雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
「ねえ、ロイド君。よかったら食事に行かない?」
エステルのその言葉を聞いた瞬間、ハイライトを消したヨシュアはロイドの背後に立っていた。波乱の腕相撲大会が終わったと思いきや、まさかのエステルからのデートの誘いである。しかも、恋人であるヨシュアではなく別の男。いつエステルをたぶらかしてくれたんだろうこの野郎、とヨシュアがロイドをちょっと消したい気分になってもおかしくなかった。
それにアルシェムがでこピンをかます。
「……ヨシュア。深読みしすぎだと思うよー?」
「えっ……って、いつの間に!?」
ロイドはいきなりアルシェムが頭の横にでこピンを繰り出したのを見て後ろを振り返ると、気配もなくヨシュアが立っていて驚いた。怒っているような気がするのは気のせいではないだろうが、ロイドにはその理由が分からない。故に助けを求めるようにエステルを見るが、それがヨシュアの逆鱗にふれてしまったようである。ぐわし、と頭を掴まれてエステルの方を見ないように固定されてしまった。
ロイドは困惑して背後のヨシュアに声をかける。
「よ、よよよヨシュア……?」
ロイドからは見えないが、ヨシュアは実にイイ笑顔でロイドの頭を固定していた。ついでに力を込め始めているあたり、相当動揺しているらしい。脳内ではエステル取られるエステル取られると連呼しているのだろう。
それを見て実に微妙そうな顔をしたティオがエステルに耳打ちする。
「エステルさん、多分ロイドさんをデートに誘ったと勘違いされてます」
「あ、あんですってー!? そ、そんな訳ないでしょ!?」
ないんだ、と呟いたヨシュアはロイドの頭から手を離した。エステルの様子から、嘘をついているような感じは受けなかったからだ。つまりロイドは無罪だということだ。そもそも自分の行動がイロイロと危ないことは棚に上げてヨシュアはそう心の中で評した。警察沙汰にならなければ今のところは何も問題ないのである。一応目の前にいる警察官たちは職務中のはずなのだが。
遠い目をしながらアルシェムはエステルに返す。
「んじゃ、どーゆーつもりなわけ?」
「ちょっと情報交換したいなって思っただけ。特に――《黒の競売会》について、とかね」
その言葉をエステルが言った瞬間、アルシェムは大きく溜息をついた。まさかそこに首を突っ込もうとして来るとは思いもしなかったからだ。悲しいことにアルシェムは《黒の競売会》が開催され始めた時期にその存在を偶然耳にしたため、知っているのだが。アレにエステル達が絡む要素が今のところ見付からないのである。まさかレンが来ると思っているわけでもあるまいし、と思っていると、くいくいと袖を引っ張られた。
その手を辿ってその人物を特定すると、彼女は顔を近づけて来てこう問うた。
「どうしてアルが知ってるのかしら?」
「むしろわたしとしては何でエリィが知ってるのか理解出来ない。市長はアレにエリィを関わらせるような人じゃないと思ってたんだけど……?」
「名前だけ聞いたことがあるだけよ。流石に中身までは知らないわ」
エリィは顔をしかめてそう返す。どうやら伝聞で名前だけを聞いたことがあるだけらしい。このままではアルシェムが知っていることを全て説明しなければならなくなりそうだ――険しい顔でエステル達が睨みつけてくれているからにして。どこでその情報を仕入れたかについてアルシェムはこの場にいる面々に明かす気は全くないので、どう説明するかと頭を悩ませる羽目になりそうだ。
そして、にっこり笑ったエステルに腕を掴まれたアルシェムを追うようにして、特務支援課の面々は《龍老飯店》に入店した。
「いらっしゃいませアルー!」
「サンサンさん、お任せコース七人前下さい!」
「分かったアルねー!」
しれっとエステルが注文をしているのだが、彼女は恐らく忘れているに違いない。アルシェムが小食であることを。前菜は恐らく食べられるだろうが、主菜に辿り着けるかすら不明である。物凄く複雑な表情でエステルを見れば、何故か物凄くイイ笑顔でサムズアップしていた。殴りてぇ、とアルシェムが思ったかどうかは別にするが、どんどんと料理が運ばれてきた。
