雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は旧16話半ば~17話までのリメイクとなります。

では、どうぞ。


前向き=エステル

 アイナから衝撃的な言葉を告げられたエステル達は、アルシェムを除きブライト家へと帰宅した。アルシェムはというと、アイナの頼みにより七耀教会へと赴くことになったのだ。七耀教会へ入ったアルシェムはデバイン教区長に声を掛け、とある人物を連れ出した。言わずもがな、シスター・メル・コルティアである。

 アルシェムはメルと連れ立って遊撃士協会へと戻ると、アイナがメルにこう告げた。

「落ち着いて聞いてくださいね、メル先生。……ご親戚のシスター・リオ・オフティシアさんが行方不明の定期船《リンデ号》に乗っていた可能性があります」

「……え、と、それは……定期船と一緒に行方不明、ということですか」

 メルは案外落ち着いていた。というのも、事前に説明を受けていたからである。リオはまずカシウスと一緒にルーアンに降り立ち、カシウスがとある人物に協力を要請。次いで遠回りになるものの時間的に早く行ける反対周りのセシリア号に乗って王都グランセルへと向かい、エレボニア帝国大使館へと探りを入れ、ついでにカルバード共和国大使館からとある人物に連絡を入れる。そこからボース方面へと向かってリンデ号に乗り、そのまま国内を回ると見せかけてボースで離陸直前に下船。モルガン将軍に許可を得、秘密にしてもらったうえでハーケン門を通過し、帝都へと向かっているはずである。つまり、ボースを出たリンデ号にはカシウスとリオは乗っていないはずなのである。

「ええ……」

「そうですか……分かりました。本部にも連絡しておきます」

 そう言ってメルはふらふらと出て行った。アルシェムはアイナに断りを入れてから遊撃士協会を後にし、七耀教会へと向かう。アルシェムはメルに指示してデバイン教区長から懺悔室の使用許可を取るように命じ、アルシェム自身は気配を消してメルの後を付いて行った。デバイン教区長は一瞬顔をしかめたものの快く許可を出し、メルはそのまま懺悔室へと直行した。

 懺悔室に入ったメルは口を開いた。

「全く、無茶をしないで下さい。肝が冷えました」

「無茶はしてないってば。それより、情報は集まった?」

「ええ」

 メルはアルシェムに報告を始めた。内容は《カプア一家》について。ほぼアルシェムがジョゼットから聞いたことと一致するが、それ以外にも情報があった。カプア一家を騙した《クリムゾン商会》の母体は猟兵団《赤い星座》だった、という情報である。この猟兵団はエレボニア帝国有数の猟兵団で、団長は《闘神》バルデル・オルランド。副団長に《紅の戦鬼》シグムント・オルランドが据えられている。そして――何よりも、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンともかかわりがあると言われている。

「……臭いね」

「ええ。特にノルティア州に属するはずの領地がバリアハート州に併合された時点で怪しさが満点です」

「そのあたりは慎重に調べて。藪を突いて龍に出られちゃ困るから」

 メルはその言葉に顔を引き締めて返事をした。アルシェムはそんな彼女に新たな指示を出すことにした。

「ついでに調べられるなら使えそーな遊撃士と《蛇》関連についても調査よろしく」

「分かりました。それで……いつ転属になります?」

「明日にでも。手続き関連はアインに頼んで」

 メルの言葉にそう告げたアルシェムは立ち上がった。それに続いてメルも立ち上がる。そして、アルシェムはメルにこう告げた。

「従騎士メル、ルーアン大聖堂への転属を命じる。従騎士ヒーナと連絡を取り合って職務に励むこと」

「委細承りました」

 メルはかしずいてその命令を受け入れ、アルシェムはそんなメルを見下ろしていた。これがアルシェムとメルの正式な関係である。アルシェムが上司で、メルが部下。ついでにリオも部下である。アルシェムの部下は全部で3人おり、最後の一人――ヒーナ・クヴィッテはグランセル大聖堂に勤めていた。本来ならばもっと増やしても良いのだが、都合の良い駒がいない。アルシェムにとって有益な駒である人物はそれほどいないのだ。このことについて口うるさく言う枢機卿が多いのだが、殊更強調して言ってくる男には辟易していた。もっとも、その男は畏れ多くも法王猊下のご子息であらせられるためにやんわりと流すことしか出来ないのだが。

