃあ、今日は手分けしないで行こう。手配魔獣はマインツに行く途中に退治すればいいだろうから」
それに皆が返事をすると、それぞれ忘れ物がないかだけチェックして支援課ビルを出た。そして向かう先は、裏通りに住むイメルダの営む店。一応真っ当なものを取り揃えてはいるのだが、立地が立地だけに色々と疑いを掛けたくなる店だ。何せ、《ルバーチェ》所有の建物のすぐ近くなのだ。これでもし《ルバーチェ》と関わっていてアーティファクトなんかを扱っているようならば少々痛い目に遭わせなくてはならない人物だった。
そのアルシェムの心配はある意味当たることになる。ただし――別の方向で、だが。
「……あー……そーいや、そーだっけ……」
アルシェムの視線の先にあったのは、一見人間と見紛うほどの精緻な人形だった。かつて似たようなものを使った人物を知っている身としては、その作り手が誰なのかを意識せざるを得ない。それに――何より、アルシェムはその人形の制作者のことをよく知っていた。人形にかける情熱も、あの場所にいるにしてはある意味マトモであることも。
アルシェムの視線を追ったエリィはそこの人形を見て目の色を変え、呆然と呟いた。
「嘘……これって、まさかローゼンベルグ製なんじゃ……」
ローゼンベルグ。表の人間にとっては、精巧な人形を作る人形師。しかし、一部の裏の人間にとっては違う。《十三工房》の一角の主、ヨルグ・ローゼンベルグは《身喰らう蛇》の技師だ。あの《パテル=マテル》とそれに類するゴルディアス級人形兵器の開発者であり、多くの人形兵器のひな型を作り上げた人物。そして、アルシェムにとっては祖父のような人物だった。あの少女にとっても。
依頼の話をするイメルダの顔を見ながら、アルシェムは鞄の中に入れてあるレコーダーを握りしめた。あの少女――レンが、安全な場所に身を寄せているとするならば彼の住む場所でしかありえないのだ。それでなくともクロスベルは様々な意味での緩衝地帯となっている。アルシェムやリオが星杯騎士として教会のシスターとなれなかったのは、かつてこの場で星杯騎士が失態を犯したからだ。
それに、《身喰らう蛇》にとってもわざわざ情報の流れやすいこのスパイ天国のクロスベルに大きな拠点を設ける意味がない。何かしらに手出しをすれば無駄に名が売れてしまうのだ、クロスベルでは。情報の広がる範囲を押さえるという意味でも、クロスベルでの行動は避けていることが多かった。逆説的に言えば、だからこそヨルグはここに拠点を設けていると言っていい。《身喰らう蛇》から距離を置きたい構成員にとっては、クロスベルはある意味安住の地だった。
そんな考え事をしているうちに、アルシェムは旧市街の廃アパートまで来てしまっていた。どうやら話が終わった後も生返事をしながら動いていたようだ。途中で誰かが離れて行った――東通りでみっしぃというキャラクターの人形が欲しいとだだをこねる子供にカジノの景品を取ってくるという一幕があった――らしいのだが、アルシェムは全く意識せずティオの後ろをついて歩いていたようだ。
呆けていてもやることはやっている。一度我に返った後ももう一度思案に没入してしまったアルシェムは、廃アパートの損害を出さないようにしながら魔獣退治にいそしんでいたようだ。会話にも一応参加していたようで誰にも不審がられることはなかった。
廃アパートの魔獣退治は、途中ヴァルドが乱入してくるというハプニングがありつつも無事に終わった。一度休憩がてら昼食をとることになり、港湾区の屋台で五人そろってラーメンをすすってからマインツへと向かう。一瞬だけエリィが、これって作法はどうなってるのかしら、などと言っていたが気楽に喰えと言われて気恥ずかしそうにすすっているという一面もあったがそれはどうでも良いことだろう。
山道に出てマインツに向かう一行は、分岐点にあるバス停で一度立ち止まった。マインツは左だと書かれているのだが、未だに手配魔獣に遭遇していないのだ。分岐を右に行く道は明らかに急こう配なのだが、市民の安全のために行かないという選択肢はない。