まずは、コーンと卵のスープ。少しとろみのついていてあっさりとした味わいの琥珀色のスープの中に、芯から切り落としたコーンとふわふわな卵が浮いている。蓮華でそれを掬って口の中に入れれば、胃が落ち着いたような気がした。今度支援課で作ろう、と思う程度には美味しかったのでそれをゆっくりと呑み干す。エステル達も話を忘れたのか、先に料理を味わうことにしたのかは分からないが無言で食していた。
次に出てきたのは回鍋肉という料理で、豚肉とキャベツに味噌で味付けをして焼いたものだ。あっという間に大皿からなくなったので、恐らくは美味しかったのだろうとアルシェムは思った。箸が皿に群がっていたのでそれが収まってから取ろうと思っていたのだが、残念ながら箸が止まることはなかった。食い意地はり過ぎだろ、とアルシェムは戦慄していたが、誰もそれに気付くことはない。肉の取り合いをしているエステルとランディなど見ていないったら見ていない。
その次の海鮮あんかけ焼きそばと麻婆豆腐はもう、机の上が最早戦場だった。流石にスープだけでは腹は満たされないのでアルシェムも頑張って取ったが、小皿一皿分と実はスープの後から登場していたジャスミン茶を堪能しているうちに消えていた。このまま気付かれずに皆が食べつくしてくれたらいいな、とアルシェムが思っていたのは事実だ。実際にはティオに気付かれていてしれっと皿に具が増えていたのだが。
あっさりさっぱり棒棒鶏や見た目からして辛そうなエビチリも取り合いばかりしていた。美味しいんだろうナー、などと思いつつ遠い目でアルシェムはそれを見ているだけだが。ここでティオとエリィも食べ過ぎてペースが落ちていた。エステル? ああ、あいつは普通に健啖家だから。それらすべてを食べきるころには、ロイドとヨシュアも脱落しかけていたのだが。
そしてようやくデザートに突入した時だった。エステルが話を切りだしたのは。
「……それで、アル。《黒の競売会》について知ってることを吐きなさい」
「ここではちょっと、嫌かな」
「何でよぅ」
いきなり出鼻をくじかれる形になったエステルは頬を(胡麻団子で)膨らせた。恐らくは想像もしていないのだろう。一体どの時期にアルシェムがそれを知ったのかということは。
故に、ヨシュアに分かるようにアルシェムはこう答えた。ヨシュアに分かってもらえれば止めて貰えるからだ。
「八年前の話になるんだけど、それでもここで無理矢理口割らせたい?」
「八年……?」
首を傾げたエステルだったが、流石にヨシュアは分かったようだ。
「……ごめん。じゃあ、後で支援課に伺っていいかな?」
「むしろそうして。そんなに想定外でもなかったでしょー?」
「そう、だね」
顔を曇らせてヨシュアが答えるものだから、ティオもその言葉に気付いたようだった。そういうことか、と。あの場所で――あの場所から、移送された《拠点》で。アルシェムはそれを聞いたのだろうと。
故にティオは話を逸らすべく口を挟んだ。
「それより、今はお二人の活躍を聞きたいです、エステルさん」
「活躍って言うほどのものじゃないわよ?」
「《リベールの異変》の立役者が何言ってるんですか」
そのティオの言葉で、ランディが乗ってきてその場はエステル達のリベールでの活躍の話へと無事にすり替わったのだった。
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食事を終え、盛大に話し疲れたエステル達は支援課ビルを訪れていた。その際に何故かアルシェムが一人警察から呼び出していたのだが、彼を待つ間に概要について説明することにした。流石に彼――アレックス・ダドリー刑事が《黒の競売会》について知らないはずもないと思ったからだ。
故にアルシェムは、エステル達に向けてこう告げた。
「えーっと……そもそも《黒の競売会》ってのは闇のモノを色々とオークションにかけて売りさばくってヤツなのは知ってる?」
「分かってるわよう、それくらい」