 それはともかく、アルシェムは用事が済んだので七耀教会から去った。無論、出るときは気配を消しつつ隠形で姿まで隠しながら、である。すっかり日も暮れたため、アルシェムは急いでブライト家へと向かった。

 アルシェムがブライト家へと戻ると、陰鬱な空気がリビングを包んでいた。夕食の準備は既にできているようであったが、誰も手を付ける様子がない。アルシェムは溜息を吐きつつヨシュアに話しかけた。

「ただいま。……大丈夫?ヨシュアもシェラさんも」

「ええ、あたしは大丈夫よ。問題なのは……」

「エステルが落ち込んでるみたいなんだ……食欲がないから先に食べててくれって」

 どこまでも突っ込みたい衝動に駆られつつアルシェムはその衝動に耐えた。そもそもエステルが食欲魔人のような捉え方をされていることについて小一時間ほど問い詰めたい気分にもなったが、耐えた。

「そっか……にしても、カシウスさんがいて定期船が行方不明ってなかなか凄い状況だよねー」

「ええ……まさか先生が……なんて……」

「シェラさんシェラさん、もしカシウスさんが乗ってたらエンジントラブル以外何でも解決できそーじゃないですか?」

 アルシェムはシェラザードにそう告げた。シェラザードはゆっくりと頷くが、それでも万が一ということもある、と告げた。信じられないが、カシウスが不覚を取ってしまったのならば相当に危険な状況である。もしも本当にカシウスがその飛行船に乗っていれば、の話だが。

「一体、どうして……」

「そもそもカシウスさんが乗ってないなら分かるんですけどね。カシウスさんが何らかの事情で降りて、それが名簿に反映されてなくて、なおかつ何かが起きた可能性」

 そのアルシェムの言葉にヨシュアが反応した。

「流石にそんな偶然が重なる可能性なんてないと思うけど……」

 そう言いながらも、ヨシュアはその可能性を視野に入れ始めたようだった。有り得ないことではないが、何かしら奇跡が積み重ならない限り起こり得ないだろう可能性を。そして、その可能性は当たっているのである。カシウスは現実にボースで飛行船から降りているのだから。

「でもさ、ヨシュア。飛行船に起きることなんか墜落かハイジャックしかないんだよ。墜落だったらとうの昔に見つかってるはずだし、ハイジャックならハイジャックで見つけにくい場所に隠れてる」

「墜落ならまだしも、ハイジャックに父さんが乗り合わせてたらいくらでも取り押さえられるね」

 苦虫をかみつぶしたかのような顔でヨシュアが言う。それでもしもカシウスが乗り合わせていたとして、ハイジャックが起こったのだとすれば。犯人は普通の人間ではない。裏の人間か、もしくは凶悪なテロリスト、はたまたエレボニア帝国やカルバード共和国から戦争を起こすために送り込まれた工作員などなど。

 そこで、ふとアルシェムは思い出した。つい先ほど、ボースで何事か起きたようなことを遊撃士協会以外で聞かなかったか。

「……シェラさん、今日の空賊団が関わってる可能性は?」

「無きにしも非ずだけど……そんな大それたことが出来そうな連中じゃないわよ?」

「『ボースで面倒なことが起きた』が、ハイジャックを指していないとは限らないかなーと」

 アルシェムの言葉にシェラザードが考え込む。暫しの静寂がその場を包んだ。

 と、そこにエステルが階上からリビングへとやってきた。

「あー、お腹すいた。良い匂いね♪」

「エステル? えっと、その……大丈夫なのかい?」

「もーダメダメ。お腹すいて死んじゃいそう」

 エステルは眉をハの字に下げてそう告げた。それでこの場の静寂は完全に破られた。シェラザードは唖然としてエステルを見ていたが。エステルはそのまま食卓につき、空の女神に恵みを感謝してから食事に手を付けた。因みに本日の食事は鶏肉のバジルソースがけ。作者はヨシュアである。

「うん、美味しい。……あれ、皆食べないの?」

「いや、食べるけど……」

 そう言いながら食卓につくヨシュアに続いてシェラザードとアルシェムも食卓についた。それぞれ日々の恵みを感謝してから食事に手を付ける。美味しいのはよく分かるが、落ち込んでいるはずのエステルの様子にアルシェムは美味しいはずの料理を上手く味わえないでいた。

