雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧169話のリメイクです。
 おかげさまでお気に入り件数が100を越えました(二話くらい前に)。これを励みに……

 創立記念祭以降書きます(2018/4/10現在、まだ零のインターミッション書いてる)。


~銀の月、金の太陽~
忍び寄る悪夢の陰


 神狼ツァイトが特務支援課に警察犬として受け入れられてからしばらくが経った。正直に言ってツァイトが警察犬として認められるとは思っていなかった――そもそもツァイトは犬ではなく紛うことなき狼である――アルシェムは、そんな彼の様子を見ながら複雑な思いを抱えていた。鉱山街マインツでツァイトから告げられた言葉がしばらく日数が経った今でも耳にこびりついて離れないのである。

 そんな中、特務支援課という部署は既にクロスベル市民からなくても構わない存在からあってくれた方がうれしい存在にクラスチェンジしていた。それに一役買っているのがツァイトだというのだから始末に負えない。警察犬としてのツァイトは文句なしに優秀であり、それ以上に動物の好きな子供達の遊び相手として着目されたのだ。その火付け役は誰あろうグレイスであり、クロスベルタイムズである。

 警察署内でもむやみやたらと煙たがる傾向は薄れてきており、最早表だって特務支援課に苦々しい言葉を告げて来るのは副署長のみだ。一課の刑事も内心では苦々しくは思っているだろうがほとんどの人間がそれを顔に出すことはない。二課に至っては最早なくてはならないお手伝いさん的存在になっている。軽犯罪等を取り締まるのに特務支援課の見回りが欠かせなくなっているのである。

 そんなある日。特務支援課の端末に珍しい支援要請が寄せられた。一つ目は新アーツの効果確認。エプスタイン財団が中央区のオーブメント工房《ゲンテン》を通じて出してきている依頼であり、些細なバグによって組めてしまったアーツの効果を確認してほしいとのことである。二つ目は警備隊の演習。言わずもがなクロスベル警備隊からの依頼であり、特務支援課の全員とタングラム門の警備隊員とで演習を行いたいそうだ。

 それ以外にもアルモリカ古道の私有地に魔獣が出没しているという依頼があったため、今日に限っては手分けして動くのを止めた。経路を考えればむしろ手分けする方が非効率的なのである。タングラム門に着くまでに少々時間がかかってしまうかもしれないが、状況報告のためにアルモリカ村に寄ることを考えればむしろバスを使えるだけ効率的ともいえるかもしれない。

 ロイド達はオーブメント工房に寄ってアーツの説明をしてくれたロイドの幼馴染ウェンディとの関係をからかいつつアルモリカ古道へと向かう東クロスベル街道へと足を踏み入れた。

 そのまま街道を走りはじめようとするアルシェムにロイドは声をかけた。

「……流石に、時間が押すと問題だから今日はバスを使うからな?」

 アルシェムにとってはさして時間がかからぬことではあるのだが、ロイド達が同じスピードでついて来られないことはアルシェムにも分かっていた。何度もやらかしたらそれはもう弁えるしかなくなるだろう。ただ、最近は手配魔獣があまり出没していなかったためにストレス解消が出来ていないのも確かである。生き物の命を奪っておきながらストレス解消だと称するのはあまりにも失礼なことなのだろうが、アルシェムがそこを気にしたことはない。

 溜息とともに憂鬱な気持ちを吐き出すアルシェム。

「まー、そうなるよねー……折角のストレス解消が……」

「は、はは……」

 ある意味ブラックな発言にはランディでさえ苦笑するしかない。大人しく来たバスに乗り込んだ一行は、アルモリカ村へと赴いて村長からアルモリカ古道の私有地の鍵を預かった。その私有地は少々アルモリカ村から離れるらしい。そこに辿り着いたアルシェムは何故こんな場所に私有地を持っているのかと激しく問い詰めたいところだったのだが、湧いている魔獣の数を見て目を細めた。

 そして、ロイドに向かって告げる。

「中の魔獣、街道に向かって投げるから後始末ヨロシク」

「えっ」

 ロイド達がその意味を計りかねている間に、アルシェムは私有地の扉の鍵を開けて内部に侵入した。そして――宣言通り、投げた。比喩でもなんでもない。ただそこにいる魔獣を棒術具で絡め取って遠心力を利用し、街道へと叩きつけているのである。一応アルシェムとしては私有地の持ち主に気を遣っているつもりだ。中で魔獣を殺せば、魔獣の体内に含まれている微粒子レベルの七耀石の影響でその土地に悪影響が出ないとも限らないためだ。