エステルはながらそう応えるが、ロイド達の方を見れば初耳であるのは表情で一目瞭然なので軽く説明をすることにした。主催者はハルトマンでマルコーニら《ルバーチェ》がそれを支えていること、そしてそれが《ルバーチェ》の資金源にもなっているということを。ロイド達は渋面をつくりながらそれを聞きつつ、内心ではほぼ同じことを思っていた。また《ルバーチェ》かと。
あることが気になったエリィが先を促す。
「ねえ、アル。それって一体いつから始まったの?」
「……それが丁度八年前のことだよ。丁度マルコーニが《ルバーチェ》の会長になったあたりだから、そんなに歴史のあるオークションってわけじゃない」
その答えに、一同はそれぞれ顔をしかめた。ほとんどの人間はそんなに前からハルトマンと《ルバーチェ》がつながっていたのかという考えだったのだが、ヨシュアとティオは違った。八年前というその単語は、アルシェムにとってもティオにとっても大きな意味を持つ単語だ。八年前、ある場所に囚われていた彼女らには自由などなかったのだから。
無論、詳しく知っていることについて突っ込む者もいる。
「何でアルがそれを知ってるんだ?」
ロイドである。普通に過ごしていれば――クロスベルに在住しているロイドであっても――知るはずのない情報である。それを一体どこから仕入れたのかがロイドには無性に気になった。どうやら昔アルシェムは後ろ暗い職業に就いていたらしいとは何となく感づいているロイドであったが、ソレ関係で仕入れた情報なのだとしたらある意味確実だとも思えるからだ。
だが、アルシェムは顔をこわばらせて返答をしなかった。自分で明言しておいて、その単語に気を取られてしまっていたからだ。八年前。エレボニア帝国のとある場所に存在した、あの地獄。あるいは煉獄とでも呼ぶべきその場所のことを、説明するだけの勇気はまだ持ち合わせていなかったのである。しばらく沈黙し、何度か口を開こうとしては閉じを繰り返した。
そして、僅かにかすれた声で答える。
「ハルトマン本人から直接聞いた話だからだよ。ただし、あっちがわたしのことを覚えてるとは限らないけど」
「ええっ!?」
「おいおい、本人からって……」
一同は大いに驚いた。どうやって本人からそんなことを聞き出せたのかすら理解出来ないからだ。実際には、ハルトマンは当時まだ『シエル』だったアルシェムとナニをしながら自慢げに話して来たので一方的なものだった。それを流石にこの場で話すのもどうかと思うのでアルシェムは誤魔化す気満々である。もっとも、この場でなければ話すのかと言われるとそんなことはないのだが。
ふう、と溜息をついてアルシェムは言葉をつづけた。
「とにかく、《黒の競売会》が行われるのはミシュラムのハルトマンの別荘。持ち物は黒地に金の薔薇が刻印された封筒。あとはフォーマルな格好でいらっしゃいませってとこ?」
「……行ったこと、あるの? アル」
あまりに詳しい説明に、先ほどの事情が思い当ってしまって聞きにくそうにしていたエステルがそう問うた。流石に時期を考えればエステルにも分かることだ。どうやってアルシェムがレンと知り合ったのか、ヨシュアに聞けば分かるはずなのだから。それでもこの情報について聞き逃すわけにはいかない。言ったことがあるのならば雰囲気だけでも知りたいからだ。出来れば、今回のうちに潜入しておきたいから。
それにアルシェムはこう答えた。
「ない。まーでも、その気になれば招待状を手に入れることくらいは出来なくもないかな?」
そう言った瞬間、支援課ビルの玄関扉が思い切り開かれた。どうやらダドリーが到着したらしい。その顔には怒りが浮かんでいたので、多少外にも声が漏れていたようだ。もっとも、ここで知られてはいけないことを話すつもりはないので何ら問題はない。たとえ《銀》が聞いていたとしてもアルシェムは話を止めることはなかっただろう。
顔に怒りを浮かばせたままダドリーはアルシェムに問うた。
「一体どういうことだ。何故お前が《競売会》の招待状を手に入れられる」
「《リベールの異変》解決前までは《結社》にいたからねー、わたし。その伝手で手に入れられないこともない」