「ほらほら、シェラ姉も遠慮しないでってば。何なら、父さん秘蔵の《スタインローゼ》20年ものでも呑む?」

「す、《スタインローゼ》ですってぇ!? しかも20年もの!? ……じゅるり」

「シェラさん、鳳凰烈波喰らいたいんですか?」

 突如立ち上がって獲物を狙う女豹の目つきになったシェラザードをアルシェムは窘めた。《スタインローゼ》とは、高級な赤ワインである。特に20年物が一番評判がよく、好事家たちの間では値段が付けられなくなっているとか。カシウスはそれを買ったと主張していたが、アルシェムはカシウスが仕事の報酬で貰ってきたのだと知っていた。何せ、その《スタインローゼ》にはアルシェムが密接に関わっていたからである。

 シェラザードはアルシェムの言葉を聞くとハッと我に返って座った。

「え、遠慮するわ。……それよりエステル、部屋で何してたのよ? 何かごそごそしてたみたいだけど……」

「ん~? 旅行道具一式と替えのパジャマ探してたの。お気に入りのがなかなか見つからなくって」

 その言葉でヨシュアは察したようだった。やはり、エステルはボースに行く気なのだと。そして、ヨシュアも一緒に行く覚悟を決めた。何があっても離れないとは言えないが、カシウスと約束した事柄がヨシュアを追ってこない限りはエステルと共に生きる。エステルを護り、自らの役目を果たすのだと誓っていた。

 シェラザードもエステルが何を決めたのかは悟ったようだった。この状況でパジャマである。エステルがトチ狂ったのでもない限り、向かう先はカシウスが行方不明になったボース。恐らくはそこで動くのだろうとは思うのだが、エステル達はまだ準遊撃士。出来ることは少ないのはずである。シェラザード自身もボース入りするつもりではあった。カシウスは自らの敬愛する師匠である。その師匠に何かあったのならば解決すべきだとも思うし、自分が解決したいとも思っていた。それにエステル達だけで行かせるわけにもいかない。

「そう、行くのね?」

「うん。あの悪運の強い父さんのことだから何もないとは思うんだけど、じっとしてるのは性に合わないから」

「問題があるとすればロレント支部の深刻な人不足なわけだけど……シェラさんや、当ては?」

 気丈に笑って見せるエステルを見つつ、アルシェムはシェラザードにそう問いかけた。すると、シェラザードは複雑な顔をしながらこう答えた。

「正直言って、リッジだけじゃ回らないと思うわ。王都支部から応援は呼ぶだろうけど……最低でもA級クラスの働きが出来る人が1人でもいれば……」

「……シェラさん、ちょっと出て来る。流石に先に手配しといて貰わないとマズイよ、これ」

 アルシェムは厳しい顔をしてシェラザードにそう告げた。すると、シェラザードも厳しい顔になってこう返した。

「あたしが行くわ」

「や、シェラさんはここにいて? エステル達と明日以降の打ち合わせしててもらったらわたしはそれに合わせられるから。流石に全部準遊撃士同士が決めちゃまずいでしょ」

「……それも、そうね」

 シェラザードはそのままエステル達に向き直って明日以降の動きについて打ち合わせを始めた。アルシェムはそれを後目に再び遊撃士協会へと向かった。流石に夜も更けて来たのでアイナは受付から離れているかと思ったのだが、ボースとの連絡の取り合いやらなんやらでまだ忙しかったようだ。アイナはまだ受付にいた。

「……あら、アルシェム? どうかした?」

「カシウスさんの件です」

「……今ボースと折衝してたのよ。ボースには今高位遊撃士がいなくて……それで、カシウスさんとも縁が深いシェラザードか王都支部の遊撃士を送ろうって話になったところなの」

 アイナは困ったようにそう漏らした。アルシェムは少しばかり考え込み、そしてアイナに告げた。

「アイナさん。王都支部って今誰がいます?」

「そうね、アルシェムが知っていそうな有名な人はいるわよ。《方術使い》とか」

 アルシェムはその単語を聞いた瞬間アイナに詰め寄って真偽のほどを確かめた。アイナはたじろぎながらもその答えを返すと、アルシェムが盛大に溜息を吐くのが見えた。

「えっと……どうしたの?」

「王都支部と連絡取ってもらえます?」

 アイナはアルシェムの様子に引きながらも王都支部に連絡を取った。

「もしもし、こちらロレント支部です。少しばかりお話があるのでこちらの遊撃士と代わりますね」

 アイナと入れ替わるようにしてアルシェムは通信機の前に立った。アルシェムの目は焦点が合っておらず、また能面だったのでかなり怖い雰囲気を発していた。

「通信代わりました。《方術使い》はいますか? ……はい、至急代わって下さい。至急です。相手はアルシェム・ブライトだと言って貰えれば」

 くい、とアルシェムの口角が上がる。しかし、それは笑っている顔などではなかった。否、笑っている、というよりは沸点を通り越してしまったので笑いしか出ない、というのが正確なところであろう。