一行は、案の定右の分岐にいた手配魔獣を狩ってから行けるところまで進む。そこに何があるのかを知っているのは、この場ではアルシェムだけだった。
「――ローゼンベルグ工房、か」
「ええっ、ここが……!?」
アルシェムが思わず漏らした言葉にエリィが驚愕の声を上げる。エリィのような乙女にとって、ローゼンベルグ製の人形は憧れなのだ。特にエリィの友人は好んでその人形を集めているらしい。つまりは金持ちということなのだが、いずれ知ることになるのだろうから今はそこには触れないでおく。
それよりもアルシェムが求めているのは、この場にいるはずの人間だ。故に、アルシェムは声を発した。
「いるの?」
誰に向けられたか分からない問いに、ロイド達は眉をひそめた。もしも彼女が指している人物がマイスター・ローゼンベルグであるならば彼女は彼と面識があることになる。そうでないなら、この場所に一体誰が存在するというのだろうか。
その答えは、近くの茂みからもたらされた。
「いるわよ。どういうつもりでアルがここに来たのかは知らないけど、おじいさんなら今はいないわ」
「レンに渡すものがあって来ただけなんだけどね、わたしは。一応職務はあるけどわたしの口からこの場所について語るのもどうかと思ったから黙ってた」
「あら、何を持ってきてくれたのかしら?」
少女は――レンは、くすくすと笑いながらそう返した。ロイド達は老人ではなく少女が出てきたこととアルシェムがその少女を知っていたことに対して驚愕し、硬直している。因みにティオはレンがここにいることは知らなかっただけなので硬直とまではいかないのだが、空気を読んで何も話さずにいた。
そんな中、アルシェムはレンに向けて何らかのオーブメントを手渡した。
「……これは?」
「録音機。内容は今ここでは言わないけど……聞いても聞かなくても、レンの自由だよ」
手渡されたものの正体を問うたレンは、そう返されて目を見開いた。アルシェムから録音した物体を渡されて、それに録音されているものが一体何なのかなどレンには一瞬に推理できてしまったからだ。そして、もしもそこにレンの知りたくないことが録音されているとしたら、そもそもレンに手渡したりしない。アルシェムならば間違いなく隠匿するだろうということも分かっていた。
故に――レンは理解する。ここに録音されていることは真実なのだ。少なくとも、話者同士にとっては。そして、アルシェムはレンがそれを聞くことを望んでいる。その理由だけが分からずにレンは眉を寄せた。
黙考――後に、レンは疑問を吐き出した。
「どうして、アルが……?」
「どうやって、とは聞かないんだね。まあいいけど……ただのエゴだよ。こうすればわたしの気が済むだけだから」
「……そう」
アルシェムの言葉に、レンにはもう返す言葉がなかった。きっとアルシェムは気づいていないのだ。それに気付いて貰いたいとレンが思っていたとしても、アルシェムは恐らく認めない。あの時でさえアルシェムは肯定の言葉を吐かなかったのだ。いずれ、それでアルシェムが破綻する時が来るとレンは分かっていてなお言葉を出さない。それは、アルシェム自身が気付くべきことだから。
レンはロイド達にヨルグがしばらく戻ってこないことを告げ、工房の中へと入って行った。それを見送ったロイド達は、複雑そうな顔をしながら工房を後にするしかない。ここにいても何も出来ることはなく、やるべきことがこの先にあるのだから。
だが、ランディはどうしても気になることがあってアルシェムに問うた。
「アル。お前、あの子は――」
「昔の仲間みたいなもんだよ。この答えで満足? ランディ」
「……そうか」
アルシェムの答えにランディは複雑そうな顔をして黙り込んだ。ランディには分かっていたのだ。レンと呼ばれた少女が只者ではないということも。そもそもアルシェムは警察にいるべき人物ではないことにも。仲間という言葉で更に絞り込めた。裏に関わっていたというのはあの時セルゲイに向けた殺気でもう十分すぎる程に分かっている。聖ウルスラ医科大学で見せた結論もそれを助長している。だが、今の質問で更に絞り込むことが出来た。