 とにもかくにも普段のストレス解消にと魔獣を絡め取って投げる様はとても一介の警察官には見えなかったそうである。後にアルシェムはそう聞いたのだが、むしろただの警察官ではないことは既に知れ渡っているのでどうでも良いと思っていた。既に知名度だけで見ればロイド達以上なのだ。主にエステル達がグレイスの取材の時にばらしてくれたおかげで。いい迷惑である。

 その他もろもろのイライラを魔獣を叩きつけるという行為で晴らしたアルシェムは、全力で複雑な顔をしているロイド達と共にアルモリカ村まで戻って村長に魔獣を退治し終えたことを報告し、バスを待つ間に昼食をとっておいた。この後は、肉体的にはほぼ疲労していないとはいえ警備隊員との演習なのだ。しっかりと腹ごしらえをして準備をするのは当然である。

 そうして準備を終えた一行は、アルモリカ村からバスに乗ってタングラム門へと向かった。道中の魔獣は今回に限り完全無視である。そうでもしなければ時間がなくなってしまうからだ。最終的に歩きながら帰るだけの余裕があるかどうかも分かっていないため、体力を温存するに越したことはない。タングラム門に辿り着いてから、彼らはその予測が正しかったことを知るのである。

 というのも――

「じゃ、シーカー曹長、コルティア軍曹、警備を最低限残して皆を集めていらっしゃい。ああ、貴女達は絶対に参加するように」

「はーい、了解でっす副司令」

 ソーニャに言われたリオはその場から駆け出し、瞬く間に五十人弱の隊員を連れて帰ってきたのである。この人数を相手に演習を行うという時点で持久力でもつけろと言われているような気分になるのも当然だろう。特務支援課側には代えの人材などいないのだから。顔をひきつらせたロイド達は、処刑場に連れ出される囚人の如くタングラム門前の広場に引き出されたのであった。

 乾いた笑いを抑えきれずにロイドが零す。

「は、はは……冗談じゃないよな?」

「目の錯覚じゃないわよね……?」

 エリィも同じく遠い目をしていたのだが、彼らの心配は杞憂に終わるだろう。というのも――特務支援課にはランディがいるからだ。すこぶるやる気になっているランディは不敵に笑いながら警備隊員たちを見据えており、視線だけで彼らを委縮させていた。ついでにあまりやる気のなかったアルシェムもリオに挑発されて多少はやる気になっている。久々に歯ごたえのある相手――無論リオのことだ――と戦えるので、本当に多少ではあるが高揚している。

 ソーニャは隊員たちを半分に分け、リオに指示を出した。

「じゃ、貴女達のグループから始めなさいコルティア軍曹」

「了解です副司令。シーカー曹長合図お願い」

 リオはそう言ってランディを見た。まずこの場で知っておくべき戦力はランディ――もとい、『ランドルフ・オルランド』だったからだ。彼が特務支援課に異動になる以前には模擬戦の機会がなかったのである。アルシェムの実力については知らないわけではないので後回しだ。それに、今日は指揮官扱いで演習に参加するため、彼女が扱うのは法剣の代替のスタンハルバードではなくライフルなのだ。油断は全く以てできなかった。

 そして、ノエルからの合図が発される。

「では、始め!」

「A隊はランディに、B隊はロイドに集中! C隊は後衛を落として!」

 ノエルの合図を聞いた瞬間にリオはそう叫んでいた。最初から決めていたことである。A隊を犠牲にして、ランディを足止めする。B隊にはロイドを早々に落として貰ってA隊に合流する。そして、C隊は後衛を二人落とした段階で相手の前衛二人のうち消耗している方を叩くと。このうち、落とされる後衛はエリィとティオであろうことは想像に難くはない。アルシェムを落とせるような練度の警備隊員は最早一般人ではないのである。

 そうして、一番最初に削り切られたのはロイドだった。流石に一対八は辛かったらしい。ただし相手の警備隊員を六人戦闘不能まで追い込んでいるので――今回の模擬戦のルールには戦闘不能状態から戦線に復帰しない旨が盛り込まれている――そこそこ頑張った方だともいえるだろう。飛び道具から後衛を守っているという事情もある。何よりも今回に限って新アーツの実験をアルシェムに頼んだことにより前衛が足りていないのだ。もっとも、アルシェムはまだその新アーツを使ってはいないのだが。