その言葉にダドリーは懐に手を入れかけて、止めざるを得なかった。懐のショットガンに手を掛けようとした瞬間、アルシェムはその場から消えていたからだ。ダドリーは落ち着いて周囲を見回すと、アルシェムはティオの真後ろに立っていた。ついでにヨシュアから拳骨を落とされている。どちらの動きもダドリーには追い切れていなかったし、ランディが辛うじて見て取れたくらいだった。
そこに助け舟を出したのはずっと沈黙を保っていたセルゲイ。
「今は抜けてるそうだ、ダドリー。アルシェムもそう煽ってやるな」
「煽りたいわけじゃーないんだけど。ま、昔も今もクロスベルで法を犯したことはないから、ここで逮捕することだけはできないと思っといてくれれば問題ないよ」
「そういう問題ではない! 何故クロスベルに元《結社》の人間が来たのか、そこが問題だ」
そこなの? とアルシェムは思ったが、それに関してはヨシュアも同じなのでちらりと見てやる。ヨシュアにはふいと目を逸らされる。よし、ヨシュアも道連れにしてやろう、とアルシェムは決断した。無論嫌がらせと行動の束縛に他ならない。あまり派手に動かれるとアルシェムとしても困るのだ。特にヨシュアに裏で動かれると洒落にならない。
よって、アルシェムはこう爆弾を落とした。
「それに関してはヨシュアと一緒なんだけどねー。《結社》から離れて行動してる一人の《執行者》を追ってる、というか何というか」
「……何だと? 何故そこにブライトが……」
「あ、そこ二人ともブライトだから。文脈でもわかるけどね。……だって、ヨシュアも元《執行者》だもん」
その事実を知らなかったのは、ダドリーだけだった。一気に冷たい目でヨシュアを睨むようになるが、ヨシュアはヨシュアでアルシェムを睨んでいた。どうしてこう面倒事ばかり持ち込んでくれやがるのだろうか、とヨシュアは思いつつ溜息をついた。
そしてダドリーに告げる。
「ダドリー刑事、僕もアルももう《執行者》に戻るつもりはありませんよ。戻る理由もありませんし、たとえ強制的に戻されることがあったとしても逃げ出せるだけの実力はありますから」
ヨシュアはそう言い終えて、なおもダドリーの瞳を見つめた。ダドリーもその瞳を見返し、沈黙する。重い沈黙の中、ロイド達はここにいて良いのかという居心地の悪い思いをしていた。それが三十秒ほど続いて――そして、ダドリーは目から力を抜いた。
「――そうか」
納得したわけではないが、信頼は出来るだろう、とダドリーは思った。少なくともヨシュアに関しては、だ。恐らくはカシウス・ブライトがヨシュアを強制的に《身喰らう蛇》からは逃がしてくれているだろうからその点に関しては何ら心配することもないだろう。アルシェムに関しても、一つ保証さえくれれば信頼しても良いかも知れない。もっとも、そのためには二度と戻れないように内部情報を吐き出させる必要があるだろうが。
故にダドリーはアルシェムに告げた。
「シエル。お前は創立記念祭後に知っている限りの情報だけは吐いて貰うぞ」
「あーはいはい。どの道この先のクロスベル警察にあって困る情報じゃないから、じゃんじゃん吐き出して差し上げるよ」
それはさておき、とアルシェムは言って《黒の競売会》への招待状を手に入れる方法を提示した。一つ目は《身喰らう蛇》構成員から譲り受けること。たとえばレンやヨルグからだ。レンには論文関係で招待状が送られてくるだろうし、ヨルグにはローゼンベルグ人形という実績があるので、彼とのつながりを得るべく送られてくるだろう。
二つ目の方法は、それ以外から調達することだ。一番簡単な方法と言っても良い。マリアベル・クロイスに頼む、だ。ミシュラムで開かれる以上、クロイス家に贈らないわけにはいかないのである。故に必ずマリアベルの元には届いているだろう。それに同伴する形で潜入する。
そして、取るわけにはいかない三つ目の方法はヨシュア、アルシェム、あるいはランディにのみ出来ることだ。昔の立場を利用して手に入れる――暗殺でも、強盗でも良い。それ以外にも正体を明かして招待状をねだるという方法もある。
そして、出された結論は――保留、だった。無論三つ目の方法は取るなと言われたので(表面上では)取らないが。潜入だけは確実にするつもりだった。今回で、《黒の競売会》を終わらせる。それがアルシェムの使命だったから。