「……お久し振りです、クルツさん。お願いがあるんですが……え? 断っちゃうんですか? わたし、とっても困ってるんですけど……ねえ、あの時の貸しは返していただけないんですか?」

 アイナはアルシェムの脅迫とも取れる言葉を止めることは出来なかった。あまりにも雰囲気が怖すぎたのである。瞳孔はカッ開き、笑みを浮かべている様はまさに般若。

 もしもここにレミフェリア出身のとある少女がいればこう言っただろう。アルシェムの背後に暴風雪が見えます、と。もっとも、その少女はこの場にいないのでその発言をする者はいないのだが。とにかく、アルシェムの雰囲気は冷たい氷のようだったのである。首に巻く雪のチョーカーの如く。

「ね、クルツさん……わたしを殺しかけた貸し、返してくれないんですか? ……あはは、色よい答えを返して下さってありがとーございます。では、しばらくロレント支部で動いてくださいね?」

 その後、アルシェムは二、三ほどクルツに言葉を吐き捨ててからアイナに通信機を戻した。アイナは顔をひきつらせながら王都支部の男性と言葉を交わし、細かい調整を終わらせてから通信を終えた。

 アイナは通信機の受話器を置くと、アルシェムに向きなおってこう問うた。

「アルシェム、一体あのクルツさんと何があったの……?」

「えーと、その……わたし、ツァイスに留学に行ってたじゃないですか。その時にですね、ちょっとばかしありまして……」

「あのクルツさんが貴女を殺しかけた、というのは……」

 アイナは眉を顰めながらアルシェムに問い直す。アイナにとってクルツはある意味では恩人なのである。

 アイナの本名はアイナ・ホールデン。そして、飛行船公社を立ち上げた人物の名はサウル・ジョン・ホールデンである。ホールデン氏の死後、遺産は孫娘たるアイナにすべて引き継がれたのだが、その遺産を狙って親族がアイナの命を狙っていたのだ。親族だけではない、他にも親族を名乗る赤の他人がハイエナのようにアイナを襲ったのである。アイナは屋敷から逃げ出し、王都を彷徨いながら王城を目指すことにした。

 しかし、親戚の雇った猟兵団の連中に狙われて途方に暮れ、アイナは遊撃士協会を訪れた。そこで出会ったのが当時準遊撃士だったシェラザード・ハーヴェイ。シェラザードはアイナを連れて逃げつつ王城に駆け込もうとするが、数の多さに押されて打つ手がなくなってしまう。

 そこに現れたのが一応当時新人であった《方術使い》クルツ・ナルダンである。クルツは遊撃士グンドルフと共に符術と呼ばれる東方の技で猟兵団を一掃し、リベール王国内に潜む猟兵団の検挙に一役買ったのであった。

 アイナとシェラザードが猟兵団に殺されかけたところを救われた、という意味でクルツはアイナの恩人になるのである。そのクルツがアルシェムを殺しかけたなど、信じられることではなかった。

 アルシェムは冷笑しながらアイナにこう告げた。

「カシウスさんの養女になりましたって言ったら信じて貰えなくて。余程有り得ないことだと思われたんでしょーけど……」

「そ、そう……」

 アイナはあまりの威圧感にそれ以上を聞くことを諦めた。その後、アイナはアルシェムと打ち合わせてシェラザードの仕事と掲示板の仕事をリッジとクルツに1:3で割り振ることを決めた。クルツはご愁傷様である。

 そして、アイナはアルシェムをブライト家へと帰した。後でクルツからその話について詳しく聞こう、と心に誓いながら。

 アルシェムがブライト家に帰り着くと、シェラザード達は既に明日に備えて寝てしまっていた。明日からの動き方は卓上にメモ書きが置いてあったので困らなかったのだが。

「……全く」

 アルシェムの呆れたような呟きは、そのまま夜闇に消えて行った。




次話は旧作には含まれていなかった話になります。

では、また。
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