「ごめん、皆……!」

「やっぱり火力不足になっちゃうか。うーん……やっぱ手配魔獣系も回した方がよさそーだよね、これ」

 頽れるロイドを見ながらアルシェムはそう零し、しかし前衛に回ることはない。誰かから言われない限りは自重しようと勝手に自分ルールを敷いたからだ。その場で導力銃を撃ち続けつつこれは負けるかな、と内心嘯いている。ロイドが六人減らしたとはいえ今アルシェム達が対峙している警備隊員は十五名を超えているのだ。なりふり構わないのであれば一瞬で終わるのだが、ここは敢えて苦戦しておいた方がよさそうである。主にロイド達の成長のためにだが。

 大勢がランディに群がる中、援護の手も次第に追いつかなくなっていく。ティオが回復に回り、エリィが補助を掛けつつ隙あらば高位攻撃アーツを叩き込んでいるのに、だ。警備隊員の数を恃んだ回復にはやはり勝てない。それでも地道に警備隊員を一撃で戦闘不能にしていくあたり、どうやらランディも多少は本気を出し始めたようである。

 だがジリ貧なことに変わりはない。それに痺れを切らしたエリィがアルシェムに声を掛けた。

「アル、お願い!」

「突っ込めってこと? あーはいはい。仕方ないなー……ホロウスフィア」

 エリィの非難がましい視線を一身に受けつつアルシェムは新アーツ――ホロウスフィアという名のアーツで、隠密の効果がある――を唱えて一番外側の警備隊員を投げ飛ばした。動きを見せた瞬間に肉体が色を取り戻すのを見たアルシェムは眉をしかめつつ近くにいたもう一人の警備隊員を無力化する。

 その様子を見たランディが機を待っていたと言わんばかりにスタンハルバードを振り下ろして吼えた。

「反撃開始だッ! アル、テメェ後で覚えとけよ……?」

「はっはっはっはっは、マジかよやだなー……」

 アルシェムはランディの言葉に顔をひきつらせて近くにいた警備隊員を弾き飛ばした。ついでにその警備隊員で別の隊員を薙ぎ倒すという芸当を始めたアルシェムにライフルが向けられる。

 そのライフルの持ち主はリオだった。

「やっぱ二人はきついって……!」

「ま、確かにきついだろーね。頑張ってー」

「アルシェムさん絶対倒す」

 アルシェムが他人事のようにリオをからかってみれば、彼女はいとも簡単に平静を失った――ように見せた。本人はいたって冷静であるが、ただの模擬戦如きが夜が明けても終わらないなどという状況が出来上がってもらっては困るのだ。リオにとっても、アルシェムにとっても。もっとも、そういう状況が起こるのはアルシェムが積極的に攻撃に加わらないことが条件だが。

 そして、結果は――

「えっと、特務支援課の皆さんの勝ち、です」

 ランディとアルシェムでリオの動きを完封して終わらせた。その他の警備隊員はリオを押さえている間にエリィ達に任せたので随分苦戦したようだ。援護のエリィが落とされたところで、苦肉の策に出たティオが魔導杖で警備隊員をぶん殴るという奇策を繰り出してなんとか全滅させられたらしい。最早泥仕合としか言えない様相に、ソーニャはあきれ果てていた。

 それを後目に、ランディはアルシェムに問う。

「どういうつもりだ?」

「積極的に前衛に行かなかったこと? それとも、新アーツを使うまで前衛に加わろうともしなかったこと?」

「どっちもだ。足りないのは分かってたろ?」

 ランディの目は厳しい。だが、アルシェムは溜息をついて肩をすくめた。彼の言っていることは最初から分かっていたが、ずっと頼りきりでいられても困るのだ。いつまでアルシェムが特務支援課にいて良いのか分からない以上、頼られっぱなしでは後が怖い。彼女が抜けた直後に連携不足で全滅と言われた日には寝覚めが悪すぎるのだ。

 故に、アルシェムはこう返す。

「分かってたけどさ。これは模擬戦だよ? 本気になる必要もないし、死ぬ可能性も低い。なら試したって問題ないでしょ。もしわたしが外してる時に大人数と応戦する羽目になったらどうなるのかっていうのは、さ」