アルシェムはきっと、猟兵団ではない犯罪組織の一員だったのだ。ランディはそう結論づけた。そうでなければ今までみせた異様な実力が理解出来なくなる。それらしい噂は聞いたことがなかったのだが、あの少女の方から探ることは出来るのだ。何となくピックアップできる実力者は何人か知っている。それで絞り込めば、アルシェムが何らかの理由でスパイ活動をしているかも知れないという可能性を探れるのだ。
それぞれが何かしら考え込みながら分岐まで戻って来た時だった。アルシェムとティオがバッと顔を上げて分岐の左に鋭い視線を向けた。
「ティオ、今の」
「ええ、狼の遠吠え――このトンネル道を抜けた先です」
その会話にロイド達の意識が一気に引き締まった。狼。つまりそれは、今までの魔獣被害の被疑者でもあるのだ。何故か今回は先行しないアルシェムと共に一行はトンネル道を抜けることに専念した。途中の魔獣はほぼ無視である。襲い掛かってきそうな魔獣だけアルシェムとエリィが撃ち抜いて威嚇するだけで、魔獣は逃げて行った。どうやら何かにおびえているようだ。
そして――トンネル道を抜けた先には。
「――ッ!」
「白い、狼――!」
白い狼が、悠然と佇んでいた。白いと言っても全てが白いわけではなく、所々に碧い毛並みが混じっている。どこか知性を感じさせる瞳をロイド達に向けながら、狼は声を上げる。
その瞬間、アルシェムの耳には渋い男声が滑り込んできた。警戒する必要はない、我はここに真実と謝罪を告げに来たのだ。その声にアルシェムの記憶が刺激される。知っているはずがないのに、知っている。見下ろしていたのだろうか。それとも乗せられていたのだろうか。どちらにせよ、アルシェムはその声の主を知っていた。今まで生きて来て一度も見たことがないというのに。
だから、だろうか。アルシェムが狼への対応を冷たくしたのは。
「アルモリカ村の件なら自分で行って謝罪してきたら? 取り敢えずわたしは大体分かっているからロイド達に言っときたいって言うなら好きにすればいーし」
「あ、アル……?」
狼狽したロイドから声を掛けられるアルシェムだったが、彼女はそれに反応することはなかった。何故なら狼が再び鳴き声を発したからだ。貴女様がそうおっしゃるのならば従います、という声に変換されたその鳴き声にアルシェムはあからさまに顔を歪める。それはアルシェムが今最も聞きたくない言葉だったからだ。
その顔のまま硬直したアルシェムにロイド達は怪訝そうな顔をしていたが、ティオも会話が分かっている風情だったので通訳を頼んで狼と話を始めた。はた目に見ればとてもシュールな絵面なのだろうが、会話してしまった以上いきなり無力化するという手段も取れないのだ。意志が通じるのならば、事情が聴けるだろうから。事情如何によっては殺処分もあり得るのだろうが、話を聞いている限りではそうはならなさそうである。
なぜなら狼はこう語ったからだ。アルモリカ村では同胞が腹を空かせて農作物を頂戴したが、聖ウルスラ医科大学へは赴いていないと。そして、恐らく次の事件はこの先で起きると。
その話を聞き終えてようやく硬直から快復したアルシェムは、狼に協力を要請してその場に放置し、ロイド達と共にマインツ鉱山町へと向かった。狼を連れて街に入ることなど出来るはずもないからだ。狼を手懐けたことでロイド達からは大いに引かれたのだが、それは言うまでもないだろう。途中でアルシェムがどこかを睨みつけていたような気もするが一瞬であったためにロイド達は気づいてはいない。
マインツに辿り着いた一行は少々すれ違いがありつつも町長と話をし、《ルバーチェ》からの圧力があったことを知らされつつ町民たちへの事情聴取の許可を得た。事情を聴き、作戦を立てる。その作戦が決まったのは、夕方になってからだった。
かくして彼らは、魔都の壁に挑む――