「……まあ、鍛え直した方が良いかもなってのは分かるけどな……次は真面目にやれよ?」

「分かった」

 真面目に手を抜いてやる、という言葉を省いてそう応えたアルシェムは、新アーツのテストは終わったことにして前衛に回った。次に相手をするのは残ったもう半分と指揮官ノエルである。手を抜いてやらないと本当に一瞬で終わってしまうあたり、練度の差が分かるだろう。終わるのは無論ノエルたち警備隊員の方であるが。

 警備隊員とロイド達の回復を終えると、ソーニャはリオに指示を出して合図を出させた。

「じゃ、始め!」

 リオの合図で、今度こそアルシェムが飛び出した。前衛はロイドとランディ、そしてアルシェム。後衛はエリィとティオ。いつも通りの編成である。ただし、今回のアルシェムは早く終わらせるために得物を変えていた。先ほどまでの導力銃ではなく、棒術具を取り出していたのである。大勢を鎮圧するには攻撃範囲に複数人巻きこめる棒術具の方が効率が良いのだ。

 あまり手の内を見せず、なおかつ早く終わらせるためにアルシェムは敢えて分断される道を選ぶ。

「先に後衛片付けて来る」

「えっ」

 アルシェムの言葉に思わず振り向いてしまったロイドは、背後から迫ってくるスタンハルバードの一撃を喰らいそうになりながら彼女を見送った。見送ることしか出来なかった、というのが正しい。彼女に追随しようとしても、ロイドには一瞬で周囲の警備隊員を沈黙させられる技術はないのである。そして、ランディはそれを当然のように見送ることすらしなかった。アルシェムならばそれが出来ると分かっているからだ。

 飛び出したことによって一斉に狙われたアルシェムは、しかしぬるぬると動きながらライフルから放たれる銃弾を避けていく。そして、一番近くにいた警備隊員からライフルを蹴り飛ばして無力化していく。武装解除してからの容赦ない一撃――どこを狙っているのかは敢えて明言しない――を受けた警備隊員たちは悶絶して倒れ込んでいく。

 それに気付いていて対応が遅れたノエルは、歯噛みしながらアルシェムに導力機関銃を向けた。

「くっ……!」

「遅い」

 思ったよりも正確に飛んでくる弾丸を避けつつ、アルシェムはノエルの懐に入り込んで鳩尾に一撃を入れ、ついでに首筋にも一撃叩き込んで気絶させておいた。無論武装解除も忘れない。そして、後衛を片付け終えたアルシェムはそのまま反転して警備隊員たちを挟み撃ちにしていくのだった。

 その結果、模擬戦は第二戦も勝利した。先ほどとは違って危険な場面すらない。それを見たソーニャは、渋面をつくりながら考え込んだ。確かにリオやノエルは逸材である。単独でも遊撃士に勝るかも知れない人材だ。だが、アルシェムも同じ――否、それ以上に強い。本当の意味での本気を出していないランディだけならばともかく、アルシェムがいると模擬戦としての体裁すら成り立たないのだ。

 故に、模擬戦の第三戦としてソーニャが提案したのはアルシェムを除いた特務支援課の面々と指揮官のいない警備隊員たちとの模擬戦だった。

「――どうかしら、バニングス捜査官?」

「え、えっと……ちょっと無理があるような気がするんですが……」

「……さっきまでの模擬戦に勝てたのは、彼女の力に頼り切りだからよ。彼女の力抜きで、貴男達がどこまでできるか見てみたいの」

 ソーニャの言葉に不快感を覚えた一同は、その模擬戦を受けた。アルシェムの力だけでやってきたわけではないことを証明したくなったのだ。ソーニャはそれを見越して挑発していたのだが、ロイドとエリィはそれに気付かずに受けている。ティオにしてみればどちらでも良いしこの場合指示を出すのは後方から全てを見渡せる自分がやるべきだと思っていた。ランディはどこまで足手纏いを守り切って勝てるかなどと考えている。

 そして模擬戦を始めて――終わった。もう筆舌に尽くしがたいほどの泥仕合になったその模擬戦は、最終的にロイド達の勝利で終わった。もっとも、立っていたのはランディだけだったのだが。いくら鍛え始めたからと言っても、もともと戦闘になれている人間ではないエリィが一番最初に沈み、ロイドは途中までティオの援護に助けられつつも一歩及ばず。ティオも最後は魔導杖を振り回して応戦していたものの、応戦かランディの回復かの二択で迷った結果倒された。

 そして、ボロボロになりながらもなんとか全戦全勝で模擬戦を終えたロイド達は、休憩所で軽く休憩を入れてからタングラム門を後にするのだった。

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